私的 昭和テレビ大全集
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ATTENTION PLEASE (1970)

ATTENTION PLEASE(1970)アテンション・プリーズ
陽に光り 開ける波を いま私は見る
紀比呂子ってのは好みなんですよ。
お前の好みはずいぶん幅広いな~と言われそうですが(笑)、
たしかに基本的には可愛きゃなんでもいいんですが、丸顔ぽっちゃり系がね。
まー、ワタクシの好みなんぞはどうでもいいんですが、
全国的にも人気あったと思われますね、この手の顔。
ほとんど同時期に吉沢京子とか、ほんの少し後に坂口良子とか、
30分ドラマの女王的女優が何人か出てきた頃ですが、みな丸顔ですね。
紀比呂子は、他にはテニス物元祖の『コートにかける青春』
『マドモアゼル通り』などで活躍しましたが、この『ATTENTION PLEASE』が
大ヒットした割に、全体的に地味目な女優生活でしたね。

とにかく、飛行機に乗った事がある人なんてほとんどいませんでしたからね、まだ。
ワタクシは両親とも九州なんで、新幹線、飛行機とも割と早めに乗ったのですが、
国内線でも同級生で使った事がある人間はほとんどいなかったです。
そんな時代で、それも女性の華ある職業が看護婦さんとか限られてもいましたし、
この番組によってスチュワーデスという職業が、女の子の憧れの職業として
一気に注目されたのは間違いないでしょう。
「アテンション・プリーズ」という言葉と、その意味は、たちどころに豆知識として
仲間内で広まりました。英語をちょっと使うだけでなんとなくカッコいい。
そんな時代が本当にあったんですよ(笑)。

後年の『スチュワーデス物語』とどうしても並べて語られますけど、
こちらは純粋にスチュワーデスを憧れの職業として表現してますからね。
笑いの要素は一切ありません(笑)。
やっぱね、当時全盛のミニスカートがまぶしかったですよね。
思えば、カラーテレビの普及とシンクロするかのようなミニスカートブーム。
視聴者の目線を画面に釘付けにする女優さんが、当時はいっぱいだったなあ。
ミニスカブームって、なんかの謀略だろうか?(笑)
ユニフォーム・デザインとして森英恵がクローズ・アップされ、
女の子の憧れの職業にファッション・デザイナーも加わってきましたね。
後年、この枠でも『モンシェリCoCo』というデザイナー業界を描いたアニメが
放送される事になりますが、こちらはたった1クールの寿命でした。
ちなみに森英恵は「もり・はなえ」と読みます。「もり・ひでえ」と読まないように(笑)。

社会的ブームまでになったとも言える『サインはV』の後番組で、
この番組も当然、不二家提供であります。
直前のタケダ枠は、これまた『サインはV』と共にスポコンブームを盛り上げた
大ヒット作『柔道一直線』が栄華を誇っており、TBSのタケダ-不二家アワーは、
まさにこの頃、ロウソクの炎が消える直前の目映いばかりの輝きを見せていました。
という表現も不適切ではないであろうほど、この後は裏のフジテレビ
大塚-カルピス枠に浸食されていくのであります。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
覚えているような・・
確かに見ています。
ただ内容の記憶がないんですよ。外国人のお客さんに困ったことを言われて何とかやり遂げたとかいうシーンがあったように思えるのですが・・ これって大映テレビ制作でしたっけ?
この枠だと「金メダルへのターン」はよく覚えています。
サインはVの立木大和って日立武蔵(東村山市)のことだったんですってね。
2005/04/06(水) 20:39:07 | URL | SATO
スチュワーデス物語
>外国人のお客さんに困ったことを言われて何とかやり遂げたとかいうシーンがあったように思えるのですが・・
> これって大映テレビ制作でしたっけ?

そうですねー、スチュワーデス物語の方では覚えてますが、アテンションプリーズではどうだったか?
堀ちえみの阿波踊りがどうもキョーレツで(笑)。

サインはVのチーム名に関しては、当時バレーはメジャーでしたので、
みんな見ていてピンとくるネーミングでしたね。
2005/04/07(木) 07:44:34 | URL | ごいんきょ
洋子ちゃん、見る飛行機を間違ってるよ
昔から疑問に思っていたのですが、「第11回」にどうにも解せないシーンが登場します。
それは洋子が空を飛ぶ旅客機を見上げるシーンなのですが、その旅客機が全日空機なのです。日本航空協力の番組なのに「そりゃあ、ないだろう」と思うのですが、一体どういう理由で全日空機が撮影されたのでしょうか?

