私的 昭和テレビ大全集
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レ・ガールズ (1967)

該当番組画像募集


♪ ゴー ゴー ゴー
  ミニミニ
  ゴー ゴー ゴー
  ミニミニ
  ゴー ゴー ゴー
  ミニミニ
  ゴッゴーギギッギ~


4人のうら若き女性たちが、肢体も露わに、
ちょっと屈むとお尻から御パンツがはみ出してしまうのではというくらいの
超ミニミニスカートでもって、鉄骨やぐらの上で歌い踊りまくるOP。
テレビの前で思わず前屈みになってしまったお父さんお兄さんが、
当時は沢山いらっしゃった事かと存じます(笑)。
そこで今回は、滅私の低俗文化研究者であるワタクシが、
そんな卑賤な輩どもに合わせまして(笑)、ミニスカート史を解説しましょう。

昭和37年中頃のAP電にて、ロンドンに史上最も短いスカートを履いた
娘たちが出現したと伝えられたのが、ファッションとしてのミニスカートの最初でしょう。
膝上15cmから20cmの集団を報じたその記事の中で、1970年までに
スカートはヒップと膝の中間まで上がるでしょうと予言されたのですが、
その頃の男どもは、半信半疑と言うよりは、1信9疑くらいで聞いたに違い有りません。
殊に、西洋人はともかく、大和撫子がそんな事態になるなど、まず有り得ないと。
以後、その話は一時的にそれほど出なくなるのですが、昭和41年春頃から、
ついに外伝からのミニスカートに関する話が増え出すのです。

それが日本でも少しずつ浸透してくるのですが、ロンドンやパリでは
膝上20cmくらいまで行っていたのが、日本ではまだまだ膝上5cmほど。
それでも、日本女性の間でここまで流行るというのは、大方の予想外だったと思います。
そして翌昭和42年には、本格的に根付いていきました。
中でも、美空ひばりが夏前に発表した『真っ赤な太陽』で膝上ミニで登場した事は、
日本中の度肝を抜いたのでした。我が両親も、あのビデオが流れる度に、その事を語っておりました。
日本でのミニの伝道師は、野際陽子と美空ひばりとツイギー。いずれも昭和42年の事です。

野際とひばりにやや先を越された形となりましたが、夏真っ盛りの8月4日、
既にその名声轟いていた西野バレエ団四人娘、金井克子、由美かおる、原田糸子、奈美悦子が
初めて揃い踏みするという番組、この『レ・ガールズ』が始まりました。
番組紹介の写真を見た殿方は、これまたぶっ魂消た事でしょう。
ひばりなんぞ問題にならない、膝上25以上もあろうかという
超々ミニで踊る四人が写っているのですから。
卑賤な輩どもの下卑た視線は、滅私の低俗研究者であるワタクシにはよく解ります(笑)。

一応番組としましては、往時の日テレがお得意としていたミュージカル・バラエティーで、
映画パロディなどやったミニ・ミュージカル、マー坊という人形と絡むコント、
ヒットソング、ショーナンバー、みんなで踊ろうといった5つの部位から構成され、
それぞれを4人が交代で受け持つという趣向でした。
みんなで踊ろうはその名の通り、募集した視聴者も一緒に踊るもの。
この視聴者参加で踊るというものも、日本テレビの伝統(?)番組でした。
そして冒頭のように、OPでは4人がやぐらの上で踊るという…。

この鉄骨やぐら、3m、2.5m、1.5m、1mと低くなっていく4つの台からなり、
台の上には2m四方の透明な板を敷いた鉄骨やぐらを置いておりまして、
この上で4人が踊る訳です。即ち必然、下から煽る視線。
それで、激しいゴーゴーを踊るわけですから、下卑た連中はさぞ喜んだ事でしょう。
このやぐらの他に螺旋階段、30本ほどの棒の垣根などが有り、
これらを回によって組み方を替えて、ちょっとした目先を替えていたのでした。
こんなけしからん番組、提供は何処だと思ったら、花王石鹸でした。
うーむ。『踊って歌って大合戦』とか、意外と攻める姿勢の企業だったのかも。

11月24日より、第五の新人として江美早苗が加入して五人娘に。
更に固定出演者として、晴乃チック・タック、ザ・フラッシャーズ、ザ・ウインキーズなど。
ジャガーズも出ていたようですが、まだ歌は歌わせて貰えず、演奏担当でした。
この年はカラー放送10周年という事でしたが、それに相応しい賑やかな色調の番組で、
裏のTBSでも同系統の『歌うバラエティー』をやっていたものの、
艶やかさという事では、どうしてもこちらに軍配が上がったようです。
こんな番組放送されたら、そらカラーで見たくなりますよね、下卑た男どもは(笑)。

