私的 昭和テレビ大全集
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夫婦善哉 (1963)

夫婦善哉(1963)
元々はラジオ番組だった、夫婦紹介番組の元祖ですね。
『蝶々・雄二の夫婦善哉』というタイトルでしたが、
丁度ワタクシが見始めた昭和40年代中頃に、ミヤコ蝶々の相方…
まあ、元は人生の相方でもあったわけですが、
その南都雄二が病気で出演しなくなっていました。
なんで『蝶々・雄二の』ってタイトルなんだろうと不思議でしたね。
しかし、それからさほど間を置かず、南都雄二死去のニュースが流れました。
それからも『ミヤコ蝶々の夫婦善哉』としてしばらく続き、
ラジオ時代から通算すると、かなりの長期番組となりました。

現在もある『新婚さんいらっしゃい』もかなりの長寿。
『唄子・啓助のおもろい夫婦』も長寿でしたね。
素人夫婦対談というのは長寿になる傾向があります。
一般人の夫婦が、赤の他人に対して自分達の赤裸々な夫婦生活を
あっけらかんと語ってしまう衝撃、そして爆笑。
ああ、ウチだけじゃないんだという安心感と共感を得られるのが、
この手の番組の人気の秘密だったんでしょうね。
そうした素人夫婦参加番組の元祖で、その後のひな形ともなりました。

このうち、蝶々・雄二、唄子・啓助は夫婦漫才師だったんですね。
夫婦漫才というのはパターンは一緒で、夫がボケて嫁さんがツッコむ。
それも、半端でなくキツいツッコミをすればするほど面白い。
普通の女漫才師がキツいツッコミをすれば不快になる可能性が高いですが、
(元)嫁さんが(元)旦那にやるのは、キツいほどおもろくなります。
で、このミヤコ蝶々もそんな漫才の名残で、一人で活動するようになってからも
辛口のコメントをウリにしてワイドショーなどで活躍しました。
この番組でも同様で、出演夫婦をよく叱ってたなあ(苦笑)。
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この記事へ寄せられたコメント
夫婦善哉の終焉―蝶々さんの手記(記事)より
今から35年前、1975(昭和50)年の8~9月のことだったと思います。
ラジオから通算して20年の歴史を誇った『夫婦善哉』の放送終了を前に、ミヤコ蝶々さんが雑誌(婦人公論だったと思いますが…)に手記を寄せていました。

その手記(記事)によると、2年前(1973年)に南都雄二さんを亡くしたことは、ご本人にとって大きなショックでしたが、それでも蝶々さんは「たとえ一人でも、長寿番組の灯を消してはならない」と、自らを奮い立たせていたそうです。

ところが、その蝶々さんの頑張りでも太刀打ち出来ない事態が起こります。例のTBS-ABC、NET-MBSの「腸捻転」解消に伴う、枠(放送時間)移動という問題でした。

テレビでは最初(1963年~)、金曜日の22時30分からでした。この枠はのちに「ザ・ガードマン」(1965~1971)の直後ということもあいまって、非常に「おいしい」時間帯になったはずです。

そのあと、金曜日21時、22時台の編成見直し(1時間ドラマを2本続ける)に伴い、日曜日の22時30分に引っ越します。この枠も、東芝日曜劇場―ドラマ(30分もの)に続くゾーンという事で、安定した人気を保っていたそうです。

ところが、上述の通り「腸捻転」の解消が実施(1975年4月編成から)されることになり、『夫婦善哉』は窮地に立たされます。
と言うのは、新たなネット相手であるNETの日曜日21時~22時台は、あの『日曜洋画劇場』です。いくらABCの長寿番組といえども、キー局の、それも淀川長治さんの映画に楯突くわけには行きません。
ただ、ABC=旧OTVは、NETより3年も早く開局してましたし、ドラマ・スポーツ・娯楽等の番組制作能力は、当時、ABCのほうが遥かに上ではないかなという気もしましたが…。

結局、「夫婦善哉」は土曜日の22時30分~に移動しました。が、直前枠は『土曜洋画劇場』、おまけに裏番組の『ウイークエンダー』や『影同心』などが影響して、かつてのような視聴率を稼ぐことはできなかったそうです。


もう一つ、『夫婦善哉』終了の理由が提供スポンサーでした。ラジオ時代から提供していた小野薬品工業は、終了の数年前にスポンサーを降板。その後を永大産業が引き継いで、番組開始当初からの「一社提供」のスタイルを守ってきました。

ところが、永大産業が経営破綻から、会社更生法の適用を申請するに至ります。こうなると、もう「一社提供」どころではありません。30分とはいえ、全国ネット番組ですから、ABC側はそれなりに「体力のある」スポンサー数社と契約し、「相乗り(複数社提供)」の形で、永大の穴を埋めようとしたのでした。

この「相乗り」を、蝶々さんは快く思っていなかったようです。手記によれば、「放送スタート時からお世話になった小野薬品さん、その後を引き受けて頂いた永大産業さんのおかげで、『夫婦善哉』はそのイメージを崩すことなく続けることができました。しかし、現在のような『数社相乗り』では、番組のイメージが損なわれるような気がしてなりません…」。

要するに、番組の趣旨や内容を理解し、番組を末永く応援してもらうためには、全て納得ずくのスポンサーによる「一社提供」でなければ、番組は長続きはしない…というのが、蝶々さんの持論だったようです。

よって、番組終了に至る経緯も「惜しまれながら、幕を下ろしたい」という蝶々さんの意向が反映された…というように、手記からは読み取りました。
こうして、1975年9月末、『夫婦善哉』は20年の歴史にピリオドを打ったのでした。


…どうも、私が「切り込み隊長」でコメントを書くと、レポートのように長~い物語になってしまいまして、誠に恐縮でございます。皆様どうか御容赦下さい。

実を言いますと、小野薬品ですので「タフマックED(EDといっても胃腸薬ですよ)」とか「リキホルモ」などにも触れたかったですが、これは次の機会に致します。

ごいんきょさま、度々恐縮です。
お許し下さいませ。
2010/02/01(月) 17:38:59 | URL | 甚六
あら。こんな名番組に、今まで一つもコメントが無かったのですね。
約5年の眠りから甦らせてくれて感謝です(笑)。

ああ、ガードマンの後だったからよく見てたのか。納得です。
日曜劇場の後でもウチなら見てたはず。納得です(笑)。

あのネット再編成では悲喜ありましたが、夫婦善哉は暗の方でしたか。
一社提供でなくなったから、という蝶々さんの考えは、慧眼だったと思います。
結局、数社相乗りだとどうしても安定志向になって行くんですよね。

ここは、昭和テレビに関する事でしたら長かろうが短かろうが大歓迎ですよ。
2010/02/04(木) 07:25:01 | URL | ごいんきょ
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