私的 昭和テレビ大全集
Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-) ↑

スーパーマン (1956)

スーパーマン(1956)ADVENTURES OF SUPERMAN
アメリカを代表するスーパーヒーロー。
日本の仮面ライダーみたいなもんでしょう。

弾よりも速く
機関車よりも力は強く
高いビルディングもひとっ飛び
「空を見ろ」「鳥だ」「飛行機だ」「いや、スーパーマンだ」

こんなOPが懐かしい人もいるでしょう。
風呂敷背負ってスーパーマンごっことかやった人も多いでしょうね。
本当のテレビ黎明期の作品で、当時は生で声を当ててました。
スーパーマンの声はハクション大魔王やゴアでお馴染みの大平透が演じ、
その美声でアイドル的な人気を誇ったといいます。
現在残っているフィルムの音声は、後年の再放送時の収録ですね。
たしか、次元大介の中の人がやってたような気もしますが。

崩壊間近の惑星クリプトンから一人脱出ロケットに載せられた、
まだ赤ん坊だったスーパーマンは、地球に着陸。
成長後クラーク・ケントと名乗り、デイリー・プラネット紙の記者として
普段は地味に生活していますが、ひとたび事件が起きると
電話ボックスに入り、メガネやスーツをとってスーパーマンに変身。
地球人をはるかにしのぐ能力で解決するというお話。

永井豪がずっと後年、『超マン』というギャグ漫画を描きましたが、
これがこのスーパーマンのパロディでした。
主人公は大きなカップ麺のカップの中に入って変身するのですが、
変身前と変身後、変わってる部分がコスチュームくらい。
なのに周りの人達は、彼の正体に本気で気付かないのです。
本家スーパーマンも、ただ眼鏡を外しているだけなのに
だ~~~れも正体に気付かないんですね (^▽^;
その本気の大ボケぶりはなんなのかと(苦笑)。
でも実はみんな、佐山聡のタイガーマスクに「あなたはなに人ですか?」と
インタビューしたアナウンサーのような心境なのかな?(笑)

しかし、映像は凄いですね。アメリカで1953年に制作されたもので、
1953年、昭和28年と言えば、日本でテレビ放送が始まった年ですよ。
ところが早くも本格的な合成特撮を使っていて、
日米のテレビ技術の差は本当に雲泥の差があったと思います。
主演のジョ-ジ・リーブスはこの作品後は仕事に恵まれず、
ピストル自殺を遂げてしまいました。
テレビ創生期、この革命的メディアは数多くの人間に新たな潤いを与え、
同時に、無視できない数の人々を不幸にもしました。
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
何故新聞屋になったか
ごいんきょ殿は御存知かな
それは事件や事故の一報がもう一つの事件を追いかける仕事である警察や大規模な場合の軍事系の組織よりも早い場合もありそして抜け駆けするかの様に変身しても後者の様な組織とは比較的疑いや軽蔑の眼差しが弱いであろうからえらんだのだそうである
ちなみにこれは後の映画版での資料を覚えていて書いたのだがこう考えると日本のウルトラマンも報道関係の人間に乗り移るべきかも(ちなみに今のマックスの前のネクサスが元カメラマンが変身するという設定が唯一あったっけ)
2005/11/20(日) 15:44:09 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
ブン屋
はあ。そこまで当初から本当に考えていたんですかね。
でもまあ、そうかもしれないですね。
報道機関の人間なら、事件をいち早く知る事が出来ますし、
現場をつぶさに見たり調べたり出来ますからね。

振り返ると、ウルトラQではたしかそういう感じでしたでしょ。
女の子が雑誌記者かなんかで、他の男二人は取材用飛行機のパイロットでしたよね。
2005/11/24(木) 00:55:09 | URL | ごいんきょ
ご参考までに
1958年 年間視聴率

1.スーパーマン
2.プロ野球(日本シリーズ)
3.おトラさん
4.私の秘密
5.サーカスボーイ
6.名犬リンチンチン
7.お笑い三人組
8.ダイヤル110番
9.月光仮面
10.名犬ラッシー

