私的 昭和テレビ大全集
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料理の窓 (1959)

 新年最初の記事は、マスダっち1971さんのリクエストによるスレ建てで、フジテレビ最初の料理番組である、これを扱います。


 これはフジテレビの開局第二週目から始まるという、本当にフジテレビの料理番組の元祖でした。
 放送は月曜から金曜までの午後1時半から1時50分の20分間。提供は東洋アルミ。最初期の司会は川添泰子。
 この番組はなかなか好評だったとみえて、昭和52年まで延々と続き、更に『奥さまクッキング』に交代して昭和56年まで続きました。
 開局一週目は、その時間は劇場中継をやっていたのですが、それは秋から土曜だけにして『土曜観劇会』となります。
 なお、土曜には、『ホリデークッキング』という番組も有りました。

 第一回は3月9日(月)放送の、「キスの五色湯」。試みに検索しても、情報が皆無。どんな料理だったのかは闇の中です。
 初期の講師で判明しているのは、白石和正(全日本食生活指導者連盟)、中川三郎(東京會舘フランス料理)、田中徳三郎(東京會舘)、江原林造(割烹「一直」五代目)、三田庄三郎(玄冶店・濱田家)、西村源三郎、高橋博(永田町「瓢亭」二代目)、小川順(御茶ノ水「小川軒」二代目)等々、伝説的な関東の著名料理家が次々と登場するという、料理界の人からしたら、なかなか物凄い番組だったのでした。

 例えばNHK『きょうの料理』は、公共放送として「手の掛からない料理」を主題にしており、日本テレビの『3分クッキング』にしても、ビデオの無い当時、主婦が短時間で作り方を頭に入れる事が出来るようなものを扱っていたわけです。
 対して、この番組は、安藤義治ディレクターが当時語っているところでは、「食べ盛りのお子さんが居る家庭では、うちの番組はマッチしないかもしれない」と、キッパリと家庭料理路線とは一線を画しておりました。
 「うちの場合は一流ホテルや料亭の本格的な料理を家庭で味わってもらうのが目的」で、「栄養学的なものより、むしろ趣味として料理を楽しんで戴きたい」とし、そのため「講師も一流どころの板前長、チーフコックさんに出演をお願いしている」という事でした。

 料理番組と言えば、当時から料理学校の講師などが解説する、家庭向け料理が中心であり続けた中、この番組は、非常に特異な料理番組だったと言えましょう。
 従って、視聴者層は一般主婦というよりは、実はプロの料理人の人たちが血眼で見ていたものだと思われます。
 とは言え、当時の新聞視聴者欄などを見ますと、家庭でも作れて役に立ったという主婦の意見が度々載っており、「一流料理の味を家庭で」という理念は、実際にそうだったものと思われます。
 料理好き、料理が得意な主婦の家では、この番組で紹介されたような一流料理人の味が、実際に味わえていたのですね。
 羨ましい(笑)。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
お待ちしてました~~~~!!
ごいんきょさん、ありがとうございます~~~~(^^)「料理の窓」のスレを。フジテレビ最初の料理番組なんすね、「料理の窓」は。私が生まれた1971年当時も放送していましたね。私も子供の頃に観ていましたが、提供スポンサーに「東京ガス」があったのを思い出します。「料理の窓」の講師の先生は......あまり覚えてないっすが、聞き手の方は覚えているんすよ。小林節子さん(元フジテレビアナウンサー)・宮内恒雄さん(フリーアナウンサー)でしたかね、私がおぼえているのは(^^;)
2017/01/03(火) 09:55:13 | URL | マスダっち1971
テーマ曲がギターで演奏された料理番組あったけど、何でしたっけ?
2017/01/04(水) 00:27:19 | URL | (ハンドル未記入)
● マスダっち1971さん
まったく誰も振り返りませんが、フジテレビの中でけっこう重要な位置に或る番組だったんですねえ。
リクを戴かなければワタクシも見落としていました。
後期の情報も助かりました。


● 未記入さん
あまりに漠然とし過ぎてますねえ(苦笑)。
心当たりの人はいますでしょうか。
2017/01/05(木) 20:33:30 | URL | ごいんきょ
「料理の窓」を覚えていえる方もいると思っていたけど......いないんすね(T_T)
「料理の窓」を覚えている方もいると思っていたら......いないんすね、悲しいわ(泣)「東京ガス」が提供スポンサーにあったのは覚えているんすよ。たぶん私は生まれた1971年以降かな。オーブンを使う料理で東京ガスの「コンベック」、ご飯もので東京ガスの「ガス炊飯器」を使っていた覚えが......アルマジロです(^^;)
2017/01/09(月) 10:11:26 | URL | マスダっち1971
ま、まだスレ建てして幾らも経ってませんからね。
料理番組なんて地味だし、中でも『料理の窓』は一際地味だし(笑)、
しかし、長くやっているうちには、ここに気がついてくれる人も出てくるでしょう。

マスダっちさんが昭和46年生まれなら、かなり子供の頃でしょうけど、
そんな時から料理番組にそんなに興味をお持ちとは、
かなりお料理上手に成られていらっしゃるのではないでしょうか。
コンベックって、なんか懐かしい響きだな(笑)。と思ったら、現役なんですね。
2017/01/09(月) 18:50:37 | URL | ごいんきょ
「料理の窓」の提供スポンサーについて。
東京・永田町の国立国会図書館で「料理の窓」の番組テキストを見つけまして、早速請求して閲覧しました。それで......1973年4月~1974年4月当時の「綾里の窓」の提供スポンサーについて調べました。当時の番組の放送カレンダーと提供が記載されていました。まずは(1)【1973年4月~1973年7月】(月)旭硝子(火)はごろも缶詰(水)東京ガス(木)明和産業(金)東京ガス、(2)【1973年8月~1973年10月】(1)とほぼおなじです。(3)【1973年11月~1974年1月】(月)旭硝子(火)森永乳業(水)東京ガス(木)明和産業(金)東京ガス、(4)【1974年2月~1974年4月】(3)とほぼおなじです。以上です(^^;)
2017/01/10(火) 19:03:58 | URL | マスダっち1971
コメント文中の「綾里の窓」は......違うっす!!「料理の窓」っすよ(^^;)
「綾里の窓」じゃないっすよ、「料理の窓」......っすから(^^;)
2017/01/10(火) 19:08:31 | URL | マスダっち1971
後期にはテキストを販売していたんですね。
東京ガスは週二回ですか。
初期の提供も、東洋アルミ以外に有ったのかもしれませんが確認できてません。
2017/01/15(日) 10:26:14 | URL | ごいんきょ
今度は........当時の講師の先生を調べて来ますよ(^^;)
また国会図書館に行った時に「料理の窓」のテキストを閲覧しますが、今度は.......当時の講師の先生はどなたがでていたのか 調べて来ます(^^;)
2017/05/21(日) 16:52:06 | URL | マスダっち1971
いいな。国会図書館へ行けるとは。
と言うか、そんなものまで有るんですね。
何故マスダっちさんはそんなに料理に興味が有るのか興味が有ります(笑)。
料理人の方なのかな。
2017/06/11(日) 19:17:52 | URL | ごいんきょ
番組が終了して、今年で40年..........
「料理の窓」が終了したのが、今から40年前の1977年9月末。当時ワタシは........幼稚園年長(6歳)でしたね。18年半も放送していたのにはビックラこきましたね(^^;)その後番組でもある「奥さまクッキング」が、1977年10月からスタートして、1982年3月末に終了するんすが。「奥さまクッキング」は放送期間が........4年半なんすよね。
2017/09/12(火) 09:51:10 | URL | マスダっち1971
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