私的 昭和テレビ大全集
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ポンポン大将 (1960)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、ポンポン船が合った時代を振り返る、この番組です。





♪ 川風ふけふけ 船船はしれ
  船が揺れれば白い輪も揺ーれる~
  ポンポンポーン ポンポンポーン
  船長さんは朗らか ポンポン大将~
  今日も通るよあの橋の下
  ポンポンポーン ポンポンポン


隅田川にポンポンポンポン音を立てながらゆくポンポン船というものが、
まだ行き来していた頃のお話です。
そんなポンポン船を操縦しているからポンポン大将。
大将を演じていたのは、桂小金治でした。
NHKとしてはあまり多くない、三年半にもわたる長期放送。
日曜18時、『てなもんや三度笠』を見ない家では、わりと見られていたんでしょう。

この大将は、浮浪児として過ごした過去を持っており、
にも関わらず明るく朗らかで、人の良い、面倒見の良い人物。
そんな彼は駄菓子屋に下宿していて、三人の子供を施設から引き取っている。
三人を演じたのは、木下清、吉田勝美、臼間早世でした。
いずれも子役として活躍していたようですが、特に木下清は、
後に同じNHKの『タイムトラベラー』でケン・ソゴルを演じた人物でしょう。

大将は、自らの不遇な子供時代を思い、同じ様な思いをさせたくないと
子供達の面倒を見ているわけですが、独身男子が施設から子供を引き取るなど、
今では絶対に不可能ですね。まして女の子までいるなんて。
善意のみで描かれたドラマが通用したのは、時代の良さも有ったのでしょう。
彼らの触れ合いを描いたホームドラマでしたが、
小金治の船長姿は、民放でも見られるようになったのでした。

と言うのは、「面舵いっぱーい。のり玉でいっぱーい」と舵を取る船員姿で叫ぶ、
のり玉のCMが『エイトマン』の中などで流され、これも非常に受けたのですね。
NHKの番組での印象を利用したCMというのも、今では考えづらいですが。
ポンポン船長の役といい、のり玉のCMといい、罪が無いというか、
のどかなk役柄だった小金治が、アフタヌーンショーで怒りまくった姿は、
かつてのファンに些かの残念さも感じさせたかもしれないですね。

ポンポン大将がいた下宿の駄菓子屋は、飯田蝶子が店主の役。
番組中、手づかみでお菓子を子供に渡していたという事で、
不潔だという指摘も有りましたが、昭和30年代も前半までは、
そのような駄菓子屋のおばちゃんも多かったんでしょうね。
飯田蝶子も、映画では孤児を引き取る役もしていて、
この辺は狙った配役だったのでしょうか。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
主題歌歌えます!
当時の音源も録音したのがあるのですが、オープンリールのテープなので聴けません。
うちもしばらくは見てました。学校で「てなもんや三度笠」の話題が広がって、こりゃこっちを見なくっちゃ、とチャンネルを切り換えたような気がします。タコ焼きが流行った頃に、家がお菓子屋なのにわざわざよそからタコ焼き買ってきて…という一話があったのを覚えてます。
東京の、どこをこんな船が走ってるんだろうかとも思いました。
桂小金治さん、このドラマと、その後のアフタヌーン・ショーの司会で、落語から身を引かれたんでしょうね。有望な二つ目だったのに、というのを何かの本で読んだことがあります。
2014/07/04(金) 20:37:49 | URL | マジェスティ
これはレコード化されておりますので、いろんなCDにも収録されたりしてますね。
そうそう。途中から裏で「てなもんや」が始まるんですね。

テレビが落語家の芸を奪ったという面も、あの頃は有ったかもしれないです。
今じゃそんなの言い訳にもならないくらい露出が無いですけど(笑)。
2014/07/09(水) 06:49:38 | URL | ごいんきょ
記憶の底にあるテレビ番組
小金治さんが亡くなられました。
ご冥福をお祈りします。
このテーマソング歌えます。
しかし毎回見ていたはずなのにどんなエピソードがあったのか、
全く思い出せません。
なんか、小金治さんが子供を諭すようなイメージがありますが、
どんな話だったんだろう?
2014/11/10(月) 11:32:46 | URL | 勇気君
結局、育ての親になる訳ですから、諭す場面も多かったでしょうね。
なにしろ残存映像が皆無のようで残念です。
2014/11/11(火) 06:39:04 | URL | ごいんきょ
のりたま
ポンポン大将、大好きでした。
「面舵いっぱーい。のり玉でいっぱーい」
も懐かしいですが僕の記憶では
「面舵いっぱーい。のり玉でさんばい」
になっています。
のりたまがあればいっぱいしか食べられないご飯がさんばい食べられると解釈していました。
同じ量のおかずでごはんをたくさんおかわりすると褒められた時代でした。
2014/11/12(水) 09:54:14 | URL | 六
お。
清水市の懐かしそうな写真がいっぱいのサイトですね。

