私的 昭和テレビ大全集
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今週の明星 (1953)

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只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、改めてテレビの初日を振り返る、この番組です。





テレビの黎明期を振り返っている只今の企画でありますが、
この辺で、本当に本当のテレビの最初を振り返ってみましょう。
テレビ免許は、民間の日本テレビがアメリカ様とのコネを活かして、
見事に?日本初の栄誉に浴したのでありますが、本放送実現には些か苦労し、
方や免許で先を越されて悔しさ一入のNHKは、
本放送こそは先んじねばと、やや無理をしてでもと先行。
流石に放送そのものでは一日の長が有り、昭和28年2月1日に本放送開始しました。
日本テレビの開始は当初よりかなり遅れ、8月28日ですから、半年遅れとなります。

この記念すべきテレビ誕生の日、早くもテレビ初の定時番組が登場しているのです。
一応、ニュースや天気予報を除いた日本初のテレビ定時番組は、
昭和28年2月1日19時30分より20時まで放送された、この『今週の明星』となります。
集英社による芸能雑誌、月刊明星創刊より数年前にNHKラジオで始まっていた番組で、
純然たる歌謡曲番組として人気を誇っておりました。
日本テレビとは一線を画すNHKの強みが、ラジオ放送での実績。
そしてテレビの初期には、この強みを活かす意味と、
まだ脆弱だったテレビの制作能力を補う意味とで、
ラジオ・テレビ同時放送の番組が幾つか有りまして、これはその第一弾でもあります。

この記念すべき事実上初のテレビ番組に出演した中で特に目立ったのが、笠置シヅ子。
茶色がかったツーピース、支那服、浴衣姿に買い物籠と、
出番に応じて都度違った衣装で画面を飾り、映像を大いに意識したプロ根性を見せました。
往時の歌手はそれほど見せる事に意識は無く、前奏の時でも伏し目がちだったのが、
笠置だけは堂々と正面を見据え、非常に画造りが決まっていたのでした。
一方、霧島昇はその体形を気にしたのか、直前になって全身を映すなと要望。
胸から上だけで撮ってくれと言って、テレビ研究の不足が有ったようです。
他には高倉敏などが出演しました。

昭和29年11月からは、新人紹介と、投書要望による歌謡曲も披露。
そうして、戦後ようやく地道な力を付けてきた歌謡曲を補佐し続け、
青木光一、三浦洸一、若原一郎、コロムビア・ローズ、島倉千代子、白根一男、
藤島桓夫、曽根史郎ら当時の新鋭をそれぞれ一ヶ月連続で起用して、
彼らの歌が浸透していく大きな原動力となりました。
テレビ放送が始まる前の事ですが、昭和26年、津村謙が、まだレコード製造中のため
極秘にしていなければならなかった『上海帰りのリル』を、
発売まで数ヶ月も有るのについ披露してしまい、問い合わせが殺到。
会社から怒られながらも、急遽製造を一ヶ月ほど早めて大ヒットとなったりしました。

テレビの方の制作能力が上がってくると、縄張り意識でしょうか、
段々とこうしたラジオ・テレビ同時放送が少なくなっていき、
昭和30年代初期には、『三つの歌』『二十の扉』、そしてこの『今週の明星』という
テレビ初期を彩ったラジオ同時放送番組が、次々とテレビから消えていきました。
この『今週の明星』は、昭和31年9月2日をもってテレビ放映終了。
実質的な初のテレビ番組であり、かつ、日比谷公会堂(のちNHKホールに変更)
からの中継という、初の外部中継番組でもあったこの番組でしたが、
あまりそういう視点で語られる事が無かったですね。
上記3番組は、いずれもラジオ独自の人気番組として、その後もしばらく続きました。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
「花の星座」の司会者は?
恐らく「今週の明星」のテレビ放送を打ち切ったのは、1956年にに新しいテレビオリジナルの総合歌謡番組として「歌の広場」と「花の星座」をスタートさせたことが直接の原因だろうと思います。いくら人材不足でその分を歌謡曲スターたちに依存していた初期テレビといえど、同類項の番組を週何本も・・・というのはさすがに食傷気味になってしまいますしね。

「花の星座」は多分、この番組を少年期によく見てたという西田敏行さんの話では結構特徴のある風貌のアナウンサーさんが司会をなさっていたそうで、その真似を平成4年の「思い出のメロディー」で西田さんもしていた(確かこの番組の一コーナーとして「花の星座」を再現する企画があったような・・・)のを見たことがあるんですが、どうもその真似をしていた司会者の名前が分からないんですよね。「NHKアーカイブス」の検索をかけても・・・名前が全く出てこないですし。

ごいんきょさん、ぜひご存知なら教えていただけないでしょうか・・・?(汗)
2014/05/25(日) 09:57:15 | URL | (ハンドル未記入)
『花の星座』というのは知りませんでした。
三十年代中頃まで、テレビ・ラジオ同時中継でやってたんですね。
という事は、テレビ映えを考えた番組だったのでしょうか。
これから調べたいと思いますが、アナウンサーは顔出ししていなかったようで、
おそらく交代でやってたんじゃないでしょうか。
どんな資料を見ても、司会者に関しては記述が有りません。
2014/05/25(日) 20:42:15 | URL | ごいんきょ
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