私的 昭和テレビ大全集
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11PM (1965)

該当番組画像募集


♪ パラリダバダバダバダバ パーシャバダバダ ドゥーワッ
  パッパッパッパ ダバダバ
  パラリダバダバダバダバ パーシャバダバダ ドゥーワッ
  シャバダバダバダバー(シャバダバダバダー)
  シャバダバダバダバー シャバダバダバダバー
  シャバダバダー パーシャバダバ
  シャバダバダー パーシャバダバ
  ダダッドゥ~~~~

あまりにも有名なラインダンス線画による絵とスキャットに始まった、深夜番組の元祖。
昭和の男子が昇ろうとする大人の階段のうちで、一際険しく聳えていたのが、
この『11PM』という番組をどのように視聴するかという難関。
働くようになって自立して、一人の部屋で自分だけのテレビ画面で、
この番組を初めて視聴したような軟弱者には、ワタクシは侮蔑の視線を送ろう。
勇者は、真の雄斗子は、親と一つの屋根の下に於いて、
如何にこの番組を視聴するか葛藤し、己の魂を磨いていったものである。

とまあ大層な出だしですが、何をか言わんや、実はワタクシも、
或る程度の年になるまで、この番組の視聴を実現する事はできなかったのでした。
夜の11時台に子供が見るようなテレビは、当時はまず無いわけです。
ニュース類にせよエロ番組にせよ、子供の見る物ではないと相場が決まっており、
慌ててチャンネルを替えての(こっち見てたんだよ)作戦の執りようも無い。
昭和時代男子には、非常に甘酸っぱい憧れを呼ぶ主題曲でした。

しかし、この番組も開始当初は、あくまでも夜の「ワイドショー」が売り。
NETが『木島則夫モーニングショー』で不毛とされた朝時間を開拓した事は、
当時のテレビ関係者にすれば、出し抜かれた思いがした事でしょう。
民放第一局の日本テレビは、このワイドショー路線に対抗すべく、
朝には子供を対象としたワイドショーである『おはよう!こどもショー』を、
そしてこちらは他局に先駆けての、夜11時台を開拓するワイドショーと、
ほぼ同時に始める事を決定したのでした。

度々書きますが、往事の日本人は就寝が早かった。
休日も少なかったですし、猛烈に働いていたし、娯楽は少ないしで、
仕事のために休息はなるべく確実に取るという感じ。
仮に朝の7時に起きるとすると、8時間寝るためには11時に寝ないとならない。
そんな時間に誰がテレビを見るのだと、当時は考えられておりました。
しかし井原高忠は、ただでさえ売り場面積の少ないテレビという媒体で、
この時間帯を開拓しない手は無いと、ナイトショーを企画します。

この際、「なんとかショー」という名前だけはやめようと言って、
みんなで相談している時に誰かが言った11時の英語読みを、
それいいじゃないと井原が言った事で、『11PM』という題に決まりました。
非常に単純だが、他には無い響き。
その頃の日本では「AM」「PM」という言葉は全く一般的でなく、
この番組が広めた概念だと言って良いのではないでしょうか。
当初は特にワイドショーという売りで、副題に「WIDE SHOW」と後々まで付けられ、
開始時間が11時からズレると、「+20」とか小さく付けられるようになります。

そんな井原高忠は、同時期に久方ぶりのバラエティーショー、
前稿の『九ちゃん!』を手掛けていた関係で、実質の切り盛りは
報道の後藤達彦が受け持つ事になったのでした。
それ故にか、当初の作りは頗る硬派。
朝の『モーニングショー』よりも堅い感じで、
働く男のためのニュースショーという作りのようでした。

内容としては、男性週刊誌を意識したものだったようで、初期は盛り沢山。
昭和41年5月9日より、一日一主題で構成するようになるのですが。
最初から月水金を東京・日本テレビ、火木を大阪・読売テレビで制作と分けてましたが、
最初の頃は読売の方が元気が良かったようです。
バーを設えた洒脱なセットに、曲がった時計の図を考案し、
唯一人開始から終了までを全うした藤本義一が仕切っておりました。
当初は竹村健一も候補にいたようですが、あまり清潔感が無いと井原が判断(笑)。

開始間も無く、関西を中心に当時のテレビ界では頭抜けて暴言発生器となっていた
今東光が、生きたナメクジを食して話題となりました。
また、木崎国嘉が医者タレントとして、珍妙な医学談義で人気を呼びました。
こうした大阪側制作の時でも、東京側で作った、徳川夢声による
007とかスリラーコントなどの朗読が、録画で付くという有様。
折角の生放送が活かせない変梃な構成となっておりましたが、
特に当時は、読売テレビは日本テレビに差を付けられていたのでしょう。

関東側初代は、読売新聞社員で『週刊読売』編集長の山崎英祐でした。
番組開始して3ヶ月ほどした頃、全日空機羽田沖墜落事故が有り、
山崎はこの時、いよいよ真骨頂発揮の場面と意気込んだと言います。
この時11PMは、CMを流さず報道に徹し、しかも45分時間を延長。
夜に生ワイドを持ってきた強みを、ここぞとばかりに活かして好評でした。
但し、例によってカスゴミの遺族への態度が、当時から問題視されましたが。