「のり玉で三杯」ですか。
たしかにその方が優れてますね。

ワタクシも、お前はふりかけで大きくなったとよく両親に言われたものです(笑)。
よく180cmまでなったものですなあ。
横幅はあまり有りませんでしたが。
2014/11/12(水) 23:30:09 | URL | ごいんきょ
寝不足
小金治さんに養われている3人の子供の一人の少女が,毎晩,繕いものをしていました.

少年:
 おい,お前,最近寝不足だぞ
少女:
 でも,こんなことまで,おばさん(飯田蝶子さん)にやってもらうわけにはいかないもん.

このシーン,なぜか,覚えています.

2015/01/31(土) 22:42:58 | URL | ゆかりと同い年
うーん。
情景を考えると泣ける(苦笑)。
2015/02/01(日) 06:10:22 | URL | ごいんきょ
ポンポンポーン ポンポン
リュックを背に毎日、老人ホームの母の元に通ってます。隅田川を渡る時、通るはずもない
ポンポン船を待って、しばし橋の上で佇んでしまいます。
大将が子ども(たち)に今夜の夕飯、何がいい?って聞いた時、男の子が「肉の入って無いカレーがいいなぁ」って言った場面が印象的でした。大将は心配(懐具合)しなくていいんだよ、、という感じの返答でしたっけ、、、それ以来、カレーを作ったり食べたりした時には
いつも「ポンポン大将」を想います
あの男の子、可愛かったな〜
今どうしてるかな?
小金治さん適役でした。
飯田蝶子さんもいい味出していました。
又見てみたいし歌も聞きたいですね!

飯田蝶子さんもいい味出していましたね。
2015/07/23(木) 23:16:33 | URL | カツギヤ フーコ
主題歌はYouTubeで聞く事が出来ました。
アップして下さった方に感謝です。
2015/07/25(土) 13:17:17 | URL | カツギヤ フーコ
「肉の入って無いカレーがいいなぁ」

く~、泣けるな(笑)。
昭和30年代、まだ日本は貧しかったですから、子供も少し賢い子ですと、
そんな感じで遠慮しいしい物をねだっておりましたね。
ま、ワタクシも賢かったのでそんな感じでした(笑)。
牛肉は勿論、豚肉だって滅多に食べられなくて、魚や鯨が動物蛋白源でした。
2015/07/26(日) 07:33:33 | URL | ごいんきょ
クジラと肉なしカレー
牛肉の輸入増加と、捕鯨規制のため、今では逆に、クジラのほうがはるかに高級食材になってますね。

肉なしカレーは、今では、海鮮カレーや野菜カレー、豆カレーなどで定着しています。
2015/07/26(日) 10:57:45 | URL | 10000k
トリヴィアルながら
記憶違いだったら申し訳ありませんが、子役の一人は「臼間香世」ではなかったかしら。確か同時期の「ホームラン教室」ではレギュラーで「みどり」役をやっていたはず。
2015/07/31(金) 08:22:54 | URL | 権兵衛
● 10000kさん
オージービーフとか異常に安いですが、安いなりに不味いですしね。
鯨の方がはるかに美味しいです。
居酒屋のつまみで500円くらいですから、高級という程でもないですよ。


● 権兵衛さん
NHK年鑑に拠れば、三人の子供は木下清、吉田勝美、臼間早代という事です。
誤字なのか、姉妹なのかは判りません。
ミドリちゃんは合ってますね。
2015/08/02(日) 16:02:28 | URL | ごいんきょ
深謝
管理人さま