と、いうことです。
2007/12/18(火) 19:13:53 | URL | オンデン1970
サーカスボーイっていうのが謎ですね。
これまでいろんなテレビ本を読んできましたが、
ついぞ聞いた事がありませんでした。
こんな隠れた名番組が有ったんですね。
是非ここで取り上げるべき物件です(笑)。
2007/12/19(水) 06:00:14 | URL | ごいんきょ
サーカスボーイ
1958年というと、大阪では、まだ民放は大阪テレビ(OTV)1局でしたので、そのころ見た番組というのは、わりと覚えているのです。
サーカスで子象の世話をしているコーキー少年を主人公にした「サーカスボーイ」は、日曜の夜の番組でした。6時から「アニーよ銃をとれ」、6時30分から「やりくりアパート」の後だったように思います。
同じ頃にディズニーの実写映画で「サーカス小僧」というのが公開されていまして、私は劇場で見ています。この「サーカス小僧」という映画は、私が劇場で見た映画のリストを作り始めたときに書き込んだ第1号の映画だったので、よけい印象に残っています。テレビの「サーカスボーイ」を映画化したのかと思いましたが、主演がケビン・コーコラン(「黄色い老犬」「ぼくはムク犬」「南海漂流」などディズニーの子供向け実写映画の常連子役)で役名がトビー・タイラーなので、別物でした。テレビのコーキー少年役は、ミッキー・ブラドック少年でした。
このミッキー・ブラドックが10年後のエレキブームの中で放映された「ザ・モンキーズ」のメンバーでドラマーのミッキー・ドレンツの少年時代だったのです。
2008/03/18(火) 23:42:31 | URL | 漫中老
今上陛下ご成婚前の番組を知る人って貴重だと思うんですよね。
ましてネットでは、まずほとんど見当たらないです。
マンチュウさんが第一人者と言って過言ではないでしょう。

モンキーズのドラマーが子役上がりで、サーカスボーイに出ていたという話ですね。
山田隆夫のような存在だ(笑)。
サーカスボーイやスーパーマンの番組自体では、あまり記憶に残るような事はありませんでしたかね。
2008/03/20(木) 18:29:55 | URL | ごいんきょ
思い出
スーパーマンといえば、電話ボックスでの変身ということになっているし、そういうシーンもあるわけですが、私の記憶ではむしろ、部屋の中で、めがねと服をとって、助走をつけて窓からトンと飛び出していくという印象が強いですね。スーパーマンも助走をして勢いをつけないと飛べないのかな、と思ったことを覚えています。それから、飛んでいるのは、いつも画面の右から左で両手をそろえて前に伸ばし、背中のマントがはためいている。背景のビルが左から右へ流れていくというのがお決まりのシーンだったような・・・。
 あと、スポンサーはライオン歯磨だったと思います。それから、故昭和天皇が好きなテレビ番組だという記事を何かで読んでそうなのかと思った記憶もあります。
2008/04/04(金) 00:18:38 | URL | 漫中老
隠れられる電話ボックス、懐かしいですよね。
ワタクシも親と出かけている途中でよく隠れてふざけたものです。
特撮シーンの使い回しは仕方ないですよね(笑)。
そうそう。たしかライオンのはずです。
当時はどんなCMだったんだろう。
2008/04/08(火) 07:26:42 | URL | ごいんきょ
クローゼットに
記憶の捏造かもしれないのですが(笑)、
スーパーマンに変身しようと部屋のクローゼットを開けるとスーパーマンの衣装が数着かかっているという場面を覚えています。
そしてその時はクラーク・ケントが体調が悪く、なかなかスーパーマンに変身できないというものでした。

ヒーロー物にしては情けない(笑)場面なのですが、どなたかにこの記憶の真偽をお訊ねしたいです。
2008/05/06(火) 17:38:07 | URL | モデラート
えー?
あの衣装って替えが有るの?(笑)
なんかにわかには信じ難いのですが。

