私的 昭和テレビ大全集
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寺内貫太郎一家 (1974)

寺内貫太郎一家(1974)
当時、『中ピ連』なる女性解放運動家達がいたんです。
代表は榎美佐子という女性で、結構きれいな人でしたけどね。
ウーマン・リブですよ、ウーマン・リブ。
そんな運動していた時代があったんですから。
今じゃあ、はるかに男の方が生きづらい気がするよなあ。
口では「男は強い、女は弱いでいいの」なんて言っておいて、
やたらと強い女の子とか知りません?(笑) で、それを文字って
『大ヒ連』てのを後に作ったのが、現JASRAC総統・小林亜星。
百貫デブってヤツでしょうなあ。今でもそんな表現あるんですかね?
他にどんなメンバーがいたかちょっと思い出せませんが、
当時はそういうのがウリのタレントって少なかったです。
今では、すっかり派閥ができてますからね。一大産業です、横幅業界(笑)。
このドラマは、そんな伊集院光だの松村邦洋だのが足を向けて寝られない、
デブ=善、太っているのは良い事だと後に啓蒙しだした作曲家・小林亜星が、
画面に露出しだす契機となった作品です。

脚本の向田邦子は、貫太郎役として決まった小林亜星を見て失望したと言います。
しかし放送後ほどなく、この配役の妙を彼女も認めたらしいです。
それくらいハマっていた、亜星の頑固親父。実際にも頑固で、
『記念樹』という多くの人に愛されている曲を亡きものとしましたが。
ドラえもん声優問題でも、ジャングル黒べえの問題でも、
子供番組主題歌タイアップに関しても共通しているのですが、
「作品は制作者側だけのものではない」というのも、当ブログで訴えたい点です。
権利を主張するのも結構ですが、その権利を訴えるだけの存在にしてくれた、
他ならぬ『ファン』という存在を全く考慮しない人々もまた、何か違うでしょう。
現今の表現界は大きく踏み外して、権益至上主義、拝金主義になっています。
堀江貴文氏を拝金主義者と評する人たちは、今一度、己を見直すと良いでしょう。

あぁ… やっぱり逸脱してしまった(苦笑)。
小林亜星氏と言えば、どうしてもワタクシの中で『記念樹問題』を外せません。
ただ、作曲家としての氏は非常に尊敬しているし、大好きな作家であります。
狼少年ケン、ハッスルパンチ、魔法使いサリー、キングコング、
ひみつのアッコちゃん…等々。大好きだったテレビまんが主題歌の数々。
その作曲家名で知っていた氏が、役者として新境地を開いたこの作品は、
向田脚本と久世演出の融合というシナジー効果と相まって(笑)、
みるみる人気番組となり、昭和テレビドラマ史上に輝く評価も得ています。


『時間ですよ』に続いての向田ドラマ起用となった浅田美代子。
我々の世代では、お手伝いさんと言えば浅田美代子。ミヨちゃん。
もう、この世のものとは思えない可愛さだったなー。
今でも可愛さ自体は消滅していませんから凄いものです。
天然っぷりは、むしろ磨きがかかったという凄さ(笑)。

西城秀樹。♪ ハウスバーモントカレーだよぉ~
とにかく歌う歌が次から次とカッコいい歌でしたしね。
男性アイドルとしては超一級でしたね。
貫太郎に突き飛ばされ、実際に骨折してしまい、
繋ぎのシーンでギプス姿で熱演しているという… (^_^;

悠木千帆。ちょっと後に、ワイドショーのチャリティーだかで、
売るモノがないからと言って芸名を売っちゃいました (^▽^;
その後、希木樹林となって現在に至ります。
沢田研二のポスターを見て「ジュリ~」と身悶えする婆さんは、
シャボン玉ホリデーの「オヨビでない?」のようなお約束でした。

左とん平。『ヘイ・ユー・ブルース』が大ヒットしたばかりでした。
ヘイ、ユー。ワッチャネーム? これをえんえん繰り返す。
荒井注のジス・イズ・ア・ペンといい、妙ちきりん英語が流行りました。
なんだかマネしたくなったんだよね。なんだったんだろ?(笑)


