私的 昭和テレビ大全集
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バックナンバー333 (1965)

当ブログ管理者以外の人のコメントを利用させて戴いてのスレ建て第一弾としまして、
漫中老さんのコメントを利用させて戴き、この番組をスレ建てしたいと思います。
この方は特に昭和30年代の番組等で、なかなか得られない貴重なコメントを多数して下さり、
当時からコメント欄に埋もれさせるのは勿体ないと度々口にしていたのですが。
もっと早くこの形式を思いついていればと悔やまれます。

なお、ここ数年はお姿を見かけなくなっておりますので無許可転載となってしまいます。
おそらくご異存は無いかと思われるのですが、このような仕様の仕方に問題が有ります場合は、
此処のコメント欄でもメールでもご一報下されば取りやめます。
なにしろ漫中老さんのコメントは、利用させて戴きたいのが幾つも有りますので(笑)。
(改行は手直しさせて戴いてます)




日曜夜6時台のABC6チャンネルは、東京キー局からのネットではなく、大阪製作のドラマ、スポンサーも大阪の企業でした。
(7時からはスポンサーだけは大阪の武田薬品でしたが)。
そして、6時30分からは、「やりくりアパート」以来、ダイハツの提供でした。
「スマートやなあ、ミゼット」をはじめとしたオート三輪などの貨物車を製造していたダイハツが、乗用車部門にも進出し、
昭和39年に小型乗用車「ベルリーナ」を、翌40年4月に小型スポーツ車「コンパーノ・スパイダー」を、
さらに41年には軽自動車「フェロー」を発売しました。

結局、ダイハツはこのうち軽自動車のメーカーの道を進むことになるわけですが、
昭和40年当時としては、乗用車メーカーへのイメージチェンジを図る必要があり、
同じ局の7時台の「月光仮面」「豹(ジャガー)の眼」で人気者になり、
3年近く続いた人気番組「隠密剣士」が終了したばかりの
大瀬康一をかっこいい新発売のスポーツカーに乗せるという企画が立てられ、
半年後の10月から放送されたのが「バックナンバー333」ではなかったかと思います。

そのため、一番記憶に残っているのが、高速道路をナンバープレート333番をつけた
スポーツカーが走るのを延々とうつしたタイトルバックです。
お話は、レンタカー会社の経営者が大瀬康一で、
助手の原田糸子(西野バレー団4人娘随一の美人でした)とともに、
巻き込まれた事件を解決していくというものでした。
残念ながら、秋草新太郎のイメージが抜け切らない視聴者には現代劇はあまり受けなかったようで、
ふたたび時代劇の「新吾十番勝負」「鞍馬天狗」「黒い編笠」「白頭巾参上」に戻っていきました。

2007/04/25(水) 00:03:10 漫中老さんコメントより
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
ダイハツ提供枠もいくつかはCS放送されましたが、
バックナンバー333はまだ未発掘なんですよね。
だからタイトル部分の情報も皆無でしたので、貴重なコメントです。
歌は無かったという事なんでしょうかね
2016/05/21(土) 04:39:00 | URL | ごいんきょ
スリースリースリー♪
出ました! バックナンバー333
何しろ隠密剣士の大瀬康一が翌週から探偵?をやっちゃうんですから,見ている方が戸惑います。
(あっ,そうでした。本業はレンタカー会社社長でした)
主題歌はなかったように記憶しています。音楽だけで,最後にジングルみたいな『スリースリースリー♪』という女性コーラスによるフレーズが挿入されていたと思います。
クルマ好き小学生としては,コンパーノスパイダーの登録番号『333』-地域はたしか大阪5でしたが,もし他都市が舞台だったら記憶違い―が大変気になりました。
当然当時は希望番号などなく,またナンバーそのものはリヤに刻印がありホンモノに見えましたので,ダイハツが陸運局に依頼して特別に払い出してもらったものと想像します。
それにしてもコンパーノスパイダーはイタリアンデザインの素晴らしいプロポーションでした。




2016/05/28(土) 10:41:58 | URL | 元朗
訂正
先のコメントで,隠密剣士終了の翌週から始まったみたいに書きましたが,
私がそう思い込んでいただけで,
漫中老さんによると半年開いていたということなのですね。
いずれにしても1960年代,日曜の18~19時台は小学生にとっていい時代でした。
2016/05/28(土) 22:16:11 | URL | 元朗
バックナンバー333は、あまり振り返られない番組で、今のところは全く掘り起こされていないので、
当時の視聴者の記憶が頼りになります。
主題歌がわからなかったのですが、非常に貴重なお話でした。
なるほど。やはり主題歌は無かったのですね。
当時の子供向け番組では珍しい例ですねえ。
露骨に子供向けっぽくしたくなかったのでしょう。

番号はどうなんでしょうね。
他ならぬ自動車会社の提供ですので、なんとかなったんでしょう。
2016/05/31(火) 07:05:29 | URL | ごいんきょ
何と言っても古川ロックです
🎵スリースリースリー🎵のフレーズだけは今でも歌えます。
現代劇の大瀬康一も良かったですよ。
印象的だったのは古川ロックです。アクションシーンや番組の最後あたりでコメディリリーフとして活躍したと記憶してます。
麻丘めぐみが出演していたことはだいぶ後に知りました。
2016/08/20(土) 18:32:51 | URL | ユウキ信号
ロックさんはロッパさんの次男という事ですが。
映画時代の喜劇役者さんは、あまり活躍した子供さんがいないですね。
畑違いで売れた堺正章さんはいますが。

麻丘めぐみさんも、元々子役だったのですね。
あんな可愛い子が出ていたなんて。
2016/08/22(月) 22:08:21 | URL | ごいんきょ
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