私的 昭和テレビ大全集
Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30



テレビ名画座 (1961)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、映画番組の曙を振り返る、この番組です。





少し前の『日曜ロードショー』の稿で書きましたように、
昭和36年4月より、外国映画の輸入規制が大幅緩和されました。
それ故にとして間違い無いと思いますが、この昭和36年は、
映画番組が正に堰を切ったように登場した年でした。
日本テレビの土曜映画劇場、TBSのお茶の間映画館、週末名画劇場、名作邦画アワー、
そして、フジテレビの奥様映画劇場と、このテレビ名画座。
中でこの番組は、1月9日放送開始と、その先陣を切る形でした。

放送時間は、平日の毎日、昼3時から。
それまでいわゆる砂嵐だった時間帯を埋める番組枠でした。
ちなみに、TBSの週末名画劇場は、テレビ史上初の深夜番組であります。
まだテレビ側の制作能力も弱く、予算も充分でない頃、
内容の保障されている出来合い番組として、映画はかなり重宝したものと思われます。
ただ、この頃は邦画各社はテレビと一線を引いておりましたので、
いきおい洋画、それも値段が安かったであろう、かなり昔のものが中心でした。

そこでフジテレビは非常に上手い手を考えた。
平日の毎日を埋めるのはなかなか手間がかかる。
そうだ。どうせ旧作なのだから、テレビの名画座って事にして、
毎日同じのを放送してしまえば、タネ切れの心配も減るし、一石二鳥ではないかと。
そう考えたかどうかは定かではないですが(笑)、とにかく毎日同じ映画を流しました。
そもそもこの時間帯は、そんなに見ている人はいないだろうという事と、
そのために提供会社が付きづらいという事で空白だった訳ですから、
局としてはとにかく何か流して少しでもお金になれば良いし、
視聴者としては、何も流れないよりは気も紛れる。

往時の主婦は、まだ電化も部分的でしたから、家事がなかなか忙しい。
そんな主婦が、気が向いたり時間がある日に見れば良いと構えられるこの試みは、
現在の我々が考えるよりも、受け入れられていたようです。
第一回は、フランス映画の『恋路』。
主婦を対象にした番組でしたから、勿論、吹き替えで放送しておりました。
テレビもまだ普及し始めのこの頃、映画は多くの人にとって娯楽の王様。
主婦だけが見られるこの時間帯のこうした試みを羨望視する人も多く、
週末や深夜にもこのような番組が広がっていくのでした。
そして昭和37年元日から、絶大な好評を受けて、この枠も週二本の形となりました。

昭和39年には、開局5周年記念と銘打って、ボブ・ホープの「腰抜け」ものを放送。
ただ、どうしても吹き替えという事でホープ本来の面白さが出なかったようです。
平日昼という事で予算も無かったからでしょうが、とにかくこの枠は、
ゲーリー・クーパーの「遠い太鼓」でも、ブリジット・バルドーの「私は夜を憎む」でも、
やたらと吹き替えの声優が叩かれておりました(苦笑)。
劇場で見た時は、その俳優の声で見ているわけであり、
題名に郷愁を惹かれて見ると、そこでは似ても似つかぬ声で日本語を話している(笑)。
これはたしかに興醒めだったでしょうが、テレビ局にもどうしようも有りませんでした。

そうかと思うと、劇中で流れていた音楽が差し替えられていた場合も有ったようです。
特に「カーネーギーホール」のような長編音楽物では、音楽のカットが夥しかったようです。
この場面カットも、テレビの映画放送ではかならず文句を言われることで(笑)、
ジャン・ギャバンの「大いなる幻影」では、ギャバンが民家に身を隠して人間愛を取り戻し、
戦争が嫌になるという非常に重要な場面をカットし、お小言を頂戴しました(笑)。
また、末期には東洋現像所が新開発した編集機により、
シネスコの映画を安価に手軽にテレビ用に編集することが可能になりましたが、
これに伴う画面の変化にも、やはり苦情を言う人は多かったものです。

昭和40年には、四百回を記念して三週間のドイツ名画特集。
この当時で平均10%、最高で20%の視聴率だったようですから、
この長期放送もむべなるかな。
このドイツ映画特集で放送されものは、会議は踊る、未完成交響楽、
西部戦線一九一八年、故郷、野ばら、制服の処女 と、
いずれも日本でも有名な、映画史に残る名作揃いでした。
この顔触れでは映画ファンは堪らなかったでしょうが、
やはり時間帯が難で見られないという苦情が、この時も有りました。

「煙草の吸える指定席で洋画をどうぞ」という惹句で放送開始されたこの枠でしたが、
いよいよ昭和41年7月、邦画五社の旧作が放映される事となりました。
もう既にテレビ対映画の決着も付き、映画会社もテレビを利用する姿勢に転じた頃合いで、
取り敢えず昭和34年(日活のみ36年)までの旧作映画が、この枠でも週二回流されました。
「煙草の吸える指定席」に座っていた観客の多くは、家事に追われていた主婦。
だから提供会社は洗剤のニッサンだったようですし、画面には時刻表示が有りました。
家事や来客で途中で見るのをやめても、翌日同じ時間から見れば良かったわけです。

