私的 昭和テレビ大全集
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ナショナルキッド (1960)

ナショナルキッド(1960)
既存映画会社の中で日活はわりとテレビに親和的だったというのは書きました。
そもそも、大映の永田雅一策定とされる悪名高き五社協定に、
日活は当初、加盟していなかったという歴史がございますからね。
しかし、東映もなかなかどうして隅に置けない目の利いた会社で、
テレビ朝日の前身であるNETに資本参加…
おっと、勘違いさせてはいけない。きちんとした「参加」です、こちらは(笑)。
資本参加して、NET開局当初より自社制作テレビドラマを精力的に流しておりました。
と言っても、当初は35mmフィルムで撮っておいて、風が向いたら劇場公開という、
まだ海の物とも山の物ともわからないTVと映画との間を、うまく渡っておりました。

東映テレビドラマ第一弾『風小僧』はそんなわけで、現存するのは劇場版だけで、
放送当時の形態では残っていないという話ですね。他にもそういうものがあるようです。
NETへの資本参加でテレビと映画の融合(笑)を精力的に模索していた東映。
実写ドラマでも、昭和38年『狼少年ケン』に始まるアニメでも、
NETの電波で次から次と我々の記憶に残る作品を流していました。
当時は誰もが、テレビ番組は消えモノ。
もう金を生むこともないし、再び振り返られることも無いと考えていたでしょう。
しかし、東映テレビ部門が生み出した数々の作品は、今日、
それだけでCS一局をまかなえる大きな財産となりました。
多くの人から支持されるモノを作るという事が、何より確実で、何より価値ある、
そして誰からも後ろ指を指されることのない、尊い商行為なのであります。

さて、そんな東映・NET作品のごく初期を彩る作品として、
この『ナショナル・キッド』は非常に多くの人に忘れられないものでありましょう。
その第一の要因は、なんと言ってもそのものズバリのタイトルにありますね。
ナショナル=松下電器。
なんで松下電器をナショナルと言うのか、あらためて考えるとわかりませんが(笑)、
ヒーローの名前がそのまま会社の名前という番組も、他には無いんじゃないかな?
学園の名前がハリス学園とかありましたけどね(笑)。
タイトルロゴも、当時のナショナル商標の書体そのままであります。
この番組の記事を書く際に絶対にはずせないのが、エロルヤ光線銃に関する記述。
そういう形をした懐中電灯をナショナルから出していたんですね。
本格タイアップ商品の始めみたいなもんじゃないかな。

なにしろ画面が凄いですね、当時としては。
アメリカのスーパーマンにも負けない本格的な合成特撮を駆使し、
さすがに映画の老舗がその力量を見せつけたなという感じです。
第一部・インカ族の来襲(全13回)
第二部・海底魔王ネルコン(全9回)
第三部・地底魔城(全8回)
第四部・謎の宇宙少年(全9回)
失われたインカ帝国、宇宙、地底、海底と、様々な要素で物語を展開し、
時代的なモノを考えれば、国産テレビSFとしては内容的にも傑出していたでしょう。

この昭和30年代は、終わり方もあっさりしていてワタクシ好みなんですね。
なぜだか40年代に入ると、やたら最終回が湿っぽくなるんだけど。
このナショナルキッドも非常にあっけない終わり方でね。
第三部までのそれまで通り事件解決したと思ったら、いきなり子供達に振り向いて、
自分の正体がナショナルキッドである事を告げちゃうんですよね。
で、変身してポーンとジャンプしてそのまま宇宙に帰っちゃう。
子供達もべつに泣くでも、別れを惜しむでもなく、
ただ「さようならー」と笑顔で手を振ってたと思うよな。
ああ。半年以上も放送してきてこの淡泊な終わり方。素敵だぜ(笑)。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
「ナショナルキッド」はテーマソングは覚えているが、
ドラマ内容はほとんど記憶に残っていない番組です。
キッドとありますが、ヒーローは大人だったと思いましたが…。
最終回も覚えておりません。
ごいんきょさんの記憶力には脱帽でth。
2005/04/24(日) 02:58:49 | URL | 飲酒リン男。
いやいや
ワタクシはリアルでは観られないですよ。
後年、何かの番組で観たんですよね。
三菱電機提供テレビ探偵団では一度も扱われなかったんで、
なんの番組かは忘れましたけど、その番組の記憶です。
それともビデオで出てたかなー?

