私的 昭和テレビ大全集
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オレたち ひょうきん族 (1981)

オレたち ひょうきん族(1981)
此度の冬は例年になく寒さが厳しかったせいか、
身の回りの多くの人が亡くなったと小林のよしりんが描いてました。
他ならぬよしりんの親父さんが亡くなった話で、
そこには朝まで生テレビのプロデューサーも亡くなったと描いてました。
朝生については当ブログでも既に記述済みですが、
非常に惜しいPを亡くしたのではないかと思います。
ワタクシは作曲家を殊のほか尊敬申し上げておりますが、
山下毅雄先生と宮川泰先生が立て続けにお亡くなりにもなりました。
ワタクシが幼き頃、若い頃、テレビを大いに盛り立ててくれた人々が、
次々と彼の地へ旅立つ人生の季節になってきているという事です。
これからは段々とこのような知らせが増えてくるでしょうし、
そうこうしているうちに自分自身も彼の地に近づいているわけで、
まあ、こういう侘びしさも人生の楽しみの一つよのうと。

今度はお笑い界から、それもとうとう、ひょうきん族メンバーからの訃報。
松本竜介という芸人それ自体に思い入れがあると言えば嘘になるけれど、
彼がほぼ唯一輝いていた?番組、オレたちひょうきん族に関しては、
これはもう、語るに足る堂々たる資格があると自負しております故、
今回は、彼の追悼をも兼ねさせて戴いて、この番組といきますか。
ひょうきん族を語るには、まずは THE MANZAI を語らなければいけないわけですが、
それでは長くなりますのでやめておきます。だったら書くなよ(笑)。
先の記事でも書いていた通り子供の頃お笑い3段だったワタクシは、
THE MANZAI も勿論、ファーストから見ております。
なんであんなに面白く感じたかと言えば、それまでの漫才にはない、
リズムというか、テンポというか、そんなものが織り込まれていたからでしょうか。
それまでの漫才は民謡でありせいぜい音頭であったものが、
ポップスやロックとなって我々の耳に飛び込んできたと言えるかもしれません。
「しゃべくりのコント55号たち」。一言で言えばそんな感じでした。
なかでも若手でそれまで陽の当たっていなかった、B&B、ツービート、
ザ・ぼんち、のりおよしお、そして伸助竜介と言った連中は、
アイドル的な人気も獲得し、一大ブームとなるわけです。

さて、そうなると彼らを発掘したフジテレビは、彼らをフル活用し始めます。
まずは、にっちもさっちもいかなかった昼のベルトに彼らを起用。
日テレやNETのワイドショーに押されていた枠を、
コント55号時代にお昼のゴールデンショーで培ったノウハウを活かし?、
『笑ってる場合ですよ!』をスタートさせ、バラエティ枠として大胆に活用します。
これは非常なる英断で、真っ昼間っから毎日毎日純粋なお笑い番組を流すというのは、
当時としてはかなりの冒険でありました。
しかしこれが図に当たり、フジテレビは今にまで続く、
楽しくなければテレビじゃない路線へと大きく舵を切ることになるわけです。
THE MANZAIでの期首ごとの新作が待ちきれなくなっていた彼らのファン層は、
当然この番組に快哉を送りましたが、他局のワイドショー一辺倒の構成に
飽き飽きしていた層もこの番組に飛びつき、ヒット番組となりました。
この番組が耕した視聴者層の田圃に見事な稲穂を実らせたのが、
後番組である『笑っていいとも!』なのですが、これらは余談。

昼の番組の成功で彼らの商品価値は更に増し、いよいよゴールデン進出となります。
ターゲットは因縁の土曜夜8時。裏番組TBSの『8時だョ!全員集合』には、
『世界は笑う』『ドンとやってみよう!』と萩本欽一が二度まで敗退していました。
欽ドン!の時はかなりいいセンまで行っていたのですが、
ドリフの新星・志村けんの大ブレイクの前に木っ端微塵となります。
その意趣返しとしてMANZAI組が討伐隊に選ばれたわけですが、当初は単発企画でした。
しかし、その内容たるや豪華絢爛。
特別企画の目白押しで、お笑いマニアは狂喜乱舞したものです。
いや、決して大袈裟ではなくね、狂喜乱舞しました。
『笑ってる場合ですよ!』スタートの頃もそうでしたけど、
この番組の当初は本当に見ていて血湧き肉躍りましたよ。

