私的 昭和テレビ大全集
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ひるのプレゼント (1970)

該当番組画像募集


♪ パララ パララ パラパラパラ パララ パララ パラパラパラ ドン

ポーンというお昼の時報をどの局で聞いたか。
もしNHKで聞いていたあなたなら、お昼の時間は、
時報と共に始まる15分のNHKお昼のニュースに始まり、
ローカルニュース等を5分間挟んで、12時20分からはこの主題曲が耳馴染んでいたはず。
そして45分からテレビ小説の再放送というのが、70年代、80年代の日本の昼休みでした。
『ひるのプレゼント』という、いかにもNHKといった大人しい題名に、
いかにもNHKという大人しい内容が、お昼時には落ち着いていていい感じだった。
お昼も騒がしいのを見たい人、見たい時は、フジテレビという選択でした(笑)。

尤も、NHKとしましては、あれが「バラエティー番組」だったわけです。
『ひるのプレゼント』は、NHK初の帯バラエティーという触れ込みでした。
それまでは、昼も日替わりの内容だったのですね。
帯になったのを前面に出すためか、出演者は週通しで出るのが普通で、
そして翌週はまた違う出演者が、という具合が通常でした。
例えば第一週は、柳家小さんを主として、布施明と水前寺清子が絡む図。
往時のNHKが日本テレビに次いで得意としていた、
歌と笑いを盛り込んだ、昔ながらのバラエティーショー。♪ ボヨンという主題曲終了後、
拍手の中で出演漫才師が掴みの話を始める構図が思い出されます。

第二週は坂本九を主に、和泉雅子と田家力三という、奇々怪々な顔触れ(笑)。
更に毎日一人の特別出演者を呼んで、ショー構成で魅せた週。
第三週はコント55号に高橋英樹。
後に萩本と一緒に番組をやる高橋、既にここで共演しておりました。
「私の好きな歌ベストスリー」という趣向の週でした。
こうした主立った企画の後、新人による3分間の新曲コーナー等。
司会は山川静夫と飯窪長彦が一週交替で担当しておりました。
なんだか全てが一週間単位で、スタジオ収録のようですが、生放送だったというのですが。

坂本九が主賓の第二週では、コンピューターによる作詞作曲が披露されました。
と言っても当時ですからアルゴリズムは単純で、坂本九の持ち歌26曲の情報を打ち込み、
作詞の場合は使われている言葉の頻度を調べ、コンピューターが組み合わせたものを
人間が選び、更に補作したというもの。
作曲の方も、1分に百小節という感じで組み合わせだしたものから、
人間がピッタリ来るものを選んだという話。
今ならもう少しコンピューターの独自性を発揮した作詞作曲も可能な気がしますが。

後にNHKの大きな看板とまでなる山川静夫は、
これがほぼ最初と言って良い、顔と名前を大々的に売り出した番組。
前年に『おたのしみグランドホール』という番組を九重佑三子とやってますが、
そちらでは名前は売れなかったと思うんですよね(笑)。
NHKの顔となったアナウンサーとしては珍しい部類になるのでしょうが、
独立せず、民放に出張る事は有りませんでした。
最も有名であろう司会作『ウルトラアイ』も、そのうち扱いますので(笑)。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
70年代のお昼
タイトルを見た瞬間、やはりあの音楽が頭を過ぎりましたね!しかしながら70年代のお昼はバラエティーに飛んでいて毎日チャンネルを変えて見ても飽きません感じでクイズ見たければ6チャンネル、渋い芸見たければ1チャンネル、思い切り笑いたければ8チャンネル(但し70年代前半のみ!)心霊見たければ4チャンネル、社会派ならば10チャンネル、再放送見たければ12チャンネルという風ですね。ちなみに我が家は1と6が多かったですm(_ _)m
2014/10/31(金) 00:45:20 | URL | かむい
母方の祖母がNHK派でして・・・。
こんにちわ。大変ご無沙汰してスミマセン。私が小学生のころに、三重から母方の祖母が実家に来て「ひるのプレゼント」内の「わたしの好きな童謡」のコーナー(当時のNHKアナウンサーの加賀美サン司会)で、安田祥子さん&由紀さおりさんが「花」(滝廉太郎作曲)や、「緑のそよ風」等を熱唱しているシーンを祖母と一緒に観て、今でも由紀さん&安田さんが歌っている声が耳の残ってますよ。
2014/11/01(土) 13:52:19 | URL | そらいちろー&くもいちろー
印象に残った企画
20年余りにわたって放送されていた番組だけに、ここで観た企画の中で印象に残っているものはいくつもありますが、その中から一つ挙げるとすれば「兄弟型人間学」は特に忘れられません。