とにかく飯食う。しかも、よそった飯をポンポン放るんだよね(苦笑)。
それをお椀でサッとさり気なく受け取って、そのまま何事も無いように整然と食う。
婆ちゃんが飯を吐き出して、秀樹が「きったねーなー、婆ちゃん」
と言い出すあたりから雲行きが怪しくなり、また亜星と秀樹の取っ組み合い。
ガンコ親父は卓袱台をひっくり返す。星一徹と寺内貫太郎が図式化しました(笑)。
そう。この貫太郎と言えば、なんだかんだ言って、西城秀樹の息子と、
小林亜星の貫太郎による取っ組み合いシーンでしたね。
向田脚本の意図であるはずはなく(笑)、久世演出によるのでしょう。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
ジュリイィィィ~♪
まだ悠木千帆と言う名前の頃だったんスね。あのポスターをジッ…と見つめて「ジュリイィィィ~♪」とやるのは毎度の事なんですけど、なんか面白かった(笑)。

貫太郎と周平のケンカのシーンで、芝居に熱がこもってで秀樹が中庭に倒れて本当に骨折しちゃったのは覚えてます。なんか、ニュースにもなって降板するんじゃないか…みたいな事で、ちょっと話題にもなりましたっけね。

これぞホームドラマの決定版!!
大好きな一作であります。
2005/05/06(金) 14:44:12 | URL | RTV局長
シーンのつなぎ
樹林さんは間が良かったですよね。
喜劇役者というのは一番難しいと思いますけど、それだけ実力ある人なんでしょう。

秀樹は、落ちるシーンまで普通で、庭から這い上がってくるシーンからギプス…
でも、これは不可抗力で、むしろ根性見せたですよね。
明石家さんまが男女七人夏物語で、店を出たら髪が短くなってた時は
世間から叩かれましたが、自業自得です(笑)。
2005/05/06(金) 23:27:54 | URL | ごいんきょ
ヒデキ・カンゲキ!
そうそう、ギプスを付けてましたね~、ヒデキ。
ある意味放送事故? (苦笑)

それと明石家さんまのあの髪型! (笑)
あの時はフジテレビのバラエティ番組で先にカミングアウトをしてたんで、本当かどうか男女7人を観たら、見事に髪型が…(笑)。
2005/05/14(土) 16:52:35 | URL | RTV局長
男女七人
夏秋とも、近くTBSチャンネルでまた放送されるようです。
という事で、男女七人はTBSの放送でした。
しかし、前もって告知したんですか。それは知りませんでした(笑)。
2005/05/15(日) 20:14:26 | URL | ごいんきょ
亜星の波平
説明アマアマですみましぇん。
あ、TBSは知っとります。他局で言ってたんですよ、さんまさん。
他局(フジ)で思いきり「男女7人でやってもーた」みたいに言ってたんで、観てみた…っちゅー訳です。あの人、あんまり自局・他局カンケーないみたいですね(笑)。

ちなみに、貫太郎の影響からだと思われますが、のちに小林亜星が実写版・サザエさんの波平を演(や)った時は驚きました。波平はガンコ一徹タイプとはビミョーに違うんで、どこをどう見ても貫太郎にしか見えませんでしたよ、亜星の波平(苦笑)。
2005/05/16(月) 02:01:57 | URL | RTV局長
○かしやさんま
>あの人、あんまり自局・他局カンケーないみたいですね(笑)。
そうそう。あんまカンケーないですね、あの人(笑)。

実写版サザエさんと言えばワタクシらはどうしても江利チエミのやつですけどね。
その後、星野知子でやりましたが、あれの親父が亜星さんでしたか。
カツオと取っ組み合いはできないわな(笑)。
2005/05/16(月) 06:15:01 | URL | ごいんきょ
一応厳格親父の話なので
巨人の星も美味身しんぼのトピもないのでさっきのマジレンジャーの告知をサザエさんのトピで致したのだがここでも改めていたす

もうご存知の方もおられる通りこの種のつまり命と故郷の未来とのやりとりを通し我が子を鍛えるというスパルタ親父は既に今年完結のswにて出ているものの日本の作品ではおそらく初であり一年の単発の作品でも海外の作品も含め初なのではなかろうかと思われたので報告いたした次第なのである

でも寺内の厳しさはというか激しさは星一徹や海原雄山の厳しさとは又違うのだが(^^;)
2005/10/15(土) 22:24:02 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
カミナリ親父
♪ 誰がつけたか 大太鼓 雷親父の忘れ物~

