私的 昭和テレビ大全集
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河童の三平 妖怪大作戦 (1968)

該当番組画像募集


♪ ユーラリユーラリユーラララ
  ユーラリユーラリユーラララ
  ここはどこの細道じゃ
  地獄河原と申します
  クリカラクリカラ骨つむぎ
  呪う悪魔の影ゆれる
  往きは良い良い帰りは怖い
  河童の三平どこへ行く
  
  ここはどこの細道じゃ
  悪魔ヶ丘と申します
  ギコギコギコギコ刃研ぎ
  歌うサタンの影ゆれる
  往きは良い良い帰りは怖い
  河童の三平どこへ行く


  タントントンタタトントントン
  タントントンタタトントントン
♪ ギャギギュギェギョギョギョ~
           「この番組は、ご覧のスポンサーの
  うなされちゃーうぞ ウッヒッヒー
            提供でお送りします」
  泣きべそかくな ギャッハッハー


こんな感じで始まっていたかと思うんですよね。
キングレコードからだったかな、昭和末期に発売されたLPの中で、
「うたう妖怪」という歌が、提供読みの後ろで使われていたと解説が有り、
たしかに、それは聞いた事が有る出だしでした。
放送当時のソノシートでは、主題歌とその歌が収録されていたのですが、
朝日ソノラマの人は、その頃の番組関係者に収録した歌はなるべく番組で使ってくれと
要望を出していたようで、それでそんな場所で仕方無く使ったかと思うんですよね。

たしかに、レコードを買った時の疑問として、大抵B面曲には「挿入歌」と
書いてあったにも関わらず、番組に「挿入」されてた事あったっけ?
と考えた事が度々ありましたね、子供の頃。
そうした疑問や苦情を、レコード会社まできちんと届けていた人もいたのでしょう。
その前の、冒頭部分はもちろん番組主題歌なのですが、曲を知らない人が見たら、
なんか不気味な歌だなとか、子供番組なのにどうなのとか思われるでしょう。

ところがこれ、小林亜星が凄くノリノリの曲を付けていて、
おまけに後ろではずっとトランペットのミュートと思わしき、
非常に間の抜けた音が鳴り続けていて、曲の感じは頗る剽軽なんですよね。
この背反同置の故に、詞に些かの不気味さを感じながらも、
まったく怖さを感じる事無く、本編まで見る気になったものです。
その前の怪奇番組って、OPで怖くてチャンネル替えてしまうってのが有りました(笑)。

内容は、『赤影』で白影をやっていた牧冬吉による甲羅の六兵衛という河童と、
やはり『赤影』で青影をやっていた金子吉延による三平が、妖怪退治の旅をするもの。
河童のお姫様としてカン子ってので松井八知栄も出てました。前半は(笑)。
三平は河童の国に行って、そこに現れた妖怪を人間の知恵でやっつけたので、
河童から妖能力を授けられるのですね。
ところが、そのために祟りによって母親がいなくなってしまい、
彼は母親探しの旅に出るという、よく有る母恋ものの一つでした。

物語冒頭は、「さんぺい、さぁんぺい」「かあさん! かーさ~ん」
という具合に、毎回毎回、魔物に連れ去られていく母親と、
その幻でうなされる三平の映像に乗せて、粗筋を紹介しておりました。
その後に効果音と同時にその回の副題が表示されるのですね。
で、ワタクシ、この頃まだ子供ですから、漢字がそれほど読めない。
振り仮名は有ったでしょうが、表示される時間は長くないのです。
それで、その頃は内職で造花造りをしていた母親に、
「今なんて書いてあったの?」と聞きましたらば、
「なんとかなんとかって書いてあったよ」と言われましてね。

子供心にも、「なんだよ、それ!」と思いましたが(笑)。
分からないなら分からないと言えばいいのに(苦笑)。
内職やりながらだからハッキリとは見なかったんだろうから、
そう言えばなんでもないのに、「なんとかなんとか」って、
何ひとつ情報を与えてないではないの。一文字も(苦笑)。
河童の三平を見ると、必ずこの思い出が過ぎります(笑)。
漢字が分からないと言えば、正式題は『河童の三平 妖怪大作戦』と言うのですが、
ワタクシはずっと後年まで、『河童の三平』としか覚えてませんでした。