4月、山崎は小島正雄と交代。金曜日には大橋巨泉が登場します。
この巨泉こそが、関西に出遅れ気味の関東勢の救世主となりました。
11PMガールズも入れ替えられ、中でも由美かおるが一際注目を浴びました。
この時まだ15歳。児童福祉法など、まだ無かったのでしょう(笑)。
昭和42年になると関西制作で土曜日にも放送する事に。
土曜初代司会は曽我廼家明蝶でした。

読売制作が一日増えた代わりに、月一程度でその他の地方、
名古屋放送や四国放送、札幌テレビなどで制作するようになります。
尤も、この土曜放送はほんの一時的なものと終わってしまいましたが。
その後も昭和40年代後半に、『土曜イレブン』という題の兄弟番組が始まりますが、
こちらもそれほど長くは続かなかったですね。
土曜イレブンは、既に昭和40年代後半という時勢でもあり、
週末という事も有ってか、いつもより男性サービスのお色気を意識した内容で、
土曜だけに競馬も扱ってました。司会は佐藤允もやっておりました。

昭和43年、巨泉と共に金曜イレブンを担当していた浅丘雪路に替わり、応蘭芳が登場。
マグマ大使の妻、モルをやっていた人ですね。
そんな1月20日、小島正雄が現役司会者のまま逝去してしまいます。
急な事でしたが、取り敢えずの代役は巨泉が務め、彼はその後も月曜を担当。
小島がもう一日やっていた水曜の方は、堤妙子が半年やった後に三木鮎郎へと交代。
更にその後、愛川欽也へと固定されていきます。
ワタクシが後に見るようになるのは、このうち巨泉の日だけでした。
大体が金曜日で、内容によって月曜も見るという感じですね。

お色気路線がチラホラと出始めたのは昭和42年頃からと、割と早かった。
尤も、当時は金粉ショーとか水着、せいぜいが下着まででしたが、
カラーの頃になるといよいよ裸もボロロンと出てくるようになるのですね。
ま。ワタクシはまだお子様でしたし、何より興味無いしね、オゲレツ路線には(笑)。
大体、新聞に載る副題からして、けしからんのですよ。
「初めて見せるアノ部分」だの、「今夜見せますアノ場面」だのと、
なんで「アノ」とか片仮名にして何かありげにするのか。
どうせ映画紹介か何かだったと思うのですが。

でも、新聞を見ているだけの身とすると、身悶えする訳ですよ。
チクショ~~~とね。
見たい~~なんて事は全然思わなくて、なんとけしからんのだ~とね。
これはわしが見て、注意してやらねばならぬのに~~~と、歯痒い思いをしたのです。
猛烈に(笑)。
そんなワタクシがいよいよ初めて『11PM』にチャンネルを合わせた日は、
昭和55年5月16日(金)と、けっこう遅くなってしまいました。

何故、日にちまで覚えているのか。日記でも付けていたのか、11PMの初視聴を(笑)。
実はワタクシ、この少し前より麻雀にハマっておりまして、専門誌も買い漁ってました。
そして月刊近代麻雀誌上で、「11PMシチュエーション麻雀」の連載が始まったのです。
シチュエーション麻雀とは、古川凱章考案の麻雀見世物で、
まずは初心者4人が半荘を打ち、次に上級者4人が、先に終わっている
初心者組の打ったままの配牌、自摸山のまま打って、
初級者と上級者ではどのように打ち筋が変わり、最終形も異なるかを実験するもの。
ここから暫く、麻雀に詳しくない人には判らない表現が頻出しますが、構わず行きます(笑)。

既に、かなり以前に小島武夫が『11PM』で麻雀のイカサマ技を披露し、
そこから麻雀ブームが燃え盛って、阿佐田哲也・小島武夫らが出てきたという事は
知識として知っておりましたし、その後もしばしば麻雀を扱っていたのも知っていたので、
早くまた麻雀を扱ってくれないかなと待ち焦がれていたので、
この連載が始まり、またこの番組で扱われる事を知った時には狂喜しました。
そして、早速その週の金曜日にチャンネルを合わせたのです。
正に数日前から、一日千秋の思いで。

先程から「初めてチャンネルを合わせた」チャンネルを合わせた言っておりますが、
決して「初めて視聴した」とは書いておりません。
実は、待ちに待った放送時間になって画面に映ったのは、衆議院本会議場。
「ん?」と思って見ていると、「内閣不信任案可決!」とのテロップと、
苦渋の大平総理(当時)が大映しにされました。
なんと! ワタクシがあれほど待ち焦がれたシチュエーション麻雀、
そして記念すべき11PM初視聴の記念日は、大平内閣不信任案可決という、
政治史上でもそうそうはお目にかかれない特大ニュースによって吹き飛ばされたのです。

悔しかった。何故、選りに選ってワタクシの初イレブンの日に。
ま、翌週には何事も無く見られたわけですがね(笑)。
そのシチュエーション麻雀出演者は、初心者側が山下敬二郎だけ覚えていて、
上級者側は、阿佐田哲也、古川凱章、福地泡介、もう一人は畑正憲だったかな。
小島武夫はこの頃、金銭的な不義理をして巨泉と絶縁状態となっていたようです。
有り体に言えば、負け金を払わなかったと(笑)。
で、初級者・上級者それぞれ1局ずつ進め、その都度に巨泉が各自の摸打を解説。

