私的 昭和テレビ大全集
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モーニングジャンボ 奥さま8時半です (1972)

モーニングジャンボ奥さま8時半です
3時のあなたの項でライオンの生コマの話をしていて、
視聴者レポートは『奥さま8時半です』だという指摘をいただき、
ああそう言えばそうだったかなあと思い出しました。
実は丁度、奥さま8時半ですの資料を入手したばかりだったのです。
もう少し様子を見て書こうかなと思ってましたが丁度いいのと、
3時のあなたではウィキペディアさんにガッツリやられてしまったものの、
この番組の記事はまだあちらさんも充実していないという事で、
今のうちに当方でサクッと扱ってしまおうと思います。
今回は資料を駆使して書いてますのでかなり充実してるエントリーですよ。
このブログもたまにはこんな記事を書いたりするんですよね。
本当に気分次第ですみません(笑)。


その昔、テレビ画面には砂の嵐と呼ばれる画面が
結構映っていたのを覚えている人は、ハッキリ言って旧世代です(笑)。
けれども大阪万博を経て世もカラー時代となると、
深夜以外の時間帯はほぼ開拓され、何かしらの番組が映っているようになりました。
こうなると、テレビの持っている即時性を活用しようという動きが、
先見の明ある人々からチラホラ出始めるようになります。
朝のワイドショーではNET、昼のワイドショーはNTV、
午後のワイドショーはフジがそれぞれ開拓するわけですが、
いずれも後塵を拝したTBSは、ならばと大型情報番組に着手します。
朝6時50分から9時55分までの超大型情報番組、『モーニングジャンボ』。
しかし、これだけの画期的番組であるにもかかわらず、
テレビ史的に振り返られることはほとんど無いでしょう。
簡単に言えば、コケました(笑)。
当時はまだ早朝のNHK神話が絶対であったし、他の先行番組も堅調で、
ゴッタ煮のようなこの番組は付け入る隙がありませんでした。
では、ゴッタ煮の中身はどんなものだったのでしょう。


・オープニング…にっぽんの朝
  フランシス・レイ作曲のテーマに乗って、お天気カメラのリレー中継。
・ネットワークニュースとマルチ解説
・首都圏ライフ…交通情報などのローカルタイム
・渡辺謙太郎スポーツコーナー
・音楽
・ヤング情報
  岡本信人、八木誠、ペンペン草、中村律子、川村美津子など
・おはようコータロー
  ソルティー・シュガーによる朝のアクション漫画
・ヤング電話相談室…石垣純二、真鍋博、飯干晃一など
・ネットワークニュースと記者解説
・朝のグラフ…にっぽん中継の前身
・愛情うらない…大下美和子の霊感体操

ここまでで前半。8時20分頃からは娯楽色が強くなり

・あさのナイトクラブ…一流歌手のワンマンショー
・おはようサテライト…林家木久蔵
  東京駅などに中継車を置いての体当たりインタビュー。
  後に三升家勝二も加わっての会社訪問『パパの戦場』に。
・ジャンボの眼…これが『奥さま8時半です』の母胎とされる。
  月曜…事件簿。レポーター村上允俊。
  火曜…大阪ABC制作。松福亭鶴光のコントなど。
  水曜…トップ情報。オニさんこと鬼沢慶一の芸能情報。
  木曜…愛の波長。作家・高木俊朗による愛情ドキュメント。
  金曜…ティーチイン。芥川也寸志と藤原弘達による討論。
・音楽
・チビ中訪問…宮崎総子ら。小さい中継車による取材。
・ビューティフルでございます…二谷英明、恩地日出夫、菅原謙次など。
  10分のおしゃれコーナー。別名・亭主をきれいに。
・奥さまトピックス…各地の主婦が電話出演。
・リレー対談…男女リレー対談で総締めくくり