そもそも西野バレエ団というのは、テレビの世界では日本テレビ系の関西局、
読売テレビが発掘した大阪のバレエ団で、開局当時の
『バレエ・オムニバス』という番組がテレビ初登場。
その時、金井克子はまだ12、3歳の少女だったわけです。
準教育局だった当時の読売テレビならではの、バレエタレント発掘でした。
次に由美かおるが、既述『11PM』で、やはり15、6歳という頃合いで登場と、
西野バレエ団と読売系列の繋がりは、非常に深いものが有りましたね。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
見えそうで見えない
一番のお気に入りは奈美悦子様でしたね。美しさが際立ってたように小5の私には見えたんですけど。逆に、どうもだめだったのは、金井克子さんでした。なんかおばさん臭がただよっている感じがあったんですよ。
 でもってミニスカートはいて踊り狂うわけなんですが、期待したほどパンチラがないんですよ。いや、しょちゅうパンチラしてたんですが、あの程度のパンチラではまったく満足できなかったというのが正直なとこだったんですよ。じゃ、どんな踊りなら満足だったかというと、長いスカートはいてターン、それも何回も回るのが、よかったんです。あれってパンチラっていうより、パンツ丸見えって感じだったんですよ。あれがじつはパンツではないと理解するまで、それに伴う変な興奮が収まるまでに、数年を要しました。
 このレガールズのメンバーと初代引田天功で、探偵みたいにチャーリーズエンジェルよろしく、事件解決するドラマ、このあとやってましたよね。なんという題名だったんでしょう? 教えてください。
2014/10/05(日) 01:41:22 | URL | みのモンタナ
フラワーアクション009ノ1かと
フジ製作の「フラワーアクション009ノ1」で間違いないでしょう。
原作は石ノ森章太郎に依るサイボーグ009の女体化(且つアダルト化)って感じの漫画らしいですけど、テレビドラマでは東京12の「プレイガール」を意識したかの様なスパイアクション物だった様ですね。

ちなみに「チャーリーズエンジェル」がアメリカで放映開始されたのは1976年と「プレイガール」の方が完全に先(1969年開始)で、海外サイトで「チャーリーズエンジェルの元ネタ?」として、東京12の「プレイガール」を紹介していたのも・・・・、まぁ「プレイガール」自体、「スパイ大作戦(或いはそれを頂いた「キーハンター」)の女体化作品って具合なので、仮にチャーリーズエンジェルのスタッフが「プレイガール」の存在を知っていたとしても、アイデアを頂き返したって感覚でしょうけどね。
2014/10/05(日) 09:09:31 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
● みのモンタナさん
そうそう。勿論、下に履いているのは御パンツではないわけです。
でも子供の頃はそんな事は知りませんし、『裏番組をぶっ飛ばせ』では水着が殆どだったと今にして思いますが、
当時はこれ以上無いくらい興奮しましたしね。
つくづく男って想像力の生き物なのだなと。
妄想と言った方が近いか(笑)。


● TXさん
おかげで調べる手間が省けました(笑)。
2014/10/06(月) 07:07:23 | URL | ごいんきょ
永遠の…由美さん
みのさんの,金井克子がおばさん,とというのは笑えます。金井さんは永遠のおばさん,一方,由美かおるは永遠の少女…みたいな。
レガールズは,4人がやぐらの上で踊っているところしか覚えておりませんが,
その後由美さんが本格的にブレイクしたわけですね。可愛かったです。1970年代はヌードでも話題でしたが。
由美さんは師匠である西野氏の呼吸法などの教えを受け継いでいるようですが,1980年代に,日テレの朝5~6時台の情報番組の帯コーナーで,それを応用したトレーニングを毎朝披露していたと思います。あれをぜひもう一度,見たいものです。
2014/10/13(月) 10:05:39 | URL | 元朗
西野流呼吸法ですか。
由美さんの体型維持で宣伝されたら、説得力ありますよね。
西野さんはつくづく、指導者として一流だったのでしょう。
2014/10/13(月) 12:47:31 | URL | ごいんきょ
一青窈が歌う「他人の関係」
最近、ドラマのエンディングで、一青窈さんが「他人の関係」をカバーしてます。

でも、この曲の最大の特徴の、イントロの「パッパッパャッパ~」のスキャットがないのは、少々「あれっ?」とおもいました。

そのかわり、イントロは、スカパラ風のホーンをきかせた、派手な感じで、金井克子以上に昭和歌謡(といっても、今風のクレイジーケンバンド的な世界)を感じさせます。

オリジナルの金井克子さんは、ムード歌謡的な妖しい世界でしたが、一青窈さんは、情熱的なラテン系です。

時代や、キャラクターの違いでしょうか。

一青窈さんは、本来は、「ハナミズキ」などのフォーク系ですが(この曲も、多くの人にカバーされてます)、一方では、昭和歌謡のカバーや、昭和テイストの曲もやっていて、この路線も似合ってます。

少し前の島谷ひとみさんのような線でしょうか。
2014/10/21(火) 00:00:44 | URL | 10000k
ま、ワタクシにとっては別の歌ですなあ。
しかも金井克子さん版の方がはるかに良い編曲だと思いますし。
2014/10/23(木) 23:12:18 | URL | ごいんきょ
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