対局している4人は喋らないのですが、流石に上級者の手筋は確かで、
阿佐田哲也などはリーチをかけた後に当たり牌を引いてきた時、
解り易く躊躇する素振りを見せて、危険牌だと判っている事を教えておりました。
この四人の打ち筋は、正にプロ級だったと思います。
ムツゴロウ師は、ここの皆さんには人の好さそうな「よーしよしよし」と
動物と触れ合うおじさんなんでしょうけど、ワタクシにとっては稀代の雀鬼(笑)。
雀魔王戦を連覇し、名人戦決勝に何度も残り、最高位戦予選首位の男なんですよ。

イレブン金曜日では麻雀はしばしば扱われたもので、何人かで数回打ち合った時も有り、
その時プラスだったのは小島武夫、大隈秀夫(第二期名人)、それに巨泉だけでした。
巨泉の手筋は言ってみれば経験豊富な素人で、運の太さで勝つ感じでした。
手筋だけで言えば畑、福地といった線からは一段落ちますが、麻雀では運も大きな要素でね。
先に書いたように、最初に麻雀を扱ったのは小島武夫によるイカサマ技の披露で、
これのツバメ返しの秘技がブラウン管で映された事は、麻雀界の一大事でした。

小島は顔も良く、喋りも達者だったため、そのまま固定出演のようになり、
初の麻雀タレントとなって、これまた初の麻雀小説で注目されていた
阿佐田哲也と結び付き、麻雀新選組を結成。
週刊大衆が麻雀名人戦を設立して、そこからどんどん麻雀が商売となっていくのです。
今の麻雀プロは中途半端ですが、その頃は麻雀タレントですね、言ってみれば。
五味康祐、三遊亭円楽といった有名人雀豪も麻雀指導のような対局番組を他局でやりました。

麻雀が過剰に長くなりましたが(笑)、大橋巨泉がイレブンで打ち出したレジャー路線は、
他にも釣り、ボーリング、競馬、ゴルフ等々、枚挙に暇が無い。
その多くが初めて本格的にテレビで扱われ、巨泉本人が玄人はだしの実技を披露。
ゴルフはシングルの腕前で、競馬は評論活動もし、ボーリングは高アベレージ。
しかし、その殆どを、巨泉はイレブンを始めてから本格的に始めたのでした。
努力して遊んだ巨泉は、画面上ではずっと前から上級者だったような顔で、
日本人のレジャー志向を高める啓蒙活動のような勢いでした。

だけに止まらず、月曜の方では時に応じて、「巨泉は考える」を放送。
難しい時事問題に自分の言葉(のように聞こえる台本読み)で斬り込む姿と、
ヌードを前にしてウッシッシと笑い、金曜イレブンで遊びに打ち込むその姿は、
ワイドショウ・11PMの具現者、そのものと言えたでしょう。
放送作家として参加したこの番組で、「野球は巨人、司会は巨泉」とまでなった男は、
この後も他の時間帯のクイズやドラマなどに出まくるようになり、
他局まで含めてどれも高視聴率で、彼の出演番組には『巨泉』の名が必ず付くように。
テレビならではの番組から、テレビならではのタレントが産み出されたのでした。

この番組には提供が有りません。NSPと呼ばれるスポット枠です。
理由としては、いろいろ批判に晒されるので広告出稿企業に迷惑がかからないようにか、
または、広告料を柔軟に頂こうという事なのか、よく判りませんが。
いずれにせよ、新規にこの枠を作って好調となった時には、
日テレ全社員のボーナス分くらいに稼いだと言われます。
スポットなので様々な企業がCMを出すわけですけど、取り分け忘れ難いのがサントリー。
番組の途中で、巨泉らが「お!?」と後ろを振り向くと、
ウヰスキーを注ごうとする女性がいるといった感じで、生CMが始まりました。

サントリーは生CMの他に、普通のフィルムCMも流していましたが、
中でも巨泉自身が出演し、歌まで歌っていたサントリービールが記憶に残ります。
♪ 旅行けば 旅は道連れビューティフル どいつもこいつも ドイツ人~
  ウイダバシャバ ウイダバシャバ サントリービール
CM中もシャバダバな番組だったわけです(笑)。
そして当然、終わりも。

♪ パラリダバダバダバダバ パーシャバダバダ ドゥーワッ
  パッパッパッパ ダバダバ パラリダバダバダバダバ
  シャバダバダバダバー(シャバダバダバダー)
  シャバダバダバダバー シャバダバダバダバー
  シャバダバダ ドゥーシャバダ
  ルールールール~~~
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この記事へ寄せられたコメント
中3の春でした
私が男になった記念すべき日は、中学3年生の6月1日、浅虫温泉にある、とある旅館でした。(笑)
 修学旅行の初日夜、3年5組の男子20人は、誰が言い出したわけではないのですが、11PMをみんなで見ることがすでに決まっていたかのごとく、テレビの前に大集合。「♪ パッ シュビヅバ シュビズバ ♪」とはじまったときの歓声は、今でも記憶に残っています。おそらく大部分が初体験(初視聴)だったんじゃないでしょうか。
 金曜イレブンのマージャン実践教室、高校生だったんで堂々と茶の間でみてました。記憶にあるのが、小島さんが2メンツ食い、白ノミの手なのに、二人のリーチ相手につっぱってあがったんです。それを解説した巨泉さんが「手の高い安いじゃなく、流れを大切に感じた勝負手ですね」みたいなこと言ってて、下りるとばっかり思ってた私は、マージャンの奥深さに驚いたものでした。
2014/09/17(水) 22:59:57 | URL | みのモンタナ
ストリップ劇場 ムードンコ
 何曜日だったか忘れましたが、不定期に、番組のかなりの時間を割いて、地方のストリップ劇場のステージを映していました。私は当時まだ入ったことがなかったので、ゾクゾクして見ていました。テレビでは映さない部分も、おおーっ観客だったらバッチリ見えてるのかぁ〜と異常に昂奮していました。浜カメリアさん(本名じゃないのでOKでしょうか)なんて群を抜いて綺麗でしたので本気でのぼせてしまい、ステージを見に行きたくなりました。熱海あたりの小屋の方だったでしょうか。
 昭和56〜57年の頃でしょうか、巨泉がニワトリ一羽を料理したこともあったような気がします。まな板の上の生の鶏一羽を前に巨泉が「アネット・ヘブンという感じですが」と言っていました。私はアネット・ヘブンの大ファンだったもので、何を言ってやがると怒ったものです。

