私的 昭和テレビ大全集
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コメディ・フランキーズ (1963)

権兵衛さんの依頼により、そのコメントを転載させて戴く形でスレ建てさせて戴きます。
こういう、あまり振り返られないような昭和30年代ものは、特に当ブログならではで有り難いです。
仰るように、正にここの大きな役割の一つであります。
(改行の手直しはさせて戴きました)






妙な番組を思い出してしまったので、とりあえずこちらに。
といっても、そのうちのたった一回をかすかに覚えているだけなので、
スレ建て要請するような大それた資格は元よりありません。
ただ、完全に忘れ去られた古い番組を掘り起こすのもこちらのご趣旨と考え、
あえてまた年寄りの繰り言を一くさり。

データによれば、1963年7月5日より1964年7月10日まで一年間、
TBSで金曜夜9時から30分枠で放送されたコメディ・ドラマ。
主演の当時全盛の人気を誇ったフランキー堺が、毎週様々な歴史上の有名人に扮し、
それぞれのエピソードをパロディ風に面白おかしく演じるという趣向で、
第一回と第二回は何とショパン(笑)、第三回は徳川家康、第五回は光源氏となっています。
朝丘雪路がレギュラーの女房役で、その他、藤村有弘、八波むと志らが常連。

やつがれがたった一回記憶しているのはその第14回、調べると63年10月4日放送の「怪力雷電」。
フランキーは確かに固太りではあったものの、今考えても六尺五寸二分、
四十五貫八百のジャイアントをコメディアンが裸になって演じるのには無理がありますが、
そこは、おぼろな記憶では取的時代から演じるというシナリオの工夫と、
当時相撲中継で出たてのスローモーション、分解写真(まだビデオ再現はない時代)
を駆使して、結構面白く見せていました。

助演も、多分相撲指導を兼ねて元横綱東富士、丸井太郎、千葉信男と
いかにもそれらしき面々を揃えています。
はっきり印象にあるのは、フランキーの雷電が確か千葉信男をぶちかまして吹っ飛ばすとき、
完全に分解写真、今でいうコマ落しでゴマかしていたこと。
なお、番組名は当然「コメディ・フランセーズ」のもじりでしょう。
この趣向は後年渥美清がまねて、ただし、フランキーよりはかなり真面目に
棟方志功、菊池寛、古賀政男などを演じています。

2016/05/22(日) 11:57:45 権兵衛さんコメントより
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
これはこれは、かなりお詳しいご記憶で、非常に貴重です。
たしかに表現方法もかなり工夫していたような資料を見た記憶は有りますが、
こんなに具体的な話は、本邦初ではないでしょうか。

仰るように、コメディ・フランセーズのもじりとなっていて、
だからでしょうがフランキーさんもお気に入りだったようで、
明治座公演など舞台でも演じていました。
テレビの方は東洋レーヨン提供ですね。

一応はコメディー仕立という建前だったようですが、歴史劇という教養的なことも意識していたためか、
あまり一般的な評判は良くなかった感じです。
2016/05/22(日) 13:26:10 | URL | ごいんきょ
恐縮
このような曖昧おぼろげな記憶をお取り上げ頂き、昔の相撲放送の紋切型ではありませんが、流汗淋漓、ひたすら恐縮の至りです。

ただ、せっかく採用していただいても、やつがれめのこの番組への記憶と知識はただ先述のものだけなので、申し訳ありませんが、無責任ながらこれ以上のお役には立てそうにありません。言い訳沁みますが、夜9時からのドラマなど、土台あの時分の小学1年生が見るべき筈はなく、その夜たまたま目を覚ましていて見てしまった、というに過ぎません。とはいえ、当方相当に悪童ではありましたので、夜9時以後はしばしば意識的無意識的に目が皓皓と冴えてしまう悪い病があったこともまた確かですが。結果として「夜の十時劇場」「ザ・ガードマン」など、よい子には残ってはならない記憶がちらほら残ってしまったようで。

フランキー氏は、思えばあれほどの溢れる才能の持ち主ながら、コメディアンとしては器用過ぎて結局中途半端に終わってしまった感があります。小林信彦氏の評によると、あの頃の喜劇役者がほとんど罹患した「森繁病」に彼も冒され、せっかく映画「幕末太陽伝」で示した類稀なファースの感覚を結局捨て去り、日本的な湿った人情喜劇に後年傾斜してしまったのは惜しんでも余りあるとのこと。なお、もちろん当番組は「雷電」だけではないので、そればかりに触れるのは僭越至極なのですが、ごく普通の体格の役者が主役で相撲取を演ずるのは、舞台の「一本刀土俵入り」などは別にして、映画やテレビではやはり例は少なそうです。戦争末期の1944年に片岡千恵蔵が大映京都で「土俵祭」を撮っていますが、DVDを一見しても体が貧相過ぎて見られたものではありませんでした。フランキーの場合も、やはりアイデア倒れ、奇をてらい過ぎた可能性はあります。ショパンはちょいと見てみたかったですが。

という次第で、先の投稿のうち、「光源氏」が第五回になっていたのを謹んで第四回と訂正させて頂いた上、、これにてディズニーランドオタクに戻らせて頂きます(笑)。
2016/05/22(日) 23:46:38 | URL | 権兵衛
へえ。昔の相撲放送では「流汗淋漓」なんて言葉を多用していたのですか。
やはり今より格調が有るな、アナウンサーも。

小林信彦さん、「森繁病」命名してましたね。
山城新伍さんが由利徹さんを紹介する時に、
「この人はお笑い一筋です。屋根の上でバイオリンを弾いたりしません」とか言って、
それを見ていた森繁さん本人に、「お前、俺に含む所が有るだろ」と言われたようですが。

