昭和テレビ大全集 私的昭和テレビ大全集
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海底人8823 (1960)

海底人8823(1960)
8823と書いてハヤブサと読む。
伊東へ行くならハトヤ。電話はヨイフロ。4126、4126…みたいな。
秘密指令883(ハヤミ)なんて番組もありましたが、
この手の語呂合わせは日本語ならではですね。素晴らしき哉、日本語。
月光仮面、遊星王子、ナショナルキッド、少年ジェット……
なんてテレビ創世記のヒーロー番組と、このハヤブサの顕著な違いは、
考証が非常にリアルだったという点でしょう。
ハヤブサのおじさんを呼ぶ笛は、3万サイクルの周波数で鳴るので
人間の可聴域を超えているために誰にも聞こえない。
ただハヤブサのおじさんだけがそれを聞きつけて救いに現れるという、
この設定だけ取っても、当時としては秀でた設定だったと思います。

しかしながらそこは昭和30年代の日本。やはり少し抜けていたりします。
このハヤブサさん、すっ転んで海底人が地上で生活するためにつけている
なんだかの維持装置がはずれて瀕死のところを少年に助けられるんですよね(爆
OPの歌もなかなか当時としてはいい感じだったと思うのですが、
映像がね、ハヤブサが泳いでるところを描写してるつもりなんでしょうが、
どう見たってスクリューによる水流でしたからね。どんな泳法してるんだと(笑)。
とは言え、当時テレビSFと言えば宇宙にしか目が向けられてなかったのを、
海底人という新たな切り口を提示したというのは異色だったでしょう。
テレビ探偵団で小堺一機や関根勤が嬉々として語っていたのを思い出します。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
漫画の話ですが
> そこは昭和30年代の日本。やはり少し抜けていたりします。

モーターボートに人間を乗せて海の中を潜ったりしましたから。
あんたはエラ呼吸(?)だからいいけど、
人間はどうして大丈夫なんだ?って思いました。
2005/04/19(火) 18:31:35 | URL | 飲酒リン男。
漫画の8823
って、吉田竜夫っぽい絵でしたっけ?
読んだ事は無いのですが。

あれほど考証に気を使っていたであろうエイトマンですら、
あれほどの高速度で人間を抱いて移動したら、人間は呼吸できない
という視点を忘れてますもんね。
レインボー戦隊ロビンなんか更に酷いもんで、
平気で生身で宇宙空間に飛び出して、宇宙船を飛び歩いてましたからね(爆笑)。

そんな大らかな時代に育てて良かったと思っております。
2005/04/19(火) 18:46:39 | URL | ごいんきょ
久里一平でした
漫画は久里一平でした。
当時は吉田竜夫と久里一平の絵が区別つかず、
もちろん二人が兄弟ということも知らず。
吉田竜夫は週刊少年マガジンに連載していた
「チャンピオン太」の方が印象は強いでthね。
そういえば「太」は実写版で、
力道山やユセフ・トルコが出演していたっけ。
2005/04/19(火) 19:55:37 | URL | 飲酒リン男。
吉田兄弟
んーと、他の分野でそんな人たちがいたかな?(笑)
漫画の吉田兄弟は、アニメでは有名ですが、漫画はそれほど残してないですね。
久里一平の方でしたか。ほとんど同じ絵としか思えませんが(苦笑)。
2005/04/20(水) 06:08:42 | URL | ごいんきょ
吉田竜夫・九里一平
ごいんきょさんは、やはりアニメ世代ですね。吉田竜夫といえば、「科学忍者隊ガッチャマン」「タイムボカン」「みなしごハッチ」「新造人間キャシャーン」「決断」など、タツノコプロのアニメ作品が思い浮かぶんでしょうね。
私などには、月刊雑誌に連載作品を多く発表していた頃のイメージが強いです。弟九里一平の「海底人8823」は、光文社の月刊誌「少年」で毎月読んでしました。兄の吉田竜夫は、物語の挿絵を担当してデビューしています。やがて、オリジナルの絵物語も発表し、やがてマンガに移っていきます。「海底人8823」の前に、吉田竜夫が「少年」に連載した時代劇「にっこり剣四郎」は、始まったときは絵物語だったのに、徐々に線が少なくなっていき、終わるときには完全にマンガになっていたというめずらしい作品でした。ぜひ、まとめて復刻してほしいものです。吉田竜夫には、「チャンピオン太」以外にも「マッハGO!GO!GO!」の原型になったレーサーマンガ「パイロットA」やテレビ実写化された「少年忍者部隊月光」、「ハリス無段」(原作・梶原一騎)、「紅三四郎」など、数多くのヒット作品があります。弟の九里一平も戦記漫画「大空のちかい」、巨人軍の川上哲治を描いた「弾丸児」、海洋冒険ものの「海洋少年隊」、テストパイロットが主人公の「テスターZ]など、さまざまなジャンルの漫画を描いています。
2007/04/03(火) 22:51:57 | URL | 漫中老
吉田竜夫さん
ああ。
最初に補足しておきますと、漫画はそれほど残してないと言ったのは、
漫画史に残るような作品はあまり無いという意味です。
このお二人はやはり、タツノコ以後が評価されるでしょう。