どんな内容だったか記憶で書きますと、漫才コンビの入れ替えみたいのとか、
たけし夫妻の漫才とか、あとなんだろ。言われれば思い出すと思うんですが、
かなり年を取ってきたようで、あれだけ熱中した番組も思い出せなくなってますなあ。
漫才コンビの入れ替えはオールスターゲームのような絢爛さが有りました。
そのうちの一つが、ツービート、伸助竜介、B&Bのツッコミ側3人で組んだ、
うなづきトリオで、この3人組は初期ひょうきん族の代表的キャラですらありました。
松本竜介、最も輝いていた時代と言えましょう。
元々は他ならぬ伸助の漫才ネタで、その3人はそれぞれただ、
「よしなさいって」「そんなアホな」「なんでやねん」しか言わないで
同じようなギャラ貰ってるというのを竜介に向けてしゃべってたんですな。
そこからひょうきん族の組み合わせネタに使われ、うなづきトリオ誕生。
実現した時は、本当にその3語しかしゃべらないで終わるのか?
なんて、どうなるのかワクワクしながら観ていたのを思い出しますな。
あげくは宇奈月温泉のイメージキャラになったり、
大滝詠一にテーマ曲・うなづきマーチを作って貰ったりと、正に我が世の春でした。
マーチってついてるけど、あれってマーチなんですかね?いい曲はいい曲でしたけど。

そんな感じで全国のお笑いマニア達を驚喜させたこの企画が一反終了となった時、
我々マニアの悲しみというか、落胆は非常に大きいものでしたが、
レギュラー番組として帰って来るという宣言もあり、
また客観的にも当然そうなるであろうという確信もありました。
果たしてほどなくレギュラー番組として、全員集合と熾烈な
視聴率戦争を繰り広げるわけですが、追う者の強みと言うのはあったと思います。
個人的には、レギュラー番組となった陣容を観て失望。
ひょうきんベストテンは単なる悪ふざけにしか見えなかったし、
タケちゃんマンは単なる悪ふざけにしか見えなかったし、
大きなコーナーはこの二つだけだというのですから、
番組自体が悪ふざけにしか見えなかったし、悪ふざけなら悪ふざけで、
面白ければまだいいんですけど、ぜんぜん面白くもない悪ふざけを
延々一時間見せられて、しかもその企画が毎週おなじだというのですから、
単発時とは雲泥の差で、ふざけた番組だと思いました。
そう。あの男が現れるまでは。

後半のタケちゃんマンのコーナーで敵役ブラックデビル・高田純次の代役として、
当時関東ではまるで冴えてなかった明石家さんま登場。
これが全ての始まりでした。ひょうきん族の成功はおろか、
フジテレビそのものの大躍進も、ワタクシ個人にとっても、
彼のブラックデビル役は非常に多大なる影響を持つ事になります。
それでも最初のうちは、やはりまだ代役としての遠慮があったのか、
悪ふざけのコーナーの中で悪ふざけのセリフを棒語りしているだけに感じました。
それが突如としてブレイクすることになるのが、あみだくじコントの回なのです。

  あーみだーくじー あーみだーくじー
  引いて楽しい あーみだーくじー
  どれにしようか あみだくじ

さんまのブラックデビルがタケちゃんマンに罠を仕掛けようとあみだの上を歩かせる。
行き着いた先が白い粉になっているとそこに突き落とされ粉だらけになるのですが、
タケちゃんマンの策略で棒を操作され、いつも落ちるのはブラックデビル。
説明してしまうと他愛のないコントなのですが、演じるさんまの仕草・表情、
そして何よりあの妙に耳に残る得体の知れない歌(笑)。
これはウケました。自分もそうでしたが、周りの反響も尋常ではありませんでした。
ひょうきん族の栄光、明石家さんまの全国的人気、フジテレビの大躍進、
すべてはこの時に高らかに鳴り響いていたのです。あの歌によって(笑)。

そこからはもう、トントン拍子というか、波に乗った芸人は凄いというか、
漫談があんなにつまらなかった明石家さんまが(笑)、
コントのアドリブではなんと活き活きと、しかも絶妙の間で、
凄まじく気の利いたコメントとリアクションを連発する事よ。
ブラックデビルに続くキャラは、そのアミダクジを武器とするアミダ婆ア。
ここでも、「見ーたーなー」「死んでもしらんど」などの名リアクション連発。
いよいよひょうきん族とさんま人気は不動のものとなっていくのであります。
夜はたけしとコント、お昼はタモリとトーク。
この当時の明石家さんまは不世出の芸人であったと書いても、
決して書きすぎでもありますまい。
ワタクシは当時のノメリこみをもってして、彼を崇拝する者であります。
でもとんねるずも相当ノメったし、ダウンタウンも一時凄いと思ったし、
欽ちゃんもかなり好きだったし、ドリフもガキの頃は熱中してたし、
要するにお笑いならなんでもアリの、お笑いバーリトゥーダーなんですけどね。
誰でもおもろきゃええねん(笑)。
一方、相方のタケちゃんマンをやっていたビートたけしも、
さんまとの掛け合いによって引き出され、コント演技で開眼。
正直、漫才の方はネタはともかくしゃべくりがちょっとアレだと思いましたが、
さんまとともにやるタケちゃんマンコントでは、正に芸人でありました。