そして「名画座手帖」と題して、作品の主題や歴史的背景などを、局アナが解説しました。
この局アナは、角谷優と辻川一徳だったとウィキペディアに有りますね。
ウィキペディアには、これが日本での初のテレビ映画解説だったとあります。
この辺、かなり細かい検証が必要かと思われますが、画期的だったのは確かでしょう。
色々と苦情や要望も多かったのですが、それもそれだけ注目度が高かったから。
日本のテレビ史上で初めて成功したと言える映画番組枠は、このテレビ名画座だったのです。
そして、主婦向け枠の役割を受け継いだのは、初の午後ワイド『3時のあなた』でした。
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
ボブ・ホープ氏
学校から帰ってから、「テレビ名画座」を観ていた記憶があります。

ボブ・ホープ氏を知ったのはこの時で、大笑いしながら観ていました。吹き替えは柳沢真一さんではなかったかしら。
大人の映画も意味も分からずにじっと観ていたようで、後年、母に「キスシーンをうっとりした顔して見てたよ」と言われ恥ずかしかったです。

夏休みには子供向けの映画が多かったような気がします。
「ふたりのロッテ」はずっと後になってケストナーの本を読んだときに、昔観たのはこのお話だったとわかり、一人で感激しました。
「野ばら」も夏休みに観た記憶があります。

「制服の処女」を観ていた時はピアノのおけいこに行かなくてはならない時間で、あと5分あと5分と引き伸ばしていたら、最後の一番はらはらする場面でピアノの先生から電話がかかってきて、慌てて家を飛び出しました。

今も記憶に残っているシュールで不思議な場面、大勢の人が一列に並んで、雲のような霞のようなものを吹き飛ばしている光景、観ていたときも全く内容が分からなかったのですが、今なら分かるかもしれません(笑)、あれは何の映画だったのかしら・・。
2014/04/27(日) 10:07:13 | URL | モデラート
スラップスティックだったから子供でも理解し易かったろうし、
初めて見るから先入観も無くて良かったのでしょう。
女の子って、キスシーン好きですかね(笑)。
男は小っ恥ずかしくなりますが。

本文に有るように、翌日、同じ時間から見るという事ができたのですがね。
そこらはフジテレビの広報不足ですな(笑)。
2014/04/29(火) 03:46:02 | URL | ごいんきょ
フジテレビに遅れること
 10ヵ月後、STVでも同様の映画枠「STV名作劇場」がスタートしました。
 当初は月~水曜の午後1時15分から2時間、同一映画を3回連続編成で流していました。
 独立プロ系の邦画(例:足摺岬)計21本を買い付けて流していましたが、好評につき外国映画の放送も開始、放送時間を変えながら昭和43年3月まで続きました。(「STV10年のあゆみ」より)
 「テレビ名画座」てっきり日産自動車がスポンサーだと思っていました。ニッサン石鹸だったとは。
 それで表記が「日産」じゃなかったのですね。
 ちなみに朝の「奥さま映画劇場」はニチレイとライオンがスポンサーだったようです。
(ニチレイは37年の月~水のみ)(「放送学研究~日本のテレビ編成」より)
2014/04/29(火) 21:55:48 | URL | 北国の人
平日帯を埋めるのに、わりと楽な方法なんでしょうね、やはり(笑)。
考えてみれば、今のCS放送に通じる手法なわけです。