この時代の例に漏れず、ナショナルキッドのおじさんと呼ばれてましたね。
お前ら単に語感だけで名付けしたろ?と(苦笑)。
2005/04/24(日) 06:44:12 | URL | ごいんきょ
自分も細かいところは、全く覚えてないですね。ただ、主題歌は途中まで歌えます。「雲か~、嵐か、稲妻か~♪」

当時、自分の家は日立の家電屋さんだったんで、ナショナルキッドは羨望と嫉妬の対象だったね。

日立は、やらんのか、ってね。「日立仮面」とかね。(良くないか)(苦笑)
2006/11/02(木) 10:18:55 | URL | すぎさ
ソニー坊や
ってのは有りましたね。
日立仮面は有り得ないだろうなー(苦笑)。
日立って、実写鉄人がコケてからは子供番組はほとんど無視してましたね。
たしかにガキに喜んでもらっても
高いテレビを買ってくれるわけないんだけど(笑)。
東芝は、テレビ黎明期の遊星王子からサザエさんまで、
ずっと子供番組を提供し続けてますね。

しかし、お家が電器屋さんとはなんと羨ましい!
じゃあ、本当にテレビ草創期から自宅にテレビが有ったんですね。
ちなみに、我が家初のカラーテレビは日立のキドカラーでした。
その節はお世話になりました(笑)。
2006/11/02(木) 18:42:38 | URL | ごいんきょ
ナショナルキッド
はじめまして、突然失礼します。
ただ今ニュースになっているのでこちらへのアクセスも増えているかと思います。
ナショナル の社名変更でナショナルキッドを探していたら ごいんきょさんの[昭和のテレビについてなんでも語るブログ]ページに出会いました。
懐かしい型のテレビと昔見た番組名が沢山でていましたので、またお茶とお菓子を用意してチャンネルを回させていただきます。
2008/01/12(土) 04:53:44 | URL | bagabon
いらっしゃいませ。
アクセスはどうなんでしょう。
今ワタクシの環境ではアクセスランキングが表示されないんですが、
検索ランキングを見る限りでは、さほど伸びてないような。

ナショナルが消えるというのもかなり寂しいですね。
その昔、早川電気がシャープに社名変更して成功したといいますが、
認知度が桁違いだと思うんですよ。
少し大袈裟に言えば、文化的喪失でしょうね。
2008/01/12(土) 07:20:59 | URL | ごいんきょ
ナショナルキッド
 ナショナルキッドは、ある意味、実写の鉄腕アトムとコスチュームが似ています。タイツ・ブーツに、肉襦袢とマスクです。違いは、マフラーの代わりにマントというところでしょうか。アトムと違い、タイツ姿なのに見ていて恥ずかしいという気が余りしなかったのは何故か?という気がします。アトムは子供だったからですかね。そう言えば、アトムとナショナルキッドを比較する人がいて、一番の差はアトムのタイツは膝にしわがよくよっていたが、ナショナルキッドにはそれがなかったという人がいます。よく見ていたものだと思います。ナショナルキッドでは、悪役も同じようなコスチュームで登場するのですが、キッド以外は薄いズボンで、キッドの差別化が図られていました。タイツをヒーローのシンボルとした訳です。更に、ナショナルキッドでは宇宙少年で、男の子が黒いタイツかストッキングを履いて登場します。当時の子には珍しくきなかったのですが、この子が小学生なのか?とよく議論されました。小学生くらいの設定と思いますが、実際には中学生くらいだと思います。当時は、宣伝では、何と中学生に上は制服で、したは半ズボンにタイツというような格好をさせたのですよ。それが、おしゃれという時代だったのです。今では、考えられませんがね。そう言えば、ギッドは、エロルヤ光線銃を使うのですが、当時これがおもちゃで売られていて、欲しがる子が非常に多かったそうです。また、キッドは悪人と戦う時も、言葉使いが非常に丁寧で、ベランメーなどとんでもないというお方でした。上品を絵にかいたようなヒーローと言えます。そういう意味では、アトムはおぼっちゃん言葉を売り物にしていました。(笑)
2008/06/05(木) 18:32:09 | URL | 団塊世代
なるほどねえ。タイツはヒーローのシンボルですか。
力道山さんとも結びつきますね。
昔は中学生くらいまでは、おぼっちゃまの表現としてタイツとか半ズボンとか有りましたね。