地震、雷、火事、親父
なんて慣用句があったのが、今の子供は不思議でしょうね。
昭和の中頃まで、親父っつーのはうるさい存在でした。
今ホームドラマチャンネルで、待ちに待った『おやじ太鼓』を放送してますけどね。
当時は『おやじバンザイ』なんてートーク番組もあったり、親父=家 でしたな。
であれば、「家」というものが崩壊した今、「親父」が権威がないのも当然というか、
はたまた「親父」に権威が無いから「家」が崩壊するのか。

親や教師が子供に媚びてしまったのが、結局は全ての癌なんでしょうけど。
男親や男教師は、子供と敵対しなければいけないんですよ。
「敵対」っつーと微妙に語感が違いますけどね。
単なる「対立」よりは、もっと深刻な対峙という意味で。

星一徹はそれを最大にデフォルメしてたからウケたんでしょうし、
貫太郎はそれに愛嬌が加わって、見せ物として多少マイルドになってますね。
雄山は貫太郎よりは一徹にかなり近いですね。
と言うか、あきらかに影響を受けてると思いますよ(笑)。
2005/10/16(日) 18:13:46 | URL | ごいんきょ
食卓のシーン
このドラマの好きなところは、食卓のシーンです。めちゃくちゃ出てきます。
これらのシーンでは、みんな好き勝手にしゃべっているようにみえて、全部台本にあったようです。
特に、食卓のシーンでは、演者がいきいきとしていて、とっても好きです。

ところで、何故に梶芽衣子が起用されたんでしょうか??彼女といえば当時「さそりシリーズ」で、「親思いの上品な娘」というよりは「親の敵を討つ悪女」というイメージがあったはずなのに。すごい不思議です。知っているかたがいらしたら教えてくださーい!
2006/11/09(木) 06:09:25 | URL | 寺内ファン
へえ
たしかにやたらメシ食ってました(笑)。
それこそがホームドラマという信念でも有ったんでしょうかね。
いつもカメラ側には誰も座らなくて違和感がありましたが。
しかし、あのセリフ全て台本通りって感じしませんよね。
やはり演者の力量でしょう。

梶芽衣子さん、言われればなるほど。
イメージチェンジしたい事務所側の意向だったんじゃないでしょうか。
実際のとこは流布されてるんですかね。事情を知ってる人がいるかな?
2006/11/09(木) 07:19:12 | URL | ごいんきょ
寺内さん家の
すいません。どうしても「東京電話」思い出します。
あのCM見て、(「寺内・・・」見たことないのに)妙に懐かしいと思ったら昔のドラマだったんですね。
2006/12/16(土) 21:42:17 | URL | かじか
東京電話
あのCM、気持ち悪いくらい当時のままの雰囲気(笑)。
かじかさんほどの人がこのドラマを知らなかったとは面白いもんです。
2006/12/17(日) 06:24:45 | URL | ごいんきょ
その年の10月でようやく6歳です
1974年っていったら私はまだ学校にあがる前ですので。翌年が入学です。
 東京電話のCMは東京新聞で「あの親子ゲンカ再び?」ってイジられてました。東京新聞のインフォ☆テイメントは広く深い情報で重宝してました。ちなみに私も東京電話はよく使ってましたが、タッチの差でマイライン開始前に名古屋に引っ越しになってしまいました。
2006/12/18(月) 01:25:59 | URL | かじか
幼少期ドラマ
ってのは、時間帯の問題であまり見ていないんでしょうね。
ワタクシは同世代ではわりと早めにドラマを見始めた方でしょうけど。
たぶん同世代は白黒ザ・ガードマンやその中でのアンクルトリスのCM、
細うで繁盛記とかは見てないでしょうね。
良い子はきっと9時には寝ていたでしょう(笑)。
2006/12/18(月) 07:10:59 | URL | ごいんきょ
夜更かしな子ども
いえ、私は乳児の頃に11PMを見てて、人前で「シャバダバダ~」と歌っててひんしゅくを買ったそうです。ということは貫太郎も記憶にないだけかも。たぶんうちの親はダメ親のハシリですね。
 あ、だからエロいのか?(笑)
2006/12/18(月) 15:19:33 | URL | かじか
11PM
いやね。
ワタクシとほぼ同世代の常連さんで、
良い子だったために9時過ぎの番組が記憶に無い人がいるのですよ(笑)。

