私的 昭和テレビ大全集
Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-) ↑

細うで繁盛記 (1970)

該当番組画像募集

♪ ジャーン ジャジャジャーン
  タラララタラララ タラララタラララ
     (女性局アナ)「この番組は、ライオン油脂、ライオン歯磨と、
  ジャーン ジャジャジャ~~~ン
             ジャノメミシン、東洋工業の提供でお送り致します」
  パララララーン
  
  
♪ (小林亜星)ブルーダーイヤー ブルーダーイヤー
        ブルーダーイヤー ブルーダーイヤー
        嬉しい白でーす ブルーダーイヤー
     (三田佳子)「ラッキーカードが入っていたら」
        金銀パール プレゼント

♪ (ハニー・ナイツ)泣いてー いるのかー 笑ぁってーいるのか~
           後ろー姿のー 素敵なあなた~
           付いてーゆきたい~ あなたーのあとぉを~
           振り向ぅかないで~ 札幌の人~



♪ ポー ポー
     (新珠三千代)「銭の花の色は
  ポポポーポポ
             清らかに白い
  ポポポーポ
             だが莟は血が滲んだように赤く
  ポポポポポー
             その香りは、汗の匂いがする」
  ズンガチャチャ スンガチャチャ
  ピュアッパーン ピュアッパーン タカタカタカタカタン
  タララン タラララン タララン タラララン
  タララン タラララ タララン タラララン
  タララン タラララン タララン タラララン
  タララン タラララ タララン タラララン
  タカタカタカタカタカタカ
  パーラーラー パーラーラー パ~ラララ ラーラーラ
  パーラーラー パーラーラー パ~ララララ~~
  タララン タラララン タララン タラララン
  ターラーラーラーラー タララン タラララン
  ターラーラーラーラ~~~
  タララン~ タラララン~~~  (ハープ)

♪ (加代のテーマ)
  ター~ タラタラララ タラララ
(新珠三千代)「いろんな事が起こりました。
  タラララ タラララララ~
        ほんまに、いろんな事が起こったんです。
  ター~ タラタラララ タラララ
        まず、お舅さんのお葬式をやると言うたウチの人の心が変わりました。
  タララララー タラララ~
        けど、お葬式は春江ちゃんとウチがやる事にしました。
  ター~ タラタラララ タラララ
        板前で入った徳川という人が、
  タラララ タラララララ~
        うちの人と飲んでいた事が判りました。
  ター~ タラタラララ タラララ
        そして、お母さんに知らせに行った春江ちゃんが…」
  タララララー タラララ~~~



さてさて、いよいよワタクシのテレビ視聴で最も思い出深く、
最も思い入れが有り、最も楽しんでいた番組を語る時が来てしまいました。
それだけに語りの思い入れの半端ではなく、また、おそらくビデオが現存しない事も有り、
コメント欄も含め、可能な限り当時の記憶を数多く再現したいと思っております。
そんな訳で、この番組は昭和45年1月8日から47年4月1日まで、
毎週木曜夜9時半から10時26分まで放送されておりましたが、
その9時30分放送開始のその瞬間から再現をしてみました。
提供に東洋工業が入っておりますが、これは秋頃からだったんでしょう、
初期には東洋工業の代わりにシャープが入っておりました。

冒頭の音楽は、日本テレビ系のドラマでは伝統だった、提供紹介読み上げ部分です。
そしてライオン油脂のブルーダイヤなどのCMを挟んでいたと思いますが、
その後に新珠三千代が読み上げる中、小川寛興作曲の主題曲が流れるのでした。
画面は万華鏡のようにキラキラしたような模様がグルグル回転するもので、
新珠が読み上げている間は、白い花が映されておりました。
もちろん銭の花などは作者の花登筐の造語でしょうが、
なんの花を映していたんでしょうね。子供の頃は勿論わからないし、気にもしません。

その後に、往時のドラマではお定まりだった、先週最後の場面を流しながらの、
先週のあらすじのような事を加代が読み上げるという形。
そこで流されていた音楽は「加代のテーマ」と名付けられており、
LPレコード化され、CDにもなっている「小川寛興作品集」に収録されております。
この「加代のテーマ」は何曲もの編曲形が有り、やたらに番組中で流れていました。
特に、このような番組最初と、更に、ほとんど必ず毎週の最後、
加代の引きつった顔の大映しなどの後ろで流され、終わるという形だったように思います。

大阪・読売テレビが制作していたドラマ枠ですが、実態は外注にかなり近く、
ほとんど東宝側の子会社で作っていたかと思います。
これは、日比谷スタジオが空いていたので、なんとかここを使ったドラマを、
という事だったかと思います。という感じで、実際の制作は東京で行われていたのでした。
かと思いますかと思いますって、デング熱の感染源を推測してるわけではないのですが、
丁度いま、読売テレビに関する資料が手元に無いので、記憶で書いているのです。
ま、冒頭の再現にしたって基本は記憶に基づくものですし、
ここが平常運転に戻る即ち、いいかげん魔が復活したとご理解下さい(笑)。

ウィキペディアには、読売テレビと日本テレビは他と比べて関係が良好とか書いてありますが、
今はともかく、その昔は普通に関係悪かったですよ(笑)。
関東キー局が関西局など恬として無視していたのは日テレも全く同じ、
いや、もしかすると酷い方ですらあったのかもしれません。
読売テレビ側が説明を求めると、「いつから読売テレビと日本テレビは対等になったのだ!」
と一喝され、かなり悔しい思いを重ねていたのですね。
それは、初期の読売テレビは準教育局という枷も有って実績が作りづらかった
というのが有った訳で、読売の実績が上がっていくと共に、関係は修復されていきました。

そうして少しずつ増えつつあった読売制作のドラマ枠でしたが、
この木曜21時半枠は芳しくなかった。
読売側は、一体どんなドラマを制作すべきか悩みに悩み、
少し前まで関西商人の作品を当てまくっていた、花登筐が静岡新聞に連載中の
「銭の花」に注目し、過去の人ではないかと多少の懸念を感じながらも交渉に入ります。
ほとんど決定したかという頃に、新珠三千代が役柄に不満が有るという東宝の話。
これには読売側も激怒し、東宝のような大きいとこがそんな事を言ったら、
こちらは泣き寝入りするしか無い、けど、ただ泣き寝入りするだけやないでと凄んで(笑)、
無事に制作が決定したわけなのですが、もう一波乱ありました。

