昭和テレビ大全集 私的昭和テレビ大全集
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矢車剣之助 (1959)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、テレビ映画の黎明期を振り返る、この番組です。





元は月刊「少年」に連載されていた、堀江卓による時代劇漫画でした。
「少年」と言えば『鉄腕アトム』と『鉄人28号』の二大連載となるのですが、
実写アトムは、このわずか2ヶ月ほど前に始まったばかりであり、
鉄人に至っては、実写テレビ化は翌年の事で、それより早く、
まだ連載して2年も経ってないこの作品がテレビ化された理由は、よく判りません。
もっとも鉄人の方は、実写化しづらいという技術的制約が有りましたけど、
この番組の制作開始第一報が報じられたのは、昭和33年10月早々。
連載開始が昭和32年8月とされますから、まだ連載1年そこらでテレビ化されたわけです。

制作は、日米映画というよく判らない会社。
当初は15分番組で予定されていて、いきなり一年間の放送が告知されました。
まだ視聴率絶対とまでは言えないものの、当時としてもかなり異例の告知です。
当時こけし座という所の子役だった17歳当時の手塚茂夫が主役に抜擢され、
その時点では水島道太郎、汐見洋らが助演として報じられております。
脚本・西沢治、監督・高見貞衛で、10月1日より千葉県木更津で
第1話「鬼面の巻」の撮影に入っており、11月中旬から放送開始予定とされました。
しかし、実際に放送が開始されたのは、昭和34年5月15日。
なんと、予定より半年も遅れての開始だったのです。

とにかくテレビ映画の最初期という事で不明な点が非常に多い番組ですが、
制作が遅れたのは、まだテレビ映画はおろか映像制作すら経験が無かったであろう
日米映画などという新興が、知らぬ故の暴挙でしょうが、
いきなり最も手間の掛かる時代劇に手をつけてしまったという所に問題が有りそうです。
この辺の事情におそらく唯一触れているのが、能村庸一の「テレビ時代劇史」。
それに拠れば、日米映画というのは新東宝の佐生正三郎による制作会社だったようで、
弱小でありながら時代劇に手を付けたものの思うに任せず、
エクランの松本常保にテコ入れを依頼したのだといいます。

この時に松本が見せられた試作が余りにお粗末だったため、
彼は一から作り直すという条件で制作を引き受け、日米映画の下請けという形で、
事実上は彼が制作した番組だったというのです。
なんと、テレビ映画というものが産声を上げた最初の頃から、
下請け制作という形が結果として存在していたのでありました。
監督として抜擢されたのは、まだ二十代の元松竹助監督・荒井岱志。
50過ぎても監督になれない先輩がゴロゴロいた映画界に早くも見切りを付け、
エクランと関係を持っていたのでした。

エクランというのは元々エキストラなど集める人材業だったようですが、
この頃には映画制作にも関わっており、その松本のコネで、
時代劇に必要な数々の衣装・小道具や馬、人材などを掻き集めたわけです。
それでも一本の制作費が四十数万円。時代劇としては有り得ない金額でしたが、
松本は制作体制も徹底的に合理化し、地元の京都にゴロゴロ有る古刹も
今と違って撮影許可は簡単に出してくれたので、
白黒画面の表現力の低さにも助けられて、なんとか最低限の画造りは出来たのでした。
昭和34年4月末、ようやく、『物識り大学』の後番組として
5月8日より『矢車剣之助』放送といった確定報が流れます。

が、これも理由不明ながら一週延期され、実際には5月15日より始まったのでした。
提供は、日絆薬品。セロテープのニチバンですね。
オープニングは、その日絆の宣伝も入ったアニメだったようです。
剣之助の妹・八重役として小鳩みはるという子が出演しておりますが、
これが小鳩くるみだという話が巷間広く伝わっております。
漫画の剣之助は二丁拳銃を何十連発とぶっ放す痛快さが有ったようですが、
このテレビ版では、どうも剣を中心に扱っていたような感じです。
火薬はお金が掛かるし(笑)、効果音を入れるのも大変でしょうしね(笑)。

「鬼面の巻」というのは先述の通り完全に亡き者とされて(笑)、
放送された番組では、黒十字団というのが相手でした。
黒十字を旗印とし、黒装束に身を包む謎の暗殺集団。
これに凛々しく対峙する美男・手塚茂夫はかなり人気を呼んだようで、
後にスリー・ファンキーズの一員となったのも有名な話です。
非常にお手軽な作りではあったものの、原作の人気と、
この手塚茂夫の人気、更には、当時テレビ映画そのものの少なさも有って、
かなりの人気番組となり、30%に迫る視聴率で、放送延長に次ぐ延長。
全96回、2年近くも放送される長期番組となりました。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
見たい!!
見たい!!と思っていますが、世に出てきません。どこかに存在しているんでしょうか?
ついでに変幻三日月丸も!!
2クール目の途中で、製作会社が変わって、アクション強化の為に夜の帝王が登場し、TVのこの変化に応じてまんがにも夜の帝王が登場することになったんだとか?
2014/07/02(水) 12:38:40 | URL | 心は少年
フィルムは一部残っているようです。
いつかはこれもDVDになるんじゃないでしょうか。

