私的 昭和テレビ大全集
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銭形平次 (1966)

銭形平次(1966)
「親分、てえへんだてえへんだ」
「おめえの大変にいちいちつきあってたら身がもたねえよ」
そんなガラッ八との会話も懐かしい、この銭形平次。

当ブログとしましては、テレビが映画を決定的に駆逐したのは、
万博によるカラーテレビの普及の頃であると結論づけます。
その直前夜の昭和40年代に入る頃には、蟻の巣から徐々に城が崩れるように、
看板俳優はテレビに出さないという五社協定でテレビ界に対抗してきた
既存映画会社五社(東映、東宝、松竹、日活、大映)も、
少しずつ変化が現れ、テレビとの融合を図り始めます。
東映は『柳生武芸帳』で、映画版でも名を挙げていた近衛十四郎を起用。
続く『素浪人月影兵庫』で近衛と番組人気は沸騰します。
そして翌昭和41年、押しも押されもせぬ大御所、
この大川橋蔵テレビ進出のビッグ・ニュースとなるのです。
大川をテレビに引っ張り出したフジテレビの手腕は衝撃的で、この一件が
直接的な映画のテレビドラマへの敗北の日と言っても過言では無いでしょう。
当然のように番組は大ヒット。大長寿となります。
フジとの盟友関係を象徴するように、888回の放送で幕となりました。

なにしろ、舟木一夫の歌う主題歌が良かった。
男だった~ら~ 一つに懸ける~ 懸けて、もつぅれた 謎を解く~ぅ
時代劇であり、ミステリーでもあったわけですな。
下手人だの、心の臓だのいう言葉はこの番組で覚えたと思いますね。
心の臓が止まってるなんてセリフが頻繁にあったかと。
時代刑事物とも言えるこの作品は、平次の捕り物も大きな見せ場なわけです。
動かぬ証拠を突きつけられ、斬りつけてくる下手人。
空を切る平次の投げ銭にしびれ、凶器を落とす。
てな具合なんですが、この平次の立ち回りも凄かったですよね。
なんてったって、十手で真剣を受けたりしてませんでしたっけ?
あの短い十手で自由自在に立ち回りを演じる平次は子供心にも、
「おいおい、そいつぁちっと無理があるってもんじゃありやせんか」
てなツッコミを入れざるを得ませんでしたっけな。

提供は、当初はライオン油脂だったかな?
通常はライオン歯磨、ライオン油脂の両社が一体となって提供してたんですが、
この頃は切り離して提供していたのもありました。
この番組でも、しばらくして両社ともスポンサーになったようですね。
♪ 優しい白ですブルーダイヤ 金、銀、パールプレゼント
なんてのありましたねー。あれは本物が入っていたんでしょうか。
それとも引換券が入っていたんでしょうか。まあ、券ですよね。
子供のワタクシも、洗剤の中を楽しみに覗いていました。
ママレモン♪ なんてのが発売開始されたのも当時だったようです。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
たぬき
こんばんみー

どうもこのてのふぬけたアクションのドラマって好きになれませんねー
今見てみれば結構ハードな動きをしてると思うんだけど、千葉真一の華麗なアクションとは程遠いですからね。

でも、S54年から1年間、
酒井ゆきえさんが居酒屋わかなの看板娘。おまち役で出演されたので、
このときだけ無理して1回も欠かさず見ていましたね。

で、大川橋蔵邸の庭園に狸の家族が勝手に出没してムカつくので息子たちに懸賞金を出して狸を捕まえさせようとしたという話をきいた時は「なんて心の貧しい人なんだ!」って思いましたね!
狸の親子が庭で憩いでいるのを見るって楽しいことじゃないですか!
2005/06/05(日) 09:09:24 | URL | きの字
けもの達
こんばんもー。
って、これを書いている今は昼ですが。