昭和も末期になって東映主題歌集のビデオが出され、それで見た時には驚きました。
『妖怪大作戦』の方がはるかに大きくて、正式題みたいじゃないか。
この驚きは、その後に同級の奴に見せた時に、そいつも感じてましたね。
「なんだ、妖怪大作戦って?」と言いました、やはり。
これはきっと、我々の年代では当時、漢字の多かった『河童の三平 妖怪大作戦』
という表示を、視界には入れていても意識の中には入っていなかったのでしょう。
そこで、歌詞の中で歌われている「河童の三平」というのがこびり付いたんでしょうね。
更に、「河童の三平」という表示の中で「の」だけは分かりますから(笑)、
その表示が「かっぱのさんぺい」と書いてあるとは、意識せず判ったのでしょう。

三平くんは、「妖力、水手裏剣!」とか言って、人間の子供でありながら
妖能力を使うところが、少し羨ましくさせる部分でしたね。
六兵衛も、いろいろ知識や能力で三平を手助けする。
他に、イタチ男という鼻の頭が水玉模様になっている変な妖怪も出ました。
潮健児が演じてましたが、彼は後に仮面ライダーで地獄大使を演じるんですよね。
で、我が地場のスーパーで仮面ライダーショーをやった時に、
キノコモルグさんら数人の怪人と一緒に、地獄大使も来たんです。
地獄大使は顔出しですから、紛う方無き潮健児本人で、少し感激しました。

午前と午後の二回やったのですが、ワタクシは物好きと言うか暇人と言うか(笑)、
二回とも見たんですよね。間の時間は何をやって潰したか覚えてませんが(笑)。
で、中で地獄大使が観客に向かって質問を何かしたんです。それも思い出せませんが。
午後の時に、ワタクシは得意がってそれを答えたんですよね。
本当は誰も答えられずに、地獄大使が得意がる場面だったと思うのですが。
それをワタクシが得意がって答えたために、地獄大使は一瞬、「ん?」という顔に。
そして苦笑しながら、「君はさっきもいたな」と言われてしまいました(笑)。
いやあ、地獄大使と会話した子供も、日本中で千人はいないだろう。
そして、この人、本当はいい人なんだなと判ってしまいました。

そんな潮健児が演じていたイタチ男は好きだったなー。
彼が出る時には、イタチ男のテーマとも呼ぶべき、やはりミュートによる
トボケた音楽が常にかかっていたと思いますね。
♪ ホンワカ ホンワカ ホンワカ ホンワカ ホンワカパーパ パッパッパ
今でもほのぼのしている気分の時とか、頭の中で木霊するもんなあ(笑)。
主題歌から何から、つくづく小林亜星による音楽が素晴らしかった。
妖怪と戦う時の音楽も楽しみでねえ。
あの頃、小林亜星は重用しているトランペッターがいたんでしょうね。
魔法使いサリーの音楽でも、間の抜けたミュートが多用されてましたっけ。