ワタクシはアニメ第一世代に属するでしょう。
しかしタツノコプロの作品は、個人的には好きではないのが多かったです。
最初期の宇宙エースといなかっぺ大将は、わりと好んで見てましたけど。
吉田竜夫さんと言って最初に浮かぶのは、梶原一騎氏とのハリス無段ですが、
これは単行本で読んだもので週刊誌時代は知りません。
同じ梶原さんとのチャンピオン太も有ったんですよね。
あの辺がかろうじて漫画史の片隅に残るという感じでしょうか。
それも梶原さんの威光ですもんね。
月光ありますね。あれもでも、やはりテレビの方が秀でてるんじゃないでしょうか。

月刊漫画誌は本当に最後の頃にかろうじて幾つか読んだくらいですので、
列記された漫画はほとんど知りませんでした。
2007/04/04(水) 01:00:00 | URL | ごいんきょ
吉田竜夫・九里一平
海底人8823って九里一平でしたか。
そうか、でも忍者部隊月光は吉田竜男ですよね。
加藤隼戦闘隊の話は九里一平だったはず
少年サンデーです
あの頃って本当に妄想戦記ネタみたいな漫画がいっぱいあって
ちばてつやにも「ゼロ戦レッド」なんていうのもあったりします。
2008/05/19(月) 14:00:28 | URL | CAW
妄想戦記というのがどういう意味合いかつかみかねますが、
昭和40年代までは、戦争漫画ってちょくちょく見かけましたよね。
決して面白くなかったんだけど、面白くなくても意義あるものも掲載していた時代でした。
2008/05/21(水) 23:40:26 | URL | ごいんきょ
戦記漫画
>ちばてつやにも「ゼロ戦レッド」なんていうのもあったりします
ちばてつやの戦記マンガは、少年マガジンに連載された第二次世界大戦末期の本土防衛を描いた「紫電改のタカ」です。ラストの差し入れのお弁当を持って母と幼馴染の女の子が楽しそうに面会に向かう汽車の上を主人公滝丈太郎らの搭乗した紫電改が特攻に出撃していくという感動的な場面は今も記憶に残っています。決して、「妄想」ではありません。
「セロ戦レッド」(冒険王連載)の作者は貝塚ひろしです.
>加藤隼戦闘隊の話は九里一平だったはず
上のレスに書いてある戦記漫画「大空のちかい」というのが、少年サンデーに連載された加藤隼戦闘隊の話です。
2008/05/22(木) 22:42:03 | URL | 漫中老
CAWさんが言う妄想というのは、フィクションという意味なんでしょう。
勿論どの戦争漫画も、当時であればある程度は現実を踏まえてはいるんでしょうけど、
やはり子供向けの場合、露骨な殺し合いは描けませんしね、あの当時。
それにしても参戦世代が元気だった時代は、普通に戦争描写ができたんですよね。
戦争を風化させるなと口では言いながら、その描写に関しては風化させる勢力が今は有りますからね。
敵を撃墜して満面の笑みで機体に星を一つ加えるシーンを描いたりしたら、
たちまち検閲よろしく発売禁止にされてしまいそうです。
2008/05/24(土) 05:58:26 | URL | ごいんきょ
はちはち兄さん
なんせ、ほとんどガキンチョのときに見てたので、かなりの間、はちはち兄さんだと思いこんでいました。それが、ある回のときに、海底人の8824や8825(8823と同じ役者が演じていた)が出てきて、数字のハチハチニイサン(8823)だとついに気づいたのでした。あのときはものすごい発見をしたと思って、友達に教えたのですが、反応がどうだったのか記憶にありません。
いずれにしても海底人は金太郎飴だったのです。
オープニングは、昔の特撮お得意の湖への飛び込み撮影の逆回しでしたね。
2014/06/19(木) 22:36:24 | URL | みのモンタナ
でも、3万サイクルで人間の耳に聞こえない笛とか、