これにもゆきえさん出てましたか。
それは知りませんでした。末期は見てませんでしたからね。
当時、そんな話題があったような気もしますけど。

お話は、本物の橋蔵さんの話ですかね。
山奥なんじゃないですか。
昭和時代、山の方では狸なんて珍しくもなんともなく、
野良犬みたいな感覚だったと思いますよ。
今でも凄い地方に行けばそうなんでしょうけど。
2005/06/05(日) 12:58:13 | URL | ごいんきょ
狸の親子
古いお話にちょっと
たぬきさん~~そのお話は違いますよ!橋蔵さんのおうちは山奥ではありません・・
それに気持ちの優しい方でした。
誤解されない様お願いしたいです。
2007/04/10(火) 16:16:52 | URL | はる
整理しましょう
きの字さんは、橋蔵さんちの庭に狸が出没するのに困って、
狸を捕まえるのに懸賞金を出したという話ですね。
山奥というのはワタクシの推測で、べつに地方では
今でも狸なんか珍しくもなんともありません。
狸なんて野良犬と同じ感覚で見ている人も田舎では多く、
特に可愛がる対象などではありません。
庭を荒らされたら困るのは当然で、それは当事者にしか理解できない事情です。
自分が好きな動物でも、他人が好きだとは限りません。
また、それらと橋蔵さんの人柄とは何も関係有りません。
大多数の人はその事を理解していると思います。
2007/04/10(火) 18:24:02 | URL | ごいんきょ
すみません
狸のお話に敏感に反応してしまいました。
映画時代からのファンの焦りと思って流してください。
ごいんきょさま
ホローして頂きありがとうございます。
2007/04/10(火) 20:32:33 | URL | はる
ファンの人
きの字さんについては、芳村真理さんについて暴言が有った際、
一時的に書き込み禁止措置を執らせて戴きました。
幾度か有益なコメントも戴きましたが、有名一般を問わず、
一方的な中傷行為は認めておりません。

ファンの方がこうした書き込みを不快に思われるのは当然ですが、
世の中には言葉が通じない人もいますので(きの字さんがという事ではありません)、
こういう書き込みについては管理者に任せておくのが無難です。
それより、銭形平次へのコメントが戴きたかったですね(笑)。
これだけの番組なのに、いまだにまともなコメントが一つも無いし(苦笑)。
2007/04/11(水) 03:50:33 | URL | ごいんきょ
では私から
父親が時代劇ファンだった事もあって、この番組もよく観てました。
以前「トリビア」だったかで、「番組中に平次が一度だけ投げた銭を拾った事がある」という話が紹介されてました。
考えてみれば、当時の江戸庶民の暮らしぶりからして、投げた銭をそのままにする筈はない、ただ銭を拾うシーンはいかにも生々しすぎるから映さなかっただけだろう、と思っていました。でも実は一度だけそのシーンがあったんですね。私にとっても「へぇ」でした。
2007/04/11(水) 17:02:56 | URL | うみがめ
銭形平次捕物控
神田明神下の長屋に恋女房のお静との貧乏暮し。子分のガラッ八の八五郎が「親分てえへんだ!」と持ち込む事件をめぐって、与力笹野新三郎のバックアップの元、ライバルの三輪の万七とその子分のお神楽の清吉、石原の利助の娘で女目明しのお品(長谷川一夫の映画では、山本富士子が扮していた)などとともに、鋭い推理と得意の投げ銭で鮮やかに何事件を解決していきます。
 野村胡堂原作の『銭形平次捕物控』は、大映で長谷川一夫が主演した映画が17本もあり、極めつけといわれていました。
 大川橋蔵版「銭形平次」はいまでもスカパー時代劇チャンネルで毎日放送されていますので、私は、それ以前の「銭形平次捕物控」について話しましょう。

まず、ラジオの「銭形平次捕物控」から。
子供の頃、月曜日の夜は祖母の部屋にラジオを聴きに行きました。祖母はラジオドラマの「銭形平次捕物控」の大ファンで毎週欠かさず聞いていたのです。
オープニングはこうです。ゴーンと寺の鐘の音、犬の遠吠え、「火の用心」という夜回りの声と、カチカチという拍子木の音。チリリリリンと三味線の音色が聞こえて、いかにも江戸情緒あふれる雰囲気の中で、ドラマが始まるのかと思ったら、スポンサーの三共製薬のコマーシャルが始まるのです。
配役は、銭形平次を滝沢修(劇団民芸の重鎮)、ガラッ八の八五郎を渡辺篤(ABC「建物探訪」などのタレント渡辺篤史の父)、語り手は歌舞伎の守田勘弥でした。ここで抜けているのが、恋女房のお静役ですが,誰がやっていたのかまったく名前を覚えていないのが残念です。

