私的 昭和テレビ大全集
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柔 (1964)

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只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、ドラマ主題歌レコードの最大ヒットを振り返る、この番組です。






東京オリンピックで、開催国日本がメダルを取れるように
特権で導入できた種目が、バレーボールと柔道。
その目論見通り、バレーボールの方は金メダルを獲得し、
日本中を感動と興奮の渦に巻き込んだのです。
が、柔道の方は、たしかにメダルを数多く獲得できましたが、
肝心要の無差別級でオランダのヘーシンクに金メダルを奪われて、
柔道日本の面目を失うという大痛手が有りました。

そんな経緯は有ったものの、この東京オリンピック前後、
日本に多くのメダルをもたらすものと期待されていた柔道は、
テレビの世界でも数多くの柔道ドラマが作られ、
雰囲気を盛り上げる役割を担っておりました。
『柔道一代』『姿三四郎』『柔道水滸伝』等々、
今では考えられないほど柔道ドラマが犇めいた時期が有ったのです。
その決定版とも言うべきものが、この番組でした。

原作は、大御所・『姿三四郎』の富田常雄が週刊読売に連載中の小説。
そして主題歌も又、歌謡界の大御所・美空ひばりを起用し、
堂々一時間ドラマという事もあって、それまでの柔道ドラマより重厚な押し出し。
制作会社だけが、映画会社系よりやや落ちる印象の、日本電波映画でしたが、
『姿三四郎』など武道ものは作り慣れている所ではありました。
提供は、当初はトヨタグループ単独だったようですが、
一ヶ月ほどすると大正製薬も加わりました。

講道館の産みの親、嘉納治五郎が元と思われる矢野浩を主人公とし、
時代の端境、揺籃期であった柔道と、日本の政治体制をも描いた作品。
まだ丁髷を捨てきれぬ人間が残っていた当時を描き、
西洋型社会への脱皮を図る日本と、それに押し流される事無く
日本武術の神髄を、柔道という形へ押し進める青年の姿が重ねられております。
矢野に柔術を叩き込むのは、愚庵禅師という僧侶。
彼と、その養女・妙による激しい稽古に耐え、矢野は達人となっていくのです。

そして、この矢野がまたモテモテ(笑)。
登場する女子は、妙を始め、皆が彼に惚れてしまう。
けれども堅物で柔一筋の矢野は、女性には目もくれず修行一心。
しかも東京大学生と来ているのですから、コイツは男の敵です(笑)。
親友の五島、掏摸の銀次、歌之助のお姐さん、女子師範学校の仙石英子らに、
自由民権運動の板垣退助なども交わる青春ドラマで、
板垣と愚庵和尚は知り合いという繋がりでした。

配役としては、主役の矢野に平井昌一、五島一輝に石井竜一、妙に佐治田恵子、
歌之助が宮城千賀子、銀次に高田浩吉、愚庵に曽我廼家明蝶という顔触れ。
脚本そして監督に抜擢されたのは渡辺邦男で、
驚愕の早撮りを得意としていた、テレビ映画の申し子のような人でした。
その秘訣は、中抜き。
同じ場面の演技を続けて撮影し、後でまとめて編集するやり方。
なんだ、そんなの当たり前じゃないかと言うなかれ。
なんとこの監督、十四回分を一気撮りしたのです(笑)。

その期間、わずか二ヶ月。一話平均三日半(笑)。
十四回分の同じ場面を一気に撮影し、後で配列を繋ぎ合わせて
それぞれきちんとした話として編集するというのは、正に名人芸でした。
ところが役者の方は、主役の平井昌一や佐治田恵子などは天手古舞い(昭和語)。
ベテランの丹波哲郎や曽我廼家明蝶あたりでも、
いま自分がどんな場面をやっているのか泡食っていた(昭和語)と言います。
分厚い台本を自分で書き上げ、全ての構成が頭に入っていたから出来た芸当でしょう。
放送中には、空気投げの三船久蔵十段が死去するという報せも有り、
日本柔道も本当に激動期だったかと思います。

有名な話ですが、前述の通り美空ひばりが歌っていた主題歌は、
この年度としては傑出したヒット曲となり、レコード大賞となりました。
レコ大7回目にして漸く、設立の立役者・古賀政男、女王・美空ひばりという
重鎮師弟が同時に大賞初受賞という栄誉に浴したのでした。
百万枚と言われた売り上げは、当時としてはドラマ主題歌最大のヒット。
アナログレコードに限定すれば、おそらくドラマレコード史上最大かと思います。
ただ、それはこのドラマの主題歌効果というより、
あの歌の持つ力そのものが、当時の日本人の心情に訴えかけていたかと思われます。
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