私的 昭和テレビ大全集
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ミッチと歌おう (1963)

該当番組画像募集SING ALONG WITH MiTcH


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、テレビの文化性が今より豊かだった事を振り返る、この番組です。





  Let me hear a melody
  I start to sing along
  Loud and strong
  I love to sing along
  Get me dear a melody
  A simple singin' song
  And I sing
  Yes I sing
  Let me sing along
  mmm
  
  
  メロディを聞かせて下さい
  私は合わせ始めますから
  大きく 力強い声で
  みんなと歌う事が好きで堪らないから
  素敵なメロディーを下さい
  簡単で 口ずさめる歌を
  そしたら私は歌いましょう
  ええ 歌いますとも
  ぜひ一緒に歌わせて下さい
  
  
口笛で始まり、合唱の楽しさを謳歌するこの主題歌。
エンディングでミッチ・ミラーの横顔が影になっている中で流され、
番組中でもよく歌われていたかと思います。
番組は昭和38年4月7日からNHKで、日曜昼1時半に放送されておりました。
形式としてはひどく単純なもので、ミッチ・ミラーが中心となって、
25、6人の男声合唱団が次々と歌を繰り広げるというもの。
女性ダンサーも8人ほど加わり、時には招待出演者も一人いたかと思います。
アメリカではNBCで放送され、なんと全米一位の視聴率を弾いた事も有るといいます。
最初から、まだNHKでは少なかったカラー放送されました。

いま検索してみて非常に驚き、そして呆れたのですが、
これだけの音楽家がまだウィキペディアに項目無いんですね。
本当に、未成熟文化ばかり偏愛するおかしな国民性だと嘆息します。
ミッチ・ミラーは1911年、ニューヨーク生まれ。
イーストマン音楽学校卒業後、イーストマン交響楽団の首席オーボエ奏者となり、
昭和11年からはCBS放送交響楽団のソリストとして11年活躍。
その後はポピュラー音楽のレコード活動に入り、数々のヒット曲を輩出。
♪ 猿、ゴリラ チンパンジー のクワイ河マーチなどは誰でも知る曲でしょう(笑)。

NHKの放送では、このミッチの声を鈴木浩二アナウンサーが担当。
ただ、外国番組の場合いつも問題となるのが、吹き替えで放送するのか、
それとも原語で放送するのかということ。
出演者の生の声を聞きたいという、マニアと言いますか、上級視聴者もいるでしょうが、
気軽に楽しめる日本語での放送の方が良いという声は、どうしても多いでしょう。
とは言え、この番組は先にも言いましたように、次から次へと合唱する内容。
ミッチも余計な言葉は挟まず、歌が言葉とばかりに殆ど間髪入れず歌うので、
むしろ吹き替えが無い方が雰囲気を壊さないという判断も成り立ったのでしょう。

日本での放送も末期となる昭和40年6月20日放送から、
ミッチの台詞と歌詞を日本語字幕スーパーで出すように変更されました。
昭和41年1月16日、日本での放送が終了。
後番組もアメリカの良質音楽ショーである、既述『アンディ・ウイリアムズ・ショー』でした。
これに刺激されたのか、その辺から民放も、日曜日に音楽番組を多用。
たまの休日に相応しい落ち着いた雰囲気を、往時は味わえたものです。
もっとも、その名残の『題名のない音楽会』は現存しておりますが、
日米ともに文化成熟度は当時から著しく劣化しているような印象です。
もう、このような番組が視聴率一位となる時代は、恐らく彼の地でも来ないでしょう。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
三橋美智也さんじゃ無いんだ(笑)
なんて表題を付けましたけど、無論、ミッチ・ミラーの名もこの番組も存じ上げております・・、
観た記憶は無いですけど(汗)。
1950年代後半〜60年代前半(日本での昭和30年代)の世界を代表するバンドマスター、元を正せばオーボエ奏者・ソリスト→音楽プロデューサーの経歴を持つミッチ・ミラーが出したアルバム「Sing Along with Mitch(ミッチと歌おう)」シリーズ(言うまでも無く、このアルバムシリーズが番組名の由来)は、まだロックンロールの影響がシングルのみに留まっていた1950年代後半〜1960年代前半辺りのビルボードアルバムチャート上位の常連だったそうで・・・・・・、

ここでピンとくる方もいらっしゃるかもしれませんけど、1964年のビートルズを始めとするブリテッシュ・インベイジョンが、そんなアルバムチャートの状況を一変させてしまった訳です。

1990年代にガース・ブルックスの大ブレイク等とカントリー復権なんてのもありました(但し、楽曲、ライブ演出共にロックから大きな影響を受けているガース等現代のカントリー歌手に対しては伝統的なカントリーを好むファンからは批判も多い)けど、本質的には最早この時代のような古き良きアメリカなんて戻って来る事は無いんでしょうなぁ(遠い目)。
2014/06/29(日) 10:49:56 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
YOU TUBEに ありました
ミッチと歌おうの動画が YOU TUBEに何本かありましたがこのぶんが 冒頭にテーマソング画入っていました 聞いて思い出しました

映画の主題歌をよく歌っていたグループですね

後番組のアンディー ウイリアムズ・ショーはよく見ていました
2014/07/01(火) 22:01:48 | URL | TOSSY
追伸
ミッチと歌おう YOU TUBEのURL 書くのを忘れて送ってしまいました

http://youtu.be/EZ5GwzvkN-k
2014/07/01(火) 22:05:42 | URL | TOSSY
● TXさん
ええ。堀江美都子さんも出てないしね(笑)。
アメリカも移民移民で駄目になりましたね。
元々移民共が駄目にした国だから自業自得なんでしょうけど。


● TOSSYさん
ご指摘の動画は、4分割の4番目で、番組冒頭ではないのです。
でも最後にエンディングが見られますね。
2014/07/03(木) 22:00:40 | URL | ごいんきょ
私は
 青山ミチさんだと思ってました。
 この番組、ほかに検索してみたら視聴者に向かって(カメラ目線?)指揮をしていたとか、ひげをたくわえた風貌だったとか。それぐらいしかわかりませんでした。
 山本直純さんにイメージが重なってしまったのですが、どうなんでしょう?彼を意識していたのかな?
 1965年に来日公演を行ったそうですが、札幌にも来ていたとは。この当時だと東阪名プラス福岡という印象が。
 札幌公演の場所が「中島スポーツセンター」というのも時代を感じます。
 昭和50年代まで大規模なイベントはだいたいここで行われていました。(プロレスのイメージが強い。
他には市民会館、40年代後半になると厚生年金会館が加わる)
 今だったら中島公園にある「Kitara(キタラ)」というコンサートホールでやるでしょう。
 
2014/07/08(火) 23:21:11 | URL | 北国の人
ミッチさんを中心に、Vの字型に編隊を組んで歌うんですよね。
この番組が放送中に来日が報じられ、実際に来たのは終了してすぐの頃だと思います。
2014/07/22(火) 07:19:33 | URL | ごいんきょ
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