この頃、テレビでは怪獣ブームも一段落し、妖怪ブームの様相。
『ゲゲゲの鬼太郎』『怪物くん』『妖怪人間ベム』『バンパイヤ』『怪奇大作戦』等々。
少し前に、同じ水木しげる原作の『悪魔くん』がテレビ化された際には、
提供会社が不気味な妖怪ものを敬遠して、ほとんど引き受け手が無かったものが、
鬼太郎の大ヒットを受けて、わずか2年ほどで意識も随分と変わっておりました。
それでも怪奇色を少しでも弱めるために、滑稽さを出す事がかなり意識された番組で、
それ故にワタクシも普通に見る事が出来たのですね。
『妖怪人間ベム』とか『バンパイヤ』なんて、怖くて見られなかったもの、本編は(笑)。
そんな番組に、牧、潮、そして誰よりも金子吉延の明るい演技が、非常にハマってました。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
モノクロ故に・・・・
なかなか再放送されたりする機会がないある種の幻の作品ですね。私はDVDも(後半部分だけでしたが)持っていましたし、つい最近、YouTubeの東映チャンネルでupされたのも見てました。この前の悪魔くんを“陽”とするならば、明らかにこれは“陰”になりますね。悪魔くんは巨大妖怪あり、人間大の妖怪あり、挙げ句の果てには未来人間まで有りでしたが、三平は、人間の業から成り立つ妖怪が多かったですね!そしてモノクロ故に怖さが引き立ち、小林亜星の音楽の軽快さが和らげてましたねぇ。(時には倍加させる事もありましたが!)これは
もっと評価されても良いかもしれません。
Ps副主題歌は田の中勇さんが歌っていました。
2014/10/10(金) 03:08:21 | URL | かむい
怖かった
 とぼえた音楽に騙されて見ると、内容はとても怖かったと覚えています。私はごいんきょさんと逆に『ベム』『バンパイヤ』は好きで見ていましたが、三平は飛び飛びでした。他の番組は、いくら怖くても絵空事ですが、「母親がいなくなる」という設定がまるで実生活に入り込んでくるようで。この番組の話をよくする友人がいるのですが、その男も「怖かったよなあ」と。たしか『地獄ころがし』という無茶苦茶コワい話があったような気がします。
 原作漫画が少年漫画、月刊誌だったか週刊誌だったかに出ていて、そちらは『妖怪大作戦』無しのタイトルだったと思います。ストーリーも怖くなかった。テレビ版はわざと副題をつけたんでしょうか。原作のおかげで私も友人も副題は記憶にありませんでした。
 「これからは妖怪ブームだ!」 私も周りの子供たちも時流に遅れまいと必死で踊らされていました。同じ頃に『妖怪大戦争』という映画があり、封切りの前にやはり漫画(読み切り)が漫画雑誌に掲載されました。子供心にも「これはただの宣伝のためだな」と思いましたが、宣伝効果はあったようです。映画に出てくるいくつかの妖怪のプラモデル(といっても小さい物なので、ほとんど完成品)が売り出され、私も油すましを持っていました。ヨーダを見るたびに油すましを思い出します。
 『河童の三平』と紛らわしいタイトルの別の漫画がやはり漫画雑誌に出ていましたが、そっちの方はテレビ化されませんでした。ストーリーは忘れましたが、河童の他にカニがたくさん出てきたと思います。残念なことにイタチ男は登場しませんでしたが。
2014/10/10(金) 14:17:03 | URL | あぶもんもん
潮健児さん
お久しぶりです。忙しくて最近はこちらに来られなかったのですが、本日たまたま覘いたら馴染みのある「河童の三平」ネタではありませんか。で、コメントさせていただきます。

それにしてもごいんきょさんは博識ですね。いや本放送時のスポンサーテロップで「うたう妖怪」が流れた話ですが、よく憶えてますね。ボクも知識としては知っていますが、流石に当時の記憶はありませんね。しかもその状況を文字で書き表すなんて、思わず大笑いしてしまいました。

潮さんの話なんですが、彼は子供好きだったり、冗談好きだったようですね。氏の著書からの引用なんですが、丸の内東映の「仮面ライダー大会」に地獄大使の衣装でゲスト出演し、すでに大学生や社会人になっている客たちと、こんなやり取りをしたそうです。

潮「ホホウ、今日は仮面ライダーでなくわしのファンも多いようだナ。そうか?」
客「イーッ!」(戦闘員のように)
潮「そうかそうか。では訊くが、おまえらは、仮面ライダーとわがショッカー軍団と、どちらの味方だ?」
客「ショッカー!ショッカー!」
潮「そうかそうか・・・・・そう、すぐ寝返るやつは信用出来ん!」

