私的 昭和テレビ大全集
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闘え!ドラゴン (1974)

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ブルース・リーによる映画『燃えよ!ドラゴン』が、どれほど当時の野郎共を燃えさせたか、
女・子供・精子・精子未満どもには決して解るまい。
とにかく男という男が空想空手使いとなって、頭の中で達人のように夢想したのです。
大人であろうが、子供であろうが。
そんな凄まじい空手ブームも、テレビは手をしばらく拱かざるを得なかった。
なにしろ日本では拳法は武道として栄えており、見せものにする精神性ではない。
特に空手は、乱暴とかいう心象を抱かれていたので、その露出にかなり気を使っていたでしょう。
笑いを呼ぶ要素として、絶対に達人ではないだろうと解る者が、
それこそ見よう見まねで空手の真似をする例は増えましたが、それは世間の投影でも有りました。

そんな中、外注テレビ制作の老舗である宣弘社の社長が、和製空手スタアを見出したのです。
彼こそは香港帰りの倉田保昭。
香港で主に悪役の空手使いとして重用されていたらしい倉田が帰国してきた際、
彼を使ったテレビ番組の話を持ちかけるのですね。
そして話だけ聞いて再び香港に渡った倉田に、本格的な企画が持ち込まれる。
彼は忙しく、日程も詰まっていたのでやる気ではなかったと言います。
そこで、パイロット版は香港で作る事、彼の推薦する香港の空手スターを数名使う事など
条件を付けたら全て了解され、やらざるを得なくなったという事です(笑)。

内容は本当に単純。
一応、不知火竜馬という男が謎の組織に師匠を殺され、その復讐を誓うという
核となる有りがちな設定は有りますが(笑)、ハッキリ言ってそんなものは不要!(笑)
とにかく当時のテレビ界としては、いや、今でもあれだけの行動俳優は見当たらないという
倉田保昭の空手場面の迫力や美しさが半端ではなく、それだけ流してくれれば良いのです。
そうした場面が一区切り付いて、一応番組ですからという感じで劇進行に入ると、
早く空手場面にならないかとイライラソワソワ(笑)。
そしてまたその手の場面になると食い入るように見るという、その繰り返し。

前記のような事情で最初の数本は香港が舞台なのですが、
さすがにその回の迫力はテレビの枠を超えております。
香港映画では「アクション」というものの評価のされ方が日本と段違いなため、
人材も取り組み方もその差が著しくかけ離れているのですね。
単純な殺陣の話にしても、向こうでは実際に当てるまでするわけで、
日本に来てからの撮影では、その違いがかなり倉田を惑わせたようです。
ただ、筋運びを単純にしたのは、日本側の殊勲でした。

例えば相手組織のシャドウは、拳銃を使わない。
傍から見て事故死や自然死に見えるような殺し方をするのが掟なので、
必然、素手やそれに近い武器との格闘が主体となるという、上手い設定でした。
そうは言っても吹き針だのトンファだの青竜刀などの敵が出てくるのですけど、
それでもし殺したらどう見ても殺人事件だろと思うのですがね(笑)。
恐らくシャドウも、ドラゴンはこんなものでは殺されないと踏んでいたのでしょう(笑)。
ED主題歌もOP主題歌と同じなのですが、枠EDとも言うべき歌が一番最後に流れ、
それが倉田自ら歌う『ロンリードラゴン』でした。

歌詞だけが表示されるその歌での終わりは、昼ドラか、さもなくば
昭和30年代の番組作りでよく見られた手法。
制作が宣弘社だからというのは有るでしょうが、この場合、単純に時間稼ぎ、
尺稼ぎの部類だったんでしょうなあ(笑)。
とにかく激しい動きの場面が多いので、その時間を少しでも減らせるし。
そしてその歌も終わると、「見よう見まねで空手を使うのは絶対にやめましょう」
という注意が毎回読まれるのでした。ワタクシは正に空手を見よう見まねで使っていて、
同じ組の奴がその言葉を読み上げた時には少し恥ずかしくなりました(苦笑)。
宣弘社に見出された倉田保昭は、『Gメン'75』でも空手使いのドラゴンとして出演し、
よく香港ロケで活躍してましたけど、あれも倉田の発案だったんでしょう。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
♪たたかえード・ラ・ゴ・ン!
子門真人さんの歌声が聞こえてきました!彼の歌うオープニングのせいかヒーローものって感じが強かったです。真人といえば弟弟子役でマイウェイ大石家次男の赤塚真人さんもでてましたね。 倉田さんはこれと並行してバーディー大作戦に出演されてました。その名も「ドラゴン」で・・。バーディーの中では事務所でカールの袋を持ち歩きむしゃむしゃしている姿が印象的でした。闘え!とあまりに対照的だったので。
2014/11/18(火) 11:03:22 | URL | hey
「燃えよ!ドラゴン」の影響?
1974年の夜7時頃、何曜日か
忘れましたが、富山テレビで
毎週放送していた記憶があります
特に熱心なファンじゃなかったの
ですが、結構観ていました。
詳しい内容はほとんど忘れましたが
当時ブルースリーの「燃えよドラゴ
ン」が話題になっていたので、当時
その影響で制作されたんじゃない
かなと思っていました。
オープニングのテーマソングは、
♪~戦えドラゴン~!♪の部分しか
記憶に残っていませんが、heyさ
んのコメントで、子門真人だと
知りました。
後に北日本放送で、1982年の
月~金の夕方四時から放送された、
「バーディー大作戦」で「戦え!
ドラゴン」の主役だった、倉田保昭
氏が出演していたのを観て、なつか
しく思えました。
2014/11/18(火) 14:54:14 | URL | くも
これぞB級アクション!
蘇る昭和ヒーローの宣弘社編にも倉田さんのインタビューがありますが、やはりご隠居さんのかかれていたとおりです。特に初期はタイガーバームガーデンなんかで撮影もしているものですからもうそれだけでごはん2杯は行けます。おまけに敵の名前も緑のくもやら赤い虎とか胡散臭さ爆発ですね(良い意味で)で、敵の役者さんもヤン・スエや、安岡力也、そして沢村忠さん(!)のような本格的な人から黒部進さんのような?の人まで幅広過ぎのゲストでしたね。
2014/11/18(火) 23:32:10 | URL | かむい
● heyさん
武蔵小次郎ですね。
情けない役でしたが(笑)、そう言えば後に土曜21時に
『Gメン』と『ちょっとマイウエイ』で裏表になりましたねえ。
ああ、そうだ。『バーディー』も途中から出てたんでしたね。
どこでも名前は「ドラゴン」(笑)。
この番組の活躍を見て起用されたんだと思いますよ。


