私的 昭和テレビ大全集
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ベルトクイズQ&Q (1969)

ベルトクイズQ&Q (1969)
チャカチャカチャカチャカチャカチャカチャン(キュー)
チャカチャカチャカチャカチャーン
パララララララ…
チャッチャッチャッチャッチャッチャッチャラララ
チャッチャッチャッチャッチャッチャーン
チャーチャッチャッチャッ チャチャ
チャッチャッチャッ チャチャ
チャッチャッチャチャーッチャーッチャッチャッ
ピロロロロロロ…

さあ、今回はのっけからこんなです当ブログ(笑)。
以前から書きたい衝動が溜まりに溜まっていたこの番組。
ちなみにカッコ内のキューという声は、この番組らしい
コンピューターっぽい声なんですが、当初この声は無かったと思います。
こんな音楽に乗って電光アニメのオープニングが終わると、
会場の拍手と共に司会の押坂忍が現れ、番組がスタート。
ベルトクイズというのは帯番組だからそういう名なんですよね。
でも、Q&Qじゃいつ答えればいいんだという話ですが。

紅白のカプセルが正面から映されて、それぞれ回答者が座ります。
円形の電光が時計の針状に10分割されていて、最初は3つ点灯。
まずそれぞれ賭け点をコールします。
と言っても最初の持ち点が30点ですから、普通は10点しか賭けません。
いつ見ても誰が出てても「10点」「10点」。
なんか無駄なシステムだなあと思いながら観てました。
早押しで正解すると点灯が賭け点分増え、相手が賭け点分消えます。
途中で相手を0点にするか、7問終了後の持ち点が多ければ勝ち抜き。
敗退した相手はカプセルがぐるりと半回転し、次の挑戦者が出てきます。
途中で100点に到達するか、5人勝ち抜きでミリオンステージ挑戦となります。

この時にコンピューター性格診断というのが一時ありまして、
おそらくは夜のヒットスタジオのコンピューター占いのパクリでしょうけど。
いくつか機械声で質問してハイ・イイエで回答させ、
お節介にも一般出演者の性格を診断してしまう企画でした。
診断発表は少し早口で、「ナマエ、何々。ケツエキガタ、何々。
アナタノセイカクシンダンハ……」とかいう感じだったかと。

ミリオンステージとか、最後の一攫千金システムはいろいろ変遷があり、
一番印象に残っているのは何段階かで挑戦するシステムですね。
100万円問題までに2回ほど猶予があって、10万円単位で選べたと思います。
例えば最初に10万円挑戦して、次に50万円、最後に100万円とか。
失敗すると、最後に獲得した賞金の半額だけGETできるシステムでしたね。

で、学校の長期休暇時には子供大会となって、
その時は勝ち抜き者は、画面いっぱいに映し出される様々な商品から、
選り取りみどりで何かを選んで指名、一発勝負だったと思います。
失敗するとQベエという馬の人形を抱いて帰ってたと思います。
多く指名されたのはラテカセ、カセット・デンスケ、天体望遠鏡あたりでしたか。
ラジカセすら過去の遺物となりつつある現在、
それにテレビが付いたラテカセなんて、まったく魅力無いでしょうが、
当時は自分だけのテレビを持てるなんて、例え画面が小さくとも、
夢のような状況なのですよ。
しかし、デンスケってーのは一体なんなのか謎でした。
商品名なんでしょうけどね。センスないなと(苦笑)。
この子供大会の問題が馬鹿みたいに易しくて、
いつか出よういつか出ようと思ってたんですけどねえ。
当時は結構出たがりだったのになあ。なんで出ておかなかったんだろう。

やっぱ司会・押阪忍、アシスタント・岸ユキの時代が黄金時代でしょう。
押阪さんは東芝専属じゃなくなってからの登場という事なんでしょうかね?
あの軽妙な語り口と、出題者・矢島正明の重厚な味わいの対比も良かった。
岸ユキはたしかケンちゃんシリーズにもレギュラーで出ている頃で、
当時はよく目にした印象があるタレントですね。
近年はなんか、一般の農家に嫁いだような話を見ましたが。
そう言えば農業の番組かCMもやってたなあ。

視聴者参加型クイズ番組が集客力あった時代、
帯番組でそれを見られるこの番組とか、クイズ・グランプリなどは、
視聴の習慣化というか、そのチャンネルに固定させる効果は、
たしかに一定以上あったんじゃないでしょうか。
ワタクシも見事にハマってましたし(笑)。
でも、娯楽が多い今の時代では難しいでしょうね。
よほど賞金額をアップしないとねえ。
最高1000万円のクイズ番組を毎日放送すれば話題になるかな?(笑)

提供はいろいろと変遷してますが、主たるスポンサーとしては、
お馴染みのライオン油脂、小学館、豊年製油などがありました。

ベルトクイズQ&Qjpg
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
いやぁ、これも懐かしい!
 クイズ番組もなかなか資料が残っていない分野でしょうか。

 「子供大会」は私も出たかったです! 私の家の向かいに住んでいた同級生のお姉さんが出場し、見事に「Qベエ」をお持ち帰りになられたことがありましたっけ。

 私の家では父が昼休みに仕事場から帰宅して昼食を食べていたのですが、いつもはNHKのニュースを見ていたので、この『Q&Q』はなかなか見せてもらえませんでした。だからこそ、とっても憧れた番組でした。

 テーマ音楽はCDなどになっているのでしょうか?
2006/06/20(火) 23:54:50 | URL | get_better4u
宇野誠一郎さん
近くに出場した人がいたんですか!それは凄い。
Qベエ、綺麗に保存していれば結構なお宝だと思いますけど。

NHKはまだまだ強かったですもんね。
とは言え、この番組はその時間帯の相当のパーセンテージを占有していたと思いますが。

音楽はウィキペディアによると初代ムーミンなどの宇野誠一郎さんらしいです。
たしかなんかのCDに収録されていると思いましたが、自分は聞いたこと無いです。
2006/06/21(水) 07:10:31 | URL | ごいんきょ
さらにQ&Q
 『Q&Q』の回答者席は、負けてしまった場合は紅白それぞれ回り舞台のようにして次の回答者が登場するのがカッコよかったです。

 昔のクイズ番組は、なかなか大掛かりな舞台装置でしたネ。
 平成になって復活した『タイムショック』などは、まだまだ簡単な装置の方だったのでしょうか。
 『ダイビングクイズ』は電動で上昇する巨大な滑り台が目を引きました。
 かなり長寿だった『アップダウンクイズ』は、正解すると上昇するゴンドラが回答者席でした。優勝するとタラップがお迎えするなんて、夢のある演出だったと思います。

 『Q&Q』の勝ち抜き戦は、時間切れになると翌日に持ち越されていました。おそらく数回分がまとめて収録されていたのでしょうが、翌日に同じ人から始まるというのも画期的というか、他には例がありませんネ。

 あ、出題は矢島正明さんでしたネ。『タイムショック』も矢島さんが出題されていたと記憶していますが、緊張感があって聞きやすい、素敵な声だと思います。

>近くに出場した人がいたんですか!それは凄い。
 「Qベエ」が羨ましかったです(^^ゞ
2006/06/21(水) 21:12:00 | URL | get_better4u
あのカプセルはきちんと電動だったんでしょうかねえ?
想像ではスタッフが手で回していたような気もするんですが(笑)。

