私的 昭和テレビ大全集
Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -



ルックルックこんにちは (1979)

ルックルックこんにちは(1979)
NET『木島則夫モーニングショー』が開拓した朝の時間帯。
夫や子供を送り出した主婦が、ホッと一息つきながら他人のゴシップに興じる。
テレビの年齢が若い頃は、この朝の時間帯や昼の時間帯は、
何も番組が放送されずに、休止中のお知らせが流されてたんですよね。
昔はね、よーく「ウチの大蔵省が…」なんて呼ばれてましたけど(笑)、
実際に財布の紐を握り、購買力を直接左右しているのがこの層だったので、
以後は主婦層向けの番組開拓は燎原の炎の如く広がっていきました。
日テレのワイドショー史で特筆されるのが、昼の『お昼のワイドショー』、
そしてこの、朝の『ルックルックこんにちは』でしょう。

79年4月に、沢田亜矢子の司会進行でスタート。
当時ほとんど無名だった沢田ですが、その美貌とソツのない進行で
たちまちのうちにこの番組を押し上げてゆきました。
ワタクシも彼女にシビレて見るようになった一人です(笑)。
84年秋からは岸辺シローにバトンタッチ。
芸能・社会面ニュースを掘り下げて取材し、この時間帯のエース番組となります。
三代目は松永二三男でしたが、番組自体にもう寿命が来てましたね。

忘れじのコーナーとして必ず語られるのが、『ドキュメント女ののど自慢』、
『ヨネスケの突撃!となりの晩ごはん』の2つですね。
女ののど自慢は水曜だったかな?
中ほどのコーナーで、5~6人の主婦たちが歌うんですね。
ちびっ子のど自慢というのはありましたが、こうした企画は初めてで、
歌う前のトークやイントロの部分でそれまでの辛苦が語られるという、
それまで日陰の存在だった主婦にスポットを当てた功績があります。
カラオケブームの台頭とシンクロするように盛り上がっていきました。
今でも地方UHF局で放送されてるカラオケ番組なんかは、
まんま、このコーナーの生き写しみたいな作りですね。

『となりの晩ごはん』は、桂米助が一般家庭にお邪魔し、
その家で準備中の晩ご飯を見せてもらうという企画。
主婦にとっては献立を考えるというのも一苦労のはずで、
そうしたヒントも得られつつ、よそ様の生活も覗けるという構成(笑)。
ラジオで毒蝮三太夫なんかが似た感じの番組やってましたけどね。
ああいうラジオのノリが元々の発想なんでしょうね。
一般の主婦・おばちゃんに親しく、馴れ馴れしく溶け込んでいく感じ。
ヨネスケは、このコーナーで名を売りました。

富山堂の置き薬のCMが懐かしいなー。
♪ なーがーいお付き合い 置き薬の富山堂です~
  ご挨拶は 年に二回のお元気ですか?
  ラーラーラー ラーラーラ~
昭和も30年代頃までは、本当に富山の薬売りの人が行商してたと思います。
今でも、企業向けには置き薬のサービスがあると思いますけどね。

おヅラ… もとい、小倉智昭のフジ『ジャスト』にシェアを浸食され、
2001年3月で、22年・5500回以上の放送に幕を下ろしました。
それを報じた当時の新聞・ネット記事では、『ルックルックさようなら』
と題されたものが非常に多かったですね。

ルックルックこんにちはED
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
 勉強になります!!
 ワイドショーの変遷を語られると言う事は、ご隠居さまも...私より年上の方なんでしょうか?
 木島則夫モーニングショーと申しますと、初代の司会者の方ですね!
恥ずかしながら、私が物思いついた頃は、奈良和さんメインの溝口泰男さんサブの編成だったと思います。
 ご隠居さまのこのブログは、昭和40年代生まれの自分にとって、タイムカプセルをワクワクドキドキしながら開けてみる、遥か昔の少女だった私になってしまうのです。
 これから、暑くなりますので、くれぐれもお身体ご自愛下さいませ。
2005/07/19(火) 07:22:51 | URL | (ハンドル未記入)
いや…
資料とか漁りながらやってたり、うろ覚えの事だったり…
「当ブログについて」読んで下さいね (^_^;
基本的に、あまりアテにならない事が多いです(苦笑)。

