私的 昭和テレビ大全集
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歌はともだち (1968)

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テレビが急速に普及した時期、子供の間でCMソングや流行歌が持て囃される事が懸念されました。
企業名とか商品名を連呼する歌や、色恋沙汰を連想させるような歌ばかりが、
人間形成に非常な大事な時期に有る子供達を毒してしまうのは如何なものかと。
文化ふくよかな大正期に多く作られた、文学性の有る童謡で育ったような制作陣の中には、
こうした事態は由々しき事と立ち上がった人々も、当時は、いたのです。
公共放送としての使命感が有った頃のNHKでは、特にそれが強かった。
そして『みんなのうた』『歌のメリーゴーラウンド』などが制作され、音楽性の豊かな、
そして詩情や子供らしい楽しさの有る歌が数多く紹介されました。

そうして、日本人の音楽性は子供の次元では向上し、かつての日本人ではこなせなかった
和声、対旋律などを自在にこなす子供も、巷に散見させるまでなったのでした。
おそらく、そういう効果を見定めたからなのでしょう、昭和43年度末で
『歌のメリーゴーラウンド』の方は、取り敢えずの役割を終えるのでした。
終了に際しては、当然、惜しむ声が多く寄せられたでしょう。
それに対するNHK側の回答は、新番組『歌はともだち』にご期待下さいというものでした。
即ち、この番組は、枠としての後継番組というだけでなく、名実共に、
『歌のメリーゴーラウンド』の後継番組だった訳です。

では、何故『歌のメリーゴーラウンド』を終了させたのでしょう。
ワタクシは前述のように、子供次元での音楽性向上が顕著となったからだと思います。
前番組との最も大きな違いは、前番組では完成された音楽を聴かせる事が主目的だったものを、
この番組では視聴者も参加できたり、身の回りの音を楽しんだりできるような企画としました。
正しく先生ではなく、『歌はともだち』という作りだった訳です。
より親近感を増すためでしょうか、当時の若者に人気絶頂だった漫才師、
晴乃チック・タックを固定出演に据え、司会もアナウンサーではなく、
NHK人気子供ドラマ『ホームラン教室』で父親役をやっていた牟田悌三が担当しました。

他に「ともだちグループ」という子供達も出演して、中に長谷川よしみという女の子がいました。
彼女はフジテレビ『ちびっこのどじまん』から出てきた子で、
13歳にして音楽の自作自演は言うに及ばず、バレエ、書道もこなすという才人でした。
この年、キングレコードから『ペケのうた』でお目見えし、
アッと言う間にレコード大賞童謡賞を持って行くなど、早熟の天才児でした。
彼女は後に、長谷川コッペ、コッペと改名し、谷啓とスーパーマーケットで歌唱したり、
オールナイトニッポン二部、更には、スーパーマーケットでピアノ担当だった
近田春夫と合同での一部担当と、我が世代にはなかなか忘れられぬ存在です。
ま、当時は長谷川よしみ時代と認識が一致しておりませんでしたが。

先発『歌のメリーゴーラウンド』より遥かに長い十年以上も放送されたため、
固定出演者にもかなり移り変わりが有り、見た時期によって印象も違うと思います。
牟田悌三の後はボニー・ジャックスが登場し、次にはピンキーこと今陽子、
更にはペギー葉山といった女性歌手が中心に位置するようになりました。
最後はNHKお抱えと言いますか、田中星児が締め括り役として担当し、
十一年の番組も使命を終えました。
この時点では、日本人の音楽性は昭和三十年代に比べると、非常に豊かなものでした。
ところが、日本を大きく狂わせたバブル時代の前後、やはり子供向け音楽も狂い出すのです。

今度は、NHK自らが売れ線の流行歌手などを『みんなのうた』に起用し始め、
子供に音楽を親しませる、音楽性を涵養するという目的は完全に消えていきました。
歌手やレコード会社の自己満足による、自分たちのための歌が跋扈するようになり出します。
端的に表れている点としても、和声や対旋律が姿を消していきました。
あれらは耳も肥えますし、歌いこなすためには技量も磨く必要が有ります。
そして現在、男女とも集団ヒステリーと称される集団の歌とはとても言えぬ音と、
さもなくば踊りのための音楽、良くて裏返って汚らしい発声ばかり聞こえてくる状況に、
かつてのNHK制作者のような大所高所から臨む存在は、今の世には無いでしょう。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
「歌はともだち」は
僕も主に土曜日の放送で見ていました。
まだ子供だった長谷川コッペさんや山田隆夫さん、小堺一機さんも出演されていたそうですが、小堺さんは途中で降板させられたそうです。
長谷川さんは「おはよう!こどもショー」ののど自慢コーナーの司会を黒沢久雄さんとされていたのも思い出です。