タイムショックは、当時あれだけの動きをする装置も画期的でしたでしょ。
アップダウンクイズ、ダイビング・クイズも、いつかここで扱わなければいけません。
そうなるとガッチリ買いまショーとか大正テレビ寄席も思い出しちゃうし、
ああ、書きたい番組のタネは尽きまじ(笑)。

矢島さんはメロドラマのナレーションのイメージが強いですが、
なぜかタイムショックもQ&Qもやってるんですよね。

あー、そうそう。そうですよ。
「というところで今日は時間切れです。またあした出てくださいますか?」と押阪さんが言って終わるんですよね。
なんだ。ちゃんと観てたんじゃないですか(笑)。
大体は問題なく継続してましたけど、ごくたまに出られない人もいた気がしますけど…。

ところでエントリーに書き忘れた事を当方も思い出しましたのでここで書きます。
子供大会で趣味がラジオを聞く事という子が出たんですよ。
で、押阪さんが「どこの局を一番聞くの?」と質問したら
その子が「TBS」と答えてスタジオ中爆笑になったんですよね。
で、押阪さんも笑いながら、「ぼく、そんな気を使わなくていいの(笑)」なんて言ってるんですが。
その子はスタジオ中に笑いが広がった瞬間に意外そうな表情になって、
押阪さんに、「いや、本当に…」と言ってたんですけど、
押阪さんはあまり相手にしてませんでした。
それいけ歌謡曲、こども電話相談室、パック・イン・ミュージック、歌うヘッドライトなど、
人気番組が目白押しだった当時のTBSラジオ。
彼は本当に好きだったんでしょうねえ。大人の汚れた目に晒されてかわいそうでした(笑)。
2006/06/21(水) 22:08:07 | URL | ごいんきょ
岸さん話
岸さんといえば、フジ系の5分帯番組「味な話」(全農ほか提供、製作が家の光協会という今のJAグループ丸抱え番組)をやってましたね。
2006/06/23(金) 14:02:11 | URL | 畑中 智晴
全農
実は3時のあなたのスポンサーの一つでもありました。
全農のヨーグルト、プチフルなんか生コマしてましたね。

味な話っていうんでしたっけねえ。
ちょっと、よく思い出せないんですが、
やたら白いご飯が出てくるミニ番組をやっていたのは記憶にあります。
その番組の取材の縁で農家に嫁いだとか?
2006/06/24(土) 00:15:39 | URL | ごいんきょ
♪パラランパラランパララン
という百万円挑戦の敗北のテーマの作り手が宇野氏とは知らなかった

確かにop&edテーマは彼の作風が感じられ納得し得るもののこの曲には作風がちと無いようなので

ちなみにこの前話したその前のjnn系の昼のニュースでここでしかやってなさそうなcmに後タキイ種苗があったのを思い出した
2006/06/25(日) 15:48:15 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
♪パッパラパッパッパ~
というミリオンステージ挑戦の音楽は覚えてますが、
敗北とかよく思い出せないです。
EDもよく思い出せないなー。
そう言えばOPに作風感じますね。
特に終盤の、パッパッパッパッパッパッパラララパッパッパラッパパ~ の部分。
またわかりづらくなったな、このブログ(笑)。

>タキイ種苗
ピンポン! 資料で確認できました。
11時45分からのJNNニュースの提供に名を連ねてます。
こういう場合、できればどんなCMだったか書いて下さいよ~(苦笑)。
ちなみに、ダイワハウス、孔官堂、サンウエーブ、オッペン化粧品などもそうです。
2006/06/25(日) 22:10:58 | URL | ごいんきょ
懐かしすぎます^^
コメントだけにさせていただこうと思ったんですが
書くことが異常に多くなったのでTBさせていただきました。

さすがにミリオンステージは記憶に残ってませんが
ボーナスチャンスは後にリメイクされたこともあり
記憶に残ってます。

こりゃ後番組「スーパーダイスQ」を記事にするべきかな・・・
2006/07/03(月) 20:37:15 | URL | ファイアー負男EX
TBありがとうございました
正統的クイズ番組がお好きそうな負け男EXさんですが。
ボーナスチャンスってありましたね。
これもリメイクされた事があるんですか。

スーパーダイスQも見てました。
ここでもいつかは記事にするでしょう(笑)。
2006/07/04(火) 01:19:04 | URL | ごいんきょ
増田貴光氏
皆様、最近度々登場しております「田毎の月」です。こういう懐かしい時代の思い出を語る場を提供していただいてうれしさのあまり書き連ねて居ります。ご迷惑かもしれませんがお許しください。
さて「Q&Q」といえば司会は押坂忍さんという感じがしますが、その前任者の増田貴光氏を覚えておられませんか?この増田貴光という御仁は本職は淀長さんの弟子で映画評論家ということらしく、フジ系の「土曜洋画劇場」の解説もしていたようで、他にもNHKの少年向けのバラエティー番組(「チャンスだ、ピンチだ」だったかな?)の司会やレコードも出していたのではなかったかと思います。すらりとした二枚目で
髪を7:3にわけて、前髪をすこしたらしていたと思います。
司会のときもセーター姿でかっこよく決めていたと思います。一時期はTVやコマーシャルでよくお見かけしたのですが。ある日を境にプッツリと見なくなってしまったのですが、何故だかカメラに向かって手をひざに当てた姿勢で最敬礼していたことだけが記憶の隅に残っていました。今度改めて調べてみるとどうもホモセクシャルの疑惑が原因で芸能界から去ったようで、あのカメラに向かってのお辞儀の姿勢や、しゃべり方も納得するものがありました。Q&Qでの司会ぶりもちょいと気障でカメラを指差して決め台詞を言っていたように思います。
2006/09/25(月) 09:53:33 | URL | 田毎の月
謙遜禁止ブログ(笑)
田毎の月さんも、その雅なハンドルで印象強いですよ。
まあワタクシは、このブログ以前から人の発言を忘れない
ネット界の鈴木健二という異名を、自分で取っておりますけど(笑)。
ワタクシのように自画自賛しろとは申しませんが(笑)、
ここは謝罪とか謙遜とかあんま必要ない軽さが身上なんですよ。
書き連ねて戴くのはこちらにすれば有り難いのに、
そう言われるとワタクシが悪い気になります。ごめんなさい(笑)。

この番組の司会については、ワタクシは押阪さんしか記憶に無いんです。
増田貴光さんは、ワタクシが幼少時にスローダウンされたようで、
記憶には全くないんですね、今のところは。
いろいろ聞けて助かりましたが、そんなわけで、
ワタクシは突っ込んだ返しが出来ません。
ただただ興味深く拝聴しました。