いやあ、書いててもウンザリしてしまうほどまとまり無いですなあ(苦笑)。
後に東京12チャンネルがこちらは土曜の午後に、
ザ・ロンゲストショーなんていう似たようなのをやりましたけど、
あちらもこちらもコケました。難しいですよね、こういうの。
今は、もう少し内容をしぼって、少々長い番組も通用するようになってますが。
で、翌年には早くも二分割されて、前半は後のおはよう720に、
そして後半部が、この奥さま8時半ですになったというわけです。
そう言えば、おはよう720の記事を書いてた当時は見つからなかった
あの番組のタイトル画面が入手できたので、当該記事のところに載せてます。
昭和47年4月、『奥さま8時半です』正式スタート。
総合司会・鈴木治彦、アシスタント・宮崎総子の両人が一貫してこの番組の顔。
小林亜星作曲、ハニーナイツ歌唱のテーマソングも懐かしいです。

あなたの朝はHahan わたしの朝とHahan
どこかがちょっと違うけど どこかがちょっと似ています
Hahan Hahan 8時半 Hahan Hahan 8時半
同じ時間を分け合って 違うあなたと 同じ朝
(作詞:伊藤アキラ)
ハハン、ハハン、8時半という部分が印象深いですよね。
さて、この奥さま8時半ですは曜日ごとに内容が違いました。

月曜は『三つの秘密』。スターの秘密を明かしていく企画なんですが、
中でも圧巻は未来の秘密担当の、芥川賞作家・五味康祐による手相占い。
この五味さんは麻雀も非常に造詣が深く、当方はそちらでむしろ
よく名前を拝見したものですが、そちらでも逸話が多い人でした。
誌上対局でハナ肇に第一打をチーされて、「失礼な! わしは帰る!」
と席を立ってしまったというのは有名な話。
とにかく好き嫌いが激しい人だったようで、誌上対局の相手も、
本当に熟達した技量の持ち主じゃないと承諾しなかった。
だからこの人の牌譜は、阿佐田哲也とか、ムツゴロウ先生・畑正憲とか、
かなり相手が偏って残されています。
で、この番組でもその偏屈ぶりは存分に発揮され、
好みのタレントには良い占いをするが、気に入らないタレントには
そこまで言うかいというくらいの救いようのない占いを。
まあ、視聴者的にはそこが面白かったんでしょうけど(笑)。
例えば藤圭子はこんな具合だったらしい。
五味「あんたの手相は滅茶滅茶や。運命線も感情線も乱れに乱れちょる」
鈴木「でも先生、手相っていうのは変わるもんでしょ」とフォロー。
五味「いや。この娘に限って変わりまへんな」
或る意味、史上最凶の占い師だったと言えるでしょう(苦笑)。
あとは、『ネコさんの口八丁手八丁』。
金子信雄による料理ものはこのコーナーからでした。

火曜は、『おはよう親子です』。
芸能人親子との対談。司会はフランキー堺から泉ピン子、を経て、おおば比呂志。
更には穂積隆信となったのですが、後に積み木くずしでブレイクする彼が
親子対談の司会で名を売ったのも、皮肉と言えば皮肉です。
それと、『見たり聞いたり話したり』。
初期にけさのアングルと言っていたニュース取材。

水曜は、水の江滝子によるターキーの野次馬インタビューから始まって、
後には人生相談コーナーとなり、更には蒸発追跡となりました。
それと、『あさの再会』。
初恋の人など、芸能人にまつわる意外な人との再会。
驚きあり、時には涙ありで、後に日本テレビで放送された
『それは秘密です』なんかは、この辺からテイストを頂戴した感じですか。

木曜日は野末陳平夫妻による司会の夫婦コーナー、『おそろいで』。
陳平がテレビを引退した後は夢大作と、フランソワーズ・モレシャンが登場。
その後は近江俊郎夫妻などとなりました。
それと、『愛のドキュメント』。
  確かに愛ってやつは 力強い
  確かに愛ってやつは 美しい喜びだ
  だが なんだってあいつ
  こんなに深い苦しみまで 教えてくれるのだろう
葦原邦子による花の絵と、芦田伸介によるナレーションでスタート。
ちょっと朝から重いコーナーで、ワタクシは必ずパスしてました(苦笑)。