夜の帝王はテレビでもやっていたのですか。
梅宮辰夫さんとか、ここから名付けられたとしか(笑)。
2014/07/03(木) 22:40:40 | URL | ごいんきょ
Filmは
主演の手塚しげおさんの手に渡された、というのを何かの記事で読んだことがあります。その後手塚しげおさんはご逝去されていますので、その後Filmはいったいどうなったのか?
月光仮面の古いFilmを鑑賞可能に復元するのに金と労力が必要だったという宣光社の関係者の発言を、これも何かの記事で読んだことがあり、如何にスターとは言え、個人所有になった矢車剣之助のFilmが日の目を見る可能性は薄いのかな?と半ば諦めてしまっている今日この頃です。
2014/07/04(金) 12:47:58 | URL | 心は少年
あれって手塚さんの私物だったんですか。
一部は流された事も過去には有るのですが。
2014/07/08(火) 07:24:00 | URL | ごいんきょ
セロテープのCM
番組の途中(たぶん)に、矢車剣之助さんが生コマーシャル(収録?)に出演されていたと思います。

内容は覚えていませんが、さっきまでチャンバラしていた矢車剣之助さんが、洋服を着たお姉さんと並んで話しているのも変な感じがしましたし、、矢車剣之助さんの着物の柄が、ニチバンのマークにそっくりだなぁとボンヤリ観ていた記憶があります。
2014/11/29(土) 18:07:45 | URL | モデラート
その頃は、フィルム撮りの作品であっても、
俳優さんが生CMのためワザワザ局まで来ていた事も有ったのですよね。
白馬童子では山城新伍さんが、あの衣装で電球を持っていたのですから(笑)。
それから、着物の紋が提供会社の紋というのもお決まりでした。
2014/11/30(日) 23:39:06 | URL | ごいんきょ
新参者ご挨拶 知っている事
拝啓 新参者にてご無礼いたし候
拙者が存じております事は、当時この番組を製作したのは「京都の日本電波映画後には最終的に大和新社」ですが、これをそっくり引き継いでいたと思われる会社が、取材当時の30数年前には確かにあったのです。当時「朝日興業」と呼ばれたその会社には、当時社長がSさんと言う方で、何か色々教えていただいたのです。当然ながら「宇宙Gメン、矢車剣之助、琴姫七変化、天馬天兵、ジャングルプリンス」など全てのフィルムが当時保存されていたはずです。ただしこんな話もあり「当時、琴姫の原版をスペインに輸出したら全部紛失した」とか。と言う事は現在リピートされていた原版は「ポジ、プリント」なのか?何せこの会社は非常に複雑怪奇なので、今現在どういう権利関係なのか闇の中です。ただ、上記にもありました「松竹の変幻三日月丸や神州天馬峡(新)」等は、当時の書面回答で「状態は非常に悪いもののフィルムは保管している」との回答を得ています。矢車剣之助は確かに一部の再放送はありましたが、個人の手に渡っているとしたらまず無事と思われますが、ご遺族が持て余したら最後でしょう。何せ重くて嵩張り保存が大変ですから。敬具
2017/03/12(日) 22:12:36 | URL | よしたかくん
CSで放送された琴姫七変化には、OPテロップが入ってないんですよね。
あれは当時、生で入れていたって事なのかな。

矢車剣之助や変幻三日月丸のフィルムも、非常に稀に懐かし番組で使われます。
しかし天馬天兵とジャングルプリンス、神州天馬俠は、一場面も見た事無いですね。

売れば幾らかにはなったはずなので、どこかにまとめて権利を売って欲しかったですがねえ。
その頃は、まだそうしたものに需要が有ると思われてなかったのかもしれません。
むしろ海外の人の方が保存してくれているかも。
2017/03/16(木) 06:17:38 | URL | ごいんきょ
初めまして
初めまして 懐かしの日本映画・テレビの収集人の「アゴン」です。
「矢車剣之助」の記事2カ所?が有ります。
まず一つ目は日米映画というよく判らない会社でテレビ映画はおろか映像制作すら経験が無かったであろうという新興の会社の暴挙とのことですが、日米映画は「矢車剣之助」の制作開始のS33.10までに劇場映画を12本を制作し日活・新東宝に配給しています。時代劇も5本製作其のうちに神州天馬侠・四部作が有ります。まったくの素人映像会社ではありません。
次に水島道太郎が助演予定とのことこれも?です。この当時の水島道太郎は日活の専属でS33~35年は年間に8本前後の作品に主演・助演している日活の石原・小林に次ぐスターです。子供向けの電気紙芝居(テレビ映画)に、出演することはまずないでしょう。ただ接点が一つあります。日米映画製作の神州天馬侠に出演しています。日活の専属を離れてフリーになってからは、テレビに出演しています。

