私的 昭和テレビ大全集
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台風家族 (1960)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、昼のホームドラマ黎明期を振り返る、この番組です。





調べても調べても 昭和テレビの種は尽きまじ
この昭和30年代特集をやって、また一層とその思いを深くしております。
もういい加減、丸々4ヶ月はこの特集をやっているわけです。
都合、120前後もの番組を、それも昭和30年代以前に限って。
それも、一部を除けばテレビ史的にそれなりの立場に有る作品が多かった。
それでもまだまだ扱いきれていない作品は多いのですし、
今回のドラマだって、おそらく非常に多くの方はご存知ないでしょう。
ワタクシも、まったく名前すら聞いた事が有りませんでした。

ところが、これまた昭和35年から丸4年以上も放送されたドラマだったのです。
今では考えられないですし、当時としても結構な長寿ドラマだと言えます。
当然、それだけ人気も有ったのでしょう。
にも関わらず、何故これまでまったく扱われないで来ているかと言えば、
例によって、映像や資料が皆無だから。関係者の多くも物故しておりましょう。
なんとかそうしたものを一つでも多く掘り返していきたいので、
この企画はまだまだしつこく続けていこうと思います。

局はフジ、時は土曜の昼1時。
笠置シヅ子を主演に据えたホーム・ドラマでした。
大仰な題名ですが、べつに暴れ者一家でもなんでもない。
何故こんな題名にしたのかは謎です。
舞台は太鼓焼屋で、笠置はそこの女将さん・大川シヅエ役。
個人タクシーをやっている夫の幸平は村田正雄に、勝一、直子、昭二という子供達。
長男の勝一を、逗子とんぼが演っておりました。

この大川家、それぞれ口が悪くて愛想も無いという事で、
その辺が少し大袈裟に表現された題名なんでしょうか。
第一回は「電気釜騒動」で、電気釜不要を唱えるシヅエに、
夫と子供がみんな電気釜を贈ってしまい、4つも抱えて大弱りという話。
この頃の電気釜と言えば勿論ジャー機能などは無く、
ただご飯を炊くというだけでしたけど、それでも便利なものでしたが、
多くの家ではまだ鍋で炊いていたかもしれません。
農家などの大きな家では、まだ普通に釜で炊いていたのだろうと思います。

提供は、双信化学工業。
ドラマは当時の事ですから、もちろん生でしたが、間のCMも生放送でした。
つまり、同じスタジオの中でドラマ用のセットが5、6杯と、
その他にCM用のセットが一つ有るという撮影状況でした。
主題歌は作られていない感じですね。
この頃、特に昼ドラマは主題歌が無いのがむしろ普通でした。
いきなり縦書きで中央に題字が出て、「提供 双信化学工業」と続けて出るだけ。

で、本編が終わるとまた生CMとなり、「提供 双信化学工業」と出て、
また縦書きで「台風家族 第◯十◯回 おわり」と表示された後に、
「次週予告」の文字と作者、副題が縦書きで出て、放送終了という形でした。
単にホームドラマと書きましたが、この頃の主流だった人畜無害なものばかりでなく、
ちょっと現代生活を反映させたようなものも有ったようです。
例えば昭和37年10月27日放送の「わくら葉」は、
昔シヅエが奉公したブルジョアの家の娘が東京にやってくる話。

最初は旦那さんより一足先に一人だけ来たという話だったのが、
幸平が老紳士と一緒にいる所を偶然見かけてしまったんですね。
シヅエはその娘のお守りをしていたので、その子が良かった頃の事しか頭に無い。
けれども実は、羽を伸ばした生活をしたくて地元を出てきたバーのNo.1ホステスで、
一緒にいた老紳士は「パパ」だったという話でした。
最初と最後にわくら葉を一葉映すなど、作り手側は単なるホームドラマに
飽き足らなくなっていたのだとは思いますがね。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
はいはい、これも気になってました
「台風家族」でしたか。「台風一家」だったかなと、タイトルはうろ覚えでしたが、笠置シズ子さんと逗子とんぼさんが出ていたのは覚えています。
うちの姉が、この人は昔ブギの女王と言われてたらしいよと言うので、え、このオバハンが!とビックリしたのと、祖父が逗子とんぼのことを、こいつは芸がないと悪口言ってたのを覚えてます。
昭和の番組とかいう特集があっても、出てこない番組の1つですね。
2014/07/04(金) 20:27:34 | URL | マジェスティ
台風一過という言葉を聞いて、大小の台風をまとめてそう呼ぶのかな?
と子供時代に思った人は多いでしょうね(笑)。
そんなところから付けた題なのかとも勘ぐりたくはなりますが(笑)。