1つの核のコーナーができると、妙なもので他の部分も極力好意的に観てしまい、
まあひょうきんベストテンは相変わらず悪ふざけにしか見えませんでしたが、
悪ふざけは悪ふざけなりに、少しは面白い悪ふざけに見えてきました。
悪ふざけの中でも最高の悪ふざけが「ひょうきんディレクターズ」でしょうか。
それまで裏方だった局側番組制作者が、
この番組によって画面にしゃしゃり出るようになりました。
中でも三宅恵介は、わざわざ「デタガリ」をミドルネームにする始末(笑)。
普通ならたしなめるべきプロデューサーたる横沢彪すら、
掃除夫としてコント画面の片隅にいたり、
果ては懺悔コーナーに於いて、神父として毎週登場する悪ふざけ(笑)。
ここまでくると悪ふざけも見上げたもので、その、毎週のNGをあげつらい、
失敗者に水をかぶせる懺悔コーナーは人気コーナーとなり、
「ザンゲ」コールは流行語にまでなりました。
先に言ったように、制作者がこれだけハジケた番組も空前で、
この辺の作りは、後の様々なお笑い番組に影響を与えることになります。
ずっと後年、関東深夜にやった『お台場明石城』というさんまの番組も、
やはりフジテレビの制作側スタッフがしゃしゃり出る番組でしたが(笑)、
中で上層部通達として、「面白い人が出世するわけではありません」
と釘をさしていたのには爆笑しました(笑)。

そもそもひょうきんという言葉そのものも、この番組によって
改めて見出された言葉でありましたし、悪ふざけも
確信と節度を持って徹底すれば力となりうるのだという事を知らしめた、
楽しくなければテレビじゃない、フジテレビ路線を決定づけた番組でしたね。
こういうエポック・メーキングな番組に関われた事は、松本竜介のみならず、
参加したテレビ人にとって非常に大きな財産だろうと思います。

うん。なんとかまとまった(笑)。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
お久しぶりです。
学校では「ドリフ派」「ひょうきん派」で分かれてましたね。
「ドリフ派」は何故か子ども扱いされてたりして・・・・。

そして「ドリフ派」だったワタクシもいつしか「ひょうきん族」でオトナになりました。
2006/04/09(日) 19:29:37 | URL | ぱらマン
ドリフとひょうきん
お久しぶりで御座います。
たしか当ブログに初めてコメントを下さったのがぱらマンさん。
いまだ参加してくださるのは有り難い事でございます。

ドリフ派とひょうきん派というのは
小学生くらいならあったんでしょうね。
当方は当時高校生以上でしたから、周りもみなひょうきん族でした。
ブラックデビルというのは子供にもウケたようですね。
2006/04/17(月) 07:37:43 | URL | ごいんきょ
あら
あれだけの名(?)番組なのに、なぜか少ないコメント・・・。

ワタクシは初期の頃しかみてませんでした。文化祭でタケチャンマンの格好でコマネチしてる写真が今でも・・・汚点。たけしのおかあさんと親子競演したバイオミンXのCMもまねしてましたよー。ごいんきょさんとは逆で、さんまが出た頃からみてません。かろうじてブラックデビル??

OPはいろんな声優さんが出てて楽しかったです。アタックNO1とか、こずえみどりがでて、おばさんになったという設定でママサンバレーがどうのこうの、とか。

ひょうきんベストテンのツルちゃんのマッチ。YMOもいけぬわいルージュマジックも・・・バブルにむけて一直線誰も日本の将来を憂いてなかったよい時代でしたなあー。

ビデオがない時代(我が家には)で、やっぱドリフとの兼ね合いが大変でした。

後年、ナイアガラトライアングル関係で、くにちゃんのアンアン音頭とかうなづきマーチとか入ったCD買いました。さらばシベリア鉄道もはいってたかな。大瀧バージョンと太田裕美バージョン、ちょっとだけ違うんですが、太田バージョンは希望がみえる感じにメロディを変えてるとどっかでききました。
つたえーておくれーのところだったかな。



2007/04/23(月) 22:45:39 | URL | くりお
両方観れた地域もある
私が現在住む高知では、「ひょうきん族」は日曜の夕方、「笑点」に先駆けての時間帯で放送されていました。だから、ビデオなどなくても「全員集合」と両方ともフルに楽しめたのです。
こうして考えると、民放2局地帯(当時)もそんなに悪いことばかりとは言えませんね。
2007/04/23(月) 22:57:03 | URL | うみがめ
● くりおさん
初期というのは短期集中放送時代ですかね。
あの時は本当に物凄い豪華さでした。
それを期待して復活待ち望んでいたら、コーナーが固定されてしまって、
凄まじくガッカリしたものでした。
ハッキリ言って、ひょうきんベストテンもタケちゃんマンも好きじゃなかったです。
♪ アミダクジ~のあたりから、明石家さんまという芸人が旬の輝きを見せ始めるので、
それだけが目当てで見ていたようなもんですね。
ワタクシの年代はもうドリフとは訣別を図っていた頃だったので、
なんの躊躇もなくこちらを選んでましたね、周りも。

