私的 昭和テレビ大全集
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セーラー服と機関銃 (1982)

セーラー服と機関銃(1982)
あなた 私の元から 突然消えたりしないでねーぇ
二度とは 会えない場所へ ひとりで行かないと誓ってぇ
私は 私は さまよーい人~になる~
とーきーを ときをが空を飛ぶ~

こんな馬鹿な替え歌を歌ってた人、手を挙げなさい。
(⌒◇⌒)ノ はーいっ
ああ。おでか(笑)。

没落した日本映画の救世主かの如く彗星のように現れた角川映画。
角川春樹が手がけたアイドル女優第一弾・薬師丸ひろ子は大受け。
瞬く間に日本映画新時代を担う第一線の女優として展開されていきます。
数年後、角川春樹は第二の薬師丸ひろ子を見つけるべくオーディションを敢行。
グランプリには渡辺典子が輝きましたが、その時の角川春樹のコメントは、
「ひろ子の時のようなものは感じなかった」みたいな感じの冴えないものでした。
この時の特別賞だったのが原田知世。
結果的には、グランプリの渡辺典子をも超えるアイドルとなりましたね。
原田知世が本格的にブレイクするきっかけとなったのが、映画『時をかける少女』。
と言うよりは、松任谷由実作曲の同名映画テーマ曲『時をかける少女』と言うべきですか。
それが冒頭の歌なんですけどね。最後の部分だけ沢田研二の『TOKIO』ですが(笑)。

そこから始まった角川第二のスターとしての彼女の歴史ですけど、
実はそれ以前からちょぼちょぼとは活躍してまして、歌も出してますし、
TVドラマでも主役張ってたんですね。それがフジテレビで放送された、
この『セーラー服と機関銃』と『ねらわれた学園』でした。
年輩の人はご記憶の通り、どちらも角川の金看板・薬師丸ひろ子のヒット映画、
そのTVドラマ化でありましたが、完成度は映画版からはほど遠かったですね。
この『セーラー服と機関銃』は特に、薬師丸ひろ子の人気を不動のものとした、
かなり注目された映画でして、機関銃をぶっ放して「快… 感…」と呟く
セーラー服姿の薬師丸が、とてつもなく巨きな素養を解き放っていたと思います。

で、ここから知世ファンの人がいたら少し冷静に読んで欲しいのですが(苦笑)、
原田知世版『セーラー服と機関銃』の出来は、酷いもんですね (^_^;
勿論、映画版からTVドラマに箱が小さくなっているというハンデはありますけど、
実質、これが演技デビューと思われる原田の演技が、ちょっと酷い…
まあ、薬師丸という巨大な存在が既にその演技を広く知らしめていた、
その先入観が我々にあったというのは否めませんし、知世にすれば不幸でしたが。
当時の人間は皆、薬師丸の「快… 感…」という陶酔しきった演技を知っていますから、
あの知世の「快感(ブッツリ)」というなんの余韻もない棒読みにはトホホとなりました。

続く『ねらわれた学園』の時には、当然多少は演技も慣れたとみえて、
ドラマもわりと注目されていたと思いますね。
それが『時かけ』での大ブレイクに繋がっているのでしょう。
角川としては、グランプリの渡辺典子は薬師丸同様、映画をメインに活躍させ、
特別賞の知世は、角川にとっては副次的存在のテレビでというスタンスだったんでしょう。
それが両者の明暗を分けたのか。或いはどちらにせよ知世はブレイクしていたのか。
ワタクシは、最初から映画で売っていたら原田知世は大きくならなかった気がしますけど。
結果としては、映画に於いてもグランプリの渡辺をも超えるヒット作を連発しました。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
VTR編集
月曜日もしくは水曜日の7時からフジテレビでしたっけ? あの頃はフジも際物ばかり作っていましたね。
さて、この番組、今では当たり前ですがVTR編集の走りだった記憶がします。当時はまだフィルム全盛のころだっただけにあのリアル感には違和感を感じました(今でも)
2005/05/09(月) 21:17:30 | URL | SATO
翔んだカップルなど
ありましたよね、VTR編集。
たしかに、それまでもVTRドラマは当たり前でしたが、
それは編集がきかない生ドラマ同然のものでした。
『翔んだカップル』を初めて見た時は、たしかに面白い感じがしましたね。
考えてみれば、NG集とかできるようになったのもVTR編集時代になったからなんですよねぇ。
特に、時代劇では致命的に違和感を感じますね。

時間帯は、月曜の7時から30分でしたね。
キワモノですか。こりゃ手厳しい(笑)。
しかし、このテレビ版『セーラー服と機関銃』は、トホホではありました(苦笑)。

そう言えば、知世さん結婚されましたね。
タイムリーなコメント、ありがとうございます (^-^)ノ
2005/05/10(火) 00:40:57 | URL | ごいんきょ
おたくドラマの走り
この時間帯のドラマの流れが、後の月曜ドラマランドになり、数々のアイドルの演技登竜門になりましたね。確かにファンじゃかければ、観るに耐えないものが多かったですが、たまにヒット作もありましたね。個人的には南野陽子の「時をおかける少女」(相手役が中川翔子の父親!!)、小泉今日子の「夢カメラ2」等々、懐かしいです。当時、既に社会人でしたが、録画して繰り返し見ていました。
2006/10/16(月) 15:04:12 | URL | 稲丸45
消えた?消された?
なぜかワタクシの返信が消えてますね?
おかしいな。なんか手違いしたかな?
前に書いた内容も大体覚えてはいますが、関係なくまた返信します。

月曜ドラマランド、当時のアイドルはみんな主演したって感じでしょうか?
考えてみれば、それぞれの演技特性みたいのを量る
パイロット版みたいな役割もありましたかね。

ショコたんのお父さんも俳優さんでしたか。
ちょうど、ブログ本第2弾イベントの記事を読んだばかりでしたが。

夢カメラもありましたね。
タイトルは大体わかります。
それだけ各媒体での宣伝はよくやっていたんでしょうねえ。
2006/10/18(水) 00:13:44 | URL | ごいんきょ
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