● くもさん
ええ。もちろん燃えよ!ドラゴンの影響ですよね。
主題歌は菊池俊輔さん作曲で子門さんの歌と、『仮面ライダー』路線に乗ってました。


● かむいさん
多分、その本で初めて扱われたんじゃないかな、意外と。
ワタクシが書いた通りと言いますか、ワタクシがそれを読んで書いたのですから(笑)。
タイガーバームでの映像は貴重なようですね。
タイガーバームは我が家にも有ったなあ、何故か。
利いたかどうかは忘れたけど(笑)。
今は普通に買えるんですか。
昭和50年代末期あたりにテレビCMも有ったような。

敵の名前については、劇中でもドラゴンだったと思いますけど、
「色のついた名前が好きなようだな」とか相手に言ってましたね(笑)。
沢村さんについては、悪役で使うなんてともいますし、
周りもなんでそんなの受けたんだよと思いますねえ。
2014/11/20(木) 07:04:58 | URL | ごいんきょ
期待外れ
はじめて「燃えよドラゴン」を見たときの衝撃、なんと言葉にすればよいのか。映画館を出た時、その辺にある、ゴミ箱を蹴り倒したくなりました。新聞紙をぎちぎちにまいて、さらに黒ビニールテープをがっちり外側に巻つけてヌンチャク完成、勉強もせずに練習しました。
 そんな頃、この番組がスタート、初めは、香港が舞台でブルース・リャン(きな臭い名前)なんかも登場して、それなりには耐えられたのですが、日本に帰ってからは、もうダメでした。倉田さん、「アチョー」と叫んでましたが、半年で終わってしまいました。二番煎じは、本家を超えれことはないという例ですね。
2014/11/22(土) 00:54:30 | URL | みのモンタナ
映画と比べても詮無いと。それもハリウッド映画と比べたら可哀想すぎます(苦笑)。
テレビ映画としては充分楽しめる作品だったと思いますね。
倉田さんはさすが香港仕込みという動きだったし。
特に香港編は、とても12チャンネルの番組とは思えない出来でしたよ(笑)。
2014/11/23(日) 10:01:00 | URL | ごいんきょ
正しくは「闘え!ドラゴン」だった
んですね、富山テレビで1974年
に1度観たきり、再放送はやって
いないと思われます。
もしかしたら、やっていたのだけれ
ど、観ていないのかもしれません。
外国(香港)が舞台になっていた
ので、悪役はほとんど外国人
だったと当時思っていましたが、
げっこう有名な日本人タレントが
ゲスト出演していたみたいですね。
当時東京12チャンネルで、何時に
放送されていたのかわかりませんが
「見よう見まねで空手を絶対につか
うのはやめましょう」と言っている
ので、視聴者の大半である子供達へ
の影響に配慮して、香港映画のアク
ションよりしょぼくなったのかも
しれません。
2014/11/23(日) 22:29:43 | URL | くも
香港が舞台なのは、最初の5、6回くらいだけだと思います。
その後は日本で制作してますので、悪役も日本人ですし、
殺陣もかなり落ちたのは確かなようです。
2014/11/24(月) 00:50:24 | URL | ごいんきょ
猿島ロケ
去年、この闘え!ドラゴンを含め数々の番組ロケが行われた横須賀の猿島に行ったのですが、TVの画面マジックなのかドラゴンが戦った砂浜は実際は大変狭く「こんなところで撮ったのか?」と驚きました。
2014/11/26(水) 10:41:06 | URL | 代表
ありますよねー。
写真なんかでも、プロがきちんと構図を決めて、
いい機種で良い天気で取った写真を見て行くと、
現場は思ったより貧相で詐欺のように思う事があります(笑)。
2014/11/27(木) 06:59:51 | URL | ごいんきょ
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