木島則夫モーニングショーも、覚えてると言えば覚えてますが、うろ覚えですよね。
奈良和モーニングショーも、間違いなく見た記憶はありますが、
いずれにせよ子供の頃の話ですし、
子供が楽しんで見ていた番組ではないので(笑)、
印象はむしろ薄いというのが正直な所ですけどね。
2005/07/20(水) 07:12:32 | URL | ごいんきょ
テーマソング
最初のころ?にかかっていたテーマソングはアール・クルーの「Doc」という曲です。

♪ズンチャー ズッチャズー ズンチャー ズッチャズー
というリズムのギターに乗せて
シンセサイザーのメロディー(よく聴くとギターも)が
♪チャ~~~~ チャッチャッチャッラ~~
と流れるやつです。(わ、わかりますか?)
2007/01/12(金) 16:26:06 | URL | ダイアナ・シールズ
と言うか
それって最後までそのテーマだったと思うんですが、違いますかね。
朝にマッチした曲でしたけど、そんなきちんとした出自だったとは意外です。
いやあ、ためになる。
スレ建てして良かった(笑)。
2007/01/12(金) 23:50:18 | URL | ごいんきょ
桂小金治さん
(「それは秘密です」スレの続き)

1988年頃(当時の私は大学生)
の金曜日の「ルックルックこんにちは」には桂小金治さんがレギュラーで出演していました。

前半は「テレビ三面記事」であらゆる事件に対して怒りのコメントを出し、後半は「涙のご対面」でもらい泣きしたりとどちらかというと司会の岸部四郎さんよりも目だっていたように思います。

「涙のご対面」の部分は音楽が「それは秘密です」の物と全く同じでした。

でもやっぱり私は「テレビ三面記事」のほうが面白かった。(何しろ「ウイークエンダー」と内容、出演者がかぶる部分があるので……)
2007/05/16(水) 00:00:24 | URL | yig
ワタクシもたまに見ました。
三面記事もご対面も、どちらも単独で番組をやっていた組み合わせでね。
しかも、怒りの小金治と泣きの小金治のハイブリッドも堪能できて(笑)。
2007/05/16(水) 03:12:37 | URL | ごいんきょ
朝8:00から何故に「…こんにちは」
当時、私は○○テレビと□□放送の両方を見る事のできる環境に有りまして、○○放送では「ズームイン!!朝!」→「溝口泰男モーニングショー(テレ朝)」→そして9:30からは「ルックルックこんにちは」というタイムテーブルでした。
 だから、「ドキュメント女ののど自慢」はテレ朝のモーニングショーを放送しているテレビ局に限りコーナーの途中から放送されておりました。なんかナイターの「一部の地域を除きまして中継を続けます」みたいで、当該地域の視聴者は複雑な心境だったと思います。
 また、関西等では一時期「ルックルック」は視聴率が低迷したそうで、よみうりテレビが8:30から朝の連続ドラマを放送し「ルックルック」は8:55から所謂{ディレイ放送}されていたそうです。そのため、よみうりテレビ他一部の地域では緊急ニュースが25分遅れで放送されるという珍事が発現したとか…。
 ちなみに、沢田亜矢子氏は本業は歌手なんだとか。美人だけど色気はあまりなくて、奥様族には好印象だったらしいです。
 最後に、「ヨネスケの突撃!
となりの晩ご飯」の収録で、「突撃!」した家が、たまたま「某芸能人(って【舟木一夫←漢字失念】なんですけどね)」の家で、その家の奥さんにえらい怒られた事があると後年ヨネスケ氏が語られていました。
2007/05/16(水) 21:28:36 | URL | 三船主任
朝8:00から何故に「…こんにちは」補足
訂正します。「当時、私は○○テレビと□□放送の両方を見る事のできる環境に有りまして、○○放送では」の部分。→「当時、私は日本テレビと山梨放送の両方を見る事のできる環境に有りまして、山梨放送では」と書きたかったのに、○とか□とか書いていたら、混乱してしまいました。しんずれいいたしました。
2007/05/16(水) 21:43:56 | URL | 三船主任
当該地域の視聴者は複雑な心境だったと思いますって、
主任さんもそうだったんじゃ?(笑)
山梨放送ってのはかなり視聴地域が限られそうですね。
ああ、関西で人気無かったのわかります。
ちょっとスマートな感じでしたからね、当時。
突撃晩ご飯って本当にいきなり突撃してたんだ。
芸能人の家を地域まで教えちゃやっぱマズイかな。
生放送じゃなくて良かったですね。
2007/05/17(木) 02:53:53 | URL | ごいんきょ
ミセス&ミセス
ルックルックこんにちはの前番組の「ミセス&ミセス」のオープニングテーマ(及びコーナーチェンジのジングル)で、同じ頃に放送されていた、テレビ朝日のミニ番組「世界あの店この店」のテーマ曲と同じ、ボブ・ジェームスの「Take me to the Mardi Gras」が使われていました。

