昭和テレビ大全集 私的昭和テレビ大全集
昭和のテレビについてなんでも語るブログ

Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日
08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -



幌馬車隊 (1960)

WAGON TRAIN

 昭和の日本テレビ系、日曜夜8時からと言えば、青春ドラマ枠で記憶している人も多いであろう、大正製薬提供枠。
 昭和30年代中頃、それは大正リポビタン・アワーと呼ばれ、『幌馬車隊』というアメリカでは大人気だった西部劇を放送しておりました。
 アメリカで『アイ・ラブ・ルーシー』を真裏にしながら四年連続視聴率首位と喧伝され、かの『ガン・スモーク』や『サンセット77』をも従える人気ぶりで昭和32年から放送されてながら、何故か日本での放送が実現していなかったものが、『ララミー牧場』『ローハイド』などの人気で西部劇ブームの様相を呈した事により、ようやく放送される事となったものです。

 時は1870年、所はミズーリ州、セント・ジョセフを出発して開拓地の西へと向かう二十数台の幌馬車の一団。
 隊長は退役陸軍将校のセス・アダムス。そして主に活躍するもう一人は、偵察員のフリント・マクロー。
 強硬なインディアン、無法者、大自然など数々の苦難、脅威を乗り越えながら進んでいく幌馬車隊、ワゴン・トレインを描くものでした。

 制作費は、嘘か本当か、当時の金額で一本約三千万円と伝えられ、日本ではとても考えられない大作という触れ込み。
 その人気の秘密は、活劇にとどまらず人間も描写した格調高い重厚な作り。
 それ故にか日本での人気は前出二作には遥か及ばず、今日ではその名を出す人もあまりいないでしょう。

 放送が始まる前から話題となっていたのが、早川雪洲がゲスト出演した回の有る事。
 それが日本でも放送されるのか、された場合の声はどうするのかという興味が一部で有りましたが、丸二年経った昭和37年10月12日放送「サムライ・イトウの腹切り」で、早川雪洲ご本人による吹き替えが実現しました。
 本人が本人の声をやるのに”吹き替え”というのも変な感じですが、原語はもちろん英語ですからね。
 今では知らない人も増えたでしょうから一応書いておきますと、早川雪洲というのはハリウッドで俳優として大成功した日本人です。
 当初は畏れ多いという事で、ご本人への出演依頼は控えていたらしいですが、と言うか、ギャラを払いきれないという心配が本当の所でしょうが、聞きつけた雪洲自ら、私がやりましょうと申し出てくれたのだとか。

 主題歌は、アメリカで使われていた音楽に音羽たかしが日本語詞を付けたものを平尾昌晃が歌いました。
 音羽たかしというのはキングレコード内部の変名のようですが、常務の牧野剛の事かもしれません。
 日本語詞は四番まで作られましたが、放送で使われたのは1、3、4番でした。
 平尾の歌った日本版主題歌は、当然キングレコードのみの発売でしたが、主題曲としては他にも複数の盤で収録・発売されました。
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
西部劇シリーズありがとうございます。
 おはようございます。西部劇を次々紹介くださり、うれしいかぎりです。ありがとうございます。この作品は、以前レンタルで借りて、数エピソードのみ見たことがあります。ローハイドのようなロード・ムービーの楽しさと、男女の織り成す人間関係がミックスされたおもしろさがあったことが記憶に残っています。また、私の唯一のお願いツールの衛星劇場にリクエストしようかと思います。(しかし、いつも驚いておりますのは、ごいんきょ様の、業界に対するご見識と知識の深さです。すばらしく多くの情報量をお持ちですね。)
 で、tv西部劇の情報に触れていて、ときどき思うんですが、日本にとうとう輸入されることのなかった、あちらのみでの名作もきっとあったんだろうなあ、ということです。(西部劇に限らないですが。)そういうのも、なにかのきっかけで、現代の今、意識ある業界の方のお力で輸入、公開され、時を超えてのブームとなったらおもしろいか?など、空想したりすることも実はあります。(^O^)
 ところで、この作品は、あちらでは人気作だったということですが、何シリーズくらい続いたのでしょうか?
 
