私的 昭和テレビ大全集
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最後のおたのしみ (1969)

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ほとんど誰も覚えていない、まったく知らない番組でしょうが、
そんな番組でも等しく取り上げる場所、それがここであります。
そして、そんな番組であっても、改めて調べてみると
数々の再発見が有ったりして、なかなか面白いものなのです。
今回扱います『最後のおたのしみ』は、佐良直美のワンマン・ショーという企画。
この頃から佐良は少しずつテレビドラマにも進出し、
歌以外の展開も増やしていたのですね。
ただ、芸能界お目見え3年ほどで女性歌手が一本立ち番組を持つというのは、
当時でもなかなか無い事例だったかと思います。

ワンマン・ショーと言っても、日劇なんかのそれと違い(笑)、
歌を大前提というものではなく、幅広いバラエティ・ショーだったようです。
番組名の由来は、その放送時間に有るのでしょう。
日曜夜11時45分からの30分番組で、事実上その日最後の番組。
実際にはその後に『夜のしおり』というのが放送されておりますが、
これはおそらく、BGMっぽいような特に内容の無いものだったかと。
当時の感覚では週の始めは月曜日ですから、
正に日本テレビ一週間の最後の最後の番組という事です。

最初の一ヶ月は「司会者救済特訓シリーズ」と銘打ち、
時の人気司会者たちが佐良に司会術を指南しようという企画。
第一回は大橋巨泉が出演しましたが、実は固定出演として、
ザ・サラブレッズが出演しておりました。
サラブレッズというのは、巨泉の金曜イレブンが始まる際に結成されたという、
大橋巨泉がリーダーだったと覚しき女性主ボーカルのグループ。
http://ozsons.jp/NeichiTakao.htm
この時はザ・サラブレッズ・プラスワンと呼称したようですが、
プラスワンとは誰の事なのかはわかりません。佐良の事なのかな。

この司会者特訓は4回続き、青島幸男、野末陳平、野坂昭如という
正に当時の第一線を占める面々が次々登場。
時間帯を考えれば、かなり豪華な番組だったと言って良いでしょう。
のみならず、歌唱力には定評の有る佐良が、その後ろに、
やはり当時の日本としては頭抜けていた洒脱さだった
サラブレッズを配して歌声を披露していたのですから、
こんな時間に捨て石のように放送するには、真に惜しい番組でした。
提供も三峰、銀座マギーという、この時間帯ならではの所。

佐良はここで「今月の歌」も披露しており、6月の歌として作られたのが、
『いいじゃないの幸せならば』という歌でした。
希望者には楽譜が送られていたのですが、まだお持ちの方がいらしたら
適価で買い取り致しますです(笑)。
皆さんよくご存知の通り、この歌で佐良はレコード大賞を受賞してしまうのですね。
しかし、梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」が『夢であいましょう』の
今月の歌だった事は有名ですが、この番組の出自は、今ではほぼ誰も知らないでしょう。
レコードジャケットにも記載されていないようですし。

この番組では佐良のキャッチ・フレーズも募集し、「魅力菩薩」というのと
最後まで競り合いになるも制した、「ふとった金魚」というのが採用されました(笑)。
佐良自身は魅力菩薩にしようと、ファンクラブの組織票まで動員したものの(笑)
小差で敗れたという話でしたが、まあ演出だとは思いますけどね。
そして、この番組に出演した者に彼女を「ふとった金魚」と呼ばせるようにして
普及を図ったようですけど、あまり浸透したとは思えないですけどねえ。
でも、日本テレビ系の番組では聞いた気もします。

11月9日放送では、佐良の親戚である芸能人が大集合。
その顔触れが凄くて、吉永小百合、山本直純、応蘭芳という面々。
ま、親戚と言ってもかなり遠いらしく、例えば吉永との関係は、
佐良のおじの義理の姉の夫の姉が吉永の母親という…
それって親戚なのかというくらいですが(笑)。
と言うか、よく気がついたな、そんな関係性と思いますが(笑)、
そのように、4人が親戚と気付いた切っ掛けなども含めて話し合ったのでした。

ワンマン・ショーという触れ込みで始まったのですが、
いつの間にやら、或いは最初からなのかは知りませんが、
世良譲も介添え役のように出演していたのでした。
もしかしたら先のプラスワンというのが、世良の事なのかもしれません。
世良は喋りでも佐良を助けるという立場で、なかなか好評だったようです。
佐良はこの番組のお陰ではないでしょうが(笑)、人気調査で3位に入る親しまれよう。
翌年からは、彼女が出てきた時からファンになってしまったTBS石井ふく子による
『ありがとう』『肝っ玉かあさん』といったホームドラマでも活躍する事に。
後には紅白歌合戦の司会まで登り詰めるのですが、この番組で見出され、育まれた
語り口と司会術が活かされていた事は、多くの知る所ではありません。
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