芸無いかなあ。
ま、俗に歌が上手いと言われる型の人ではなかったとは思いますけどね。
演技とかはそれなりに上手かったような。
これも映像は残っていないでしょうから、扱われにくいわけですね。
2014/07/09(水) 06:46:38 | URL | ごいんきょ
台風家族?(台風一家?)
テーマソングは、その一部分ですが、以下のようであったとおぼえています。メロディーも覚えていますが、ここでは省略します。

「大地に種まきゃ、芽がでる、葉が出る、花が咲く、 当ったり前だろー
ほーい、ほいほい、ほほい、ほいほい」
2015/04/26(日) 09:23:09 | URL | mickey
倒産しなければ
昭和46年生まれですので本編は見たことがありませんが(^_^;),これだけ長期間放送していたテレビドラマは稀有だと思います。
 スポンサーの双信化学、北九州に本社があり、「アロマ」という漂白剤やおむつ、産着洗剤「アロベビー」という商品を発売していました。
 昭和39年に経営が行き詰まり倒産してしまいましたが、(のちに復活)これがなければもう1年ぐらい続いたんじゃないかと。
 倒産の原因は大手メーカーの参入により売り上げが落ちたというのが巷間の理由ですが、例の業界紙「日本粧業」によると、主力商品であるアロマの無茶な販促活動が金融からの信用を失い(経営危機などの憶測が流れた?)、資金繰りに困って倒産した、とありました。
 なんでも、容器(ビン)代だけでアロマを売る激安キャンペーンを会社自ら行っていたとか。たしかに怪しい噂がたってもしょうがないかなと…。
 アロマですが、今は今治水の丹平製薬から「ニューアロマ」の名で発売されています。
2015/10/11(日) 11:18:16 | URL | 北国の人
大手企業参入と昭和39年からの資本自由化への対抗?
双信化学さんも1962年に漂白剤事業に参入した月のマークの某企業との廉価競争に加え、1964年から予定されていた国外資本自由化に依り予想された国際資本の同業企業日本進出に対する対策に苦慮していた所だったんでしょうけど、対抗策が主力商品アロマの実質上の只売りとは(苦笑)。
流通革命を打ち出したダイエー中内功の存在と旧通産省の意向、並びに家計を握るオバチャン達の文字通り姦しいデカイ声…いや失礼、地婦連等婦人団体の度重なる抗議活動で価格自由化がなされた1960年代末以降ならまだしも、まだメーカーの価格管理が許された時代に只売り紛いの行為をやっちゃ、そりゃ銀行筋は「この企業大丈夫か?」と判断してしまうでしょうな。
ちなみに経営破綻した双信化学ですが、現在こんな他業種に転業している様で。
マルソー産業
://www.maruso-industry.com

双信化学のこと
://moji-blog.seesaa.net/article/114975988.html

双信化学さんは門司の地場産業を出発点とする企業だったと思われますが、この度のTPPの基本合意に依り、今後、地方の地場企業を中心に同様の経営破綻が相次ぐ危惧もありますね・・・・・、
私もそんな空気を感じ取っているからなのか、気付くと最近使う洗剤や洗浄剤の類いが外資系企業と、地方の地場産業等を出発点とする中堅以下の企業がやけに目に付くという状態に(笑)。
単に価格が安めなのと、月のマークや獅子マークが嫌いなだけかもしれませんけど。
北九州の同業種企業絡みだと、若松に本社を置く子供の似顔絵のシャボン玉(新)さんの無添加も、牛のマークのシャボン玉(旧)さんの無添加と併用して使用してますよ。