保守的で不器用な第一子長男、やたら細かい第一子長女、優柔不断な中間子、器用で甘え上手な末っ子、マイペースな一人っ子、それぞれの特徴について1日ずつ特集していました。
こうした「人間学」と称するものは、ともすれば非科学的と非難されがちです。まあ血液型人間学の場合は、赤血球の構造と性格という、余り関連性のない二つを結びつけた時点で非科学的と断定されても仕方ありませんが、兄弟型の場合は生まれ順や性差によって、親や周囲の人の接し方におのずと違いが生じるものであり、人の性格とは後天的に形作られるという説に従えば、全くナンセンスとは言い切れないものです。だからこそ、こうしてひるプレでも大々的に特集されたのでしょう。
2014/11/01(土) 14:58:04 | URL | うみがめ
全く関係ないですが
実は小柳ルミ子歌唱の「瀬戸の花嫁」が、ひるのプレゼントのテーマにソックリという・・・・、確かに「瀬戸の花嫁」を軽快なアレンジでテンポアップさせると(笑)。
2014/11/01(土) 20:58:09 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
ちなみに
ちなみにひるのプレゼントは1970年4月開始。一方、瀬戸の花嫁は1972年4月発売・・・・、さて真相は?
2014/11/01(土) 21:02:10 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
テーマ曲
♪ミファソ ソラミファ
のオープニング曲、ファの音が午前中家事をしたお母さんがやれやれお昼にしましょうかという時の優しい感じにピッタリだと拘って作った、と宮川泰先生のご著書にありました。
本当にあのテーマ曲はほっとするお昼休みという感じでした。

私もピアノを習い始めてドレミを覚えたころ、ドは頼もしいお父さんで、ミは明るいお姉さん、ファはやさしいお兄さん・・なんて勝手に感じていました(笑)。

で翌年に
♪ミファソ ソラミソ
という「瀬戸の花嫁」が作られ、宮川先生はファじゃなくてソの方が大ヒットしてファの方は相変わらずお母さんのBGMだったと。

74年頃数年番組を観ていましたが、司会は飯窪長彦アナウンサーの記憶があります。
その後「お達者クラブ」で飯窪アナウンサーを久しぶりに拝見したという感じがしました。
2014/11/03(月) 21:22:14 | URL | モデラート
● かむいさん
そうですよねえ。
どこを見ても似たような番組という事を避ける場合が非常に多かったです。
一局の中でも多様性を持たせていたしね。
ワタクシは時代によって色々替えたし、一通り見てますね(笑)。


● そらいちろー&くもいちろーさん
来る者拒まず去る者追わず、再び来る者涙して迎えるサイトへようこそ(笑)。
由紀さん姉妹が童謡を歌ったという事は、わりと末期の方ですね。
お婆さんには懐かしい唄だったのでしょうか。


● うみがめさん
その前はなかなか定着してなかった感じですが、これは長かったですね。
非科学的ではないとは思いますが、紋切り型に人間を分類するのは、
間違った応対を派生させやすいので、娯楽マスコミには不向きなように思います。
でも、ワタクシは一番最初に血液型判断をテレビやった番組と思いますけど、
それがなんだったかは忘れましたけど(笑)、とにかく嫌になりました。
B型の判断は、俺の日常を監視していて作り上げただろうと、ちょっと不安になりましたよ(笑)。
ま、当たらずとも遠からずなんでしょうけど。


