私的 昭和テレビ大全集
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笑アップ歌謡大作戦 (1978)

笑アップ 歌謡大作戦(1978)
「ゆとりあるデタラメこそ真の芸術。
 現代において狂気を演ずるのは理性をおいて他にありません」

山城新伍って、必ずこうしたキャッチ・フレーズを使ってましたね。
元々は日曜の昼にやってました。1時45分から。
当時はまだ、芸能人というのはベールに包まれた存在で、
本音なんてまるで言ってなかったし、私生活もほとんど晒してませんでした。
しかし、冒頭コントの『笑アップ教室』は、基本的に台本通り進んでいたものの、
一つ一つのセリフに対する出演者のツッコミにはチラホラ本音が混じり、
まさにそこは、トークの戦場!(笑)

出演者も、中尾ミエ、和田アキ子、佐良直美、研ナオコ等々ツワモノが揃い、
お互いが台本のネタでやり合いながらも、それに対する返しに
現実の暴露ネタなどを応酬し始めたもんだから、お仕着せの番組ばかり見てきた視聴者は
怖いモノ見たさで(笑)続々とチャンネルを合わせ始めました。
それが爆発的な人気を呼び、ゴールデンに進出。
歌謡と火曜をかけたのか、火曜夜8時からになりました。
ちなみに日曜枠の後番組、関口宏司会の『歌謡ドッキリ大放送!!』も、
この番組の人気を上手く引き継いで人気番組として長く君臨しました。

顔の事をよく言われてた研ナオコが、「あたしだって恋人いるよ」と言い返して、
そこから芸能週刊誌が、こぞって恋人報道をし始めたりしましたね。
中尾ミエだったか都はるみの化粧をズケズケ言って、あの和田アキ子が
「知~らない(苦笑)」と知らぬ振りを決め込むほどの激戦場。あの和田すらが(笑)。
当然、男連中は歯が立つはずもなく、司会の山城はただ苦笑しつつ狼狽するのが常でした。
もっともカマキャラのレツゴー三匹・じゅんちゃんだけは堂々渡り合ってましたが。
じゅんの隣にいた、ピーコこと岩城徳栄。思いっ切りのボケキャラでした。

初代校長先生は電球頭で、冒頭の除幕で頭を誇示する儀式がありましたね。
初代はしゃべらなかったと思いますが、二代目校長の前田武彦はわりとしゃべった。
しかし、一時は時代の寵児とすら言えた彼があんな役をしてたのがなんか違和感あって、
そう言えばしばらく姿を見なかったよなーと気がつきました。
夜のヒットスタジオの司会交代も、特に不思議にも思わず見逃してたんですよね。
ご本人も、「ワタシもね、こう見えても昔は歌番組の司会とかしてたんですから」
とかボヤいてましたね。山城も苦笑してた(笑)。

なぜ彼が夜ヒットの司会を降板させられたかと言えば、
選挙応援演説の時にノリで、テレビでバンザイしますと約束してしまい、
公共の電波を使って共産党バンザイとやったからなのですが、
後年に彼自身が語ったところによれば、「共産党」という言葉は使っておらず、
バンザイも目立たないように小さくやっただけだという話ですけどね。
これが「自民党バンザイ」だったら、芸能界全体からホサれる事になったかどうか。
いや、そもそも夜ヒットの降板すら無かったんじゃないでしょうか。

