私的 昭和テレビ大全集
Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -



シャボン玉ホリデー (1961)

シャボン玉ホリデー
テレビの普及が爆発的に促進されたのは、昭和34年、時の皇太子、
今上天皇のご成婚パレードが呼び水になったと世上喧伝されます。
時あたかもTBS、そしてフジテレビと立て続けに開局され、
テレビ番組はいよいよ百花繚乱の時代が幕開けされました。
そんな新興フジテレビ昼のショートコント番組、
大人の漫画で名を売り、あれよあれよという間に
スーダラ節、ドント節と大ヒット曲を連発していった
音楽をベースにしたコメディ集団・クレージーキャッツは、
映画でも大いに注目はされ、ヒットも数多く生みましたが、
やはりテレビ新時代の申し子と考えるべきでしょう。
そんなクレージー擁する渡辺プロダクションが、自らのプロモを兼ね、
持ち出しとも言える体制で日本テレビに牙城を築く。
そんなきっかけとなったのが、この番組でありましょう。

冒頭、オープニングコントが軽くあり、必ず牛が登場。
モ~~と鳴いてその場の全員がズッコける。
そしてファンファーレが鳴り、ザ・ピーナッツの高らかなコール。
「牛乳石鹸提供! シャボン玉ホリデー!」
続けて、初期テレビ界を引っ張った放送作家の前田武彦作詞、
後に宇宙戦艦ヤマトというヒットも飛ばす作曲家の宮川泰作曲の、
お馴染みのテーマソングが流れます。
このテーマ、詞も曲もとてもいいんですよね~。
♪ ロマンチックな夢ね 丸い素敵な夢ね
NHKの夢で逢いましょうなんかもそうですけど、
この昭和30年代独特の、夢と優しさが漂った出来です。

EDは、俳優であり、作曲家でもあるホーギー・カーマイケルの
スター・ダストを途中からピーナッツが歌い出す。
ハナ肇が絡んできて二人に肘鉄を食らい、テロップで予告が流れる。
毎度このパターンでしたが、良きマンネリでした。
このホーギー・カーマイケルは放送開始直後の61年11月に来日。
偶然この番組を見たらしく、トントン拍子でゲスト出演が実現しました。

流行語もたくさん産み出しました。
谷啓の「ガチョーン」。ガッで空気をいっぱいにつかみ、
チョ~~ンでそれを離すという緊張と緩和の技なのです。
青島幸男の「青島だァ」。応用が可能なので流行りましたね。
青島のキャラクターでなければ成功しなかったギャグでしょう。
この番組の当初のメイン放送作家は前田武彦。
しかし、この青島が重用されだし、この番組を離れます。
前田の青島へのライバル意識は相当なモノだった様で、
自ら「彼は僕のライバルなんだよ!」と激怒しながら
ある番組での共演を断った話が、小林信彦の著書にあります。
ピーナッツの「それは言わない約束でしょ」。
病人のお父っつぁんを看病するコント。
コンタロウの1・2のアッホという漫画でよく使われました。

しかしなんと言っても、植木等の「オヨビでない?」でしょう。
えいこーら。えいこーらと歌う合唱団に「お父ちゃんのたーめなら」
と合いの手を入れ、「えーんやこーら」という合唱になる。
美輪明宏のヨイトマケの歌が社会的ヒットになった頃。
倍賞千恵子の『さよならはダンスの後に』に合わせ、
華麗にダンスを踊る集団の中に、同じ頃ヒットしていた
美空ひばりの『柔』を歌いながら闖入、乱取り稽古になる。
台風による停電でロウソクをともす一家にハッピバースデーツーユーと
歌いながら入り込み、合唱になる。
オヨビでない? オヨビでないね? こりゃまった失礼致しました。
文章でコントって再現できませんけどね。植木のあの間も、そうです。
しかしこのギャグは、シャボン玉と言えば必ず話が出てくる代表作です。

ゲストも、まだまだ力を持つ前からのナベプロ持ち出しで、豊富でした。
三人娘やタイガースもよく出てましたね。
他にも非常に多彩なゲストが出ていますが、第一回ゲストは春日八郎です。
克美しげるもよく出演しましたが、彼が出演した62年4月22日放送は、
『気軽にコロそう ピーナッツ』というタイトル。
偶然とは言え、なんとも恐ろしいタイトルですなあ。