オバケのQちゃんは替え衣装持ってましたよね(笑)。
2008/05/07(水) 02:42:15 | URL | ごいんきょ
唯一覚えているシーン
私が育った地方には当時民放はひとつしかなく日テレ系・フジ系が強い局で、朝日系・TBS系は滅多に見ることはできませんでした。だからスーパーマンもほとんど見る機会は無かったんですが、時々親が隣の県のヘルスセンターへ連れて行ってくれる時があって、そんな時は時間があうとこの番組をみることができて大変嬉しかったことを覚えています。
スーパーマンのシーンの中でたったひとつ妙に覚えているシーンがあります。二人組みのこそ泥がいて、一人(仮にAと呼びます)が扉の前にかがんでカギを開けようと悪戦苦闘しており、後ろでもうひとり(仮にBと呼びます)がそれを見下ろしているシーンです。Aが焦ってBに「ちょっと手を貸してくれ」と言います。するとBは右手でもって左手をねじりはじめ、だんだんと左腕がはずれてきます。しかしAはカギに気をとられてそれには気付かずやがてうまくカギが開いて「もういいよ」というとBは左腕を元に戻し始めます。やがてAが立上がって振向いた時にはBの腕は元通りになっていたのでAはBが人間では無いことに気付かないというコメディーっぽいシーンです。
他は全く覚えていません。
2008/12/04(木) 12:36:41 | URL | 心は少年
RE:クローセットに
私が放送当時のシーンとして覚えているのは上の投稿のみです。
それでもスーパーマンが大好きなのでアメリカでDVD化された時に、シーズン1BOXSETを購入してしまいました。その中で確かにクローゼットの中にスーパーマンの衣装が一杯かかっているという場面がありました。しかも、その衣装が泥棒に盗まれてしまってクラークケントの秘密がバレてしまいそうになるエピソードです。細部は忘れてしまっていますが、最終的にはメデタシで終わっていました。
2008/12/04(木) 12:44:53 | URL | 心は少年
私が覚えてるのは
石炭を握りつぶしてダイヤモンドを作るところと、
石ころから水を絞り出すところです。
2008/12/05(金) 02:24:11 | URL | 葉っぱ
クローゼット!
心は少年さん、
クローゼットの場面のこと、教えてくださってありがとうございます。
自分のぼんやりした微かな記憶にパッと灯が点った気がして、とても嬉しかったです。
クラーク・ケントの体調云々は私の記憶の混濁ですね。
2008/12/05(金) 18:24:45 | URL | モデラート
覚えているシーン2
モデラートさん、私がDVDで見たのは全104話ある内の1/3弱位です。そんな中で、クローゼットの中にスーパーマンの衣装が一杯かかっているという場面は何回かありました。クラークケントの体調が悪くなる話も残り2/3の中に有るのかもしれません。
葉っぱさん、スーパーマンの握力で石炭からダイヤモンドを作り出すシーンは見ました。石ころから水を搾り出すシーンは見ませんでしたが、やはり未見の2/3の中にあるんでしょうね。
2008/12/06(土) 23:52:36 | URL | 心は少年
● 心は少年さん
いろいろ情報ありがとうございます。
手を貸してくれって、英語ではなんと言うんですかね。
随分とうまくできたシーンです(笑)。
番組を見ていた情景が浮かぶコメントは、ワタクシの大好物です。
ほのぼのした子供時代が偲ばれますね。

