私的 昭和テレビ大全集
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どっきりカメラ (1970)

該当番組画像募集


「オゲレツの日テレ」を彩る一作でありました。
一億総白痴化の汚名をテレビに着せた張本番組である『なんでもやりまショー』
というのが日本テレビ開局当時の人気番組として有りましたが、
それを昭和40年代に復活させたものを昭和44年に始めました。
その番組中の番段の一つとして設けられたのが、『どっきりカメラ』企画でした。
当時から仕掛人として活躍していたのが、宍戸錠。
そして最後に種明かしと謝り役だったのが、ヘルメットを被った野呂圭介でした。

宍戸錠は『ゲバゲバ90分』でこの手のテレビ番組に活路を見出した頃で、
既にテレビの笑いが約束事では成立しづらくなっている事に気付いておりました。
なので、抵抗を感じながらも役割をキッチリと演じ、
怒られても当然という覚悟はしていたのですね。
それでも、白バイ警官に扮して酒屋に入り、酒を呷るという企画の時は、
目撃者によって本当の警察に通報されてしまい、警官がやって来るという事態になり、
流石にまず過ぎるという判断で放送がお蔵入りとなってしまったのでした。

第二回の時は、東山明美がハイヒールの踵をコンクリの割れ目に挟んで抜けなくなった
という芝居をやり、周りの人に手伝ってもらったのですね。
実はボンドで接着してあったのですが、そうと知らぬ素人さん、
代わる代わる一生懸命手伝ってくれ、そのうちに踵が取れてしまうのでした。
そこへ東山が「弁償して」とやったものだから、局には抗議が殺到。
善意を玩具にするなという内容でしたが、正にその通りでしょう。
災難なのは東山明美ですが、ま、そんな仕事をする方もする方ですけどね。

ワタクシは、この最初の『どっきりカメラ』は見ておりませんが、
その後に何度か企画が蘇っており、『木曜スペシャル』でやったのは途中見ました。
すぐに嫌気が差してチャンネル替えましたけど。
ワタクシも、善意を弄ぶ輩は大嫌いです。どうも日テレとかフジとか、
親米のとこほど愚民化制作を推進してるのはなんなんでしょう。
そして反米的なTBSやテレ朝は、同時に反日的でもあって困ったものです。
敗戦が根本理由でしょうが、いずれにせよマスコミは侮日活動を生業としている集団です。
ま、みんなワタクシの妄想なんですけどね(笑)。

そんな番組であっても世間的な人気は高かったのか、ついに昭和45年秋に独立番組に。
そういうイタズラ演技をやって一般人の反応を撮るという企画で、
今だとまず無理でしょうが、往時はテレビに対して寛容な日本人が多く、
「テレビに出していいですか」と聞くと、大概は許可してくれたといいます。
寛容と言うよりも、まだテレビに出るという事に物珍しさが感じられた時代で、
基本的に騙される方は善意の発露の結果で騙される図という事も有って、
テレビに出られるならまあいいかという感覚だったのでしょう。
幾許かの出演料も支払われたでしょうしね。

野呂圭介の方は坂上二郎と同郷の親友という繋がりで、
上京も芸能界入りも一緒だったという仲。
司会の宍戸錠と同じ事務所だった事から、あの役が舞い込んだ訳です。
「どっきりカメラ」と書かれた板を持って対象者に種明かしをする役ですが、
それだけに怒りの対象とされる事も有ったり、損な役回りでした。
ちなみに我が家はこの土曜夜9時からの30分は、フジテレビで
『ズバリ!当てましょう』を見ておりましたので、一回も見ていないと思います。
日本視聴者会議という訳の分からない所(笑)が選定したワースト番組で、
実際には大人しかった『ハレンチ学園』に次ぐ第二位という実績も持っております(笑)。
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この記事へ寄せられたコメント
Candid Camera
様々なハプニングに見舞われる人を隠しカメラで捉え、その反応を見て楽しむという趣旨の番組は、元はアメリカで「キャンディド・カメラ」なるタイトルで放送されていたものです。「どっきりカメラ」はいわばその日本版として企画されました。木曜スペシャル枠登場後は同枠でのイレギュラー番組となりましたが、その後他局にも同様の番組が登場したことから、「元祖」と銘打つようになっています。