最末期にはなべおさみ、小松政夫らも活躍。華を添えましたが、
10年を越えるとさすがにお笑い番組としての寿命はいかんともしがたく、
72年10月1日をもって、11年余の放送に幕を閉じました。
始まった頃まだまだ小さかった牛乳石鹸という会社、そしてタレント達…
ザ・ピーナッツ、クレージー・キャッツ、青島幸男ら、
みんなみんな、この番組と共に大きな存在となっていきました。
高度成長日本と共に大きく伸びていったこの番組は、
日本経済の疲弊とシンクロする様に終了し、
確実に一つの時代の終焉を感じさせました。
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
植木等さん
 お悔やみを述べるのは、どの記事にしようかなと思ったのですが、やっぱり自分が一番好きだった番組を選ばせていただきました。
 昨年の青島幸男さんの葬儀の時に酸素吸入の管をつけてらして「随分おじいちゃんになっちゃったなあ」と思ってたところでした。
 私が本当に小さい時のお正月に着物姿でスーダラ節を踊ってる写真が残ってます。楽しい想い出を有難うございました。
 また少し昭和が遠くなってしまいましたね。残念です。
2007/03/27(火) 22:32:17 | URL | オンデン1970
訃報
帰宅したら尊敬する植木等先生の突然の訃報。悲しく寂しいです。ご冥福をお祈り申し上げます。
カラオケへ行った際には今部屋にてCDで聴いている名曲「スーダラ節」「無責任一代男」「ハイそれまでヨ」「これが男の生きる道」「ドント節」「ゴマスリ行進曲」で弔いたいと思います。
2007/03/27(火) 23:26:24 | URL | furata
ちょっとまだ
ここでの皆さんのコメントで訃報を知ったばかりなので、
どうにも気持ちが整理できておりません。
取り敢えず明日は予定を変更して『植木等ショー』をやります。
その中で、自分なりのコメントを出そうと思います。


● オンデンさん
泣けること書かないで下さい(苦笑)。
いや、本当は書いて下さい、もっと。


● furataさん
無責任シリーズとか男シリーズはバイブルに近い存在でしたよ、ワタクシも。
いやあ、まいりました。
まだ気持ちが整理できません。
2007/03/27(火) 23:58:08 | URL | ごいんきょ
晩年は好々爺?
私が植木さんのことを知ったのは、85年頃のテレパルでクレージーのことが取り上げられてでした。その頃、高校の劇にも植木さんの歌をうまく挿入する人もいました。
 その後90年くらいに、植木さんの歌のメドレー「スーダラ伝説」が大ヒットしてだいたい世界が分かりました。この頃は植木さんのリバイバルブームで、「植木等デラックス」という番組もありましたね。
 でもその頃から植木さんもほのぼのとした雰囲気を見せるようになりました。三州瓦のCMはその代表だと思います。
 東海地方の私も植木さんがお亡くなりになって残念です。
2007/03/28(水) 01:24:08 | URL | かじか
合掌
 先週、ちょっと体調を崩して仕事を休んでいた日の夕方、『水戸黄門』の再放送にハナ肇さんが出演されていました。「輪島塗の名人」という役でしたので、石川の地震とこの訃報とに、何か因縁めいたものを感じて鳥肌が立ちました。(こじつけ過ぎ‥‥(^^ゞ)

 私も青島さんの葬儀の時の植木さんを見て、急激にお歳を召されている姿に驚きました。

 私はクレージーの直撃世代ではありませんが、映画や『新春かくし芸大会』で馴染んでおります。

 故人のご冥福をお祈りします。
2007/03/28(水) 13:51:06 | URL | 自由人大佐
以外にも
NHK夕方6時台の北海道ローカルニュースのトップで、植木さんの訃報が伝えられました。また、けさの北海道新聞朝刊にも詳しい記事がのっていました。
終戦前後に援農生(人手不足の農家の手伝いをする学生)で北海道の伊達市にやってきたこと、援農終了後に登別温泉のホテルでアルバイトをしていたこと、10年前の夕張の映画祭にゲストで来たことを、当時関わりのあった人たちがインタビューで答えていました。
ニュースによると、登別温泉で見た歌謡ショーが芸能界を目指すきっかけになったとか。
こんなに北海道に縁がある方だったとは思いませんでした。
改めて、ご冥福をお祈りいたします。
2007/03/28(水) 18:51:19 | URL | 北国の人
映画も傑作
● かじかさん
結構ブランクが長かったですね(笑)。
その前に欽どこでだと思ったけど、『これで日本も安心だ』というナンセンスソングを出しました。
今の若い人は嬉しいねという、皮肉の歌ですね。
無責任一代男も、そんなわけにゃいかないよという前提での、夢のお話なんですよね。
歌も優れものですからそれだけでも堪能できますけど、
やはり無責任シリーズと日本一の男シリーズという映画の中で観てこそ一層ですよ。