● 葉っぱさん
石から水って凄いですね(苦笑)。

● モデラートさん
クロワゼットなら覚えていたんですが(笑)。
2008/12/08(月) 00:17:42 | URL | ごいんきょ
お詫びと訂正
えと、
石ころから水を絞ったのは、
「宇宙家族ロビンソン」のドクター・スミスでした。
スポンジに絵の具で色を塗って石ころのように見せ、
それを絞って水を含ませておいた水を出し、
力持ちであるように見せかけるぺてんをやってました。
それとスーパーマンがごっちゃになってしまったようです。
ごめんなさい。
2008/12/10(水) 00:58:10 | URL | 葉っぱ
ああ、そうでしたか。
そうですよね。
いくらなんでも石から水は(笑)。
2008/12/10(水) 07:13:25 | URL | ごいんきょ
ラジオバージョンがインターネットで聴けます
スーパーマンはテレビ化される前ラジオで放送されていました。当時の人気番組は資料としてスミソニアン博物館に保管されています。アメリカではそれを30ドル前後でカセットテープ販売れており、私もよく購入しました。数年前ネット上で情報を検索していたところ、これらの番組が無料で公開されているのを発見いたしました。OTR(Old Time Radio)やBOTARのキーワードで検索すると見つかります。スーパーマンだけでなく当時の人気番組が10,000エピソード以上無料でダウンロードできます。
2008/12/13(土) 09:04:17 | URL | Hiro
いずれもアメリカらしい話ですね。
日本ではラジオやテレビの番組が丁重に保管されるなんて、まず考えられない話です。
ようやくNHKがアーカイブというのを始めてますけど、時すでに遅すぎでした。
その上、保管意欲も異常に低すぎで、民間からの受付窓口も有りません。
それでもこちらから苦労してあちこち電話して担当らしき人間と話そうとしても、
中継の人間が伝言を忘れたのかなんだか、沙汰止みになってしまいました。
放送ライブラリというのも有りますが、収録本数が異常に低すぎです。
その2つも、ずいぶん長いこと無かったんですから、有るだけちょっとはマシなんでしょうが。

日本でも、テレビ初期を彩った人気アニメやドラマには、
ラジオ時代からの作品が実は多いのですが、そういう事は絶対に触れられません。
資料がほとんど皆無だからでしょう。
2008/12/15(月) 06:56:52 | URL | ごいんきょ
ドイツ製DVD
をドイツのAmazo.deから買ってしまいました。タイトルは"Immer, wenn er Pillen nahm"、英語版ではMr.terrific、日本語版はフライマンです。スーパーマンのパロディーで毎週見ていました。購入したのはドイツ製なので、解説は勿論ドイツ語なのでさっぱり理解できませんが、内容がパロディーなので、画面を見ているだけでおもしろさは伝わってきます。たこ焼き大の丸薬を"ゴクッ"という効果音と共に飛び出していくシーンは記憶の通りでした。ただ、窓から飛び出していく時は必ず"フライマ~ン"と叫んでいたはずですが、現画像にはセリフは入っておらず、ただ飛んでいくだけでした。日本語版製作者は、ただ、セリフを訳しているだけではなくて、良いものを作ろうと努力されているんですね。この"フライマ~ン"というセリフはいまだに覚えていますからかなり成功したと言えるんじゃないでしょうか?
2009/10/05(月) 12:27:54 | URL | 心は少年
透視能力
スーパーマンにはエックス線で透視する能力があり、悪者が背広の下に隠し持っているピストルも見通すことができました。
当時、市ヶ谷の牛込仲之小学校付属幼稚園では、この透視ごっこがちょっとはやったことがあります。

ケントの体調が悪くなったのは、スーパーマンの唯一の弱点を知っている悪者に、クリプトン元素(たしか画面では石ころだったように思います)から出る光線を浴びたからです。

あと、ひざ下丈のスカートをはき、頭にちょこんとドレッシーな帽子をのせた、(たぶん)ブルーネット系美人のロイスが、レースの手袋をとりながらケントに愚痴っている姿や、ジミーの間抜けさ加減や、編集長のせり出したお腹をよく覚えています。

でも、一番ショックだったのは、確か6年生の頃だったと思いますが、このスーパーマン役の俳優の自殺を知らせる新聞の死亡欄でした。幼い頃の憧れのヒーローが、というよりも、俳優として活躍したくても、どこに行ってもテレビのスーパーマンのイメージが強くて仕事がなく、ついに自殺したという内容でした。
2011/11/27(日) 16:52:51 | URL | 少年ジェット
● 心は少年さん
晴乃チックタックさんがやっていた、『チックタックのフライマン』かな。
スーパーマンのパロディだったんですか。


