私的 昭和テレビ大全集
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おやじバンザイ (1964)

おやじバンザイ(1964)
『パパと呼ばないで』ってドラマは知っている人も多いでしょう。
知る人ぞ知る、杉田かおる姉御が世間に広く認知されたドラマです。
ワタクシはこのドラマがわりと好きで見たかったのですが、
見ようとするといつも親父がアレコレいちゃもんつけてきました。
面白いだろうし、この手のドラマも見られる人間だと思うのですが、
彼は、「『パパと呼んで』なら見る」といつも言ってましたね。
なんとまあ、大人げない親父であったことよ(苦笑)。
そんな親父が好きだったトークバラエティがこれでね。
そりゃ、このタイトルだもん。そんな人間なら好きになるわな(笑)。

西条凡児と言っても知らない人が増えたでしょうねー。
元々は漫談家だったらしいけど、テレビで自分の芸を披露した事はないと思いますね。
『お脈拝見』だの『素人名人会』だのといった司会業で、テレビ初期から活躍したはずです。
この『おやじバンザイ』はその名の通り、日本全国の親父を呼ぶ番組。
少し前に始まっていた同じ朝日放送の『夫婦善哉』は素人夫婦の体験談を聞く番組で、
その親父バージョンと思ってもらえばなんとなく想像つくでしょう。
「地震・雷・火事・親父」という格言が厳として存在していた頃です。
親父はまだまだ怖かったし、尊敬・畏怖の対象でしたね。
当時の親父さん達と言えば、ほとんど皆さん軍歴があるわけですから。

そらもう一本筋が通ってたし、人前でへらへらなんか… 結構してたな(笑)。
そう。通常、家ではあまり砕けた姿を見せなかったであろう、
まだバラエティずれしていない時代の日本の男もついサービスしてしまう、
そんな引き出し方が司会である凡児はんの腕の見せ所でしたな。
「また見てもらいます」で番組が始まり、「おみやげ、おみやげ」と出場者に退席を促す。
「それでは向こうへお戻り下さい」とは言わずに、「おみやげ、おみやげ」。
なんとなく京都チックな婉曲な締め方でしたね。
出場者に手渡されるおみやげはなんだったんだろう?
おそらくは笹岡薬品のなにか詰め合わせだったんだろうと思いますが。

そう。この番組の提供は笹岡薬品でしたね。 ♪ 命~の母、エーエ
『命の母A』という薬の名前も考えてみればキャラが立ってるよなー。
大抵の薬は「ン」で終わる芸無しですからねー。
後に同じ凡児司会で始まった『娘をよろしく』も、同じ笹岡薬品提供で、
こちらは素人の娘さんが看板になってますが、やはり親父がしゃべってたよな。
よーく考えてみれば、視点を子供側から親側に替えただけの番組だ(苦笑)。
ならワザワザ番組を替える必要無いだろうとも思う方もおられるでしょうが、
実は『おやじバンザイ』は、なかば強制的に終了となったのでした。

自分がうるさいと感じた近所の工事に対して、凡児が「テレビで追求するぞ」とか言って、
結局なにがしか貰ってしまった?ために恐喝のような形で自分が追求されてしまいました。
なんだかんだ事件の余波で番組は終了。ほとぼりが醒めてから始まったのが
『娘をよろしく』だったというワケです。
少年キングだか少年画報だかで山根あおおにだかあかおにだかが漫画版を描いてました。
山根あおおに・あかおに。この双子の漫画家も懐かしい名前です。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
生CM
私自身はこの番組を観たことがありません。産まれる前なので当然です。
実は母がこの番組の生コマーシャルをしていたそうです。
凡児さんにもかわいがってもらっていたようで、母がタレントを引退し、私たち双子の娘を生んでからも、「双子ちゃんたちに」とハチミツを送ってくださったりしていました。
確か自筆の筆書きで、短い手紙が添えられてあったのを見た記憶があります。
母がよく、「おみやげ、おみやげ」と言うので、この記事を読んで凡児さんの優しい感じ(婉曲的な言い方を使う)が伝わってきました。
65歳になった母は、今でも仕事を続けています、タレントではなく自分で事業をしています。
そんな母の若い頃の思い出だったのだなあ、と思うとしみじみします。
2007/05/22(火) 22:53:27 | URL | りえ
この番組に生コマコーナーが有ったんですか。
それは忘れておりますので、残念ながら
りえさんのお母さんも思い出せません。
本当は当時の芸名を伺いたいとこですけど(笑)。
でも、凡児さんの話はいい話ですね。

京都人って、そろそろ帰って欲しい人に
「ぶぶづけ食べていかはりますか?」
と遠回しに退席を促すって聞いた事ありまして。
でも、それでも雰囲気を察知せずに図々しくぶぶ漬け頼む人には、
物凄い味付けのぶぶ漬けを食わせてしまう人たちでもあるらしいです(笑)。
2007/05/23(水) 06:22:48 | URL | ごいんきょ
おっやっじーバン~ザイ
こんなおやじが一番好きさ
おっやっじーバン~ザイ
おやじ、バンザ~~イ!!