 ムードンコという言葉(死語ですか?)もこの番組で『仕掛けた』んじゃないでしょうか。
 ずっと後期には今野雄二も(水曜?)司会していませんでしたっけ。藤本義一の日は堅い話題が多かったように思います。他の曜日も、よく社会問題をテーマにかなり突っ込んだ議論をしていたような覚えがあります。真面目な議論が白熱してる時に「ハイここでコマーシャル」となって、バニーガールがポーズを作ってる画面に切り替わりました。
 ガラスのテーブルを前に、出演者が水割りを飲みながら話してましたね。この人たち酔っぱらってるのか?と不思議に思っていました。

 シャバダバといえばこの番組で、『ピンポンパン体操』の「ちょっとだけ〜よウィ〜シャバダバ」も、この番組を暗示してたんじゃないでしょうか。ドリフの『全員集合』ではカトちゃんが
 それでは皆さんさようなら ♪シャバダバシャバダバ〜(中略)ルールールール〜とやって、長さんに「番組がちがう!」と怒鳴られるギャグをやったこともありました。
 シャバダバは有名ですが、CMに入るときの音楽は
 ファファファッファ〜レ ファファファファファレ
 ラソラソラ、ファ、ファ
じゃありませんでしたっけ。スキャット(歌詞?)は
 レリヨンダ〜ゥン、トゥ、マイハウス、ベイビー、(以下聞き取れず)
 だったと記憶しているんですが、他の大人向け番組のCM入りだった可能性も高いです。
2014/09/18(木) 02:25:29 | URL | あぶもんもん
台本
 すみません書き忘れました。
 ガラスのテーブルの上に各自が台本を置いて、ページを繰りながら話を進めているのが珍しいというか異様に映りました。
2014/09/18(木) 02:29:30 | URL | あぶもんもん
謎の男
まずは、井原忠高さんのご冥福をお祈りします。                で、本題ですが、11PM事態に関しては、殆ど記憶有りませんが、どうしても忘れられない人物がいます。大阪イレブンの時、生CMで、グラスにウィスキーを注ぎ持って来るおじさんがいました。それが当時聴いていた“コサキン”で話題になり確か関根勤さんが“ボトル爺”と、その人を(ラジオ限定で)読んでました。何時も笑顔を絶やさなかったボトル爺の正体は何だったのか、今でも健在なのか、この記事を見て気になって書きました。
2014/09/18(木) 03:32:45 | URL | かむい
堤妙子の出演は、志賀さんの著書によると「昭和43年2月21日〜8月28日」までの半年間だけのようですね。

この方、出演当時は銀座の高級クラブのママで、大阪の番組ホステスだった安藤孝子が芸妓出身という経歴だったためにそれに対する対抗策という意味合いから月・水曜(つまり巨泉さんの相手役)のホステス役に起用され、起用当初は週刊誌でも結構注目を集めたそうですが、どうも・・・テレビでは身構えてしまって本来の水商売で培ってきたはずのトーク術の本領が発揮できず、当初契約通り半年間で降板・・・と相成ったそうです。

朝丘さんは確か地方在住の医者と結婚してその間にお子さんが出来たことに伴う降板だったはずですが・・・結局色々とすったもんだがあって(笑)1年でで番組に戻ってきちゃいましたよね。

そういえば、今の旦那さんとの津川さんとの間に出来たお子さんは昭和49年の春?にお生まれになってるはずですが、その期間は誰が朝丘さんの代理をなさってたんでしょうか・・・。何となく巨泉さんがピンでやれ競馬だ、やれ麻雀だーと気勢を上げていた感じもしますが(笑)。


2014/09/18(木) 05:11:02 | URL | (ハンドル未記入)
秘湯の旅
11PMときてまず真っ先に出てくるのが
「大阪よみうりテレビ」の火曜イレブン後半のコーナー
「秘湯の旅」ですなあ。

中身としてはまあ、
「うさぎちゃん」と呼ばれる女性リポーターが実際に温泉に入ってリポートするコーナーでしたね。

秋田県の「乳頭温泉」のときは
色々な意味で!!!の感じでしたなあ。(苦笑)

そういえば裏でプロ野球が延長したとき「今日のホームラン」と「秘湯の旅」の時間が重なってチャンネルを替えながら、ということもありましたなあ。

あとは
「画面をいっぱいに使うリポート」のタージンさんや
「夜の高級クラブ風」の松居一代さん
も印象大ですかね。
2014/09/18(木) 22:57:11 | URL | yig
● みのモンタナさん
我々は、プレイガールで興奮のるつぼでしたね~。
例によってワタクシが雄斗子として先頭を引き受けていたので、
教師が入ってきた時も、ワタクシが目立つ恰好になってしまっており、
「~~が悪いんだな」と吐き捨てられてしまいました。
ああ、そうだよ。言い訳はせんわ。雄斗子だからな(笑)。
あれで無粋教師が来なければ、『11PM』まで雪崩れ込んでいたのは間違い無いですが。