提供のライオンが、「銭」という言葉に良い印象を抱かず、
番組名を替えて欲しいと言ってきたのですね。
これには意固地さでは人後に落ちぬ花登筐も激怒し、
題名は作者の侵されぬ領域だとして、席を立ったと言います。
出演者一同もこれに支持を表明したのですが、
これまた読売側の一喝で決定。『細うで繁盛記』に落ち着いた訳です。

もっとも、花登も提供会社への懐柔ぶりは知られた所ですから、
顔さえ立てば収める気は有ったのだと思いますが。
番組冒頭で新珠が読み上げる言葉は縦書きで字幕表示もされ、
そこには「銭の花より」という添え書きが有りました。
おそらくこの部分は、作者・花登筐の面子を立てる配慮だったのでしょう。
勿論、冒頭の言葉も作者自身が作り上げた言葉です。

ちなみに番組最後には1分程度の予告編が流されて、提供紹介をして終わりました。
途中から、22時に裏のNETで、森繁久彌の『だいこんの花』が始まるんですね。
わが家はこれも見たかった。
だから親父は、本編が終わったらすぐにNETに回そうとする。
すると母親が、「ちょっと待ってよ、予告やるんだから」と言うんですね。
親父は、「もう終わってるんだからいいじゃないか!」と怒鳴る。
テレビの事で喧嘩する平和な家庭でした(笑)。

「駄目よー。予告も見るんだから」と食い下がる母親が最後には勝ち、
予告が終わるまでは日本テレビに入れておりました。
実際、来週になればどうせ見るんですけどね(笑)。
でもワタクシもこの番組が半端でなく好きだったので、
内心では母親を応援しておりましたし、口にも出したかな。
だから父親も我慢せざるを得なかったのでしょう。
その代わり予告が終わるや否や、即NETへとワタクシが替える役目(笑)。



さて、それではざっと話の流れを追っていきましょう。
大阪で一、二を争う料亭だった南地楼の孫娘である加代は、
敗戦後に衰えていった家を飛び出し、嫁を探しているという
伊豆・熱川温泉の山水館へと嫁入りするために、
単身、大阪発の夜行列車に乗り込むのです。
この時、新珠三千代のおかっぱセーラー服姿が見られるのはご愛敬(笑)。
荒れ放題の古びた旅館・山水館で出迎えたのは、牛乳瓶厚底ガラスのような
丸眼鏡を掛けた、冨士真奈美の演じていた正子という女。
この正子こそが、やがてワタクシの心を鷲掴みにするのでした(笑)。

そんな小姑・正子にいいようにやり込められている、
なんとなくうだつの上がらない感じの男、滝田裕介の演じた正五こそ、加代の旦那となる男。
更に、その兄弟とは腹違いの妹となる柏木由紀子の春江と、吉田義夫の演じる病身の父親。
そんな山水館の面々は、何れも余所者の加代に冷ややかな態度を取り、
旦那の正五も、必要以上には加代を庇ってはくれません。
ただ一人、春江だけが加代に近しい態度を取り、味方となるのでした。
加代と正五が夫婦となった初夜、正五は布団の中でソッポを向いて寝てしまいます。
加代はそのまま布団の中で、うちはこれから何が有っても耐えていかねばならん
というような事を考えて、布団の上で不安に駆られたように目を開けたまま終わりました。

本当に子供の頃に見ていたので、この時の加代の気持ちなんて、まったく判らない(苦笑)。
ただ単に、意地悪そうな義妹と義父を見て、苦労を予感しているのだろう
というような感じの事を漠然と思っただけでした。
しかし、今ならもっと判ります(笑)。
なぜ正五は自分に手を付けようとしないのか、ひょっとして自分を受け入れていないのか、
おぼことして正五に抱かれるのも不安だし、抱かれないのも不安という場面でした。
実は後になって、正五は戦傷のため不能である事が判るのですが。
一度は後悔したものの、それでも山水館の嫁としてやっていく決心をする加代の事が、
正子は更に気に食わない。小姑鬼千匹(笑)。

1月29日より、大西館の主人として神山繁が登場。
大西館というのは山水館よりもかなり立派な旅館で、有力な存在なのですが、
熱川にはこの大西館の新しいやり方に反発する、守旧派とも言うべき存在も有って、
山水館はその守旧派側だったのですね。
こうした対立は、実際の熱川温泉でも有ったという話で、
花登筐が小説にした時に、よく調べてあるとみな感心したという事ですが。
加代が大西館に話し合いに行くと、神山繁が純粋に喜ぶんですよね。
綺麗な人が山水館に来たなあと。

ワタクシ、神山繁の風貌がザ・ガードマンの頃から好きでしてねえ。
ザ・ガードマンのボスは彼だと思ってましたし(笑)。
そんなわけで、大西館の旦那が加代の味方になってくれたのは嬉しかったです。
しかし大西館の女将は、そんな二人に疑いの目を向け、嫉妬する事になるのですが。
よく夫婦で言い合いしてましたね。
神山繁が困った顔で、何を馬鹿な事を…とか邪推に呆れるのですが、
こちらも真実を見ておりますので、嫁が馬鹿に見えてねえ(笑)。

2月12日より、大阪・糸商の旦さんとして大友柳太朗登場。
大西館の旦那と意気投合し、励まされてその気になった加代。
山水館を大きくしようと積極的に動こうとする加代に対し、
正子、義父、そして正五までもが反対を唱えるため、加代も腐ります。
そこへ救いの神というか、大阪の豪商・糸商の旦那が客となってくれたのです。
糸商の旦さんは、その後も事ある毎に加代の力となってくれたり、
貴重な言葉をかけてくれたりしておりました。

加代の働きで少し復興し始めた山水館。
しかし、正子はいよいよもって加代が癪に障り、中西という男の言うまま
東京へと出て行くのですが、これが罠で、あわや身売りされてしまうはめに。
なんとか山水館へと逃げ戻った正子を、中西とその仲間が追ってきて、
加代ら旅館の者たちに凄むのですが、これも加代の働きで撃退。
表面上は加代に感謝せねばならない正子は、ここで路線を変え、
取り敢えず加代に山水館を復興させ、それから追い出す事にしたのでした。

そして加代は山水館を団体専用に改築する事を思い付き、
反対派である大西館に融資を申し込むのです。
大西館が融資するかどうかで熱川中が持ちきりになる中、
加代はピストル強盗を捕まえたりと大いに株が上がっており、
影の薄い正五はやけ気味で酒に浸る生活に。
そんな或る夜、山水館が全焼してしまい、加代と春江が意識不明で入院。
酒に酔って記憶が無く、真っ先に逃げ出していた正五が放火容疑者となるのでした。

