私的 昭和テレビ大全集
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どっこい大作 (1973)

どっこい大作(1973)
その昔、平塚八兵衛って有名な刑事さんがいました。
数々の難事件・有名事件を、犯人を絶対に許さないという正義感と、
今や捜査畑では失われつつあるであろう職人根性とで次々と解決した、
まるで生きているコロンボのような人でね。
日本の治安盤石時代、安全日本神話を象徴するような人でした。
たしか、かの3億円事件の時効直前に定年となり、
無念のままの引退が、当時の各メディアで取り上げられたと思う。
こういう人が死ぬ思いで這い蹲って捜査して支えてきた安全日本神話も、
頭デッカチどもがキャリアとして警察官僚職をしゃぶるようになり、
日本は見る見るスラムのような有り様になっていってますな。
たかだか4年や7年長く学校生活を過ごした人間、旧帝大を出た人間だけが、
どれほど努力、実績を積んだ人間よりも一生優遇されてしまうシステム。
こんな世界がまともに機能して良いはずがない。
現今の日本の無様さは、見ていてむしろ爽快です。理の当然。
ましてや中卒の人間は、どれだけ頑張っても報われない。
のし上がろうとすれば、他人を裏切るか、法を犯すか、どちらかしかありません。
昨今、政治家やマスコミが拝金主義を露骨に誹謗する風潮にありますが、
本当にそう思うのだったら、それ以前にすべき事があると思うのですがね。
なんて世相巷談も時々交えつつ(笑)、
今回の主人公は中卒で天下を狙った少年、『どっこい大作』くんであります。
八兵衛さんの引退とも放送時期が被ってると思います。

北海道から中学を卒業して青雲の志を抱いて上京してきた風車大作。
だが彼を待ち受けていた都会は、闇雲にせわしく世知辛い、絶望の地。
しかし二階堂甚平という物好きな金持ち老人に目をかけられながら、
持ち前の根性で自分の道を切り開こうとあがく大作の姿を描いた作品でした。
最初はラーメン屋だったんですよね。この頃はよく見てた。
それがいつの間にやらって感じで掃除夫になってたんだよな。
中卒で掃除夫。なんとシビアな設定なんだ(笑)。
これで本当に立身出世を描けるのかな?って、子供が見ていても思いました。
ところがそうこうするうちに、これまたいつの間にやらって感じで
今度はパン屋になってましたよね。さすがにその頃には付いていけませんでした。
だもんで、結局最後はどうなったのかわからないんですよね。
ネットをぶらりと巡回してみましたけど、やはり覚えてる人は見つからなかった。
結構、仲間内ではそこそこ話題になったドラマだし、
タイトルだけは知っている人は多いはずですけどね。

主人公・大作を、元青影の金子吉延が演じたというのはかなり有名な話ですが、
ワタクシはわりと無頓着な人間なんで、当時はまったく気付きませんでしたね。
この大作、志を肝に銘じる時などに気合いを入れるための儀式がありまして、
相撲のテッポウの要領で両手を交互に前に突きだし、
「どっこい! どっこい!」と声を出しながら踏ん張ります。
これが子供達の間では、割と流行りましたね。

音楽・渡辺宙明というのは、曲を聴いただけではきっと想像できないでしょう。
  空に誓った誠の峰を やるぞ必ず登ってみせる
  一度限りの 一度限りの人生を 俺の力で 俺の力で 切り開く
詞からしてド演歌ですが、曲がまたド演歌(笑)。
歌うのが山田太郎でしたね。その昔『新聞少年』が大ヒット。
  僕のあだ名を知ってるかい 朝刊太郎と言うんだよ
こんな新聞配達の歌が大ヒットしたんですから。時代と言うしかないですな。
中卒が金の卵とおだてられ、地方から東京へ大挙流入。
それなりの志を持たせられながら、大抵は低賃金で労働力を搾取されて終わりました。
中卒の給料だけでは家庭など持てず、新聞配達など副業をしながら子育て。
そんな世代の子供が小・中学生になっていた頃のドラマで、
もしかしたら本当に見て欲しかったのは、当時の子供達の親の世代だったんでしょうか。

しかし中卒は金の卵ではなく、金の卵を産む鶏だったんですな、実際は。
金の卵は小狡い連中が根こそぎ手にしていって、後には何も残らなかった。
そんな意味から言っても時代遅れというか、
世の中の現実と乖離しすぎていたドラマだというのはあるでしょうね。
同時期に『どてらい男』という花登筐の立身出世ものがありますが、
こちらは舞台が現代ではなく、太平洋戦争当時でしたからね。
でも1年以上放送されているんだから、やはり結構人気はあったんでしょう。
ひとえに、金子演じる大作像がハマっていたんでしょうね。
大作は週刊少年チャンピオンで同時に漫画連載もされていたんですが、
こちらはテレビとまるで雰囲気が違うギャグ漫画タッチの絵柄で、雰囲気ぶちこわしでした。
だからあまりリキ入れて読まなかったし、こちらも結末を覚えてない(苦笑)。
誰か大作くんの最後を教えてください(笑)。
彼は大望を果たす事ができたんでしょうかね。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
月曜日のNET
これほとんど見ましたよ。一文字隼人がライバルで出たような記憶があります。
掃除のエピソードでは、大作が必死に掃除した後にやってくるライバルがふすまのすきまに指を入れて「ここが全然出来ていない」といって酷評し、大作が自己の甘さを知ったという内容でした。
どっこい、どっこいのポーズのBGMはSLのサウンド、まだ現役だったSLにふるさとを重ねていたんでしょうね。
この枠は走れK-100などが後に入ったと思います。
2005/05/10(火) 23:06:43 | URL | SATO
SL
一文字隼人…佐々木剛さんですね。パン屋時代のライバルですか。
掃除のエピソード、なんとなく覚えてます。ほとんど小姑ですが(笑)。

どっこいアクションの効果音はSLのものでしたね。
OPの最後でもSLの映像が使われます。
スピードは遅いし不格好だけど、着実に力強く走る、当時は田舎だけにあったSLと、大作のイメージを重ねたんでしょうね。

この番組はNETでしたが、ケー100はTBS金曜で、放送時期はほぼかぶってるんですね。
どちらもSL繋がりですが、そろそろSLも絶滅が秒読みになっていた頃で、
そうしたノスタルジーも背景にはあったんでしょう。
2005/05/11(水) 04:17:36 | URL | ごいんきょ
そのセリフ
掃除のエピソードでのセリフは「見えない所はどうでもいいのか」だったと思います。

同じようなところが印象に残ってるもんですねえ。
2006/03/02(木) 04:00:50 | URL | 蝶の人
見えない所はテキトウでいいかも
長い間ほっぽらかしていて申し訳ないです。

ああ。そういうセリフだったかもしれません。
なにしろ全然放送されない番組なんで、初回放送の記憶に頼るしかないですもんねえ。

で、問題のセリフなんですけど、子供の頃はそれなりに感動したと思いますけど、
大人になると「適当」という言葉の大切さがよくわかってきたりね。
見えない所までなんでもかんでも全力だと、疲れてしゃーないです(笑)。
2006/03/21(火) 19:27:30 | URL | ごいんきょ
味 即 是 舌
昔、20年程前に京都テレビで再放送してるのを見ました。最終回は、パンのコンクールでした。ライバル達にはコンクール用の高価な粉を買えるけど、大作には買えず故郷の母が送ってくれた粉でコンクールに挑みます。結果は、キングパンのナルトゲンジだったかな?が優勝しましたが、大作のパンは「安くてうまいパン」として審査員に賞されて終わりです。「味 即 是 舌」(あじすなわちこれした)はシノダカンベエのパン作りの極意です。
2006/05/25(木) 00:55:08 | URL | ジャック
最終回!
いやー、とうとう最終回の情報が!
KBS京都は貴重な再放送が多くて、他地方のマニア垂涎の局でしたよ。
CS時代となって、そんな事も今は昔ですが。

しかし、本当に救いのないドラマだったんだなあ(苦笑)。
何を訴えたかったんでしょうねえ。
現実の世知辛さを子供に伝えたかったんでしょうか(笑)。
2006/05/28(日) 22:29:26 | URL | ごいんきょ
青い歌詞
クリックしたら曲が流れるんですね?スゲェ(爆)
私の耳には、原曲に限りなく忠実に聞こえるんですが、ほかの人々の感想もお聞かせ願いたいです。(汗)
ブログジャックしてるみたいですね。(爆)
2006/08/22(火) 19:41:42 | URL | W.B.
ご協力感謝
ここは乞食ブログですからご協力なんでも募集してるんです。
このダセエブログデザインもなんとかして欲しいし(笑)。
まあ、MIDIも含めて、自分でも少しずつ精進していくつもりではありますけど。