おー。麻雀の話を出来る人がようやく現れて下さったとは。
小島さんがノミ手で2副露? それもテレビで?
ちょっと有り得ないのですが、おそらく初心者向けの解説という事で、
敢えてこういう時にはこう打つのが正しいのだというのを見せたんでしょうね。
トップ取りの時だったんでしょう。


● あぶさん
ストリップは見たかったですね~、ワタクシも。
何時でも見られると思っているうちに、小屋があらかた無くなってしまいました。
非常に残念ですが、浅草の昔ながらの上品なストリップ+コントなら今でも見たいな。
「ムードンコ」はよく言いましたけど、この番組からですかねー。
でも、この番組で使わなくてもみんな使ったかと。
「ツンパ」とかワタクシ普通に使ってましたし。
今野さんはサブ司会だったようですが。
水曜とか関西の日は、あんまり面白く感じなかったなあ。
水曜に「手塚治虫特集」の日が有って、それはビデオで見ましたが。
そう言えば映画特集も多かったな、水曜イレブンは。
台本を当たり前にめくりながら、読みながら進めてましたね。
でも不思議なもので、ああ堂々とやられると、進行だけが書いてあるのだろうと勝手に思ってました。
実際には、コメントもけっこう書いて有ったんですよね。
ただ、出演者はそれが気に入らないと書き直してもらうのでしょうけど。
「巨泉は考える」の締め言葉を巨泉さんがそのまま喋ってくれた時などは、
作家としたらしてやったりの思いだったようですね。
出演者の役割、性格、普段の言動などを加味して、最適な言葉を用意していたわけです。


● かむいさん
野村頻紹さんというらしいですけど。
いましたねー。関東でも概ね男性がやっていたかな。


● 未記入さん
堤さんの期間は、それで間違い無いです。
但し出演曜日は水曜だけで、月曜は巨泉さんがそのまま引き受けました。
巨泉さんも1回かそこらは臨時でやったかと思いますが、
どうしても月水金だとキツかったんでしょう。
朝丘さんはすぐ戻って、「ボイン」という言葉を巨泉氏に吐かせる事になるわけですが(笑)。
二回目の出産の時はどうしたんだろう。きっこさんとか出てそうですけどねえ。


● yigさん
有りましたねー、秘湯の旅。
ああした温泉紀行ものの元祖だな、そう言えば。
うさぎちゃん、いたなあ(笑)。
乳頭温泉なんて有るんですか(笑)。
タージンさんや松居さんも懐かしいですね。
松居一代さんはその後、ヌードにもなってくれましたっけ。
2014/09/19(金) 07:09:37 | URL | ごいんきょ
ネット受け拒否
この番組も所謂お色気番組の例に漏れず、一部の地方局からネット受けを拒否されるケースが相次ぎました。
その第一号となったのが青森放送です。聞いた話では、1977(S52)年頃のことだそうで、従ってみのモンタナさんが浅虫温泉(青森県)で観たというのは、それ以前のことだからではないかと思われます。
一方私は、79年に修学旅行で十和田湖畔のホテルを利用したのですが、前述の理由により観られず仕舞でした。

参照URL(4番目の記事です)
http://www.geocities.jp/xmqbk533/childhood/5.html

その後も、その地域の老舗局を中心にネット拒否の動きは続きました。
中でも高知放送では、ネット受けしていた頃も月・水・金(日テレ制作分)のみのネットで、火・木(YTV制作分)は流していませんでした。確か、80年代初頭にイレブンのネットが打ち切られ、代わりにプロ野球ニュースがネットされていました。

こんな風に、一部の地方局からはネット拒否を食らった形になりましたが、番組プロデューサーとしては、自分が手がけた番組には絶対の自信があったのでしょう。過激な発言や、局部が映り込んだりした時には警察に呼ばれることもしばしばだったそうですが、その度にプロデューサー氏は「ちょっくら警察まで喧嘩しに行ってくらあ」と現場スタッフの前で豪語していたといいます。
このように、権力者に楯突く事を止めてしまったことも、今日のテレビを堕落させた遠因ではないかと思います。
2014/09/20(土) 21:28:26 | URL | うみがめ
追記
地方局の放送拒否なんて有ったんですね。確かに私らが浅虫でイレブンを見たのは71年のことでした。
 いやー、あぶもんもんさん、ありがとうございます。お久しぶりのアネット・ヘブン、私も好きでした。それこそ76年ころに、イレブンで、「ポルノ女優ベスト10」という企画をやったんですけど(といっても2回しかやってない)、1位はアネット・ヘブンでした。ちなみに2位は確かシャロン・ケリーでした。この女優さんも、けっこう好きでした。いい時代だったなー。
2014/09/20(土) 23:54:46 | URL | みのモンタナ
あ、水曜は堤さんが単独で司会をなさってたんですね・・・道理でどの資料見てもこのときの水曜の男性司会者の名前が出てこないはずだわ・・・(汗)。