でも、そもそも森繁さんって生粋の喜劇人ってわけではないですしね。
器用な人だから喜劇も人並み以上に出来たという感じだと思います。
フランキーさんも同じですね。
多才な人たちなんですよ。
第一、元々がジャズマンのフランキーさんに森繁病というのも酷かなと。
日本で大量生産されていたジメジメ喜劇はワタクシもあまり好みではないですが、
その辺は個人の趣味嗜好で、小林信彦さんの目で見たらという事に過ぎませんしね。
それでも晩年の「霊感ヤマカン第六感」司会は、なかなかいい味だしてました。

ディズニーランドヲタクなんですか。
それはそれとしまして、まだまだ色々と発掘して戴きたいですがねえ。
2016/05/23(月) 05:27:13 | URL | ごいんきょ
どうも
このスレに関しては、畏れ多いですが、管理人さまと交換日記になっちまいそうなので、ここらでひとまずとは思いますが(笑)。

実は調子に乗って、もう一つだけスレ建てスレにぜひお願いしたいというネタがあるにはありまして。具体的には1973~76年BK制作の「けったいな人びと」で、近々また性懲りもなく書き込むかも知れませんが、過疎スレを立てさせてしまったばかりですし、おのれだけの思い入れのみで、一方的に人様にご迷惑をおかけするのも何だと思えますので、暫く考えさせて頂きます。


相撲放送に漢語をやたら使うのは戦前から昭和20年代にかけ、ラジオ中継やニュースフィルムでは常套だったようです。「ホフクドウドウ、セイセイノジンヲハル」だの、「シデンイッセン」だの、その類です。「リュウカンリンリ」は志村正順アナの決まり文句だったようです。おっと、気を付けないともう事実上オールド相撲スレに変わりかけているようで。
2016/05/23(月) 09:43:10 | URL | 権兵衛
んでも、番組内容に沿っている事であれば勿論、昭和時代の事柄であれば、それなりに意義が有るので、
二人だけのやり取りでも仕方無いと思うんですよね。
元々があまりコメントを期待できない番組ですし、貸し切りみたいなもんでしょう(笑)。

けったいな人々、是非ともスレ建てお願いしたいですね。
ワタクシは番宣しか見てません。
過疎スレなんてワタクシは幾つも立ててますよ(笑)。
ではそういうスレが無意味かというと、そういうスレこそ貴重な情報だと思うんですよね。
まして、もしそこにコメントが集まれば、更に意義深いスレとなります。
そういう実例が少ないながらも有ります。
2016/05/28(土) 06:37:29 | URL | ごいんきょ
マリリンモンローの彼氏
コメディ・フランキーズの「マリリンモンローの彼氏」の回だと思うのですが、あやふやながら、記憶しております。
バーのカウンターだったか、飲み屋の屋台だったか、そのような簡素なセットで、フランキー堺が相手役の男(たしか八波むと志だったと思います)と、酒を飲んでいるのですが、どうやら二人は初対面の様子。
その内、フランキーが実は自分は亡くなったマリリン・モンローの愛人だったという話を始めます。
そこで、マリリン・モンローに扮した朝丘雪路との回想場面になったように思うのですが、この辺の記憶はさだかではありません。
相手の男が信じ込んだところで、フランキーがやおら取り出すのが、モンローの形見というストッキング。
それに頬ずりをしたりしていると、相手の男がぜひ譲ってくれ、いやこれは手放せない、というようなやりとりがあり、結局、相当な金額で男にストッキングを譲るのですが、お察しの通りこれは詐欺で、確かどこからか新しいストッキングを出して、次のカモを探す、というようなオチだったと思います。
2016/09/05(月) 05:36:52 | URL | 左内
へー。
なんか、今だと生々しくて下品な話になりそうですが、
フランキーさんですし、その辺は上手かったのでしょう。
モンローのストッキングと言われたら、偽物とわかっていても買いたくなりますよね(笑)。
2016/09/05(月) 22:21:55 | URL | ごいんきょ
覚えてはいませんが
覚えてはいませんが、1963年11月15日放送の第20回、となっていますね。静御前と新選組の間で。8月で一周忌のMMの追悼記念番組だったかも(笑)。思えば、正真正銘本物の彼氏だったあの大統領は、あと一週間でマリリンと感激のご対面の運命、八波も神ならぬ身の、あと二か月足らずの命とは。

フランキー氏は天才的アマチュア落語家でもありましたので、脚本はひょっとして「道具屋」や「猫の皿」辺りをヒントにしたのかも知れませんが、オチは落語のように、詐欺師が逆にダマされるというように、もう一ひねり利かせれば面白かったかも知れませんね。

朝丘雪路は後世、その翌月に力道山が刺された話が出る時、必ず出てくる名前の一人(例のニュー・ラテンクウォーターに行く前、TBSラジオの「朝丘雪路ショー」に出て「王将」をがなった)ですが、彼女のモンローの扮装、ちょっと見てみたかった気がします。まさか、裸ではなかったでしょうが。

そう言えば力道山も「モンローはいい女だったよなあ」としきりに惜しんでいたそうですが、その当人も八波むと志ともども、間もなく夢のご対面がかなうとは、因果はめぐる糸車で。
2016/09/07(水) 01:09:01 | URL | 権兵衛
あー。一周忌だったのですか。時代だなあ、やはり。
力道山さんがラテンクオーターで刺された時に、司会がEHエリックさんだったのは知ってましたが、
その前にそんな番組に出ていたとは初耳です。
力道山さんって、歌はほとんど歌っていなかったはず。
音声残ってたら凄いんですけどね。
2016/09/11(日) 19:32:52 | URL | ごいんきょ
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