● 大佐殿
ハナさんが黄門に出てましたか。
あの当時の水戸黄門再放送って、ちょっと見ちゃうとついつい見ちゃうんですよね(苦笑)。
やはりノッている作品というのは引力が違います。
それはそれとして、こじつけすぎです(笑)。

ワタクシはシャボン玉も見ておりますが、思い出せないのが悔しいです。
ソフトなどで見ると、ああこれ見たなあとわかるんですけどね。
成長してからビデオで見たクレージー映画には狂喜させてもらいました。


● 北国の人さん
その切っ掛けの話は知りませんでした。
ただ、人を楽しませたくて芸能界に入ったという話は有りました。
その内容は自身でも疑問を抱いていた表現も有ったようですけど、
充分に人を楽しませる事が出来たのですから、素晴らしい事でしたね。
2007/03/28(水) 21:57:20 | URL | ごいんきょ
クレージー・キャッツのコント
メンバーの皆さんの楽器演奏が素晴らしいのですが、楽器を使ったコントもいろいろあったような・・
ハナさんがドラムセットの中に頭叩き用の洗面器を忍ばせているとか。

今でもよく覚えているものは、桜井センリさんのコントで、タキシード姿でピアノを弾こうとして、椅子代わりに積まれている電話帳に座ります。どうも調子が良くない・・(ピアノを弾くときは椅子の高さがとても重要です)。
そこで立ち上がり、電話帳を1ページだけビリビリと破いて低く(?)して、今度は気持ちよくピアノが弾けるというものでした。
今でもピアノの椅子を調節するときこのコントを思い出し、ひとりニンマリしてしまいます(笑)。
2007/03/29(木) 17:07:02 | URL | モデラート
クレージーと楽器
彼らと楽器は、もう、離せない感じでしたよね。
しかしセンリさんのそのコント、モデラートさんの解説が有ったから異常に面白いけど(笑)、
まず普通はなんの事かわからずにキョトンとしちゃうでしょうね。
ちょっと勿体ない感じです。

石橋エータローさんと、一時ピアニストが二人いたんですよね、クレージーには。
エータローさんはたしか料理評論みたいな方に行ったんだっけな。
2007/03/29(木) 23:34:12 | URL | ごいんきょ
コントいろいろ
この番組が11年も続いていたと知り、ちょっと意外な感じがしました。
日曜の夕方は家族全員で観ていました。大人も子供の楽しめるバラエティーでした。

私の覚えているガチョーーンは、チョ~~ンのところで手を前後に動かして、息は吐いているのに吸っている感じ(笑)でした。

植木さんのオヨビでない?は、オヨビでないと言う前に暫し沈黙があるのですが、その時に出演している女性の歌手の方が噴き出すのを必死にこらえている場面をよく観ました。
それを観るのも面白かったです。

それから、こりゃまた失礼いたしましたっで全員コケるのですが、
その時に手をひらひらさせてハラホロヒレハレハラホロヒレハレといいながらコケるバージョンがあったような気がします(笑)。

「お父っつぁん、お粥ができたわよ」のザ・ピーナッツさんのコントにはいつもバイオリンの悲しげなBGMが流れるのですが、思い出せそうで思い出せません。
これも宮川泰さんが作られたのでしょうか・・。

小松さんが、タイガースのサインを持っているよというと、女の子達がキャーッと集まってきて小松さんは大喜び、持っていた阪神タイガースの選手のサインを見せて女の子達にボコボコにされるというコントがありました(笑)。

なべおさみさんが映画監督役クレージーの安田紳さんが助監督で、ヤスダーッて思いっきりこき使われるコントが定番であった気がするのですが。
いつもはあまり目立たない安田さんの代表作のコントではないでしょうか(笑)。
(もしかしたらこのコント、ゲバゲバ90分のものだったかも・・)

コントを文字にするとうまく書けませんが、思い出して今でも笑ってしまいます。
2008/01/07(月) 19:06:59 | URL | モデラート
おや。モデラートさんにしては珍しい長文投稿ですね。

そうそう。ハラホロヒレハレね。
コケる時の定番文句になってますね。
音楽は宮川さんがやられているはずですよね。
タイガースのコントも面白いなあ。
きっと実際のコントを見るより、モデラートさんの説明で
想像した方が面白いのかも(笑)。