2018/03/25(日) 10:24:49 | URL | showacho
Re.
ご隠居様の前に僭越ながら、愚生で分かる限りを羅列させて頂きます。

「幌馬車隊」は本国ではNBC(1957-62)からABC(1962-65)に移って通算8シーズン、284話にわたる人気シリーズでしたが、日本では三年遅れで1960年から二年ちょっとしかやっていませんでしたから、アダムズ少佐のワード・ボンド主演の4シーズン分のみの放送だったでしょう。ジョン・フォード一家の名脇役で鳴らしたボンドは、第4シーズンが始まって間もない1960年11月5日、番組のロケ先のダラスのホテルで心臓麻痺で急死(よせばいいのに年寄りの冷や水でフットボールに加わって暴れたのが死因、享年57歳)しましたが、フィルムが撮りだめしてあったため、最後の出演は翌年2月(アメリカ)放送のS4E22回になりました。

なお、「ララミー牧場」のジェスことロバート・フラーは、ボンド生前のS3(1959年)に二度ゲスト出演した後、カラー化された1963年9月からのS7からクーパー・スミス役で主演格でレギュラーになっていますから、残念ながら日本放映分としては、「ジェス」の出演回はゲストでの二話分しかないはずです。ところで、「幌馬車隊」は日本発売DVD(字幕)としては、showacho様がご覧になったように三話分収録のものしかなく、全エピソードのDVDBOXはアメリカの輸入盤を入手するしかないのですが、幸いに字幕なしでもよければ、後期のS7、S8を中心に100話ほどは現在、You-tubeでフル・エピソードが視聴できますね。実はほんの半年ほど前までは、ほとんど全編が見られた筈なのですが、急激に潰されつつあるようです。まあ、もし興味があるならお早めに、というところでしょうか(笑)。
2018/03/25(日) 22:04:05 | URL | 権兵衛
ぜひ、視聴したいものです。
 権兵衛様、ご教示ありがとうございます。ロバートフラーの幌馬車退院役も。
 ところで、ララミーのスリム役のジョン・スミスは、ララミー後あまり売れなかったのでしょうかねえ。1990年代に比較的早くに物故されているようですね。
2018/03/26(月) 14:34:30 | URL | showacho
お、質なので非常に助かりました。
ありがとうございます。

見識とか知識はまったく無いのですが(苦笑)、この手の資料は見かけたら小まめに入手するようにしているので、そこの違いでしょう。
堅気の方はこの頃の番組に関する記事をお金出しては買わないでしょうからね。
2018/04/04(水) 06:41:39 | URL | ごいんきょ
セッシュウ・ハヤカーワ
最初に幌馬車の幌を突き破って白刃がニョキニョキッ。そうして度肝を抜いておいて、悠揚と御大が登場するわけですが、顔を出す時に何やらブツブツと日本語の捨てゼリフ。よく聴くと「なんだおまえら、ヤバンジンじゃないのか」(笑)。これは当然ご当人の声で恐らくアドリブでしょうが、今ならかなりまずいセリフでしょうね。その後は馬上のワード・ボンドの尋問に答えますが、これがどういうわけだか典型的日本人のブロークン英語。長年ハリウッドでならした人なのに、そりゃないだろうとよく考えると、幕府瓦解後三年も経って、まだマゲにお代官さまよろしく陣笠を被り、場違いもいいところの西部の荒野をうろついているような怪しい東洋人が、立板に水のようにベラベラとやりはじめたらかえって不自然なので、多分これも演出かも知れません。
 
結局ラストで居並ぶインディアンの前で、見事に十文字に腹かっさばいて花と散るわけですが、実はこの方、その四年前(「幌馬車隊」のこの回の全米オンエアは1958年12月3日)、昭和29年の新東宝映画「日本敗れず」で阿南陸相になって、これまた派手にハラキリしていますから、切腹づいていたのは真違いありません。
2019/08/06(火) 07:10:33 | URL | 権兵衛
ジェローム・モロス
映画『大いなる西部』で有名な作曲家のモロスがこの番組のテーマ曲を書いていたのは知っていますが、まさか日本語の歌詞の歌があったとは。