番組自体は記憶していてもそれほど印象的ではなかったのですが、札幌時代、小学校と中学校で二回「ミュージカルアカデミー 歌はともだち」という男声コーラスグループによる童謡や唱歌の公演がありまして、いずれもオープニングが本番組の主題歌で驚きました。
番組とは無関係ながら、本番組のコンセプトをまさに受け継いだかのような公演でした。
伴奏のグループも二回とも同じで、当時北海道内で「NHKのど自慢」の公演があったときのグループでした。
2014/10/18(土) 21:31:25 | URL | リオ
山田さん、小堺さんは『歌のメリーゴーラウンド』じゃないですか。
この番組にも出てたんでしたっけ?

♪ 歌はともだちだ~
の前にも主題歌が有ったらしいですけど、
こちらの歌はかなり有名みたいですね。
2014/10/19(日) 23:31:26 | URL | ごいんきょ
ごいんきょ様
山田さん小堺さんは前身の「歌のメリーゴーランド」にも出ていたのですか。

主題歌は有名な2代目のしか知りませんが、きっと2代目の方が初代のよりも心に残ると思います。
2014/10/20(月) 08:20:22 | URL | リオ
思い出せないっ!
黒沢さんコッペさんの名前を見つけたとたんある番組が浮かんできました。黒沢さんが司会でアシスタントがコッペさん?でも午後だったと思うので「おはよう~」でなさそうな、似顔絵コーナーがあったり、なんかお笑いマンガ道場的な雰囲気だったような・・。あ~相変らずアバウトな記憶、どなたかわかりますか!?
2014/10/20(月) 15:48:59 | URL | hey
主題歌、初代の歌詞
記憶力が悪くて、メロデイは出てくるのですが、歌詞が出てこないです。
こんな感じだったと思いますが。

「ひとりのときは、××で、二人のときは、デュエットで、三人寄ったらトリオだよ。
歌ってごらん。 ×××××××
お腹の底からワイワイワイ。みんなでそろってワイワイワイ。
まあるい地球の隅から隅へ 元気な歌声届けよう。
歌はみんなの友達だ。歌はみんなの友達だ。」
2014/10/20(月) 20:28:15 | URL | たかちゃん
放送日時の変遷
まず、初期の主題歌の歌詞を補足します。

ひとりのときは ソロで
(中略)
歌ってごらん 遠慮は無用
(後略・あとは大体たかちゃんご指摘の通りです)

さて、この番組は放送日時も時期によって移り変わりがあります。
当初は金曜の午後6時台、一時月曜の同時刻に移り、73年4月からはそれまでの25分から40分に放送時間が延長の上、土曜午後6時台に移りました。二代目主題歌は、この土曜移行に伴い作り直されたものですが、これが今でも児童合唱の定番曲になっていたとは知りませんでした。最末期には日曜午前の放送となっていたようです。

2014/10/21(火) 17:20:51 | URL | うみがめ
歌詞の補足ありがとうございました。
うみがめさん、歌詞の補足、ありがとうございました。意味からいえば一人のときはソロだとは思ったのですが(笑)。

ネットで検索すると2代目の主題歌ばかりが出てくるんですよね。
そんなに放送時間が動いていたとは知りませんでした。2代目の主題歌を知らないということは、もう、見なくなっていたのでしょうね。
2014/10/22(水) 18:49:42 | URL | たかちゃん
● リオさん
本人がNHKサイトでコメントしてますね。
小学四年の時から出演していたというので、年齢を考えますと、
前番組からという事になりますね。
と言いますか、この番組に替わるにあたって小堺さんだけが降ろされた、
そういう話なんじゃないのかな。最初の方、少しだけ出たのかな。
テレビで見て凄いショックだったと言いますけど、そりゃそうですよね。