しかし、幼児で11PMの歌を歌うって、悪い子だなあ(苦笑)。
さすがにワタクシも、幼児期には11時までは起きてられなかったなあ。
まあ、顰蹙って言いますけど、親が見ていたから
幼児が見ていたってだけなんですよね。
親御さんは顔から火が出るほど恥ずかしかったでしょうね(笑)。
2006/12/19(火) 00:11:29 | URL | ごいんきょ
一番大好きなドラマ
「寺内貫太郎一家」は私の今までの生涯の中で一番大好きなドラマです。
古き良き昭和の時代の象徴ともいえるドラマでした。
卓袱台を囲む食事のシーンは家族の団欒そのものでほのぼのとしていました。
西城秀樹さんは当時アイドル絶頂期!本当にかっこ良かったです。
浅田美代子さんも本当に世の中にこんなにかわいい人がいるのかとおもうほどあいくるしかったです♪
後に特番が放送されましたが私的には周平と美代ちゃんが結婚してほしかったです。
当時悠木千帆さんも今でこそ年相応の素敵な女優さんですがきっと今の私よりお若くしてあんなすばらしいおばあちゃん役をされていたのですよね。尊敬してしまいます。
小林亜星さんの父親像も今は絶滅してしまった日本の父!といった感じではまり役でした。
加藤治子さんのお母さん役もまたよかったです。
今でこそまたこのようなホームドラマをやってほしいものです。
2007/04/28(土) 20:16:53 | URL | もも
ははあ
なるほど。そうですか。
それだけ好きな人の書き込みというのはいつ見ても良いものです。

卓袱台のシーン、ワタクシは単純に、あの構図が不思議でしたね。
誰も手前側の席に着かないという(苦笑)。
秀樹さんも美代子さんも本当にカッコよくて。
でも、ワタクシはあの二人が結婚したら幻滅したと思います。
あの世界に区切りがついちゃうようで。

樹林さんは昔から老け役でしたけど、そうか、
ももさんより年下だったのかもね(笑)。
2007/04/29(日) 02:44:59 | URL | ごいんきょ
もうダメでしょうね
ももさん、こんにちは。
ワタクシも寺内貫太郎は好きなドラマです。
90年代にはいってからも、ホームドラマ再現みたいなのを各局ちょこちょこやってましたけど(谷口六郎商店とか)結局、今は生き残りないですね。去年でしたっけ?赤いシリーズもこけちゃったみたいだし。
赤い運命だって、満蒙開拓団を知らない世代がつくったりみたり演じたりしてるんですからね。70年半ばといえば、戦争知ってる世代が40代バリバリですから。このドラマも御たぶんにもれず、戦争回想シーンがいっぱい出てきますね。おかあさんの生まれが昭和3年とかっていってましたっけ。うちの母親と同い年です。あんなきれいじゃなかったですが。リリーマルレーンでしたっけ。ラストでしいちゃんの顔アップですごくきれいでした。

第一話でしたっけ。みよちゃんが新聞を一番に読んじゃって、おかあさんが『一番はおとうさん、次がしゅうちゃん、次がおばあちゃんなのよ』って説明するの、今ならハア?ですよね。しいちゃんが『おつとめをしたい』っていうのも、当時は24にもなった独身女が働きだすのはヘンだったんでしょうかね。確か、家庭科の教科書にも、人生のモデル設計みたいのが出ていて、女性24、男性27で結婚、みたいな表があったかと思います。向田さんは女性も男性と同じように働きたい、世に出たい、という意識で脚本を書いていたイメージがあります。(あくまでも個人のイメージです)なんか、こういう場面に違和感を感じましたけど、加藤さんは完全に、女は家の雰囲気でした。それとも、向田さんのことだから計算づく?

樹林さんは、ほんとうに白髪に染めたって先日の特番で話してました。カツラは違和感があるからって。

図書館に、向田さんの脚本の本がおいてあるのですが、とっくみあいも向田さん書いたんじゃないのかな。
あんましよく読んでないので、はっきりしたことは言えませんが。
歌う美代子、と、みよちゃんが歌うシーンを指定してあったのは覚えてます。

あとモヒトツスミマセン。
ごはんを投げるシーンは時間ですよ、の流れで寺内では一回しかなかったんじゃないかと・・・。

以上不確実情報でした。ナマハンカな知識ですのでご容赦を。
2007/04/29(日) 23:11:23 | URL | くりお
フィクションのドラマも苦しいでしょうね。
ましてやホームドラマは、家庭像が大きく変わったので、
ワタクシらだけの楽しみだったと思います。