ヤスダーっ!はキントト映画という、シャボン玉の代表コントですよ。
安田さんの代表と言うより、なべさんの代表コントですよね(笑)。
安田さんをメガホンで叩く前の、もどかしいって感じのタメがおかしかった。
2008/01/08(火) 07:06:02 | URL | ごいんきょ
モデラートさんへ
「おとっつぁんコント」の冒頭で流れる音楽ですが、ニッポン放送の土曜の10時に流れるあれかしら?
山瀬まみと高橋克実がもろこのコントをなぞっています。
2008/01/11(金) 23:47:07 | URL | まのり
お父っつあん… の曲
その曲はたぶんカタロニア民謡の「アメリアの遺言」という曲ではないかと思います。
ギター独奏曲の小品としてクラシックギター弾きには有名な曲です。
検索してみたら「お父っつあん、お粥が…」のテーマ曲だとして収録してあるCDも発売されているようなので間違いないと思います。
2008/01/12(土) 06:10:26 | URL | ダイアナ・シールズ
● まのりさん
あのコントは何度と無くいろんなところでパロディーにされてるんですよね。


● ダイアナさん
えー、そんなに由緒有る音楽だったんですか(笑)。
2008/01/12(土) 07:04:06 | URL | ごいんきょ
お父っつぁんの曲
ダイアナさん、
MIDI聴いてみました。
そうそう、この曲です(笑)。しかもギターの音色でした(苦笑)。
初めから4つ目の音を下げて思い出そうとしていたので、どうしても影を慕いてになってしまって思い出せませんでした(笑)。
資生堂のときといい、またまたありがとうございました。

まのりさん、
今日早速ニッポン放送を聴いてみます!楽しみです(笑)。
ありがとうございました。
2008/01/12(土) 07:21:58 | URL | モデラート
なるほどねえ。
まさかあの曲がそんな由緒正しいものだとは、
昭和30年代からずっと知らなかった人も多いと思います。
ためになるブログだなあ(笑)。
2008/01/13(日) 09:55:57 | URL | ごいんきょ
懐かしすぎる!
 <シャボン玉ホリデー>
♪シャボン玉ルルルルル~
 シャボン玉ルルルルル~
ロマンチックな夢ね リズムにあわせて飛んでいくのね ホリデー
ホリデーシャボン玉ーシャボン玉
ホリデー~
(いま口ずさみながらでした。
間違っているかなぁ)
あの番組でゲストが1曲唄う時いつも長~いローカのような白黒のツートンカラーの床の上で歌手が手前に
アレは、何でかな?といつも思っていた。なぜなら歌手の衣装が、無地
の衣装でないと柄が縞のスーツで唄っている歌手もいた。テレビ自体が、モノクロだから・・・
2008/01/13(日) 19:20:17 | URL | 大阪の人
歌詞は合ってますけど、丸い素敵な夢ねが抜けてますね。

シャボン玉ホリデーはね、なんと第1回からカラー放送だったのですよ。
だからおそらく、カラー画面で観ると絢爛な絵図だったんだろうと思いますよ。
勿論、当時カラー画面で見られた人なんてほとんどいないはずなんですが。
2008/01/14(月) 13:00:07 | URL | ごいんきょ
シャボン玉ホリデーの素晴らしさ
シャボン玉ホリデーは日本のテレビショー番組の最高峰です。いまだにこれを超える番組はありません。クレージーキャッツの音楽性を備えたコント、ザ・ピーナッツの見事な歌と踊り、本当に外国の番組を見るようなお洒落な番組でした。本来、大人向けの番組だと思いますが、子供心にも毎回ワクワクしながら見てました。エンディングテーマが流れると楽しかった日曜日もシャボン玉ホリデーと共に終わるようで、さびし
く感じたものです。いま、大人も子供もロマンチックな気分に浸りながら、楽しさを共有できるような番組はありません。シャボン玉ホリデーをリアルタイムで見ることができて、本当にハッピーでした。ありがとう!!
2009/01/30(金) 11:45:44 | URL | ショー大好き人間
そうですね。
番組の形式そのものはオーソドックスですが、
やはり出演者の質が今とは大違いという事だと思います。
2009/01/31(土) 13:01:52 | URL | ごいんきょ
コント
突然、犬塚弘さんのコントを思い出しました。
よど号ハイジャック事件の後、解放された乗客の方の記者会見の模様を真似したコントでした。
他の人が答える前に、犬塚さんが「私のメモによりますと」と言ってメモを見ながら横から答えてしまうものだったと思います。
ニュースで観た乗客の方と犬塚さんの雰囲気が似ていたのですが、あのコントは批判もあったのではないかしらと今になって思います。
2009/06/05(金) 21:39:12 | URL | モデラート
ホーギー・カーマイケル@ガラスの遊園地
 故・景山民夫著「ガラスの遊園地」は60年代から70年代にかけてのテレビ界を描いた小説で、実在の人物が実名や仮名で出てきます。ストーリーの大半はフィクションらしいですが、私にはどこまで実話(を元にしているの)か分りません。
 その中で、シャボン玉ホリデーに違いない番組の最終回にホーギー・カーマイケル(実名)がゲスト出演してエンディング「スターダスト」を弾く場面があり、スタッフが「本物の・・・信じられない。あのララミー牧場の」みたいなことを言っています。
 最終回のことは全然知らないのですが、これはたぶんフィクションでしょうか。
2011/11/12(土) 00:40:11 | URL | あぶもんもん
● モデラートさん
今ならちょっとテレビじゃ無理ですね。
ネタとして面白いのはよくわかるんですが。