この番組が芸能人の本音を引き出し、それが商売になると知らしめたのは、
非常に大きな功罪があったと思います。
数年後に登場したビートたけしの本音トークが受け入れられたのも、
その土壌はこの番組が作っていたと言えるでしょう。
有名人は抑圧を感じながらも当たり障りのない言葉を並べるのが良いのか。
はたまた自己を解放しながらも世の風潮を世知辛くして良いのか。
なかなか判断が難しく、好き嫌いも分かれる部分で、
それはこの番組の評価にも言えるでしょうね。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
確かにマエタケさんは不遇でしたね・・・。昔の最初の夜ヒットを知っている人にだれが芳村さんと一番息が合ってたかと聞くとマエタケさんという答えが帰ってくることが多いです。芳村さんも20年でやめるときにマエタケさんがレールを弾いてくれたことがその基礎になっているとの話も述べておりました。夜ヒットがまさにマエタケ・芳村のコンビがつくり、その後、時代に沿って発展していった、という番組ですね。
2005/06/07(火) 18:02:46 | URL | (ハンドル未記入)
前田武彦
才人にしてルックスも良かった、
初期テレビの巨人ではあります。
同じ共産主義者?の永六輔氏が
業務放棄などしながらも無難に来ているのに、
ちょっとマエタケ氏は運が無かったですかね。
シャボン玉は青島幸男に乗っ取られちゃうし(笑)。
2005/06/08(水) 07:17:30 | URL | ごいんきょ
笑アップ動画(YouTube)

再放送のようですが、こんなものもウェブで見れるようになったんですね。アンルイスのアーパーっぷりがかわいいです。合い言葉は「イエ~イ」のようですw。

http://video.qooqle.jp/?v=LeMPwMxZlm8&title=
2006/06/08(木) 00:30:05 | URL | (ハンドル未記入)
いま見てもコワイ(笑)
いやー、すごいですね(笑)。
宿敵和田アキ子さんと小林幸子さんが同席してますが、
当時はまだそれほど表立ってやり合ってませんね。
むしろ、幸子さんがテレビではおしとやかで楽屋では凄いというのを
アン・ルイスさんが言い始めたとは意外な発見でした。

永遠の処女=佐良直美 コワすぎるわ!(笑)
本当に、当時としては突っ走ってた番組でしたなあ。
アッコさんがミエさんにまったく頭あがらないのがなんか微笑ましいです。

アンちゃん、イエ~イはよく言ってましたね。
あと、とんねるずがまだ全然売れてない頃アン・ルイスを演じたコントをやって、
中で「おゲンコー?」って挨拶するコントがあったんですよ。
元気にウンコしてる?って挨拶(苦笑)。
しばらくしたら本人がテレビで「おゲンコー」って挨拶したのには笑いました。
2006/06/08(木) 21:10:08 | URL | ごいんきょ
朱夏おじさんの平凡ピンチ
確か中村玉緒さんが、バラエティでブレイクしたのがこの番組だったと記憶しています。
あの「どぁははは~」という独特な笑い方はかなり強烈なインパクトがあり、最初の頃は信じられないという感じでテレビの内外では凍りついていましたが、そのうち「玉緒さんはこういうキャラなんだ」と認知されて、バラエティ番組のタレントとしての地位を築かれ現在に至っていらっしゃいますね。お昼に放映されていた頃だったと思います。山城さんはゴールデンに番組が移行された時、「左遷された」と嘆いていらっしゃいました。確かに日曜日お昼の時間帯に放映していたほうが存分に遊べるだろうし、昼の番組でありつづけたとしたら、「新婚さんいらっしゃい」や「アタック25」と並ぶべき偉大な長寿番組として君臨していたかも知れないと夢想しています。
2006/06/21(水) 01:53:31 | URL | 藤四郎
中村玉緒さん
が、出ましたっけねえ。
いやあ、それはあまり覚えてないです。言われればそんな気もしますが。
これは貴重な新発掘ですね。

言ってましたねえ、左遷(笑)。
ゴールデンだとかなり制約も多くなるでしょうから、その辺を指しているんでしょうが。
でも、それでもかなりやりたいようにやってたなあ(笑)。
2006/06/21(水) 07:18:37 | URL | ごいんきょ
そういえば。。。
お昼の頃だったと記憶していますが、
山城さん、和田弘と暇なスターズ
とか仰っていましたね。

それから、視聴者のほとんどの方が知らない「白馬童子」の話しを、
毎回のようにしつこくするので、
いつの間にかお子様にもその存在が
知られるようになって、
「懐かしのドラマ」という類の番組で「白馬童子」が紹介されるように
なりましたね。
それまで「白馬童子」が紹介される
ことはまず無かったですから。