大滝さんのファンなのかな?
あの人といい山下達郎さんといい、まったく表に出たがらないのに、
何故かお笑い関係の本とかラジオには出まくりですね(笑)。


● うみがめさん
局が少ない地方の人の話を聞くと、凄い意外な枠で放送されてたりするんですよね。
笑点より前とはなー(苦笑)。
この番組は日も沈んでからじゃないとノリ切れないような…

そうそう。他地方の人気番組をチョイスして羅列してるんですもんね。
実質的には、それほどには不都合無いのかもしれません。
2007/04/23(月) 23:13:03 | URL | ごいんきょ
もっとすごいテレビ山口
うみがめさんにごいんきょさん。いちばんすごかったのがテレビ山口でしょう。何せ「全員集合」の直前の土曜19:00から「ひょうきん族」やってたんですから。私も初めて番組表を見たときは目がテンになりました。
 昭和の天皇が病気されたとき、TBS系では土曜18:30-19:30に報道特番組んだことがありますけど、テレビ山口はどうしたんでしょうね?ふだんネットしてないクイズダービーを特別に放送したんでしょうか。
 テレビ山口はTBS系ですが、以前はTBS系優位のままFNS(フジネットワーク)にも加盟しており、87年秋の脱退後も「3時にあいましょう」でなく「3時のあなた(→タイム3)」を、「モーニングEYE」でなく「おはよう!ナイスディ」をネットしてました。こういう局ですので、こんな芸当もできたんでしょうね。もっとも「ひょうきん」側が1週以上遅れてたに相違ないのですが。
 「きょうの出来事」の後に「プロ野球ニュース」をネットしてた山口放送や高知放送もスゴイのですが。
2007/04/24(火) 01:06:31 | URL | かじか
たしかにすごいテレビ山口
ひょうきんとドリフの二階建てをやっている地方が有ったというのは、
たしかに多局地方には衝撃のラインナップ(笑)。
2007/04/24(火) 19:06:09 | URL | ごいんきょ
フルハム三浦
”女子プロレス”のスレのコメントの続きです。
確か、景山民夫さんがこのリングネームで登場した記憶があります。

「オレたちひょうきん族」もリアルタイムで毎週見ていました。

「ホタテマン」
「アダモステ」
「吉田君のお父さん」
「フラワーダンシングチーム」
「ラブユー貧乏」
「かまへんライダー」
「松田優作のギャツビー」etc……

挙げていくときりなさそう……
2007/04/24(火) 20:39:21 | URL | yig
いやワタシも・・・
タケシだけは好きだったんで、ひょうきんみたかったんですが、長年の習慣でドリフもネ、ってわけです。

初期っていうのはこちらの勝手な線引きで、80~82年くらいのことです。アイドル全盛期と重なるくらいかな。ごいんきょさんと正反対ってことですな・・・今現在、見せられたら閉口するかも!!当時は、あのバック(スタッフ)の笑い声が新鮮でした。ナウかった。

大瀧さんはナイアガラ時代も好きですが、はっぴいえんど時代も好きですね。くーじーらの歌、マチャアキも歌ってましたけど、リアルタイムのときは幼少だったはずなのに、なんで聞き覚えがあるのか??マチャアキどっかのテレビで歌ってました?(またそれちゃいました)

1970フォークジャンボリーも語りたい!です。
2007/04/24(火) 23:03:06 | URL | くりお
ギャツビー
● yigさん
ひょうきんプロレス随一のスターと言えば、フルハム三浦ですよね(笑)。
健在だったら、きっと万引きネタに走っていたろうに(苦笑)。

優作さんのギャツビー・ヘアーブロウのCM、懐かしいなあ(笑)。
そうそう。そう言えばひょうきんで流れてましたっけ。
あとはなんと言っても、青雲と毎日香、フマキラーカダンAですね。


● くりおさん
さんまさんもたけしさんやタモリさんとの絡みで上手く世に出ました。
ピンの頃は最悪につまらなかった(苦笑)。

堺さんの鯨の歌って知らないんで、番組では歌ってなかったんじゃ?
フォークジャンボリーは当ブログの趣旨から外れますし、
他で嫌ってほど語られてるでしょうから、まったくやる気無いですね(笑)。
2007/04/24(火) 23:12:12 | URL | ごいんきょ
あ、どうも
そうですね、ついつい音楽路線にいってしまいました・・・。

鳥だ、飛行機だ、タケチャンマンだ。って、当時は70年代をちゃかした感じでしらけムードまんまんでしたが(たけしもやる気全然なし状態)なんか、宝島社のムックで『80年代はっきりいってスカだった』みたいな本出てました。(買ったけれどゆくえ不明)90年のはじめころ出たと思います。といって、90年や00年がスカじゃなかったとは言えないですよね。

スネークマンショーの中でも、70年代の曲のフレーズを弾く場面で『やめろーもう80年代だー』みたいな(例によってうろおぼえ)ものすごい過渡期だったと思います。やたら、80がエラかった。ナウイことがよかった。逆に、みんなが新時代に希望があったんでしょうな。今は全然ですもん。
2010年に希望あるかあー??

