私的 昭和テレビ大全集
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テレビ結婚式 (1958)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、厳粛な儀式をテレビ電波に乗せた最初を振り返る、この番組です。





昭和33年2月、KRテレビ(TBS)が翌月よりテレビ結婚式を放送する
という事が報じられると、様々な見解が寄せられるようになりました。
費用はかからず、記念品まで貰えるという良い事ずくめとは言え、
当時は、結婚式と言えば家同士が結び付くための神聖な儀式。
それをそのように見世物として良いのかという意見も、当然ありました。
ただ、既に時代も変わりつつあり、空中ケーブル車やテレビ塔で挙式という例も有り、
司会の人選やCMの流し方などに気をつければ良いのではないか、といった感じでした。
こうして、昭和33年3月3日という3並びの月曜昼12時15分より、
徳川夢声の司会により、半ば実験的とも言えるテレビ結婚式が始まりました。

内容は、本当に結婚式をそのまま放送していたもの。
3月10日のご両人は、品川区小山の左官屋の倅と、大田区大森の豆腐屋の娘。
式場にかかってきたお祝いの電話に応える新郎の姿が好感を呼びました。
6月には、女性ながら空手をやるという人が挙式。知り合ったのも空手道場。
夫は当初、結婚したら普通の奥さんになってもらいたかったようですが、
局から用意された誓いの言葉に、「結婚したら妻の希望を活かし、
夫婦ともども武道に励みます」とあり、観念。
この女性は、当時では珍しい空手夫人として注目されました。

9月22日には、大昭和製紙に務めていた広沢虎造の長男が挙式。
早大から大昭和製紙と応援団長を務めた彼は、昭和30年の都市対抗野球で新婦と知り合い、
式の日には大昭和製紙の応援団も出演しました。
10月6日は、里親週間に因んで、浮浪児から棋士になった人が出演。
里親に育てられて成人した弟との15年ぶりの対面が感動を呼びました。
12月8日には、サイパン玉砕の時に貫通銃創を受けて助かった人が新婦に。
父と兄は無くなり、母と幼い兄妹だけが残った一家でした。
当時の惨状を語る夢声に、人々の胸に去来するものも多々あったでしょう。

こうして、昭和33年12月29日の「座談会」をもって、
KRテレビによる第一次『テレビ結婚式』は幕を閉じました。
司会は件の徳川夢声の他に女性もいたようで、当初は阿里道子、
途中から中村メイコとなったようです。
基本的には、第一回を始めスタジオでの挙式だったようですが、
式場からの中継も有ったようですね。
とにかく、モーニング姿に威儀を正し、ただ厳粛に挙行する夢声により、
慎重派が放送前に抱いていた懸念は吹き飛んだのであります。

翌年、他局からのイタダキ企画が多かったフジテレビが、
やはり「テレビ結婚式」と謳った『ここに幸あれ』を放送開始し、
テレビの普及期にちょうど乗ったという事も有って、
番組の記憶も、主題歌も、そちらを覚えているという人の方が
はるかに多いのだろうと思います。
そちらも遠からず間違い無くやりますので、コメントは少々お待ち下さいね(笑)。
ここでは、あくまでもKR(TBS)版についての話をお聞かせ下さい。
ほとんど有り得ないですけどね(苦笑)。
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この記事へ寄せられたコメント
3並びの日
昭和33年3月3日という、「3並びの日」に、あの二代目ルパンこと栗田貫一さんが生まれました。

ちなみに、クリカンさんは、「平成3年3月3日」に、「33才」になりました。

この日に生まれた人は、人生で二回、「3並びの日」を経験したことになります。
2014/06/08(日) 05:30:55 | URL | 10000k
司会者について。
KRT・フジともにメインの司会者は夢声さんでしたが、女性司会者については、メイコさんはフジテレビ版の後期から(恐らく昭和38年春頃?〜)で、KRT・フジ前期のときは何れも阿里道子さんがなさっていたみたいです。

ちなみに「昭和30年代のTVガイド」にて「ここに幸あれ」(フジテレビ版)の司会者として紹介されている桂小金治・松村満美子のコンビは、実際はこれのリメイク版として昭和48年に半年間だけ日曜の昼間(13時台の後半の30分間)に放送されていた「永遠に幸あれ」という番組の司会でした(そもそも松村さんは昭和43年の夏に結婚・退職されるまでNHKのアナウンサーとして「生活の知恵」を担当なさっていたようですから、時系列的にこの番組を夢声さんとやっていた可能性はあり得ないわけで・・・)。

2014/06/10(火) 13:16:33 | URL | (ハンドル未記入)
● 10000kさん
ほー。そう言えば、平成3年3月3日に33才になる人が話題になってたような。


● 未記入さん
フジテレビ版はまだ手を付けていないのですけど、
そちらをやる際にもう少し詳しく書けるかもしれません。
書けないかもしれませんが(笑)。
2014/06/11(水) 01:46:32 | URL | ごいんきょ
結婚式・・・
最近の結婚式というのは色々多種多様な選択肢がある中でやっぱりこういう昭和の結婚式、古式ゆかしき結婚式といったイメージを思い浮かべますね~(*^_^*)
当時見ていた方々は温かい気持ちと女の子は「こんな結婚式良いなあ」って思わせる番組だったでしょうね(*^_^*)
2014/09/24(水) 03:01:39 | URL | みけねこ
そうそう。
結婚に憧れを抱かせる番組が多かったですよ、昭和も40年代まではね。
あんなもの錯覚しないと、冷静に判断していたら誰もやらなくなっちゃうんだから(笑)。
2014/09/28(日) 08:46:10 | URL | ごいんきょ
芸能人でテレビ結婚式第1号は有島一郎でした 本人が言ってましたが 某局で渡辺徹 榊原郁恵といい加減な情報を流しテレビた
2014/12/25(木) 04:36:04 | URL | (ハンドル未記入)
へえ。
その辺は検証も必要だろうと思いますが。
この番組の中でという事ではないのでしょうね。
2014/12/28(日) 09:41:15 | URL | ごいんきょ
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