昔はテレビの中の言葉もとても丁寧でした。
ドラマの中でも、例え実の子でも親に対して敬語を使っていたり。
それが現実に即していたかと言えばそうでもないんでしょうが、
それで通せた時代というのは幸せでしたし、
現実と創作の違いを意識せずに理解できていた我々は、
今の連中よりある意味では賢かったんでしょうね。
「そんなの現実にありえねー」なんて無粋なツッコミしませんでした。
だって現実じゃないんだから。
2008/06/08(日) 00:14:00 | URL | ごいんきょ
 タイツと言えば、スーパージャイアンツや月光仮面も同じです。それを唯一少年ヒーローで実現したのが、実写版アトムだった訳です。半ズボン・タイツの子は、良くいましたが、海パン風はバレーを除けばアトムくらいですね。アトムの少年風の言葉は、声と相まって印象があったものです。当時は、ドラマと割り切り、面白ければ、現実にありえなくても別に何とも思わずに、見ていたものです。
2008/06/09(月) 12:50:42 | URL | 団塊世代
同時期の少年ヒーローと言えば、まぼろし探偵と少年ジェットですか。
どちらもファッショナブルな感じでしたもんね。
2008/06/11(水) 07:03:04 | URL | ごいんきょ
 まぼろし探偵も少年ジェットも皆、非常にファッショナブルでした。アトムとブーツ、マフラーは、共通です。これらも、ヒーローの必須アイテムであったと言えるでしょう。後は、どれが一番好みかは人によるでしょう。まぼろし探偵、少年ジエットは、高校生かもっと上のイメージで、アトムや金田正太郎とは設定が違います。低学年のヒーローはより、健気さを売りものにしていたようです。まぼるし探偵や、少年ジェットも体にフィットしたコスチュームでしたが、設定の違いから、アトムのように、レオタード風つなぎとタイツにまでは至らなかった訳ですね。彼らも、アトム風にしたら、更に人気がでた??かどうかは、判りません。
2008/06/11(水) 08:50:58 | URL | 団塊世代
そう言えば、マフラーというのもヒーローの必須アイテムでしたっけ。
♪ 赤いマフラーなびかせて
という009のテーマソングはシビレた。
仮面ライダーもやってました。
2008/06/12(木) 01:08:34 | URL | ごいんきょ
倉ちゃん
うちにテレビ受像機(っていってたんだかなあ)がまだ無い時代で、最初の出会いが、写真メン(コ)でした。特に第二部の海底魔王ネルコン編のギルトールや海底人がこどもこころにも、オドロオドロで強烈な印象でしたね。実写そのものは、数年後リバイバル放映かでみてまた感激。後年の「海底大戦争」はネルコン編を大人?向けにしたものだと一人で納得。でも、ネルコンの設定の方がだんぜんよいぞ。そろそろDVD完全版だしてください。東映さん!!
2008/07/25(金) 21:44:28 | URL | (ハンドル未記入)
たしかにまだテレビ普及率も発展途上で、無い家も多かったでしょう。
メンコも画像媒体として一般的でしたね。
最近、東映チャンネルで全話放映されましたんで、DVDも実現不可能ではなくなりました。
2008/07/29(火) 05:37:04 | URL | ごいんきょ
DVD
ご存知とは思いますが、DVDが発売されました。
自分は放送を見ていた人間ではないので、ブックオフで安くなれば購入します。
2015/06/04(木) 21:46:18 | URL | 関西人
実写鉄人とアトムも欲しい。
いやあ。昭和テレビ番組の全作をDVDで揃えたい。
でもレインボー戦隊ロビンだけは、我慢できず予約しました。
2015/06/07(日) 09:20:05 | URL | ごいんきょ
新参者からご挨拶 知っている事を
拝啓 新参者ですよろしくお願いいたします。このナショナルキッドは番組も主題歌も大変有名なのですが、ひとつ謎と言うか疑問な点がありました。それは「音楽関連」です。クレジットを見ますと「音楽担当 深沢康男」とありますが、ウィキ等では当たり前に作曲家としてテレビ初期の音楽を担当したと書かれていますが、どんな番組を担当されたのでしょうか?自分にも解らないのです。実はもう30数年前に主題歌を作曲された「佐野雅美氏に電話インタビューさせて頂き色々お尋ねした」際、佐野氏から「主題歌のアレンジ編曲は自分だし、背景音楽BGMも多分自分がやっていたと思う」と。何分当時からしても昔の話でありご本人の記憶も曖昧、これ以上は聞き出せませんでしたがこれは重いと。この佐野雅美氏は、きちんと正規の音楽教育を受けられ学校も出られ、音楽理論にも長けクラシカルな作曲までされていましたから。ではこの音楽担当の深沢康男さんとは何者なのか?実は後年解った事は、「東映系のあんだんて、スクリーンミュージック等の音楽制作会社のコーディネーター、インペグ担当者だったのではないか?」と。相当名前の知られた方で随分とミュージシャンには評判が良かった人の様です。音楽担当とは、どういう意味があったのか?他の東映作品にはそういう言い方のクレジットは一切無いですから。やはりこの深沢康男さんとは、BGMを作曲したのでは無くて、音楽コーディネーターとしてのクレジットでは無かったのでしょうか?どちら様か情報が欲しいです。敬具
2017/03/14(火) 12:09:38 | URL | よしたかくん
ご推察の通りなのではないかと思いますが、
情報をお持ちの方はお知らせ下さい。
2017/03/16(木) 22:38:09 | URL | ごいんきょ
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