● 少年ジェットさん
透視光線、今じゃ空港とかで当たり前に使われてるんですからね。
下着とか丸見え。少年時代のやましい妄想が、現実となってしまうというのも。
弱点あったんですか。でも、恒常的に攻撃はされてないですよね。
ロイス記者ね。なんで正体わからないんだよっていう(笑)。
日米ともテレビ黎明期には幾つかそのような不幸が有りました。
2011/11/27(日) 20:36:14 | URL | ごいんきょ
映像化作品の最古の物?
とされるやつが今のところyoutubeにある
でも戦時中に制作したものらしく見事に反日的な内容のものもある

その他ハンナバーバラ的なドタバタかと思えるシーンも
2013/01/24(木) 20:47:13 | URL | 熱血王 ガッツインガー
アニメでって事ですか。
日米戦争中は、お互い相手を貶め合ってましたからね。
ディズニーなんか、戦争協力であれだけ大きくなったんでしょうし。
2013/01/27(日) 22:38:09 | URL | ごいんきょ
フジテレビでスーパーマン
昨年秋に思い立って図書館へ通って昔のラテ欄をあさりまくりました。その結果、なんとあのジョージリーブスのスーパーマンをフジテレビで再放送していたのを知りました。ビックリです。それからラテ欄に載っているサブタイトルをなんとか原題と合わせて見ようと悪戦苦闘してみました。かなりイイ線までいったと自負していますが、一件だけどうしてもわからないタイトルがあります。TBSの再放送時のタイトルに「スーパーマンの弟」というのがあるんですが、ジョージリーブスのスーパーマン全104話の中にスーパーマンの弟が出てくるエピソードは無いと思うんですが、どなたか判る人助けてください。
2017/02/19(日) 00:19:15 | URL | 心は少年
フジでしたっけ。深夜にやってましたよね。
ワタクシも録画はしてあるのですが。

弟ねえ。ちょっとすぐにはわかりません。
いずれわかったら報告します。
わかる方が出て下さると良いですが。
2017/02/19(日) 13:29:18 | URL | ごいんきょ
新参者からご挨拶を
拝啓 よろしくお願いいたします。年齢的にも再放送を見ていたと記憶していますが、幾つかのエピソードは克明に記憶しております。「失業中のクラークケントが路上のドーナツショップで、コーヒーとドーナツを注文したが、もうかなりツケが溜っていていい顔されない。確か100円持っていたと思ったが、とあたこちまさぐりやっと都合つけてドーナツとコーヒーを手に入れるが、悪党が邪魔してわざとケントにぶつかりコーヒーをこぼす。これはケントを悪の道に誘い込む悪党の手段だった」また「悪党が科学者を使い、スーパーマンを倒そうとする話で、某科学者が偶然にスーパーマンの弱点であるクリプトン星の電磁波?の様な光線を造る事に成功。これを聞いた悪党は、もし奴を倒せたらお前を百万長者にしてやると約束。スーパーマンを井戸?の様な場所に誘い込み、弱点の光線を照射され絶体絶命のスーパーマン。そこえケントの仲間の人間が偶然来て、その光線を止める。この光線は地球人には無害だった」と。こんなエピソードを覚えています。白黒画面が妙に生々しくリアルだった事が印象に残ります。 
またごいんきょ様からの「ラジオからテレビ移行期の番組保存」について、厳しいご意見がありましたが、自分もここ数十年本当に苦労し、あまりの理不尽に悔し泣きした事も何度もありました。テレビの名作佳作傑作は、かなりレディオからの移行が多かった、「笛吹童子、風雲黒潮丸、鉄人28号、君の名は」等など数々ありますが、不思議とレディオ時代の資料は皆無ですね。もっともテレビ屋レディオ屋なんて、放送するだけで手一杯、後の保存なんて考えた事も無いと。またこういう事は一般視聴者風情が口を挟む事では無いとまで考えていました。だからてめえらの仕事の痕跡すら残そうともしなかった。資料等ある訳無いのですよ。過去資料の収集や関係者取材とは、時間との勝負でした。しかもネットも何も無い時代、頼みは電話郵便自分の手足でした。かけた電話は千回に近く、書いた手紙は数百通。届いた返事はまず3割でしたね。ごいんきょ様が自分と同等のご苦労された事は、おそらく他人様には決して理解されないでしょう。何せ相手は「巨大な利権にガッチガチに縛られて著作権と言う鎧に守られた難攻不落の牙城です。必ず言われた事は「そういう事はしないでくれ」と。一体こいつらは何を恐れ、何を嫌がっているのか? つまり「違法映像を売って銭金儲けしようとしている大馬鹿者」と一律に片付けようとする。特に身分の低い平リーマンや、役所の三文木っ端小役人風情にこういうのが多かった。そのくせに、そのくせにですよっ「NHK、民放含め、過去テメェで勝手な判断で処分した映像音声を、一般人からタダで提供しろ?」まぁジョークや冗談フェイントとしても
まともな神経しているとは努々思われませんね。だからマスゴミ屋なんてクズだゴミだと罵られるのです。そういえば過去、テレビ学校の先生がいみじくも「テレビ屋なんてぇ人非人でなけりゃ勤まらない」と。つまり恥知らずでにければ勤まらない仕事ってぇ事でしょうか。自分はごいんきょ様のご苦労努力は、誰よりも解り知っておりますから。 敬具
2017/04/25(火) 10:13:48 | URL | よしたかくん
たまにはスーパーマンが苦戦する様子も描かれていたんですね。
その都合を考える方も大変だったでしょうが(笑)。

