私的 昭和テレビ大全集
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雑草の歌 (1958)

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只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、クレージーキャッツ全盛期の、あまり目立たない番組を振り返る、この番組です。





昭和32年11月、「電気紙芝居」「一億総白痴化」と揶揄されていたテレビ番組に、
一条の光を射す番種が誕生しました。
NHKが制作した『日本の素顔』は、ドキュメンタリーという分野が
非常にテレビ向きで、尚且つ制作姿勢によって良質なものを作れるという姿を示したのです。
この番組に影響を受けた人々は、非常に多かったでしょう。
と言うよりも、およそ映像というものを志向した人間であれば、
誰しもが少なからぬ衝撃を受けたでしょうし、また、奮い立つものも有ったでしょう。
そちらも当然、近いうちに扱いますけれども、今回は、
おそらくそんな情勢から誕生したと思われる、日本テレビのドラマ枠です。

これは、実在の人物、実際にあった出来事をドラマ化するという単発枠。
テレビ黎明期には単発ドラマ枠は腐るほど有ったのですが、
セミ・ドキュメンタリーと標榜している所が目新しく、
NHK『日本の素顔』の影響は明らかでした。
勿論こちらはドラマ枠ですし、「セミ」と謳っているだけに、
比較にならないくらい娯楽性は有ったでしょうが、あくまでも資料を基にし、
様々な人間像を描き出したのでした。提供はエーザイ。

昭和33年4月7日の第一回は「血液輸送五百キロ」と題し、
この頃ラジオドクターとして名を馳せた石垣純二の提供した資料を基に制作されました。
6月16日放送「母ひとすじに」は、読売新聞社会部編「女の記録」の中の「母情一途」を題材に、
脳性小児麻痺の我が子を救おうとする母親の話が描かれました。
7月28日放送「三味線豊吉生き返る」は、癌を克服した三味線豊吉の闘病記で、
当然のように本人が主演しております。

10月2日放送「人工腎臓」では、東大医学部の木本誠二郎教授が世に出した
人工腎臓を扱った物語で、木本外科の教授ら三人の医師が出演し、人工腎臓を扱って見せました。
昭和34年2月20日放送「神々の愛でし子」は、若くして死ぬ事を宣告されている
我が子を見守る両親の愛を描いた作品で、佐分利信・夏川静江両優の好演は勿論、
息子役として歌舞伎畑から起用された中村万之助、後の二代目吉右衛門が名演を見せました。

昭和34年10月いっぱいで日本テレビでの放送は終了し、
11月4日からKR(TBS)水曜夜10時へと移行となりました。
当時、数は多くないとしても、局を跨いだ番組移動は有りましたけど、
この番組はテレビ史でもまったく扱われてきていないので、
何故このような事態となったのかは、まったく不明です。

ただ、放送回数は通算して勘定されており、同一番組である事は間違い有りません。
昭和36年2月22日放送「不死身のトランペット」が最終回。
ジャズ・トランペッターの第一人者である南里文雄を永井智雄が演じました。
神経衰弱のため目が見えなくなった南里の演技で、音楽に疎い永井は気後れしましたが、
南里が友情出演して音を出してやると励ましたのでした。

このような単発ドラマ枠は、局の制作陣や俳優を育てる役割が有り、
先にも言ったように、テレビ黎明期には全ての局で代表的な単発枠が複数あったものです。
しかし時代が進むと番組制作は外注となり、人材を育てる必要も無くなり、
1時間以下の単発ドラマ枠というものは、姿を消していきました。
例えば松村達雄あたりも、奥さんが日テレ・せんぼんよしこの後輩というコネで、
この番組での医者役でテレビ初出演。
元々舞台にどっぷり浸かっていた人だけに頭角を現すのは早く、すぐに大成しました。
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