ワタクシが聞いて問題ないと思うので掲載させて戴いているのですから大丈夫ですよ。
音楽の才能はありませんが、音痴とまでもいかないので。
2006/08/23(水) 01:26:25 | URL | ごいんきょ
http://www.youtube.com/watch?v=QssqJnXLZUU&mode=related&search=
http://www.youtube.com/watch?v=G0H9t9drSbY&mode=related&search=
2006/09/01(金) 00:17:11 | URL | (ハンドル未記入)
OP&ED
ですかあ。
これも好きだったなあ。
2006/09/01(金) 01:45:42 | URL | ごいんきょ
小学校のころ、自分も見てました!1度見たきりなので朧気な記憶しかないのですが、最初は確かラーメン屋でしたよね(来来軒でしたっけ?)。そこでライバル(ラーメン太郎とかいう屋台のラーメン屋)を撃破した直後に、確か、踏み切りの側で(?)大作の乗った車が掃除屋のおやじをはねてしまって、それが縁で掃除屋になったような記憶があります(掃除屋のおやじが働けなくなってしまったので、おやじの代わりに働くうちに就職することになった。)。その後パン屋になって、ナルトゲンジ(フランス帰りのキザなパン屋)としのぎを削るんですよね。自分の記憶では、最終回、大作の作ったパンはコンテストでは負けてしまうものの、コンテスト終了後、安くて消費者から愛されるパンを作る大作のパンを食べたナルトゲンジが「試合に勝って、勝負に負けた」という趣旨のイキな台詞をはいたところで目出度く終了という記憶があります。ラストは、SLをバックにした十八番のドッコイ、ドッコイ、ドッコイ・・・だったですかね(笑)。いずれにしても懐かしい限りです。
2007/01/11(木) 12:38:18 | URL | (ハンドル未記入)
凄いですね
一度見ただけなのによくご記憶で(笑)。
しかも各固有名詞まで。
なるほど。掃除夫になったのはそんな経緯でしたか。
全然記憶に無いなあ(苦笑)。
最終回はジャックさんの報告通りという事ですね。
一応は誠の峰を登ったと言えましょうか。
あやかりたいものです。
2007/01/12(金) 00:13:30 | URL | ごいんきょ
最終回覚えてますよ
私も小学生の頃何回か見ていますが、最終回のことはなぜか特に良く覚えています。もう30年以上も前のことなのにです。既に何人かの方が書かれている通りですが、パンのコンクールでライバルの佐々木剛と争い、優勝こそ逃したものの、コストが安くて一般の人に手が届くパンでは最高という評価を得るというものでしたね。なぜか心にずっと残っていたのは子供心に強い印象を与えられたからでしょうか。主人公のひたむきさとそのように頑張っていると誰かが最後には評価してくれるものだというような感じで妙に感動したような記憶があります。
2007/01/20(土) 00:26:32 | URL | DAISAKU!
CSで
ワタクシは第一回から最終回まで観た作品って意外と少なくて、
大体が途中で見なくなるパターンなんですよね。
この番組もそうでした。
子供時代の初回放送での最終回の記憶が残っているというのは、
やはり特別な番組ですよね。

なるほどー。
結果を出せば誰かが評価してくれる。たしかにそうかもしれません。
ただ、要領いい人間がより過大な評価を得るのが現実かなとは思いますが、
子供向けドラマではそういう描写って大事ですよね。

しかし、検索ランクでも結構上位だし、
わりとファンも多そうですし、
東映チャンネルにはぜひ放送を実現して欲しいです。
2007/01/20(土) 01:46:21 | URL | ごいんきょ
モップは生きている
私も、この作品は全部見ましたよ。第2シリーズは「せいけつ社」という会社名ではなかったかな?ここでもライバル登場で、確かミラーマンを演じた石田信行さんが、ライバルだったような気がします。そしてモップで床を掃除すると、ごみがモップに磁石で吸い寄せられるように集まり、「モップは生きている」といっていたような・・・・
2007/01/21(日) 22:38:54 | URL | gonbe
そんな(笑)
いやあ、ワタクシも掃除夫の頃までは間違いなく観ていたのですが、
あんまり覚えていないんですよね。
石田さんがライバルだったのは、言われればそんな気がします。
でも、ごみが吸い寄せられるって…(苦笑)
いやあ、面白い。
なんでそんなシーンが今まで話題にならなかったんだろう。
2007/01/22(月) 00:39:18 | URL | ごいんきょ
補足します
ごいんきょ様、

「結果を出せば誰かが評価してくれる。」というより、「結果がすぐに出なくても、愚直にがんばっていれば道は開ける。」というような感じでしょうか。
そういう意味でも、最終回のコンクールで大作が優勝するという非現実的な結末にしなかったところが良かったのでしょうね。そんな安っぽい終わらせ方をすることなく、求めていたような結果は出せなかったけど、きちんと見る人は見ていてあのような評価につながったというのが印象に残ったのでしょう。
2007/01/24(水) 00:22:19 | URL | DAISAKU!
そうですか
一視聴者の感想として拝聴致します。
2007/01/24(水) 02:01:28 | URL | ごいんきょ
よく、「どっこい」やったなあ
「どっこい大作」なつかしいなあ。
小さいころ、太っていたので、よくおふくろが、運動のかわりにといって、「おまえ、だらだらしてるんだったら、どっこいやんなさいよ」と言ってくれたっけ・・・。で、「どっこい!どっこい!」と、一汗。前後に機関車の物まねも入れたなあ。

この「どっこい」もよく女房の前でやってあげるんですが、前提的説明を欠いたまま突然やりはじめるので「なにやってんの?アタマおかしくなったんじゃないの?」といわれてしまいます。
説明したくても、説明しようがないので、困っています。
2007/01/24(水) 14:29:51 | URL | こまけい
最初の職業?
「どっこい大作」は、最初(第1話)で相撲取りになりたくて上京するのでは?まあ、相撲部屋への入門をあきらめてラーメン屋へと進むので、正確にはラーメン屋が初めての仕事になるのでしょうが。それと、掃除屋のエピソードで記憶に残っているのが、窓ガラスをきれいにするシーン。本当にすごい人が拭いたガラスには、コップが垂直に吸い付くのです!子供心に「んなワケないだろ!」とテレビにツッこんでました。
2007/01/24(水) 21:30:36 | URL | Mr.テレビっ子
どっこい どっこい
● こまけいさん
>前後に機関車の物まねも入れたなあ
笑いました(笑)。
そこまではやんなかったけど、どっこいは好きでよくやってるヤツいましたね。
まあ一般的には、あまり通じないかもしれません(苦笑)。

● Mr.テレビっ子さん
大鵬部屋に行くんですが、なぜだか志を替えるんですよね。
考えてみたらフラフラしたヤツだった(笑)。
どっこいはその名残で、相撲のテッポウですよね。

>本当にすごい人が拭いたガラスには、コップが垂直に吸い付くのです!
これも可笑しいなあ(笑)。
柔道一直線を凌ぐ驚愕映像満載だったんですね。
なんで今まで話題にならなかったんだろう。
これは絶対に東映チャンネルに放送して戴きたい!
2007/01/25(木) 05:24:27 | URL | ごいんきょ
みてました
こんにちわ。検索してこちらにたどり着きました。
これ、見てました。当時小学校に上がる前の幼稚園児でしたが記憶に残っています。
 
 確か掃除会社を辞める事になったのは前に勤めいていたラーメン屋の商売が持ち直し戻ってきてくれ、と要請を受け掃除会社の同僚の引き留めとで板挟みになってしまい、どちらに義理を立ててもどちらかに不義理をなしてしまうため、パン屋に転職したように覚えています。
 掃除会社の社長は「ケンちゃん」シリーズのお父さん役だった牟田悌三さんだった記憶があるのですが…。
しかし、この番組の事を話しても誰も知っている人がいなかったんで懐かしかったです。
2007/03/20(火) 20:53:45 | URL | こ~ぢ
幼稚園とは
また随分と古い記憶が確かなんですね。
まあワタクシもあまり他人の事は言えないんですが(笑)。

パン屋転職はそんなきっかけなんですか。
しかしまたムリヤリな(苦笑)。
掃除会社の社長も覚えてないですねえ。

でも、当時もう或る程度大きかったワタクシがほとんど覚えてないのに、
よくそこまでご記憶で。
そりゃ同年代の人は覚えてないでしょう(笑)。
2007/03/20(火) 21:51:31 | URL | ごいんきょ
空に誓った誠の峰を♪
こんにちは。この番組が放送されていた1973年と言えば自分は7歳。この曲の歌いだし耳に染み付いているんですよね。先日友人とどっこい大作の話しで盛り上がりましたが、子供の頃の強い印象って消えないものなんですね。色々情報がもらえてありがとうございました。
2007/03/24(土) 22:30:46 | URL | hajimon
山田太郎さん
あの歌声もインパクトありましたもんね。
いろんな情報はワタクシも感謝ですよ。
まさか大作がこんな爆笑映像の宝庫だとは覚えてませんでした(笑)。
2007/03/25(日) 07:09:31 | URL | ごいんきょ
我が家に22年ほど前KBS京都で再放送された「どっこい大作の」ビデオが最終話から10数話残っております。皆さんに見せてあげたいのですが、違法にならない方法はありますでしょうか。
2007/04/21(土) 22:58:26 | URL | 大作マニア
うーむ
結論から書けば、違法にならない方法は無いと言っておいた方が無難でしょう。
動画の著作権というのは扱いも難しく、つきつめた判断を下すのは
誰も得をしないので、その辺は上手く迂回しながらやるべきでしょうね。
たしかに見たいですけど(笑)、単純な労力も相当に掛かりますし、
何よりもそうした問題が有りますので、
ワタクシからどうすべきとは言えません。
ご意志が強いようでしたらメールで相談して戴ければ、案は出させて戴きますけど。
2007/04/22(日) 00:32:38 | URL | ごいんきょ
元青影の金子吉延さんは確か「河童の三平」さんでもありますよね?
違ってたら訂正願います。
私もラーメン屋さんまでは記憶にあるのですがその後最終回まで見た記憶がありません。
無事お相撲さんになられたことを願いたいです。
ラーメン屋さんで集中力を鍛える?とかでお米をひとつぶずつおはしで移す事をやっているシーンだけが
なぜか覚えています。
2007/04/22(日) 08:58:20 | URL | もも
↑記述でした。
最終回パン屋さんで成功するのですね♪
どんな職業であれ頑張って自分の道を見つけたなら良かったです。
2007/04/22(日) 09:00:11 | URL | もも
お詫び
やはり動画の取り扱いは要注意ですね。
変なことを投稿してしまい大変申し訳ありませんでした。
当時KBSでは夕方3時半から刑事くんと連続で放送していたと思います。
まだVHSのままですので、ゴールデンウイークにでもDVD化し、暇な時に文章で投稿したいと思います。
こんな面白いドラマをCSで、ぜひ放送してもらいたいものです。
2007/04/22(日) 21:09:14 | URL | 大作マニア
集中力
● ももさん
そうですよ、青影さんですし、河童の三平さんです。
ワタクシは3番組ともかなり好きでしたねー。
米を一粒一粒移し替えるってのは有った気がするなー。
これもなかなか要注意映像ですね。