次に「矢車剣之助」の映像ですが現在存在の確認が取れたのは3話分です。You Tubeの5分間の内3分間ですが前半(床に時限爆弾)は第何話か?です。後半は第66・67話の 「一本足と黒猫の巻」前後編です。当方のDVDで確認。残っている映像はVTRか? フィルムは東南アジアに輸出したと堀江卓後援会の方から聞きました。ネガは固定資産税がかかるので処分している可能性が大です。
2018/05/02(水) 19:36:41 | URL | アゴン
>>アゴンさんへ
ttps://i.imgur.com/g3DPlk4.jpg
昭和34年7月10日放送の第9話に水島道太郎の名前があります(NTVと同時ネットのYTV)。
2018/05/02(水) 22:31:57 | URL | WD-40
WD-40さんへ
恐れ入ります。
2018/05/03(木) 08:22:06 | URL | アゴン
アゴン様へ 
拝啓 今回「アゴン様」と言うまたまた達人粋人の域に達した方のご来訪に感謝です。さすがにごいんきょ様のスレッドは凄いと。アゴン様には今後のご訪問期待しております。

この「矢車剣之助のフィルムの行方」ですが、良く此処まで調べられたと感心いたしました。おっしゃられる通り「過去フィルムの保存に関して、各社が躊躇したり二の足踏む理由は間違い無く固定資産とされて税金がかかる為」と、これは約40年前に確か宣広社の田村Pから教えられたと記憶しています。と言ってもこれが「琴姫をスペインに輸出したら元ネガ全部無くされた?」との関連性は無いのでは?
この「矢車剣之助のフィルム=原版オリジナルネガ」がもしも処分されていたとして、では一体何処の誰がその処分を指示したのか?」ですね。これが「旧日本電映=大和企画=大和新社=エクラン演技集団 大親分の松本常保氏はかなり長生きで、平成時代になっても一応は生存していました=これは旧Pプロの鷺巣富雄社長との会話から」です。此処で疑問なのが、この「朝日興業」です。この会社はかなり以前から「某有名なSF&特撮雑誌のライター等が何度も取材に行ったり話を聞きにいったりしていた会社」でして、自分が取材した際にも当時のS社長は、松本常保氏の事を「常さんもう齢だから」なんてぇかなり親しげにお話されておられました。只この「松本常保氏」については、、、もうアゴン様もごいんきょ様もご存知でしょう? ちょっと此処では語れないのですお察し下さい。問題はそれら日本電映作品の諸権利が、その後どう動いているのかなのです。自分が調べた範囲ではどうもこの朝日興業に移っているのか? また全ての権利が移動していたのか一部だけなのか? つまり以前に「アトミックドラゴン=アゴンのソフト化の際や宇宙Gメンのソフト化の際」とか、、、放映権やソフト化権だけを所持していたのか? 更にはその許可を出したのは松本常保氏なのか否か? つまりそこらへんまで深く調べないと到底解らないってぇのが本音です。アゴン様の言われる「一部VTRか=通称でビデオテープ化されていたのか?」 ですが、当時の取材では朝日興業のS社長は「今度テレシネ設備を購入した。ほとんど全ての作品をビデオ化した、、、大変で目やにが出た」と。此処で心配なのはテレシネのマシンが一体どの程度のグレードだったのか? 当時も旧ランクシンテルはオプション込みで約一億円しましたね。今もっと高価です。
他にも当時は「セイキ池上、日本ビクター、ソニー」等もテレシネマシンを作り販売していましたが。簡易テレシネ程度では到底放映には耐えられないと思うからですが。また当時S社長は、おそらくビクターから出ていたであろう「世界方式VTR&専用テレビセット=Pal Secam NTSC変換」も買う予定と聞き及びました(もしかして海外輸出用になのか?)このアゴン様の言われる通称VTRテープ作品としたら、この事を指すのか? 此処はどうしてもどちら様かに補強していただく必要がありそうです。
只当時、間違いなく日本電映の旧作品は全て保存=オリジナル元ネガとは限らずポジ、プリント含むされていたと伺っております。敬具
2018/05/03(木) 22:49:54 | URL | よしたかくん
● アゴンさん
日米映画に関しては、当方の認識不足だったようです。
ただ当時は制作能力が欠けていたようで、恐らく過去の映画制作が当たらずに疲弊していたのでしょう。
それでテレビに行ったのでしょうが、テレビはもっと食えなかったという事だと思います。

水島さんに関して新聞発表されたのは、単純に客引き的な意味合いが有ったのでしょうね。
正に個人的な人脈と、松本常保氏の威光?の賜物でしょう。
神戸芸能の美空ひばりさんがコロムビアに砂をかけたクラウン発足の鼻向けに第一号レコードを出せたように、警察の頂上作戦が行われるまでは、裏社会が芸能でもかなり幅を利かせて、時に専属の縛りまで例外を作らせていたという。


● よしたかくんさん
松本さんについてはまったく知りませんでしたが、検索したら、どうやら長谷川一夫襲撃事件の容疑者だったヤクザ屋さんとか。
大映の長田ラッパ氏も出自は似た感じのようですし、芸能とヤクザ屋さんとの繋がりが今以上に色濃かった時代ですな。

残存映像は権利者の方が、儲けは少なくとも早くソフト化、もしくはどこかで放送させて欲しいものです。
拡散が保全にも繋がりますので。
2018/05/07(月) 06:35:59 | URL | ごいんきょ
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