もうドッカンドッカン受けたそうです。
2014/10/11(土) 11:32:25 | URL | 石毛零号
北海道のテレビ事情
私も「悪魔くん」や「バンパイヤ」は欠かさず見てましたが、この作品は何かいまひとつおもしろさを感じることができず、裏番組にいってしまってました。
 当時、札幌は何回かコメントしてますが、民放が2局しかなかったんです。3局目ができたときに、その局(札幌ではHTB)で「河童の三平」が始まったんですね。ところが、この局を見る為には、外付けのチャンネルを別途設置しなければならなかったんですね。コンバーターってやつですよ。こんな、外付けチャンネルなんて、他の地方でもあったんでしょうか?
2014/10/11(土) 11:40:30 | URL | みのモンタナ
河童の千坊?
 夢で『河童の千坊』という、紛らわしい漫画のタイトルを思い出しましたが、検索してもヒットしません。どうも夢は当てになりません。題だけ見るとどう考えても二匹目のドジョウ狙いですが、こっちはこっちで面白かったんです。主人公の千坊(?)は子ガッパですから、『河童の◯◯』という呼び方はこっちの方がしっくりきます。
 三平から話題がそれてばかりで申し訳ありません。三平の主題歌を使った、当時まわりで流行っていた『つづけ歌』を思い出しました。
♪ 河ー童のーさーんぺーェー どーこへーゆうく〜〜 チャラララ は〜〜〜〜るばる来たではーこだて〜
2014/10/11(土) 13:34:05 | URL | あぶもんもん
あぶもんもんさんへ
地獄ころがしの話は最終回の前後編から成り立つ話です。詳しく書くとネタバレになるので書けませんが、ラストシーンは、あるキャラが美味しい所を持って行きます。後、原作は週間少年サンデーに連載されてました。数年前、悪魔くんと河童の三平の研究本らしき物を購入したとき、当時の雑誌の特集記事の中に乗っており、おそらくは唯一と思われるカラースチールも掲載されてました。確かその本の中で、故平山亨プロデューサーの話があり、悪魔くんでは、劇場映画並みのセットを作った為大赤字になった為、河童の三平は低予算で大変だったと書かれてました。
2014/10/12(日) 01:17:32 | URL | かむい
>かむいさん
 情報ありがとうございます。『鬼太郎』『悪魔くん』と棲み分けをしていたんですね。原作の三平は水木漫画らしい飄々としたキャラクターだったように思います。でも何となくストーリーは暗いと言うか重かったような気もします。
 地獄ころがしは「怖い」という記憶だけで他に何も思い出せません。予算の話は面白いですね。そういえば悪魔くんは特撮もあり、着ぐるみやセットも凝ってましたが、河童の三平の方は、うろ覚えなんですが、よく霧(スモーク)を出して誤魔化していたような、なんとなくそんな印象でした。
2014/10/12(日) 07:12:20 | URL | あぶもんもん
● かむいさん
ワタクシはビデオ化されてすぐにレンタルしましたし、
レーザーディスクは入手してしまったので、幻という感覚ではないですけどね。
とにかく『悪魔くん』『鬼太郎』『三平』の水木モノクロ三作品は、ワタクシにとって忘れじの作品。
『三平』って陰って感じじゃなかったなあ。金子吉延くんとか牧さん、潮さんの演技が好きだったので。
イタチ男は特に好きだったな。
この記事を書いていたら堪らなくなって、CDを買ってしまいました(笑)。
雑音が全く無い音源で聞くと、戦闘場面のドタバタで流れていた好きだった音楽が、
妖怪の動いている様を擬してるんでしょうけど、けっこう怖い音も入ってるんですよね。
あれはどんな物を使って音を出しているのか。楽器じゃないかもしれないです。
悪魔くんの特撮は凄かったですからねえ。「平山君、君は会社を潰す気か!」(笑)。
低予算という事ですが、今のテレビだとあれでも不可能じゃないかな。


● あぶさん
これ怖かったかなあ。ワタクシはコミカルな部分が好きで、河童が干からびたりするの笑ってましたけど。
母親がいなくなるというのも、現実の事は考えなかったなあ。
わりと画面の中と外の区別はハッキリ認識してた方です。
とか言いながら、鬼太郎の『大海獣』を見て、注射されてあんなになったらどうしようとか思いましたが(笑)。
基本、注射そのものが嫌なものでしたしね。
『地獄ころがし』も最終回二部作のようですけど、普通に見てましたねえ。
『妖怪大作戦』の部分を覚えていなかった人は多いでしょうね。
あんなに大きく表示され、しかも予告では『次回の妖怪大作戦は』とか言ってるのに(笑)。
でも、三平たちが妖怪を退治する行為をそう称しているという認識でした。
ああそうそう。映画の妖怪大戦争も有ったんですよね。
映画は見ませんでしたが、少年誌のグラビアでよく特集してましたので興味は有りました。
三平と函館の女、繋がります?(笑)
スモークよく出してましたよね。セットを誤魔化すためだったのか(苦笑)。