荒唐無稽と評されたあの頃のヒーロー物の中では、傑出したSF描写だったと思います。
2014/06/20(金) 22:31:47 | URL | ごいんきょ
どうでもよござんすが
昭和36年には、「怪獣マリンコング」が朝10:00、「海底人8823」が10:30から、続けてしかも平日毎日(前者は土曜も)やっていたが、その時間帯は幼稚園児さえ「ご出勤中」なのに、いったいどこのどなたが見ていたんだか。ひょっとして、主婦のおっ母さん向け再放送か(笑)。いや、考えると能天気な時代で(再笑)。
2017/11/27(月) 08:36:59 | URL | 権兵衛
どうでもよござんすってぇ訳にもいかねぇでやんすが。
拝啓 よろしくお願いいたします。実は、自分の記憶がかなり鮮明でほぼ確実に記憶している事は、権兵衛様の言われる時間帯に観た記憶は無い事です。この上記の「マリンコングシリーズ2作」は、幼稚園児の4才か、または小学1年の初期の頃に「夕方から夜にかけてのオンエア」を鮮明に記憶しています。ってぇとぉ「間違いなく再放送」ですね。「海底人8823」は実はもっと後になってと記憶していますがやはり夕方でしたね。同じ大映テレビ作品の「少年ジェット」は記憶では幼稚園から小六にかけての夕方=1963-4年と。これは「実写の鉄腕アトム」等もそんな感じで記憶しているのですが。確かに一体何処のどちら様が試聴?との疑問は真に最もな疑問です。しかしながら当時の貧しい?いい加減か適当な?視聴率調査では(一体どんな方法使ったのか?)マリンコングはかなりの数字を叩き出しておりましたね。やはり誰かが観ていたのでしょうね。特にこの「海底人8823」で記憶に残るのが「ロケ地の箱根周辺と、その後養命酒の専属?CMマンとして著名な坪井研二さん」が出ていた事。若くして亡くなられましたが役者としては当時上手かったと思います。また30数年前、まだ所沢に「ユネスコ村」が在った頃、8823でユネスコ村で大々的にロケを行い非常に懐かしい場面がありました。自分は当時、仕事をサボタージュ?して、わざわざ遠い所沢まで出向き、ユネスコ村関係者に8823の話をいたしましたら大変喜ばれておそらく何かの方法で番組を視聴されたのではないでしょうか?当時「テレビ埼玉=テレ玉」では盛んにこう言ったレトロ番組をオンエアしてくれてましたからね。今考えますと「ノーテンキ?と言うよりも良い時代だった」と少なくても自分はそう感じました。今は?情報や手段はあっても全てに余裕が無く、全てが困難難しい時代となりました。しかし、少なくてもこのごいんきょ様のサイトに集結される皆様は、古き良き時代に生き古き良き時代に記憶や情報をサーバーされていたからこそ、このごいんきょ様のサイトをホールド出来ると自分は確信いたしております。 敬具
2017/11/27(月) 11:46:53 | URL | よしたかくん
わざわざ
どうでもええ投稿に、ご丁寧なるレスと貴重なご教示ありがとうございます。なるほど、「よしたかくん」様のご指摘通り、記録を見ると「8823」は昭和35年1月~6月の日曜夜18:15~、「マリンコング」は同年4月~7月の日曜朝09:30~となっているので、36年のはこれは間違いなく再放送に違いないですな。当方とてご同様、同時期のそんな時間帯の記憶はまったくありません。因みに、フジテレビは少なくとも昭和35年4月時点では、日曜を除いては番組開始が昼の11時から、NETも10::00からで、まるで重役出勤です。いつから他局並に朝07:00から始めるようになったかは、まだ調べていませんが、恐らくはその年の秋か、それとも36年になってからでしょう。ということは、まったくの憶測ですが、午前中の平日時間帯はまだ36年初めには「開発」が進んでおらず、視聴率など度外視した単なる埋め草の「ゴミ捨て場」扱いだったのではないでしょうか。