押阪さん以前のこの番組を観ていた人、そう多くはないと思いますが、
ご記憶の点など有りましたら宜しくどうぞ。
2006/09/26(火) 00:40:08 | URL | ごいんきょ
通りすがりの者ですが・・・
ベルトクイズQ&Q、懐かしいです。
小学生の頃、よく見ていました。
「宿題クイズ(?)」というのに応募してQベエが当たりました。今でも持っています。こちらのHPの写真とはロゴの刺繍が違います。私のは、昭和49年ごろの物だと思います。
2007/03/01(木) 20:02:01 | URL | めいな
宿題クイズ
いらっしゃいませ。
通りすがりと言わず、常駐して欲しいものですが(笑)。

有りましたね~、宿題クイズ!
どんな問題だったか思い出せないでしょうか。
そうそう、あれでQベエ貰えたんだ。
ここの画像はいつ頃だろう。たしか1000回記念だと思いましたけど。

「掛け点どうぞ、赤」
「10点」
「白?」
「10点」
「第、3問」
ってな感じでテンポ良く進行してましたっけ。
2007/03/02(金) 07:04:53 | URL | ごいんきょ
あれれ?
>>ここの画像はいつ頃だろう。たしか1000回記念だと思いましたけど。

 無粋なツッコミで恐縮ですが、画像にしっかり「2500回」という表記が…。

 どこかで見た話ですが、物持ちのまだ良い方のTBSであっても、Q&Qの映像を残しているのはこの第2500回ただ1回のみらしい、とのこと。どこの局でもそうですが、クイズ番組の保存ってほんとうにどこもしてないです。そりゃ再放送の需要がゼロに等しいとはいえ…。

ちなみにTBSの社史「TBS50年史」には映像資料のDVDがついており、OP、ミリオンステージ進出の瞬間、ミリオンステージの場面のクリップが納められています。もちろんこの第2500回放送分です。
2007/03/05(月) 20:49:12 | URL | 通勤急行
いいかげん魔
本っっっ当にすみません(笑)。
画像に書いてありますか。
字が小さくて見づらいんで、大体の記憶で返答しちゃいました。
こんなヤツなので皆さん、宜しくフォローの程お願い致します(笑)。

クイズ番組はまず再放送が考えられなかったので、通常残さないでしょうねえ。
ただ、三ヶ月だか番組保存が義務づけられた時期が有ったと思うので、
その辺で奇跡的に残っている回が有るかもしれませんが。

TBS社史はDVD付属にした為か発行部数も多いようで、
テレビ局社史の中では比較的入手が容易ですね。
勿論ここの画像もそれですよ。
先日、ヤフオクで1万8千円の値が付いてましたが、
ワタクシにメール下さればもっと安く入手できる
お店を教えて差し上げますのに(笑)。
2007/03/05(月) 21:53:23 | URL | ごいんきょ
学校を休むと
ベルトクイズQ&Qって、私が風邪で学校を休むと見かける番組、というイメージが強いです。
「コッカッコッカッコッカッキューン!」という制限時間の音だけ覚えています。
2007/03/06(火) 01:15:49 | URL | かじか
音楽
その辺も宇野誠一郎さんなんでしょうね。
制限時間の音は記憶が曖昧になってるなあ。
やはりミリオンステージの音楽とか、出題やコンピューターの声が印象強いです。
2007/03/06(火) 06:56:48 | URL | ごいんきょ
トラックバックします
実はこの番組に、私の知り合いが出場した事があります。
その辺の詳しいエピソードを私のブログに書きたいと思いますので、トラックバックさせて頂きます。
なお、このサイト自体も私のブログにリンクさせて頂きました。
2007/03/30(金) 10:45:51 | URL | うみがめ
TBありがとうございます
へー。それはそれは。
後ほどそちらにコメント&TBリターンさせて戴こうと思います。
2007/03/31(土) 00:46:11 | URL | ごいんきょ
記憶2つ
記憶1:たまに女の人で賭け点の時に”10点!”じゃなくて”10点お願いします”とか言う人がいて、私は子供心に番組のテンポが崩れるのを感じ、”いらんこと言うなー”とか何とか言いながらテレビの前で怒っていたような記憶があります。

記憶2:ミリオンステージで不正解の時には”ちゃーらら ちゃーらら ふぁー”とかいう音楽が流れてました。私と兄の間では何か失敗した時に、この節に合わせて”あーああ あーああ あー”というのが流行りました。

ちなみにこのブログ、今日見つけたんですが、もうはまっちゃいました。当分抜け出せそうもありません。
2007/05/07(月) 04:02:31 | URL | わんぱくフリッパー
記憶1:
わかるわかる(笑)。

「賭け点どうぞ、赤」
「10点」
「白は?」
「10点」
「第1問!」

このテンポも心地よさの構成要因でしたからね。
間が悪い人にはイライラしました(笑)。
あと、天の邪鬼な人がたまに20点とか賭けると、
押阪さんが「え、え!?」とか挟むのもテンポ崩してましたね。


記憶2:
そうですね。そんな音楽でした。
子供大会じゃない普通のミリオンは、結構正答確率低かったと思います。
2007/05/07(月) 06:43:19 | URL | ごいんきょ
はじめまして。
ベルトクイズQ&Qの本を買ってみて、検索してだとりつきました。

安く売っているところがあったら、ぜひお教えください。(それ以前に売っていないようです)

また、映像なども公開できるようでしたら、お願いします。
2008/02/14(木) 03:43:43 | URL | すたぼ
でっかいバッテン
当時、親戚のおばさんにもらった寝そべっている犬のぬいぐるみをQベエと呼んでいました。
でもQベエって、実際は馬だったんですね…(笑)
何と言っても、ミリオンステージの不正解の時のでっかいバッテンが好きでした。
わんぱくフリッパーさんの書いていらっしゃる”ちゃーらら ちゃーらら ふぁー”、私も歌ってましたよ。しかも両手両足を使ってバッテンのポーズまでしていました(笑)
バッテンが出る時「デン デン」というような音に合わせて、線が一本ずつ伸びてバッテンの形になったような記憶がありますが、はたして合っているのでしょうか?
当時まだ幼児だった自分にとって、夏休みなどの子供大会に出場していたお兄さんお姉さんは眩しい憧れの存在でした。
2008/02/14(木) 23:50:10 | URL | みゅう
● すたぼさん
はじめまして。
クイズ番組本って発行部数が少なくてマニアがいるから、
どれも異常な高値がついてますね。
中でもQ&Qの本はまだ流通を見たこと無いです。
かなりのレア本と思われます。
価格も1万円近く行っちゃうんじゃないですか。
映像については、ここでの公開は憚られますね。

● みゅうさん
そうですね。たしか馬ですよね。
フリッパーさんの歌、よくわかりますよね(笑)。
デンデンの音もよく覚えてますけど、バッテンがそれに合わせてだったかはわからないです。
2008/02/15(金) 05:50:58 | URL | ごいんきょ
この番組にも出演しました(笑)。
小川宏ショーの子供の広場に
出演したとコメントでお邪魔しましたが、このクイズ(増田貴光さん
司会の頃)にも出演しています(笑)。