あと、月曜の巨泉さんの相手役は最初の1年ぐらいは番組カバーガールの沢知美さんがなさっていたみたいですね。彼女の起用例の成功があって、のちに三木鮎郎登板後の水曜ホステス・ジューン・アダムスにジュディ・アントン、月曜の後任の松岡きっこ、愛川欽也の相手役だった立木(秋山)リサ、かたせ梨乃・・・と内部登用のレールが暫く敷かれるようになったみたいですが。
2014/09/21(日) 04:43:10 | URL | (ハンドル未記入)
全日本のプロレスラーが登場した時
愛川欽也の回に、馬場、鶴田、天龍、ザ・ファンクス、ブロディなど、全日本のプロレスラーが多数登場した時がありました。テリー・ファンクが(1度目の)引退をする直前でした。
愛川自身、プロレスを全く知らないということで、山口良一がスペシャル司会者として、進行を務めていました。
大仁田厚が、レコード(当時はCDではなかった)を出したばかりの曲を歌い終えたとたんに、大熊元司が「俺にも歌わせろ」とマイクを取り上げ、「女の意地」を切々と歌いました。隣にグレート小鹿も、いました。
2014/09/21(日) 20:08:38 | URL | ワン太郎
● うみがめさん
東京と地方では、特に昭和50年代頃までは、倫理観というか
そういうものの許容度に差が有ったでしょうからね。
一回、風呂場だかの場面で下の毛が映ったとかで呼ばれたらしいですね(笑)。


● みのモンタナさん
ポルノ女優ベストテンかあ。見たかったなあ、民俗学的に(笑)。


● 未記入さん
そうですね。単独と言いますか、相手役はおそらく据え置きだったと思うのですが。


● ワン太郎さん
(1度目)ってのがいいなあ(笑)。清水健太郎みたい(爆)。
実際、テリーの引退詐欺にはいい加減にしろって思いましたけどね。
あの芸風は大仁田厚に引き継がれた気が(笑)。
その大仁田さんも出て、しかも歌ってましたか。
いやあ、録画しておきたかったな。
山口良一さんは、新日派だったような気が(笑)。
2014/09/23(火) 23:48:06 | URL | ごいんきょ
きょうの出来事からのギャップというか落差が
何せ日本一の鉄面皮たる小林桜井両氏のニュースの後にこれだったのでその落差はニューステとトゥナイトの場合よりも紅白と行く年来る年の場合よりも大きかったのでは?

