私的 昭和テレビ大全集
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アフタヌーンショー (1965)

ちゃっ ちゃっちゃーちゃっ ちゃー
ぱっぱぱらーぱらー ぱっぱらーぱらー
たららたららたららたらら
ぱっぱぱらーらー ぱらーらー ぱらーらー
ふんふんふん
ぱっぱぱらーらー ぱらーらー ぱらーらー
ぱーらーら
ぱーらーらーらーらー らーらー ぱーら~


そのうち稚拙でもMIDIファイル導入しようと思ってるんで
少しの間この形式で我慢してくださいね(苦笑)。
有名な桂小金治アフタヌーンショーの頃はまた違うんですが、
最後の方でわりと長く使われた、
冒頭のテーマの方が馴染み深いかもしれません。
と言っても、知らない人が読んでもただのぱららの羅列ですが(苦笑)。

と書いていたのですが、アフタヌーンショーのMIDIができました
と言ってもこれは初期の、桂小金治アフタヌーンショー時代と思われます。
川崎敬三になってからのアフタヌーンショーの方がテーマ音楽は良かったですが、
それはぱららでお楽しみ下さい(苦笑)。

朝の不毛の時間帯をモーニングショーで開拓したNETは、
続けて真昼の不毛の時間帯を、このアフタヌーンショーで開拓します。
ワイドショーのNETと言えましょう。
なお、やはり不毛だった夜11時以降…当時は深夜でしたが(笑)、
は、日テレが11PMで開拓。これもワイドショーと銘打ってました。
早朝の不毛時間帯はやはり日テレがおはようこどもショーで開拓。
残った不毛地帯昼3時頃はフジが3時のあなたで開拓と、
モーニングショーの成功以降は、ほとんどの時間帯を、
ワイドショー形式の番組が開拓していく事になります。
これには、テレビの持つ即時性という武器が大きく起因しているでしょう。

しかし、この番組も当初はわりと苦戦したようです。
で、小金治をメインに固定し、だんだんと上向いていきました。
小金治は、ぽんぽん船長というNHKのドラマや
のりたまのCMで人柄の良さを印象づけたのを背景に、
番組内で取り上げられる不正・悪事に、舌鋒鋭く対応して、
お茶の間の溜飲を下げてくれました。みのもんたの先輩です(笑)。
この辺に関しましては、宝島社からその昔出された1970年大図鑑という
ムックに、とても雰囲気を伝えた描写があるので、それを引用してみます。

当然、フーテンや長髪していた当時の先端若者が
ヤリダマにあげられぬわけがない。
NETのスタジオにぞろぞろとそんな若者を集めておいて、
最初のうちこそ、若者の意見を静かに聞いている。
そして、ディレクターが残り時間を告げるや、突然激昂するのである。
「すねっかじりのくせに、甘えたこというんじゃない!」
「親をなんだと思ってるんだ!」
まさに怒りの声……ただし、趣旨も何もなくて、ただ怒ってるだけだから、
若者の方は反論のしようがない。
討論会は、いつしか小金治のワンマンショウと化するのであった。

まさにこんな感じでしたね(笑)。人呼んで、怒りの小金治。
こうやっていろんな対象に怒鳴りまくっていた小金治は、
そのうちに自らに矛先が来る事になってしまうのでした。
「番組で悪人を攻撃する時の桂さんはちょっと異常です」
「もっと冷静に司会してください」「怒ってばかりで不愉快」
等々、自らが奥さま連の批判集中砲火を浴び、番組内で涙するはめに。
この時、小金治は思ったのでした。
俺も泣きの木島みたいなキャラだったら攻撃されなかったな。
これからは泣きの小金治でいこう。
と、本当に思ったかどうかはわかりませんが(笑)、
後年、日本テレビの『それは秘密です』の司会に於いて、
見事に今度は、泣きの小金治として復活しました。

他に小金治時代のアフタヌーンショーで忘れられないのが、
浪越徳次郎の指圧コーナーでしょう。
レオタード姿だかの女性モデルを横にし、指圧を施す。
奥様方には健康的な情報になるし、少なかったであろう男性視聴者にも、
お色気ムンムンなアピールでした。NETはテレビ朝日となってからも、
深夜番組のミッドナイトin六本木に於いて、アダルトビデオを席巻した
ドクター荒井の性感マッサージをテレビ公開する大業(笑)。
そういうの好きな体質なんでしょうかね?(笑)
コーナーの最後に、カメラを前にして全員でコール。
指圧の心は母ごころ。押せば命の泉わく~。ワッハッハッハ!
という浪越先生の大笑いで締められるのがパターンでした。
後に、よみうりテレビの2時のワイドショーで神田川俊郎が、
「~も、ちょっと工夫でこの美味さ」とかやっていたのは、
明らかに浪越先生からのパクリでしょう。