金曜は、『ザ・スクープ』。スクーパーと呼ばれた初代レポーターは、
滝良子、福岡翼、林家木久蔵、村上允俊でした。
後には浅香光代、三笑亭夢之助、二瓶正也、三遊亭楽太郎なども登場しました。
それと、『四つの部屋』。
  思い出のかおり
  愛のかざり
  悲しみのかげり
  満ちて 満ちて
  窓をあければ
  あしたにかがやき
こんな朗読でスタート。愛のドキュメントといい、この重さが70年代(苦笑)。
1972年5月12日放送『南沙織の四つの部屋』では、こんな爆弾発言が。
「私が沖縄から出てきたのは、歌が好きだったからです。
 でも芸能界は、私の夢とはまったく違っていました。
 私の周りの人たちは大人すぎました。
 いろんな事があってとにかく疲れました。
 ハッキリ言って、もう芸能界もいや! 周りもいや!
 一週間考えたんです。今日限り仕事を辞めたい。引退します!
 学校へ行きたい! 普通の女の子でいたい!
 引退して沖縄へ帰ります!」
普通の女の子に戻りたいの元祖は、南沙織だったんですな。
彼女に何があったのかわかりませんが、
この後も彼女はヒット曲を連発しているし、紅白にも出てます。

さて、ご指摘も戴いた通りこの番組の主たるスポンサーはライオンでした。
当初からライオンがかなり中心的なクライアントで、
これだけの大型番組なので他にもスポンサーをつけないと始められない
となった時、ライオン側からかなり強い不快感が伝えられたと言います。
しかし結局はTBSとの信頼関係でやっていきましょうとの、
古き良き日本式決着で、無事スタートにこぎ着けたのでした。
そして昭和48年には『もしもしライオン』スタート。
これが当方が3時のあなたの生コマと混同していたもので、
電話で主婦からモニターレポートしてもらうものでした。
その主婦には画面いっぱいのライオン製品がプレゼントされるとあって、
なかなかの人気コーナーだったようです。


いやあ、今回はテレビ史的に有益な情報は多いと思いますけど、
やっていて面白味は少ないし、疲れるだけだし、
やっぱこのブログはおばかじゃないとアカンわ。
次回からはいつも通りの、低俗ブログに戻ります。ごめんなさい(笑)。

奥様8時半ですjpg
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
またやって来ました
 いやぁ、やっぱりここはタダモノではないですネ。この情報量には敬服いたします。
 バラエティ(情報バラエティを含む)はドラマに比べて記録が残っていないのですよネ。再放送なども当然ありませんし‥‥。全く記憶だけが頼りのジャンルだと思っていましたら、こういう資料も入手可能だということに驚いています。

 OPテーマ曲の歌詞も懐かしく拝見しました。たいへん勉強になりました。

 ところで、鈴木治彦さんと宮崎総子さんともう1人、司会に「藤田さん」という男性がいましたよネ? 彼のフルネームはわかりますか?
2006/06/20(火) 23:45:36 | URL | get_better4u
ハハン ハハン 8時半
という歌は、最近またこのブログで話題だった、小林亜星さん作曲なんですね、これも。
その歌詞含め、けっこう細かい所を忘れてしまうものですが、
文献が残っている場合はまだ幸せです。
この番組の場合、他ならぬ鈴木治彦さんがかなりきちんとした本を残してくれていました。

藤田和弘さんはスポーツアナから一時営業に移っていたところをこの番組に抜擢されたといいます。
番組当初はあまりうまくできず、かなり悩んでいたらしいといったような意味のことを鈴木さんが書いてます。
2006/06/21(水) 07:05:33 | URL | ごいんきょ
藤田さん!
 ああ、「藤田さん」は「藤田和弘」さんとおっしゃるのですネ。
 情報をありがとうございます。

 「8」の字が時計になり、鳩になるアニメーション(?)のOPが記憶に残っています。
2006/06/21(水) 20:53:31 | URL | get_better4u
朝と時計
おはよう720のタイトルも時計になってます。
朝と言えばどうしても時間との格闘で、そこで時計がよく画面に出てくるのですが、
これは日本以外でもそうなんでしょうかねえ?
2006/06/21(水) 21:48:19 | URL | ごいんきょ
チェック&チェック
お初です、北海道からです。懐かしさ一杯のこのブログ、どこにコメントしようと思ってましたが、まずはここからとさせて頂きました。
藤田和弘さんといえば、この「奥様~」の後に日曜7時半・三菱電機枠の「チェック&チェック」(日本におけるTV間違い探しの元祖)の初代司会を務め、また朝の番組「ニュースコール おはよう藤田です」も担当してましたね。
2006/06/23(金) 13:53:53 | URL | 畑中 智晴
藤田和弘さん
はじめまして。
北海道の方もよくコメント下さるんですよね。