♪は~くば ど~じが
やってきた~
さぁ~、たいへんだ~♪
2006/06/30(金) 02:27:21 | URL | 藤四郎
白馬童子
ようやっとマエタケさんの自伝を読み終えましたが、
ホサれてた頃はやはりかなり大変だったようです。
この番組については一言も書いてませんでしたが(笑)。
ヒマなスターズのドンを復活させたのはこの番組なのに(笑)。

白馬童子については、ご本人は当時は本当に嫌々だったんでしょうね。
フィルムを観てもあまり楽しそうではないです(笑)。
しかし、そう言えばソフト化されないなあ。
風小僧は元のフィルム自体が欠損していると伝わりますが、
白馬童子は有りそうですけどねえ。
2006/07/01(土) 00:16:41 | URL | ごいんきょ
男性タレントの中では、
じゅんちゃんの他に、
せんだみつおさんも
健闘していらしたような。
「ウケナイ、カネナイ、
シゴトガ ナイ。 ナハナハ!
沖縄県の県庁所在地は、ナハ!」
などと、受けないことをネタに
してました。

小松政夫さんもご出演なさって
いましたが、この番組では
往時のご活躍が見られずに
残念でした。

私の方でも取り上げたのが、
内山田洋とクールファイブの
面々。
山城さんのイジリで、
個性的なグループであることが
世に知られることになりましたね。
宮本さんは、眼鏡がお似合いで、
頭部は髪の毛よりも地肌の面積が
広いことをネタにされていましたし、
小林さんは、コワモテかと思いきや、結構面白いおじさんであることがわかったり。
極めつけはリーダーの内山田さん。
「この(アクの強い)メンバーの
中で、あんた何をやっているの?」
という山城さんの問いに、
「後ろで、わわわわー、って
 歌ってます。」との答え。
これにはぶっとんだ次第であります。
2006/07/12(水) 00:50:36 | URL | 藤四郎
クールファイブは
>ナハナハ!沖縄県の県庁所在地は、ナハ!
定番だったなあ(苦笑)。
その後タケちゃんマンにパクられましたが(笑)。

クールファイブについてのそちらの記事拝読しました。
この番組ではたしかにそんな感じでしたが、
そもそもは欽ちゃんが引き出したんですよね、旧欽ドンで。
後ろでワワワと歌ってた方々が居なくなった時は、人の世の無情を知った思いでした(苦笑)。
2006/07/12(水) 01:28:58 | URL | ごいんきょ
おはずかしい。
拙いブログをご覧いただいた
とのことで、
ありがたいやら、はずかしいやら。

御指摘、ありがとうございました。
記事にご指摘の内容を添えさせて
いただきます。

それにしても、よくクールファイブの記事を発見なさいましたね。

あの次の日に「笑アップ」を私の
ほうでも取り上げるつもりだったのですが、ごいんきょさんのサイトの存在を知り、急遽とりやめた次第です。

こちらは、記事本文といい、
寄せられるコメントといい、
実に充実していますね。
2006/07/12(水) 23:47:33 | URL | 藤四郎
うん…
ブログ見られて恥ずかしいとか言われると、
ワタクシなんぞもっと恥ずかしいじゃないですか(苦笑)。
と言うのは嘘で、あんまり恥ずかしくはないんですけど(笑)。

訂正というのもおかしい感じですが、旧欽ドン!はご覧でなかったんですか。
宮本さんのオツムとか、小林さんいじりとか、
すべては欽ちゃんが開拓したネタでございます。

笑アップのネタ、是非お書きになられるといいと思いますよ。
ワタクシよりたくさん覚えてらっしゃいますし、そうすべきでしょう。
べつにここはテレビ評論の王道でも覇道でもないし、むしろ真逆です(笑)。
本文が充実しているはずはありませんが(笑)、
コメントは藤四郎さんはじめ皆さんのご協力の賜物です。
2006/07/13(木) 20:24:38 | URL | ごいんきょ
旧欽ドコは、
あまりよく観ていませんでした。
ラジオの方をよくきいていました
ので、わざわざテレビでやるの~、
って冷めたお子様でした。
香坂みゆきさんに心を残しながら、
裏番組をみていた私でした。

