私的 昭和テレビ大全集
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鮎郎9時45分 (1961)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、テレビでのマルチ・タレント第一号を振り返る、この番組です。






NHKの場合、ラジオは勿論テレビでも、初期の司会者は局アナというのが相場。
けれども民放の場合、特にテレビに関しては、アナウンサーというのはニュース読みとか
提供読み上げとか、音声が主役という場合の用いられ方が多く、
見映えのようなものも意識されるバラエティ番組などに関しては、
本当の最初期から、局アナ以外の人材が司会役を担っていたのです。
民放第一局である日本テレビの開局一週間ほどで、クイズ番組は5本も存在しました。
複雑なセットも必要無く、視聴者参加でも作れるクイズ・ゲーム番組は、
お金も番組作りの経験も無かった初期テレビでは重宝したのでしょう。

そのテレビ司会者第一期生とも言える面々は、『ナショナル・クイズ』の関光夫、
『わたしの顔』の田中明夫、『クラブ・ステップ・ゲーム』の真弓田一夫、
『スポーツ・クイズ』の持田アナ、『ゼスチュア・クイズ』の三木鮎郎といった顔触れ。
関光夫は既にラジオ東京(TBS)で活躍しており、田中明夫、真弓田一夫は俳優で、
こうした中で最も評判が良かったのが、三木鮎郎でした。
商船学校中退ながら知的な佇まいを有し、風貌も人当たりも司会役に打って付け。
しかも彼は、テレビ草創期では八面六臂の大活躍をしていた放送作家でもあり、
更に、堪能な英語方面でも訳書やテレビ番組の翻訳をこなすという、
その後に言われたマルチ・タレントの第一号のような存在と言えるでしょう。

彼が先ず生業としたのは、昭和20年の秋、立川キャンプでの通訳。
物資に困窮した戦直後の世に日給20円を提示され、驚き、そして喜んだといいます。
混乱期だけにまともに現在の貨幣価値には換算できませんが、
まともな仕事が無い世に、国家公務員最上級の収入と同程度だったかと思われます。
昭和21年頃から兄である鶏郎のラジオ番組『冗談音楽』のコント台本を書き、
放送作家としてこの世界と関わる事になります。
民放ラジオが始まると司会者としての仕事をこなすようになり、
そして民放テレビ開局と同時に『ゼスチュア・クイズ』の司会に抜擢される事になるのです。

マルチ・タレントの走りと書きましたが、すぐ後の前田武彦、永六輔、大橋巨泉らと同様に、
演技での活躍は、そう多くはありません。
彼の非常に数少ないドラマ出演作である、この『鮎郎9時45分』でも、
彼の役割は出演俳優ではなく、言ってみればホストのようなものでした。
『鮎郎9時45分』は、昭和36年5月からほぼ一年、関西の毎日放送で放送されたもので、
おそらく関東も含めその他の地方では放送していないと思います。
提供は阪神百貨店でした。

この番組、おそらく日本でもかなり評判となった『ヒッチコック劇場』を模倣したもの。
ただ、時間は更に短くて、題名通りの夜9時45分から10時までの15分番組でした。
昭和30年代までは、15分ドラマという物もそれなりの数が存在していたのです。
15分だから御本家には遠く及ばないコクの無さは仕方無いとして、
一応は一回完結で、ちょっと意外なオチの有る感じのミステリー調を放送していたようです。
鮎郎はヒッチコックのように、番組の中で解説というか、
状況に茶々を入れつつ、視聴者に解り易くしていく存在でした。

例えば、6月10日放送『日本中にただ一つ』。
或る骨董屋で非常に洒落たネクタイをしている男が二人。
彼らはどちらもネクタイに拘りを持っているのに、同じ物をしている人間がいて不愉快である。
一触即発の空気から、そちらが外せ外さないの問答となった、
その骨董屋が実はギャングの隠れ家で、女主人は仕方なしに手下を二人呼ぶ。
押し問答をしている一人も仲間で、主人は早く相手を追い出して、
犯罪の打ち合わせを始めたかったのです。

そして手下二人が現れると、やおら追い出そうとしていた男がステッキを振りかざし、
その手下を伸してしまったのでした。
呆気にとられる一同の前に、また別の若手二人が現れ、拳銃を構える。
実は押し問答を始めた男は刑事で、主人の手下二人が現れるのを待って、
押し問答をしていたという具合の話でした。
最後に三木鮎郎が、「このお店は新しい主人に買われました」と現れる。
するとヨボヨボの新主人が、「いらっしゃいませ」と鮎郎に挨拶。
ふと気付くと二人のネクタイが同じで、「アッ」と指を差し合うというオチでした。
劇中にも必要に応じて参加する形は、『ヒッチコック劇場』を進化させたとも言えますか。
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