『レッドサン』の三船敏郎より前に、西部劇で早川雪洲が侍姿で西部劇に出ていたのですね。雪舟って、『戦場にかける橋』と『底抜け慰問屋 行ったり来たり』しか、みたことないですけど。『神々の深き欲望』途中降板で、アラカンに替わっちゃいましたが。
2019/08/10(土) 19:35:48 | URL | (ハンドル未記入)
主題曲のことなど
アメリカのテレビ・シリーズは、シーズン毎にテーマ曲が変わることがしばしばなので、ややっこしいことこの上ないですな。「幌馬車隊」について整理すると、まずS1 のオープニング・テーマはアンリ・レネとボブ・ラッセルの共作した荘重なインストゥルメンタルのみのもの。続くS2の前半は、名匠サミー・フェインの曲にジャック・ブルックスが歌詞を付けた軽快なテンポの"Roll Along Wagon Train"で、これは劇中でジョニー・オニールが歌ったBGMが流れます。と思ったら、後半にはまた歌詞なしのスタンリー・ウィルソン作曲のアップ・テンポのテーマに。1959年秋からのS3になってようやく、後世の我々にもっとも馴染みが深いジェローム・モロスの名曲"Wagon Ho!" が登場し、以後これが番組終了まで定着します。このメロディだけは個人的に辛うじて覚えがありますが、60年代後半になって日本の某女性歌手(名前忘れ)が歌った旅情タッチの歌(題名忘れ)が何とそっくりだったので(苦笑)、改めて脳裏に定着した次第。"Wagon Ho!"は、いかにも日本人好みのヨナ抜き音階だったためか、番組本体は人気が出ず終いでも、メロディだけは多くの人々の記憶に残ったのでしょう。平尾昌晃の日本語版レコードの存在は、不明にも長らく知りませんでしたが、これは「ワゴン・トレイン」と題して、前記第2シーズン後半のスタンリー・ウィルソンの曲に、ご隠居さまの解説の通り、「音羽たかし」(「NHKみんなのうた」でペギー葉山が歌ったオーストラリア民謡「調子をそろえてクリッククリッククリック」の訳詞でも有名)が歌詞を付けたものです。オリジナルの方の日本版は、NTVの放映開始(1960年10月2日)直後にキング・レコードからリリースされたもので、これはオープニングとクロージング二種類の"Wagon Ho!"を収録してあります。

ところで、奇特なお方があるもので、このレコード・ジャケットの裏面の写真がネットにアップされていますが、解説で首をかしげたのは「カラー・テレビ本放送と相呼応して、素晴しい色彩映画として見られるのですから」とあるくだりです。これは全くのヨタ。よくこんなええ加減なことが平気で書けたものかと、開いた口が塞がりませんでした。だいたいが、「幌馬車隊」は基本的にモノクロで、カラー・ヴァージョンは実験的にNBC時代の第5シーズンに製作された、たったの5話分だけ。それも翌シーズン、ライバルのABCに移ってからは、番組終了までずっとモノクロで通し、二度とカラー版は製作されなかったのですから。この5本の全米オンエアは1961年10月から62年3月にかけてで、解説者氏が当の原稿を書いた60年の時点ではまだ作られてもいなかったわけです。よって、予測記事としてもまったく成り立ちません。いくらカラーテレビができても、元が白黒じゃ、どうやって色付きで見るんだか。カラー宣伝用の景気づけとしてわざとヨタを書いたにせよ、本気で今にカラーになるという期待的観測でペンが滑っちまったにせよ、あまり感心した話ではありませんな。まあ、当時はこうしたことはちょいちょいあったのかも知れませんが。

2019/08/11(日) 12:58:29 | URL | 権兵衛
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