インスト曲は、ボーカル曲とちがって、けっこう同時使用が自由だったんでしょうか。

もっとも、過剰タイアップがあたりまえの今では、驚くほどのことではないんでしょうが。
2012/09/02(日) 09:33:18 | URL | 10000k
そうですね。
ワタクシも世界あの店この店の稿のコメント欄で書いておきましたが。

これは外国曲である事と、イージーリスニングっぽい感じであまり主張が無いので、
番組独自色が感じられなかったというのが大きいでしょう。
世界あの店スレを見ると解りますが、ワタクシ含め、みな最初は音楽を思い出せませんでした。

そこでも書いたように、世界あの店のクレジット入りで音盤化もされました。
恐らくその際、あの番組とのタイアップが正式に成立しているのではないかと思います。
2012/09/02(日) 12:52:44 | URL | ごいんきょ
女ののど自慢
確か初代がなべおさみさんでしたね。あの親しみやすいルックスと柔らかな調子で好評でしたが“例の事件”で降板、後記は夏木ゆたかさんでしたね。何時もより抑え目のスピードのトークとイントロの時の名調子、これがきっかけでブレイクしたと思いました。
2014/09/18(木) 09:39:01 | URL | かむい
そう言えば、なべさんも夏木さんも出てましたね。
なべさんの時からそこそこ注目されていたような。
ワタクシも見てたしなあ。
2014/09/19(金) 07:13:36 | URL | ごいんきょ
今では
沢田亜矢子、岸部四郎の司会いいですねー。そういえば桂小金治は2時間ドラマにも出ていました。
2014/10/29(水) 12:54:40 | URL | 僅僅
岸部さんもご健在でね、なによりです。
2014/11/03(月) 23:55:31 | URL | ごいんきょ
ルックルックの終焉
長きに渡ってズームイン朝の後に鎮座していたルックルックの終焉の引き金を引いたのは、やはり岸部シローの借金問題に端を発する司会降板騒動でした。
ちょうどその頃に裏の「とくダネ!」「はなまるマーケット」という新勢力がシェアを奪いつつあったという時期に自らがゴシップのネタを提供してしまったというのは間が悪かったです。
とりあえずの後継司会で松永アナが後釜に据えられましたけど、2001年に平日の生ワイド番組に大鉈を振るった大改編で幕を閉じることになったのもやむを得なかったですね。

岸部シローが問題を起こさずにそのまま継続していたとしても、正直長続きしていたかどうかは微妙ですが・・・
2014/11/06(木) 09:48:01 | URL | 通りすがり
「ルックルック~」は
僕は学校の長期休みや平日が祝日のときに母につられて見ていました。
そもそも初代司会者の沢田亜矢子さんが僕たち一家と同じ北海道北見市出身でしかも母の母校の北見北斗高校の後輩であり、母も親近感もって見ていました。
母が高校の同窓会に行ったとき、沢田さんがゲストで来ていたこともありました。

沢田さんはちょうど北見時代に僕が住んでいた場所に近いところに実家があり、73年に沢田さんが「アザミの花」で歌手デビューしたときに、お父様が北見市内を一軒一軒回ってレコードを売りに歩き、僕の家にも来て、母がレコードを買いました。今でもそのレコードは実家にあります。
2014/11/06(木) 18:44:24 | URL | リオ
● 通りすがりさん
『それは秘密です』スレからようこそ(笑)。
あれ。岸部さんの事で終わりになったんでしたっけ。
番組そのものも、ご指摘通りに弱くなってましたがね。


● リオさん
ああ、沢田さんも北海道ですか。
色白で、とてもそそられる肌してますもんねえ(笑)。
お父さんが手売りしていた話、泣ける(笑)。
2014/11/09(日) 09:46:15 | URL | ごいんきょ
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