ところで、不思議といえば、本放送で35年7月まで続いていたはずの「8823」なのに、アーラ不思議、同年4月10日日曜の18:15からは上方お笑いヴァラエティの「おいでやす」が始まってしまっていて、「8823」など影も形もありませんぞな。おい、いったい全体どこへ消えた(笑)。面倒くさいので、どこのどなたかのマニアックで暇な団塊爺さんか婆さん、思い出してくれんかな、もし。
2017/11/27(月) 13:21:13 | URL | (ハンドル未記入)
またやった
失礼しました。↓です。
2017/11/27(月) 13:23:03 | URL | 権兵衛
目黒幸子さんからの伝聞ですが
 にわかに活況を呈しているようですので、少しだけ参加させて頂きます。
 この番組は未見だったのですが、十数年前ファミリー劇場で放送された時に見ていました。ちょうどその頃から女優の目黒幸子さんとお会いする機会が度々あって、いろいろなお話を伺っていました。目黒さんは昭和24年にニューフェイスとして大映に入社し、46年の倒産まで調布東京撮影所の専属でだった方です。2000人の応募者に合格は40人の狭き門。でも最後まで残ったのは目黒さんのほかは中条静夫、早川雄三、北原義郎だけだったそうです。昭和テレビ好きにはたまらない顔ぶれですね。
 前置きが長くなりましたが、目黒さんはこの作品の第一部に及川博士夫人役でレギュラー出演されていました。お聞きした話の要点を紹介しておきます。
 この作品は大映がテレビ室を立ち上げての第一作ということで、手探り状態だったようですが、決して子ども番組だからと手を抜くことなく、新しいことに挑戦しようと若いスタッフたちが気魄に満ちていたこと。当時は本編に比してスタッフの編成が余りにも小規模で驚かれたようですが、それでも後年のテレビ映画全盛期に較べれば大人数だったこと。ロケの日程がのんびりしていてちょっとした旅行を味わったこと。主演の井上氏はまだ新人だったこともあって文字通り体を張って奮闘していたこと(まあ、スタントマンなどいなかったでしょうから)。などなど。俳優、スタッフの絆が強く、家庭的な雰囲気だったという当時の調布撮影所の様子が少しでも伝われば幸いです。ちなみに目黒さんの旦那さんは『女壺振りシリーズ』や『夜明けの刑事』などで活躍した井上芳夫監督でした。
2017/11/29(水) 13:15:05 | URL | 高校教師
まさか?高校教師様が8823にご参加とは?
拝啓 よろしくお願いいたします。しかし驚きました「高校教師様」が8823のスレッドに参加して頂けるとは感激です。しかも「目黒幸子さん」と会っておられたとは、、、、やはり只者では無いと。自分も過去、そう38年位前の「芸能界名簿」なる分厚い本を当時かなり高い値段で買いました。その中には「俳優タレント、作曲家作詞家ミュージシャン、文化人、スポーツ選手」等など、当時は約90%以上が自宅の住所電話番号が明記されておりましたね。その中で当時興味がありましたのは「まぼろし探偵の利根はる恵さん」が都下のch市にお住まいで、一度取材に行こうと思いつつ果たせませんでした。当時「ウルトラマンのハヤタ隊員がS県o市 悪魔くんの天草四朗さんがS県M市 特別機動捜査隊の青木主任がs県k市 ザガードマンの中条静夫さんが都下H市 神州天馬峡の沼田洋一さんがs県T市 山本陽子さんが都下c市 など等」これらは当時実際に調べましたが間違いなかったですね。何と言っても当時「大好きで本気で結婚したいっと願った、あの牧れいさん」FL出したら自筆のお返事頂いて抱いて寝ましたね。例の名簿に「都内某所の住所、これは当時の自宅」で、一度近くまでお邪魔したこともありましたがお会い出来なかった、、、これは当時の所属事務所のおばはんが「何処其処付近で会えますよ」なんてぇ、、良い時代でしたね。沼田洋一さん宅には何度か電話インタビューさせて頂きましたがいずれ詳細書かせて頂きますね。しかし、実際に高校教師様は目黒さんご本人と会われたのは凄いなぁ、、、人徳でしょうね。しかし「ごいんきょ様のこのブログのパワーは凄い」ですよ。過去「どっこい大作のプロデューサー氏、作曲家森みどり氏、怪傑ハリマオに出演されていた方」等など相当に影響力を行使されていますからね。話題を「海底人8823」に戻しますと、実は「少年ジェット」の方が幾分放映は早かった様ですが(スタッフも一部作曲家がシンクロしていたり=テーマ曲&BGM) この当時の事を今から38年位前から調べましたが、当時から大映テレビの連中はとにかく適当慇懃無礼?で、せっかく証拠の残る書面回答で「少年ジェット、8823のフィルムはTBS映画社に売り渡してあり、音楽テープは一切無い」と。しかしその後TBS映画社に確認したら「そういう事実は無い」と。何なんだよこれは、、、その後人脈が出来た「大映映画」にしつこく聞けば「ジェットや8823のフィルムは、一部欠損があるものの保存はしている。ただし音楽テープは無いし、保存フィルムが元ネガなのか?プリントなのか?ははっきりしない」と此処まで追い詰めました。当時から大映テレビは、旧大映映画とは切れていた様子で、何だか問い合わせにも面倒がって態度が悪かったですネェ。書面回答は永久に証拠が残りますよ、、、「責任者、出てこんかいっ」 高校教師様にはぜひぜひこういったとんでも無ぇ話を聞かせて頂けませんか?期待しています。なお当時ののんびりした様子は、当時ほとんどの番組で感じられる事で、それだけ世のテンポが遅いっと言いますかゆったりだったと。例えば「岩井雅さんのゆったりと舌ったらずなしゃべり方、梶山純子さんの妙に色気づいたこまっしゃくれた雰囲気と話し方、斉藤清末さんの実におっとりとした雰囲気」等とにかく8823を見ると、のんびりを通り越したのほほんとしたなんとも言えない前時代的なものを感じてたまらないですね。音楽も「横田昌久さんの、この方はほとんど未知で解らない部分もあるのですが、何かクラシックの要素を含んだ印象的なメロディー」が忘れられません。皆様のお力で、ぜひこの8823のスレッドを完成させたいですね。高校教師様には引き続きご訪問下さい。 敬具
2017/11/29(水) 23:55:15 | URL | よしたかくん
Numbers
懐かしいけど、覚えているのはタイトル部分ですが、つい Numbers4 をこの数で、としました。