● 大作マニアさん
べつにお詫びというのは要りませんけど。
ただ、表だって聞かれると、こうすべきとは言えない事なんですよ(笑)。
その頃のKBS再放送は、他地域のテレビマニアの羨望の的でしたよ。
2007/04/22(日) 21:29:22 | URL | ごいんきょ
ナレーション
本日ビデオを確認したところ、43話「あった!幻のパン!?」からありました。
「北海道から上京した田力大作は、
どっこいで勇気を奮い起こし、どっこいで苦難を乗り越え、明日に向かって突き進む日本一を目指す男なのだ。」というナレーションからはじまります。
幻のパンを作るパン聖人(家族からは基地外(放送禁止)呼ばわり)の山岸タツオというパン職人をたずね、パン作りの極意は「真心」であることを聞きハッピーパンに帰るというお話でした。
次回からは仮面ライダー2号の佐々木剛氏演ずる鳴門源次がハッピーパンを仕切る話になります。
当時はもっと前の話があったのですが上書きして消してしまったのが悔やまれます。
2007/04/23(月) 23:05:26 | URL | 大作マニア
ハッピーパン
なんか覚えてますね、ハッピーパンというおためごかしなネーミング(笑)。
大作はとにかく何かで日本一を目指す男という事なんですね。
昔あった釘師サブやんというパチンコ漫画を思い出しました(笑)。
2007/04/23(月) 23:22:29 | URL | ごいんきょ
ご迷惑かもしれませんが・・・
第44話ひらけ!ハスの花!!出演者:田力大作(金子吉延)小山孫一(由利徹)日向早苗(津山登志子)二階堂新一(小沢幹雄)田力たつ子(小林トシエ)田力さち子(水村繁子)一宮男爵(大泉滉)よし(うえずみのる)
おかね(稲吉靖司)カメ夫(川島哲也)キン子(山田由美子)ミキ(高橋ゆかり)三吉(みずのこうさく)ナレーター(羽佐間道夫)鳴門源次(佐々木剛)二階堂甚平(志村喬)大作がハッピーパンに帰ると本日休業とシャッターに書かれている。おっさん、ミキちゃん大作ですと叫ぶや否やいきなりシャッターが開き鳴門源次がバケツで水をぶっ掛ける。ハッピーパンは鳴門源次に仕切られていた。頭を下げて頼むならパン作りを教えてやろうといわれ、店を飛び出す大作。松林で冷静に考え「どっこいどっこい」をします。そして「俺を一人前にしてくれ。」と鳴門源次に頭を下げ頼みます。俺のしごきに耐えられるかなと厳しい表情の鳴門源次。竹刀で大作をいびります。鳴門源次の名言「一度の失敗も許されないのがプロだ。」二階堂甚平の元で働く早苗ちゃんの元へ行くが、二階堂甚平に半人前といびられる。お前はハスの花を見たことがあるかと聞かれ見たことが無いと答える大作、間もなくポーンという音をだして咲く(もうすぐお前は開花するという予言)のだと教えられる。ハスは日本一の花だが泥が無くては咲かない(もっと修行しろとの意味であった。)ことを諭される。ハッピーパンに帰ると鳴門源次がパン作りを教えてやろうという。そして、出来上がったパンを食べうまいと叫ぶ大作。しかし、鳴門源次はそれはどこにでもあるパンだ、日本一のパンの作り方はお前には教えん。俺を超えたければよそで修行してこいと言われ店を飛び出すところで終わりです。
2007/04/26(木) 00:29:32 | URL | 大作マニア
レポート
いや、内容が番組に即していれば、形式はご自由にどうぞ。
レポートしてくれた人は初めてですが、迷惑どころか有り難いですよ。
全話やってもらえると最高です(笑)。
ご自分でブログを立ち上げてTB送ってくれるという手もありますけどね。
まあウチとしましては歓迎です。

プロは一度の失敗も許されないかあ。厳しいなあ(苦笑)。
どっこいは、一休さんのポクポクに通じるものが有りますね。
2007/04/26(木) 00:48:32 | URL | ごいんきょ
断片的ですが
らーめんの極意を教えて貰うため、鍋で煮えたぎっている熱湯に手を入れるとか。妹にランドセルを買ってやるんだとかいって、空想シーンで赤いランドセルを放り投げて喜ぶ妹、だとか。
2007/06/03(日) 01:09:33 | URL | シドバレ
煮えたぎる熱湯に手を…ですか。
今だったら絶対にできない表現ですね。
(真似されるのを怖がって)
しかし、本当にトンデモシーン満載(笑)。
2007/06/03(日) 05:41:07 | URL | ごいんきょ
渡辺宙明の主題歌は名曲
この番組の主題歌を渡辺宙明さんが作曲されたというのはこのブログで知りました。You Tubeでチェックして改めて名曲だなと思いました。

http://jp.youtube.com/watch?v=5NEznGXYkUo

音がやや小さくなるが大作のどっこいがカットされていないバージョン

http://www.nicovideo.jp/watch/sm2490516

渡辺宙明さんと言えば、
マジンガーZ、Zのテーマ、空飛ぶマジンガーZ 、おれはグレートマジンガー等の一連のアニメソングの作曲者、そしてマニアに絶賛されているハカイダーの歌、サブローの歌の作曲者ですね。
通りで燃えるような、元気が出てくる曲に仕上がっていますね。
名曲だと思うので(主観的には)誰かリメイクしてこの歌もっと広めてくれないかなぁ。

その他、いくつか動画拾ってきましたよ。
桜田淳子(若い!)が出演している回。
1分47秒あたりから大作のどっこいが始まります。

http://jp.youtube.com/watch?v=L207cI9McjM

どっこい大作の番宣

http://www.nicovideo.jp/watch/sm4210587

大作と青影が同一人物というのもこのブログ見て初めて気づきました。『仮面の忍者赤影』の『青影』と言ってくださると、鈍い私でもよ~くわかります。

金子吉延さんは荒木由美子主演の『燃えろアタック』にチョイ役で出てたらしいのですが、何の役かはわかりませんねぇ。1分1秒あたりでテロップに金子さんの名前が出ます。

http://jp.youtube.com/watch?v=L207cI9McjM

2008/11/24(月) 18:53:32 | URL | keepwishes
片岡鶴太朗が…
『どっこい、どっこい』とどっこい大作のモノマネを『鶴ちゃんのプッツン5』の中でよくやっていました。今でも『どっこい大作やって~』と頼むとおそらくやってくれる筈ですよ(笑。
2008/11/24(月) 18:56:32 | URL | keepwishes
燃えろアタックは…
こっちでした。

http://jp.youtube.com/watch?v=jnDxB1VwNlM
すみません、コピぺ失敗しました。
2008/11/24(月) 18:59:56 | URL | keepwishes
宙明先生全盛時なので楽曲に力があるのは当然として、
その曲調がちょっと特異なのがまたいいですね。
淳子さんが出てたのは覚えてないなあ。
昔は歌手の人がゲストに出ると、ドラマですらも歌を歌わせてましたね。
職能意識が高かったと言えましょう。
プッツン5はたまに見てましたが、どっこいネタは見たこと無かったです。
2008/11/26(水) 00:32:47 | URL | ごいんきょ
告知
ここ数日、この稿のコメント欄に、当ブログ趣旨から逸脱したコメントが連投されています。
そのような意見はメールでお願いしますと案内しましたが、一向に聞き入れずに自分の理屈だけを並べ続けています。
運営上多大な支障となっていますので、まずは当該者利用のISPに相談してみます。
それで埒があかないようでしたら別の方法を考えたいと思います。
他の閲覧者の方は、そのような書き込みを見ても無視して下さい。
そのような書き込みに返信した場合、同様の人物と判断、
同じような処置を執らせて頂く場合も有ります。
2009/06/19(金) 21:42:40 | URL | ごいんきょ@管理者
どっこい大作
ごいんきょさん
ごめんなさい。僕も
明と、いう人の書き込みに
つい反応してしまいまして。
彼の書き込みもひどいものですが。
確かにこういうのは知らん顔 
したほうが良いですね。
本当にこういうのは
良くないことですよね。