2015/10/13(火) 09:39:09 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
かき氷屋さん
土曜日のお昼すぎ、家には誰もいなくて、寂しいなぁと思いテレビをつけたところ、始まったのがこの番組だった気がします。
逗子とんぼさんが「ただいま」とお店に入ってきて、笠置シヅ子さんが「お帰り、暑かったやろ」のような感じで、お店のかき氷機でシャカシャカシャカシャカと氷を作って食べさせてあげていました。
覚えているのはその場面だけです。

小さい頃、ちょっと遠くの三軒茶屋まで母と買い物に行くと、冬は今川焼き屋さん、夏はかき氷屋さんというお店があり、母の機嫌が良いと(笑)、銀のお皿にのった小豆アイスを食べさせてもらえました。

笠置シヅ子さんのお店も冬は太鼓焼き屋さん、夏はかき氷屋さんだったのかしら?
逗子とんぼさんはサラリーマン風だった気がしますが、そんなに大きかったのかしら・・。
2015/10/14(水) 22:49:54 | URL | モデラート
この番組の返信が滞っていたとは。
折角、幻の作品を記憶で補って下さっているのに。
マジェスティさんへの返信も勘違いしてるしな(苦笑)。
芸無しと言われたのは逗子とんぼさんですね。
それも若い頃だったでしょうからね。


● mickeyさん
主題歌あったのですか。
歌っていたのは誰なんでしょう。
まさか笠置さんとか。


● 北国さん
は~。まさかここまで双信化学の事がわかるとは(笑)。
日本粧業ですか。購読しようかな(笑)。
無理な販促活動の一つが、この番組の道楽的な提供だったのかも。
当時の新聞で確認したところ、瓶代20円のみでの配布が昭和39年2月。
そして倒産が4月と、当時の主婦にすれば寝耳に水の思いだったのではと(笑)。
背景としましては、公定歩合を引き上げて金融引き締めの時期だったのですね。
政策都合による倒産とも言えそうな。


● TXさん
外国製漂白剤が90%の普及率なのに、当社は宣伝が下手だから普及してません
というような文言を、当時の広告で並べておりました。
それでの瓶代のみの配布ですが、二本目からはお買い上げ下さいという事ですし、
さほど高価なものでもないし、銀行が引き上げるほどの事かなと。
どうもキナ臭い背景を感じてしまいます。


● モデラートさん
その頃はかき氷は夏場だけですし、焼き物は冬場だけですから、そんな感じでしょう。
中卒の会社員も珍しくない時代ですね。
三軒茶屋が近場とか、都会の方ですね(笑)。
2015/10/18(日) 12:11:25 | URL | ごいんきょ
毎週土曜日、学校から帰ると観ていました。
舞台は下町、町内のお好み焼き屋さん、夏はカキ氷をするお店で笠木さんが熱演していました。
放送は30分ながらもドラマ展開は実に面白かったです。
記憶にある放送は野川由美子さんがゲスト出演され笠木さん演じる、お好み焼き店にアルバイトとして働いたものの様子がおかしいので詰問され「味を盗みにきた」と白状するのでした。
笠木さんが諭すように「自分の店ならではの味にせなあかん。それでお客さんに喜んでもらわなあかんのや」と説教、改心させる作品が印象的でした。
野川さんがゲスト出演され新人で初々しかった頃ですが演技達者でした。
台風家族は毎週、内容の濃い人情下町ドラマとして存在感のあるドラマでした。
今でも記憶に残る名作品だと思います。
2016/12/27(火) 17:44:59 | URL | えいたん
いやあ、この番組の記憶をそんなに細かく語れる人は、今や貴重な存在ですよ。
『台風家族』そのものを知っている人も、千人に一人もいないでしょうからね。
2016/12/31(土) 08:22:13 | URL | ごいんきょ
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