私的 昭和テレビ大全集
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歌のバースデーショー (1961)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、クレージーキャッツ全盛期の、あまり目立たない番組を振り返る、この番組です。





まだ爆発的な人気となる前、『スーダラ節』発表前のクレージーキャッツ出演作の一つで、
司会役は主としてハナ肇が担当し、他のクレージー達や女性歌手が助手役
といった役どころで進めていた、音楽バラエティといった趣の番組でした。
招くゲストはその名の通り、放送日が誕生日周辺の人物や、その所属団体。。
半年ほどの空白期を置いて都合二期、5年にも渡って放送されました。
その間に、と言うかこの番組が始まっていくらも経たずに、
クレージーの人気は凄まじいものとなっていくのですが、
変わらずずっと司会を通していたようですね。

昭和36年2月7日に始まったその第一回は、「歌のパレード」と題した
歌謡ショーといった趣だったようで、橋幸夫、水原弘が出演。
ザ・ピーナッツが水原の持ち歌「星の下の瞳」を歌うなどしました。
実質第一回と思われる2月14日の招待者は、2月13日生まれのフランキー堺。
更には、メンバーの一人マンガさんが2月18日生まれのダーク・ダックスでした。
日付に関しては本当に適当といった感じで、放送日と実際の誕生日とに
けっこうな、一ヶ月ほどもの開きが有る場合も有ったと思われます。

昭和37年12月16日の招待者は、12月10日生まれの坂本九。
689トリオである永六輔と中村八大は勿論、かつての仲間である
ダニー飯田とパラダイスキングも駆けつけての祝福。
この時に永六輔と中村八大が、即興で「689コマーシャルソング」を作成し、
これをプレゼント。以後、三人で歌いまくるとしておりましたが、
例によってレコード化されてなさそうで、どんな歌かは不明です。
本当にこの頃、よく歌っていたのでしょうか。

続く23日は、28日生まれの作曲家の上原げんと。
岡晴夫、神戸一郎、守屋浩、花村菊江、コロムビア・ローズといった、
上原げんとと言えばこの人この歌といった顔触れがズラリと並びました。
しかし続く30日は、年末特番という事なのでしょうが、更に輪を掛けて凄い顔触れ。
女王・美空ひばりと小林旭夫妻に加え、橋幸夫・吉永小百合のレコード大賞受賞組。
橋・吉永がテレビ番組で「いつでも夢を」を当時に歌ったのは稀少だと思います。
これだけの招待者ですから司会も特別誂えで、高橋圭三が出張りました。

更に明けた昭和38年1月6日放送も凄い。
1月20日生まれの中村八大を迎え、中島弘子、坂本九、ジェリー藤尾、
田辺靖雄という面々が祝福側に出てきたこの局は、一体どこなのだと(笑)。
当時は他局の番組に関して触れる事は結構な禁忌事項だったのですが、
この『夢であいましょう』は別格の人気だったようで、
わりとこの当時、他局でもあの番組の顔触れが集っていたりします。
公共放送「皆様のNHK」の番組なので、民放他局よりは垣根が低かったのでしょう。

そうかと思えば続く1月13日も怒濤のように攻めており、
1月11日生まれの江利チエミを祝福するのは、当然あたししかいないわよ
とばかりに女王・美空ひばりが参上。自ら司会役も買って出たのでした。
昭和39年11月13日には、18日に還暦となる御大・古賀政男が登場。
舟木一夫、畠山みどり、大下八郎、小林幸子らが祝福に駆けつけ、
古賀が世に出した名曲の数々を歌いました。
中で小林幸子は、当時の物真似ネタである美空ひばりの「遊侠街道」を披露。
最後には全員で「丘を越えて」を歌い締めました。

この番組のようなこの当時の音楽バラエティーは、本来であれば絶対に残っておりません。
しかし、司会役だったハナ肇は、わりとこうしたものを残してくれていた一人で、
この番組のキネコ映像も残してくれておりました。
お陰で、マヒナスターズ出演の回がレーザーディスク収録され、
それはDVD化もされて、多くの人間が見る事が叶いました。
ワタクシもLD時代に買いましたが、クレージーが「ごますり行進曲」、
なぜか字幕は「ごますり音頭」と紹介してますけど(笑)、
を歌っているのを見た時には、猛烈に感動したものです。
ペプシコーラの生コマーシャルもいい味だったな(笑)。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
つい最近
 といっても15年ぐらい前でしょうか、フジテレビで「ハッピーバースデー!」というバラエティ番組がありました。(日曜夜8時から。ごっつええ感じの後番組として)
 まさにこの番組と同じ内容だったと思います。
 誕生日を迎えるゲストを迎え、親しい芸能人たちと一緒にトークを繰り広げるものだったかと。
 スタッフと言うか、お偉いさんにかつてこの番組に関わっていた人がいたのかな?
 ところでこの番組、「ニチバンアワー・平凡歌のバースデーショー」というタイトルだったようで。
 昭和39年ごろにも第2シリーズがあったようです。
2014/06/22(日) 22:58:52 | URL | 北国の人
ただ、こちらはお喋りはあまり無いんですよ。
題名通り、ほとんど歌で通すのです。
2014/06/29(日) 08:52:52 | URL | ごいんきょ
ペプシの生CM
ペプシの生CM、YouTubeにありますね。

50年近く前のものでありながら、ビデオ撮影のためか、画質がきれいなのが驚きです。

ところで、この番組、一期と、半年ほどの中断をはさんで、二期に分かれていて、一期はすべてニチバン提供、二期は森下仁丹と、後にペプシコーラの提供になっていて、ペプシの生CMは、末期のものみたいですね。

ペプシの価格表示の、「中身 30円」というのが時代を感じさせます。

値段もさることながら、当時は、リターナブルビンが主流で、お店で飲むのが普通のためか、持ち帰りだとビン保証金を割り増しされて、店に空きビンを持ってくると、お金を返してくれました。

ペプシは、コカ・コーラと比べて、缶入りの発売は遅かったです。

今や、リターナブルビンは、飲食店や、個人商店の酒屋さん、ヴィレッジバンガードのようなおもしろ雑貨店でしか見られなくなりました。

三ツ矢サイダーのベルマークつき王冠も懐かしいです(今でもあります)。
2014/07/12(土) 10:51:04 | URL | 10000k
あれはキネコですから、画質は悪い方なのです。
レーザーの時はそうでしたが、DVD化にあたって画質を向上させたのかな。
でも、ビデオ収録だったらもっときれいだったと思います。

ニチバンと森下もやってたんですか。

お店で飲むのが普通なのではなくて、あくまでビン保証金なんですよね。
おそらくビンは洗浄して再利用していたのでしょう。
子供の身としては、空き地とかに落ちている瓶をよく拾い集めて換金しておりました。

業務用というか、飲食店では瓶飲料もまだまだ有りますけどね。
一般的にはほとんどPETになってしまいましたからね。
2014/07/25(金) 07:05:45 | URL | ごいんきょ
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