この捕物ドラマは、ラジオの人気番組になりました。そこに目をつけた開局間もないフジテレビが昭和33年から月曜日の夜8時30分から30分番組で放送しました。スポンサーは、この時間帯のスポンサーを長くやることになるナショナル松下電器。
大阪では大阪テレビOTVで放映されました。銭形平次は当時長谷川一夫によく似ているといわれた白塗りの二枚目が似合った若山富三郎、八五郎が三島謙(本名・船越榮太郎,先日亡くなった船越英二の実兄)、お静を東映時代劇の女優田代百合子でした。2年間続く、人気番組になりました。
その後、昭和37年には、ABCで土曜の夜10時から、安井昌二(チャコちゃんこと四方晴美の父)の平次、本郷秀雄(戦前からのベテラン脇役)のガラッ八、朝丘雪路(元宝塚出身の歌手、津川雅彦の妻)のお静という配役で,2週完結(前後編)方式で、1年間放送されました。
この土曜の夜10時は、MBSで「ローハイド」を放送していましたが、「銭形平次捕物控」が始まってからは、「日真名氏飛び出す」の後は「銭形平次捕物控」を見てから、(「ローハイド」を見るには話の前半がわからず中途半端なので、)、バラエティのNHK「夢であいましょう」の後半を見ることになりました。
2007/04/11(水) 22:00:32 | URL | 漫中老
平次
私は橋蔵さんの平次しか知らなかったので他の方の平次のお話にびっくりです。(長谷川さんの平次は、橋蔵さん関係で知りました)

橋蔵さんの対談の中から・・・

平次をやる2年前ぐらいからTVに出たいと大川社長に嘆願していたそうですがそのときは出してくれなかった。映画を撮って行くのだから必要はないと言われて。
それが我々の時代劇が受け入れられない時代になって許可してくれました。たまたま「銭形平次」のお話がフジTVさんからあり、とんとん出る運びになったのです。
聞くところによると、現在も平次を担当している高橋プロデューサーは、平次をやる1年前から東映に断られても断られても、「大川橋蔵」で「銭形平次」をやるんだと食い下がった人でね。
私も許可がおり、非常に好きな作品の一つですからおうけし、第1回にして当たったので嬉しくおもいました。

「銭形平次」が当たった理由はなんですか。

一つは「銭形平次」という野村胡堂さんの読みのも自体に人気があったということです。それで短編・読み切りと言う、1時間ドラマにうってつけの作品であること。
それにもう一つは大川橋蔵、私が時代劇俳優として平次にぴったり合ったことでしょうか。

TVに出た希少価値というのでしょうか。
今思うと映画時代のファンが家庭に入って、家庭のTVでわたしを待っててくれたこともあると思います。

三つ目は八時台であることが成功のもとだと思う。
時間が娯楽ものの、私の様なムードの俳優の時間帯であること。この三つのタイミングがうまく揃ったことで当たったんだと思う。
だから何一つ欠けてもこれは当たらなかったかもしれません。・・・略

ひとすじの道から抜粋しました。

私は橋蔵さんがTVで平次をされると聞いたときはびっくりしました。
なぜなら映画時代の橋蔵さんのイメージは気品のある侍が強かったからです(笑)
当時良く友達とTVに出るなら「若様か新吾をしてほしいね~~」と話していたのが記憶にあります。

でも1話から「平次」をリアルタイムで観てこられたのは最高の喜び幸せです。
今もスカパー!でせっせと平次にはまっています。

うみがめさんが言われている銭のお話

それについてもいろいろなエピソードを聞いたりもしていました。
あまり銭を投げすぎて視聴者の方から苦情のお手紙がTV局に合ったとか?

2007/04/11(水) 23:04:39 | URL | はる
コメントレベル高過ぎ(笑)
● うみがめさん
平次が投げた銭はその後どうなるかというのは、
昔からいろんなところでネタにされてますね(笑)。
しかし、実際にそういう映像があったというのはワタクシも意外です。


● 漫中老さん
これはまた随分と詳細な作品解説をありがとうございます(笑)。
いやあ、こういう方が居て下さると楽で仕方ありません。
堕落してしまいそうです(笑)。

長谷川一夫さんの銭形平次は、映画全盛時代を知る人には有名ですね。
それにしてもラジオの平次はワタクシも初耳でした。
こんな細かい再現までして戴いて、このブログの価値がグーンと上がりました(笑)。
いやあ、これは放送関係者も見逃せない描写ですね。
ワタクシにはお手上げなので資料を紐解いてみたところ、TBS社史に記述がみつかりました。
TBSの前身、KRで昭和26年から33年までの長期放送されたドラマで、
時間は夜9時台の30分。スポンサーはおっしゃるように、ずっと三共一社。
『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』と共に、KRの強力二大人気番組でした。
配役ですが、お静はおそらく市川紅梅さんでしょう。
語りは守田勘弥さんの前、初期は尾上鯉三郎さんがやっていました。

続くテレビ黎明期の話ですが、これは当然、KRテレビが既得権でやっております。
フジというのはご記憶違いと言うか、関西の方だからあまり意識してなかったんでしょう。
そもそもナショナル劇場は、今に至るまでTBSの月曜8時台ですもんね。
平次はおっしゃるように若山富三郎さんがやっているのですが、
この番組を覚えている人というのも相当に貴重だと思われます。
ナショナル劇場の、本当に初期の作品ですからね。
冒頭の ♪ 明るいナショナル という歌は、当時はもっと長かったんですよね?