実はワタクシは藤田さんはよくわかりません(笑)。
奥さま8時半ですよりは、小川宏ショーとかモーニングショー、
ルックルックの方をよく観てました。

チェック&チェックもわかりません。
調べたところ、テレビ探偵団をやっていた枠で
1979年3月から81年8月までやっていたんですね。
2年以上ですから結構人気あったんでしょうか。
不覚にも初耳の番組でした(苦笑)。

ニュースコールは90年代に入ってからですね。
これも観てなかったのでわかりません。
役立たずで申し訳ないです(苦笑)。
かようなわけで、藤田さんはあまりよくわかりません。
もしなんでしたらわかる方同士で話して下さいませ。
ワタクシはあくまでスレ建てした1みたいな立場です(笑)。
2006/06/23(金) 23:59:41 | URL | ごいんきょ
○○さんと5人の女性
たぶん奥様8時半です、のコーナーだったと思うんですが、確か水曜日ぐらいに、男性ゲストの過去に関係がある女性5人が出てきて、それを当てるコーナーがあったと記憶しています。

身の上相談のように女性はスモークガラスか何かの向こうにいて、エピソードとかをヒントにして当てていく、というものでした。

誰がゲストの時か忘れたのですが、何かの催しの時にそのゲストの知人(男性)が女装するのをお手伝いしたことがあり、その女性(正確には男性ですが)を当てる、というのを覚えています。

その時、司会者が”この人は、あなたに女にしてもらった、と言ってます”というヒントを、しきりに繰り返しており、そのゲストはかなり焦りの表情を浮かべながら”誰だかわからない”を連発していました。
当時小学生だった私は、このヒントから連想される意味などまったくピンとこない頃でしたが、高校生ぐらいの頃何故か急にこれを思い出し、”そういうことだったのか!”と理解しました。
2007/05/11(金) 05:58:12 | URL | わんぱくフリッパー
なんか可笑しいですね(笑)。
そんな知人が出てきたらそりゃ焦るだろうなー(苦笑)。
そのゲストは漫画のライオンの名前を持つ俳優じゃないですよね?
2007/05/12(土) 06:17:14 | URL | ごいんきょ
まるで記憶なし
うーん、まったく記憶なしです。
確実に言えることは、30年以上前から芸能界にいる人、というぐらいですね。
2007/05/14(月) 05:49:04 | URL | わんぱくフリッパー
ああ。
漫画のライオンの名前を持つ俳優というのはオチで言ったんです。
わかりづらいですよね。
森本レオさんです、処女食いの。
ワタクシのレスは随所でオチを計算しているので、あまり相手にしないで下さい(笑)。
2007/05/15(火) 06:29:10 | URL | ごいんきょ
オッケー
徐々に慣れていきます。
未だこのサイトを見つけてから一週間程度の新人なもんですから。
2007/05/15(火) 20:17:05 | URL | わんぱくフリッパー
これはワタクシの表現が甘かったです。
たしかにオチとわかりづらい書き方ですね。
基本的には、ワタクシのレスにレスは要りません。
ワタクシはホストですからワタクシへの気遣いは要らないんで、
それよりは全体への配慮をお願いしますね。
2007/05/16(水) 03:06:56 | URL | ごいんきょ
ジャンボ離陸せず!!!
 いやー懐かしや「奥さま8時半です」。最初は「モーニングジャンボ」が番組全体のタイトルで、TBSの鈴木治彦アナと大阪ABC朝日放送の玉井孝アナのコンビで始まったものの、TBS系のローカル局の大半がNETの「奈良和モーニングショー」をネットしていて、全国的には放送時間がジャンボでもなんでもなかったそうですね。しかも低視聴率!で、タイトルのように週刊誌に揶揄されていたんだとか。離陸できなかったのねん。
 「モーニングジャンボ・JNNニュースショー」と「モーニングジャンボ・奥さま8時半です」に分かれてから視聴率が安定してきたところに「東阪テレビネット腸捻転解消」が昭和50年3月31日に
行われ、NET系にABC朝日放送が移るという事で玉井孝アナが降板し(腸捻転解消後、ABC制作の「おはようワイド・土曜の朝に」の司会者に)
代わりに、MBS毎日放送から「おはよう720」の前身番組「おはよう地球さん」の司会に「ヤングおーおー」で人気のあった斉藤努アナが抜擢。「モーニングジャンボ・奥さま8時半です」のサブ司会はTBSの藤田アナの担当になったんですよね。
 私、ABC朝日放送の玉井孝アナが出ていたのを覚えていますよ。「奥さま8時半です」の最終回に特別ゲストとしてスタジオに定年退職した鈴木治彦アナと共に玉井アナが招かれました。「腸捻転解消してるのに大丈夫かなあ」みたいな事を玉井アナがつぶやいていたのを思い出します。(朝日放送の玉井アナがTBSに出る→大阪では毎日放送に朝日放送のアナウンサーが写る訳です。)
 なんか、他系列のワイドショーに較べて一番明るい雰囲気作りに力を入れていたような気がしますね。
 レポーターでは豊原光子さんも懐かしいですね。
 それにしても「ごいんきょ」様の情報収集能力には頭が下がります。ものすごいバイタリティでござります。私にとって長年の「謎」であった「モーニングジャンボ」の番組構成が判明し、何とも言えない心境です。
 