今23時のニュースの後bs11の純萌え系のアニメを見ると少しだけそう感じることもあるけどやはりこりの落差にはかなわない
2014/09/27(土) 14:49:06 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
正に硬軟織り交ぜって感じですよね。
「面白真面目4チャンネル」ですか(笑)。
2014/09/28(日) 10:04:57 | URL | ごいんきょ
ベストテン
 みのモンタナさんの書かれた「ポルノ女優ベスト10」、私は見逃しておりました。いや〜見たかったです。シャロン・ケリーという片仮名を見ただけでビビビッときますね〜。新聞の折り込みの映画館のチラシ、薄い紙に赤一色の広告、一番下の一館には独得のロゴで「シャロン・ケリー」。本当にいい時代でした。
 それで思い出したんですが、洋ピンの他にもベスト10を時々やっていたんじゃないでしょうか。記憶にあるのは、男から見て昂奮する女性の下半身の下着の色。一位は白だったかな。出演者一同、驚きの声が。
 もう一つはバストの形の良い女優ベスト10。アグネス・ラムが入っていました(一位だったかも)。
 アンケートに基づいたベスト10ということでしたが、一体どこで何人ぐらいを相手にアンケートを取っているのだろうと思っていました。たしかバストの綺麗な女優ベスト10は若者だったか大学生に聞いたアンケートでしたが、巨泉がアグネス・ラムについて「若い奴らには分からないんだ。これビキニ取ると垂れてるよ」(不正確ですが)みたいなコメントをしていました。
2015/03/16(月) 18:52:16 | URL | あぶもんもん
性教育ビデオ
総集編みたいなもので視覚障碍者のために、ボランティアの男女の学生2人が、全裸モデルになって、性器を障碍者に触らせるビデオの紹介が記憶に残っています。
 調べたところ、そのビデオは実際に学校教材で販売されていたことがあるというもの。決してエロだけに走らず、情報収集や教育問題に長けていた番組だったのでしょう。
2015/03/17(火) 22:28:53 | URL | 常連
かたい話
 私はイレブンと言うと、裸はもちろん出るけど固い話が多い番組という印象でした。
 昔「すくすく」という名の、子供を持つ親が対象の雑誌があって、なぜか家に一冊だけ、子供の性の発達特集号が買ってありました。まじめな内容なんですが、若者の匿名の告白も載ってました。忘れられないのは痴漢に遭ううちに快感を覚えるようになったと言う女子高生の話。最初の頃はいやだったけど、しまいには
「用も無いのにわざと混んだ電車に乗り、男の人に胸やお尻を押しつけるようにします。たいていの人はモゾモゾと触ってきます。その気持ちのよさは、何とも言えません。」
 インターネット全盛の今はどこにでも転がっているエロコピペみたいで、当時の私も嘘くさいな〜大人の男が書いたんじゃないかなと思っていました。
 同じ頃イレブンで若者の性の特集をやり、そのコーナーのオープニングで街頭風景のビデオを映しながら、この告白手記が朗読されたのを聞いたときはびっくりしました。雑誌のことは言っていなかったと思うので、こうなると本当にコピペですね。
2015/03/18(水) 14:22:05 | URL | あぶもんもん
Powers of ten
「ポルノ女優ベスト10」、あぶもんもんさんがおっしゃるように、誰からのアンケート結果なのか、一切触れてませんでしたね、そういえば。(笑)
 この番組の終了が決まったとき、特集を組んで、昔の映像ながしてたんですが、その一場面で来日したシャロン・ケリーが写ったんですよ。ちょっと胸踊りましたね。
 確かに、けっこう固い放送もありました。とっても記憶に残っているのが「Powers of ten」の紹介でした。ある晩、金曜イレブンだったと思うんですが、アメリカで制作された科フィルム「Powers of ten」が上映されました。衝撃的でした。言葉で説明しにくいんですが・・・セントラルパークに寝そべるひと組のカップルを真上からとらえる映像から始まります。テレビ画面がほぼ1㎡をとらえます。どんどんカメラが離れていきます。1秒後10㎡、2秒後に100㎡という具合、数秒後に、画面いっぱいに地球が映し出されれます。それも遠ざかり、きらめく太陽があらわれ、太陽系全体が、そして、銀河系が、やがて、ひとつひとつの光は星ではなく、すべてが銀河となります。そして巨大な白鳥座の大星雲群があらわれ、「今、我々がわかっている宇宙のはてです。」と語りが入って画面停止。語りが「帰りは10倍のスピードで地球に戻りましょう」。もうワクワクしてみるしかありません。やがてカップルの真上に戻るんですが、そこで終わりではなく、どんどん今度は拡大してぃって、皮膚の中に入っていってひとつの原子に入りこんで、さらに原子核と電子が画面に、さらに原子核のなかに入ってすこしすると語り「この先はまだ謎です。しかし人類はさらに解明を進めるでしょう」と言って終わり・・・という感じなんです。臨場感伝わったでしょうか。
2015/03/22(日) 02:01:32 | URL | みのモンタナ
物集高量
 「百歳は折り返し点」の物集高量が百歳を越えた頃だったと思いますが、スタジオに来たのではなくて、お宅に行って撮ったビデオを番組で流したことがありました。うろ覚えなんですが、秘蔵の写真だったか絵だったかを披露していました。ボカシが入っていたはずですが。物集氏いわく
「だって男なら誰でも見たいものでしょう?」
 ビデオの後で巨泉のコメントがよかったです。
「『男なら誰でも見たいでしょう』 まったくその通りですよ。猥褻だなんだって取り締まってる裁判官たちに聞かせてやりたい。裁判官なんてみんな物集さんの孫みたいな歳ですよ」
2015/04/23(木) 01:21:10 | URL | あぶもんもん
昭和46年ごろ、ビキニの女性が自分の足元の方からリズムよく手のひらをたたいていたのを覚えています。時間的に11PMの可能性が高いです。
2015/06/12(金) 20:43:14 | URL | 名無し
● あぶさん
昔のランキングって、選考過程とか調査数とか、まったく触れませんでしたからね。
極端な話、構成作家の頭の中で組み立てただけのも有ったかも。
巨乳が少しくらい垂れ気味だって、価値は減らんでしょう。少なくともワタクシには(笑)。
痴漢体験談は、男の悪戯投稿の可能性が高いのでは。
物集高量とは凄い名が。いかにもイレブンという感じです。


● 常連さん
常連でない人が「常連」とは名乗らないでしょうから、きっと常連の方なんでしょう。
江口以蔵さんじゃないですよね?(笑)
性器を障害者にですかあ。切実な話ですね。


● みのモンタナさん
ほ~。当時としては、なかなか面白い映像だったでしょうね。
今ではそれほど斬新な切り口でもないと思いますが。
ただ、イレブンで何故?という。それも金曜ですか。


● 名無しさん
どうでしょう。
昭和46年のイレブンなんて見ていないのでわかりませんが、
他にご記憶の方はいらっしゃいますかね。
2015/06/14(日) 21:58:25 | URL | ごいんきょ
大胆ポーズに悩殺されました・・・
「ミスコンさんいらっしゃい」というコーナーが有りました。
毎回、ミス〇〇のオーディション(水着審査)映像がリポートされ、出演者が、誰が優勝したかを予想、最後に優勝・準優勝者ぐらいの2~3名が水着で登場していました。
その中で忘れられないのが、「ミスラウンドガール」です。
キックボクシングのラウンドガールを選ぶコンテストで水着審査では、ハイレグ水着、テカテカのパンスト着用、白のハイヒールという出で立ちで〈〇Round〉と書かれたボードを高々と持っていました。
その中の1人は水着姿のままで大胆・無謀にも片脚を上げ、蹴りを入れるポーズを取っていました。
大胆ポーズの甲斐が有り、彼女が見事、優勝していました。
スタジオに来た長身、スタイルの良い彼女の水着を間近に見て皆、大喜び!!
2015/06/20(土) 08:04:46 | URL | ガン見男爵
しかし、ハンドルが可笑しいな(笑)。
へー。そんな趣向は記憶に有りませんが、
水曜イレブンっぽいですね。
水着で興奮できたんだから、のどかな時代でした。
2015/06/20(土) 19:49:01 | URL | ごいんきょ
ユー&エクスプロージョンバンド
最近見たようつべで見たのですが、
水曜イレブンのエンディング(スタッフロール)の部分で
「ユー&エクスプロージョンバンド」
(”るぱん ざ さ~ど”でおなじみ
大野雄二さんのバンドですね)
が生演奏していたのがありました。