さて、気を取り直して 
あらためてどっこい大作に
ついての書き込みをしますが。
1回目で力士になるために
入門しようとしたら
断られラーメン屋、掃除屋に
転職するが。
その度に苦難があっても
どっこい、どっこいと
相撲の張り手のポーズで
苦難を乗り越えていく
と、いう大作って
カッコ良い男の中の男
と、いう感じですよね。

いつも大作を見守り叱咤激励する
二階堂甚平役の志村喬も
味があった。
大作が世話になる掃除屋の人の役が
ケンちゃんシリーズでおなじみの
牟田悌三氏ですね。  
志村喬も牟田悌三氏も
ともに故人ですが。
親しみやすくて
味のある役者でした。
 
あと、相撲部屋に入門したときの
親方の役に
あの巨人大鵬卵焼きの
大鵬が出てたのが
印象に残りました。

今度はまじめに書きましたので
どうか削除しないでください。
ルール、決まり、ネチケットは
必ず守りますので
どうかお願いします。
    

    
2009/06/19(金) 23:41:09 | URL | サイドスロー
もしもその後のどっこい大作が作られたら!?
どっこい大作、パン屋になった辺りでだんだんつまんなくなって見なくなってしまいましたが、最終回がどうなってしまったのかだけは気になって仕方ありませんでした。佐々木剛とパンバトルをやって勝負には負けたけど、安くておいしいパンと評価された…ですか。う~~む。
で、思ったのですが、平成時代、どっこい大作のパン屋がそのまま存続していたら…って仮定してみました。どっこい大作はどう見ても中卒団塊オヤジですよね。たたき上げのパン職人でしょう?めっちゃ頑固でうるさそう・・・。歳のいったどっこい大作の完成形…たぶんパン屋版寺内貫太郎と化していると思います。
2009/06/27(土) 04:09:39 | URL | 70年代少年
東映チャンネルでニューマスター・シリーズ開始
ファンの皆さん、ついに見られる日がやってきましたね。
毎月1575円必要ですが。
http://www.toeich.jp/CS/information.php?info_id=3684
2009/07/19(日) 09:15:02 | URL | (ハンドル未記入)
最終回のこと
最終回のパンコンクールの結果について、視聴者的には真の優勝者がナルトゲンジか大作か意見がわかれるのかもしれませんが、私は、会場に最期まで姿を現さなかったナルトゲンジの行動と最期に大作におくった言葉、コンクールを締めくくる場での二階堂老人の言葉で、優勝者が大作であるとはっきり結論づけているのではないかと思います。

まあ、真の優勝者とは何か?を視聴者に問いかけ判断を任せるという意図であのような結末にしたのかもしれませんが。

それにしても、パンコンクールの最期で放心状態の大作を見つめる二階堂老人の表情が素晴らしかったです。
まさに昭和の名優という感じでした。
2010/01/06(水) 20:15:48 | URL | なゆた
● サイドスローさん
よほど削除しようかと思いましたが、残しました。
触れないで下さいと言った事には一切触れないで下さい。
大作についてのコメントは拝聴しました。


● 70年代少年さん
頑固でうるさいパン屋さってのもイメージ合わないですね(笑)。
それならラーメン屋のままで良かったかも。


● 未記入さん
はいはい。お陰様で拝見しております。
BGMも懐かしかったなー。
パッパッパラッパ(チャーン) パッパッパラッパ(チャーン)
パッパッパッパッ パッパラッパラッパッパッパラッパー


● なゆたさん
コンクールでは負けたけど、人生の勝負はまだまだこれから
って感じなんじゃないでしょうか。
そういう希望を持てるところまで成長した大作を見つめる二階堂老人って感じで。
真の優勝、それはやはり、どれだけ人のために尽くせるかって事なんでしょうし、
そういう意味で、大作のリードにしても一時的な事とワタクシは考えたいです。

それにしても志村さんって、東宝の役者さんだったのに、
なぜ東映に、それもこんな子供番組にと考えると不思議です。
当時の我々は、そんなに凄い人だとは想像もしておらず。
2010/01/07(木) 02:08:09 | URL | ごいんきょ
パン屋で印象に残っている回
(ストオリイ)
掃除会社を辞めた大作が、ふとしたことからリヤカーで廃品回収をしている一家を手伝う。
その晩、その家に泊めてもらうことになる。
夕食後、その家の娘(高校生くらい)が
「パパは昔、パン屋さんだったのよ」と語り始める。
壁にはその頃描かれた白衣着て帽子を被った凛々しいパパのパステル画が、、、
今の昼行灯のようなパパからは想像もつかないような姿に大作は胸を打たれる。

回想シーンが始まる。

大作はパパ(由里徹)に詰め寄り
もう一度パンを作ってくれと頼み込む。
パパは大作の用意した小麦粉を
見て触って一言。
「どうしても作れと言うんなら、作ろう。でも、こんな粉じゃダメだ。
桜製粉の粉じゃないとだめなんだ。榎町一丁目のバス停近くだ。」と
伝える。
大作はパパの記憶を基にバス停「榎町一丁目」をさがす。
一日中聞き込みを行うが、どこにも見当たらない。
夕暮れ時に一人の老人が
「ああ、十五年前に町名変更がありましてね。今では何々何丁目ですよ」と教えてくれる。
行くと、確かに「桜製粉」があった。
製粉所の社長は、十五年前のこともパパのことも覚えていた。
あの店は「掛け」じゃダメだ、「現金が無ければ粉を渡せない」の一点張り。
大作は一文も持ち合わせていない。

大作が「どっこい」をはじめる。

すると倉庫の粉袋が次から次へと破れて機関車の白煙のように粉が濛々と噴出し部屋中に飛び散る。
大作は粉まみれになりながらも
「どっこい」を続ける。

大作は力尽き「どっこい」が終わる。
静けさが訪れる。

大作ははっと我に帰る。
床に堆積した粉を手でかき集めて風呂敷に包み始めたのだ。

社長が一言。
「新しいのを好きなだけもっていけ。お代はあとでいただくよ」とつぶやく。
大作はリヤカーに粉袋を満載し
帰宅する。満面の笑みで出迎える家族。

この番組が放映された当時
私は小学生で
「十五年前」というのは、生まれる前の昭和30年代初頭。
「昔々の未知なる世界」でした。

この「十五年前」という言葉はキーワードとなって、次の回にのしかかっていきます。

ある日、二階堂老人(志村喬)が黒塗りのクラウンかセドリックで店に乗り付けてきて
パンを一個所望する。
一口食べた後に
「十五年前の味だな」ともらし去っていく。

ラーメン屋の新龍軒(?)の回でも
この老人は突如現れる。

老人が一杯のラーメンの出前を頼み
大作は老人の屋敷に出前する。

ラーメンを受け取った老人は
大作の目の前で丼をいきなり床に置き傍らのシェパードに与えようとする。む、」むごい。
犬は丼から顔をそむける。
「チャーシューがない。犬も食わぬ」と無表情でぼやく。

しかしこの老人は大作がビルのガラス掃除競争の回で大作を称える。

二階堂のビルのガラス磨きをどちらの業者にするかという決戦の回。
ガラス磨き競争の火蓋が切って落とされる。
屋上から順番にガラス磨きが始まる。
相手は最新鋭の自動式のゴンドラで3人がかりで掃除している。
一方で大作は旧式の一人乗りの縄吊りブランコに腰掛けながら磨く。
誰の目にも結果は一目瞭然。

さっさと3人組の方が先に着地した。

二階堂老人「あのガラスを見よ」
大作の磨いたガラスの列だけが夕日を受けて光り輝いている。
まだ半分も磨き切っていないのに
ガラスに映る自分の姿を見るように
ただただ磨き続けている大作の姿がそこにある。

3人組は恐れ入ってしまう。

ほかにもいろいろと印象深いシーンがありました。

大作の功績によってラーメン屋が
軌道に乗り、新装開店の落成式。
挨拶をする店長を横目に見ながら去っていく大作など。

家庭用ビデオのなかった時代に、
一度観ただけでこんなに強い印象を受けているというのは
「三つ子の魂」とは言いながらも
このドラマの持つ脈々とした底力を
今更ながらに感じてしまいます。
2010/04/10(土) 03:51:20 | URL | 北極
「どっこい大作」
私の初めての担当作品の検索で皆様の遠い日の思い出に出会い、不覚の涙がこぼれおちるところでした。あれは映画会社へ、映画を製作すべく入社したものの機会なく、悶々と現場の製作担当の雑務に追われていたとき、当時仮面ライダーをやっていた平山プロが「映画作りたいのなら企画をだせ」と言ったのが、きっかけで、当時三菱電機の一社提供の子供向け根性ものの募集に白羽の矢が当たった私のオリジナル作品です。我が父親が「中卒で這い上がる人生の方がおもろいぞ」と私の進学を断念させようとしたのが、作品の芯になりました。でも、私は世間並みにこざかしく大学まで進学しましたが、最近になり少し父親のメッセージがわかるようになった気はしています・・・。人間金でもなく、身分でもなく、権力でもなく・・・。あれは憧れであり、夢でした。久々に忘れていたシーンも思い出せて感動しました。ありがとうございます。
2010/05/17(月) 18:37:39 | URL | プロデューサー
● 北極さん
これはまた随分と力作で。
いやあ、読んでいるとまざまざ場面が浮かびますね。
本当にお好きだった事がよく伝わります。
落ちた粉を掻き集める話は、犯罪手前の押しですね(笑)。