● 石毛さん
『うたう妖怪』は、かなり特殊な歌ですからね。
言われたらそう言えばという感じですよ。
CDの解説でも触れられていました。
潮さん、面白いなあ(笑)。
やはりイタチ男の演技の方がハマる訳だ。
あんなにいい人と解る悪の大幹部、ミスキャストだよ(笑)。


● みのモンタナさん
関東でも関西でも最初の受像器は6チャンネルまでしか映らなくて、
8だの10だのの局が始まった際には拡張チューナーを付けないと見られなかったようです。
ま、昭和30年代前半の、本当にテレビの創生期の話ですが。
そんな時代の受像器を買っていた家は大金持ちですから、全チャンネル映る新型に買い換えたでしょうし、
あまり実害というか支障は無かったようですがね。
2014/10/13(月) 11:34:03 | URL | ごいんきょ
河童の三平
こんばんは
ふとしたきっかけで見ると、懐かしい話の、
トピなので投稿させていただきます。
水木しげる作品の中では、最も好きな作品ですが、テレビや映画では
見ず、本屋の大売出しで読みました
 最初の ここは10年にひとりしか人が通らないという山奥である
そこにおじいさんが居て、孫が小学校に入学する日だからである
孫が河原三平という・・凡そので出し。
この漫画のおじいさんの風貌などが
現実のうちの親父にそっくりでもう亡くなってますが、三平も死神におじいさんを迎えに来たときの気持ちはわかります。
2017/01/09(月) 22:45:21 | URL | iuenov
ああ、河原三平でしたっけ。
それはテレビ版も同じ名前だったかと。
2017/01/15(日) 10:24:15 | URL | ごいんきょ
感想
ここに出演の、河童の三平と河童の同年の息子が人間世界へ留学に来、瓜二つで交代で学校に行くが
死神がじいさんを連れに来たのに会い、いろいろだましたりしたが連れて行かれた、いたずら子狸が地底の穴で古い壷の栓を開けたらキングコングのような大きな刑部だぬきに困った話、河童が水泳大会でダントツで、河原三平が国体で東京にきて
猫娘という同年の子に助けられ
東京でパチンコ屋の母をたずねて
も身体を悪くして家賃も払えず
何もないので、猫娘の両親の住む
墓地の地下に住むことになった。
この後猫街から逃げる時崖から落ちて三平は死に死神と長野の家まで帰る、霊だから母には見えないが、死神と河童が河童の親父から膏薬、打ち身擦り傷薬を売って母の暮らしを助けたという話。
なにか郷愁があり、出るキャラに孤独で強がりなど人間味があります。
2017/01/16(月) 14:33:50 | URL | iuenov
刑部狸ってのは原作で出たんですかね。
鬼太郎ではテレビでも原作でも出たかと思いますが。
猫娘ってのも鬼太郎で、テレビの三平には出てないはずだなあ。
2017/01/22(日) 16:35:50 | URL | ごいんきょ
感想2
こんにちわ
私は水木茂の作品は
漫画を読んだだけです。
怖さの表現ではテレビなどがあると思います。
河童の三平には怖さはありませんが
ごく普通の物語調で、
古い壷から出てきた刑部狸が「ウワッハッハッハわしはこの壷の中に
800年封じこめられていた刑部狸
という者だ」と言う辺り、アラビアンナイトか何かに似ています、
東京へ河童の代わりに国体に出るはめになった三平が東京の旅館で女中していた花子という猫娘も猫に似てるが普通のおしゃまな女の子、旅館を追い出され、2人はパチンコ屋で働いているという、三平の母を訪ねるが、その母も病気でアパート代も
払えない状態、など母をたずねて三千里などに似ていますネ。
三平が猫街という世界に捕らわれの身となり(猫娘とは関係ない)脱出しょうとして崖から落ちて死亡するが、霊となった三平を死神が連れに来て、東京から長野県の里に一度帰るが遠いので汽車で帰ることになるが喫茶店に入る辺り面白い。
人間の郷愁のようなものがあります。
2017/01/25(水) 12:06:38 | URL | iuenov
刑部狸、けっこう気に入ってたんでしょうね、水木さん。
テレビ版は、まったく違う世界観です(笑)。
2017/01/26(木) 21:27:50 | URL | ごいんきょ
新参者からご挨拶
拝啓 河童の三平妖怪大作戦 良く見ていましたね。何かカンコちゃんが可愛くて、実は結構お色気シーン等もあり、密かにお世話になっていましたし皆様もお世話になっていた方も多いのでは?と。この話題はちょっと後にいたしまして、まず小林亜星氏の個性的な音楽を語りましょうね。この小林亜星氏の音楽の最大の特徴は「メロディーが個性的に聴こえる様でいて実はあまりに平凡過ぎて、過去に元ねたらしきものがありそうでいて誰も気がつかない」と。元々は正規の教育を受けてアレンジャーとしてやっていた亜星氏ですが、メロディーメーカーとしては不思議と使い回しが少なくよくまぁあれだけ造れたなと思う程の多作でありながら、何かと反感が起きにくいお立場と言えます。コンビを組んでいたのが筒井弘さんで、この方は大変なアレンジャーとして有名な存在で、ライオン丸のアレンジひとつ聴いただけで只者では無いと。ではこの「河童の三平」の中のBGMをよくよく聴きますと、何か不思議な音のする楽器が出て参りますが、皆様お気づきでしょうか? まず「主題歌のバックに流れるシンセの様でシンセでは無いファオーーンフニャラカ何タラ」と言う音=おそらく当時の技術から推察するにはシンセでは無く「電子オルガンにギターエフェクトのワウをかけた音」ではないか?と。更に「何か人間の声がわめいている様なワーーっ」と言う様な感じの楽器=推測ではトーキングモジュレーターでは無いか?と。これは改造したスピーカーとホースを繋ぎ口にくわえてトランペット等の楽器の音出口に貼り付けて、ホースくわえて一緒に自分の声を出すとペットが歌う?様な感じの変な音になると。更にどうも「バグパイプやおもちゃのヒャラレロ笛」等も使われている様子で、何か今までとは異なる不思議な妖怪世界を表現している「まさに変なBGM」でしたね。過去キングで発売されたBGMは原版が見つからずに編集されたテープからの再録で、原型が解らずに残念ですが、まだまだ足りないBGMがあります。研究されて見ますと大変面白い素材ですね。敬具
2017/03/19(日) 01:54:14 | URL | よしたかくん
ああした音は、詳しい人が聞いても、やはり完全にわかるというものではないんですね。

