私的 昭和テレビ大全集
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クイズ面白ゼミナール (1981)

該当番組画像募集


「知るは楽しみなりと申しまして、知識を沢山持つ事は、
 人生を楽しくしてくれるものでございます。
 ワタクシは、当ゼミナールの主任教授でございます。
 それでは、今晩の学生さんを紹介致します」


司会の鈴木健二の顔イラストが次々と表示される、
あまり美しくない(笑)OPが明けるや、冒頭の挨拶で始まりました。
つまり、この番組内はゼミナールという趣向で、鈴木健二は教授という立場。
回答者は一定時間内に一斉にフリップにマジックで回答を書くのですが、
それを促す際、鈴木は「さあ、書きなさい」と言っておりました。
これが新聞投書欄などで横柄だと指摘する向きも有ったのですが、
回答者3人一組計4組12人、全員が芸能人もしくは準じる人なわけですよ。
そしてゼミという設定なのだから、ちっとも不愉快と思わなかったし、
世の中にはなんだか意味不明なイチャモンをつける人がいるんだなあと思いました。

そしたら、『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングで、
タモリもそんな話をしていて、意外と賢くない事を言う奴だと思いましたね。
その後『笑っていいとも!』では、この番組をパロったようなコーナーが出来、
そこで教授役となったタモリが回答を促す際に
「さあ書け、書きやがれ~~!」とか言っていたのは可笑しかったですが(笑)。
しかし、そんな一部の難癖もものともせず、しばらく「書きなさい」と言ってましたね。
鈴木の姿勢か制作者の姿勢か、その辺は好感を持ってました。

映画監督・鈴木清順の弟で、昭和40年代は『こんにちは奥さん』の司会で受けていた鈴木健二。
その番組は、一種曰く付きで不遇の降板となったものの、
元々が実力ある人間だったため、十年間の雌伏をものともせずに、
この『面白ゼミナール』と『歴史への招待』で一気にまた駆け上がりました。
なにしろ進行はほとんど完璧丸暗記。番組中に幾つも出てくる説明のための数字も、
全て一の位まで紙も見ず諳んじる様には、視聴者も驚いたものです。
ま、時々、一部音声を上書きして言い換えてた事が有りましたけど(笑)、
頻度としてはそう多くなかったし、彼の特異な暗記術に傷がつくものではありませんでした。

内容としては、前半が学校教科書から出される教科書クイズ、
鈴木健二が着物姿に着替えて登場する、お得意の歴史クイズ等。
そして後半が主軸のゼミナールクイズで、毎週の主題を元にして構成されました。
その間に、本当の専門家が講義という名目で少し話をするのがお決まり。
あれだけの専門家たちの上に主任教授たる鈴木健二がいたわけですから、
その位置たるや燦然と輝くものが(笑)。
しかし、そうした立場にそぐわぬ事の無いよう、数多くの知識を吸収する努力に怠りなく、
驚愕の暗記術を駆使する彼は、その風貌と共に、まさしく主任教授に相応しいものでした。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
続・国営VS民放
以前ヒントでピントの欄でもコメント書きましたが、丁度同じ曜日の同じ時間帯ナンデスヨネェ~!故に見るのは一周交代でした。ご隠居さんの記事で鈴木清順監督と鈴木健二さんが兄弟と始めてしりました。この番組というと真っ先に思い出すのがどこから見ても?の文字に見えるトロフィーで、あれはどの様に作ったのデスカネ?考えると夜も寝られなくなっちゃいます!後、以前明石家さんまさんが言っていたのですが、澪つくしチームでこの番組に出たとき、中間発表かなにかでトップだった時(個人かチームか忘れましたが)さんまさんがシャレで自分の頭を指で叩いた姿が相手を小馬鹿にしてるといわれそれ以来NHKに出てないような事を聞いた事あります。
2014/12/08(月) 02:39:55 | URL | かむい
後半のクイズは社会の授業で使われました
面白ゼミナールは毎回観ていましたね。前半のとある劇団の演技からのクイズは歴史とコメディと混ざっていて、わかりやすかった事を覚えています。鈴木アナの劇団の皆さんを紹介する時に「今回のオールスターキャストメンバーです」このフレーズは今の番組にはマネの出来ないような気がします。そして後半のクイズは本格的な大河ドラマかのようなクイズになると当時の中学の私からは難しい内容ですが、ここが社会の先生が図書室のテレビにビデオデッキに接続して授業の一部として後半の部分を歴史ですから、授業で使われたのは、今も覚えています。また鈴木アナの台詞を引用した先生の書いたプリントも楽しかったです。
2014/12/08(月) 02:43:32 | URL | ちーたま
鈴木健二さん
失礼ですが、まだご存命ですよね。昭和30年代の「電車特急こだま誕生」だったか「東海道新幹線開通」特番の司会もされたとかの記事を鉄道雑誌で読みました。80代後半くらい?でしょうか?
2014/12/08(月) 20:13:01 | URL | とらお
この番組はごく初期からかなり晩年まで見ておりましたが、
初期は裏にヒントでピント、世界名作劇場があったんですよね。
どれも見ていたはずなのですが…どうも我が家は『トムソーヤの冒険』(1980年)の途中で私が名劇を卒業し、ヒントでピント→面白ゼミナールという遍歴を辿ったようです。
この時間帯はかつては激戦だったんですね。
今や鉄腕DASHの一人勝ち、TBS・フジにいたってはテレ東のモヤモヤさま〜ずが背後にピッタリくっついている状態。
時代って確実に変わって行くんですね。
2014/12/08(月) 22:20:00 | URL | にゃも
知るは楽しみなりと申しまして
 昭和50年代前半かと思っていましたが、以外に最近だったんですね。
 冒頭で解答者一人一人に「ホントかウソか」というクイズを出していたのはこの番組でしたっけ。正解を聞いた瞬間は「なるほどなぁ〜」と思うんですが、すぐにホントだったかウソだったか忘れてしまいました。毎週、熱心に見ていたはずなのに各コーナーの内容をまったく覚えていないのも、情報量が多すぎたのと、正解が煙のように次々に消えていったためだと思います。いや構成に難癖をつけたいわけではなく逆で、メモを取りながら見ればよかった、そうかこれはゼミナールだったんだと気づいたときは後の祭でした。
 今だったら録画だのビデオポータルサイトに無断うpだので一時のサカナにされるのがオチですが、この番組はやはりノートを取るべき正統派のクイズ番組でした。
 知るは楽しみなり「と申しまして」という台詞、どこから取ったんでしょう。老子という説を聞いたことがありますが、老子や荘子だったら「知るなんて無駄じゃよ無駄じゃよ」とか言いそうです。考えると、西洋の金言「知は力なり」(むかし三省堂でつけてくれた紙のカバーに書いてありました)と論語の「また楽しからずや」を鈴木健二がアレンジしたんじゃないでしょうか。
 歴史クイズの講師か何かで、故・杉浦日向子が出たような気がしますが、記憶がおぼろげです。
2014/12/09(火) 02:07:18 | URL | あぶもんもん
本日のオールスターキャスト
確かテレビ60周年特番だったかで、この決め台詞について鈴健さんがこう懐述していました。