その後は、俳優の川崎敬三が司会していた時が有名でしょう。
こちらだけ記憶している人も、今ではかなりの数になるでしょうね。
どちらも知らない人もそうとう多くなっていると思うし(苦笑)。
この川崎時代は、ざ・ぼんちという漫才コンビによって妙なブレイク。
犯罪レポートをしていた山本耕一と、それに相槌をうつ川崎のマネを、
ぼんちの二人が漫才の中でやり出す。
「犯人はこのA地点からB地点へと向かっていったんです」
「ちょっと待ってくださいよ、山本さん。
 すると犯人はこのA地点からB地点へ向かったという事ですか?」
「そーおなんです」
この、「そーおなんです」が物真似のメインで、オチとなってました。
それまで何も意識せずに観ていたこの二人のやりとりが、
言われてみれば、たしかに大仰なもののように感じてきて、
妙におかしく、この漫才でぼんちは大ブレイク。
このやりとりをそのまま歌にし、『恋のぼんちシート』として発売。
なんと! これが大ヒットし、ザ・ベストテンにまで出演と相成りました。
いかに漫才ブーム渦中だったとは言え、これだけメジャーに曲が売れたのも
この二人が最初で最後でした。また、落ちるのも早かったです(苦笑)。

超能力・心霊ブームの頃は本家日テレのお昼のワイドショーに負けず、
その手の企画もよくやっていました。
UFOを呼ぶ企画もあったと思います。
あの、ベントラベントラスペースピープルみたいなのね(爆笑)。
夏休みにはやはりそういう子供も観られるような企画が多く、
あとは~の天才少年みたいな子が紹介される企画とか覚えてますが、
普段は主婦向けに、もう少しドロドロした内容の事をやってました(笑)。
行方不明の人の捜索とかもあったし、内容は日テレの方と比べて
物凄く独自性があったというのは、あまり無かったですかね。
前期の浪越先生のコーナーのような華は無かったように思いますが、
その意味でぼんちは救世主みたいな存在で、
山本さんや川崎さんとぼんちを絡ませた番組もいくつかありました。
そういう番組では山本さんは照れて、いつものような大仰な調子では、
「そーおなんです」はやってくれなかったですが。
ちなみに、奥さんの小林千登勢が物凄く可愛くてワタクシは好きでした。
アフタヌーンショーとはあまり関係ありませんが(苦笑)。

この番組も、TBSの3時にあいましょうのように、末節を汚しました。
いわゆる、ヤラセ事件によって事実上打ち切りの憂き目に。
毎日毎日の放送で高視聴率を維持しようというプレッシャーがキツイと、
悪魔の囁きが制作側には聞こえてくるんでしょう。
そりゃ、お手軽にウケそうな番組を作りたくなっちゃいますよね。
毎日毎日の事ですから。
しかし、普段相手を斬っている番組なのですから、
そうした矛先はいつでも自分達にも向かって来るという自覚が無いと、
そういう不幸な陥穽にはまってしまうのかもしれません。


て事でNET・テレ朝編はこの辺で、次からはしばらくテレビ東京編といきます。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
恋のぼんちシート
元歌がジューシィ・フルーツの「恋はベンチシート」ですね。
近田春夫プロデュースで、この元歌も結構名曲なんですよ。

>そーおなんです
博多華丸の「アタックチャンス!」に通じるものがありますね。
2006/07/20(木) 09:31:36 | URL | はくめい
元歌
ぼんちシートはパクリ騒動ありましたよね、たしか?
恋はベンチシートというのも聞いた事があるので、それからパクッたのかと混同してました。
そちらも近田春夫なんですか。ぼんちシートも近田作ですね。
ジューシィ・フルーツはジェニーはご機嫌ななめが有名ですが、
たしかあれも近田春夫作でしたよね。

