私的 昭和テレビ大全集
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〇戦はやと (1964)

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只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、戦争テレビ漫画が存在し得た時代を振り返る、この番組です。





昭和30年代には、戦争アニメも誕生しておりました。
38年元日に鉄腕アトムが登場、爆発的な人気を呼んだ事により、
「母と子のフジテレビ」を標榜していたフジは、早速第二弾として
雑誌「少年」での人気競争でアトムの宿敵だった『鉄人28号』もテレビ化。
それも、すぐ後にTBSで始まった『エイトマン』も大好評とあって、
日本にTV漫画というものが完全に根付く事となりました。

但し、まだまだTV漫画の制作体制は脆弱で、それらを制作していた虫プロもTCJも手一杯。
そこでお鉢が回ってきた(昭和語)のが、うしおそうじのピープロだったのでした。
うしおそうじは元々が東宝にいた人間で、戦争中は海軍の要請で、
『水平爆撃理論』という教材映画を制作した人物。
惜しむらくは、それら国策映画は敗戦時に全て焼却されてしまったわけですが、
もしアメリカ様に発見されていたら、うしおそうじは戦犯として処刑されていた可能性も。

少年キングに連載されていた辻なおきの漫画『〇戦はやと』をTV化しようとしたのは、
実の所は一体誰だったのかというのは、実は判然としておりません。
うしおそうじが語り残している内容は、オリコミという広告代理店からの話となってますが、
どうにも話が出来すぎのような気がするんですよね。
そうだとしても、オリコミに依頼した存在がいたはずなのですが、そこは語られていません。
うしおそうじの経歴を考えても、彼から持ち込んだ企画とも思えるのですが。

なにしろこの番組、その題名から察する事ができましょうが、戦争漫画。
左翼色が非常に強い時代で、かつ、名目上は独立したと言っても、
まだまだアメリカ様の監視も非常に強かった時代、
左からも、いわゆる右からも歓迎されそうにない、
日本軍が活躍するテレビ漫画を制作し、実際に放送まで漕ぎ着けたというのは奇跡的です。
しかしそれは現在の視点であって、当時としては、まだまだ軍歴ある人々が社会の中心で、
どんな戦争物を見ても日本軍が悪役か、こっぴどくやられるかで、不満が溜まっていたのでしょう。

漫画でしたら表現自体が和らげられますし、しかも、この漫画では流石に気を使い、
実際の国名は使わず、固有名詞は概ね頭文字か空想の名前にしておりましたので。
予科練と言えば土浦ですが、その土浦の地名すら出さず、
勿論、〇戦と言えば敵はアメリカ様なのですが、そんな名前は出せず無国籍描写に。
それでも当時から左翼色の強かったTBSでは蹴られ、いわゆる右寄りのフジテレビが、
アトム、鉄人に続く第三のテレビ漫画として放送に踏み切ったのでした。

それにしても、いま考えると、よくこれが放送できたなと思います。
戦争テレビ漫画は数有れど、日本軍が活躍する作品は、これと既述『決断』くらいでしょう。
『決断』は記録描写といいますか、あくまでも事実を描こうとしているものですが、
この番組は何が凄いと言って、完全に日本軍の活躍を肯定的に描いているのです。
肯定的というと語弊が有りますが、あれが悪かったこれが悪かったとは言ってないんですね。
主人公の東隼人は〇戦乗りですが、彼とその仲間達は「爆風隊」と呼ばれ、
それこそ漫画でしか有り得ない超人的な活躍をして、味方を救い、敵を潰滅させるのです。

例えば、嫌味な上官が爆撃され、なんとか脱出して敵陣のど真ん中に降り立ってしまう。
みんなは溜飲が下がるも、隼人は彼を救うべく、敵の滑走路に着陸、
爆風隊の援護を受けて、無事に上官を救出して離陸するのですな。
他にも、味方がどれだけ押されて劣勢でも、爆風隊が来るとたちまち形勢逆転。
ほとんど無敵で不死身というのが、隼人のいる爆風隊の描写でありました。
そして、相手側はもちろん撃墜するわけですが、さすがに生身の人間を殺す描写は有りません。

こうした描写は、戦争教材映画を作っていたうしおそうじの面目躍如で、
予算的制約で拙い表現は有りますが、ところどころで流石の細かい描写が見られるんですよね。
彼が何故、このような作品を作ったのか。
後世の人間が単純に、戦争賛美と軽々しく言えない心理が働いていたのでしょう。
若くして死地へ飛び立って行った兵隊を何人も見送り、
自分は太平の世に生きているという、あの時代の男子ならではの思いが。

日本軍の悪行をあまりにもこれ見よがしに採り上げ、
左翼からもアメリカ様からも攻撃されない絶対的安全地から、同輩や先達を、
まったく自分とは相容れない鬼のような人々ですと描いていた、
そんな作品ばかりが並んでいた当時の空気に、居たたまれないものが有ったのでしょう。
この漫画に対しての言葉ではありませんが、「戦友への贖罪」という言葉を
彼が使っていたところから、そんな思いが汲み取れる気がするのです。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
みるのがきつかった
これも好きな番組だったんですが、札幌では、当時、局数が少なかったために、土曜日の15時30分から放映されていたのです。小学校低学年、その時間は外で遊んでいる時間です。なので3週に1度くらいの割合でしか見てませんでした。たしか「明治キンケイ印度カレー」の提供でしたよね。
2014/06/13(金) 23:55:28 | URL | みのモンタナ
けっこう北海道の人が協力してくれるんですよね、ここ。
九州の人は少なくて、暖かい地方の人は淡泊なのかな。

土曜の15時じゃ、子供が最もいない時間帯ですね(笑)。
そちらでも明治キンケイの提供でしたか。
ミルクカレーも有名です。
2014/06/14(土) 05:56:05 | URL | ごいんきょ
インドカレー(誤)→ミルクカレー(正)
私、間違って記憶してました。明治キンケイミルクカレーが正しい商品名です。ありがとうございます。おかげで次のフレーズを思い出しました。「ハヤシもあるでよ!」
2014/07/03(木) 19:28:27 | URL | みのモンタナ
ミルクカレー?
卵から生まれたのかとツッコマレる程牛乳嫌いでスリランカ人かと言われる程甘ったるいカレーが苦手な俺っちからしたら地獄の味なのかも

食べられた方はおられるのかな
2014/07/03(木) 23:27:41 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
● みのモンタナさん
ああ、インドカレーの方ですね。


● ガッツさん
包丁人味平でも子供を対象に作ってましたけどね。
わりと美味しそうな感じがしますが、ワタクシは醤油カレーの方が好きでしたし、実際に作りました。
2014/07/03(木) 23:58:00 | URL | ごいんきょ
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