● heyさん
黒沢さんって、黒沢久雄さんですかね。
末期のおはよう!こどもショーのようですね。


● たかちゃんさん
これはありがたいです。
音階はなんとかならないですかね(笑)。


● うみがめさん
定番と言うほどなのかはともかく、けっこう歌い継がれているみたいですね。
「歌はともだち」という言葉も普遍的に使えますからね。
2014/10/23(木) 23:08:54 | URL | ごいんきょ
カラーテレビ
歌のメリーゴーランドの放映されていた頃は家のテレビが白黒で、番組冒頭のメリーゴーランドの映像も従って白黒でした。
父が19インチのカラーテレビを数時間かけて値切り、20万円台のを16万円台まで勉強してもらって、ようやく我が家にもカラーテレビがお目見えしました。

歌はともだち、児童合唱団が出て来て
小さい秋みつけた、などをきれいな合唱で歌うのですが、あの子たちはどうやってテレビに出ているのだろうと不思議でした。
オレンジ色が目立っている番組でしたが
あれは会場となったホールの観客席の色だったのかなと思います。
2014/11/10(月) 05:22:12 | URL | 北極
16万でも当時としては相当な金額ですよね。

みんな、児童劇団とか芸能プロに所属していた子なんでしょう。
オレンジですか。
会場はNHKホールだったのだろうと思うんですけど。
2014/11/11(火) 06:12:02 | URL | ごいんきょ
主題歌その他
第一次の主題歌は、細かいところに記憶違いがなければ、次の通りだったと思います。メロディーも間奏に至るまで鮮明に記憶しています。

一人のときは ソロで
二人のときは デュエットで
三人 寄ったら トリオだよ
うたって ごらん 遠慮は無用
おなかの底から ワッハッハ
声をそろえて ワッハッハ
まあるい 地球の 隅から隅へ
元気な 歌声 届けよう ヤア!
うたは みんなの ともだちだ
うたは みんなの ともだちだ

ところで、その記憶なうものが当てにならないもので、愚老は当時ほとんど毎週見ていたにもかかわらず、長い間、牟田さんの司会は68年一年間かぎりだったと思い込んでいました。今、皆様に改めてご教示を頂き、二年間であったことをようやく再認識しました。そうなると、チックタック(これもそう言えばいたこてゃいたなと(笑)。

私が鮮明に覚えているのは、「藤家のおじさん」ことジャズクラリネットの故・藤家虹二さんの温顔と、驚嘆するようなクラのテクニックです。「ともだちグループ」は、多分68年の記憶と思いますが、小学6年の男子二人と、一級上の中一の女子二人。男子のうち一人が今をときめく座布団運び、女子の一人が「雨だれさん」の長谷川よしみちゃんで、後の男女一人づつの名前がどうしても思い出せませんでしたが、小堺某でしたか。残る一人の少女は、よしみちゃんとはまったく対照的な、ちょっと色の浅黒い、健康なパンチのある歌声で、「なかまだゴーゴー」という歌をソロで歌ったのを覚えています。

また、ボニージャックスに関しては、第二次(1970年)以降、ステージ形式に改悪されてからの出演というふうにこちらでも言われているようですが、これは失礼ながら絶対に間違いだと断定できます。ボニーは少なくと
も69年からは出ていたはずで、なぜならば、ボニーのノッポでメガネのバリトン・鹿島さんと山田隆夫が、アンドレ・クラヴォーのヒット曲「パパと踊ろう」で、二人で掛け合いで歌いながらダンスを踊ったのを昨日のように覚えているからです。

牟田さんの二年間は、本当に楽しい思い出です。児童合唱のための創作曲も、寺島尚彦さんの「夜明けの馬」、直純センセイの「だれも知らない」「夕日を追いかけて」など、今も忘れない珠玉の名曲をプレゼントしてくれました。後藤田純生プロデューサー以来の、最後のNHKの「良心」だったと思います。にもかかわらず、ステージ形式になってからは、司会者や出演者(ボニーを除いて)のグレードがとことんまで下落し、見るにも聞くにも堪えられない有様に堕したので、もうこれ以降は一切、見ることはありませんでした。
2016/02/13(土) 19:33:56 | URL | 赤堀水右衛門
初代主題歌については今のところ音盤が見つかっていないので、貴重な情報です。

藤家虹二さんは日清ちびっこのどじまんで活躍されてましたが、この番組にも出ていたのですね。
だからコッペさんも出ていたわけか。

ボニー・ジャックスさんは照和45年度からの司会で、相手役は「新人の」芹洋子さんでした。
あと、人気子役だった斉藤浩子さんがマスコットガールで出てます。
ボニーさんは前年あたりから、わりとゲスト出ていたようですので、
きっとご記憶はその時のものだと思われます。