● プロデューサーさん
かなり間が空いてしまい、失礼をしております。
内容から判断するに、正しくプロデューサーさんでらっしゃるようですね。
ご無沙汰している間に、大変残念な事ですが、
平山亨さんもお亡くなりになってしまいましたね。
本当に、残念です。

中卒はおろか、大卒でも実力でのし上がるのは難しい世となりました。
今、大作くんみたいな主人公は受け入れられるんでしょうかね。
ちょっと興味も有ります。
美輪明宏さんのヨイトマケもかなりの反響を呼びましたし、
きっと、大変な今の若者にこそ、もっとウケるかもしれないですね。
2013/11/04(月) 21:02:33 | URL | ごいんきょ
給食のパンを食べきれないときは、「これは、ハッピーパンだ」と思い込んで、おいしくいただきました。大作がんばれ、でした!
2014/03/09(日) 16:14:35 | URL | kyoko
ハッピーパンって能天気な名称、好きでしたね(笑)。
2014/03/16(日) 08:32:03 | URL | ごいんきょ
この間、こちらの「仮面の忍者赤影」を拝見していて、青影と大作が同じ人だったと知って驚きました♪。
大作のライバルの人も、仮面ライダーの一文字隼人の俳優さんだったんですね。
大作の作ったパンを「メリメリッ」とむしって食べてまずそうな顔をしていましたよね。その場面が印象的でしたが、1号ライダーかも、とはまったく思いもしませんでした。
2014/04/21(月) 10:15:11 | URL | kyoko
大作のライバルの
一文字隼人は2号ライダーでしたね!間違えてました。これを機会に覚えました。

そして皆さんのコメントを拝見して、「パンコンクール」の場面うっすら思い出しました。
2014/05/13(火) 09:33:12 | URL | kyoko
メリメリって擬音がいいですね(笑)。
2014/05/24(土) 23:48:45 | URL | ごいんきょ
どっこい大作
平山さんは自分の企画でなかったにも拘らず、この企画を気に入ってご指導をして下さり、大作のキャスティングで悩んでいた時、金子光延さんを推薦してくれ、まさに画龍店晴でした。葬儀には行かず、訃報に胸の内で黙とうを捧げました。私はその後「アラレちゃん」「ドラゴンボール」と担当作品が当たっている中で東映をやめました。それは小さな成功の中で厚遇され豚になっている自分を感じたからでした。その後組織に頼らず自力で生きて、その苛酷さを知らされましたが、親父の言った通り、面白かったです。
ただし老齢になったいま貧しさにあえぎながら「どっこい」子供と共に生きています。晩婚で、癌とも闘いながら
日々生きていることに感謝しながら、
2014/06/09(月) 17:58:29 | URL | プロデューサー
どっこい大作
金子吉延さん、ごめんなさい、光延などと間違えて。やはりすこしぼけました。金子光伸さん[ジャイアントロボの主役(私が演技事務担当)とこんがらっちゃって。なぜこのコーナーを改めて見せてもらったかというと、やはり一番の思い出深い作品でふとまた覗かせてもらいました。実際、皆さんが疑問に思われた問いが、企画最終会議で、三菱電機の重役から、この作品のテーマは?サクセスストーリーか、どこへ行きつくのだ?との問いに説明をしていた平山プロが詰まったとき、私がその答えを探すのがテーマです。人生で何が成功なのかを問いかけていきます。と答えたところ、重役は納得して、採用したように記憶しています。
2014/06/09(月) 22:03:47 | URL | プロデューサー
どっこい大作
失礼しました、まだごいんきょさんの問いには答えていませんでしたね。私も大作と同じく人生何が幸せなのか模索してきて、日本一の視聴率を目標を達成しても、そこには反吐が出る空しさがあっただけでした。成功の裏にどれほどの苦労があったかを察しようともせず、運がよかったとか、わしがやらせたのだ、とか裏で言いつつ、厚遇で私のわがままに目をつぶっていた上司たち。少しでもうまい餌をあさる豚と一緒に群れて調子よく生きている自分も許せなかったし、人生男一匹辛苦に耐えて、より自由な広がりを求めて挑戦し、意気で生きてこそ大作で、そこに命の脈動を感じられる気がします。何の見返りなく、人のためになって笑顔で「じゃ」なんて言いながら去っていくヒーローはいまでも格好いいと思うのですが、最近は一部の若者たちにもそんなボランティアーが見受けられ、まだこの世は捨てたもんじゃないと、期待しています。先日ユーチューブでオープニングの吹雪を走るD―51の機関車を講演会で見て、元気をもらったという人もいました。お互いが命の連帯に温みを感じながら、大作のどっこい、どっこいと共に息を切らせながら、着実に日々一歩一歩進む。空ほどに頭の高き稲穂かな、で調子よくのし上がった連中に不快感を覚えることはありますが、私たち皆がそんなレースであくせくするより、子供たちには日々の私たちの背中で伝える他ないように思えます。以前派手なスポーツカーに乗っていた時より、それ以上に深い喜びの手ごたえを感じていますから・・・。
2014/06/10(火) 09:55:48 | URL | プロデューサー
最初の書き込みへの返信をかなりほっぽらかしていたのに、またこんなに書いて下さるなんて、本当にありがとうございます。

こういう番組って、特撮番組のようなマニアックな人間が関わらないので、
今ではあまりあつかわれないのですが。
それで、逸話が紹介される機会が少なかったりしますね。
特撮ばかりでなく、こういう番組も扱った資料が待たれますし、
もっと語り残して戴きたいですしね。

TBSの土井利泰さんの著書でも思いましたが、自分の独自企画でない作品でどれだけ当たっても、
達成感というものは無いのでしょうね、きっと。
今の馬鹿でかいテレビ局に勤めている人たちは、肩で風を切られれば大いに満足なのかな。
でも、大作のプロデューサーさんがそういう姿勢なのは、
番組の姿勢に嘘が無かったのが嬉しい反面、勿体なさのようなものも感じてしまいます。

提供は三菱電機の一社だったのですか。
そのわりには、何故かあまり印象に残ってないですね。
三菱のオープニングでも有れば記憶に残ったのでしょうが。

あの、「どっこい、どっこい」という声にSLの音と映像が被る演出は大成功でしたね。
いまでも忘れられませんし、時々思い出しては笑みを浮かべてますよ。
大作君の元気と、それを真似していた奴の道化ぶりに(笑)。
ワタクシも人前でやったかは忘れましたが、家の中ではやってたもんなあ(笑)。
2014/06/11(水) 02:07:03 | URL | ごいんきょ
どっこい大作
御好意あふれたお言葉、感謝です。四十年も前の記憶の中で見知らぬ同士が語れるなんて、現代は不思議な世の中になりましたね。大作が生きていく中で人生に目覚めていくように、毎回必ずゲストを出したのですが、印象的だったのは「空手バカ一代」で有名な大山倍達先生でした。「出会う人,皆わが師なり」という言葉を大切になさって、(恐らく宮本武蔵の著作者ー吉川英治氏の言葉?)私へ贈呈して下さった本に私の名前の後に、先生と添えてあったので、恐縮し、まさに「実るほど頭の低き稲穂かな」と思え、修行中の武士の真剣なオーラを感じました。
大作にはたしかに強烈なファンもいて、毎週ファンレターも多かったのですが、ある日TV局プロがうろたえて電話をかけてきたので、行ってみると、カミソリの入った手紙が机の上にありました。当時はマニャクな人として片づけていたのですが、この年になり、その方には申し訳なかった思いもあります。初期の大作にかけた期待がいつの間にか、外れてその方の怒りになったのではないかとも思え、振り返ってみると、どこかで調子よく物語を展開させていたのかも知れず反省です。ただこの世の中常に「盲人と象」の話に出てくるように、全部を引いた目で見てくれればいいのですが、しょせんは近視的、あるいは盲目的に自分の触れたものしか理解しないで、他の意見を認めない人が多いので、象は壁だ、いや象は団扇だ、などと誤解が出るのでしょうか。TV局プロにも色々な方々がいました。ファッションで身を固め、肩で風切って、六本木あたりの有名店でしか食事しないのも、それなりに楽しいでしょうが、それはそれで、人生もっと深い味のする美味しい店があることを知らない人だからで、人に羨ましがられて得意がるのは、心が豊かとも思えません。それにいくらうまい「ステーキ」でも、一キロ食べれば、もうゲップ。しかし大作が求めた逸品は、そんな知れたところにはなく、迷い込んだ「山猫レストラン」のようなところで出す、いくら食べてもさらに食べたくなり、人と分かち合えばさらに感動すら覚える「真心」だったように思いたいです。あ、ごめんなさい、お説教くさくなって・・・。
2014/06/11(水) 18:27:33 | URL | プロデューサー
これもインターネット時代の賜物ですが、ワタクシも大作の台本を数本入手できております。
この稿を書いた頃には持っていなかったのですが、有ればもう少し内容の有る事も書けたと思うのですが(笑)。
でも、今更ですが、そこから判った事も追記しておこうと思います。