退院した加代に山水館の人間はみな冷たい。
そんな中、大西館の主人が図面を持って乗り込んでくる。
なんと、新しい山水館の設計図なのでした。
鳩が豆鉄砲喰らったような顔の加代を尻目に、図面を広げながら
一方的に説明を始めたこの時の大西は、本当に神々しい笑顔でしたね(笑)。
大西は窮地の山水館・加代に助け船を出し、出資してくれる事になったのです。
ところが喜ぶべきこの話を、正五と義父の儀之助は影で妨害。
この頃、番組の好調を受けて、読売テレビは原作本500部の視聴者プレゼントを
3月15日締め切りで実施しました。

新たに作る団体旅館に仲居や板前を招くため、加代は大阪に帰り、
母から南地楼を作った祖母の商才や旅館のやり方を学ぶのでした。
この祖母は浪花千栄子が演じており、加代の思い出の中で、
時に応じて金言や励ましをくれる存在でした。
加代の若い頃に「銭の花」を教えてくれたのも祖母で、
銭の花を綺麗に咲かせるためには汗という水と
苦労という肥やしを沢山あげなければ駄目だと説明したのです。
加代はその言葉を胸に、山水館再建に励んでいるのですね。

そして加代は、南地楼の料理人で初恋の相手だった、
高島忠夫の演じる清二と再会し、少々気持ちが揺らぐのですが。
清二も「こいさん」の事を当時から思っており、告白するのですが、
既に山水館の人間となっている加代には受け入れる事は出来ないのでした。
加代は病身の母と清二への思いを置いて熱川に戻るも、
そこでは加代の追い落とし工作が練られていました。
更に追い打ちを掛けるように、加代の母は亡くなりました。

ところが正子は、有ろう事かその訃報を握りつぶして加代には知らせない。
ま、結局は加代に判り、正五と共に弔事に出掛けるのですが。
この時、さすがに加代は気色ばんで正子に文句を言い、
正子も珍しく、非常にバツが悪そうにしておりましたっけ。
正五は仕事で失敗し、春江に言って再建資金を取り上げてしまい、
更に正子も、春江から巻き上げた金で遊興三昧。
山水館の土地名義、そして権利は、加代の知らぬ間に儀之助から正五に書き換えられ、
しかも正五は、山水館乗っ取りを企む田中春男が演じた北条に預けてしまうのです。
この田中春男、8月に膵臓、肝臓、胆石とやられ、20日から石浜裕次郎と交代となりました。

この辺、9月まで延長が決まり、露骨に引き延ばしという感じですが(笑)、
当時見ていてもなんだか焦れったいような思いは有りました。
我が母親などは、真っ向唐竹割りのように、「花登筐の話は進まない」と喝破(笑)。
なんだかんだで山水館の工事が進む中、騒音で病気になった者が現れます。
ところがこれは、福原屋の番頭が画策した妨害工作でした。
福原屋の主人は内田朝雄が演じて、儀之助や正五、正子と共謀して加代に辛く当たる、
守旧派の大旅館の大旦那でありました。言ってみれば、大西館と対極に有った存在です。
山水館は福原屋と繋がりが有ったものの、加代と大西は次代を見据えて理解し合っていたのです。

そして儀之助と正子は、新しい山水館を福原屋に売ってしまおうとする。
更にいよいよ開店となってからも、客引きとなった北条は客に嫌がらせをし、
正五も正子もロクに客に挨拶もせず、加代の追い出しが始まったのでした。
新しい山水館には、南地楼で働いていた番頭の善三(大村崑)と、
その女房で仲居の通称お多福(園佳代子)、そして清二がやって来て、
それからは加代も孤独ではなくなり、陰に陽に彼らが守ってくれるようになります。
だからワタクシの中で、高島忠夫も大村崑も園佳代子も、みんな善人(笑)。

腕の良い料理人である清二が出す鯛の姿造りは好評で、山水館は軌道に乗ります。
高島忠夫の板前姿と清潔感ある演技がハマってました。
しかし正五は、山水館を福原屋に売ろうと、そのために加代を追い出そうと画策し、
なんと清二に話を持ちかけてしまうのですね(笑)。
清二も善三もお多福も、「こいさん」加代を守る事では結束していましたが、
あくまでも南地楼とは違う余所だけに、真っ向からは家人に逆らってなかったのです。
それで正五も、まさか清二と加代が想い合っている仲とは想像もしてなかったのですね。
この時は流石に、清二が気色ばんで正五を叱責していたと思いますが。

ここら辺からは、放送延長の余波も有り、また何よりも、正子を軸とした加代へのイビリと、
その失敗劇で溜飲が下がるのが多くの楽しみとなっており、内容は基本進展なし(笑)。
時勢を見ながらギリギリまで伸ばして脚本を書く花登筐の手法が図に当たり、
人気は鰻登りで、日本海テレビの73%など視聴率70%を超える地方局が6つも有りました。
時代的にも、そして地方という事を考えても、この頃のNHKを向こうに回して
7割も視聴率を稼いでいたというのは、尋常な事ではありません。
そして、毎週のように手を替え品を替えしたイビリが続き、
ワタクシは作者の術にまんまとハマって、ノメリ込んでいくのでした(笑)。

「山水館はな、わしが生まれた家だで。おみゃーの好きにはさせにゃあずら」
正子が厚底眼鏡で憎々しい顔から鬼のような言葉を吐く毎に、
ワタクシは本気でこの女を憎み、大声で罵ったのでした。
「ふざけるな! お前なんか死んじまえ! このバカ!!」
子供ですので語彙は非常に少ない(笑)。
しかし、正子の憎々しい顔の本気度に負けず、
ワタクシも心の底から正子を憎み、罵っていたのでした。

川の字になって寝ていた父と母は、そんなワタクシに失笑(笑)。
テレビに一番近い特等席で床に就いていた父親は、
画面に背を向けワタクシの方を向いて、「テレビよりお前見てた方が面白い」
と茶化すのが毎週の行事となっておりました(笑)。
感動とは心を動かす事。
泣かす演技ばかりが感動の演技ではないのです。
人を本気で怒らせる演技、それにワタクシは感動していたのでした。

よく、こうした憎まれ役の俳優が、実生活でも混同されて困ったという話が有ります。
しかし正子の冨士真奈美は、当時から人気だったのでした。
自ら考案したというあの眼鏡が、役柄と本人の分離に寄与していたのでしょう。
勿論ワタクシも、子供とは言え現実とテレビをゴッチャにした事は有りませんで、
あくまでもテレビの中の正子という人間を憎んでいたのでした。
つまり、冨士真奈美は本人と一致していない人物像で、
多くの人間をこれだけ感動させる「演技」を実現していたわけです。
もちろん世の中いろいろな人間がおりますから、局に脅迫状も来てはいたようです。
まだ一桁の年齢だったワタクシにも劣る知能(笑)。