ご飯投げって時間ですよの方でしたっけ?
そこは記憶が混同してたのかな。
2007/04/30(月) 01:57:18 | URL | ごいんきょ
あーーーよかった・・・
ゆうべ、これを書いてから
『このドラマは向田さんのおとうさんをイメージして書かれたものだし、何をゆってんの??』みたいに
言われるだろうか、と一日気をもんでおりました。(あっしは意外と気が弱い)お手柔らかなコメントでほっといたしました。

第一話冒頭にマチャアキが出て、みよちゃんやおばあちゃんとからんで、その後ごはん投げがあったかな。そのあとは、みなかったような・・・。
Ⅱでは朝食の内容が字幕つきで紹介されてて、そのころから食事イコール和食がだんだんなくなってきたので、あえて紹介されてるのかなと思いました。日本の理想的な朝食って感じで。

ただいま下のガキがうるさいのでまたのちほど・・・。
2007/04/30(月) 18:02:24 | URL | くりお
いや、何ゆってんのなんて事は絶対に言いませんよ(笑)。
そら、ワタクシの見解を書く事はあるでしょうが、
番組の捉え方はそれぞれですから。
IIの方も最近TBSチャンネルで放送が終わりました。
2007/04/30(月) 20:54:21 | URL | ごいんきょ
もちろん
この番組はリアルタイムではみてないと思います。
見たのは、3.4年くらい前のやっぱりTBSチャンネルでした。
ジュリー!は知ってましたけど、この一連のシリーズはあまり気合いれてみてなかったかも。ムー関係も再放送ですね。郷、樹林さんの歌くらいしか知らなかった。
必死で見てたのは赤いシリーズでした。ピークは赤い激突。夏子役のあの人・・・あーあー(名前が出てこん)好きだったなあ。
能勢慶子・・・あーいむふらーいー
ふらーいとうーゆー、よく柴田恭平が競演したなあ。

また話がずれました。

みよちゃんがメインの話はなぜか泣けます。上野駅まで貫太郎が大八車でむかえにいく話。おばあちゃんが意地悪して、みよちゃんが怒って、そのあとのおばあちゃんの奉公話。(このふたつって同じ回?)
おかあさんの命日がおまつりにあたってしまい、それを知った貫太郎がお坊さんを呼ぶ話。

Ⅱのほうは、初回出演者に違和感があってあまり熱心に見なかったんですよ。話も谷隼人の話ばっかりでノレなかった。









2007/04/30(月) 22:43:37 | URL | くりお
りんごが一つアップルって歌はこの番組でしたっけ?
あれを級友達が歌っていたのが思い出されます。
当時はお手伝いさんが出てくるドラマが多かったんですが、
家族であって家族でないけど家族同然という
特殊な存在を活かしたドラマ作りも有りましたね。
2007/05/01(火) 20:34:34 | URL | ごいんきょ
りんごがひとつ
おばあちゃんがものすごい裏声で歌うヤツですか。でもこの歌はまったく記憶がなかったですね。
Ⅱのほうは節子と哲が歌ってました。あと、北へ帰ろう、もか。
哲が歌ってたのは拓郎作曲ですが、優しい悪魔を聴けば同じ作曲家ってすぐわかりますね。拓郎がギターをかきならして『やさしいあくまーー』って歌ってたCD持ってました。

2007/05/02(水) 00:01:03 | URL | くりお
拓郎さんはやさしい悪魔を自分で歌って世に出すべきではなかったと思いますね(苦笑)。
なんで歌う気になったんだろう?
2007/05/02(水) 00:07:03 | URL | ごいんきょ
りんご♪

「りんごがひとつア~ップル りんごがふた~つアップルプル♪・・・」ですよね。
懐かしいです。みんながそれぞれ参加して歌っていましたね。
あとは美代ちゃんと周平が屋根の上で歌う「しあわせの一番星」が大好きでした。
当時お手伝いさんに憧れました。
一人っ子だったもので大家族がうらやましかったです(*^^*)
2007/05/02(水) 06:21:07 | URL | もも
そうです。次々参加していってね(笑)。
亜星さんはムー一族でも林檎殺人事件を出しますけど、なんなんでしょうね?
この番組の一番有名な曲というと、やはり幸せの一番星になるんでしょうね。
大家族羨ましいですか。
じゃあサザエさんちも憧れましたね(笑)。
2007/05/02(水) 22:35:47 | URL | ごいんきょ
オイラも・・・
ももさん、こんにちは。
ワタクシもひとりっこですが、
よくかわいそうとかワガママとか言われてそれがすごくやだったです。
生まれてこのかた、ずっとひとり
だったから(きょうだいがいないっていう点で)、逆に家に他にこどもがいることを考えるとヘンな気分でした。テレビが思う存分みられたってことだけは優位だと思います。