台本には前文として、制作意図が毎回記されています。
こういう台本は珍しいのです。
それだけ、目的意識を持って作られていた事が判ります。

「鋼鉄の意志と情熱に燃える少年が火の玉のようなバイタリティーで青春に命をかけ、
 或る時はバカ者と呼ばれ、或る時は泥にまみれながら、
 血と汗と熱情そして彼一流のドッコイ精神で日本一の男をめざす根性の物語りである」

とあります。
続けてスタッフ名が羅列されておりますが、
プロデューサー名義として名が有るのは、NETの局プロだけです。
これも非常に珍しい。
大抵は、局のプロデューサーと制作プロのプロデューサーが連名で並ぶのです。
ワタクシが想像するに、後見的だった平山亨さんの立場なども考えての措置なのかなとも思いますが。

そして、あらすじの後、正副主題歌が記載されています。
ところが意外な事に、エンディング主題歌である「明日への出発」が先に書かれており、
次にオープニングの「どっこい野郎」が記されているのです。
これもまた、通常では有り得ないというか、まず見ない形です。
当初は正副逆で想定されていたのでしょうか。

大作は歌もBGMもとても好きでした。
主題歌は、オープニングの力強さもかなり好きで、今でもちょくちょく歌いますけど(笑)、元気が出ますね、本当に。
また、詞も本当に素晴らしくて。

でも、改めて驚いたのは、エンディングは星野哲郎・市川昭介という、超々黄金コンビの作品だったわけです。
エンディングも大好きでしたが、そりゃいい歌のわけだよな~という感じです。
我が母が水前寺清子さんのファンだった事もあり、星野先生の常に前向きな詞の世界は本当に大好きでしたが、
この大作のエンディング歌詞も、完全なる星野先生の世界。
この番組は知らないけど星野先生や市川先生の歌は好きだという人は、検索して絶対に聞いてみて下さい。
こんな素敵な歌が少年向けドラマの主題歌として毎週流れていたのです。
2014/06/13(金) 22:55:27 | URL | ごいんきょ
どっこい大作とテーマソング
御推察の通り、後見役の平山氏が裏番組(TBS:刑事くん?)を担当中だったので、クレジットタイトルは降りたけど、台本も新人の私の名前だけでは、スポンサーに申し訳ないので、東映のプロデューサ名は省略し、クレジットの私の名前も一字簡略された文字が使われています。なぜEDのタイトルが先かというと、大御所にテーマを、とお願いしながら出来上がったものが、テーマはキッチリとらえてあるものの、おとなしく、作品の狙う火の玉の情熱を表現したく、プロデューサーサイドで、脚本家を交えて作ったからです。当時、音楽制作はレコード会社とタイアップで作ることが多かったので、管理職の管轄になることが多く、その後別作品で管理職に断りなく制作したところ、こっぴどく怒られたことがありました。それは後に私が特撮作品の関東での視聴率が予想通りにならなかったことで左遷されて、アニメを企画した際でも起きたことで、私は絶対に納得のいかない失敗はしたくなく、オーデイションで作詞を募集したのですが、レコード会社の集めた大御所が書いた作詞の中にはオープニングに合うものがなかったので、内密に仲間と作成した作詩を選択素材に混入させて皆で作詞家名を伏せて選んだのが、私と仲間が作詞した作品でした。そこで沈黙していた私の意見を求められ、「皆さんがいいのであれば、それでいいんじゃない」と同意しました。つまり、作品が生まれるには会社対会社の権益利害が入りこんで、しかも社内でもそれぞれが地位を守るべく運用されています。その中で、純真な内容を茶の間に伝えようとするには、上司の言いなりになるか、自分の主張を通すかで、社員プロデューサーの苦労は決まります。「どっこい大作」の場合は私が新人であったため組織との軋轢は平山氏が背負ってくれたのですが、徐々に目覚めていった私がその窮屈さの中では勝負できなくなって、アニメでは本社の上司からの苦情は首を覚悟で一切はねのけ怨念をこめて制作したつもりです。ごいんきょさんの気に入られている歌の個所は、やはり人間としてだれもが普遍的に抱く、夢や憧れ、それに熱情を作詞家が心得て作詞しているからではないでしょうか。言い忘れましたが、あのオープニングの映像は田口監督が北海道ロケ敢行した際の力作です。私も好きです。
2014/06/16(月) 11:53:14 | URL | プロデューサー
あれ?
前回の投稿で前半部分が入力されていなかったようです。
ので、もう一度その部分の返信を書かせて戴こうと思います。

インターネット時代になって、本当に良い面も多くなりました。
ワタクシ如きが、まさかプロデューサーさんと直接お話しできるなんて、
想像も出来ない事でしたからね。
ワタクシ以上に大作くんを好きな方々も、返信は無いのは覚悟の上で、
思っていた事を書かれても良いのではと思いますが。
それに、けっこう人気も有ったし、今でもそこそこ有ると思われるので、
この手の資料本を作成している人など、ぜひ正式に取材して戴きたいですね。
もっと語り残して戴きたい番組です。

大山倍達先生出演回、拝見しました。
ちょっと唐突な演出ではありますが(笑)、面白いですね。
あの頃、アニメ『空手バカ一代』をNETでやっていたと思うので、その繋がりでしょうか。
大山先生は、そう、宮本武蔵を生涯の師のようにしてらしたようですからね。

カミソリは許せないですし、絶対に弁護できるものではありませんが、
それだけ真剣に番組を見ていた人だと考えると、単純に糾弾できないものも有りますね。
もう少しまともな感情の表現方法が思いつけば良かったのでしょうけど。


ワタクシの観点に細かく返答を戴けて、恐悦至極でございます。
やはり平山さんの存在が、この番組でも大きな位置には有ったのですね。
平山さんの著書やこの欄でのプロデューサーさんのご返答などからも、
日本テレビの旧青春ドラマスタッフの方の著書などを読んでも思うのですが、
本当に、青春ドラマを作る人って、青春の想いで作っていたのだなあと思います。
そう。この番組も、紛う方無き青春ドラマだったのですよね。

OP・EDのお話も、テレビ番組主題歌ではよくある話かと思います。
実際、あの歌はエンディング向きでしたし、オープニングの歌も最高でした。
宙明先生の曲も良かったけど、編曲も見事な出来で。
しかし、星野先生の詞とは違うものが使われていたという事でしょうか?
なんだか研究していたのかというくらいに違和感ありませんね(笑)。

主題歌タイアップ、特に東映の場合は路線が決まってましたからね。
そう言えば、東映でありながらクラウンレコードというのは珍しいわけです。
やはり「新聞少年」の山田太郎さんにというのは、確固とした想定として有ったのでしょうか。
アニメでの怨念というと、やはりドラゴンボールの、Bタイアップの事でしょうかね(笑)。
最初の主題歌は最高でしたけど、段々おかしくなりましたもんね(笑)。
2014/06/20(金) 23:37:07 | URL | ごいんきょ
どっこい大作の秘話
ごいんきょさんのご厚意に甘えて雑念をクリーンにするためと、番組を保つための現場のプロデューサーの滑稽さを含めて少しづつ真実の裏話を告白します。企画成立で私が最も嬉しかったことは、当時子供番組では天下の平山氏が制作途中二人でくつろいでいたとき「君は本当にラッキーだよ、実は企画選択で俺の企画も二本入っていたのに、君のが選ばれて悔しかった」という言葉でした。上司でありながら、プロとして企画で勝負している真剣さを実感できた瞬間でした。その後平山氏は初期の段階ではかなり熱心に参加されていたのですが、あるとき彼の連れてきた脚本家が平山氏に依頼して執筆料二本分を前払いされながら連絡取れぬままになり、クランクイン(撮影開始)二日前を迎え、「どうします?」と問い詰める私に平山氏は「よし、君が一本、俺が一本、今夜中に書こう」とのことで、わが所沢のマンションで徹夜したことがありました。翌朝新宿の打ち合わせ喫茶室「滝沢」で詠み合わせて私の脚本は平山氏がOKを出し、平山氏のは私がチェックしてということでしたが、まだ平山氏の分が未完でもう一日かかりました。しかしなんとか台本印刷所とスタッフには無理を言って間に合わせてもらったものの、現場はまるで戦場さならがらでした。その後その脚本家へは一切連絡はせず、芝居劇場で偶然に出会い私と目が合ったものの、私は一切無視してその場を去りました。それから平山氏はほぼ撤退して私が本格的に担当するようになりました。そして不謹慎ながら、私が三年前外国から帰国した際に平山氏を昼食にご招待したとき、いろいろ講演をしたり本を書いたりしているお話の中で、しょせん私は彼の世界では部下でしかなかったし、もっと本音での話を期待していたのですが少々裏切られ、ご著書を知らされても(東映社員から訃報と共に)、恐らくは見知らぬ一方的な思い出に思えて読んでおりません。ただそのときは最早昔の平山氏ではありませんでしたが、私が最も気心知れて付き合えたのは平山氏だったように思います。それにもう一人面白い人がいました。それは東映の中では異彩を放っていた吉川進氏です。彼が「日本剣客伝」といった名シリーズのプロを務めたころ、私はその演技事務でしたが、その後私がプロとして同じ系統の子供番組を担当していたとき、(恐らく「大鉄人17」?)試写のあとスポンサーに私の担当作品を批判していたので、私が怒鳴ったことがありました。人前で後輩の私に怒鳴られ、社内の全員が見守る中で、私の正論には反論できず、さぞ悔しい思いをなさったとは思いますが、私の退職に際し、そんな私を銀座のナイトクラブで慰労して下さり、誇り高き紳士ぶりを見せられた思いでした。話は変わりますが、ごいんきょさん、「ドラゴンボール」のOPまでよくお気づき頂き感激です。お陰様であの完成するまでの、作詞家とコロムビアのデレクターと私の三人でかなり会合をして煮詰めたことを思い出しました。ただ作詞家が「この世はでっかい宝島」この一行を思いついたことが大成功へ繋がったように思えます。
2014/06/23(月) 11:14:36 | URL | プロデューサー
これはこれは、随分と踏み込んだお話までして戴き恐縮で御座います。
現場では色々な葛藤が有りましょうし、プロデューサーさんのご経歴というか、
表面からの去り方は事情が有るとは思っておりましたが。
できれば一冊の本などでじっくり述べて戴ければ嬉しいのですが。

