私的 昭和テレビ大全集
Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-) ↑

頓馬天狗 (1959)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、超人的神風タレントだった大村崑の活躍を振り返る、この番組です。





♪ とんとんとんまの天狗さん とんまでおセンチお人好し
  握る刀は大上段 エイ 悪人共を薙ぎ払う
  姓は尾呂内 名は南公
  子供が大好き 僕らの仲間 とんとんとんまの天狗さん
  
  とんとんとんまの天狗さん 強くてハンサム朗らかで
  振るう拳は空手打ち エイ 悪人共を懲らしめる
  姓は尾呂内 名は南公
  子供が大好き 僕らの仲間 とんとんとんまの天狗さん


既述『まりっぺ先生』の後番組として始まった、大阪・読売テレビ制作の、
日本テレビ系列土曜夜7時枠の番組で、ここからしばらく大塚提供の作品が続く事になります。
後には、『黄金バット』『巨人の星』『天才バカボン』というアニメ路線になり、
バカボンをもって撤退するまで、土曜夜の名物枠でした。
その端緒を開いたのが、時の絶大的人気喜劇俳優・大村崑によるこの番組だったのです。
但し、最初の4回は、『まりっぺ先生』の終了が遅れたのか?
土曜の昼、1時15分からの30分で放送されました。

第一回「天狗誕生の巻」では、三木のり平が父親の鞍馬天狗役で特別出演。
作者の花登筐は、のり平が台詞を覚えない事で有名と思っており、
実際に稽古の時には、まったく覚えていなかったのが、
本番になるとまったく堂々たる演技をしていて面喰らったのですね。
これにはカラクリが有って、のり平の特技は、カンニングだったのです。
小道具やセットの随所に書き込んでおいて、さりげなく読むというものですが、
まず不自然さをまったく感じない名人技だったといいます。

そんな工夫が必要になるのは、生番組だったから。
既にこの昭和34年9月5日の頃にはVTRも存在しておりましたが、
まだ読売テレビには無かったのか、関係者が選択しなかったかで、これは生ドラマでした。
当時、フィルム番組ですら出演者が生CMをやっていたくらいですから、
生番組のこれでは、当然のように劇中生CMが多く使われました。
「天狗コマーシャル」と頓馬天狗が宣言すると、そのまま大塚商品のCMタイム。
そもそも名前からして「おろない・なんこう」なんですから(笑)。

鞍馬天狗の倅という設定なのだから、鞍馬天狗の姓は「尾呂内」なのか?
というのは置いておいて(笑)、そんな感じの第一回は、頓馬天狗の少年時代。
第二回でようやく成人し、本格的な活躍を始めるわけです。
鞍馬天狗にははるかに及ばないから「頓馬天狗」ではあるものの、
流石にそんじょそこらの者には引けを取らない腕の持ち主。
左手一本で抜刀し、くるりと刀を回して柄(つか)を握る大村崑の動作は、
子供たちに大いに真似されていたといいます。

この頓馬天狗の宿敵が、新選組・近藤勇をもじった近藤勇造で、芦屋小雁が演じ、
兄の雁之助は月形半平太をもじった月形三平太の役でした。
毎回毎回、最後は近藤勇造と頓馬天狗の対決。
鞍馬天狗と近藤勇は、何度戦っても決着の付かない宿敵でしたが、
こちらは毎度お決まりで、小雁が斬られ役。
模擬刀で斬りつけられ身悶えながらいつまでも死なず、
再度天狗が斬りつけるとまた身悶えしながら、いつまでも死なない。
「早よ死ね」とかどつかれていた回も有ったかと(笑)。

昭和35年いっぱいで終了したのですが、何故か5年後の昭和40年10月に、
『009 大あばれ とんま天狗』として再度登場。
主題歌も往時のままで、当時としては些か古めかしい感じはします。
頭についている「009」は「オロナイン」と読むんですね(笑)。
映画の007が大当たりし、忍者ブームと連続して、西洋忍者のスパイブームが到来。
「009」が語呂合わせになるのと、大塚さんが再度、自社CMタレントの
大村崑に陽の目を当てようと考えての企画ではないかなと思いますが。

オープニング映像も、基本的に昔のままという感じですが、
一部分で、これまた何故か、天狗さんが象に乗って雑木林を歩いております。
この象は、新潟・月岡動物園にいたツルコという子象だという話でした。
大村崑は高所恐怖症といい、象に乗せるのが一苦労だったようですね。
宿敵・近藤勇造の芦屋小雁もそのままで、他に左とん平らが出演しました。
この番組の現存映像は、おそらく全てが、大村崑の私的所有物。
彼が残してくれていなかったら、ワタクシにはここまで細かくは書けなかったでしょう。
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
オロナイン
オロナインのCMといえば 浪花千恵子さんのホウロウ看板をネットでよく目にしますが 彼女の本名が 南口キクノ(なんこう きくの) という嘘みたいな本当のことからCMを担当したそうです

1960年ごろ 大村昆さんは 十三の淀川べりのロイヤルアパートメント(マンション)に住んでおられました 
2014/06/04(水) 12:21:09 | URL | TOSSY
わりと有名な逸話ですが、本当に嘘みたいな名前ですよね(笑)。