これが毎週だったのかこの動画の回
のみなのかはよくわかりませんが
このバンドの演奏自体見たことがなかったせいかちょっと驚きでした。

この動画、あまり深く話そうとすると暴走しかねないのでその他のことは
また別の機会で。

https://www.youtube.com/watch?v=h3zQlsnHsTE
(8:40くらいのところで)

(おまけ)
11PMでのCMといえば、
CM前のカバーガール登場シーンで
3回目か4回めは必ずトヨタの車を
バックにしてポーズとってましたね。
2015/08/09(日) 01:16:23 | URL | yig
いやー、これは魂消ました。
まさか実演奏動画が有るなんて。

む。
そう言えば車のボンネットだかに乗って足を組む姿が蘇る。
トヨタだなんてまったくわかりませんでしたが(笑)。
2015/08/24(月) 02:43:20 | URL | ごいんきょ
梢ひとみ
 昭和50年か51年、梢ひとみ特集の回(ワンコーナー?)があったと思います。本人が出演していたと思うんですが記憶が薄れていて、それより覚えているのは、その回で流れたプロモーションビデオで、といっても裸はあまり出てなかったと思います。
「(ナントカカントカ)は? 梢ひとみ。」
とQ&Aが繰り返される連呼型の宣伝でした。「梢ひとみ。」の部分は画面の本人が答えるという。私は残念なことに梢ひとみ嬢の出演作はほとんど見ていませんが、売れっ子でした。
 当時、国語の教科書に「青樹の梢をあおぎて」という詩が載っていたんですが、クラスの青木という男が「俺も梢ひとみをあおぎてぇ」とボソッと呟いたのが可笑しかったです。団扇であおぐのか下からあおぐのか、聞き忘れました。
2015/09/01(火) 16:44:57 | URL | (ハンドル未記入)
「果肉のしたたり」とか、昔の映画題は文学的だったなあ(笑)。
「わななき」とか、間二文字を重ねるのが利くんですかね(笑)。
2015/09/09(水) 00:36:52 | URL | ごいんきょ
藤本義一さん
昭和50年代半ば、木曜イレブンは定期的に地方局から放送していましたね。実家が某地方局のすぐ近くにあり藤本さんの局入りを何度か目撃しました。近くにいた人が「いつも見てますよ」みたいな感じで声をかけたところ、気さくな関西訛りで「ありがとう」と返していました。作家にありがちな(私の偏見)気難しさは感じられませんでした。因みに当時のホステス松居一代さんの入りは見たことがありません。
2015/09/27(日) 21:41:53 | URL | とらお
昭和40年代にもそんな試みが有ったように思いますが、
50年代にもやってましたか。
藤本さんは、アパッチ部落のドラマを作ったくらいですからね。
お高いはずが無いのです。
2015/10/05(月) 01:36:28 | URL | ごいんきょ
女相撲
藤本センセイ司会の大阪イレブンといえば、これを忘れては罰が当たります。初代横綱は後にタレント・女優として売り出した大井小町。いやその強かったこと。「ひがあしいい、おおいーこまちィー」と、ちゃんと本格的に美声の呼び出しまで付いていた(笑)。力士は上はもちろん丸出しでしたが、下はまわしまで付けていたかどうかは記憶が曖昧で。これぞ江戸の伝統を継承する価値ある試みで、ぜひどこかで復活を望みたいところながら、こんなケチ臭い世の中に変貌してしまっては、もう無理でしょうな。

因みに小町関は、少し後に「俺はあばれはっちゃく」で、ドスコイ少女・ケイコちゃんの母親役でゲスト出演していました。
2016/04/29(金) 04:57:49 | URL | 権兵衛
またまたまた貴重なお話がてんこ盛り(笑)。
ワタクシから見るとお上品だった関西イレブンですが、そういう企画が有ったのですね。
どうもエロで視聴率が稼げるとなってからは、
地方制作にもその手の番組制作しろという圧力が掛かったといい、
東北の曲なんかは辟易していたようですけど、
なんとか副題をそれっぽくしたりして中央の意向に応えていたりしたようです。
2016/04/29(金) 13:26:20 | URL | ごいんきょ
札幌イレブン
関西イレブンが札幌に出張する形だった記憶があります。

その札幌イレブンで「ススキノ風俗レポート」の企画がありましたが、レポーターとして登場したのが、当時北海道の中高生に人気のラジオ番組「うまいっしょクラブ」のパーソナリティも務めていたSTVの明石英一郎アナでした。
その明石さん、「うまいっしょクラブ」の番組内で「11PMで風俗レポートするから見ろよ」と告知しちゃったものだからリスナーの中高生が11PMを見てしまい、PTAから苦情が殺到したという珍事もありました。

11PMの思い出、北海道関係ではばんえい競馬で協賛レース「11PM杯」ってのもありました。
2016/11/16(水) 23:12:13 | URL | TSUSHIMA
かなり後期と言うか、末期の話ですね。
調べたらラジオの深夜番組のようで、べつに子供向けの番組でもないのにねえ。
それに、子供たちが「うまいっしょクラブで言ってたから」って親に言ってから見たんでしょうか。
そんな訳ないですよね。
おそらく、PTA筋の作り話で圧力かけたんでしょう。
2016/11/20(日) 01:00:52 | URL | ごいんきょ
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いやあ〜こういうのがあるとはね…
2015/09/18(金) 00:41:19 | Mr.yig
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