私的 昭和テレビ大全集
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アッチッチィ・クイズ (1967)

今回は、コメント欄に戴いた ZAPOさんの投稿からスレ建てさせて戴きます。
これまで、どのような書籍・資料はおろか、ネット上ですらも、
その見聞録をほとんど見る事の無い、文字通りの幻の番組です。
ご記憶ございます方は、是非、どのような些細な事でもコメントを頂きたく思います。
(改行だけ手直しさせて戴きました)


まだ登場していないクイズ番組とはNETテレビ「あっちっちぃクイズ」です。
これ、結構ご存じない方が多いと思います。ネットのどこを探してもヒットしません。
昭和40(1965)年、41(1966)年と、もしかしたら42(1967)年までの夏休み限定(しかも8月初旬くらいから下旬くらいまで)、
平日で時間はほとんど視聴がない午前11時から30分ですね。
司会は中村メイコで、素人の小学生出演のクイズ番組です。

小学生クイズのためそれほど難しくなく、3席の横並びのボックスになっていて、
それぞれ低学年、中学年、高学年の順に3人ずつ3グループに分かれて、それぞれ回答します。
回答するとボックス前にある円形状の集計ランプに回答しただけの明かりが点き、
回答できなかったりミスをするとランプが点かず暗いままです。
しかし、回答してもしなくても、また不正解でも成績は問いません。

クイズがすべて終わると、司会の中村メイコが一人一人にマイクを向けて感想を聞いていき、そして握手します。
そして、一番最後にプラモデルなどのおもちゃや小学館の辞典などがいっぱい入ったワゴンが登場して、
景品として好きなだけ自由に取って帰るというものです。ちなみに、小学館が提供スポンサーです。

あっちっちぃとは、おそらく夏休み限定番組のため暑い『夏』を表現したものと思われます。
歌は「あちっちち、あちっちち、あちっちちっちっち、(あちぃ![と叫ぶ])、
あちっちちっちっちっちぃの夏だ、夏休み、海だよ、山だよ、さあ来た、
おしりに火がつき火がつき火がつき、あっちぃ、あっちっちぃ」(もちろん、譜面起こしもできます)

季節番組のため、昭和40年(昭和39年にはなかった)当初から見ていて、
昭和41年になってもしかしたら今年も放送するのではないかとチェックしていたら、
やはり開始したのでうれしくなったのを覚えています。

そして・・何と実は、私はこの番組に出演したのです・・
昭和41年、母親がNETテレビ宛てに「あっちっちぃクイズ」出場係と、ハガキを出したのです。
出場募集も何もしていない状況でも出したのです。『もしかしたら当たるかもしれない』と。
一週間くらいしてか、家に電話が掛かってきて、『出場してください』と言われました。
家に電話があったため、連絡がつきやすい人を選んだのでしょう。
ただし三人が必要と言われたため、私と兄弟とさらにもう一人、そのもう一人は近所の兄弟の同級生にしました。
兄弟の近所の同級生は、最初拒んでいたのですが、後から出たいと申し出てきました。
そして母がテレビ局に出場返事をすると、すぐに(数日後?)収録のために六本木のNETテレビへと行きました。

結構朝が早かったと思います。
大会議室のようなところに一同集められ、ファンタやコーラがたくさんあって飲み放題でした。
私は当時炭酸が苦手でしたが、ファンタオレンジを飲んだものと思います。
お昼に差し掛かって、たぶん弁当も出たのではないかと思います(これはあまり記憶にありませんが、たぶんそうです)。
そして2時?くらいになってようやく収録スタジオに入ったと思います。
『ずいぶん待たされたね』などと、私たちや周りの人も言っていたと思います。

そしてさらに待つこと3時間の夕方5時くらいになって、ようやく中村メイコが現れました。
『何でこんなに待つんだろう』たぶん私たちだけではないかと・・誰もが皆そう思っていたと思います。
何でも、前の番組が長引いていたとも聞きましたが、果たして本当にその通りかどうか小学生ながら疑問でした。
当時大御所であった中村メイコが、素人の小学生相手の場末番組などどうでもいいと、たかをくくっていたのではないかと。
そのために素人など待たせて、自分は悠々とスタジオ入りすればと。