記憶語りは正確さでは資料検証に劣りますが、資料検証では決して通わない、
その人なりの思いが伝わるので、ワタクシはとても好きなんですね。
だからここでは、資料の丸写しより記憶を穿る話をより持ち上げているのです。
正味、資料にある事は、誰が書いても同じですからね。

赤堀さんがどれだけこの番組が好きだったかが伝わる、とても素敵なお話を聞けたのが嬉しいです。
2016/02/14(日) 22:14:14 | URL | ごいんきょ
それいけ10円!
2年前にこちらの記事内で「思い出せないっ!」と叫ばせて頂いた番組タイトル思い出しました!
この番組と「時間だヨ!アイドル登場」がいつもセットで思い浮かぶので時間だヨ~から調べていたらたどり着きました。黒沢さんのwikiにでてないんだもの!
黒沢さんとコッペさんではなく亜土ちゃんでした。
亜土ちゃんが出題したテーマをもとにイラストを募集するコーナーがあり、投稿したのですが私の絵が画面に映ることはありませんでした。結構ワクワクしてたんですが、商品目当てに・・。提供が松坂屋とあって商品も豪華だったと思います。
この番組で「私書箱」という言葉を覚えました(意味分からず)。
比較的地味な番組だったので、憶えてらっしゃる方も少ないでしょうね~。
土曜の午後は「ケンちゃん」見たり、これ見たりハタマタ友達と近所で野球やったりしてました。
この番組が終了して「時間だヨ!アイドル登場」が登場したのかな。
歌はともだちと関係なくて申し訳ない!
2016/07/17(日) 14:14:48 | URL | hey
『それいけ10円!』は、やじうま寄席に続く時間だったようですがねー。
『やじうま寄席』は見た記憶あるけど、そちらは初耳です。
半年しかやらなかったようですしね。

まずスレ建てする事は無いと思うので(笑)、
覚えている事はみんな書いて戴きたいですが。
2016/07/17(日) 21:24:05 | URL | ごいんきょ
番組も後期の頃だったと思いますが
ペギー葉山さんの歌った、『切手のないおくりもの』が好きでした。後に作曲した財津和夫がセルフカバーしたけど、ペギーさんの方がよかったな。
2016/07/18(月) 19:07:08 | URL | カースケ
「切手のないおくりもの」は、いろんな人がレコード出してますね。
番組ではペギーさんが歌っていたのですか。
2016/07/20(水) 22:28:44 | URL | ごいんきょ
新参者ご挨拶 音楽面での事
拝啓新参者から失礼致します。懐かしいですね物凄く。確か1973年の中学生時代から社会人に最後まで見ておりました。当時ペギー葉山さんの司会で「音楽家の南安雄氏、小野崎孝輔氏、福田一雄氏」等そうそうたる凄いメンバーが活躍していましたね。オーケストラも「フレンドポップス」と呼ばれる言うなれば臨時編成のオーケストラでしたが皆さんさすがプロで旨かったです。まず選曲がとても良くて、古くからの名曲から国内外の音楽、時のヒット曲から民謡の現代風アレンジまで。幅広くて面白かった。当時の録音も幾つか残っていますが今では考えられない豪華さでしたね。またベートーヴェンの歓喜の歌等を独自にアレンジして発表したり、クラシックの意外な面白さを発見させてくれたり。これはひとえに「南氏、小野崎氏、福田氏」などがクラシック出身の大家であった事。皆さん指揮もピアノも旨く、特に福田一雄氏は「鉄ちゃん=鉄道おたく」で、貴重なコレクションを見せて頂きました。どういう訳か全く再放送も無く、NHKアーカイブスには数本残っているらしいのですが放映が無いのは残念です。良き頃の時代の極めて良心的な音楽番組として永く記憶しています。
2017/03/12(日) 16:53:46 | URL | よしたかくん
大きくなってからもご覧との事で、非常に詳しいお話でした。
子供のための音楽番組に、これだけ手間暇金をかけていた時代という事です。
今やテレビは、絶対数が少ない子供をこんなに大事にしてないでしょうね。
2017/03/12(日) 19:31:12 | URL | ごいんきょ
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