>博多華丸の「アタックチャンス!」に通じるものがありますね。
でも、アタックチャンスは既にマネする人けっこういましたからねぇ。
そーおなんですは、完全にぼんちが発掘したものですから。
あっぱれ度はぼんちの方がはるかに上だと思いますよ。
2006/07/20(木) 18:20:18 | URL | ごいんきょ
なつかしいです。
プロデューサーをしていた父(故人)が担当していた番組名をググッたら辿り着きました。記憶はおぼろげだけど、夏休みに怪獣特集や、サーカス大道芸の人が出演の時は私もスタジオ見学に行きました。イーデスハンソンの英会話コーナーが好きでした。父はアフタヌーンの後には、13時ショー、徹子の部屋を担当しました。でも、小学生なので、学校が平日に休める日にしか見られませんでした。うれしいです。
2006/08/17(木) 03:19:32 | URL | ジュリアン
記念追記
これはこれは。大変貴重な投稿を有り難う御座います。
こういう番組というのは保存されていませんので、
なるたけ早いうちに記憶をまとめておかないといけないと思うんですよね。
残念ながらお父様もお亡くなりになってしまったように、
いつ語れなくなってしまうかわからなくなってしまうわけですし、
せっかく決して少なくない人間を楽しませた番組が、
ただ歴史の一行だけになってしまうのは避けたいものです。
当方が持っている拙い資料では(と言ってもテレビ朝日社史も持ってますが)、
お父様の名前は確認できませんでした。
ネットで検索して、らしきお名前はわかりましたが、
確定もできてませんし、ここではお名前は書かないでおきますね。

夏休みの怪獣特集ってのもありましたね~(笑)。いやあ懐かしい。
大道芸とかにしても、スタジオで観られるというのは特権ですね(笑)。
イーデス・ハンソンさんの英会話というのは覚えてませんでした。
この番組で認知度を高めた人だったんですか。

13時ショーというのは徹子の部屋の前身とされる番組ですね。
徹子の部屋をお作りになられた功労ある方という事になるんでしょうけど、
ウィキペディアなどネット上の記事でも、制作者の名前は出てませんね。
それは仕方ないとして、制作者の名前を載せない社史ってのも珍しいです。
普通は、社員である制作者の名前をはずすなんて考えられないんですよね(苦笑)。
本当なら、ここでお父様の作品を列記したかったところなのですが、
かように当方の非力にて、それは叶いませんでした。
13時ショーや徹子の部屋も、当然、いつかはここでも扱わせて戴きます。
お気が向かれましたらまた貴重なお話をお聞かせ下さい。




ところで、当ブログは資料の羅列は基本的にしないので載せなかったんですが、
ちょうど社史を紐解いたんで、そこに書いてある事から以下に追記しておきます。

この番組の時間帯では、それまで『水道完備ガス見込』が好視聴率だったものの、
営業的には充分な効果が得られず、費用対回収という観点から
ワイドショーへの脱却が図られたとあります。
テレビの即時性云々以前に、もっと即物的な事情があったんですね。
わかりやすく言えば、比較的低コストで長時間番組を作れたという事でしょう。
昭和40年4月5日、『ただいま正午・アフタヌーンショー』としてスタート。
総合司会は榎本猛で、他に宇佐美周祐、前澤奈緒子、市川靖子、石田京子、
大山高明、長尾恵美子と言った面々による集団体制で、
当時のネット局は NET,NBN,MBS,KBC の4局だけでした。
週一度、新宿京王百貨店8Fから放送していたといいます。

3ヶ月後の7月6日、草笛光子、大澤嘉子が加入し、榎本との三人体制に。
後に3時のあなたで大々的に導入された、大物女優による司会の嚆矢でしたが、
3ヶ月の契約終了で草笛は舞台に戻り、残る二人の体制に。
このように、まったく安定ぜずに存続が危ぶまれた
この番組の救世主となったのが、件の桂小金治。
そもそもは1965年5月7日に木島則夫モーニングショーに出演し、
自らの善意が仇となって交通事故で亡くなった幼児にまつわる体験談を
滂沱たる涙と共に披露し、交通事故の悲惨さとその絶滅を訴え、
多くの視聴者の感動を呼んだ事があり、そこからスタッフにマークされたと言います。
翌昭和41年1月31日、小金治がメインとなり、大澤嘉子、棟方宏一アナと三人で、
桂小金治アフタヌーンショーのスタート。
昭和44年6月30日、小金治以外の二人が大野しげひさ、高田敏江に交代。
小金治は『指名手配』のコーナーでも持ち前の正義漢を発揮。
このコーナーは続々と逮捕実績を挙げたのでありました。