それと「アテプリ」の制作は東宝ですね。「サインはV」と一緒です。
2007/06/07(木) 21:07:12 | URL | 石毛零号
元祖「落ちこぼれ」スッチーストリー
ごいんきょさま、おばんです。

>やっぱね、当時全盛のミニスカートがまぶしかったですよね。

いやぁ~同感ですな~。歴代JALのスッチーユニフォームの中でも私はこれが最高だと今でも思ってます。ミニスカもそうですが、首にピンと巻くJALの3文字の入った黒のネッカチーフ。後年のスチュワーデス物語のユニフォームより好きでしたね。JALはなぜこれを復活させないんだろう。復活させたらJALに乗ってやってもいいぜ(って何様のつもりだ?)。

ところで私の記憶違いかもしれませんが、森英恵のデザインが採用された初めてのユニフォームは、スチュワーデス物語の時の、あの赤か青と白のストライプのネクタイのようなユニフォームで、この時は違うんじゃなかったでしょうか?まあ、あんまり自信ないんで、違ってたらごめんなちゃい。<(_ _)>

ストーリーは、実は私も途切れ途切れにしか覚えてません。

ところでこれは第1回目の放送を後年テレビ探偵団でやってたものなんですが、なぜ彼女はスッチーを志望したのか。それは彼女の実兄が富士登山に失敗して命を落してしまう。で、富士山より高い所に上る、それには飛行機に乗るしかない、というのがスッチー志望動機だというのが第1回目の内容なんだそうです。なんか無茶苦茶な設定だと思いました。だったらただの乗客で乗ってやるだけでいいじゃん、って思わず突っ込み入れたくなりました。(^_^)

あと印象に残ってるのは、フォークとスプーンだけで料理を挟んでお皿に載せる、というのが訓練であって、で、それがどうしても彼女にはできない、とか、彼女達33期生(ちなみにスチュワーデス物語では467期とかそんな数字)がいよいよ初フライト、という時、各々の訓練生の搭乗便名が掲示されるんですが、それに彼女の他3人くらいの名前が載ってない、つまり最初は落第した、という内容。こうした「落ちこぼれ」スッチーストリーは、そのままシチュエーションが変わってスチュワーデス物語にも踏襲されていくんですな。

何度か再放送されたと思いますが、私は初回の放送は途中から観ました。たしか最初の国際線フライトがホノルル行きで、その中で彼女がずうっとお客様の碁の相手をしてしまう。なかなか筋がいいとそのお客さんには誉められますが、後から上司から、1人だけのお客様だけをお相手しちゃいかん、と怒られるシーンがありました。それとなぜか水戸黄門に出ていたうっかり八兵衛役の高橋何とかいう役者さんが出ていて、で、ハワイでお金を稼ぐため日本料理の、それも和装で雅楽をバックに鯉を料理するシーンも覚えてます。

あと、この番組で初めて覚えた海外の地名もあります。もちろん彼女がフライトで行った先です。サンフランシスコはアメリカにある地名で、中に「フラン」とあってもフランスとは全然関係ないこと、香港は「ほんこん」と読むこと、などを小学校1年にして覚えました。勉強になりましたね~。

ちょうどこの年は「よど号ハイジャック事件」があった年でもあり、旅客機やその安全性(ハイジャック防止策)に対する人々の関心が非常に高まっていたことも、この番組に対する関心を高める契機になったのではないか、と思っています。
2007/06/08(金) 00:44:09 | URL | espoir
● 石毛さん
いやあ、詳しい人じゃないと、飛行機見ただけで社名までわかんないッス。
制作側もまさしくそんな気楽さで作ってたんでしょうね(苦笑)。


● espoirさん
おばんでやんす。って、これを書いている今は早朝ですが。
はいはい。当時のユニフォームは本当に憧れでした。
日航もかなり威信が低下してますね。
森さんの件はそうかもしれないです。
ワタクシの記事は基本的に適当なんで(苦笑)。

