私的 昭和テレビ大全集
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サインはV (1969)

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かつては他局を震撼せしめたTBS日曜夜7時台、タケダ・不二家アワー。
円谷のウルトラ、藤子漫画の威勢も一段落すると、
かつての威光もやや翳りが見え始め、昭和44年には一気に衰えの兆しが。
TBSは機を見るに敏な対応と言いますか、視聴率が思ったほど伸びなかった
『妖術武芸帳』をわずか13回で打ち切り、まったく毛色の違う『柔道一直線』を始めました。

前年からテレビでも大当たりしていた『巨人の星』の梶原一騎に目を付け、
その作品の実写ドラマ化という、或る種の冒険。
スポ根ものと呼ばれながらも、漫画ならではの荒唐無稽な技が頻出する梶原作品。
そのテレビ化では、随所で特撮技術が使われたものです。
そして、時代の波を捉えたその作品は、この枠にまた光明をもたらしました。

更にTBSが手を付けたのが、続く7時半の枠。
当然と言いますか、柳の下にドジョウを狙うスポ根路線で押し、
こちらは少女漫画より題材を取って、バレーボール物を持ってきました。
この二階建て効果は久々にこの枠で効果を発揮し、
この『サインはV』は、初回から21%の視聴率を弾き出したのでした。
タケダ・不二家アワー最後の輝きの頃です。

開始に当たって、いくら撮影で切り抜けるとは言っても、まったく素人ではいけない
という事で、出演陣にはバレーボールの猛特訓が待っておりました。
しかも、そうして臨んだ演技も、いざ放送されると「下手なバレー技術」と題し、
もっと練習を積んでから画面に出るべきでしょう。ごまかしが目立ちますと
中学生から投稿されてしまう始末(笑)。
勿論、その後も折を見て練習はしていたはずですが、ま、その辺は仕方無いでしょう。

練習中に死亡した姉・ミヨの遺志を継いで立木大和バレー部に入った朝丘ユミ、
岡田可愛の活躍を描いたものですが、同じ部内の実力者・椿麻里との対立、
そして麻里の移籍による宿敵としての対峙、混血で和を乱すジュン・サンダースとの葛藤、
そして和解からの共同戦線、更にジュンの死、麻里との対決。
ザッとヤマ場を並べるとこんな感じでしたでしょうか。
安直なジュンの難病展開は嫌いですが、ま、それも含めて直球ど真ん中という作りでした。
また、この番組には裏技的な楽しみ方も男側には有りまして、
見目麗しい女優陣が健康的な太ももも露わにしているというね。

本当にワタクシ以外の男連中というのは下衆なので(笑)、
そうした太もももももも楽しみのうちなのですよね。
そこは充分に意識している画造りのプロ、やがて跳び上がったうら若き乙女達を
思い切り下から撮るという手法を編み出したのでした。
迫力も出ますし、何よりもおへそ丸出しになり、あわやおっぱいまで…
そんな工夫も功を奏したのでしょう、視聴率は柔道一直線をも追い抜いて、
一気に30%を突破して、社会現象のような勢い。

でも、放送当時は我が家では見てなかったのですが。
我が両親はバレーボール大好きで、試合もよく見ていたのに、不思議な気がします。
恐らく、7時からは『アップダウンクイズ』を見ていて、
ワタクシもべつに嫌いではなかったのですが、7時半からはワタクシに選ばせていたのでしょう。
で、ワタクシは『ムーミン』を見ていたのですが、あれは母親の選択だったようにも思う。
きっと新聞で紹介記事を見て、可愛いから見たくなったんだろうと思ってます。
バンビの歌とか歌っていた事が有ったから、意外とああしたものが好きだったんだな。

末期には田中万里がレインボーのキャプテンとなって、中山麻里の椿麻里と共闘する事に。
田中は背が高かったので、中山との区別でそれぞれデカまり・チビまりと現場で呼ばれました。
この田中万里の伯父は日本初の300勝投手ビクトル・スタルヒン、伯母は高橋レナという事でした。
そうして、宿敵であるレインボー、椿麻里との対決をもって番組は終了。
好評による延長、そして人気絶頂のまま大団円という、これ以上無い終わり方でした。
この大人気の中の終了は、岡田可愛による報酬賃上げ要求が原因とされておりました。