自ら考案と言えば、この「にゃあずら」とかいう伊豆弁も、
冨士真奈美が出演者に演技指導していたのでした。
なんと6才から17才の時まで、11年も三島にいたという彼女。
自分の伊豆弁は正確だという自負により、ノーギャラでの演技指導を行っていたのでした。
だもの。方言にもなんの違和感無く、本当の地方の人のように聞こえた訳です。
この「ズラ」という方言はかなり話題となり、漫画の銭ゲバでも使われましたっけ。
あれも「銭」だな。
きっとこの番組で「ズラ」と「銭」がジョージ秋山の中で結び付いたのでしょう(笑)。
でも実は、どちらもほぼ同じ時期に始まっているんですね。歴史の偶然としか説明が付きません。

10月からは谷幹一の演じる徳川が登場。
彼は最初、どのような立ち位置か、敵か味方かが判らなかった。
実は彼は、父親を堕落させた女を捜していて、それがどうも北条の女房らしいと。
その事を探るために正五からあれこれ聞き出そうと一緒に酒を飲んでいたのを、
清二や善三に見咎められたのでした。
そして全てを正直に吐露し、それからは正真正銘の彼らの仲間となって、
ずっと後々まで加代を盛り立てていくんですね。
西洋料理も出来たのですが、幟を持って客引きしていた姿が思い出されます。
みんな大西館や福原屋の幟に行って、徳川が持つ山水館の幟には誰も寄りつかない(笑)。

山水館には内風呂が無く、そこに不満を持たれてしまい、
加代は山水館に独自の何かを求めるのですが、なかなか思いつかない。
一旦終了後の第二期だったか、伊勢海老を出したらどうかと思いつくのですね。
この伊勢海老、子供だったワタクシは見た事も有りませんで、
物凄く大きい海老なので驚きましたし、食べたかったですねえ(笑)。
ま、散々大人になっている今になっても、目の前では見たこと無いですけどね(苦笑)。
そして、この伊勢海老がみるみる評判を呼び、山水館は本格的に繁盛するのです。
途中、オールドミスだった小姑の正子も、佐藤英夫の演じる男と結婚して出て行きます。
たしか養豚場を経営してたんだっけなあ。
豚の群れにまみれて苦労している正子を覚えておりますが。
イビリ役で輝いていた正子の凋落に、ワタクシは激しく失望を感じたものです(笑)。
だからワタクシの中では、その後に救心のCMで彼が出た時も、正子の旦那(笑)。

第一期の最後の方で、正五は死にます。
これは自殺のような事故死でした。
たしか酒を飲んでの上だったと思いますが、断崖絶壁の所に胡座をかいて、
そのままウトウトし始めるんですね。
当時のスタジオドラマですから、子供心にも下は床だろと想像できる(笑)、
ちょっとした岩場のようなセットの上で、数回ウトウト船を漕ぐんです。
そのうち姿が消え、場面が切り替わって正五の転落が知らされたのでした。
正五は既に、健気な加代に対しての恋心のような淡いものが有ったのでしょう。
そうした雰囲気は感じさせていた流れでの死でした。

そして、これも一旦終了後の第二期だったのでしょうが、
正五と瓜二つの男が山水館に現れて、加代はじめ皆を驚かせるのですね。
有り体に言えば滝田裕介の二役なのですが(笑)。
これはなんだと思っていたら、福原屋が神妙な顔になって、
みんなには内緒にしていたが実は正五には正六という腹違いの弟がいたとか
なんとか説明をして、また正子を含めてみんな驚くのですが。
これが本当の正五の弟だったか、福原屋の陰謀だったかは忘れましたが、
なんか正六も腹にイチモツもニモツも有る人物だったとは思います。

最終回では焦らしに焦らされた、加代と清二の結婚式が描かれました。
その頃には正子も改心していて、加代とついに和解するのですね。
花登ドラマは人気が出ると焦らされる欠点は有ったものの、
どれも最後には努力している人間が勝ち、真の悪人は登場しない。
時代的なものも有りましょうが、ああしたドラマを普通に楽しめた時を過ごせたのは
幸せな事だったと、この年になってしみじみ思いますね。
現実の世界はそうではないのですから。





それほど思い入れの深い番組を、東宝だか読売テレビだかは、残らず消してしまいました。
それも、昭和51年まで再放送されていたのにですよ。
家庭用VTRも出現しているし、テープが高いからなんて言い訳になりません。
前にも書きましたが、消した関係者を死刑にしたいくらいに憤っています。冗談でなく。
しかし同時に、こうした名作を作ってくれた事への感謝も有ります。
冨士真奈美や新珠三千代、神山繁、大友柳太朗、内田朝雄、高島忠夫、
大村崑、谷幹一、園佳代子といった人々の好演、名演と、
花登筐の作劇こそがこの番組成功の要因ではありますが、
そうした人々を結集させる場を作っていた事は確かなのですし。

勘案して、情状酌量、無制限・無期限の執行猶予を付けましょう。
あとは行いを見ながら判断していきます。勝手に(笑)。
この番組を始め、過去作の姿を残す努力を最大限しなさい。
また、テレビに携わった関係者の偉業を称える施設と催しを、
いい加減にNHKと全民放で協力して作りなさい。
それが数多のテレビ番組を殺してしまった、
あなた方テレビ関係者に出来る唯一の贖罪なのだから。
唯一と言いながら二つ書いてるけど(笑)、どちらも大事な事なんですよ。
テレビを「文化」にするためにはね。
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
長い見出しがない!?
ここんとこ続いた長い見出しがないから、サイトが不調になったのかと思ったら、もう昭和30年代シリーズは終わったんですね。

細うで繁盛記は、よみうりテレビ、ひいては在阪局製作ドラマの名作にもかかわらず、映像がほとんど残存してないというのが残念ですね。

それはさておき、日テレとよみうりが、4大ネットでは一番関係が良かったというのは、4大ネットで唯一、在京局(日テレ)が先発だったことや、巨人と阪神という壁はあるものの、互いに野球に興味のある局(けなし合いも仲のいいうち)であることがあるのではないでしょうか。