2017/12/03(日) 15:16:47 | URL | 昭和はますます遠く
8823まんがの作者は…
 まんがの「海底人8823」について、私の覚えている限りで補足をしたいと思います。
 リアルタイムで、テレビとまんが、両方でで8823をみておりました。
 まんがの作者は、連載第1回が吉田竜夫、第2回以降が九里一平です。
ただ、当時、読者だった私には、第1回と第2回の絵の違いを全く感じませんでした。
 この当時、吉田竜夫は売れっ子でしたので、発表する名前は吉田で、実質描いて
いたのは九里…というのもあり得ます。特に九里一平は吉田竜夫の実弟で、
当時九里は吉田のアシスタントもしていましたから、キャラクターのタッチは似ていました。
作者名だけを貸すというのは、当時では時々みられました。
 例えばまんがの「月光仮面」の作画は桑田次郎ですが、最後の「ドラゴンの牙の巻」になると
作画は楠高治(この作家は、のちに「遊星仮面」を描く人)ですが、作家名は桑田次郎のままでした。
でも最終回近くになると楠高治の表示になっています。ただ、絵柄はかなり似ていましたから、
なにげなく見ていると作家が違っているのは、さっぱり分かりませんでした。
 もちろん、最初は吉田が描き、忙しいので後を九里に譲ったとも考えられます。
 まんがの8823の作者は、果たしてどうだったんでしょう?
 まんがの別冊付録の作家名を信じるなら、第1回・吉田竜夫、第2回以降・九里一平になります。
 どなたか、この辺の事情をご存知のかたは、いらっしゃいませんでしょうか?
2018/02/06(火) 18:14:04 | URL | 0011ソロ
0011ソロ様へ 回答にはならないが一服、
拝啓 よろしくお願いいたします。
まず驚いたのは「海底人8823の漫画本がある事は知っていたが、吉田竜夫先生が執筆されていた事実」は知らなかったと。今まで九里一平氏とばかり思っていました。0011ソロ様とは凄いですね。自分が尊敬するたった3人の漫画家先生「手塚、横山、そして吉田先生」=今を去る事42年前、当時国分寺のタツノコプロにお邪魔して「自分だけの為のフィルム上映会」をわざわざ行っていただいたご恩は生涯忘れません。そんな関係で色々リサーチしネット以外での「オタク」にも問いただしてみました。確かに0011ソロ様の言われる通りで、最初は吉田先生が執筆され、どういう理由か名前が表面に出たのか?出なかったのか? 直ぐに九里一平氏にスイッチされていた事は、知る者は知っていた様です。但し「絵柄やタッチが全く同一か?」については、やはりオタク連中に言わせれば「全く同一では無くて微妙に異なっていた」と言います。

此処で、おそらく今回の回答にはなりませんが、似た様な内容で同じ様な話が幾つもありましたね。今回の例「海底人8823」は、推理作家の黒沼健原作の旧大映テレビへの書き下ろしですから、漫画は後からついてきます。正直、この1年前にオンエアされている「少年ジェット」は大変な人気で一時休止後に「新少年ジェット」さえオンエアされ、8823の実に4倍近く長くオンエアされていましたね。此処が「海底人8823との決定的な相違」ですね。つまり、さほどの人気も得られなかったと(ジェットに比べて)

自分が過去、様々な音楽分野に置いてしつこいインタビューを重ね、問いただし聞き出した事実の中で、こういった返答回答がありました。「気持ちは解るが、外部に居ては決して解らない、その業界に入ってみなければ解らない事がある」と。こうした、まぁ何と言いますか「外注下請け、アシスタント代筆」等の行為は、芸術分野に置いては決して少なく無いですね。つまり「外注下請けアシスタントの給料は、元請が支払っている」からです。今回の「8823の件」で考えられるのは? 「思った程に人気が出なかった為にあえて吉田竜夫先生のお名前を出す理由が無くなった?」「ちょうど良い機会だから九里一平氏に独り立ちさせよう」等の思惑があったのかもしれませんね。ましてやブラザース=ご兄弟で同じ仕事ですからね。この辺は臨機応変だったのかもしれませんね。