だからよけい、まあ団塊世代をねらったんでしょうが、昭和30年代の映画やらなにやら、でてきてるんじゃないかな。今1980年だったらそんなの考えられないかも。

くだらないおしゃべりでした。

2007/04/25(水) 22:58:31 | URL | くりお
マンダム、日本香堂、フマキラー
ギャツビーのCMはある意味衝撃的でした。
優作さんがアフロ→短髪ストレートになったということで。

「毎日香」と「青雲」のCMもよく見ました。
「毎日香」:「貞吉・かおり」のアニメと円楽さんのナレーションのCMですね。
「青雲」:連凧の映像と歌”青雲 それは 君が見た光~”(by森田公一)ですね。
確か、お盆やお彼岸の時は「毎日香」でそれ以外のときは「青雲」だったと思います。(たまに楽太郎さんが「毎日ローソク」のCMをやっていましたが。)
現在も「笑っていいとも」でOAすることがあります。

「カダン」のCMも覚えています。
”カダン カダン カダン お花を大切に~”という歌ですね。
春先はこのCMで夏場になるとベープマット(ラテン語でバペ……by山城新悟)のCMをよくやってました。

あと、思い出したのが「せき、こえ、のd
2007/04/25(水) 23:13:09 | URL | yig
せき、こえ、のどに
浅田飴(by永六輔)
のCMも見た覚えがあります。

結局、提供CMの話になってしまったなあ~
2007/04/25(水) 23:16:14 | URL | yig
CM話
● くりおさん
80年代は日本の終わりの始まりで、ちょっと爛熟状態でしたね。
それはそれで当時は楽しかったです。


● yigさん
毎日香は今でも円楽さんの定吉ものですね。
こないだ見て驚きました。
森田さんの青雲の歌はとても好きで、
今でもよく口ずさみますね(笑)。
ああ、ベープマットもよくやってました(笑)。
浅田飴は覚えてませんでした。他の時間でもよく見ましたからね。
ここは本放送当時のCM話も有力コンテンツですよ。
当時見ていた人間しか語れないですからね。
2007/04/25(水) 23:59:00 | URL | ごいんきょ
ミドルネーム
「デタガリ三宅」
「ゲーハー佐藤」
「アンノン永峰」
「オジン横澤」
等色々なミドルネームの中でもとりわけインパクト大だったのが

「ビビンバ荻野」

でした。

「タケチャンマン」のコントの中でも突然ジャングルの原住民の格好をして
「ビビンバ!」
と叫ぶだけなのですが、インパクトは大でした。

「吉田君とお父さん」
「ホタテマン」
「アダモステ」
等一瞬登場キャラがこの番組からも多く出ましたね。

最後に、またしてもこんなcm思い出しました。

「ネバーセイグッバイ、ネバアゲイン~  ダイドージョニアンコーヒー」

出演:杉山清貴
提供:ダイドードリンコ

でした。
2008/01/17(木) 00:15:23 | URL | yig
ミドルネームは大リーグ好きなワタクシも早くから使っていたのですが(笑)、
そのうちに江口寿史さんがギャグマンガに使い出して、
やられたなと思いましたね。
ひょうきん族はその江口路線のわけですが、一瞬登場キャラも、
考えてみれば江口ノリですね。
きっとスタッフかホン屋に江口ファンがいたんでしょう。
山懸さんはなんだっけな?
ワタクシはやっぱり、デタガリ恵介が好きでしたね。

杉山さんのダイドーCMも有ったかな。
そう言えばダイドーもスポンサーだったっけ。
2008/01/17(木) 01:14:19 | URL | ごいんきょ
山懸さんはなんだっけな?
コメント書いているうちに思い出しました。

「ベースケ山懸」でした。

そういえば、「高田”ギョロメ”文夫」というのもありましたっけ。

今思い出すと
「ダイドージョニアンコーヒー」は「ダイドーブレンドコーヒー」
を250ml缶にしただけのように思えるのは私だけでしょうか?
(味がほとんど変わってないような?)
2008/01/18(金) 00:50:58 | URL | yig
ああそうだそうだ(笑)。

ジョニアンなんて初めて聞いた感じですよ。
2008/01/18(金) 07:16:05 | URL | ごいんきょ
ブラックデビル
この番組が始まった頃は19歳でけっこういい歳wだったのですがハマりました。
ブラックデビルが好きで最終回はマジで悲しくビデオに撮るほどでした。
ビートたけしの鬼瓦権造も好きでした。
ひょうきんベストテンも大好きでした。
2009/03/12(木) 14:06:49 | URL | 緑のおばさん
なつかしいですねえ。
ひょうきん族が始まる前はドリフ派でした(というかそれしか無かった(笑))。