ちなみに、東西関係で一番よかったのは、腸捻転時代のTBSとABC(朝日放送)だそうです。

よみうりテレビで、ライオン提供ということは、木曜夜10時でしょうか。
2014/09/07(日) 23:09:15 | URL | (ハンドル未記入)
すいませんm(_ _)m
ハンドル書くのを忘れてしまいました。
2014/09/07(日) 23:12:02 | URL | 10000k
待ってました!
待ってました「細うで繁盛記」。
毎週、話がなかなか進まなくて、腹立てて、欠かさず観てましたね。
憎まれ役の俳優さん、他の番組に出てきても腹立ちましたね。それが善人の役であることもあるわけですが、「おいおい、最後に裏切るんじゃないか」とか思っちゃって、思うつぼにハマってましたね。
 正子役の富士真奈美さんは、はじめ「なんじゃ、この女は!」とか思ってたんですが、このすぐあとくらいに「奥さまは18歳」で笑える女教師を演じていたんで、それほど悪いイメージなかったんですよね。でも、正子の伯母さん役の赤木春子さん、正子に負けず劣らずの憎まれ役。後に「金八先生」で校長先生役で出てきた時は、「どんな腹黒い校長なんだろう?」と観てまして、善人と思えるまでに至るのにずいぶん時間かかりましたから。
俳優さんってほんとすごいですよね。
2014/09/07(日) 23:51:17 | URL | みのモンタナ
続報
「赤木春子」さんじゃなくて、「赤木春江」さんかな?
 この、伯母さんの旦那(正子の伯父さん)も、にくたらしいやつだったんですが、これを演じてた役者さん、名前忘れたんですが、NHK大河ドラマ「源義経」で、確か喜三太か伊勢三郎の役をやってたんですよ。だから、私にとっては「いい人」だったんですよね。でもって、どっかで加代の味方になるんじゃないかって、思い続けてましたからね。役者さんってすごいですね。子供の思いこみがすごいのか。
2014/09/08(月) 00:04:05 | URL | みのモンタナ
千?
 ごいんきょさん、もしかしていよいよ千番組目なのですか? だとしたらおめでとうございます。そうでなくても満を持して『細うで』の登場、おめでとうございます。『うで』と書くのが、『腕』より細そうでいいですね。
 『細うで繁盛記』は祖母と伯母が好きで見ていたので、私も一緒に見ていました。祖母は『船場』も好きでしたし、花戸筺ファンだったようです。
「あ、メフィストがこんな所で普通の人間になっちゃった!」
 これは驚きでした。神山繁はなぜか先に『細うで』で印象に残ったため、ザ・ガードマンを見ていて「あ、大西館が出てる」と思ったものです。
 富士真奈美、この後の『気になる嫁さん』でも、かなり毒は薄いけど味のある小姑役でしたね。毒は水野久美が主に受け持ってました。もちろん正子の毒とは比べ物になりませんが。
 私は加代に肩入れして見ていなかったので、正子のやることが面白かった覚えがあります。一度なにかを企んで失敗し、福原屋(だったかな?)はじめ旅館の旦那衆から満座の席で「女さかしゅうして牛売り損なうっちゅうなぁ、このこっちゃな」と嘲笑され、可哀相に思ったものでした。女さかしゅうして・・・という諺もこれで覚えましたが、今のドラマでは使わないでしょうね。
 私の記憶では高島忠夫の苗字が『徳川』だとゴッチャになってましたが、板前は二人いたんですね。
 糸商の旦那に出した膳が下げられてきて、たしか高島忠夫がそれを見てコメント。
「箸をつけた料理はきれいに全部食べているが、器に残っている料理には一箸もつけていない」(実際の台詞は大阪弁で敬語つきだった筈です。)
 それに対して大村崑(だと思いますが、もしかしたら谷幹一?)が
「はあ、さすが大したもんやな」 すると高島忠夫
「感心してる場合やないんや。見ただけで箸をつけてもらえん物を出したらあかんのや」(適当な大阪弁ですみません)
 こんなやり取りが記憶も残っています。それはともかく『糸商』って何の店だったんでしょう。生糸問屋?
 糸商や大西館の上品な旦那衆と対照的に、メフィストや福原屋は極端に下卑た感じでした。山水館の番頭格の男だったか、これも卑しく描かれていたのがいて、新しく入った若い仲居が押し入れの中を掃除していると、お尻が左右に動くので、その動きに合わせて首を動かしながらヘラヘラ笑って、ついにお尻に触ると仲居が「きゃ!」 男は加代にたしなめられていました。
 私も年齢一桁でしたからスカートめくりやパンツに興味はありましたが、和服のお尻は当時はまだエロと結びついていませんでしたので、大人の世界は深いなあと妙な関心をした覚えがあります。
 昭和57年に高橋留美子が『うる星やつら』の一話『湯舟に浮かぶ銭の花を流せ!!』を書きました。作品の中で『銭の花』という言葉は出て来ませんし、なぜ題に使われたのかわかりません。しかしこの作品で、銭の花が温泉旅館から『銭』湯に応用されました。これと『ねじ式』を下敷きに押井守が早速アニメ化したのが『決死の亜空間アルバイト』。その中の雰囲気が受け継がれているのが19年後の『千と(銭湯)千尋の神隠し』。かなり強引なこじつけですが、ユバーバの姉がゼニーバという名前なのも、単に銭湯を二つに分けただけじゃなくて、ゼニの花が底を流れ続けているような気がします。
 そういえば、列車が湯治場の駅に着くたびに繰り広げられる客引き合戦、今はどこにも無いんでしょうね。五十年ぐらい前にはギリシャでも同じような客引き合戦が見られたというエッセイを読んだ覚えがありますが。
2014/09/08(月) 19:13:19 | URL | あぶもんもん
バラージの大西館
 連投すみません。「今はどこにも無いんでしょうね」などと書きましたが、私だって宿屋の客引き風景はこの番組と落語でしか知りません。
 それはそうと、ごいんきょさんの記事をよく読んだら、大西館の奥さんはウルトラマン『バラージの青い石』や怪奇大作戦『人喰い蛾』に出ていた人で、故ゾル大佐夫人だったんですね。おぼろげな記憶の中の顔顔が重なって、びっくりしました。
2014/09/09(火) 13:29:14 | URL | あぶもんもん
● 10000kさん
日本テレビと読売テレビに関しては、単純に両社とも親会社が読売新聞ですしね(笑)。
その他は最初の頃は、新聞社主導でガチガチだったわけではなく、
いろんな会社が混ざったりもしていたので。
読売新聞系だけが、最初から完全に東西とも単独免許なんですよね。
TBSと朝日放送も、現場同士は反発あったと思うんですよね。
特に関西側(笑)。
ただ、両社とも実績は好調な局でしたから、お互い認める部分は有ったでしょう。