「あの台詞は視聴者のためというよりも、出演者の家族に向けたメッセージだった。歴史クイズの寸劇に登場していたのは、通常は通行人や斬られ役などをしている劇団員で、こうした機会でないと主役になることはない。だからこそ、お宅の息子さん・娘さんはこうして元気に活躍していますよということをご家族に知ってもらう必要があると思って、最後に全員で整列することを提案した」

さすが、気配りの先生!
2014/12/09(火) 17:56:19 | URL | うみがめ
● かむいさん
ヒントでピントと同じ時間帯だったんですねえ。
ワタクシは完全に分けていたというか、ヒントでピントを見始めたら
もうそちらになってしまったような。
もしかしたら、こちらが終わってから向こうを見始めたのかも。
あ、そうそう。?のトロフィーは覚えていたのですが、四方から見て?なんですよね。
さんまさんが、この番組でアクビしていたのを視聴者に投書され、
それ以来NHKに出なくなったという話はよくしてますね。


● ちーたまさん
「今晩のオールスターキャストでございます」というと、会場が笑いに包まれてました。
軽いくすぐりと、出演者への気配りに長けた良い演出だったと思います。
この番組を授業に使う先生がいたとはねえ。鈴木健二さんも吃驚でしょう。


● とらおさん
85歳との事ですが、失礼ながらあの体型のわりにご長寿となりつつありますね。
最初の頃はそんな仕事してたんですか。


● にゃもさん
日曜というのは、昭和時代は最激戦とも言うべき曜日でした。
夕方6時台から夜9時台まで、各社それこそ鎬を削っておりましたよ。


● あぶさん
30年以上前を最近という。すっかり老化現象が入っておりますが(笑)。
最初は一組3人四組12人の一人一人に、ウソかホントかの二択出してましたね。
たしかあれって、得点とか何も関係無くって、なんだか無駄な時間だなと思ってました。
一人一人の紹介にも或る程度時間を掛けたいという事だったのでしょうか。
「知るは楽しみなりと申しまして」、毎回その通りだよなと思いながら聞いてました。
誰の言葉という事は考えなかったですね。