● TXさん
最初の何音かだけですねえ(笑)。


● モデラートさん
ご子息の彬良先生はラの音は楽しくなる音だと解説されておりましたが、
ファは安心する音なのですか。そう言えばファーっとしてるかな(笑)。
これ、いずれ彬良先生がハピリーで使いそうな話(笑)。
文化放送土曜朝のハピリー、7時40分頃から8時までの「」ハピリークラシック」は、
音楽好きな方、昭和テレビ好きな方、必聴の番組ですよ。
あんなに音を楽しむ音楽を実践している人も、今ではあまり表で見なくなりました。

その伝でいくと、ソで落ち着かなくなっているわけで、
島へお嫁に行くという希望と不安が混ざった心情を表しているのかも。
ま、一音一音に意味持たせて作っていたら凄いですけど(笑)、
彬良先生による『ウエストサイド物語』音楽の解説には感動しましたけどね。
バーンスタインさんは間違い無く、あのような意図で音を配置させていたのでしょう。
あれはノーベル音楽賞ものの解説でしたよ。
もっと世界的に評価されて良い話だったのに。
2014/11/04(火) 00:45:12 | URL | ごいんきょ
夏休み
この番組の放映された年代は
私が丁度幼稚園や学校に通っていた時期で
従って視聴できたのは
夏休み、冬休みや春休みでした。
山川静夫さんがテレビで「昼のプレゼント」
生方惠一さんはラジオのエフエムで「ひるの歌謡曲」だったと思います。
この頃のテレビやラジオの番組は
はっきりと視聴者を意識した
ある種の品のある番組であったように思います。
物腰の柔らかい、ゆったりとしたNHKの個性や持ち味が出ていて
チャンネルを見なくても
明らかにNHKだとわかってしまう
そういうカラーがカラーテレビのブラウン管やその下のスピーカーから伝わってきていました。
2015/02/28(土) 17:17:10 | URL | 北極
ひるプレは
「ベルトクイズ」「スーパーダイス」が終わってからすぐ見れましたが、「シャボン玉こんにちは」をよく見ていたのであまり見ませんでした。

ただ放送終了まで後半年程となった90年9月、沖縄の那覇から石垣島に向かうフェリーの食堂のテレビで見たときはちょうど陸上競技か何かのアジア大会を記念して会場だった中国からの衛星生中継が放送されていました。
中国向けに中国語での番組名のプレートが掲げられていて
「中午的礼物」
と表記されていたのは衝撃的でした。
2015/02/28(土) 23:23:54 | URL | リオ
追伸
ひるプレは、平素は東京のスタジオからの放送でしたか、年に数回、通常は大阪局制作番組枠の土曜の昼に「ほっかいどうひるのプレゼント」として、道内の主に漁師町や農村町で公開生中継されていました。
道内局アナとゲストが地元の人たちの郷土芸能披露等を通じての掛け合いが面白く、今でも印象的だったのは玉川カルテットが地元のアイスホッケーチームの少年達とホッケーの道具を持っての掛け合いで会場全員がドッと沸き上がっていたことでした。
この回の放送は事前にNHK道内での「昼のお知らせ」で通知され、玉川カルテットが出るというので当日を楽しみにして、当日学校から帰ってすぐに家族で見ました。
2015/03/02(月) 10:20:53 | URL | リオ
● 北極さん
生方さんはラジオから来たのですか。
『ひるの歌謡曲』は有名ですが、聞いた事無いかも。
NHKはテレビの良心だったと思うのですがね。
商業主義の毒も、とうとうNHKにまで。
でも、まだラジオは結構まともです。
あとはナイター中継をやめてくれれば。


● リオさん
90年代までやってたのですか。
本当に、九州の人に比して北海道の常連さんが何故か非常に多い当ブログ。
玉川カルテットも、むしろ九州の人が多いようですが。
たまたまリオさんの好みだったのかな。
2015/05/07(木) 06:48:20 | URL | ごいんきょ
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