2007/05/17(木) 00:16:00 | URL | 三船主任
ジャンボ離陸せずって見出し、ヤバイですね(苦笑)。
80年代に入ると日テレの徳光さん達がフジの笑っていいともに出演したり、
その辺の垣根はかなり低くなるんですが、
当時はたしかに不思議な光景だったでしょうね。

>それにしても「ごいんきょ」様の情報収集能力には頭が下がります
いや、何度も言ってるんですが、こんななんの得にもならない事で
持ち上げられても恥ずかしいだけなんで、やめて下さい(苦笑)。
また、能力でもなんでもなくて、たまたま本が入手できたもんでね。
あれだけの本を書かれた鈴木さんの熱意の賜物です。
本当に当時がよく偲ばれる凄い資料なんですよ。
全部書き写してお知らせしたいくらいですが(笑)。
2007/05/17(木) 03:34:58 | URL | ごいんきょ
昔、この番組のADでした
調べ物の最中、ひょんなことから、このサイトに入りました。私、昔、この番組のスタッフでした。今まで書かれていたことはほとんど間違いないと思われます。「3つの秘密」「4つの部屋」「5人の女性」懐かしすぎて、忘れちゃいました。
2009/12/11(金) 14:47:53 | URL | 信濃・火遊び人
こちらも、間が空いてしまい、真に申し訳ありません。

間違い無いんでしょう。
だって、鈴木治彦さんが本で書かれた事の丸写しですからね(笑)。
五味康祐先生は、ぜひ見ておきたかったですけどねえ。
それにしても、藤圭子さんの占いは、当たったと言えるんでしょうか?
2013/11/05(火) 00:22:53 | URL | ごいんきょ
いいとも終了の陰になる形で
 現在この時間帯で放送している「はなまるマーケット」が来年春の改編で終了とのニュースがありました。
その前の時間帯の「朝ズバッ!」も司会者のゴタゴタで、たぶん打ち切られそうな気が?
 それならいっそのこと、どさくさに紛れて「モーニングジャンボ」を復活させたら?
 ・・・、と妄想してみました。
 現実にはいろいろ難しいでしょう。
 司会者の選定、放送時間枠、どのような形の番組にするか、「ひるおび!」など他の情報番組とのかねあい、もちろん、ライオンを始めとするスポンサーへの説明、系列局への説明・・・、考えるだけで気が遠くなりそう。
 私の独りよがりな妄想だと、放送時間は朝5時55分~9時55分(第1部は5時55分から8時、第2部は8時から9時55分)番組を通してのメイン司会は安住さん(レギュラー番組の整理が大変そう)、第2部には安住さんともう一人タレント系の司会者、という風に考えておりますです、ハイ。
  
2013/11/09(土) 00:10:04 | URL | 北国の人
違うあなたと 同じ朝~♪
当時この歌の奥さまは、何で毎朝毎朝違う男と同じような朝をむかえているのか、不倫のプロか?くらいに思ってました。未だに歌詞の真意がつかめません・・・ハハ~ン。
2015/01/20(火) 15:45:45 | URL | hey
ああ、なるほどね。
朝顔ですね(笑)。