● うみがめさん
全員が並んで映って頭を下げてね。
できれば名前も映してあげればもっと良かったですね。
2014/12/10(水) 07:05:38 | URL | ごいんきょ
教授も間違えた?
 世の中には食べ物の中でネギが嫌いとおっしゃる方がずいぶん多くいらっしゃいまして、お嫌いな方になるともうとにかく嫌い、ロンドンへ行ってもカーネギーホールにだけは行かないとおっしゃる方もいらっしゃるほどでございまして
 落語の枕みたいですが、どれかのコーナーの枕でした。駄洒落は比較的少なかったように思うので特に覚えています。面白いなと思ったんですが、カーネギーホールはニューヨークにあるのだと、ずっとあとになって偶然知りました。たしか番組で言ったのは「ニューヨーク」ではなかったとと思います。
 鈴木健二が司会していたバラエティ番組だったと思うので、おそらくこの番組だったと思います。でもテーマで『ネギ』なんてのが有りえたのか、ちょっと自信がありません。
2014/12/14(日) 16:44:03 | URL | あぶもんもん
ネギが主題という回も有り得るでしょうけどね。
それに、そんな口上を聞いた気も。
地名は流石に忘れましたが。
2014/12/16(火) 06:50:19 | URL | ごいんきょ
鉄道専門誌によりますと
東海道新幹線開業直前の昭和39年8月25日、超特急試運転に合わせてNHKが中継放送を行ったようです。車内、地上、空からの中継で飛行機やヘリを使い石田、十河の新旧国鉄総裁も出演。当時35歳であった鈴木アナが総合司会でした。でも私、面白ゼミナール以前の鈴木さんの記憶がありません。地方勤務や事務方勤務でもしていたのでしょうか?
2015/02/15(日) 12:53:12 | URL | とらお
とらおさん
僕も鈴木さんは面白ゼミナール以前は知りませんでしたが、「奥さんこんにちは」ほか無数の番組の司会をされていました。
東海道新幹線試運転の総合司会をされていたのは意外ですが、月刊「歴史街道」でガンジーが取り上げられたとき、鈴木さんが72年にインドの歴史や文化を紹介するドキュメント番組で象の背中に乗ってアナウンスしていたとご本人が書かれていました。
2015/02/16(月) 17:23:03 | URL | リオ
リオさん
ご教示有難うございました。
勉強になりました。
2015/02/16(月) 18:18:38 | URL | とらお
鈴木清純監督が
 ツィゴイネルワイゼンの前か後か忘れましたが大体その頃テレビのインタビュー番組で弟・健二アナについて「あいつは兄弟で一番足が遅かったから東大に行ったんだ」と言っていました。
2015/02/17(火) 15:01:24 | URL | あぶもんもん
あぶもんもん様
健二氏のお兄さんの清順監督がそんな風に弟さんを…。
言われてみればあの体型だと足が速くはなさそうですね。

ちなみに健二氏は東大でなく東北大の出です。
2015/02/17(火) 20:16:16 | URL | リオ
うろ覚えで失礼しました
 リオ様、ご指摘ありがとうございます。
 言い訳がましいですが、書いてる途中でどこか違うような気がしてました。ビート武がお兄さんについて言った言葉だったかなとも思いましたが、それも違和感があったので、確認せずに書いてしまいました。
 でも「あいつは兄弟で一番足が遅かったから」までは言っていたと思います。「一番鈍足だったから」だったかもしれません。
 番組は、これもうろ覚えですが、たしか徹子の部屋だったと思います。ビデオが残ってるといいんですが。
2015/02/18(水) 16:41:52 | URL | あぶもんもん
とんでもないです
あぶもんもん様、僕もうろ覚えや記憶違いのままコメントすること多々ありますので、皆さんにご指摘いただくと幸いです。
2015/02/19(木) 07:11:13 | URL | リオ
● とらおさん
鈴木さんは『こんにちは奥さん』で有名になった人です。
ちょうど今、NHKが動画を公開中です。
http://cgi2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009040091_00000


● リオさん
上の動画はかなり若い頃ですが、体型は既にあれですね(笑)。


● あぶさん
足が遅いから国立大という論理の飛躍が凄いな(笑)。
2015/05/06(水) 12:46:44 | URL | (ハンドル未記入)
休憩時間
休憩時間に回答者の人たちが前に出てきてさっきやった理科などの実験をやってみたりしているのが和気藹々としていてなんだかいいなーと思っていました。
音楽が流れていてほんの少しの時間でしたが。
それでまた次のコーナーに気持ちが切り替わる感じをあじわっていました。
2015/10/17(土) 14:10:17 | URL | kyoko
そうですね。
民放ならCMの幕間ですが、いかにもNHKらしくやってました。
ああいう幕間時間を作ったのは、これが最初だったような。
2015/10/18(日) 13:37:40 | URL | ごいんきょ
ヒントでピントは昼に放送だった
上記のタイトル通り当地はテレ朝番組は録画週遅れだらけだったのと日テレ&フジ系しかなかった為ほぼ毎週見ていました。やはり印象深いのはゼミナールクイズの最終問題の前の「専門の先生にご登壇いただきまして…」の降り。ゲスト?の先生が位置に着きますと鈴木健二さんが深々と頭を下げられていました。もうこんな番組はNHKでは不可能でしょうが、不定期放送のBS番組も往年のイメージを壊さないでやってほしいです。
2015/11/17(火) 11:51:40 | URL | tmc1973
そうそう。
専門の講師の先生が、必ず数分の演説を挟んでましたね。
2015/11/24(火) 05:16:58 | URL | ごいんきょ
クイズワイシャツの講義で、アシスタントの女の子がたた一人花柄のミニスカートで登場したの覚えています。講師の先生がスカートの裾を持ち上げて、シコりました。
2017/06/10(土) 03:12:39 | URL | (ハンドル未記入)
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