吉川さんにつきましては、ワタクシが成長した頃合いからの番組になりますので、
ワタクシが見たものは少なく、あまり存じ上げないんですよね。
大鉄人も見ておりませんが、スポンサーはポピーですね。
なかなか難しい時間帯だったかと思いますので、修羅場ではあったんでしょうね。

ドラゴンボールは詞先だったんですか?
それにしては随分とノリの良かった歌でした。
詞も世界観がよく出ていたし、音楽もアニメ主題歌として新機軸だったと思いました。
私見では、アニメ史上で十指に入る主題歌ですよ。
段々おかしくなりましたけど(笑)。
でも、現場でそこまでの抵抗が有ったのだとは思いませんでした。
視聴者も現場も嫌がっているものが通るなんて、やはり平成以後は特にテレビがおかしくなって行ってますね。
2014/07/02(水) 07:17:58 | URL | ごいんきょ
ドラゴンボールのテーマ
「ドラゴンボール」の挿入歌は私が泉鬼角のペンネームで作詞した「ドラゴンボール伝説」一曲だけが曲先で、あとは詞先です。但し「ドラゴンボールZ」になってからは知りません。昔は作品のテーマを歌い上げるのが普通でしたが、その後レコード会社のとのタイアップで、売り出したい歌手の歌をオープニングに使うような作品も増えてきて、それはそれなりに成功している例もあるので、何とも言えませんが、より感覚的で焦点ボケも現在の文化なのかもしれませんね。今考えると、撮影所勤務を含めて東映時代には面白いエピソードがいっぱいあったので、出来ればプロデューサーとしての裏話を本にまとめたいですね。
2014/07/03(木) 23:34:51 | URL | プロデューサー
「摩訶不思議アドベンチャー」も詞先なんですか!?
それは非常に意外なお話です。
あんなに悟空が縦横無尽に飛んでいるような音楽が、詞が先なんて。
いけたかしさんの傑作だと思います。
エンディングも好きな人が非常に多かった佳曲ですし。

いやあ、ご本、お待ち申し上げております。
出版されましたら勿論、即座に購入させて戴きますので。




さて、いま一度、ワタクシがこの本文で書きたかった事を整理しておこうと思います。

他稿でも書いた事が有るかと思いますが、ワタクシの父が、正に中卒・金の卵・上京組でした。
その人生を見ていて、色々合点がゆかぬ事も多々あるのが本稿で発露されております。

その子供であるワタクシが丁度、この番組を見る頃合いの年代だったという事。
父親の若い頃に、やはり苦学生を歌った「新聞少年」を大ヒットさせた山田太郎さんが主題歌を歌っている事。
などから、あの世代とその子の世代とが揃って見られるものを意識していたのかなと思ったという事です。
当時はまだ書き慣れておらず、今よりも更に文章力が劣っておりましたので(笑)、
かなり散漫で把握しづらい文章になってますがね。
本当に、当たりハズレの多いブログなのです(笑)。

父親は、ワタクシが乳飲み子だった頃、本業の他に、正に新聞配達をして稼いでおりました。
彼もワタクシと一緒にこの番組を見ておりましたが、どんな思いだったのかな。
ただ、好みで無い番組だと文句をタラタラ言ってチャンネル替えさせようとしていたのに(笑)、
この番組は何も言ってなかったので、やはり受け入れてはいたのでしょう。

彼が特に好きだった子供番組は、ハリスの旋風でしたけどね。
石田国松が彼は大好きでした。
ああいう元気な男子が好きなので、きっと大作くんにも好感を持っていたと思います。

こんな書き方をするとこの世にいないようですが、
非常に達者ですのでご心配無きよう(笑)。
2014/07/04(金) 00:25:43 | URL | ごいんきょ
しあわせの正体
ごいんきょさんはごりっぱなお父上を持たれているようですね。そんなお父上の背中を見て育ったごいんきょさんは恵まれていると思います。基本的に私が仕事が状況としてはまだ成功の続行中であったにも拘らず、プロデューサーを後輩に譲り、会社を辞したのは、大作の企画の元となった父親の言った「中卒の人生」つまり学歴のない人生は自分の生活を自分の実力で支える他ないから面白いぞ、を試してみたかったからなのかも知れません。ですからできるだけ会社の利害関係を離れてマニラへ移動して暮らしてみました。するとまあ面白いの度を過ぎた出来事が次から次へと・・・。実は私の退職後の半生は文芸社刊の「黄金蜘蛛」に書き残しました。これは自分の子供になぜ晩婚になったかの言い訳を含めて、自分の人生を国会図書館に残すジョークも含めてのことだったのですが、その後の大作が求めたものを記しておきたかったのかも知れません。ごいんきょさんのお父上もきっと「ハリスの旋風」に、みかけや金、権力に縛られない主人公の堂々たる生き方にこころの自由を感じておられたのではないでしょうか。
2014/07/04(金) 10:56:17 | URL | プロデューサー
文芸社刊「黄金蜘蛛」、早速購入して取り寄せました(笑)。
どっこい大作の制作者という惹句もまったく無いため、
これまで関係者以外は誰も知らなかったであろう事実をお知らせ戴き、大変感謝致します。

著者紹介で「定年退職」と書いてありますが、東映って勤続25年で定年なんですかね?(笑)
次作は、きちんとした回顧録、もしくは触媒の第三者を介したインタビュー形式で、
後世に残るようなと言うと大袈裟ですが、証言として残して戴きたいなと思っております。

ウチの父親は学が有りませんから非常に単純な人間で、
石田国松の喧嘩・大食い・スポーツ万能という大らかな生き方を、子供に求めていたのでしょう。
田舎者ですし(笑)。
往時の親は、とにかく健康にという事だけ子供に求めていたように思います。特にウチは。
もう少し言葉を持っていたらなと、それは今でもよく思いますね。
生き様で学んだ事は勿論ありますし、非常に大きいですが、
それは現実でしかありませんから。
子供の、人間の核となるのは、少なくともワタクシのような人間の場合、
現実に根差した部分ではなくて、もっと抽象的なと言いますか、
希望とか夢の持ち方、そうしたものの素敵な言葉を聞かせて欲しかったと思いますね。
まあワタクシの場合は、それらは創作物で補給していたわけですけれども、
創作物に馴染めない子供もおりますから、親がそういう部分まで担うというのは大事だと思いますが、難しいですけどね。
そういうのも有って、テレビ番組が隅々まで腐っている現状は憂慮しています。

大作の主題歌歌詞、「一度限りの人生を俺の力で切り拓く」というのは、
当時のワタクシの心に非常に響いていましたね。
ワタクシは根本的に不遜な人間ですから(笑)。
ま、実生活では切り拓けはしませんでしたが、他人に依存もせずには来ています。
このブログで切り拓こうとしているものは有るように自負はしておりますが。