安井昌二さんの銭形平次もおっしゃる通り。
当時朝日放送とネットしていたのはTBSでしたので、関東ではTBSで放送されました。
つまり、テレビ黎明期の銭形平次は、皆TBS系列で放送されていたわけです。
タイムテーブルの話も資料で確認できます。
いやあ、これだけの記憶語りが出来るこの年代の人って本当に貴重です。


● はるさん
リクエストにお応え戴きありがとうございます(笑)。
橋蔵さんの語りですか。これまた貴重なお話を。

考えてみれば、「大川」って東映社長の名前なんですよね。
いま気が付きました(苦笑)。
フジのPさんの熱意で実現したという事ですね。
実際、その前年の木下恵介監督のテレビ進出も大きな動きでしたが、
あれはまだ、独立プロを立ち上げてという大義名分が有りましたからね。
東映の大御所である橋蔵さんがいよいよテレビドラマに出るというのは、
映画がテレビの軍門に下った事を知らしめる、最も説得力あったニュースでしたし、
当時かなりの衝撃をもって各紙が伝えたものでした。

なるほどねえ、橋蔵さんなら若様侍捕物帳か新吾十番勝負ですか。
そこいらはファンの方ならでは視点という感じですね。
我が家も、橋蔵平次は第一回から見ていたと思います。
ワタクシもモノクロ時代の記憶はちゃんと有って、
カラー化してオープニング映像が替わった時、
石段を捕り方が下りる時の音響が陳腐に聞こえて、
前の方が良かったなあと思ったのを覚えてますね。
スカパーは本当に素晴らしいですよ。再放送では見られてもカラー版、
それも地方ばかりで、関東では一向に再放送してくれなかったのを、
数十年ぶりにあのモノクロオープニングを見られたんですから。
最近、また第一回から放送し直してくれてますが、クオリティ高いですよね。
やはり原作がしっかりしているのは大きいです。
2007/04/12(木) 19:03:31 | URL | ごいんきょ
チャッカリ夫人とウッカリ夫人
このラジオ番組もよく聞いていました。こちらは、母親が聞いていたと思います。宝塚出身の淡島千景と久慈あさみが交代で出演していました。チャッカリ夫人とウッカリ夫人をどちらがどちらをやっていたかまでは覚えていませんが。

>お静はおそらく市川紅梅さんでしょう
といわれても、やっぱりピンときません。
>初期は尾上鯉三郎さんがやっていました
私の記憶にあるのは,守田勘弥ですね。今思い出したのですが、配役について、アナウンサーが「銭形平次を」というと、本人が「滝沢修」というようにそれぞれが自分で言っていました。
>フジというのはご記憶違いと言うか
これは、まったく私の勘違いです。大川橋蔵版との混同です。
>冒頭の ♪ 明るいナショナル という歌は、当時はもっと長かったんですよね?
♪明るいナショナル明るいナショナル ラジオ・テレビ 何でもナショナル
明るいナショナル明るいナショナル みんな うち中 なーんでも ナショーナール♪
だったと思いますが・・・
2007/04/13(金) 01:00:43 | URL | 漫中老
ナショナル劇場
>配役について、アナウンサーが「銭形平次を」というと、
>本人が「滝沢修」というようにそれぞれが自分で言っていました。
へえ。
なんか、その場に全員が集まってる生ラジオドラマならではって感じです(笑)。

ナショナル劇場OPは当時からその長さですか。
すると、あの長いナショナルの歌はCMだけで使われてたんですね。
2007/04/13(金) 07:09:42 | URL | ごいんきょ
ナショナル劇場2
ナショナルCMの歌は
♪明るいナショナル明るいナショナル ラジオ・テレビ 何でもナショナル
だけしか覚えていません(笑)
記憶があやふやです・・