ああ、そういう導入部でしたっけ。
うーん、でも、そんなにおかしくはないんじゃないですか。
その富士山を常に見下ろせる立場になるわけですから。
しかし、これも落ちこぼれ訓練生ものだったんですねー。
紀さんがあまりにも可愛いので、そんな印象じゃなかったです。
当時はスポ根の亜流って感じで捉えていたように思います。
この頃は事故やハイジャックなど、飛行機は災難が多かったですね。
2007/06/08(金) 04:22:51 | URL | ごいんきょ
マジレスですが
>>ごいんきょさん
いやあ番組制作って、そんな気楽なもんじゃないんですよ。
よくドラマ内で、スポンサーの商品がわざとらしく使われている事がありますよね(アテプリでも「不二家ネクター」がよく登場)。あれはスポンサーさんをヨイショしている訳じゃなくて、そうしとかないと撮り直しを要求されるからなんです。それぐらいスポンサーや制作協力団体の力は強いんです。完成してからの撮り直しは辛いですからね。
だから日本航空協力の番組で全日空機の映像が使われるなんて、常識では考えられない事なんです。確かにやや遠目に映っていましたし、家庭用ビデオのない時代だから再確認も出来ず、視聴者はそれほど違和感を感じなかったかもしれません。でもスポンサー(及び協力会社)はチェックしますからね。どうしてクレームが付かなかったんだろ。
これは是非、真相を知りたいですね。
2007/06/08(金) 19:42:34 | URL | 石毛零号
あくまでも1つの仮説として、ですが……
石毛零号さま、おばんでやんす。

洋子は落ちこぼれ訓練生だからまだJAL機とANA機の区別もつかなかった、というのでは納得されませんかな?

その「落ちこぼれ度」を強調するためにあえて「ANA機を見つめるアホ洋子」像を出した、とか。

あるいは、今じゃとても考えられませんけれど、JALは国内幹線と国際線でANAは国内線だけだったんです。しかも会社の実力から言っても
JALの方がANAよりダンゼン格上。まあ、横綱と十両、いや序二段くらいの違いがあったわけです。だから横綱が「胸を貸してやる」くらいの気でいたのかもしれません。

あるいは(しつこいか)、先程も書きましたが、当時JALは国内幹線しか飛んでいなかったので、撮影上どうしても国内では空路が少なかった、それで仕方なしにANA機を代用した、なんて、いろいろと推理してみました。え~~、古畑任三郎でした。
2007/06/08(金) 23:18:55 | URL | espoir
気楽に作ってたんでしょうというのはもちろん皮肉なわけですが。
espoirさんの言うように、当時のJALは
ANAなど問題視してなかったんでしょう。
国鉄のドラマで地方都市の私鉄をやむなく撮影に使ったとしても、
そんなに目くじら立てられなかったでしょうし。
時代背景が今よりもはるかに鷹揚であった事と、
半ば国営みたいな圧倒的な存在感の差で、
当時は誰も気にしなかったんじゃないですか。
2007/06/09(土) 09:24:46 | URL | ごいんきょ
前代未聞の珍カット
>>espoirさん、ごいんきょさん
「第11回」の舞台は鹿児島です。ですから撮影スケジュールの都合で日航機が撮れなかったとも考えられるのですが、実際に映っているのは空と飛行機だけなので、いくらでも差し替えは出来るはずなんですけどね・・・。
まあ、事実関係が分からない事をいつまでも論じても仕方がないので、この話題はこの辺でとさせていただきますが、それにしても不思議なシーンであります。
2007/06/09(土) 12:22:00 | URL | 石毛零号
再開第1レス(笑)。
休止作業最中に滑り込みで投稿されていたようで、
返信が数ヶ月遅れになった事をお詫びします。