過去、音楽分野では「渡辺浦人&岳夫両先生」が同じ分野でお仕事をされ、後年のインタビューでは、、まぁちょっと此処に書き難い生々しい会話がありましたし、「山下毅雄先生のインタビュー」では、次男が関わりあっていたらしい?とのお話も聞かれました。また「大巨匠ほど、主な外観おおまかな構成のみ」を担当され、ほとんどがアシスタントにまかせる、なんてぇ話も聞いた事があります。此処はやはりこれ以上のつっこみは難しいなぁと思いました。 お役に立てずにお詫びいたします。  敬具
2018/02/07(水) 11:24:19 | URL | よしたかくん
● 権兵衛さん
 再放送は間違い無いとして、それって夏休みとかの長期休暇期間中の話ではないですかね。


● よしたかくんさん
 いいな。正にそういう時代を体験したかったです。


● 高校教師さん
 いつもながらの記者的立場の貴重なコメントありがとうございます。


● 昭和はますます遠くさん
 なるほど。一種のおまじないですね。


● 0011ソロさん
 往年の漫中老さんに匹敵するような明瞭なご記憶語り。
 ぜひぜひ色々なお話を伺いたく。
2018/02/27(火) 23:48:45 | URL | ごいんきょ
吉田竜夫&黒沼健
なるほど、まんが版「海底人8823」の作者は第1回が吉田竜夫、第2回以降が九里一平の
可能性が高いんですね。ひとつ疑問がとけました。
 私が吉田竜夫の名前を覚えたのが「スーパージャイアンツ」でした。
映画の「スーパージャイアンツ」シリーズを基にしたまんが作品がいくつかありました。
何人かの作家がジャイアンツを描いているのですが、吉田竜夫版が一番好きだったですね。
他のジャイアンツが、映画版をもとに描いているけど、吉田版は映画のストーリーとは離れて
自由にスケールの大きなストーリーを描いている。そんな印象でした。
 子供の当時、映画や小説のコミカライズと、設定やキャラクターだけを借りた
オリジナルの違いがわからず、吉田版のジャイアンツが、いつか映画になるのかな…
などと考えていました。もっとも、映画のジャイアンツを制作していた肝心の新東宝が倒産して
しまって、妄想も夢と消えましたけど…。
 吉田版「スーパージャイアンツ」は、のちの「チャンピオン太」「パイロットA」のような
シリアスタッチではなく、丸みを帯びたキャラクターでした。この作品のイメージが
やがて「宇宙エース」につながっていったのかと、勝手に想像しております。
 まんが「海底人8823」も、ちゃんとスーパーヒーローもののストーリーになって
いました。なんたってテレビ版では出来なかった(費用のかかる)特撮部分を、
きっちりと描いて、ストーリーにも起伏がありました。ともかく、TV版は
起伏が少なくて、ちょっとタルかったんです。