ご教示ありがとうございます。そういえば、「ポンポン大将」のスチール写真で、子役3人が写っているショットがありましたが、解像度が悪いながら、改めて見ると女の子は「みどり」よりかなり幼いようなので、妹さんかも知れませんね。
2015/08/05(水) 09:10:00 | URL | 権兵衛
なるほど。
兄弟姉妹で子役という例は多いですから、きっとそうでしょう。
2015/08/11(火) 07:03:23 | URL | ごいんきょ
なつかし~ぃ ポンポン大将
NHK•FM歌謡スクランブルで昨日聴きました。子供のころにタイムスリップして一緒に歌ってしまいました!
2015/10/17(土) 18:47:04 | URL | SHINちゃん
へー。
なんでまた、そんなのが放送されたんでしょう。
2015/10/18(日) 13:53:19 | URL | ごいんきょ
我が家にテレビが来た頃に…
『ポンポン大将』はまだ旧式の白黒テレビが我が家に来て、ご近所の人が夕食時に集まって来た頃に、日曜6時位から放送されていたと記憶してます。僕も子供ながらホノボノとした雰囲気のホームドラマだったと感じて、心和む思いでした。子役の人は知りませんでしたが、名脇役の飯田蝶子と園井啓介を従えての桂小金治師の人間味溢れる熱演は今でもウッスラと覚えています。ソレ以前に小金治師は若手落語家として将来を嘱望されながら、様々な事情で映画界に転進。その後は司会者として頭角を現わして、お茶の間に感動を“配達”してくれたという人情噺を地で行く好人物という認識を持っています。師の落語会にも足を運び、会場で即売されていたカセット音源も購入して楽しませていただいております。短気で涙もろい昭和の江戸っ子を絵に描いたような芸人さんでした。
小金治師とは対照的に、ポンポン船(別名「だるま船」;十数年前までは隅田川や芝浦にはだるま船で暮らす水上生活者もおりました。恐らく港湾荷役や水運業を営んでいる人々だったのでしょう…)に住まう同居人で相棒役の園井啓介氏が芸能界をホサれたのは、個人的には残念に思いました。別に(麻薬覚せい剤等による)不祥事やスキャンダルを起こしたわけではなく、株投資による脱税か何かだったかと記憶しますが、現在だったら取り返しのつかないような事件にはならなかったかと思うと気の毒で…。同氏は演技力も確かで男前でしたから…??
2015/11/06(金) 16:27:51 | URL | 建半
ドラマの小金治さんというと、破れ傘刀舟なんかが記憶に残りますが。
水上生活者の話も、昭和30年代まではちらほらドラマになってたんですけどね。
園井さんは、おそらくあまり制作側に好かれていなかったんじゃないのかな。
一時売れっ子だったので、やや天狗気味のような扱いの記事を見た気が。
2015/11/15(日) 20:10:00 | URL | ごいんきょ
園井啓介
ポンポン大将に出ましたっけ?
相棒は「月下の美剣士」の加藤博司では?
2015/11/22(日) 23:15:26 | URL | さざんくろす
ああ、深く考えてませんでしたが、園井さんは出てないですね。
加藤さんでしたか。
2015/11/24(火) 04:19:06 | URL | ごいんきょ
水上生活者
ポンポン大将懐かしいです。
叔母が月島に住んでいて、遊びに行くと船だまりにはポンポン船に交じって、水上生活者の船がたくさん係留されていました。子供は無邪気なもので「船のお家いいな~」なんて思っていたものです。戦後の住宅不足の結果、船を住居にしていた時代です。叔母の家も旧陸軍の兵舎だったところの一室でした。
 朝8時と夕方5時には勝鬨橋が上がり、車も橋のたもとで船が通過するのを待っている、そんなのどかな時代でした。
 そのうち放送博物館に行ったらアーカイブのぞいてみようと思っています。
 管理人様、懐かしい記事ありがとうございました。
2016/02/15(月) 12:17:04 | URL | もうすぐ62歳
船に住むなんて、ちょっと憧れっぽいのは感じたでしょうね。
そもそも一般人の住まいだって
4畳半とか当たり前の時代ですし。

