私的 昭和テレビ大全集
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ごめんねママ (1961)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、手塚治虫原作の昼帯ドラマを振り返る、この番組です。






手塚治虫の漫画が、昭和30年代に昼の帯ドラマとして放送されていた事を知る人は、
かなりの手塚ファンぐらいでありましょう。
それなりに漫画好きでテレビ好きだったワタクシですら、
今回調べてみて初めて知ったくらいですから(笑)。
それもそのはず、どうも原作は「主婦と生活」に連載されていたらしいのです。
連載開始が昭和36年2月号かららしいですから、おそらく妻の初めての懐妊が判明してすぐ。
それで、手塚としてはかなり珍しいホームドラマ作品を、主婦向け雑誌に描いたのでしょう。

ドラマの放送開始は、その年の11月6日。
月曜から金曜の昼1時からの15分番組でした。
この早さは、最初からテレビ化も想定されていたのでしょうか?
既に長男・真も誕生して三ヶ月ほど経っており、一家三人というのは、
このドラマの構成と被る部分が有るのです。
ドラマの家族も三人で、若くて美人で頭も良いママに、
適当に要領が良くて間も抜けたパパと、一人っ子のヤー坊が、
失敗をやらかしては「ごめんね、ママ」という軽喜劇調だったのでしょう。

昭和30年代、アメリカドラマの影響でしょうが、テレビにはパパものママものが目白押し。
この番組もそんな一つでしたが、中でNHKとフジには有りませんでした。
当時は右寄りのフジと、これまた当時は官僚的国粋性の有ったNHKらしいものでした。
主演のパパ役は菅佐原英一で、昭和30年代前半は松竹のB級映画で主演という感じの、
大船で主だった女優とのラブシーンは大抵演じていたような存在でした。
一方のママ役は三ツ矢歌子。こなた新東宝で汚れ役も厭わぬ活躍ぶりで、
新東宝倒産の最後の方まで残っていたかと思います。
倒産後はテレビに活躍の場を移した感じで、この番組に出てからは
完全なるテレビ女優といった趣の活躍ぶりとなるのでした。

昭和37年6月19日放送分から、にんじんくらぶの有田紀子が芸大生役で出演。
それから、若き日の三遊亭円楽(先代)も固定出演していたようです。
その時、同じTBSの『テレビ笑科大学』からもお呼びがかかったものの、
旗を両手に持って「赤振って、白振って」とやるような内容。
少し後にナンセンストリオでしたか、爆発的に流行らせましたけどね。
ところが円楽は、「馬鹿馬鹿しい」と言って拒否。
そうしたら、こちらの番組まで降ろされてしまったという事です。

7月17日放送では、チフス予防注射が主題。
ヤー坊に痛くないといいながら、父親の方は口実を作って注射を避けるという、
まあ有りがちな作りではありますが、当時はそういう当たり前のドラマが殆どでした。
7月6・9日放送「アリラン峠に花が咲く」には、時のTBS会長である
足立正を始め、財界の大物がズラリと登場する事に。
韓国人のパーティー場面という設定という事で、本物のパーティーを探したら、
6月13日にホテル・ニュージャパンでその手のパーティーが有る事が判り、
了承を得てその会場に入ってみたら、会長その他の大物が大勢で、
スタッフ一同アワ食いながらも(昭和語)無事に撮り終えたのでした。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
鉄腕アトム単行本で読みました
 ごいんきょさん、貴重な情報をありがとうございます。
 『ごめんねママ』は、鉄腕アトムの20巻本のコミックスの何巻目かの後ろに附録で載っていたので、子供のころ読みました。ほとんど全ての回が載っていたと思います。大好きな漫画でした。で、テレビでもやったとは聞いたことがありましたが、それ以上はは何も知りませんでした。
 ヤー坊役は誰だったんでしょう。相当の演技力が要求される役です。それとも両親を中心にする演出だったんでしょうか。
 原作のほとんどのエピソードでは、『もう一人のボク』や、さらに時々『もう一人のパパ』『もう一人のママ』というのが出てきます。本人の心理が人格化されるんですが、これをテレビでやったとしたら特撮を使ったんでしょうか。あるいは原作とは全然ちがう内容だったかもしれませんね。
2014/08/23(土) 01:40:48 | URL | あぶもんもん
原作とは違ったようです
 全集で確認したら、主婦の友の昭和36年2月号から38年12月号まで連載。全集に載っている34話が全てだとすると、一回だけ休載したのかもしれません。
 原作は月刊で、しかも2ページですから、とても毎週5回15分、1年間つづくドラマにはなりませんね。ごいんきょさんの記事にあるチフス予防注射も韓国人パーティーも原作にはありません。
 ただ、34話のうち『もうひとりのボク』などが出てこない話が10話あるので、原案くらいにはなったこともあったんでしょうか。ちなみに『もうひとりのパパ』『もうひとりのママ』の登場は意外に少なく、パパ3回、ママ4回。そのうち1回はボクとママ、1回はパパとママ、1回は全員登場でした。ということは、原作はオトナの世界(オトナに都合のいいように動いてる)をコドモ(ただしアドケナクない方)の目で見て諷刺する展開が7割以上を占めていたことになります。いずれにしても、このままでドラマ化は難しそうです。
 手塚治虫の『ごめんねママ』とか石森章太郎の『キキちゃん』など、売れっ子作家が余技で描いたようなホームコメディーはホノボノしていて大好きでした。
2014/08/24(日) 15:55:43 | URL | あぶもんもん
子役に関しては、もう活動していない堅気になっていると思うので、ワタクシは書きません。
ネット上で調べれば、当時の名前だけは分かると思います。
「もう一人の」というのは、原作だけでしょう。
やはり単純なホームドラマにしないで、SF的要素を入れる所が手塚治虫の矜持だったのでしょう。
テレビではそんな複雑な描写をする時代ではありませんし、15分番組ですしね。
ほとんど独自の番組だったと思います。

韓国人パーティーというのもよく判らない設定ですし、
何故そこにTBS会長がいたのか、非常にキナ臭いですね(苦笑)。
2014/08/27(水) 07:19:34 | URL | ごいんきょ
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