近年は同じどっきり企画でも、日頃お世話になっているあの人に感謝の気持ちを伝えよう、でも面と向かって言うのも気恥ずかしい、そんな人からの依頼でどっきりを仕掛けるという感動系の企画が主流となっています。もっともこれも、見方によっては「安っぽい感動の押し売り」と片付けられそうですが。
2014/11/01(土) 15:13:42 | URL | うみがめ
謎の円盤UFOを見た後で
 謎の円盤UFOを見た後で、チャンネルを変えずにそのまま見ていました。当時『純真(笑)』だった私は、「こういうことを本当にしてもいいんだ!」と深い感動をおぼえていました。もともと『意地悪ばあさん』や『いたずらばあさん』がが好きだったので、これも真似しようと思っていましたが、子供が真似できるイタズラは少なかったですね。
 一度、番組の中で騙された人が怒ってしまい、別に今で言う『切れた』わけではなく、当時は今より常識的でしたから、微笑と冷笑と非難を顔に表しながら、穏やかに「こういうことをしたらどう思うかわかっているのか、楽しいのか、いいと思っているのか」というようなことを懇々と説く人が映されたのを覚えています。
 なんか一度、象を使いませんでしたっけ。
2014/11/02(日) 15:32:24 | URL | あぶもんもん
● うみがめさん
キャンディドは知ってましたが、調べたらかなり古くから有ったんですね。
日本での本当の元祖はこの番組なんですが(笑)。
感動のドッキリね。なるほど、そんな手が有りましたか。


● あぶさん
感動(笑)。
いやあ、この番種で感動したという人がいるなんて、
制作者が聞いたら喜ぶと思いますよ(笑)。
象は覚えてませんが、軽い悶着は何度か有ったかな。
2014/11/04(火) 01:12:38 | URL | ごいんきょ
けっこう古かったんですね。
「どっきりカメラ」は小学生の
頃から高校生くらいの頃まで
やっていたような記憶が
あります。
1973年から始まったと思って
いましたが、実際はもっと古か
ったんですね、確か最初の頃は
毎週土曜日に放送していて、そ
れから木曜スペシャルで、年2
回か3回の特集をやるように
なったと思います。
結構好きで、毎回楽しみにしてい
ましたが、内容はほとんど忘れ
てしまいました。
記憶に残っている内容は、山奥の
畑に突然UFOが出現、畑の世話
をしようとした、お爺さんと
お婆さんはびっくり。
UFOから出て来た、王冠とドレス
を着た、何とか星(名前を忘れた)
のアンドロメダ王女?がお爺さんと
お婆さんを気に入って、自分の星に
招待しようとする内容でした。
2014/11/13(木) 16:52:04 | URL | くも
そうですね。元祖の元祖は、昭和45年なのです。
UFOって、それ、信じられるほど上手く出来てたんですかね。
なんか演出色の強そうな(笑)。

ワタクシも思い出しましたけど、熊の毛皮を着て脅かすの有りましたよね。
そのうちに、逆に猟師かなんかに追われるという逆ドッキリ仕掛けられて(笑)。
2014/11/13(木) 22:47:28 | URL | ごいんきょ
はっきり言って、ちゃっちい
感じで、いかにも作り物とい
うのが見てはっきりわかる代物
でしたが、当時の老人たちは
簡単に騙せたかもしれません。
ヘルメットを被り、シャツ
ジーンズ姿で「どっきりカメラ」
の看板を持って現れた野呂圭介氏
ですが「あの人は今・・・。」
のようなタレントや政治家、その他
お騒がせ人物がその後どうなったか
とりあげた番組で、
芸能界やTV業界から遠ざかり、
陶芸家に転身したのを観ました。
2014/11/15(土) 09:14:35 | URL | くも
ああ、熊の着ぐるみがですね。
でも、当時はイタズラであんな事やる人間がいるなんて想像もしてない頃ですから、
やっぱり慌てると思いますよ。

陶芸家ですか。
なんか解る気も(笑)。
2014/11/17(月) 22:06:36 | URL | ごいんきょ
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