● みのモンタナさん
冨士真奈美さんは、この役で非常に芸の幅を広げまして、
一時は日本で唯一のコメディエンヌという感じが有りました。
江利チエミさんもTVサザエさん以降はやらなくなりましたし。
冨士さんが出ると、それだけで親しみ易さが増してました。
赤木春江さんも憎々しかったんですよね。
でもワタクシの中で憎まれ役は正子に集約されていて、あまり印象には残ってません。
叔父・叔母は北条と言ったのですね。
叔父は田中春男さんだったようですが、上記の理由でほとんど記憶に残ってません。
伊勢三郎をやってたんですね。どちらかと言えば二枚目で、あまり悪役顔ではないというか。


● あぶさん
ワタクシは悪魔くんも好きでしたけど、正子の親父がメフィストと同じ人とは思わなかったです。
髪型から服装から違いますし。ずっと後年に役者さんの名前が判るようになってからですね。
おそらくネットを始めてから気がついたと思います(笑)。
ワタクシも、べつに加代はどうでも良かったんですよ。
ただ正子が全てで(笑)、あとは加代を助けるいい人に安心して。
加代の役って押し殺す役ですから、見ていて感情移入しづらいんですよね。
この辺は新玉さんも感じていたようで、おそらく当初に難色を示したのも、
その辺が理由なんだろうなと思います。
実際の新玉さんは、かなり捌けたひとのようだったですし。
とは言え、冨士さんのような憎まれ役は本当に憎まれたりするのに比べ、
同情されたりするので、憎まれ役の人に比べれば恵まれているという感じだったようです。
毎週イビリだった頃は、善三たちの機転でこいさんを助けたり、
或いは勝手に正子たちが失敗したりで、その時に見ている側の溜飲が下がるといった感じでした。
これが『どてらい男』になると、自らイビリにやり返すようになるのですが。
糸商の料理の話は、なんとなく記憶に有ります。
どういう状況だったかは忘れましたが。
糸商って、今で言えば紡績会社って事でしょうか。
単に糸だけでなく、着物までやっていたんでしょうね、おそらく。
年齢一桁でパンツに興味は無かったな(苦笑)。その中身には充分に興味ありましたが。
客引き合戦もあの頃のドラマではよく見ましたが、実際には知りません。
温泉行ってもそう言えばやってなかったような。
昭和30年代までだったんでしょうかね。
大西館の女将、弓恵子さんね。
2014/09/11(木) 05:36:13 | URL | ごいんきょ
メフィスト
 山水館のじいさんがメフィストと同じ役者だというのは、母が教えてくれたんだと思います。話し方もそっくりだったので
「この人、まさかメフィスト?」と聞いたら教えてくれたような・・おぼろげな記憶ですが。
 『細うで』以後は、同じ役者が他の番組に出ていると「あ、正五だ」「福原屋だ」「糸商の旦那だ」などと、細うでがベースになりました。
 パンツに興味を持ったのは小川ローザのおかげです。
2014/09/11(木) 13:40:34 | URL | あぶもんもん
そうですね。細うで繁盛記以後は役者さんをそんな感じで。
日本のドラマ紀元ですね。
細腕前、細腕後で表記すれば、今年は細腕後44年となります(笑)。
2014/09/12(金) 07:10:22 | URL | ごいんきょ
全くYTVは(敢えて放送当時の大文字略称で)
第1話と最終回のみで他の回を全て消去とは、全くYTVは何て事してくれたんだ!の一言ですね。
他に言葉が見つからない・・・・・・、いや言葉自体は無数に浮かんできますけど、とてもここで書ける類いの言葉じゃ無いので(笑)。

花登の最期を看取った妻(当時)星由里子さんの話では「花登のドラマでまともに残されているのは東海テレビの「あかんたれ」と、「ぬかるみの花」位では無いでしょうか。」との事ですけどね・・・・。
2014/09/14(日) 08:26:45 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
あ、今は小文字なんですね。
まったく知らなかったけど、奥ゆかしいというか、
なんなんだ、その縮小志向はという気が(笑)。

へー。星さんがそんな事を言っているのですか。
たしかに花登さんのドラマは、CSでもほとんど見られません。
『あかんたれ』の頃も結構多作な人だったから、その二作だけって事は無いと思いますけどね、さすがに。
ただ、昭和3、40年代は絶望的なのかな。
2014/09/15(月) 09:02:42 | URL | ごいんきょ
あかんたれ、ぬかるみの女
 再放送の定番でしたね。とくに福岡で人気があり、地元局では「今日のあかんたれ」というコーナーがあったとか。
 今でもどこかの地方局でやっているんじゃないかな。
 あまりにも需要があるので、東宝もVTRの処分をあきらめた?
 細うで繁盛記もどてらい男のように視聴者に呼びかけてみてはと思ったけれど、さすがに70年代前半じゃ家庭用のVTRは普及していないだろうし、せめて音声だけでも残っていれば、という思いはありますね。
 東宝がしっかり管理していれば。第1話は放送ライブラリーで見られるようです。
 一連の花登シリーズの諸々の権利者は誰なのか気になります。一番最初の奥さん?
 その人が一切応じない、ということもあったりして。
 
2014/09/17(水) 00:02:28 | URL | 北国の人
『あかんたれ』は、特に関西では何度となく再放送されてるんじゃないですか。
関東ではテレビ東京で朝にやってたかな。
権利は常識的に、奥さんである星由里子さんでしょう。
2014/09/17(水) 20:29:05 | URL | ごいんきょ
きっかけはこの番組
今でこそテレビ番組の出演料は、再放送やビデオ・DVD化といった所謂二次利用の分まで勘案して算定されることになっているのですが、そのきっかけを作ったのがこの番組だ、とどこかで聞いたことがあります。
それまでは、再放送自体を想定していなかったせいか、一回放送する度ごとに出演料を算定していたといいます。つまり、再放送される場合はその都度改めて出演料が発生する形だったらしいのです。それが「細うで」の場合は本放送時の人気も高かったせいか、再放送のオファーが各地の放送局から殺到、結果局側には多額の出演料が発生する結果となりました。
これが、一部の回を除いて消去された一因とするなら、何と愚かなことかと私も思います。
やはり、broadcastという言葉に「放送」という訳語をつけてしまった時点でどうかしています。返り点を打てば「送り放し」と読めますから。
2014/09/20(土) 21:45:16 | URL | うみがめ
あ、そうなんですか。
その話は今まで聞いた事無いですが、再放送の場合、出演料だけは再配分されるんですよね。
でも、他の権料はそうなってなくて、制作側では監督とか本当にごく一部だけとか。
2014/09/23(火) 23:51:00 | URL | ごいんきょ
再放送で見てました
よく、ここまで全体の流れを書かれているなあと、感嘆の一言です。自分は、平日再放送(日テレ)で学校帰宅後16:00から「太陽にほえろ!」(マカロニ刑事出演分)を見ていましたが、たまたま早退時15:00からの「細うで繁盛記」を見てハマったクチです。ただ、学校が終わるのが14:00少し前で、どんなに急いで帰っても15:30前なので、初めのほうが見られないのがつらかったのを思い出します。ほどなく、夜に「新・細うで繁盛記」が再放送と並行して始まりましたので、昭和48年ごろのことですね。