ただ収録はトントン拍子に進み、まず兄弟たち中学年が一緒に出て、その収録は私は出ませんでした。
例のワゴンでは、兄弟らは持ちきれないほどたくさん取って、両手にいっぱい・・案の定顔が埋まってしまいました。
しかし・・これは実はテレビ的に見せるものであって、収録後に回収させられます。
そして、景品は改めて平等に分配されます。最初の収録者はそれを知らずに、景品をたくさん取ってしまいます。

次の収録は私です。低学年・中学年と進んで、最後に私の高学年です。
まあまあの出来栄えであったと記憶しています。中村メイコに聞かれた時も『まあまあでした』などと答えたかと思います。
最後のワゴンは、要領がわかっていましたので、二三個ほど取って余裕をかましたかと思います。
小学館提供でしたので、小学国語辞典は必ず一人一冊いただきました。
家に同じものがあったので、本音としては要らなかったのですが・・あとはプラモですね。

行きはタクシーを使っていいということで、タクシー代が出て、
帰りはチャーターされたハイヤーで自宅まで連れていってくれました。
たぶん、今ではそのようなことはしないのではないかと思います。
放送はいつとは言われませんでしたが、当然毎日見ていますので・
・8月25日だったかと思いますがオンエアされました・・
後日談として、二学期が始まって私が出演したことが学校で噂になり、
「大金を貰った」などと尾ひれが付いて伝わっていました・・
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
いやー、これは非常に貴重な情報で。
アッチッチィクイズですが、今のところ昭和42年の夏休みは確認できました。

ハイヤーで行ってジュース飲み放題とか、殿様待遇じゃないですか(笑)。
確かに今なら有り得ないでしょうね。
交通費や弁当、出演料くらいは出るでしょうが。

テレビ収録というのは、とにかく待たされるものなんですよね。
桑田佳祐さんだって愚痴っていたくらいですので、小学生だからでも、
まして中村メイコさんのせいでもありません(笑)。

取った景品を後ほど平等に分配というのは解せませんね。
どのような問題がどのように出されて、どのように回答して、どのように商品が貰えるのか、憶えてないですか。

譜面起こしも期待してます(笑)。
年単位かかっても構いません。
気の長いサイトですので(笑)。
2016/08/28(日) 22:10:46 | URL | ごいんきょ
昭和43(1968)年の春休み、3/18~4/6にも放送されていますね(朝日新聞縮刷版で確認)。
昭和42年は8/1~8/19、それ以外の期間には見た限り放送されてないようです。
2016/09/13(火) 10:14:42 | URL | WD-40
ははあ、春休みにもやっていたんですね。
もしかしたら、その2回だけだったのかも。
そりゃ、記憶している人も少ないですよね。
ZAPOさんは貴重な証言者だと思います。
2016/09/18(日) 08:09:53 | URL | ごいんきょ
すいません、まだありました。
昭和42-43年の冬休み、12/25-12/30と1/4-1/6にも放送されています。
2016/09/26(月) 14:53:05 | URL | WD-40
あー、冬休みにもね。
それにしても、冬休みとか春休みにも題名を替えなかったなんて、
その時に初めて気付いて見た人は、何が「アッチッチ」なのか不思議だったでしょう(笑)。
2016/09/27(火) 06:38:21 | URL | ごいんきょ
当時のNETの
 この時間帯って学校向けの教育番組枠であり、休み期間中には「○休みテレビクラブ」という特集番組を放送していたそうですが、この番組もその一環だったのかな?
 昭和40年代になると教育番組のネット局も徐々に減ってきたので、思い切ってクイズに路線変更したのかもしれません。
 それにしてもうらやましい。
 私が当時小学生だったら毎日食い入るように見ていたと思います。
 でも、はがきを出す勇気はなかったかも…。あくまでも「見てるだけ。」
 出場者も東京近郊に限られると思うし。
2016/10/08(土) 22:39:29 | URL | 北国の人
枠名というのは、新聞ではあまり載らないので、内部資料にあたってみるしかないんですよねえ。
2016/10/09(日) 13:39:34 | URL | ごいんきょ
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