サザエさん・・・うーん、きょうだいどころか甥もいるとわ!
2007/05/02(水) 23:37:04 | URL | くりお
本当に・・
くりおさんこんばんわ。
私は近所にいとこやらと同年代の子供がたくさんいて毎日祖母の家で遊んでいたのであまり一人っ子という感じはしなかったのですが一人っ子は、わがままだのと決め付けられるのが本当嫌でした。
でも当時8人兄弟なんてざらにいまして・・遊びに行くと同じお顔の人たちがたくさんいることが不思議で仕方ありませんでした。
サザエさんはの家族関係もまた興味深いですよね♪サザエさんは、あの間取りに憧れました。
2007/05/02(水) 23:45:01 | URL | もも
昭和40年代のドラマって家族が多いけど、実際に昔の日本人は兄弟多かったですからね。
2007/05/03(木) 04:09:44 | URL | ごいんきょ
家がボロで・・
実家は築何十年という戦前からみたいなトタン屋根の借家でした。
玄関あけたらすぐ9畳の和室で(6畳と3畳がくっついていた)その裏が台所で水道は外にあったのでサンダルをはかないと水場に行けませんでした。もちろん風呂なし。玄関に鍵がついたのは90年代になってからです(笑)だから、ケンちゃんシリーズとか、新しいところであばれはっちゃくとか、ダイニングがあってこども部屋があって、に憧れましたね。小学生の頃は、鍵なんかもってなくても家に入れて、母親の置手紙(買い物です、とか)あったりして・・・。
友人に2DKの団地住まいだったのがいますが、一戸建てに憧れたといいますが、アタシにとっちゃ団地も天国ですよ!鍵あるし!

まる子が、花輪くんの家に憧れるように、アッシはまる子やサザエさんの間取りに憧れるね!!廊下があるだけでもカッコイイ!





2007/05/03(木) 10:29:27 | URL | くりお
まあ昭和40年代までは、都市部ではそんな世帯が多かったです。
みんな田舎から出てきたばかりで貧しかったですね。
2007/05/03(木) 22:00:21 | URL | ごいんきょ
親父
幼い頃の私の脳裏に焼き付いてます。貫太郎役の小林亜星が余りにもハマり役で、小林亜星=怖い人というイメージを抱いたものです。最近は見方が変わりましたが
2009/01/12(月) 19:16:01 | URL | 日本人
素人臭さが有って、それがまたリアルだったですね。
あのボリュームがインパクト有りましたし。
2009/01/15(木) 07:03:28 | URL | ごいんきょ
ジュリーと悠木千帆
たしか昭和53年頃に出た雑誌に悠木千帆(当時はもう樹木希林?)が「優しさ」について書いていました。
内田裕也に友人の沢田研二から電話があり、「無事生まれました。女の子です。幸いなことに母親似です」(だったか、僕似です、だったか、忘れました。今度実家で確認してきます)
何のこと言ってるんだろうと内田裕也が調べたら、沢田夫人の伊藤エミが妊娠中に、悠木千帆が「生まれてくる子が女の子で母親似だったら可哀相」と、雑誌に書いたか何かしたことが判った。で、内田裕也は悠木千帆に電話口で「お前には人間としての優しさが全然ない」と怒鳴りつけたそうです。
しかし悠木千帆の弁。ジュリーと結婚する夢を見ていた女性は何百万といた。その羨望と嫉妬を一身に受けながらジュリーの子供を産む伊藤エミに対して、世の中の女性に成り代って一言云ったんだ、何百万の女性の恨みをチャラにしたんだ、と。
「内田と私は優しさについての考え方が違いすぎていて困るんです」と結んでいました。
その一文の中にも寺内貫太郎一家のことも書いてあったような気もしますが、うろ覚えです。
2009/04/29(水) 17:55:29 | URL | あぶもんもん
急いで訂正
ウィキペディアで調べたら、ジュリー・伊藤エミ夫妻の間には昭和54年に長男が生まれているらしいです。上に書いた「女の子」は記憶違いだったようです。ジュリーが結婚したのが「寺内貫太郎一家」放映の翌年だったというのも面白いですね。番組の中で本当に女性ファンを代表するつもりで演じていたのかも。
2009/04/29(水) 20:44:21 | URL | あぶもんもん
成り代わってという言葉、ワタクシはとても違和感あります。
嫉妬するのはその本人に過ぎないわけで、
べつにファン達がアイツにヤキ入れて下さいとお願いしたわけじゃないと思うんですよね(笑)。
2009/04/30(木) 00:15:25 | URL | ごいんきょ
本当に怖いオヤジ
このドラマを見て「(亜星って)怖いオヤジだな」と思ったんですが、後に(当然ですが)普通のオジサンだと分かりました。でも実は、本当に「怖いオジサン」だったんですよ、亜星って。
某遊園地で行われた「電波少年まつり」で、放送不可だった「アポなし取材」VTRを上映したんですが、小林亜星の所へ行った時の怒りぶりは半端じゃなかったですね。「これを放送したらただじゃおかねえぞ!!」ってね。
もっと怖いのは、そのしばらく後に「TVジェネレーション」に亜星がゲストで出た時、あの時のやり取りが嘘のように、松村と亜星が和気藹々とトークしていた事ですね。裏の都合をカメラの前で出さないのは当然ですが、あの「激怒ぶり」を知ってる自分にとっては「よく何食わぬ顔でニコニコしてトーク出来るな」と、大人の振る舞いに怖くなりました。
2009/05/07(木) 11:51:21 | URL | 石毛零号
いや、情況が違うじゃないですか。
アポ無しの無礼さと、きちんとした仕事の違いで、
べつに松村さん個人に含むところが有るわけじゃないでしょうから。
2009/05/08(金) 07:15:16 | URL | ごいんきょ
狼少年ケンのテーマ
狼少年ケンのスレがなかったんですが、小林亜星作曲ということでここに書きます。