ワタクシは苦労なんてしてません(笑)。
あくまでも視聴者であり、テレビのファンであるという立場を意識してきました。
また、だからこそ好き勝手に言っていたわけです。
ワタクシの不満は、あくまでもテレビそのものを蔑ろにする事への不満のみです。

あまりに初期テレビの情報が蔑ろにされたまま朽ちていき、
昨今の愚にも付かない情報ばかりが肥大化していく様を看過できなくなったので、
少しだけ取材欲も出ては来ましたが、
それとても分相応は意識しています。

テレビ関係者というのは、隅から隅まで屑だなとは思ってますけどね(笑)。
でも、中には放送ライブラリや脚本ライブラリを実現させた人たちもおり、
100%絶望しているわけでもありません。

9割方絶望視はしてますけどね(笑)。
2017/05/06(土) 01:09:26 | URL | ごいんきょ
再放送調査続編
以下、朝日新聞縮刷版のラテ欄調査結果です。
1)KRT(現TBS)
・初回放送:昭和31年11/1~昭和35年4/28(全181回/エピソード104話・再放送77回)
・夕方月~金の帯再放送:
  1巡目:昭和40年04/05~昭和40年09/03(全104回)
  2巡目:昭和40年09/06~昭和41年01/27(全104回)
  3巡目:昭和41年01/28~昭和41年04/08(全51回)

2)FujiTV再放送:
・昭和36年6/3~昭和36年8/26(全13回)
・昭和37年1/7~昭和38年3/31(全67回)
・昭和39年2/24~4/6 ※夕方月~金の帯再放送

3)TV東京再放送:
  ※TV東京まで!! しかも昭和45年春までやってたとは。
・昭和43年10/3~昭和44年3/24(全25回)
・昭和44年04/4~昭和45年4/03(全52回)

昭和45年まで再放送やってました。
それに、1990年代クリストファーリーブの映画スーパーマン公開前の時期、
東海地区の某チャンネルでシーズン3全13話の再放送をやってました。
ということは、いまでも放送局には日本語素材が残っているのかも?
映像部分は既にPabulic Domainに出てます。日本語部分にも大きな課題は無いのでは?
という訳で、日本語素材のDVDリリースされませんかね???
多少お高目でも是非購入したいと思っています.......
2017/05/28(日) 21:56:54 | URL | 心は少年
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。