勝鬨橋が上がってたんですよねえ。
今でも稼働させようと考えている人は少なくないようですが、
交通量をなんとかしないと難しいかもしれませんね。

この番組の映像は現存しておりません。
何処に行っても、もう見られないのです。
とても残念ですね。
2016/03/09(水) 06:14:39 | URL | ごいんきょ
当事は安くは無かった卵
卵かけご飯を食べるシーンで、小金治さんが、卵はな、珠に食べるからタマタマって言うんだぞ❗って言ってたのを覚えてます。まだそんな時代だったんだな~と、感慨深いです❗今見たいに豊かでは無いけど、特に不自由を感じた事も無い、ほのぼのとした時代だった気がします。只それは私が子供だったからで、親達世代は復興と高度成長のまっただ中で、汗水たらし、奮闘して居たんでしょうかね~⁉
2016/12/25(日) 12:05:49 | URL | ゆうじ
当時でした。😱
2016/12/25(日) 12:09:42 | URL | ゆうじ
へー。そして後年、「のり玉」の宣伝をする事になるという。
よく出来た話だ(笑)。

当時は、色々な自由さは有ったと思います。特に子供はね。
親たちは働く事に一生懸命でしたが、一生懸命にやれば多少なりとも報われる時代でした。
働き手を「労働力」ではなく、「人間」として見てましたからね。
2016/12/31(土) 07:20:12 | URL | ごいんきょ
新参者からのご挨拶 知っている事
拝啓 新参者から今後ともよろしくお願いいたします。この「ポンポンた
2017/03/11(土) 12:32:55 | URL | よしたかくん
再投稿 新参者ご挨拶 知っている事
投稿不手際お詫びいたします。この「ポンポン大将」には当時、主題歌と言われる曲が2種類ありました。古くからキングレコードでソフト化されている「上高田少年コーラス」が有名ですが、実はこの曲のカバーバージョンではないか?と以前から思っておりました。何故なら遠い昔、まだ小学校低学年程度の頃に視ていたポンポン大将は「隅田川?の上を主人公が帽子かぶってポンポン船に乗っている場面」がタイトルロールでしたが、この時鳴っていた主題歌の歌手は「女性ソロ」でした。それから数十年、全く偶然に手に入れた「ポンポン大将の主題歌は、どうやら当時のテレビ番組からのコピーか、あるいは某関係者からの提供なのか、若い女性歌手のソロで2コーラスまで。メロディーは同一でもアレンジが全く異なり、キング版はストリングスが入っていましたが、このテレビ版はブラスのみ」でした。当然イントロも簡略化され間奏は無し、エンドは全然無しでしたね。音は不思議な程に良かった事を考えれば、やはり出所が気になります。またNHKに原版はあるのか無いのかですが、どうやら生放送の部分もあったらしいとの事で、素材は全く残っていないとの事です。幾つか場面が強く記憶され「バスを伴っての遠足、野良犬が迷ってきた事、弁当を広げる場面、お汁粉飲む場面」など等が記憶に残ります。以前「桂小金治氏がNHKに出た」際、何かご本人が映像でも残していたかと楽しみにしていましたが駄目でしたね。残念でした。残っているとしたらキネレコあたりかもしれませんが、残念です。敬具
2017/03/11(土) 12:48:04 | URL | よしたかくん
色々な状況描写が、今となっては貴重な話です。
主題歌ですが、ポンポン大将のレコードは二種類あるようなんですよねえ。
今では高価なので、ワタクシはどちらも入手できていないので残念ながら確認できません。
もしかしたら、仰っている二種類ともレコード化されているのかもしれません。
2017/03/12(日) 18:49:08 | URL | ごいんきょ
ゆうやけ天使?松島トモコ
「泥の河」の石碑のある川のほとりに「ポンポン船」の看板を見つけて、サイトでこの掲示板を見つけました。「てやもんや三度笠」とどう時期の作品だったのですね。この時期のドラマは録画がないのが残念です。「月光仮面」の実写版の前に武田薬品の提供で放映されていた「ゆうやけ天使」も記憶に残っています。私の思い違いでなければですけどね。
2017/04/08(土) 12:18:58 | URL | あ~あ・・十分おじさん
『ゆうやけ天使』は非常に地味な番組で、武田枠の中でも知る人が非常に少ない貴重盤組。
ご記憶の事が有りましたら、ここで良いので書き留めて戴きたいですね。
2017/04/23(日) 21:20:27 | URL | ごいんきょ
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