狼少年ケンって、放送当時は森永製菓がスポンサーだったのに、今は、佐々木希と佐藤健が踊っているロッテのFitsのCMに使われているのが不思議です(途中でロッテにスポンサーが変わったわけでもないのに)。
2011/12/05(月) 00:49:58 | URL | 10000k
チッチとポッポね
こんにちは。
ぶばんばばんぶんぶんばぼん、でしたっけ。
パチンコ屋さんの景品にココアの缶があって、おやじは玉を煙草に替えちゃうんだけど、おいらはココア缶のほうが欲しくって・・・、缶に描かれたケンを今でも記憶してるなぁ。

2011/12/05(月) 08:39:54 | URL | いくちゃん
● 10000k
まだやってないんですよね、ケン。
そろそろやろうかな。
アッと驚く、放送当時のテレビ音源がYouTubeに上がってますし。


● いくちゃんちゃん
パチンコも昔は風情があって、親父連中はけっこう景品に買えて家に持って帰ったりしてたんですよね。
昔のドラマでもたまにそんなシーンありましたけど。
2011/12/18(日) 07:42:50 | URL | ごいんきょ
生放送
数年前にDVDで全話改めて見ました。12話が当時生放送だったらしいですね。とん平さんがちょっと見切れただけで他はセリフの間違いはなし、なんとドッキリまでやってます。当時の出演者のレベルの高さに驚かされます。
2012/08/23(木) 20:28:52 | URL | とらお
え。
ムー一族の生放送はよく覚えてますけど、これにも生が有りましたか。
まあ昔はみんな生ですし、特に悠木千帆さんは『七人の孫』での
森繁さんとの生アドリブでのし上がった人ですしね。
2012/08/23(木) 21:52:54 | URL | ごいんきょ
追悼 加藤治子さん
92歳ですか。敬語で夫に話しかける奥様。夢です。合掌。
2015/11/05(木) 18:49:47 | URL | とらお
きんばあさんの「ジュリー〜〜〜!!」その他
このドラマで思い出すのが、樹木希林さん扮するきんばあさんが、ジュリー(沢田研二さん)のポスターを見て「ジュリー〜〜〜!!」と身もだえするシーンだね!!必ずや小林亜星さんと西城秀樹さんの乱闘シーンもありました。お母さん役の加藤治子さん、お亡くなりになられたんですね。加藤治子さん、お疲れ様でした。
2015/11/11(水) 11:47:41 | URL | マスダっち1971
加藤治子さんと言えば、一頃は日本のおかあさん女優の代名詞でした。
2015/11/15(日) 20:02:28 | URL | ごいんきょ
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