思い出すエピソードどして
正五の死後に双子が現れた時、福原屋主人が「双子の場合、先に生まれたほうが弟、後に生まれたほうが兄なんじゃ」と言ったのが記憶に残ります。この話を親戚の人たちにしたとき「小さいのに物知りだねえ」を言われましたこともあるのですが(笑)
あと、土地名義書換えのくだりで、正五が正子に印鑑の写しをハンコ屋にもっていって、同じものを作ってもらおうというのがありました。戦後間もない頃ならそういうハンコ屋さんもありましょうが、今ならモロ犯罪幇助でしょうね。

「細うで繁盛記」のほとんどが破棄されている現状が本当に悲しいです。富士真奈美さんのあの名演技が、記憶の中だけというのももったいない。同じ人が(再放送の)同時期に同じチャンネルで「パパと呼ばないで」「雑居時代」でコミカルな役をやってたとは思えないほど圧倒されたものです。
2014/12/17(水) 12:10:10 | URL | 寒空
片道一時間もかかるって、高校時代の話ですか。

うわあ、そうそう。有りました。
先に生まれた方が弟とか言ってて、不思議に思いましたね。
今では先に生まれた方が兄になっているかと思いますが。
要するに、奥にいる方が先に出来たという考え方だったんでしょうが、
面白いというか、非常に薄弱な根拠ですよねえ。
2014/12/18(木) 07:11:06 | URL | ごいんきょ
正子の成長に涙
正子、熱川を飛び出して、男寿しとかって寿司屋で働きだしてから、
がぜん光り始めましたよね。
でも、男寿しも追われて、屋台のラーメン屋で男やもめで子持ちの養豚業者と、知り合ってまさかの結婚!
豚にカヨと名付けてけとばされたりで、なんだか楽しそうにくらしてましたっけ。
夫と継子が、正子のことを、よく思ってくれてて、やっと正子も浮かばれたなあと思った。
ラスト、春江と清二の娘でカヨの養女になった女の子と、自分のとこの息子が恋仲、結婚・・・
最初は猛反対だったけど、息子(それも旦那の連れ子に過ぎないのに)のためにカヨに頭を下げる。
もはや、あれは、正子のドラマだったと思ってます。
2015/04/08(水) 21:42:13 | URL | さうざんど
はなと はこ
 祖母はこの番組も、それから「船場」なども大好きで欠かさず見ていましたが、作者の名前などは気に留めていなかったようで、「この人の話はどれも面白いね。はなと・はこっていうのかな」と言っていたのを思い出しました。「こばこって読むらしいですよ」と母がさりげなく訂正していました。
 明治末年生まれの祖母にとってみれば、あまたの新人作家の一人だったのかもしれません。花登筺は祖母より6年ほど早く生まれたみたいですが。
2015/08/16(日) 17:09:59 | URL | あぶもんもん
あ、ちがう
 すみません。西暦と明治を間違えました。花登筺は祖母より24歳下です。
2015/08/16(日) 17:12:13 | URL | あぶもんもん
● さうざんどさん
んー。後期になるとさすがに熱中度も落ちてきているので、記憶がかなり怪しくなります。
男寿司ですか。寿司屋で働いたことすら覚えていないです。
ラーメン屋も覚えてないし。

養豚業はよく覚えてますが、あの凛とした正子が、
禽獣の世話役に落ちぶれたのを見て、ワタクシは大いに失望したものです。
ワタクシにとって正子は、最後まで気高い憎まれ役でいてほしかった。
最後の最後、ほんの少しだけカヨを認めながら。

ああ、そうか。清二は春江と結婚したので、その子を幼女にしたんでしたね。
その子と正子の子の結婚式でしたか。
もはやと言いますか、ワタクシにとっては最初から正子のドラマ(笑)。


● あぶさん
うちの親でもはなと・こばこは知ってましたので、
やはり半端でなく有名な作家だったのですよね。
2015/08/24(月) 03:57:36 | URL | ごいんきょ
大西館の嫁?
別の番組で大路恵美さんを見て大西館の嫁だったと思うが、弘子を思い出し検索したらここにたどり着きました。

詳しく解説されていて懐かしく思います。

正子は養豚場の性悪のブタに「加代」と名付けていましたね。
2016/02/13(土) 14:31:48 | URL | コララテ
あー、そうだ!
加代と名付けて罵倒してましたっけねえ。
そんなチンケな姿も、正子の凋落感を誘いました(苦笑)。
2016/02/14(日) 22:20:22 | URL | ごいんきょ
懐かしい!
あらすじなどをどうもありがとうございました。やはり映像は消去されていましたか。残念です。
春江が布団部屋に引きずり込まれて襲われたシーンが未だに忘れられない。
2016/10/31(月) 13:44:56 | URL | えりのあ
春江ちゃんが襲われそうになった事、有った気がします。
相手は誰だったですかね-。
2016/11/03(木) 06:17:49 | URL | ごいんきょ
はじめまして!
たまたまこちらを見つけました。

第1シリーズ本放送のときは小学3年生でしたのでほとんど覚えておらず、再放送で物語を理解しました。
そういえば、春江が加代を「おねえさん」、正子を「ねえさん」と呼ぶことに対して、正子が文句を言っていたことや、春江が加代を見習ったがために過労で早世した際、正子が本当に悲しんでいたことも思い出されます。
この作品のビデオが残っていないことが残念でなりません。
2016/11/11(金) 22:25:23 | URL | ひろぽん
とりとめもなく・・・・
善三、お多福たちと一緒に雇うことになった仲居達がやってきたとき、玉子という仲居にお多福が懸念を持っていたように思います。確かその後、儀之助たちに取り込まれていったはずです。
昭和47年に熱川温泉に行ったとき、伊豆熱川駅の脇に細うで繁盛記の小さな資料館みたいなものがありましたね。
2016/11/11(金) 22:38:39 | URL | ひろぽん
はじめまして!

