私的 昭和テレビ大全集
Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日

02 | 2017/03 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -



インスピレーションクイズ (1967)

該当番組画像募集


ワタクシにとって、ロイ・ジェームスは忘れられぬ司会者です。
晩年ではラジオの『不二家歌謡ベストテン』という事になりますが、
ワタクシが子供の頃は、彼はクイズ番組の司会をよくやっているという感覚でした。
クイズ・ゲーム番組というのは、それこそ再放送なんて昔は絶対に無いですし、
正に一期一会の垂れ流し、本放送の記憶しか無いため、
各種媒体で扱われる事が少なかったので、再検証が難しいものでした。
そのため、ワタクシの記憶の中のロイも、なんという番組の司会をしていて、
いつもウイズ番組ばかりやっているという感じで見ていたのか、
けっこう以前からの個人的な課題というか、疑問だったのです。
それに今回、初めて着手してみようという事で、個人的に楽しみなのですが。

最も記憶に残っているのが『赤白パネルマッチ』で、それも遠くない将来に扱いますが、
それにしてからが、記憶はかなり朧な状態。
それ以前から何故ロイはクイズの司会をよくやっていると思ったかという事は、
今回の調べで、おそらくそうであろうという番組に突き当たりました。
それが今回の『インスピレーションクイズ』と、後番組の『チャンス・チャンス』。
題名はどちらもまったく覚えてませんでしたが、『チャンス・チャンス』の内容は、
正しくワタクシの印象に強く残っている画面そのもの。
であれば、前番組のこれも見ていて、それでロイ司会クイズが続いたので、
ロイ・ジェームスはクイズ番組が多いという記憶になったのでしょう。

で、取り敢えず『インスピレーションクイズ』の方ですが、
題名からなんとなく察しがつくように、直感的に当てていくクイズ番組。
なんとなく察し云々は今だから言う事で、当時は「インスピレーション」
なんて言葉は正体不明で、この番組から広まった言葉ではないかと思うんですよね。
直感的すなわち、知識も記憶力も不要で、勘の良さが最もモノを言う、
その手のクイズ番組の元祖のようなものでもありますね。
初代司会は、『鉄道公安36号』などに出ていた三田村元。
ただ、ワタクシは名前すらまったく覚えておりませんが。
彼の出す問題に、5人の出場者が矢継ぎ早に回答を捲し立てていくものだったかと。

二百万円也で制作した特製のスライディング・ボードというものが、
回答者席の前に設えられ、その上を二万円から五十万円までの賞品が、
いろいろ現れては流れて消えていくという趣向。
その二十秒の間に正解が出ないといけないというもので、
第一ランプの最初の5秒で答えられたら、別に3得点が加算され、
第二ランプの10秒までだと1得点、その後は加点無しという決まりでした。
更に1点につき千円の賞金も付き、10点以上となると、
賞金の他に副賞として、BOAC機によるハワイ旅行も貰えるという豪華なもの。
この頃、大正テレビ寄席とかもそうですが、NETは露骨に
賞品の豪華さで客を釣るような番組が目立った感じ(笑)。

いつから司会がロイになったのかはよく判りませんが、
昭和42年5月5日に始まった番組で、少なくとも9月までにはロイに交代、
そのまま昭和44年9月いっぱいまで二年以上ですから、
ほとんどロイ・ジェームスの番組だったわけです。
ロイの指名が度々遅れると指摘され、その人はABCで呼んだらどうかと
提案しておりますが、この辺は、後にアタック25とかでは色分けしたりと、
昔は直接名前で指名していたのが、様々な形で区別するようになっていきました。

最後には視聴者に「宿題」と称して、賞品を付けたクイズを出題。
二週間後に正解と当選者を発表してました。
クイズ番組で「宿題」と称して視聴者に出題して終わる形は多かったですが、
この番組がその始まりだったのでしょうか。
ただ、正解発表で本当に正解だけを発表していたため、
問題を忘れてるから問題も先に言ってから正解発表してくれと要望が有りました。
この要望を受けて、司会のロイも賛同し、昭和43年10月からは、
そのように発表の際は、問題と答を共に読み上げるようになりました。

昭和43年11月9日は、ちょっと珍しい「司会者大会」。
今泉良夫が大活躍して、とんとん拍子で外国旅行を獲得し、
知識の豊富さと勘の良さを見せつけたものでした。
とは言え通常は、時間に追い立てられるためか、正解されず終わる事も多かったようで、
問題が難しいのではないかという指摘もしばしばされました。
ワンヒントクイズとか、一つのヒントが有ったりするのですが、
それでも出題範囲が広く、どんな分野の問題なのかも判らないため、
なかなか対策を絞りきれなかったようですね。
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
提供:西武百貨店
スポンサー情報です。

提供は西武百貨店でした(Wikipediaより)。

でも、当時の西武百貨店のCMというのは想像つかないですね。

やはりセール関係か、企業広告のようなものでしょうか。

PARCOのCMは’70年代になってからだし、「おいしい生活」や「不思議、大好き」などの有名なCMは’80年代の作品です。

ちなみに、西武百貨店と西武鉄道の関係は、今よりは密接でしたが、当時の西武鉄道は、テレビCMを放送していませんでした。
2014/10/10(金) 22:48:08 | URL | 10000k
スポンサー
MBSでは阪神百貨店提供でした。CMについては一切わかりません。
百貨店の事でしょうから、おそらくCMソングを添えつつ催事紹介や提供日をアナウンスするだけだったのでしょう。
2014/10/11(土) 02:32:31 | URL | 鳥飼
面白いなあ。
関東と関西で違う百貨店が提供していたというのは。
有りそうで、実際には例を聞いた事が無いですね。
2014/10/13(月) 11:49:12 | URL | ごいんきょ
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