その言葉を異国で実践できたプロデューサーさんは凄いものです。
大作くんの作品世界と本当にダブるようですね。
あとは、次回著作に全力を注いで戴き、なるべく早く世に出して下さる事を切望します(笑)。
2014/07/08(火) 07:19:31 | URL | ごいんきょ
大作人生、自演しかなかった
著作、読んでいただき感謝です。とても真摯にこのブログに取り組んでおられるご様子が感じられ嬉しく存じます。定年は60歳でしたが、当時映画界が収束するに当たりリストラのため早期定年退職者を求めた制度を有利に(約一千万プラス)を利用して辞めた次第で、私が辞めて間もなく廃止されたそうです。元気なうちに世界を旅行したかったのです。おっしゃるとおり言葉は言霊というほど人間の心に住み着き人の生き方を決定づけることが多いことをこの年(73歳)でさらに確信を深めております。私の人生で影響を受けたのは、小学5,6年ぐらいのとき、漫画のような挿絵に惹かれて母親の女学校時代の明治・大正の風物史を見ていた際、マントを翻して日光の華厳の滝へ飛び込んでいる一高生の絵に、意味が分からず母親に尋ねたところ、この人は「人生不可解なり」といって、生きている意味が分からなくなって死んだんだよ。と教えられました。「なんのこった」とばかりに高校大学、そして社会人として成長していきましたが、時折頭の中でその言葉が頭をもたげていました。それでも「面白くなきゃ生きる価値なし」とばかりに生きてきたのですが、その生きる意味を描こうとして書いた小説が「しあわせのミス・テリー」(文芸社)です。これも親しい知人に配布しただけです。あと大作の企画以前に思いついたころのファンタジックな企画をマニラでまとめたのが「愛・オリジン」で、捨てようとしていた原稿がもったいなく感じて子供に見せてやろうと印刷してもらいました。私の死後にでも有能な演出家がまとめてくれることを願っています。アニメ関係者に読んでもらおうとしたのですが、自分がいやしくなっているような気がして、その後は人には進めていません。ただ生きている限りどれだけ一生懸命に生きたかの証になればいいと思っています。
2014/07/10(木) 12:02:21 | URL | プロデューサー
追伸:誰もが大作
誰にとっても、一度限りの人生。切り拓かなくても、時間制限での人生ゲーム。ただ立ち止まっていても自然は壮大なドラマを展開してくれますが、現状の日本は戦後の厳しさから解放されて、退屈こそが一番の敵とばかりに、一瞬でも人目を引こうとナンセンスな事件が数々起きています。そんなことで身を滅ぼす若者たちが気の毒な気でなりません。周りの価値観でなく、自分自身の価値観を見つけることこそ、人生を切り拓くことではないかと思えるからです。昔は武士においては一所懸命の必死さに身を託すことができましたが、いまや彼らは何を求めて生きればいいのか混迷している気がします。確かに魂は常に何かを求めているのに、それが何かわからぬもどかしさ。そんな状況で言葉は人間関係や秩序の中で生きていく上では大切ですが、気を付けないと、言葉の歴史で磨き上げられたパワーで縛られ、身動きできなくなる危険さも帯びています。ごいんきょさんのお父上がご立派と申し上げたのは、ご自分の課せられた運命を理解して自由闊達なキャラと共に生活を楽しんでおられたご様子に、そう感じられたからです。いなかっぺ、上等だと思います。私が敢えてマニラのプール付、メイド付の生活を捨て、北茨城の田舎で子供を育てようとしているのは、それが私の子供たちにできる最高の贈り物だと思ったからです。
2014/07/11(金) 12:32:32 | URL | プロデューサー
なぜ「どっこい大作」
当時、制作決定後、私の働いていた制作現場を訪れた際、若い助監督が、よく一緒に飲んだ気安さもあって、私、にずけずけと言いました「よくこんなレトロな企画が採用されましたね」。経済成長が目覚ましく、新規な企画が求められ、より斬新な歌や流行がはやっていた時代にあって、彼ら二十台の若者たちには当然の疑問でしたが、私はそんな風潮の中でも、いかにドラマを展開するかで、逆に斬新であり得ると確信していました。それはこの企画を採用した三菱電機の重役が企画の芯を理解されていたと感じていたからです。ある日夕食を元ミス・エイティーンだった女友達と六本木のすし屋で酒を飲みながら食べていた時、となりで一人退屈そうに食べている男の子に彼女が話しかけました。いかにも青白く華奢で典型的な都会育ちの小学五六年生に見えて、「どっこい大作」とは無縁に思えたのに、彼女が私を大作のプロデューサーとして紹介すると、生意気そうな表情が生き生きと顔に浮かび、「どうせ見てないよね」と私が問いに「ふん、あのどっこい、どっこいってゆうやつだろ」とけなすような言い方が可愛かったので、彼女と二人で思わず笑った思い出があります。世代も環境も越えて触れ合った温みが感じられた束の間でした。なぜどっこい大作が採用されたかの答もそこにあったのではないかと思います。頑張っていれば、道は拓ける、これは日本人が、いや人間として生きる限り信じたい思いではないでしょうか。そしてなぜ彼女をここで紹介したかというと、彼女ほどにもてはやされた美女が私よりハムサムで大金持ちの求婚者を振り切るようになぜ私とつきあったのかわが人生での謎ですが、ここに人生の信じられないようなドラマを展開させる不可思議さがあるように思えるからです。人生一人じゃない。見知らぬ糸で操られている節があると感じて書いたのが「しあわせのミス・テリー」で、こんな父親でありたいという思いと子供へ自殺する前に考えろ、そしてみんながこんなふうに前向きで生きられたら、という大人のおとぎ話を書いたつもりです。
2014/07/13(日) 09:31:09 | URL | プロデューサー
いた!どっこい大作
「置かれた場所で咲きなさい」これは今朝NHKの「あさいち」で紹介された渡辺和子氏の著書のタイトルらしいのですが、その言葉を彼女にかけてくれた二階堂甚平のような人物も彼女の人生にはでてきました。与えられた自分の理想とは異なる状況に「これが私の人生・・・」とあきらめるのではなく、置かれた場所で周りの人と共に積極的に笑顔で生きる。その人生観が共感を呼んで、140万部も売れたそうです。つまり、あきらめを「どっこい!」の積極的なファイトで周りに微笑みかけられる自分を確立されたことへの共感に思えました。
2014/07/18(金) 12:22:49 | URL | プロデューサー
ご著書、既に完読しております。
紙数があまり無かったためでしょうか、一本の文章のように途切れなく、
一気に読んでしまいました。
いやあ、やはり異国で一人で切り拓いていくというのは、
それもフィリピンという国では大変だったろうと想像はしましたが、あれほどとは(笑)。
最初から教えて下さっていればなあとも思いました。
最初から読んでいれば、いろいろ理解できていた事も多かったですね。
よほどテレビの世界に嫌気が差したのだなという事や、
なんでこうまでワタクシの如き赤の他人に関わって下さるのかとか。

仮面ライダー・藤岡弘さんの著作を読んで、家がお遍路さんの通り道だったため、
縁もゆかりも無い人にお母さんが当たり前のように施しをされていたと。
そうして育ってきたから自分もそれに違和感ないという事で、
あの人はボランティア活動を色々されているようですけど。
多分、そのお母さんのようには自分なら出来なかったと思いましたし、
プロデューサーさんのご本を読んでいても、なんとお人好しなのだ、この人は(笑)
と度々思いましたし、絶対に自分なら出来なかったでしょうね。
口先だけで「どれだけ他人に尽くしたか」なんて書いていた己が阿呆のようです(笑)。

早期退職に関しても、ご著書に有りましたね。
ああ、七条さん名義のご著書もお有りだったのですね。
それではここから、なんの遠慮も無しに「七条敬三さん」で通させて戴きます(笑)。
やまこぶ相撲は非常に興味を覚えましたし、やりたくもなりましたが(笑)、
その名人だった方も自死されてしまったのですよね。
気持ちもわからなくはないです。
いろいろな事情で深く人生とか考え出すと、たしかに意味とか無いですもんね(笑)。
そこを錯覚させるというか、そういう事が「夢」なんだろうと思うのですが、
結局、そうしたものって自然の世界にしか存在しないようにも思います。
空とか星とか、海とか山とか、動物とか虫とかですね。
ワタクシは幼少時、九州の田舎でそれらと触れ合えた事が非常に大きいのです。
そうした中から夢ある言葉を紡げる大人が周りにいたら素敵だったなとは、今でも思います。

たしかに自著を映像化してくれと触れ回る事には、引け目も有るでしょうね(笑)。
しかし、どれも映像化の価値は有ると思いますし、
読んだ限りで言えば、「黄金蜘蛛」は絶対にドラマ化すべき作品だと感じました。
特にテレビ朝日なり東映なりは、『真・どっこい大作 ~その後の大作くん』
とか銘打ってドラマ化したら良いと思いましたし、七条さんへ取材されて、
もっと書き切れなかった話も含めて、全26回くらいでやって欲しいなと。
ま、今のテレビでは26回は難しいとしても、まずは特別番組としてでも、
絶対にドラマ化すべきと感じたのですけどね。
読んでいて本当に、ああ、大作がここにいると思いました。

ワタクシの両親を含め、最も素晴らしいのは市井の家庭人だとワタクシは思っていて、
なんとかそれを形にしたいなとは思っているんですよね。
たまたま昨日、『この人を』という番組について書いたのですが、
あれは善行者とか不遇な人とかという縛りがまだ有りましたけど、
そうではなくて、本当にごくごく普通に人生を全うしている人々を。
ただ、ワタクシは今、一応の正職に従事している身ですし、
あまり前面に出たくない立場というのが有って、今ひとつ踏み切れていません。
そうしたネット番組を作る事は、ツイッターとかで阿呆な事にしかネットを使えない
若い連中にも奮起を促せるという視点も有るのですけどね。
まったくごく普通の人生に脚光を当てる。テレビには絶対に出来ない事なのですが。


随分とお書き戴きましてワタクシとしては大変ありがたいのですが(笑)、
ワタクシはもう、充分返信して戴きましたし、
あとはたまに覗かれた際に、ワタクシ以外の人が書いている事で、
もし返信しても良いと感じられた事が有れば書いて戴ければ充分でございます。
とにかく、そのような余力を全て、テレビ回顧録に当座は向けて戴きたいと、
敢えてズケズケと言わせて戴きますね(笑)。
本当に楽しみにしているのです。
2014/07/25(金) 06:48:20 | URL | ごいんきょ
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