ひょうきん族がかなり面白くて、途中から全員集合は見なくなっていきましたね。セットも次第にワンパターン化していって退屈さを抱くようになっていました。このままではひょうきん族に潰されるな、と思っていましたら、案の定そうなりました(笑)

牛飼いの吉田君って云うおじさん居ましたが、あれ何で「吉田君」っていうネーミングだったんでしょう?
未だに謎です。特に意味は無かったのでしょうかね。

色々ありましたが、エンデイングでEPOが歌っていた「ダウンタウン」という曲が、シュガーベイブのオリジナル曲だっていうのは、後から兄から知りました。
2009/03/12(木) 21:45:20 | URL | ひとみファン
● 緑のおばさんさん
最終回って、ブラックデビル編の最終回ですか?
うーん、多感な乙女だったんですねえ(笑)。

● ひとみファンさん
この時間帯のワタクシの流れは、
花山大吉→世界は笑う→全員集合→ひょうきん族 でした。
こういう流れの人は多いと思いますね。
吉田くんについては、たけしさんが適当につけた名前じゃないかなあ。
2009/03/25(水) 04:18:23 | URL | ごいんきょ
土曜日の夜はにぎやか
当時の土曜日は特別でした。お笑いスタ誕、料理天国、クイズダービー。ひょうきん見てから繁華街へ繰り出す。ひょうきん族で好きだったのは鶴太郎さんのおでんコントとひょうきんスター誕生。84~85年位が一番ハマってました。CSでの再放送、これからって時に紳助さんの一件が・・・もう永久にお蔵入りなんでしょうか?とても残念です。
2012/10/04(木) 19:57:06 | URL | とらお
土曜日の夜はにぎやかだったし、そのEPOの歌も良かったなー。
おでんコントってどんなのでしたっけ。
ひょうきんスター誕生、神谷明さん司会だったかな。

あー。伸介さんの件は、この番組の再放送にも影響してるんですか。
でも、昔の番組だからそのうち関係無く放送されると思いますけど。
2012/10/05(金) 03:40:03 | URL | ごいんきょ
おでんコント
早速のレスありがとうございます。おでんコントは猫舌の鶴太郎さんにたけしさん達が熱いおでんを無理やり食べさせるもの。動画サイトでも見る事が出来ます。熱湯風呂と並んでリアクション芸の元祖ではないでしょうか。後に、なんかの媒体で知りましたが、この時のおでんは全然熱くなかったとか。昭和の芸人さんは芸がありました。
2012/10/05(金) 13:43:30 | URL | とらお
楽屋ネタ
おそらく楽屋オチというのを取り入れた初のバラエティーではないでしょうかね。笑いも客のもではなくスタッフの笑い、しかも表舞台に引っ張り出してネタにする、アドリブ?で互いの私生活を暴露したり、今では普通ですが当時としてはかなり斬新だったかも、ネタ的にはさんまの帰りを待つ女装の伸介が好きですw「さんちゃん、寒い・・・」
2012/10/05(金) 22:02:49 | URL | じん
● とらおさん
なるほどー。
さんまさんの牛乳コントの発展系ですね。
有ったかも。
波に乗ってた頃の鶴さんは面白かったからなー。


● じんさん
かもしれないです。
まあ、昔からチラホラとは有ったんですが、あれだけ開き直ってやったのはね(笑)。
確かにこの番組が無ければ、とんねるずの路線も無かったろうし。

「さんちゃん、寒い…」も可笑しかったなあ。
ワタクシにとっては、たけしさんも伸助さんも、さんまさんと絡んでナンボって感じなんですよね(笑)。
2012/10/07(日) 05:28:30 | URL | ごいんきょ
ひょうきん族エンディングテーマ
ひょうきん族のエンディングテーマは、やはり、「土曜」という言葉や、土曜日の風景を連想させる曲が多いですね。

EPOの「DOWN TOWN」や(後に、オリジナルのシュガーベイブ版も再発売された)、同じくEPOの「土曜の夜はパラダイス」、山下達郎の「土曜日の恋人」、達郎ファミリー以外でも、ユーミンの「土曜日は大キライ」…。

当時は、週休二日制が普及しはじめた頃で、特に学校は、土曜日特有の半ちゃん授業(半チャンラーメンじゃないよ)がまだ残っていた時代でした。

それだから、土曜日の学校の終わりというのは、特にワクワクしていました。

今は、会社も学校も週休二日があたりまえですが、金曜夜の番組のテーマ曲で、週末のワクワク感を思わせる曲というのはなかなかないですね(しいていえば、タモリ倶楽部は、「週末がはじまるぞ」ということを思わせますが)。
2012/10/11(木) 00:34:18 | URL | 10000k
特にこの番組では、土曜を強調したエンドテーマが並んでました。