真正面から解説をすれば、日本中の色んな人が、
同じくこの番組で朝を迎えていますねという事でしょうか。
2015/01/25(日) 06:07:16 | URL | ごいんきょ
1973年頃といえば
多分、この番組に出演したことあります。当時、三つくらいだったので記憶自体は無いんですけども。番組に出演するのが条件で、国籍の問題で取り上げてもらったと、昔、祖母や母から聞かされた事がありました。その後、祖母は随分と長い間、司会者の方と年賀状の遣り取りをしていた記憶があります。
2015/04/24(金) 23:49:11 | URL | ヤニ
五味康祐先生の手相占い
五味康祐先生の手相占いは 藤圭子さんのは結局当たっていたのですね。

それより忘れられないのが大山のぶ代さんの回に、知らない(五味康祐先生が)でも私でも知って居なくてはならないというような事をおっしゃっていました。その当時もNHKやハリスの旋風で有名でしたので当然鈴木さんや宮崎さんがホローされていましたが納得がいっていなかった様で、もっと有名になっていいはずだみたいな事を繰り返していました。今なら当然「ドラえもん」の大山のぶ代さんの事をやめて久しいとはいえ一定年代の方なら名前は知らなくても声は覚えがあることでしょう。この回は本当に印象的でした。
2015/05/31(日) 06:58:51 | URL | ホットケーキママ
● ヤニさん
国籍の問題。在日朝鮮人問題でしょうか。
この当時の司会者は、というか大人は、きちんとした人もいたんですよねえ。


● ホットケーキママさん
大山のぶ代さん、たしかに五味先生あたりでは知らなかったでしょう。
五味先生なら、ドラえもんも判らないでしょうが(笑)。
しかし五味一刀斎の冴えは凄い。
2015/06/01(月) 06:53:36 | URL | ごいんきょ
生き残ったライオンコーナー
TBSの平日朝と言えばやはり8時半枠であり、何と言ってもこの「奧さま8時半です」オープニングは最高でしたね♪
世代が違うため、この番組いつもタイトル無いからテーマソングは誰が歌ってるんだろうと疑問に思いましたが、随分詳しいですね。
この番組の名物コーナーと言えばオープニングで提供してるライオンのコーナーで、ライオン製品の紹介はスゴいインパクトがあり、
S48年からスタートしたとは初耳でしたが、
番組が終了しても以後このコーナーだけは長く生き残り40年も続いて歴史が深く、この時間内で番組の定番で楽しみにしてた視聴者も多かったと思います。
2015/10/11(日) 11:52:25 | URL | TaMoKo
視聴者の奥様が写真で映されて、電話でライオン製品の使用レポートを行うものですね。
この後、フジ3時のあなたあたりでも、桃屋などの生CMでそんなの有ったような。
2015/10/18(日) 12:24:04 | URL | ごいんきょ
宮崎総子さん
私が覚えているは、アシスタントの宮崎総子さんがピアノを弾こうとされたことです。
ゲストのリチャード・クレイダーマン氏とのお話の流れで、宮崎さんが家でよくクレイダーマンさんのピアノ曲を弾いていますと言うと、クレイダーマンさんはとても喜んだ様子で、是非聴かせてくださいという感じだったと思います。
宮崎さんはちょっと躊躇った様子でピアノに向かいましたが、緊張のためか思うようにいかなかったようでした。

きっとお家では「渚のアデリーヌ」あたりを気持よく弾かれていたのではないでしょうか。ご本人の前でかなり緊張されたと思います。

宮崎総子さんがお亡くなりになっていたと知り驚きました。
2017/01/25(水) 20:56:58 | URL | モデラート
クレイダーマンさんって、昭和53年のその曲がデビュー曲だったんですねえ。
意外と最近で驚きました。
日本で耳にしだした時も、本当に売り出しの頃だったんだ。

宮崎さん、まだデビューしたてですもんね。
そりゃ荷が重すぎというもの(笑)。
それも本人の前で(苦笑)。
2017/01/26(木) 21:40:39 | URL | ごいんきょ
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