放送学研究。なんか凄い本を読んでますね。
アマゾンに一冊だけ有りましたが、一万円以上の値が付いていて、とても買えません(笑)。
2014/05/07(水) 01:17:22 | URL | ごいんきょ
放送学研究ですが
 本体ではなく、別冊の「テレビ番組の変遷」というものです。
 昭和28年から昭和51年までの東京地区のテレビ番組表が載っているものです。(原則として4月のものを掲載)
 「ザ・テレビ欄」「ラテ番図鑑」の元祖と言った方が良いでしょうか。
2015/05/18(月) 23:25:11 | URL | 北国の人
ウィキペディアに、その手の別冊を出典としている人がいましたが、北国さんなのなのかな。
その後、ヤフオクで安いのを見つけられたので、本誌のかなりの部分と、別冊すべてを入手できました。
本誌は、とても役に立たないですけどね。
放送学って、壮大なる無駄な学問のように見えますが…
でも、ごく一部には必要な知識なんでしょうか。
別冊2午後の時間帯と別冊3朝の時間帯は、おそらく全番組を載せてますね。
他に本誌で、ゴールデンアワーというのも有ります。
その3冊で、表面上は全ての番組名が網羅できそうな。
あくまで、その時点までですが。
2015/05/24(日) 12:08:54 | URL | ごいんきょ
いいえ
私、ウィキやオークションは見てるだけです。
 ごいんきょ様のコメントにある3冊も持ってないので、古本屋のサイトにリクエストしている次第です。
 単なる「時刻表マニア」なのです。新聞縮刷版もテレビ欄や広告を見るのが中心だし。
 TBSの子会社から出ている「全国テレビ番組対照表」という本を探しているんですけど、オークションにも古本屋のサイトにも出てませんね。図書館の検索にも引っかからないし。
 業界向けなのでまず見つけることは無理かしら。
2015/05/30(土) 16:05:37 | URL | 北国の人
3冊で全部かと書きましたが、深夜番組が扱われてませんでした。
全国テレビ番組対照表ってのは初耳です。
古本屋には時折、私家本でも出て来ますからね。
地道に探索していれば、いつかは巡り会えるかも。
2015/06/01(月) 07:00:25 | URL | ごいんきょ
テレビ名画座を探してたどり着きました!
小学校3年生の頃から毎日楽しみに見ていました。これ見たさに急いで学校から帰っていました。
古き良き時代のいい映画ばかりでしたね。3日か一週間か同じ映画を放送していたのがよかったのかもしれません。私はすっかり映画少女になってしまい、映画好きは60歳になった今も続いています。特にフランス映画好きになったのもこの番組の影響だったのだと思います。フランス映画はモノクロの情景が本当に美しかった! そしてアメリカ映画は家族愛をテーマにしたほのぼのとしたものが多かったと思います。西部劇も内容がいいものが多かった。
またやってほしいです、くだらない番組が多すぎる今こそ!!
2015/07/16(木) 11:17:33 | URL | Azuma
結構、この番組の記憶もあちこちで語られてますね。
まだその時間帯の番組が少なかった頃、
テレビ好きや映画好きがどれほど楽しみにしていたか偲ばれます。
ヨーロッパ映画も当時ほどの注目度が無くなってしまいましたねえ。

イラストがお上手で驚きました。
色使いが上品というか、魅力的ですね。
2015/07/17(金) 07:05:31 | URL | ごいんきょ
ニッサンテレビ名画座を知っている方に会えて嬉しい
こんにちは。初めてコメント書かせて頂きます。
私は大阪に住む61歳の主婦です。ニッサンテレビ名画座は、私が小学校3年生位の時だったと思います。明治生まれの父が無類の洋画好きで、自宅で仕事をしておりましたので、3時からのニッサンテレビ名画座を毎日観ておりました。
私も学校から帰って来て、父の解説を聞きながら洋画を見るのが楽しみでした。
1週間(のちには3日)同じ映画を放送していたので、この次はこうなると解っていながらも、毎日引き付けられるように観ておりました。
私が印象に残っている映画は、「にんじん」「オルフェ」ブリジット・バルドーの「裸でごめんなさい」(ドキドキしながら見てました)ボブ・ホープの腰抜けシリーズ。(ジェーン・ラッセルやドロシー・ラムーアのスタイルの抜群のプロポーションに子供心にも憧れを抱きました。)
それから、アニメもありました。「ばった君ニューヨークへ行く」は大好きでした。
大人になってから、色んな人に「ニッサンテレビ名画座」知ってる?と訊きましたが、何十人にも訊いたけれど、今まで誰一人として知ってると答えてくれた人はいませんでした。
やっと、そうだネットで調べてみようと思いつき、こちらにたどり着きました。嬉しいです。

因みに私は主題歌も好きでした。(昔はどんな番組にも主題歌がついていましたね。)
今もしっかり歌えます。

あなたをそっとご招待、美しい名画の世界
あなたをそっとご招待、素晴らしい名画の世界。
パリの街角ニューヨーク、霧のロンドン、ローマの空
今日も又あなたの為に開きましょう。
ニッサンテレビ名画座 名 名画座

メロディーをお伝え出来ないのが残念です。

ありがとうございました。



2015/08/22(土) 12:05:14 | URL | パールキッド
これはこれは、ご丁寧な、そして非常に貴重な情報をありがとうございます。
まさかテレビ名画座に主題歌があったなんて。
何故かこれまで触れた人がいないようです。
メロディーも知りたいなあ。
2015/08/24(月) 04:21:46 | URL | ごいんきょ
テーマソング
ニッサンTV名画座を知っている人も少なくなりました。私は、中学の最後の授業が終わると、ほとんど駆け足で帰宅し、テレビを付けるのですが、よくて15分、運が悪いと30分はアタマの部分が削られてしまいます。しかし、あの時間ほど幸せなときはなかったでしょう。主題歌が素晴らしいのに、ユーチューブでも聴けないのは残念です。あなたは、ご存知でしょうか? 「あなたをそっとご招待、素晴らしい名画の世界。霧のロンドン、ニューヨーク、パリの街角、ローマの空‥」。この歌が、どれほど少年の心を空に舞い上がらせたは、神のみぞ知る、です。
2017/07/31(月) 21:09:39 | URL | 校條剛
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