当時高校1年生、生番組でしたから、祭日に出演。学生なので
翌日は平日で出演できません。
スタッフの方も、それを配慮して
当日のTOP出演にしてくださったのですが、なんとか当日中にミリオンステージに到達したいと、普通は10点くらいしかかけないのに、私は大きく掛け点をかけ、勝負(笑)。
最初は調子よく行ったのですが、
これは1問も間違えられない勝負の
仕方で、結局失敗しました。

増田貴光さんといえば、NHKで司会をしていた「チャンスだ、ピンチだ」で小林幸子さんがアシスタントをなさっていたんですよ。
2008/06/14(土) 17:16:29 | URL | たかちゃん
あ。そうかー。
たまにいた賭け点の多かった人には、そんな切羽詰まった事情が有ったんですね。
これは盲点だった。
増田さん時代に出演とは、かなりの初期ですね。
チャンスだピンチだはわからないなあ。
幸子さんはバリバリの子役あがりですからね。
2008/06/17(火) 07:19:34 | URL | ごいんきょ
増田貴光さん
初代がこの人といくら言われても
押坂忍さんのイメージが強すぎるからなあ。あと、岸ユキさんも出てたような。 

知らないんだよね、何してる人か。
いまは、何してる人なのかわからない人がどんどんテレビ出てくる時代だから驚かないけど。
キャラがきわものなら芸があろうがなかろうがそれでテレビタレントになる時代だものな。

増田貴光さんも出てたのは聞いたことはあるけど。
  
2008/07/11(金) 13:55:02 | URL | 梅吉
田毎の月さん、増田さんは
テレビに出る前に、深夜放送に出ていました(1968年)。毎週一回、女性作家の・・名前思いだせませんがシャンソンも歌っていた人で、その人との二人の司会でした。その作家と親友である美輪明弘もしょっちゅう来ていました。増田さんは勿論映画の解説してましたが、当時10代だった私がびっくりして覚えているのは、「ベニスに死す」の時です。増田さんは興奮しきって「素晴らしい小説だ。この映画化の話がある。みんな絶対読んで。観て」と。その小説は初老の紳士が少年に恋する内容で、私はその時からソッチ系の人だと知り、後日テレビに出た時は「こういう系の人でもテレビ出られるんだぁ」と思ったものでした。後に新聞で詐欺逮捕の記事見ました。。
2008/07/13(日) 13:46:40 | URL | さっぽろっこ
戸川昌子ですか?
>さっぽろっこさん
シャンソンも歌っていた女性作家というのは、もしかしたら戸川昌子だったでしょうか。私はその番組を聴取したことはありませんが、どこかで話に聞いたことがあります。増田貴光氏はテレビの映画解説で見た記憶もあるんですが、顔が他の人と混ざってしまってハッキリ思い出せません。ネットで検索しても出て来ないようです。
2008/07/13(日) 20:56:54 | URL | あぶもんもん
そうです^^
>あぶもんもんさん
戸川昌子でした。お陰でスッキリしました^^。姉御肌の人でテレビでもよくみました。増田さんは昔のままだったら、その辺で会っても解るかもw
2008/07/13(日) 21:25:42 | URL | さっぽろっこ
● 梅吉さん
押坂忍・岸ユキコンビの頃が全盛じゃないかな。

● さっぽろっこさん
なるほどー。カミングアウトだったわけですね(笑)。

● あぶさん
増田さんの映画解説については、水曜ロードショーのコメント欄で
漫中老さんが書いてくれてます。
2008/07/24(木) 04:58:22 | URL | ごいんきょ
増田貴光氏
「さっぽろこ」さん、私が二年も前に書いたコメントよく読んでくださいました、ありがとうございます。
嬉しさのあまりネットで調査してみると、出自はメンズモデル出身でホモ疑惑の後、警視総監の名を語り詐欺を働いたことから逮捕・服役となったようです。(逮捕時はある有名人一家に関わっていたようですが・・・。ヒント恒晶厚)
現在は派出婦紹介所をしているようですね。
いずれにしてもモデル出身は・・・、納得(笑)
2008/07/25(金) 16:13:23 | URL | 田毎の月
いえいえ^^
>田毎の月さん、
私が書く前に、他の方のコメントがあったから読めたのです。まさに、ごいんきょさんの「皆さんのコメントで、古い記事にも新しい息吹が」ですね^^。私は自ら番組名をなかなか思い出せず、右側のコメント欄や左のランキングを見て「あ~」と思うのみです;アドレス帳の様に、ごいんきょさんがアップしたのが自動的にあいうえお順の表に入ると便利なのですが^^;
って、増田さんモデル出身ということで、私のお宝雑誌「メンズクラブ100号記念1970」を捜してみました。増田さんは居なかったですが、当時のトップモデルの蟇目良さんがVANジャケット12000円・VANスーツ24000円のを着ていました。たかっ!
2008/07/27(日) 23:52:06 | URL | さっぽろっこ
● 田毎の月さん
派出婦かあ。
ワタクシもお世話になってたりして(笑)。
そっちじゃないのかな。

● さっぽろっこさん
そうなんですね。
皆さんのコメントで古い記事に新しい息吹が宿るという。
五十音順のリストも導入を試行した時があるのですが、
いろいろと難点が多くてねえ。
FC2の方で上手く考えてくれると手間ないんですが。
しかし当時で2万円のスーツって、考えられないっす。
しかも蟇目さんですか。
2008/07/29(火) 05:34:19 | URL | ごいんきょ
通りすがりです
懐かしくて、つい読み込んでしまいました。
そうそう、
「第、一問!」
なんですよね(笑)。

僕がこの番組で気になっているのは、番組名とスポンサーなんです。

たしかQ&Qとか言う棒型チーズメーカーがスポンサーで、番組名もそれに因んだのでしたっけ?
2008/09/19(金) 15:04:23 | URL | (ハンドル未記入)
押阪さんの口調もまざまざ思い出されますね。
チーズに関しては、QBチーズと勘違いされているのでは?
2008/10/19(日) 08:53:17 | URL | ごいんきょ
ラテカセ
ラテカセってラジオとテレビとカセットがついたやつだったんですか!
初めて知りましたw
ずーっとラテカセって何だろう?と疑問に思っていました。
まさかこんな所で答えがわかるなんてww
2009/02/16(月) 21:08:35 | URL | 緑のおばさん
子供大会のミリオンステージ賞品で、ラテカセも人気ありました。
テレビ画面なんて本当に小さなものなんですが、
それでも自分だけのテレビが持てるのは、当時としては凄い事なんですね。
2009/02/17(火) 01:43:55 | URL | ごいんきょ
気になるテーマが多すぎて
しかし、ココは素通りする訳にはいかない興味深い話が多いです。
ラテカセは新しもん好きな兄が持っていて、不在時にはエッチな番組を隠れて見てました。
ボクも夏休みには、その後(前?)にやる「シャボン玉こんにちは」と合わせて楽しみにしてました。昔のクイズ番組は、ひたすら問題で、テンポがよかったですよね(アップダウンクイズ然りクイズグランプリ然り)。当時、ラテカセやサイクリング車や天体望遠鏡など、子供にとって夢の賞品だったけど、今ならどんな賞品なのかしら? 何でも持ってそうな・・・
2009/02/17(火) 10:03:43 | URL | naokiman
ベルトクイズ
当時の100万円
おおいに価値があるだろうね。 