崑さんが最も忙しい頃でしょうね。
週の固定番組が13本とか14本とか。
そら過労で倒れますわな(苦笑)。
2014/06/05(木) 07:00:29 | URL | ごいんきょ
大村さんがせっせと残していなければ・・・
大村さんがせっせと残していなければ、在阪局制作番組の保存状態は悲惨な事になっていたでしょうね。
日本で最初にVTRを導入した大阪テレビ→朝日放送テレビにしても、当時のキー局TBSの番組については結構熱心にVTR収録をしていて、昭和30年代のテレビを今に伝える貴重な資料となっていますけど、当のABC制作番組の方の保存がまるで出来ていないという惨状ですしねぇ。

その中でも特に酷いのがこの番組を製作した読売テレビで、キー局の体質に比例したかのごとく、大村氏保存の番組以外で、昭和30年代のYTV制作番組の映像そのものをトンと見た記憶が無い(「アベック歌合戦」とか「そっくりショー」等も観る事は全く叶わないとか)ですし、昭和40年代以降についても、「細うで繁盛記」すら初回と最終回しか残されていないとか、「全日本歌謡選手権」も山本譲二出場の末期位しか残っていないとか、その手の話があまりにも多過ぎますねぇ。
後、読売テレビの保存状態の酷さに隠れた格好となっていますけど関西テレビも地味に酷い様な。
2014/06/07(土) 20:41:48 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
関西テレビはどてらい男が残ってなかったんでしたっけ。
ドラマはかなりの確率で消去されてるみたいですね。
個人的には「爆笑寄席」を見てみたいんですが、やすきよ関連の番組でおそらく初期の白黒キネコが1本流れたっきりなんで殆ど残ってないのでしょうね。
2014/06/10(火) 01:04:28 | URL | 鳥飼
● TXさん
ABCもそれなりに保存作も有る感じですけどね。
やはり当時の関係者による保存が無ければ、いずこも苦しい感じではあります。
よみうりは非常に悪い。
そういうとここそアメリカ様に学ぶべきだったのに(笑)。


● 鳥飼さん
どてらい男、山善で見つかったという不確定情報ありましたけど、どうなんでしょうね。
白黒キネコでも残っていれば非常にめっけもんですよ。
2014/06/11(水) 01:41:17 | URL | ごいんきょ
謎が解決
よく見てました。で、動画アップされてないかと探してみれば、あるじゃありませんか。
ところがYOU TUBEをみると黒い頭巾に黒い着物、「これは違う! 白い着物で白い頭巾、象に乗っていたんだ」と心で叫んだのでした。でも、解決しました。私の見ていたのは昭和40年版だったのですね。「ごいんきょ」様、ありがとうございます。
「とんま天狗」の記憶を呼び起こそうとすると「琴姫七変化」の映像が浮かんでくるんですが、なぜなんだろう。
2014/06/14(土) 00:21:06 | URL | みのモンタナ
009の方をご覧でしたか。
あちらはそれほど人気も無かったようで、ほとんど振り返られない幻の番組なんですよね(笑)。
動画が残っていたなんて感激ものでした。
琴姫様につきましては、そちらのスレで。
2014/06/14(土) 05:59:18 | URL | ごいんきょ
ジャイアント馬場さんも
大村昆さんが録画の大家というのはこちらのスレで初めて聞きました。馬場さんもかなり早い段階で業務用のデッキで各ジャンルの番組録画に励んでいたとか。巡業で自宅にいないから見逃した番組を何とかしたい。から始まったみたいです。馬場さん亡き後、貴重なコレクションが廃棄されていなければ良いのですが。骨董品なら換金目的で業者から好事家の手に渡るんでしょうが、ビデオは価値の解らん人にはタダのゴミにしか見えないでしょうし。私、10年以上前に仕事で訪れた地方の旧家に昭和30年代の漫画週刊誌や学年誌が大量にお蔵に眠っているのを発見しました。「骨董屋さんに鑑定してもらえば?」と進言しましたがどうなりましたか。何れも廃棄されていないことだけを願っています。
2014/06/29(日) 20:10:55 | URL | とらお
馬場さんというと、やはりプロレス番組ですか。
すると、あの頃のプロレス動画がかなり残っているのは、馬場さんのお陰なんでしょうか。

骨董屋さんというか、是非私にご紹介戴きたい(笑)。
2014/07/03(木) 22:02:35 | URL | ごいんきょ
録画の件
小生最近昔のラテ欄をあさりまくったんですが、その中で興味深い点を発見しました。最初、朝日新聞名古屋地方版で調べた結果は、昭和35年12/5以降12/26の最終回までの4回分のサブタイトルの記載が無かった為、朝日新聞全国版で再調査した結果、東京地方での頓馬天狗放送日に対して名古屋(中京地方)での頓馬天狗放送日は、2日遅れての放送になっていました。ということは、少なくとも名古屋では、一旦録画して2日後に放送していたことになります。ということは素材が残っていたりしないんでしょうか⁇
2017/02/22(水) 00:14:21 | URL | 心は少年
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。