スポンサーは長期の間にいろいろと変遷がありますが、
初期はエーザイ、ポッカレモン、花王石鹸、カンロ飴などで、
人気を獲得してからは、カゴメ、理研ビタミン油ほか多数加わりました。
ポッカレモンの生コマ、考えてみたらかなり懐かしいですね。
実際にポッカレモンを使って飲み物を作ったりしてました。
川崎敬三になってからは、立川ブラインド、松下電器、亀田製菓、
タカラスタンダードなどが記憶にあるところです。
2006/08/18(金) 07:39:20 | URL | ごいんきょ
ありがとうございます
ごいんきょさま、いろいろ教えていただいてありがとうございます。
私の記憶はおぼろげです。音楽は何曲か憶えています。司会者、出演者の方は何度かお会いしていますが、番組のことは話したことはありません。
1,2年前徹子の部屋の桂小金治さんの回にアフタヌーンの映像が流れました。
桂さんの落語の会はアフタヌーンの引退した元スタッフの人たちでやっているようです。
社史は遺品の中にあったのですが、他の弟妹の所にやってしまいました。徹子は出向中の映像(子会社)でやったので、スタッフの名前は出て来ないのです。今でも映像が制作しているようです。
開始時、13時ショーのスタッフがほとんどだったはずです。
今年(2006)やった、徹子の部屋物語展でも現代のスタッフのことがちょっと取り上げられていただけです。一般の人はスタッフやどういうふうに番組を作っているのか等制作のことは興味がないのかな?と思い残念でした。それでもいいのだけど。
ただ、Uさんという女性のスタッフが開始からなんと30年続けていらっしゃるらしいので、徹子の部屋に関してはかなり詳しいのではと思いました。
たかがテレビ番組だからって、まだ、消滅してしまったと思いたくはないのです。こういう企画をやってくれて、あなたに感謝しています。どうか続けていただけますように。
2006/08/18(金) 15:51:13 | URL | じゅりあん
映像がある!?
桂小金治アフタヌーンショーの映像が残ってるんですか!?
それは観たかったですねぇ。
テレ朝チャンネルでやってくれないかな? やってくれないな(笑)。
そう言えば、浪越徳次郎先生の映像は観た事あります。
かなーり古くて音声も無かったけど、あれもアフタヌーンショーですかね。

小金治さん、今でも落語やってますか。
そう言えば小金治さんの落語もテレビじゃ観た事ないなあ。

ああ、徹子の部屋は制作会社としてですか。
あの時代じゃ既にそういう体制になってますよね。
これも貴重なお話でした。

一般の人が制作に興味ないというよりは、そういう話が伝わりづらいんですよね。
たまにテレビの昔話をする人がいても、出演側の人が大多数ですし。
ですからワタクシは、NHKがテレビ50年の時に、そういう企画をすべきだったと思ってます。
いろんなテレビ関係者に語り残して貰う企画ですね。
明治時代には、戊辰戦争を語り残す史談会というのがあって、
それで維新の英傑の実像などがけっこう語り伝えられたりしてますけど。
放送に於いてはNHK以外に適任が無いんですよね。
なるたけ早急に企画の実現を望みます。
ワタクシみたいなヲタクを過度に持て囃されても、ちょっと困ります(笑)。
でも、有り難いお言葉ではあります。
2006/08/19(土) 00:34:54 | URL | ごいんきょ
明けましておめでとうございます。
桂小金治時代のアフタヌーンショーのテーマについてですが…
「アフタヌーンショー、テーマ、試聴」で検索したところ、なんとCD化
されているとのこと。代表的なのを置いておきます。
http://www.7andy.jp/cd/detail?accd=C0970295

あと、文中にもある川崎敬三さんと山本耕一さんの犯罪レポートのコーナー
「事件」についてですが、あのザ・ぼんちの物真似は確かに印象深いですね。
物真似に入る前の前振りが「こんっなちっちゃな事件が、こぉ~んなに
大きくなってしまうレポーターの人、知ってはりまっか?」って感じでしたね。
しばらく後「THE・MANZAI」シリーズの、「THE・MANZAIグランプリ」という
アカデミー賞のパロディ的な企画で、山本さんと、奥さんの小林千登勢さん
がプレゼンターとして登場、これが山本さんとぼんちの初共演だったと記憶
しております。