と言っても、特に新たにコメントする事はないですね(笑)。
石毛さんのおっしゃる通りで。
2007/12/02(日) 23:49:03 | URL | ごいんきょ
お久しぶりです
半年ぶりに「前代未聞の珍カット」というタイトルを見て、「オレ、こんな事を書いたかあ?」なんて思ったんですが、こんな内容を書いてたんですね。半年も経つと忘れますね(ってか、昨日の事を忘れる事も多いですがw)。
また、よろしくお願いします。
2007/12/16(日) 16:56:05 | URL | 石毛零号
ですよね。
ワタクシも休止前は結構このブログについては把握してたんですが、
今や完全にボケ状態で、誰が何を書いたか、
自分がどんな記事を書いたかも完全に把握できなくなってしまいました。
2007/12/17(月) 00:14:25 | URL | ごいんきょ
おべんとうプリーズ?
そういえば子供の頃、スチュワーデスさんの絵が描いてある
アルミの弁当箱をもらったことがあります。
母が見せてくれた時、「こういうテレビがあったんだよ」
と言っていましたが、私は見たことがありませんでした。
昔の飛行機物の番組って言ったらこれかなと思い、
「アテンションプリーズ 弁当箱」で検索してみたところ、
なんとヤフオクに出品されていました。
※ちなみに「白い滑走路」のお弁当箱はない模様です(笑)
そのお弁当箱は幼稚園に上がったら使おうね、と言って
しまって置いたのですが、結局使わなかったような気がします…
2008/02/22(金) 01:59:59 | URL | みゅう
アテンションプリーズにもそんな商品が有ったんですね。
しかし、誰かが持っているもんだなあ。
2008/02/22(金) 07:21:27 | URL | ごいんきょ
ウチにもあるよ
スチュワーデスやジャンボの絵が描いてある手提げバッグを保存しています。塾やお稽古事に行く時に使うようなバッグで、妹が使用していた物です。「アテンションプリーズ 手提げバッグ」で検索してみましたが、出て来るのは「上戸版」ばかりでした(苦笑)
だいぶ傷んでいるので鑑定額は低そうですが、マニアの思い入れプレミアなら高評価されそうです。
2008/02/24(日) 15:01:39 | URL | 石毛零号
ふーん。
商品化もかなり無理矢理な感じになりそうな番組ですけど(笑)、
それなりにやってたんですね。
2008/02/25(月) 00:27:28 | URL | ごいんきょ
私はこの番組を見ていなかったんですが、同級生は年がら年中「こーいーびとーはー、ここ、にーも、いないかもしれないでも、私はー飛ぶー」と歌っていたので歌だけ歌えました。小学校3年のくせになぜか同級生は、遅い時間帯の「お荷物小荷物」なども見ていました。私は、ちなっちゃんファンではありましたが、時間帯のせいで断念しました。細うで繁盛記は家族が見ていたので私も見ましたが。
2008/02/25(月) 19:00:24 | URL | あぶもんもん
サインはVとともに、先日亡くなった三沢郷さんの名曲ですよね。
2008/02/26(火) 06:44:41 | URL | ごいんきょ
ネットインの美咲
実は見たいが、表向き「こんな女の話は見たくない」という風を装い、妹が見るので仕様がなく見ている、という形でしっかり見てました。「美しきチャレンジャー」もこの枠でしたよね。
いつも、洋子をいじめる子がいて、学生時代から、部活の卓球で、二人はライバルという設定だったと思います。でもって、洋子は劣勢の時にネットインして、そこから試合をひっくり返すことが多いから、「ネットインの三咲」と呼ばれている姑息な子なのよって、いじいじ話すシーンが印象に残ってます。本編の大筋と関係ない話でした。
2014/07/31(木) 01:29:54 | URL | みのモンタナ
ああ、わかりますわかります。
ワタクシも、エロ番組とか本当は嫌で嫌で堪りませんもの(笑)。

後番組が『美しきチャレンジャー』かな。
その辺りまでが不二家枠の良い頃でした。

ネットインの美咲って言ってたんでしたっけ。
そう言えば卓球をやっていたような。
2014/08/03(日) 10:46:06 | URL | ごいんきょ
紀さん
本番組と美しきチャレンジャー,確かにポパイ以来の日曜19時半,不二家枠の最後を飾るというべき2大作品かと。
アテンションプリーズは乗り物好きにとってとても魅力あるものでしたが,テーマが女の子向きだったので,なぜか家族に隠れて見ていたような記憶があります。
今でこそ空港や飛行機の裏側を全部見せます!なんてバラエティが氾濫していますが,当時はそんなのはなかったですしね。大体,飛行機は特別な乗り物でした。
紀 比呂子さん,可愛かった!! 好きな女優さんの一人です。
今は金沢で旅館か料亭の女将になっているとか。
対する氾文雀さんは怖かったなあ~。
2014/08/03(日) 12:10:06 | URL | 元朗
日航がミニスカートにした頃だったので、なんとなく気恥ずかしかったんでしょうね、皆さん。
不二家としては軒を貸して母屋取られるの思いで、日航ばかり目立ったのが本当に嫌だったようです。
たしかに、不二家よりも日航の方がはるかに広告効果が大きかったでしょうね(笑)。
なんか小料理屋さんだとか聞きましたが。
2014/08/03(日) 23:01:17 | URL | ごいんきょ
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