矢島正明氏の
出題ナレーション、出題読みも
味があった。
押坂氏の司会じゃなかったら
面白くないです、この番組。
2009/02/17(火) 11:44:16 | URL | 梅吉
増田貴光氏
映画解説もしてたみたいだけど
この番組の司会してたとはね。

増田氏の司会は
うまかったんですか。
見てないので知らないのですが。 
2009/02/17(火) 11:46:43 | URL | 梅吉
● naokimanさん
やはりね(笑)。
Q&Q→きんケロの流れですね。そしてポーラ。
天体望遠鏡も憧れでしたね。
今ならゲーム関連やパソコン、ワンセグなどが人気となるでしょう。

● 梅吉さん
開始当時の賞金は結構な射幸心を煽ってたでしょうね。
2009/02/18(水) 06:43:41 | URL | ごいんきょ
教えてください
とても懐かしく拝見いたしました。放送当時は自分はまだ幼稚園児~小学校低学年でしたが、毎週土曜日の半どん(お昼に帰れる)日だけは見てた記憶があります。ただ、後番組の「スーパーダイスQ」は月~金の放送だったそうで、自分の記憶違いおnようなきもします。

実際、コノ番組は土曜日は放送してましたっけ?

ご記憶の方教えてくださいませ。
2009/04/26(日) 03:22:49 | URL | koj2004
デンスケ
ボクもこの番組で「デンスケ」を知り、「『デンスケ』って何だよぉ」と思いました。「デンスケ」はソニーの商品名になり、生録機の一般名詞にもなりましたが、もともとはTBS(ラジオ東京)がそのネーミングに関わっている事は、ごいんきょさんもお持ちの「TBS50年史」に書かれてありますね。

「Q&Q」は当初40分番組でしたが、後に25分、更に20分と徐々に短縮されていきましたね。長寿番組ではありましたが、あまり扱いはよくなかったようですね。クイズ番組が「20分」ってw

押坂忍の司会の印象が強いですが、最初の増田貴光との間に「椎名勝巳」という人がいたのを憶えてますか?
2009/04/26(日) 10:41:02 | URL | 石毛零号
● koj2004さん
少なくとも昭和50年代は、ハッスル銀座とか覚えてますので、
土曜日に放送しているはずは無いですね。
それ以前も、月曜から金曜だったと思います。
子供が見られるのは春夏冬の長期休暇の時だけですね。

● 石毛さん
ここんとこ積ん読が異常に増えていてねえ。
TBS50年史も、なかなか通して読めないんですよ。
デンスケがTBSのネーミングとは知らなんだです。
ワタクシは、あれはあんま欲しくなかったですけどね。

けっこう好きな番組だったし、他の人もそうだったとばかり思ってたんで、
どんどん短くなるのが不思議で仕方なかったんですよ。
あの頃は視聴率もかなり低くなってたのかな。
椎名さんも知らないですね。
ワタクシが覚えているのは押阪・岸ユキコンビですから、
昭和47年頃に見始めたんだと思います。
2009/04/27(月) 00:41:44 | URL | ごいんきょ
増田貴光さん、小林幸子さん
私が小学6年生の時(昭和44年12月)に、増田貴光さん、小林幸子さんが司会をされていたNHKの「チャンスだ!ピンチだ!」に中野区立塔山小学校代表で出させていただきました。小林幸子さんが有名になられてからも、あの「チャンスだ!ピンチだ!」の小林幸子さんなのかなあ??とずっと思っていました。でも小林幸子さん有名になられてすごいですね!
2009/07/08(水) 02:51:42 | URL | あるぎん
増田貴光さん、あの人は今に出られて、Q&Qの思い出を・・・
こんにちは。私は幼稚園に行く前に
増田さんのQ&Qのカラー映像を最終年代だったと思いますが・・・・
増田さんの洋画劇場の解説のTVと一緒に良く見た思い出があります。
それだけ私の生まれた年は言いにくい年になりましたが、現在の増田さんが押坂さんと再会してる姿をビデオに録画したいです!!
2009/07/23(木) 11:49:01 | URL | 宮本久里子
ラテカセと、いうのがあるとは
知りませんでした。
こういうの当時、欲しかった
くらいですが。
当時、100万円とこのラテカセ
もらえた人はうれしかったかも
しれませんね。

ごいんきょさん
改めて、いろいろお手数
おかけして申しわけありません。
ハンドルネームは今後これで
通しますので。
いろいろお手間取らせてしまいました。
この場を借りてお詫びします。
本当にごめんなさい。 

 
2010/02/04(木) 12:13:55 | URL | サイドスロー
● あるぎんさん
チャンスだ!ピンチだ!もいつかは扱いたいです。
お気付きになったら是非そこでコメント下さいね。


● 宮本久里子さん
その当時にカラーで見られたとは、わりと早い導入だったですね。
Q&Qの回顧企画も是非やって欲しいですね。


● サイドスローさん
ラテカセがなぜ憧れだったかと言えば、自分一人でテレビを見られる、
イコール、エッチ番組を内緒で見られるという事に尽きたと思います(笑)。
先にも書きましたけど、ウチとしましては内容さえきちんとしていれば、
ハンドルはどうでもいいんですよ。無くても結構です。
2010/02/05(金) 05:53:06 | URL | ごいんきょ
チャンスだピンチだ
増田貴光さんと司会をしていたのは、私が知る限り狩野恵子さんだと思うのですが、小林幸子さんもされていたんでしょうか?
狩野さんが綺麗で、狩野さんを見るためにこの番組みていました。(笑)
狩野さんのその後をご存知の方いらっしゃいませんか?
2010/11/23(火) 08:18:53 | URL | 仙人
初代アシスタントは、まだ子役と言えた時分の小林幸子さんです。
二代目の狩野さんが、最終回まで長く務めていますね。
その後はどうでしょう、寡聞にして聞きませんので、
子役でやめられたんじゃないでしょうか。
チャンスだピンチだも、いずれ扱いますので、
目にされましたら、またその節にご記憶をお聴かせ下さい。
2010/11/23(火) 14:34:12 | URL | ごいんきょ
ラテカセ
子供大会の景品のラテカセといえば、この番組の名物でしたね。

でも、景品にはたしかビクターの製品が使われていたような…。

スポンサーにはなってませんでしたが、押阪さんが司会なのに、東芝でなくていいのかなとおもいました(当時は東芝からもラテカセは発売してたはず)。

ちなみにデンスケとは、生録用ポータブルカセットレコーダーのことで、普通のテープレコーダーより、大きくてゴツいものです。
2010/11/23(火) 20:05:42 | URL | 10000k
テレビ界は伏魔殿ですから、東芝さんが賞品提供したくても、できない事情も有ったんでしょう。

