私的 昭和テレビ大全集
Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -



宮本武蔵 (1957)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、日本で最も有名な剣豪のテレビ初登場を振り返る、この番組です。






吉川英治による大衆文学不朽の名作剣豪小説・宮本武蔵については、
読んだ事が無い人でも名場面の数々を聞き及んでいる人が多いでしょう。
特に戦前戦中は日本人の精神性を涵養した面も有り、
吉川は体制的作家と判断もされていたわけです。
ところが敗戦を機に、ガラリと立ち位置を変えた人々もいた。
それを柔軟と取るか変節と取るかは、時人場合によって変わりましょうが、
とにかく吉川は、戦後の武蔵を書き換えて出版しました。

この際に、元の出版社であった講談社との間でかなりの悶着が有り、
昭和24年年明け早々に勃発した、講談社と新出版社の六興出版との諍いは、
文壇をも巻き込んで相当の事件となり、一ヶ月ほども侃々諤々としました。
元々、講談社側が版権を持っていたのは間違いが無いのですが、
表沙汰になっている話からは推測にしかならないので、最も詳しい頁をご紹介します。
http://yoshikawa.cocolog-nifty.com/soushido/2007/06/post_a52d.html
http://yoshikawa.cocolog-nifty.com/soushido/2007/06/post_17e7.html

いろいろ争点と言いますか、両者の意地は有ったように思いますが、
GHQによる検閲というのも大きな鍵となっております。
そしてこの際、読売新聞は社説で大きく扱い、吉川側に立った論を張りました。
結局、講談社は契約を新たにする事で円満合意。
六興出版版が大手を振って出版され、この戦後版も大いに売れました。
そして時も過ぎた昭和32年、吉川英治作品が初めてTVドラマ化される運びとなります。
吉川英治は初のTVドラマ作品を数ヶ月に渡って慎重に検討したとされ、
一番テレビ向きで、作家本人も最も愛着が有るという『宮本武蔵』が選ばれたのでした。

吉川作品初のテレビ化が日本テレビだったのは、まさか騒動の時に擁護してくれた
恩返しというわけではなくて、ただの成り行きだったとは思いますが。
既にこの時点でも何度か映画化・舞台化されて馴染みの有る作品でしたが、
テレビ版では、より人間武蔵の成長を描く事を心掛けられました。
もっともこの辺は、当時のテレビでは大掛かりな時代劇は難しかったというのが大きいでしょう。
ごく最初の頃は月曜夜8時でしたが、後に水曜9時からの30分。
提供は、初期は宝酒造だったようで、途中から三洋電機になっておりますね。

豪の者である武蔵という観点ではないため、主演には初期テレビの善人役、
安井昌二が抜擢されており、当初は半年の予定が、丸々一年間放送されました。
安井昌二は元々が日活の俳優で、デビュー『月は上りぬ』での役名が芸名というお定まり。
日活では芽が出なかったのか、既述『青い怒濤』に主演すると初期TBSの専属となって活躍。
この日本テレビの時代劇『宮本武蔵』は、そんな彼にとって色々な意味で新機軸でした。
当然、時代劇は初経験ながら、河野和平プロデューサーは、
「ヅラを乗せたらきっと冴える顔だ」と判断して起用したというのですね。
それからは、ただでさえ人材難であるテレビで特に人材難だった時代劇俳優としても活躍。
TBS『銭形平次捕物控』などは当たった方かと思います。

生放送時代で慣れぬ時代劇だけに、失敗談も有ります。
本番中に安井が殺陣の手順を忘れてしまい、慌てて影に隠れて台本を読み直す。
夢想権之助役の倉田爽平、相手が消えたので一人で刀を振り回していたといいます。
また、武蔵が寺に籠もる場面で、小道具の観音像が倒れてしまった。
ADだった早川恒夫が安井の後方を這いつくばって起こしに行くも、
それがしっかりカメラに映ってしまっていた。河野ディレクターが駄目だ駄目だと手を振ると、
引き返せの合図だと思い、また画面を横切って引き返してきた(笑)。
ハンチングにマスクで時代劇に出た奴は初めてだと語り草になりましたが、
当時は笑い事ではなく、河野も早川も重役から大目玉を食った(昭和語)という話です。
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