まだ21と若かった岡田とその親は、『サインはV』の大人気で少し目が眩んでしまったようで、
この当時、マスコミでの書かれ方はあまり良くないものでした。
そんな内乱が有ったからでしょう、番組の打ち上げにも主演の岡田は顔を出さず。
一方、宿敵役だった中山麻里の方が制作陣に受けが良かったのか、
番組終了後すぐに、『麻里のお部屋』という帯番組を持つ事に。
この当時まだそれほど多くない冠番組を脇役から射止めたという事で、
ちょっと珍しい事例として報じられたりしました。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
幻の?
実はこれを知ったのは、再放送でも坂口良子版でもなくて、笑って笑って60分の最後のミニドラマで知りました!確かハンダースの面々が主役だったと思います。唯、取り上げられることがほとんど無く、知る人ぞ知るものなので此処に書きましたm(_ _)m
2014/10/26(日) 23:56:21 | URL | かむい
主題歌の歌詞置き換えてみたら・・・
当時、何かで弘田美恵子さんのvacationをサインはVの出だしに替えて歌っていたのを聞いた事あります!VICTORYサインはV!をVACATIONたのしいな!という風にです!これ考えた方、凄い!
2014/10/27(月) 00:03:16 | URL | かむい
イナズマ落とし
欠かさず見てました。アタックNO1と同じくらいのSF度で、まあ許容範囲のスポ根番組でした。ジュンとユミとのX攻撃がみなさんには一番記憶にあると思いますが、当時バレー部に所属していた私にとってはやはり「イナズマ落とし」ですかね。ユミがやおらコートに尻を向けて、腕をグルグル回して「イナズマ落とし!」と叫んだかどうかは忘れましたが、放たれたボールがまるでイナズマのように左右に曲がりながら敵コートへという感じでした。「そんな曲がり方するはずないでしょ」と心の中で突っ込みを入れてました。
 しかし、今から25年前、女子バレーワールドカップ、全日本VSキューバで、私がコートエンドの最前列の席をふんぱつして買ったときのことです。全日本は中田、益子、斎藤などが主力で、一方キューバは、今や伝説のあのルイスがいたときです。ルイスのアタックはぶったまげでした。ジャンプしたら、上半身がネットの上に出てました。たまげました。すいません、それました。その試合でカルバハル(キューバのセンタープレーヤー)が打ったフローターサーブ、がっがっがっと左右に曲がりながら全日本のコートを襲うではありませんか。「イナズマ落としだ」と私は叫んでました。
2014/10/29(水) 22:13:48 | URL | みのモンタナ
異なる主題歌音源
岡田可愛さんと言えば、最近ではQVCの通販番組に、自らプロデュースした婦人服などを引っさげて出演なさっていますが、昔とお変わりないお姿にはただただ感心するばかりです。

ところで、この番組の主題歌レコードは各社から発売されていたのですが、実はそれぞれ異なる音源が使われていました。それまでは会社が違っても同じ音源を使っていたのに、です。
1960年代当時、子供向け番組の主題歌は音楽出版社から各レコード会社に音源が貸し出されるケースが多く、その為に各社共通の音源となっていたのです。まだまだレコードが高価だった時代、こうすることでより廉価なソノシートとして発売することも簡単でした。
しかしレコードの普及が進んだ70年代以降、音楽出版社と共にレコード会社側が事前に音源を確保するケースが増えてきました。その結果、音源所有社以外のレコード会社からは、カバーバージョンという形でしか発売できなくなったのです。
「サインはV」の場合も、テレビオリジナル版を歌った麻里圭子はビクター専属、その為に例えばキングでは中村晃子が歌う別バージョンが出されていたのです。私は中村版を実際に聞いた事があるのですが、やはり違和感を感じずにはいられませんでした。
2014/11/01(土) 15:38:30 | URL | うみがめ
● かむいさん
ん? 『サインはV』という題名でですか?
ハンダースが。なんか覚えてないなあ。
検索したら、キスシーンまで有ったとか。嫌だなあ。
バケーションとの組合せは、割と思いつくと思うんですよね。
ワタクシもすぐ思いつきましたもの(笑)。


● みのモンタナさん
SFと言ったらSFマニアが怒る気もしますが(笑)。
名前は叫ばなかったけど、あの打ち方はみんな真似しましたよね(笑)。
実際に左右に曲げられるのですか?
岡田可愛さんらが収録した時には、現地の人も観客としてか見学かで見ていて、
岡田さんがあの打ち方から打つ球がとんでもない所へ飛んでいくので、
なんだとガッカリされたという話が有りますが(笑)。


● うみがめさん
おお。通販番組というのは、懐かしの顔触れを楽しめるという利点も有るのですね(笑)。

音盤に関してですが、1960年代まではTBSも欲まみれでなく、
子供向け主題歌音盤は系列会社の日音という所に管理させてはいましたが、
その日音はどのような会社にも等しく音源を貸し出していたのです。
そのため、子供はどんなレコードを買っても、テレビと変わらぬ歌声で楽しめました。

それに変化が出たのは正に70年からだったかと思います。
前年、フジテレビの『ムーミン』を歌った藤田淑子が、新興CBSソニーと独占契約したのですね。
このため『ムーミン』のテレビ版主題歌は、市中ではお目にかかれなくなってしまいました。
カルピス配布の非売シートでわすかに楽しめたくらいで、
市中で普通に買えたレコード版は、松島みのり版だの子供歌唱のやつばかり。
子供たちは、テレビと違う歌声に、大きくガッカリしたのです。
しかもその上ご丁寧に、『ムーミン』の大人気により他社盤はバカ売れ。
レコード大賞童謡賞まで受賞してしまうのですね。
その受賞者は、本当の主題歌歌手ではなく、まったく名前も知らない子供歌手。
テレビが古き良き時代から欲得まみれの腐った媒体となる過渡期に生じた、
なんとも馬鹿馬鹿しい絵面でした。