そうそう。
生録が流行っていた時代が有りましたね。
あれはなんだったんだろう。
2010/11/27(土) 00:28:36 | URL | ごいんきょ
井上瑶さん
ベルトクイズQ&Qのコンピュータの声は、ガンダムのセイラ・マス役を演じた、故 井上瑶さんでした。
「楽しいクイズをベルトで結んだ…」というような押坂さんの台詞を覚えています。
2010/12/27(月) 22:35:11 | URL | STJ
大変長らくお待たせいたしました。
以前、「ナカウラ」のスレッドで「大都リッチランド」のネタを披露しましたところ、
10000kさんからご紹介を頂きましたので、ここのスレで大都リッチランドのCMの話をしたいと思います。

まず、「伊豆エメラルドタウン」のCMは、覚えていらっしゃる方も多いと思います。
初期が「子供たちの合唱編」で、
例の「♪伊豆エメラルドタウン~大都エメラルドタウン~」というコマソンでした。
その次のシリーズが、山本直純&新日本フィルハーモニー交響楽団が演奏する
ドヴォルザーク「新世界より」の第4楽章(さわり)に「♪伊豆エメラルドタウン~」を
フェードイン(挿入)させる構成のCMだったと存じます。

そして、1973年の夏~秋だったと思います。
新たに「三島パサディナタウン」が売り出されることになり、
そのCMが流れ始めました。
私が覚えているのは、その「コマソン」で、あの森田公一先生の歌でした。
テレビCMでは部分的でしたが、ラジオCMでは1コーラスまるまる流れていました。
そこで今回は、その「三島パサディナタウン」のコマソン(歌詞)をご披露致します。

生まれ~は何処かと~ もう~尋ねな~い~
こ~の~街にみんな~ ふるさとを~ 感じているか~ら~
ほほえみの~ ふれあい~
ゆとりの~~
三島パサディナタウン~~

…いかがでしょうか。なお、森田先生のソロは前半(…感じているか~ら~ まで)で、
後半はコーラス(男女混声)となっていました。
で、もしかすると「ゆとりの~」は、「みどりの~」かも知れません。
ついでに、採譜をしましたので、楽器をお持ちの方は一度お試しください。キーはCです。

ソラド~レミレドミ~ レミ~レミソシ~ラ~
シ~ド~ドシラソソミ~ ミミレレレ~ レレレレラソファ♯~ソ~
ミミミミミ~ ソソラド~
ドレミラ~~
ラドレミドドドド~~

いかがでしたでしょうか。ちなみに、唯一のファは「ファ♯」、
また、歌いだしの「ソ」はギターでは第6弦の第3フレットです。

長くなりましたので、今日はここまで。
次回は「ハワイアン・ヴィップ」の話をしたいと思います。どうぞお楽しみに…。

おじゃましました。
2011/02/11(金) 21:38:26 | URL | 甚六
● STJさん
あらー、井上さんお亡くなりでしたか。
押阪さんのセリフは覚えてないですね。
初期かな。


● 甚六さん
長くスポンサーだった大都リッチランドのCMですね。
この番組でも流されいたと思われますが、ワタクシは覚えてないですね-。
2011/02/12(土) 07:24:54 | URL | ごいんきょ
大都リッチランド(続き)
大都リッチランドが、土地以外に手がけていた商品として、
「ハワイアン・ヴィップ」という飲料(グァバドリンク)がありました。
TVCMでは、
「♪ヴィップ ヴィップ ヴィップ ヴィップ ヴィップ ヴィップ
 ハワイアン・ヴィップ!」というコマソンが流れていました。
なぜ、このような「幻の飲料」をいまだに覚えているかといいますと、
TVCMもさることながら、当時(1974年ごろ)、後楽園球場の場内販売で
コカコーラやペプシコーラと並んで、この「ハワイアン・ヴィップ」が
売られていたからです。紙コップに入って(約180cc)、100円でした。
ちなみに、後楽園でこれを初めて飲みながら観ていたのが「日本ハム-阪急」戦。
日本ハムの主力は張本勲、大杉勝男、大下剛史、白仁天…で、監督は中西太さん。
一方の阪急は3年連続日本一になる前、すなわち「夜明け前」の時代でした。

おじゃましました。
2011/04/30(土) 21:11:50 | URL | 甚六
CMも、飲料そのものもまったく覚えてないですねー。
日ハム打線は、5者連続ホームランをかっとばした豪の者たちですね。
2011/05/06(金) 00:13:50 | URL | ごいんきょ
押阪 忍さんが司会をされていた時のなら。
押阪さんが司会をされていた時のなら、覚えていますよ。テーマ曲も。アシスタントが岸ユキさんでしたね。私が覚えているのは。
2013/02/11(月) 21:47:23 | URL | マスダっち
押阪さん以外で司会してた人いましたっけ?
岸ユキさんは、ここでは本当にアシスタントって感じで、
特に最初の頃はほとんど喋らなかったです。
ケンちゃんシリーズに出演して、タレントっぽくなっていったですね。
2013/02/21(木) 03:41:21 | URL | ごいんきょ
提供各社
昼の帯番組だけに、スポンサーもいろいろありましたが、かすかに記憶にあるCM があって、ひとつが、オリベッティのタイプライターで、イタリアのメーカーらしく、赤いタイプライターが有名でした。

もうひとつは、バポナという、天井に吊るす箱のハエ退治器で、当時はシェル石油(現:昭和シェル)が発売していました。

バポナは現在でもありますが、現在はアース製薬に発売元が変更されました。
2013/02/23(土) 08:55:56 | URL | 10000k
オリベッティのタイプライターって、かすかに懐かしい響き。
バポナってのもよく見かけはしますが、まさかテレビCMやってたなんて。
2013/03/04(月) 00:41:18 | URL | ごいんきょ
日曜日のお昼頃、やってました。時々見ました。赤い回答席と、白い回答席があって、回答者の方が、「10点」、「10点」と言ってました。あのオープニング曲の「キューー!!!」という声がなんだかこわかった。
2014/03/14(金) 14:04:10 | URL | kyoko
日曜?
地方によっては日曜に放送した所が有ったのでしょうか?
「キュー」という合成音っぽい作りの声ですね。
番組時間が短くなってから、いつもの主題曲の途中に入るようになったかと思います。
2014/03/16(日) 09:13:41 | URL | ごいんきょ
色々この番組の司会遍歴も興味深いところがあったので調べてみたのですが、おおまかの流れでこんな感じみたいです。

①増田貴光・(アシスタント)円木紀久美(昭和46年7月まで)
②円木紀久美(単独、46年7月〜8月)
③椎名勝己・円木紀久美(47年5月まで)
④押阪忍・岸ユキ(52年春まで)
⑤押阪忍(単独、終了まで)

増田貴光が降板した理由はどうやら当時同時期にNHKで司会をやっていた子供向けのクイズ番組の収録中に倒れて療養を強いられることになった事によるものらしいです。

ただ、最初は降板ではなく”出演休止”扱いで、暫くはアシスタントの円木を進行役に、ナレーターの矢島正明を声のみの”総合司会”役に見立てて彼の復帰を待つ姿勢だったようですが、早期復帰の目処がつかなかったのと、この一件が当時週刊誌等でスキャンダル的な報道のされ方をしてしまったことで何らかの責任を取る必要が生じたため、結局46年の8月いっぱいで彼は完全に降板扱いとなったみたいです。