亜星さんは慶応医学部でしたっけ。
やはり音楽的素養はそこそこの部類の人でしょうが、
これも元朝日ソノラマの橋本一郎氏の言葉に拠れば、
亜星さんが売れたのは、飛行館スタジオの横倉というディレクターの力が大きいという事でした。
2017/03/23(木) 06:44:01 | URL | ごいんきょ
ごいんきょ様へ コメント感謝を
拝啓 コメント有難うございます。この小林亜星さんは、ヤンボーニンボートンボーやバス通り裏などの作曲者「服部正さんに個人的に師事」して音楽を学んだ人でした。当初は本人も言っていた様にNHKでアレンジャー的な仕事が多かったが、「アレンジばかりしていると作曲が下手になり、作曲ばかりしているとアレンジが下手になる」と。どうもその様で、その後にメロディメーカーとして活躍されますが、不思議と他人へのアレンジのみは「北へ帰ろう」くらいではないか?と。また飛行館スタジオは、現在のサウンドシティでありガッチガチのナベプログループです。其処のディレクターに可愛がられたのでは当時当然の結果と言えば当然でしょうね。いやごいんきょ様、こういったお話をぜひぜひお聞かせ下さい。期待しています。敬具
2017/03/23(木) 10:38:58 | URL | よしたかくん
あ、確かに飛行館はナベプロ系列ではありますが、
その話は純粋に技術的な事で(笑)、
亜星さんが作ったテレビやラジオの劇伴音楽から、使えそうな部分を持ってきて、
イエイエとか、どこまでも行こうの曲にしたのだという事です。
昔は劇伴なんて使い捨てだったですもんね。

その辺が、横倉さんの功績だったらしいですよ。
2017/03/27(月) 00:29:54 | URL | (ハンドル未記入)
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