少し前に、ドリカムの決戦は金曜日とか有りましたけどね。
たしかにどちらかと言えば特殊な例です。
2012/10/14(日) 11:23:12 | URL | ごいんきょ
永山周囲日
「おれたちひょうきん族」、幼稚園のころ見ていました。
でも、小学校に上がったら見なくなって、結局は「とんねるずのみなさんのおかげです」になってしまいました。
2012/10/15(月) 18:59:13 | URL | (ハンドル未記入)
放送曜日が違いますけどね(笑)。
2012/10/20(土) 06:28:48 | URL | ごいんきょ
マイじいさんと雁之助はん。
「オレたちひょうきん族」で思い出すのが、片岡鶴太郎さん扮するマイじいさんですね。「マイ」しか言わないんだもん!あとサブシロのシローさん扮する雁之助はん!さんまさんが「雁之助はん!」って言うと…必ず雁之助はんが出てきたね。本物の芦屋雁之助さんってあんな感じだったんかいな!
2014/08/23(土) 18:33:37 | URL | マスダっち1971
「ひょうきん懺悔室」で…
「ひょうきん懺悔室」で初期の頃だと思いますが、神様がバッテンを出して上から水が降って来る輩が必ずしもいましたが、その水を被った輩の一人や二人、何故かシャンプーで頭を洗っていたのを思い出します。ワタシが特に覚えてるいるのは…島田紳助さん!
2014/09/01(月) 18:27:21 | URL | マスダっち1971
紳助さんは
日本酒を神様に捧げて○を貰ったの事もありました。CSのひょうきん族を早く解禁して欲しいです。
2014/09/01(月) 20:29:39 | URL | とらお
● マスダっち1971さん
「マーィ」ってギャグを一時多用してましたね、鶴さん。
「キューちゃん」は面白かったけどな。
雁之助はん、あんなかと言うと失礼なんでしょうが(苦笑)。
シローさんも早かったなあ。
吉本なんかと関わったからですよ。
シャンプー、そんなに何人もいましたっけ。


● とらおさん
ああ、タブー作品になってしまってるのですか。
ワタクシは弱い人間に居丈高で暴力を振るう人間が大嫌いですから、
顔を見ると不愉快な感じになるので、特に不都合は無いんですけどね(笑)。
2014/09/04(木) 07:02:14 | URL | ごいんきょ
栗山順子さん
「ひょうきんベストテン」でまだ初期の頃ですが、黒柳徹子さんのモノマネをしていた栗山順子さんという方が出ていたのを思い出します。その栗山順子さんの黒柳徹子モノマネが似てたわ〜〜(^^)確か鼻をつまんで言っていたな〜〜「皆様こんばんは〜〜黒柳徹子でございます〜〜」ってな‼︎
2014/09/05(金) 10:19:34 | URL | マスダっち1971
ああ、そうそう。
いましたねー、栗山順子さん。
黒柳さんしか持ちネタが無かったのかな。
すぐに消えてしまいましたが。
2014/09/06(土) 07:04:13 | URL | ごいんきょ
「ひょうきんベストテン」で…
「ひょうきんベストテン」で高樹 澪さんの「ダンスはうまく踊れない」がランクインしていた頃、高樹 澪さんに扮していたのは、今は亡き清水クーコさん【清水国明さんの最初の奥ちゃま】でした。今でも思い出すのが、クーコさん扮する偽の高樹 澪さんが、カメラ目線で特大どアップで「ダンスはうまく踊れない」を唄っていたな〜〜(^◇^;)
2014/09/22(月) 14:26:42 | URL | マスダっち1971
あれ、クーコさんでしたっけ。
それはよく覚えてないです。
上田正樹勢揃いはなかなか見応え有りましたが(笑)。
2014/09/28(日) 07:52:55 | URL | ごいんきょ
吉永小百合さんの「鹿のフンの唄」
「ひょうきん族」で思い出すのが、吉永小百合さんの「鹿のフンの唄」(正式名は「奈良の春日野」)ですね。さんまさんとナベさんが鹿の被り物(着ぐるみだったかね!?)をして踊っていましたね(^◇^;)
2014/10/06(月) 14:29:59 | URL | マスダっち1971
あれって、元々さんまさんはラジオの葉書で送られてきて知った話だったかと。
それを『いいとも』最低男のコーナーで、サユリストを公言していたタモリさんに、
吉永小百合さん昔こんな歌を歌ってましたって紹介したんですよね。
タモリさんも、ワタクシも、まったく信用せずに、またなにか適当なネタ話だろうと聞いていたので、
実際に流れてきた時には半信半疑、のち大爆笑でした。
タモリさんは困った顔してましたがね(笑)。
2014/10/06(月) 22:49:42 | URL | ごいんきょ
山田太郎さんと美樹克彦さんが…
「ひょうきん族」で山田太郎さんと美樹克彦さんが…【オレたち昔アイドル族】なるコンビを組んで、ブラックデビルをテーマにした曲を歌っていませんでした!?
2014/11/22(土) 11:04:07 | URL | マスダっち1971
マスダっちさん
「好きさブラックデビル」ですね 覚えております(笑) そう言えばたけしが何か飲み込むと日吉ミミと山本リンダがたけしが出てきて♪若い娘が~ゴックン♪なんて替え歌歌ったりしてましたね あと伊丹幸雄(彼も昔アイドルだったことは後になって知りましたが)が毎週タケちゃんマンに助けを求めたりしてました このテの昔芸能人の再利用が妙に多い番組でしたね
2014/11/22(土) 15:11:46 | URL | 鉄ドン
訂正
(誤)日吉ミミと山本リンダがたけしが出てきて
(正)日吉ミミと山本リンダが出てきて