● あぶさん
本記事でも書いてますけど、ホーギーさんは開始直後に出演されてます。
そこら辺から派生させたフィクションでしょう。
2011/11/13(日) 14:15:34 | URL | ごいんきょ
いやー懐かしい!!!
びさ~いど、ざがーでんうおーる、うえんすたーずあーぶら~ぃと、、。
当時十四歳、あんな新鮮な音楽はありませんでした、あれ以来五十年ずーっとスタンダードのファンです。シャボン玉ホリデーと全日本歌謡選手権は今でも私の音楽の中心です。おもいでをありがとうございました。なお、最近はアメリカンアイドルです。
2012/01/31(火) 11:21:42 | URL | 不彌国住人
CM
生コマーシャル(ナマじゃないけど)っていうか、犬塚弘さんと入江美樹さん(小沢征爾夫人・ヴェラさん)がスタジオ内で牛乳石鹸のCMをやってらっしゃいましたよね。
覚えてるのは、犬塚さんがシェービングクリームを頬につけてひげを剃るところかな。
剃った後はちゃんとお湯で洗って、タオルで拭いてた、、、と思う。
2012/01/31(火) 14:10:37 | URL | オリビア
● 不彌国住人さん
お陰様で歌詞が判りました(笑)。
初期のテレビは音楽畑からの人材も多かったので、
こと音楽性とかエンターテイメント性では、
今の就活人材では足下にも及びませんね。


● オリビアさん
え!?
あの牛乳石鹸のCMやっていたのは小沢夫人なんですか。
犬塚さんのヒゲ剃り有りましたね。
2012/02/01(水) 07:06:58 | URL | ごいんきょ
入江美樹さん
そうですよ~、入江美樹さん。
永六輔さんが芸名の名付け親の、入江さんです(笑)!
セリフを言ってるところ、声を出してるところは覚えてないんだけど。
シャボン玉ホリデーといえば、年末になると、必ず「忠臣蔵」やってましたね。
「忠臣蔵だよ ピーナッツ」ってタイトルがお決まりって言うか・・。
歌舞伎ネタも多かったですね。
白浪五人男とか、三人吉三とか。
2012/02/01(水) 17:47:59 | URL | オリビア
あー、忠臣蔵が定番だったのかな。
やはり大河ドラマが当たってからだと思うのですが。
歌舞伎とか、いろんな芸能知識を持った人が制作側にいたという事ですね。
2012/02/02(木) 06:40:07 | URL | ごいんきょ
実は数年後土曜深夜で半年だけ復活していた・・・・
実はその後数年後の10月~翌3月の半年間だけ土曜深夜に第2期が放送されていました。(日テレの社史や1978年発刊の牛乳石鹸共進社創業70年史の資料によると)しかし、野球開幕に伴い消滅し、その後1989年12月31日夕方4時放送のドラマスペシャルを除き牛乳石鹸共進社はスポンサーから離れていました。そのドラマスペシャルの前半筆頭スポンサーを担当していました。(その間に一度だけ「木曜スペシャル」にて「シャボン玉ホリデーの復刻特番を放送していたのですが、このときは同業ライバル他社が提供枠筆頭の複数社提供でした・・・・。)覚えていましたか?&知っていましたか?
2013/10/23(水) 03:23:42 | URL | (ハンドル未記入)
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
発売元:東芝EMI 販売元:バンダイビジュアル 出 演:ハナ肇とクレージーキャッツ 定 価:¥22000 商品の内容: 全盛期のクレージーキャッツの貴重なテレビ映像を並べた逸品。 基本的に残存映像をそのまま収録しているので、 CMが保存されているものに関しては、 その
2007/04/01(日) 08:41:03 | 昭和テレビ大全集 資料版
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