ここしか覚えていませんが、テーマ曲また聞きたいです。
64年と書いてあるので、こんなに古い番組だったのか!! テーマ曲を覚えてるのはなぜ? と思いましたが、調べたら昭和48年までやっていたんですね。
山根あおおにの「オヤジばんざい」も好きでした。後年、単行本で買ったと思います。あかおにの「丸井せん平」だったかな? ドラマでは進藤英太郎の「おやじ太鼓」も好きでした。
「おやじ」という言葉とモノの価値が激しく下がってしまったのは許せないですね。
2008/03/05(水) 21:45:26 | URL | あぶもんもん
昭和48年までねえ。
その時期はもう、娘をよろしくが始まっていたような。
凡児さんが担当したのはもっと以前までだと思います。
放送ライブラリには、マエタケのおやじバンザイが収蔵されてます。
おそらく凡児さん降板後、マエタケさんが代役を務めたんでしょうね。
笑点でも談志さんの代役を務めたり、ユーティリティ・プレイヤーとして扱われていた人のようです。
山根兄弟のような真の少年マンガが無くなった事と、
親父の威厳が衰退した事と、まったく無関係でもなさそうな。
2008/03/06(木) 18:18:41 | URL | ごいんきょ
あの曲名は?
笹岡薬品の生CM、覚えています。きれいな女性が、命の母Aの紹介をしますが、凡児が、「お腹が大きいのに、CMの仕事に出てくれ、ご両親が心配でついてきた」と言った事があります。私もまだ小さかったので、こんな綺麗な女性なのに、子供がいるんだと、不思議な気分でした。りえさんのお母さんでしょうか?このCMのバックに流れていた曲をもう一度聴きたくなりました。外国の曲で、健康なんとか、という題名だったような気がします。
2009/03/22(日) 21:30:42 | URL | よん
あ~、なんとなーく、生コマの様子を思い出してきました。
もちろん女性の顔や名前は思い出せませんし、
歌もまったく思い出せないですけどねー。
それにしても貴重な証言ありがとうございます。
りえさんはご覧かなー。
お母さんは覚えてらっしゃるのかな。
2009/03/29(日) 09:13:44 | URL | ごいんきょ
「テーマ曲」を絞り出してみました。
ジャニーズ(古いな~)が歌った、『おやじバンザイ』のテーマですが、覚えている箇所まで書き出してみます。

♪お父さん 思い出そう 僕らと同じ年頃を
 お父さん 思い出そう 初恋時代のことを
 わかっているのさ ニヤニヤするなよ お父さん
 話し合おうよ テレないで
 お父さん 思い出そう 僕らと同じ年頃を
 お父さん 思い出そう 初恋時代のことを
 おっやっじ~バン~ザイ そんなおやじが一番好きさ
 おっやっじ~バン~ザイ おやじ!バンザ~イ!(チャンチャン)

たぶん、こんな感じではなかったかなと思います。違っていたらごめんなさい。(「話し合おうよ」は「語りあおうよ」かも知れません)

あと、「ピンキラ」バージョン(前武版?)もあるのですが、これは終わりの数小節だけ覚えています。

♪お~やじと息子~ お~やじと娘~
 お~やじ お~やじ おやじバンザイ~

これはこれで良い曲だと思います。
おじゃましました。
2010/01/28(木) 23:33:03 | URL | 甚六
えー、あれってジャニーズが歌ってたんですか。
それは初めて知りました。
レコード化してないでしょうね。勿体ないなあ。
それにしてもよく歌詞を覚えてますね。

マエタケのおやじバンザイはピンキラが歌ってましたっけ。
2010/02/05(金) 07:04:03 | URL | ごいんきょ
ラジオ放送
昭和43年ごろだったか、関西ではABCラジオがテレビの1週間遅れで放送していたのを覚えています。私は当時5歳だったのですが、そのことを知っていてラジオを聴きながら、あっ、先週テレビでやっていたのと同じだと勝手に喜んでいました。

誰かそのことを記憶されていらっしゃる方はいませんか?
2013/08/24(土) 22:07:37 | URL | (ハンドル未記入)
テレビが力を付け始めて、ラジオもまだ力の残っていた頃、
ラジオとテレビの両方でやっていた番組も、一部に有りました。
例えば、この番組と近い、「夫婦善哉」などもそうですが、
あちらはテレビとラジオは別物だったんですよね。

テレビの内容をそのままラジオでやってたんですか?
そういうのは初耳です。
ご記憶の方はいらっしゃいますかね。
2013/11/04(月) 21:10:58 | URL | ごいんきょ
CMのバックミュージック
2009年に「あの曲名は?」で投稿した者です。別コーナーの琴姫様の初期主題歌を探していた勢いで、あちこち漁っていたら、生CMのバックに流れていた曲に偶然巡り合いました。「若さを歌おう」ベルト・ケンプフェルト楽団 。You Tubeにアップされています。おそらく、誰も覚えていない内容でしょうが、嬉しくて、つい再投稿してしまいました。すみません。
2017/04/14(金) 11:17:36 | URL | よん
なんか、こんな感じの曲が流れる生CM有りましたねえ。
よくご記憶で、そしてよく見つけたものです。
2017/04/23(日) 22:05:12 | URL | ごいんきょ
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