 原作の黒沼健についての書き込みがあったので、私なりの意見です。
 黒沼健は東宝の映画「空の大怪獣ラドン」と「大怪獣バラン」の原作を、TV「海底人8823」の
原作、脚本を担当しています。どの作品にも共通しているのは、総設定がかなりしっかりしていると
感じさせます。また、当時としては、最新の科学的な要素を取り入れて、説得力を持たせています。
ラドンでは、残されたラドンの卵の殻の曲線から電子計算機によって、卵の大きさを割り出しています。
また、バランでは怪獣がムササビの突然変異から生まれ…、とそれなりの設定を数多く出しています。
 そして8823では、かつてエルデ大陸と呼ばれる大陸があり、地球に接近した大彗星によって
大地殻変動が起こり、そこに超文明を築いていた人々とともに大陸は海底深く沈んでしまう。
つまりムー、アトランティス大陸伝説を、初めて映画、TVに持ち込んだのです。
また、自分そっくりの「機械」と呼ぶ分身を10体持っており、必要に応じてそれぞれを出動できます。
自分を含めて11ケ所に、8823が同時に出現できる訳です。そのほか、人間を殺さずに
戦闘能力を奪う拳銃型の機械をもっています。そして主題歌にも入っている、人間には聞こえない
3万サイクルの笛の音を聞きつけてやって来る!!
 また、話の途中でもいろいろな科学的小ネタをはさんできます。悪の首領がいつも微量な放射線を発しています。
でも普通の大人にはわかりませんが、そこに主人公の少年が当時としては発売されたばかりの
ポラロイドカメラを持って現れます。放射線によってフィルムが感光され写真は真っ黒になります。
大人はカメラの故障だろうと言いますが、少年は疑問に思いはじめます。
…などなど、ハム(アマチュア無線)が出てきたり、オープンリールのテープレコーダーが疑問の
解明に役立ったりと、特撮にお金をかけられない分、最新鋭の機械類を持ち込んだり、
科学的知識が披露されたりします。見ている子供の知的好奇心(?)を大いにくすぐってくれます。
 ところが、肝心のストーリー展開がまるっきり盛り上がらないのです。まず主人公の8823の
活躍場面がどうにも迫力不足なのです。登場場面が海からの逆回しで空中に飛び出しスタッと地面に降り立つ。
8823のカッコ付けはここだけ。悪人どもに囲まれても、例の拳銃を取り出して、拳銃の先が回転して
タタタタと軽い音がすると、悪人どもは全員バタッと倒れこんでアクション場面はお終い。8823の
地上での移動手段は、なんと少年のスクーターの後ろに同乗する始末。超科学の世界からやって来たのだから、
なんか移動手段ぐらい無いのでしょうか? 8823がこうだから、対する悪人も影が薄い。
国際陰謀団の首領らしいのだけれど、当時の悪役ボスの定番・マスクや仮面ひとつ付けるでなく、
ただそいらへんのちょっと人相の悪いおじさん。そのせいか、悪行の数々もスケールがみみっちい。   
 「海底人8823」を制作していた大映テレビ室は、まったく同時期に「少年ジェット」を制作しています。
こちらジェットは科学的常識なんかまったく無視して、ガンガン話を進めていきます。クラゲみたいな
黒い影を投影機で壁に写して宇宙人。実写版「鉄人28号」に出てくる悪役ロボットみたいに動きが
ものすごくスローな安っぽい作りの無敵ロボット。極め付きは破壊力抜群の奇跡の声・ミラクルボイス。
敵も国際スパイ団のジェームス、マッドサイエンティストの荷蛭、そしてジェットの宿敵・ブラックデビル。
相棒のシェパード犬のシェーンとともに、ロケットエンジン(?)付きの真っ白なオートバイに乗って
駆けつける少年ジェット。カッコづけ、ケレン味たっぷり。SF、怪奇、推理、アクション…、ともかく
なんでもアリの世界観。次から次へと物語は進みます。さすが当時の売れっ子まんが家・武内つなよしの原作!!
 それなのに、この8823ときたら、総設定はきっちりしているものの、少年ものなのにカッコを全くつけない。
せめて悪人どもを、バッタバッタと投げ飛ばしてくれればいいのだけれども、それも無し。
つまりアクションヒーローとしては、今ひとつ、いや今ふたつなんです。やはり、人気が出ません。
同じ制作会社なのに、同じぐらいの製作費なのに、なんでこうも違うのか?
 きつい言いかたをすると黒沼健という作家は、俗に言う設定倒れの作家ではないのかと思うのです。
「空の大怪獣ラドン」では、実在するミサイルのオネストジョンと阿蘇山の大噴火によってラドンは滅ぼされます。
ラドンは東宝怪獣映画の中で、新兵器、超兵器では無く、唯一通常兵器と自然の力で滅びます。
「大怪獣ハラン」では、新型爆弾が登場しますが、夜間攻撃のために投下された照明弾を飲み込むという
バランの習性を利用して、照明弾に時限装置付きの新型爆弾を投下します。そしてバランに爆弾を飲み込ませ、
体内で爆発させてやっつけるのです。新型爆弾が登場しますが、ただ単に通常爆弾よりも爆発力が強いと
いうだけです。共通するのは、最後のヤマ場において発想の飛躍が無いのです。
 あと放送当時、クラスメートの間で疑問がありまして、3万サイクルの音が人間には聞こえず、
8823は聞くことができる。ここまでは納得できます。でも通常音でも3万サイクル音でも、
どちらも空気を伝わる音です。ただ、人に聞こえるか、聞こえないだけの差でしかない。
とすると、8823が近くにいるという設定ならわかるけど、はるか海の底にいる8823に
音が届く訳がないのでは? この素朴な疑問(?)についての説明は、一切ありませんでした。
科学的なら、このあたりもちゃんと説明してほしかった。
 「月光仮面」は川内康範に原作、脚本とも依頼して、見事に成功します。このことが8823の制作者の
頭にあったのか、黒沼健に原作、脚本とも依頼してしまった。そして総設定は見事に作り上げますが、
肝心の脚本では発想の飛躍が出来なかった……と。
 同年齢のファンの間で話をすると、必ず「海底人8823」が大好きだった人がいます。
その人たちと話を進めていくと、一番最初にムー大陸伝説をもりこんだ、宇宙人が吸っている空気が
人間には猛毒だった、8823のコスチュームがヒーローものの最初のウェットタイプだったとか、
設定の話ばかり…このあたりが人気がもう一つ出なかった理由だと思います。
  