ワタクシも、かなり細かい場面まで覚えているのですが、
ご指摘の事はどれも思い出せませんでした。無念。

おそらく、外から来たお嫁さんだから「おねえさん」なのでしょが、少しでも丁寧なのが正子は気に食わなかったんでしょうね(笑)。

春江が亡くなった時、正子は悲しんだんでしたっけ。
そんな大事な場面の記憶が無いとは。
やはり、ワタクシは徹底的に憎らしい正子が好きだったのだなあ。

玉子っていたかもなあ。
仲居に、通じていた女がいたのも覚えてないです。
もっと思い出して教えて下さい(笑)。
2016/11/13(日) 22:09:25 | URL | ごいんきょ
花登筐
実を言えば、「大奥」のことでちょっと思い出したことがあるのですが、さすがに11年も間が開いたスレだと(笑)、間延びしすぎるかとちょっと迷っているので、とりあえずこちらを先に。

花登センセイの若き日(1963年7月)の肉声の録音が残されていますね。NHKラジオの「芸と人」で二代目(先代)渋谷天外との対談、というよりインタビュアーとして話を聞く形になっています。彼は当時35歳。「銭の花」や「どてらい奴」を書くはるか前ですが、すでに「やりくりアパート」「番頭はんと丁稚どん」のヒットでブレイク、超売れっ子作家でした。ただ、この年は主催する「劇団・笑いの王国」が二枚看板の大村崑と芦屋雁之助の確執から分裂、解散に追い込まれ、最初の挫折を味わっています。

この音源は、1991年にリリースされた「NHKカセットブック・肉声できく昭和の証言・芸術家芸能人編8)」に収録されていますが、これは「婦人の時間」ほかのテレビやラジオのインタビュー番組やコーナーから、代表的なものを分野別にセレクトしたシリーズの一巻です。(「婦人の時間」はキネコで残っている回もあり、同じ巻に入っている榎本健一出演のものは、再放送で見た覚えがあります)。それはともかく、テープを聴いていると、訥々とシャイにしゃべる花登が、速射砲のように捲し立てる天外に押しまくられ、どちらがインタビューしているか分からないほどで、いつも笑ってしまうのですが、途中で天外に「あなたね、どういうわけで喜劇脚本をを書こうという気にならはりました?」と逆に突っ込まれ、どぎまぎして「友達というものがいなかったので、孤独感というものがあって、それが始め…」とやっと答えると、すかさず天外が「そうでんな。おうち(の脚本)はどっかね、反逆と言わんまでも、反抗的なもんがどっかに流れている」と喝破していて、これは後年の花登ものを考えるとなかなかうがった見方と思います。終わりでさらに「おうちはまだ若いのやから、これからの上方喜劇における責任は大でっせ」と尻を叩かれていますが、のち天外が没し(83年3月)、それからわずか半年あまりで後を追うように、20以上も若い花登も亡くなってしまったのは、脚本書きに「呼ばれた」のかと思うほど(また笑)、何かしら因縁を感じます。


2017/01/04(水) 20:57:08 | URL | 権兵衛
コメントによって記事や他のコメントが息を吹き返しますので、
ここは時限的な事は完全に排除しているのです。
『大奥』も、当時見ていた大人が書き込んでくれる可能性は低いので、一つのコメントも貴重ですよね。

おぉ~。かなり貴重な情報をありがとうございます。
ワタクシは月刊プロ麻雀での花登先生のエッセイが好きでした(笑)。
花登さんは仕事やらはりすぎましたな。
慢性過労死でっせ……
2017/01/05(木) 20:40:11 | URL | ごいんきょ
新参者から失礼致します
拝啓 ごいんきょ様や皆様の、すさまじいばかりの記憶力とリサーチ能力に、もう何も申せません。やはり音楽を語る位しか残されていない様ですが。35年以上前、巨匠小川寛興先生に取材させて頂いた際、お礼と致しまして当時手持ちの限りの音源を進呈させて頂いた際大変喜ばれ「譜面はほぼパーフェクトだが音源は本当に少ない」と。現在ようつべ等で「細腕繁盛記のいわば総括的な映像」がほんの一部見られますが、此処のお越しの「混の村の村長(元)大村昆さん」が、こういった過去の映像を多数お持ちと聞き、期待しておりましたが、「ちびっこのど自慢 トンカチうた自慢」等はアップされておりますが、細腕繁盛記は難しかったのか?自分の記憶では、二十歳くらいまで(1976-7位まで?)は確実に再放送も行われていた記憶があるのですが、やはり日テレと読売は保存が悪いというのは本当でしたね。おそらくは「いじわるばあさん、全日本歌謡選手権」等とならんで焼却廃棄か上書きしたのでしょう。音楽で思い起こされるのは、アイキャッチャー?=前後のスポンサー名がクレジット&アナウンスされる箇所の音楽は「初期と後期2種類」ありました。共に基本のフォーマットは同じですが「マンドリン、ティパニーと弦、ハープ」の編成は、初期は何かミステークが目立ちますが、後期は弦の数も増えて良くなったと記憶しています(実はかなり後、沢口靖子主演のリメーク版でもこの曲が流された記憶がありますが)
「テーマ曲」は小川先生の曲の中でも3拍子の哀愁漂う名曲で、実はこのテイクも初期と後期で明確に違います。まずオーケストレーション編成は「スリーリズム、弦、ハープ、チェンバロ、マンドリン」等ですが、初期バージョンは「イントロでチェロが遅れた?為か、ティパニーに乱れが出る」のです。此処が残念でしたが後期ではきちんと修正されておりました。実はこの後「坂口良子主演の細腕一代記」と言う幻のドラマがありました。現在ほとんど知られず語られないのですが、やはり小川先生の名曲がサポートしています。この山水館のモデルになった旅館もとうに廃業してしまい、何か寂しい限りですが、当時は本当に良い時代だったと感じます。
2017/04/24(月) 11:33:48 | URL | よしたかくん
そう言えば崑さん方面から細腕の映像が出ませんね。
脇役だったから残されていないのかも。
或いは、花登さんとの関係悪化の際に上書きしてしまったとか(苦笑)。

言われれば、提供紹介音楽は変化が有った気もしますね。
第一回と最終回は残っているようですから、CMも含めて全公開してくれれば解決するのですが、
実現度は激低です(笑)。

2017/05/06(土) 00:45:44 | URL | ごいんきょ
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。