あと、円木→岸ユキのアシスタント交代のタイミングはどうも押阪さんの司会登板と同時だったようです。因みに最終盤は、時間尺が20分前後まで縮小されたせいもあってかアシスタント制は廃止されたみたいですが・・・。
2014/04/17(木) 08:36:57 | URL | (ハンドル未記入)
へえ、増田さんについては何も知らないので、助かりました。
最初に見たのが押阪さんと岸ユキさんの二人だったので。
あと、途中から馬の手ぬいぐるみが出てくるようになりましたけど(笑)。
2014/04/19(土) 20:39:11 | URL | ごいんきょ
ちなみに
この番組が始まる前の半年間のTBS正午枠はおそらく「ヤング720」と同系統の情報番組と思われる「お昼にあいましょう」なる番組がやっていたみたいです。
TBS製作分の月〜木は川崎敬三と「ヤング720」からのスライド登板の関口宏、ABC製作の金曜は森乃福郎、田辺靖雄らが司会を務めていたそうです。

2014/04/20(日) 04:22:45 | URL | (ハンドル未記入)
いやあ、聞いた事無い番組だなあ(笑)。
2014/04/20(日) 09:50:28 | URL | ごいんきょ
さらに遡って
 昭和43年の秋から「0(ゼロ)スタジオ おんなのテレビ」という番組もありました。
 これがTBS系における平日正午の帯番組の始まりと思われます。
 何かの番組で美輪明宏(当時は丸山)さんと戸川昌子さんが一緒に出ていた当時のVTR(だったかな?凄く映像が乱れていた印象がある)を見たことがあります。
 在京4局のなかではTBSが最後発になるのかしら?
 前半の15分ニュース、真ん中に日替わり(または帯)30分程度の番組、後半15分の帯番組という昔ながらの編成形態を頑なに続けているのはいまやNHK総合だけですね。
 
2014/04/20(日) 23:45:40 | URL | 北国の人
時間ですよの浜さん
時間ですよ内でベルトクイズQ&Qに出演(した夢だったかな?)したエピソードがありました。
2014/04/21(月) 07:44:26 | URL | とらお
● 北国さん
いやあ、聞いた事無い番組その2だなあ(笑)。
まだまだこのブログも種切れになることは無さそうです。


● とらおさん
んー、何かの番組であった気はしてましたが、時間ですよでしたか。
2014/04/29(火) 02:52:36 | URL | ごいんきょ
「ちびまる子」ちゃんでも
おじいちゃんの友蔵が、この番組に出場する話がありました。
いい線までいって、敗退したと記憶しています。司会者の声は、押坂さん自身が当てていました。
これは、作者、さくらももこの祖父の実体験に基づくようです。
2014/09/21(日) 19:51:21 | URL | ワン太郎
確か・・
中学生の頃、長期休業中、平日のおひる見てました。ですので、私の司会者イメージは押坂さんではなく増田貴光さんでしたね。
 増田さん、本業は映画解説者だったわけで、土曜洋画劇場を担当してたんですが、確か、他の曜日の(荻さんの月曜、淀長さんの日曜とか)尺は2時間だったんですが、土曜だけ90分だったはずです。だもんだからかなりカットされた状況で上映だったはずです。
 戻ってQ&Qですが、増田さんのころのミリオンステージは、確か30万、90万、270万の3段階だったんですよ。それが、途中から最高100万円にさがったはずなんですよ。その理由は、法的規制ができて、テレビ番組でもらえる金額の上限が100万円となったからだと、確か聞いたんですが。これって本当だったのかな?
2014/09/22(月) 01:53:19 | URL | みのモンタナ
● ワン太郎さん
お爺ちゃんが出場したのまでは有ったのでしょうが、
押阪さんどうこうはネタでしょうけどね(笑)。


● みのモンタナさん
そうですね。賞金は途中で100万までの規制がかかりました。
土曜映画劇場も、いずれは扱いますよ。
2014/09/25(木) 06:59:03 | URL | ごいんきょ
私も出ました
なつかしいですね。私、昭和47年夏の子供大会に出ました。ミリオンステージで当時ミュンヘンオリンピック直前で、その関連の問題をあてて、ステレオを縫いぐるみをもらって帰りました。今となってはいい思い出です。
2015/03/22(日) 12:12:29 | URL | てるる
てるるさんへ
てるるさん、『ベルトクイズQ&Q』の夏の子供大会に出たんすか!!すごい!!1972年の夏頃の『ベルトクイズQ&Q』の司会は…押阪 忍さんですか!?アシスタントは…岸 ユキさんかな!?
2015/03/26(木) 10:47:24 | URL | マスダっち1971
テーマ曲が……(^^;)
「ベルトクイズQ&Q」といえば、テーマ曲ですね。今でも頭の中で、あのテーマ曲を思い出します。
2015/12/26(土) 15:01:27 | URL | マスダっち1971
● てるるさん
47年。ワタクシが見始めた頃だと思います。
当時、子供でステレオ持つと言ったら物凄い贅沢な体験ですねー。
写真とか残っていたら、ご自身のブログなどで公開したら反響が有ると思いますが。


● マスダっち1971さん
多分そうですよ。
ワタクシが見始めた年だと思いますので。
テーマ曲は、後期には「Q!」という電子声っぽい合いの手が入るようになりました。
2016/02/28(日) 23:29:23 | URL | ごいんきょ
ネットセールスとローカルセールスの混合枠?
 バポナ、かすかに覚えている限りでは全身タイツ(頭の部分はない)姿の女性が
 ♪バポナ バポナ バポナ~(タンゴ調のリズムで)という音楽に合わせて踊っていたような…。
 全国ネットのスポンサーだと、
 ①日清製粉(から揚げ粉やナンバーワン冷麦・そうめん)
 ②エスエス製薬(ジョーン・シェパードさんのエスカップや桜田淳子さんのブロンS)
 ③ブルボン(ルマンドやチョコリエールなどの袋菓子が中心)
なども思い浮かびます。
 HBCローカルのスポンサーで変わりどころでは、「スートマジックP」という煙突のすすとり剤のCMが流れていました。(ちなみにアメリカ製)
 藤本房子さんが歌う「スートマジック、ポットにポイ!」というフレーズと森永チョコボールのキョロちゃんに似た鳥のキャラクターが思い出されます。
 もうひとつ、藤村俊二さんが水を飲みまくる浄水器のCMもありました。(丸十という健康用品の販売会社)
 このCMとカリキュラマシーンで、オヒョイさんは「なんだか変なおじさん」というイメージが幼少期の私の脳裏に焼き付いてしまいました。
 