2018/03/19(月) 15:41:57 | URL | 0011ソロ
0011ソロ様へ 同意と相違
拝啓 久々五臓六腑がうずく様な議論に参加出来嬉しいですね。
この黒沼健と言う人は、自分が思うに「あくまで作家=ライター」であり「シナリオライターとしては使い物にはならなかった」様です。難しいが「静止画と動画の相違」とでも言いましょうか。「ラドン、バランについては原作=プロットライター」としての立場であり、この人の脚本ではとても東宝映画の脚本としては絶対に使い物にはなりませんでしたね。この「8823の脚本」を観れば即解ります。これは「主題歌の作詞も担当」しましたが、これもプロの作詞とは全然違い、単なる言葉の羅列で隙間を埋めているだけの詩です。
作曲の宮城秀雄さんの曲が良かったのですだから救われました。
劇中「機械です」なんてぇのは、おそらくはコピーロボットか? コピーサイボーグの事と思われますし、壊れた機械=メカを瞬時に直せるのもこんな発想から出てきたものと思われます。これは後に「レインボー戦隊ロビンの看護婦ロボット=リリー」に受け継がれていきますね。また黒沼健はのちに「UFOやアトランティス、ムー」と言ったオカルトジャンルの本も多数執筆し、自分も良く読みましたから。しかしながらこの手の本は、基本的に「過去の類聚本を手本に多少手を加えて書き直している程度」で、別段新しくも何とも無いのが正直な感想です。何故なら? 古代ギリシャ?の図書館にはアトランティス関連の本だけでも途方も無い数があったと。しかしそれら全てを読む必要は無くて、一冊読めばその繰り返しと皮肉られましたからね。また「何故か8823は盛り上がらない」と言われるのは、アクションシーンがとにかく少なくて、大暴れしたりド派手なシーンがほとんど全く無かったと。これが少年ジェットとは決定的に違うと。更に「音楽=BGM」についても、少年ジェットはとにかく人気が高く長期間続いたので、音楽関連の作家さんたちも数人代わり、宮城秀雄さんから小川寛興先生と大ベテラン作曲家たちが腕をふるいます。
しかし8823は横田昌久さんと言う現在リサーチ中ですが、なかなか正体実体の掴めない作曲家の方が担当され、その作られた曲想より「基本はクラシック系の方? 少なくても演歌形やジャズ系の方とは違っている」と感じる音楽=BGMの為に、何かこうエキサイティングな雰囲気が無くて余計ストーリーも盛り上がらないのです。
但し、不思議な電子音が随所に聴かれる事が嬉しく、当時どうやってこんな音を造ったのか? とても興味があり、おそらくは発信機=オシレーターを発振させて深いスプリングリバーヴやテープエコーをかけたのでは?と推測されます。
また何よりガッカリしたのは、8823が海底を移動する際、画面には水しぶきしか映らず、何かモーターボートのリア部を映したとしか思えない安手の作り方も気になりましたね。
また意外と面白い設定として、川の土手上の箱根別荘の秘密の半地下に作られた、秘密の電子計算機室=コンピュータールームへ入る際の設定 等は面白く、またやたら猫が出てきたり、タイピスト?なんてぇ当時最先端のOLさんが出てきたり、まぁ賑やかでした。一番残念だったのは、テンポがあまりにゆっくりで、のんびりしすぎで間延びしてしまっているのが残念でした。 こうして今振り返ってみますと、当時の流行やファッションを上手く取り入れて何とか取り繕う努力は買うのですが、何せ全てが安っぽくチャチなので、思って程の効果が出なかったと推測されます。
最終回にUFOが出てくるのですが、このUFOが確か真っ黒な煙出して飛行するのですね。笑ってしまいますが、実は、、実は1950年代に南米で撮影されたUFO=実は旧ナチスドイツの秘密兵器?と言われますが、このUFOは煙吐いて飛行していました。もしもナチスドイツのUFOとしたら、所期はガソリンエンジンを搭載していたらしいといわれますので煙吐いての飛行も納得出来ますが、黒沼健は此処まで知っていたのかどうか? かなり疑問ですが。更に「月光仮面の川内康範との比較」はちと可哀想過ぎますね。
この耳毛ぼうぼうの大先生は当時からかなりの作家でしたからね。
つまり「ライターと作家とは当時から明確に違っていた?」のではないでしょうか? 大変難しいですが、引き続きまして0011ソロ様やご訪問の皆様とのご議論が出来たら嬉しいです。
敬具
2018/03/19(月) 20:27:01 | URL | よしたかくん
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