欽ちゃんは、ゲストや素人をいじる
のが凄かったですね。
オールスター家族対抗歌合戦では、
あるスターのご年配の家族の方が、
「NHKの番組に出られて嬉しいです」という趣旨のコメントを連発して、また欽ちゃんがそれをいじくりまわして、どうなるものか、実にスリリングでした。
2006/07/13(木) 23:47:46 | URL | 藤四郎
欽ドン!
ですよ、欽どこじゃにゃーよ(笑)。
ラジオの欽ドン、ワタクシも最初の頃から聞いてました。
詳しくはテレビの欽ドンをやる時に書くために取っておきます。
いつになるかなー?(苦笑)

オールスターも観てましたが、そんなのありましたっけ?
なんか、読んでるだけで爆笑なんですけど(笑)。
2006/07/14(金) 00:53:13 | URL | ごいんきょ
そうです。タイトル間違えて書きました。
欽ドン!でしたね。

オールスターの方の、
先のエピソードは有名なもので、
欽ちゃんはその時、
「素人さんは宝の山だ」と
思ったようで、
この番組をきっかけに芸域を
広げられた旨のコメントを、
何かの番組か雑誌で目か耳にした、
ということがあります。
2006/07/14(金) 01:19:34 | URL | 藤四郎
なんとなく…
思い出してきたような気もするし、
記憶を作ってしまっているのかもしれないですが、
だんだんとそういう事があった気がしてきました。

そう言えばあの番組もまだ扱ってないしスタ誕もやってない。
まだまだネタは尽きないなあ。
2006/07/15(土) 00:04:33 | URL | ごいんきょ
こんなことも思い出しましたので、
忘れないうちにご報告します。

司会の山城さん、当時別れても好きな人をカバーし、人気絶頂だった、
ロス・インディオス&シルヴィアの
シルヴィアさんについて、
「どんな美人かと期待していたら、
はなぺちゃのお嬢ちゃんだった」
とか失言なさっていて、
「何と不謹慎な!」と
ツッコンでいた私も、
実は笑っていたという、
同じ穴のむじなでございました。
2006/07/22(土) 19:53:27 | URL | 藤四郎
山城新伍さん
は、東京12チャンネルを出入り禁止になったんですよね。
そこら辺の話があって、マエタケ氏も、
「私も昔は歌番組云々」と言ったかと思います。
当時から言いたい事を言う人だったという事ですな。

しかし、女性に対してはいかんなあ(苦笑)。
シルビアさんは可愛かったと思いますよ。
たしかに化粧は上手かったと思いますが。

あ。ここにも余計な一言を言う人間が(苦笑)。
2006/07/22(土) 22:38:21 | URL | ごいんきょ
ゴールデン進出でしたか
この番組枠って後に「歌謡ドッキリ大放送!」になってましたね。私はてっきり「笑アップ・・・」の衣替えと思ってたのですが、そうですかゴールデンに進出してたんですね。どうりで「歌謡」のオープニングがチャチかったわけだ。
2006/12/15(金) 02:08:24 | URL | かじか
歌謡ドッキリ大放送
司会者関口宏の産みの親とも言える番組でした。
かなり長期放送されましたし、これもいずれは扱いたい番組です。
2006/12/15(金) 03:56:43 | URL | ごいんきょ
タレントさんだと思ってました
映画俳優時代を全く知らないので当時は山城さんの事をタレントさんだと思ってました。後にビデオで仁義なき戦いのヤクザ役を見ましたが、どことなくユーモラスな印象でした。
2015/09/06(日) 20:19:53 | URL | とらお
ま、後年は完全に「司会者」って感じでしたね。
2015/09/09(水) 00:54:48 | URL | ごいんきょ
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