「銭形平次」がラジオで流されていたと言うのも初めて知りました。
皆さんに教えて頂き勉強になります。

私は橋蔵さんのお話しか知らないの
とても新鮮で当時を懐かしくさえ思います。
2007/04/13(金) 22:39:16 | URL | はる
ナショナル劇場OP
ああ、漫中老さんが教えてくれた歌詞は、今とは違いますよね。
そうそう、それがロングバージョンですか。
ワタクシがナショナル劇場を覚えているのは水戸黄門からになってしまいますが、
その時はもう、漫中老さんが書いた歌詞の2行目だけ歌う形になってました。
2007/04/14(土) 05:32:29 | URL | ごいんきょ
私は小学生でしたが香山美子さんが好きで見ていました。橋蔵はいいからおかみさんを出してくれと(笑)。
祖母と伯母は橋蔵ファンでした。
今は亡き潮健児氏の「星を喰った男」に出ているそうですが(実は読んでなくて書評の受け売りです)、彼が銭形平次に出たときのリハーサルで橋蔵が「出たな、ショッカー」。お宝映像なんてやっぱり無いんでしょうね。
2008/02/18(月) 18:59:35 | URL | あぶもんもん
ワタクシはやっぱり、八千草さん世代かな。
橋蔵さんがショッカーなんて知ってたんですかねえ。
2008/02/19(火) 06:17:33 | URL | ごいんきょ
話が銭形平次からそれてしまって申し訳ないんですが、潮健児氏の「星を喰った男」書評で読んだエピソードをもう一つ。中村錦之助に「子供が見たいと言っているから」と頼み込まれて、錦之助の家へ地獄大使の扮装で行ったそうです。本当だとすれば車で行ったんでしょうね。
2008/02/20(水) 00:00:05 | URL | あぶもんもん
うん。まあ電車じゃないでしょうね(笑)。
ワタクシもデパートの仮面ライダーショーで地獄大使と話した事あります。
2008/02/20(水) 06:31:42 | URL | ごいんきょ
新参者からご挨拶にて候
拝啓 よろしくお願いいたします。「銭形平次」と言えば。我々の世代ですとまず「大川橋蔵さん」ですが、何と言ってもテーマ曲の魅力は忘れられません。この作曲者「安藤実親氏」は国鉄マン出身で個人的に師匠について勉強された稀な経歴を持つ方で、作曲家と同時に優れたアレンジャーとして高く評価されておられます。まずこの「銭形平次のテーマ曲」ですが、一部資料には編曲が別人の様に書かれていますが、これはミステークで、オリジナルの初期版=ちょんまげ天国CD等で聴けるバージョンは間違い無くご本人がアレンジされています。聞けばこういったテレビの主題歌は初体験?との事らしく夢中で作曲されたとか。特に優れているのがアレンジですが、まず「全体にリズムが当時流行のバンブルビーブギーの基本リズム」を用い、更に三味線やチャンチキ、バスクラリネット等の珍しい楽器をオケに持ち込み、抜群の効果をあげている名曲です。ご存知の通りこの安藤実親氏は演歌系アレンジャーですが、最近の人と違う点は「殊更小手先の小技で、茶を濁さない」と。これは最近やたらと通俗的な小技=エレピ、アコギの装飾音とか弦のお決まり進行とか、難しい移調楽器を一切使わず全て正調楽器で済ませよう、とかが無いのです安藤氏には。それどころかかなり大編成のブラスや弦を大規模に使ったアレンジ「歩」等も見事です。時代劇史上に確実に一ページ刻める名曲です。ちなみに極初期はBGMの作曲担当もされておられました。後にこのテーマ曲は、知る限り3回くらいアレンジが変更されますが、津島利章氏のアレンジが素晴らしかった。(この前のアレンジはつまらなかったが)津島利章氏のアレンジは、リズムを全て現代風のロックビートに改め、この場合オリジナルがブギリズムで書かれていた為に津島アレンジだと少々間延びというか締まらない場合もあるが、此処はテンポアップしてアレンジで工夫すれば良いと、津島氏は見事に応えられましたね。共に得がたい素晴らしい方々の作だけに、銭形平次はこうした地道な音楽の力で助けられていたのですね。敬具

2017/04/18(火) 12:17:19 | URL | よしたかくん
熊蜂の飛行ですか。なるほど、確かに!
そしてその曲は、主役が悪役を追う場面で使われると。

やはり作曲家は偉大なり。
言葉を用いずに、と言うか、楽器や音符が言葉なんでしょうけど、
番組の意図をなんとか表現しようとしているものですね。
2017/05/03(水) 14:42:16 | URL | ごいんきょ
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