2016/03/27(日) 22:53:07 | URL | 北国の人
この番組、覚えている範囲ではオープニングからすぐ番組に入ってましたよね。
それで或る程度進んでからCMですから、ローカルスポンサーだったのかもしれません。
2016/04/12(火) 22:32:02 | URL | ごいんきょ
ハワイアンビップ。
げっきん中1でラジオ遠距離受信を始めていまして、
文化放送で流れてたスポットCMをまだおぼえてます。
広島では、テレビCMまで流れていなかったです。
2016/08/19(金) 12:53:02 | URL | 週刊げっきんLIVE
結構前に甚六さんが教えてくれた幻の飲み物ですね。
飲んでみたい気もするけど、名前はあまり美味そうじゃないな(笑)。
2016/08/19(金) 18:58:43 | URL | ごいんきょ
「ラジカセ」ぱおぱ
僕が幼稚園の頃、よく見ていたのを覚えています。「パオパ、パオパ、パッ」と聞こえた敗退音も覚えています。
2017/03/26(日) 00:02:17 | URL | (ハンドル未記入)
復活して欲しいクイズ番組の一つに、ベルトクイズQ&Qを挙げます。
2017/03/26(日) 00:04:24 | URL | (ハンドル未記入)
ワタクシの感覚では、パーララッ パーララッ パーッ なんですがね(笑)。
擬音の聞こえ方の違いっていうのも面白いな(笑)。

ベルトクイズも面白かったですけど、今の視聴者にウケる形かというと、難しいかもしれませんねえ。
かと言って、ひな壇芸人が騒ぐ形もウンザリだしなあ。
2017/03/27(月) 00:53:20 | URL | ごいんきょ
「ムー」でも
金田さん役の樹木希林がドラマ内でこの番組に出てたことがありましたね
ひょっとすると「ムー一族」の方だったかも知れませんが

ミリオンステージって
10万→30万→100万 じゃありませんでしたっけ?

あと岸ユキといえば、やはりこの番組と東京電力のイメージが強いです

ついでにこの番組のCMで覚えているのは「♪かぐや~姫~」の孔官堂と、小林脳行のモスノーですね
「モスボックスもよろしく!」
2017/03/28(火) 16:50:16 | URL | 野鼠小僧
ムーでそんな場面が有ったんですか。
いかにも久世さんらしい。

ワタクシにとって岸ユキさんは、ケンちゃんシリーズと午前中の農協番組ですね(笑)。

かぐや~姫~ 懐かしいな。そう言えばこの時間帯だったかも。
モスノー、モスボックス、いいですねえ。
二つとも久々のツボです(笑)。
2017/03/31(金) 05:06:17 | URL | ごいんきょ
今日のNHK「ひよっこ」
主人公みね子の元同僚・豊子が出場したクイズ番組の司会者役で押阪忍さんが出演されていました。ご健在で何よりです。
案の定ネット上ではベルトクイズQ&Qを知る視聴者からの反響が多かったようです。ちなみに故・野際陽子さんとは立教大の同期だったそうです。
2017/08/15(火) 12:23:32 | URL | TSUSHIMA
新参者よりご挨拶を
拝啓 よろしくお願いいたします。この「VC Q&Q」初めて観たのが記憶では1970年頃中学生の時。司会は「増田&丸木コンビ」でしたね。当時は法改正前で賞金総額は270万円と記憶しています。増田さんは少々かつ舌に疑問があり、言葉が飛んで?しまったりしていましたが上手かったですね。それより何より記憶に残るのが「宇野誠一郎氏作曲の、不思議なテーマ曲」でした。このテーマ曲はその後何回かアレンジされ、つど面白くなりました。しかし、今から10数年前にある曲を聴いた際「このQ&Qの元ネタ?になったのではないか?」と思われる曲と出会いましたそれは、「海底大戦争 潜水艦スティングレイ 海外オリジナル版=作曲バリーグレイ氏」でした。具体的には「ミミファファソソラー(フラット)ソソファファミミレー」の部分です。この印象的なメロディーが「最初から出るのがQ&Qであり、途中から出るのがスティングレイ」でした。非常に印象的なメロディーなので心に残ります。この「激似、借用、そっくり」と言う定義は「どちらが先にそのメロディーを発見し登録したか?」で決まります。たとえ早く作曲しても登録が遅れれば「負けは負け」なのですから。これは「両番組の制作放映年月日を調べれば明白」でしょうね。しかし、今回そういう事より何より、この「テーマ曲の持つ、ポップでありながら、実に近現代クラシック的な要素」に注目したいです。基本は「宇野誠一郎氏の作曲家としての成立の過程」です。聞けば「まず独学でピアノを習い、後に普通の大学に行きながら、作曲の師匠に「安部孝明、池内友次郎」指揮の師匠が「斉藤秀雄」更にオーケストレーションの師匠が「平尾貴四男」と言う、実に物凄い師匠に教わっていた事。ここに注文すべきです。実は、当時同じようなクイズ番組のテーマ曲を多数造っておられた方に「山下毅雄先生」がおられます。この先生も基本は「音楽は独学であり、一部確かにフルート等の専門のクラシック系師匠についていた事実」はあれど、基本路線はジャズ系でした。この「クラシック屋さんとジャズ屋さんの決定的な相違は、出てきた音楽の、メロディーラインはもちろん最大の相違は、和声、つまりハーモニーでありサウンド」です。ここに「宇野氏と山下先生の相違」があります。この「VC Q&Q」のテーマ曲を聴きますと、極普通のダイヤトニックに動くメロディーラインをうんと変化させ、フラット下げにした言うに言われぬ面白い効果を出していた稀な名曲といえます。特にエンディングでは「時計のカチコチカチコチと言う様な規則正しい不協和音?=単音モノフォニックだが和声が取れない? 様な特殊な効果で「ちゃらーーんっ」と終わるのです。これは番組後半、司会が押坂さんに変わっても基本路線は同じでしたが、大分変化していましたね。録音もおそらく何処かにはしまい込んでいるはずですが、譜面を書く事は可能です。此処で思い出されるのは、もう30数年前、実写の鉄人28号の音楽の件で、宇野誠一郎氏のご自宅にインタビューさせて頂いた際、奥様の「里見京子さんとお話出き、主人は作曲中ですが、ファンの方のご質問等には極力お答えをいたします」とご丁寧な対応、、、自分はこの時「レインボー戦隊ロビンと話しているのだ」と感激しましたね。この「VC Q&Q」是非もう一度観たいです。 敬具
2017/08/18(金) 14:19:48 | URL | よしたかくん
よしたかくん、お詳しいのね~~~~~~~~(^^;)
よしたかくん、お詳しいですね~~~~~~~~!!コメントが........物語っていますわね~~~~~~~~(^^;)
2017/09/12(火) 09:54:59 | URL | マスダっち1971
ラテカセについて
ラテカセはACとDCが使え、電池は単1電池9本使用でテレビが約6時間使えます。考えると1日「映画」または「サスペンス」を3回見たら終わりという感じではっきり言って不経済だと思います。(非常用か・・・)
2017/09/12(火) 10:54:57 | URL | クッキーモンスター
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以前“「いいとも」以前のフジテレビで”という記事の中で 「ベルトクイズQ&Q」に
2006/06/28(水) 05:09:13 | そんなこんなで3分経過。@ココログ
この度、マイLinksに追加した「私的・昭和テレビ大全集」の「ベルトクイズQ&Q」にトラックバックしています。1970年代、平日昼のお楽しみと言えば、この「Q&Q」でした。よく学校の友達や親戚の子たちと「Q&Qごっこ」をして楽しんでいたのが思い出されます。...
2007/03/30(金) 11:28:43 | うみがめのスローライフ
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