m(_ _)m
2014/11/22(土) 23:39:42 | URL | 鉄ドン
● マスダっち1971さん
「オレたち昔アイドル族」と称して挿入歌を歌い、ひょうきんベストテンにも出演し(笑)、
レコードも出しまして、そこそこ売れてたと思います。
ブラックデビルさんが物憂い表情で演技するクリップも作られましたね。


● 鉄ドンさん
ありましたね~、ゴックン娘。
ゴックン娘はレコード出してないな~(笑)。
たけしさんがやたら「一発屋」を笑い者にしていたのは、
当時は変に流行りだして、とんねるずなんかも引き継ぎましたけど。

番組名は忘れたけど中条きよしさんの昔の芸能ニュースを見て、
「出す曲出す曲大ヒット」とかアナウンサーが声を入れているのを嘘ばっかりと笑い者にしてましたが、
実際、中条さんは最初の4曲くらいかなりヒットしてるんですよね。
あまりにも「うそ」の印象が強すぎてしまうだけで、それは尾崎紀世彦さんなんかもそうなんですけど。

たけしさんがそういう風にかつてのスターを嘲笑うのは非常に遺憾でしたが、
高田文夫さんあたりの発案なのかな、それだけではという事で、
再度まだ世間に思い返させてあげようみたいな意識が有ったのかもしれませんね。
2014/11/23(日) 10:09:43 | URL | ごいんきょ
淡い思い出
初期に単発でやっていたというのは初めて知りました。
当時自分は小学生低学年の頃で、他のコメントにもある様にその頃は完全にドリフ派だったので、気づきもしなかったんでしょうね~。
MANZAIブームの頃も、ぼんちの「A地点から~B地点まで~」の歌は強く印象に残ってますが、B&B・紳竜やツービートなどは低年齢すぎてイマイチ付いていけなかった感がありました。

この番組にはどうにも忘れられない思い出があります。
ひょうきん族がレギュラー化されても変わらずドリフを見ていましたが、風向きが変わったのはやはりブラックデビルでした。
当時周りのクラスメートなどから「タケちゃんマン面白い」「ブラックデビル最高」との声が次々と聞こえるように…いてもたってもいられなくなり、後ろ髪を引かれつつもブラックデビル見たさにチャンネル回してひょうきん族を見始めるようになったのですが、わずか数回でブラックデビルは最終回になってしまいました(笑)
まあ次がブラックデビルjrでさほど変わったわけではないんですが、あの毒々しい色合いは好きになれず、なんだか寂しい気持ちになったものです(苦笑)
すぐにアミダばばぁになっちゃいましたしねえ…

ただその後は完全に「ひょうきん派」となり、ドリフは子供が見るもんだ的なスタンスにまんまとなりましたね。
いうても小三とか小四のガキでしたが(笑)



2015/11/11(水) 09:38:15 | URL | mp
ああ、あの時ですか。
そうそう。
ブラックデビルjrと名前が少し長くなったのと、
あと耳だったかな、ほんの一部を替えただけで、しばらくまたそれで行きましたよね(笑)。

早い人間は小三小四の頃、ガキっぽい番組を卒業しますね(笑)。
2015/11/15(日) 20:28:01 | URL | ごいんきょ
【おきゃんぴー】のオープニングナレーション
番組の末期だと思いますが、【おきゃんぴー】という女性お笑いコンビがオープニングナレーションを担当していましたね。覚えてます??【おきゃんぴー】を!!
2016/03/01(火) 11:10:29 | URL | マスダっち1971
おきゃんぴーという名前だけはなんとなく知ってますが、
この番組で見たかどうかは覚えてないです。
一番記憶に残るのは、アラレちゃん(小山茉美)とかかな。
2016/03/03(木) 23:05:37 | URL | ごいんきょ
極悪同盟への出張ザンゲ
ダンプ松本、クレーンユウのいる道場にやってきて「お前は殴りこみか!」とやじられ二人は大暴れ。ふたりは「ここに座ればいいんだな。」と指示され座ると水を掛けられスタッフ一同撤収。ふたりはスタッフを追い回す結果に。ひょうきん族についてはこれだけしか見ていませんが、一番印象深かったので挙げました。
2017/10/19(木) 10:24:02 | URL | クッキーモンスター
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