そうした流れに呼応してでしょう、日音による全社平等対応も消えていき、
ご指摘のように『サインはV』も、TV版はビクター音源となっております。
しかし、中村晃子キング盤は初耳でした。おそらくLP収録のみですね。
中村晃子さんがただそれだけのためにテレビ主題歌を収録していたというのも意外です。
あと東芝盤が富田智子さん、その他大勢の社は前川陽子さんの歌唱音源を使用しておりました。
2014/11/03(月) 08:50:17 | URL | ごいんきょ
前から同じことおもってました
サインはVのテーマって、モロに「VACATION」のパクリだなど前からおもってましたが、やはり同じこと考えていた人がいたんですね。

でも、かなりわかりやすいパクリなのに、あまり話題にならなかったのは、オールディーズとスポ根アニメの両方に詳しいリスナーがいなかった(カテゴリー的に両者がリンクしない)からですかね。
2014/11/16(日) 19:03:01 | URL | 10000k
訂正します
サインのVは「スポ根アニメ」ではなく「スポ根ドラマ」でしたね。
2014/11/17(月) 07:10:49 | URL | 10000k
VACATION知ってた人は、大概結び付いたと思いますね(笑)。
話題にならなかったのは、むしろ有り触れてる考えだったからかと。
少なくともワタクシはそう考えて、あまり他人には言いませんでした(笑)。
2014/11/17(月) 22:59:50 | URL | ごいんきょ
中山仁さん
鬼コーチ役の中山仁さんが素敵でした。
その後、「おやじの嫁さん」というドラマで全く違う二枚目半の演技が本当に可笑しかったです。
当たり前ですが、役者さんって凄いですね。

以前に新宿のデパートで偶然入ったお店が、岡田可愛さんのお店でした。
ご本人がいらっしゃったのですが、ショートヘアーのお姿は「サインはⅤ」の時と同じく輝いて見えました。
2014/12/07(日) 19:41:29 | URL | モデラート
中山さんは、たしかにどちらでも違和感無い感じが。
昭和40年代特に前半は、二枚目役が多かったですがね。

岡田さんのお店は何屋さんだったのでしょう。
2014/12/07(日) 23:21:39 | URL | ごいんきょ
新参者からよろしくお願いいたします。
拝啓 よろしくお願いいたします。正直、ごいんきょ様の言われる通り「自分は、極めて無粋な好奇な眼で?サインはブイ」を見ておりました。これはやはり1960年代に物凄い人気だったスポ根アニメ「アタックNo1」の影響を凄く受けていたと思われるからです。もちろん東宝はこれ以前以後「水泳、新体操」等のスポ根ドラマを放映しましたが、当時バレーボールは女の子の花形スポーツでしたから。我々男子は、大変失礼ですが「ブルマーや太もも」でしたお詫びいたします。当時のマスゴミ記事はどういう訳か「決してブルマーとは言わず、ショーとパンツ」と言っていましたね。これが不思議でした。皆様は誰のファンだったかは解りませんが、自分は当時から「松村キャプテン役の岸ユキさん」が好きで、長身でボーイッシュであんな年上彼女とデートしたいと、、、、お世話になりました(何がこらぁ、、、)
何と言っても忘れられないのは「三沢郷氏の素敵で格好良いテーマ曲」でしたね。皆様は「バケーションのパクリ」と言われるが、なるほどそう聴けない事も無いが、大体テンポもサビもかなり違いますしね。参考程度にはなった事は否定できないでしょうけど。この三沢郷氏は名前同様に、音楽=メロディー、アレンジ共にとにかくスピーディーでカッコ良く、乗りのりでした。特にこの「サインはブイ」は、テレビオリジナルとレコード化されたバージョンは異なっており、ビクターでのレコード化は(上記にもありましたが人気番組は必ずカバーが出ていた)テープ編集の跡が明確に解る様な出来栄えですが、スピード感は出ていましたね。アレンジも三沢郷氏自らが手がけられたものでした(後に坂口良子さん主演時には、アレンジは別の方に代わり、すっかり良さが失われましたが) セットドラムスとティンパニーに多用がとても印象的で、その当時のリズムの流行の様子や雰囲気が本当に良く解る素晴らしいアレンジでした。やはりこの手のスポ根音楽は「テンポが早めでキビキビ感が出なくては駄目」なのですから。BGMも何か非常に個性的で、他では聴けない面白さがありましたね。特に試合中に流れる曲は。この当時とにかく皆スカートが短く健康的なお色気満載で隠れファンが非常に多かったと聞きました。後年再放送が行われた際に、夢中で再見した際、過ぎさった青春時代の入り口に立っていたであろう自分のあの頃を思い出し、何か泣けて泣けてしょうがなかった事を思い出しました。敬具
2017/06/24(土) 16:43:19 | URL | よしたかくん
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