山本さんの陰に隠れがちですが、くだんの「事件」というコーナーには、当時
局アナで、既にプロレス実況で頭角を現していた古舘伊知郎がレポーターと
して参加してことも忘れてはなりません。
で、ここからは全くの余談ですが…(当時の東スポの、プロレス面にあったコラムから)。
「ワールドプロレス」の実況スタッフである、古舘アナ、山本小鉄氏(当時新日本
プロレス審判部長)、桜井康雄氏(東スポ記者)が、移動中に会食したときのこと。
古舘アナが「アフタヌーンショー」のレポートで、パンティ泥棒の行方を追っかけた
という話を振ったところ、山本氏が渋い顔をしている。「パンティ泥棒というのは
変態なんでしょ?そんなのを盗んでどうするの?」と山本氏。そこで古舘アナは
「それは例えば、匂いをかぐとか、頭にかぶるとかですねえ…」それを聞いて
山本氏はさらに渋い顔になり「そんなことするの?」。その反応を訝しがった
残り2名が問いただしたところ、その数日前に山本氏は、外に干してあった
自分のパンツがいつの間にかなくなっていた(盗まれた?)という被害にあって
いたのだとか…。
2007/01/03(水) 13:09:01 | URL | 部隊長
明けましておめでとうございます
ワイドショーのテーマ曲も印象的なのが多くて、
ワタクシが好きなのは小川宏ショーと、お昼のワイドショー、
川崎敬三時代のアフタヌーンショーですね。
小金治さん時代は、正直、よく覚えておりません。
再確認の意味でもCDも欲しいんですけど、
その手の欲しいの全部買ってたら間違いなく破産します(苦笑)。
今でも破産に限りなく近い状態なのに(笑)。

そうそう。そんな感じで紹介してましたね。
山本さんとぼんちの初共演はそれではないですね、多分。
ワタクシが本文で書いているやつでは、山本さん一人がやってきました。
思いっ切りリキ入れて「そ~~~うなんです」
ってやってくれれば最高だったんですが、
当時はまだ、そこまでお笑いの呼吸が他ジャンルの人に浸透してなかったんですね。

古舘さんはアフタヌーンショーにも出てましたか。
その頃は観てなかったかな。
しかし、最後のオチには笑いました(笑)。
そう言えばあの手のレポートで、下着何千枚を収集って事件が
必ず年一回は有りましたよねえ。
で、そういう人はきちんと、種類とかによってきちんと分類し、
一枚一枚きちんと折り畳んでビニールに入れて保存してるとか、
そんなレポートが有って、凄いなと或る意味では感心しました(笑)。
彼らにとってはワタクシなんかが古映像を集めまくって分類・保存したりするのと同様、
もはや単なる趣味・コレクションの域をも超越した、
至高の嗜好の対象なんでしょうね(苦笑)。
2007/01/03(水) 23:20:17 | URL | ごいんきょ
小金治さんの涙
木島則夫モーニングショーに出演された桂小金治さんを覚えています。
ご自分の体験を涙ながらに語られていました。
歩行者がいたので横断歩道で車を止めたのですね、歩行者は安心して横断したのに後ろから来た車が小金治さんの車を追い越して通過しようとして歩行者を轢いてしまった。

一緒に観ていた親に、車が止まってくれても注意して渡らなければだめよと言われました。

川崎敬三さんのアフタヌーンショーでは金曜日が芸能ニュースの日でした。
芸能ニュースをまとめてやったのはこの番組が初めてではないでしょうか。
梨本さんとか福岡翼さんとかがぞろりと並んで芸能情報を解説してました。

徹子の部屋を見学したときに、このアフタヌーンショーのスタジオも見ました。テレビでは全然分からないのですが、セットもテーブルも椅子もちょっと薄汚れていて(笑)侘しい感じでした。
2008/01/08(火) 15:30:19 | URL | モデラート
凄い。正に歴史の証言者だ。
桂小金治アフタヌーンショー誕生のきっかけとなったシーンを、
生で見て、覚えている人がいるなんて。
先に紹介した社史中では、自らの善意が徒となった交通事故の体験談
を語ったと紹介されていると報告した通りですが、
その具体的な話がわかって、大発見です!

芸能ニュースの日、なんとなく覚えてます。
そうそう。梨本さんはそこからブレイクしたんですよね。
梨本に言いつけるぞとか本も出したり。

ダイアナさんもピンポンパンの時に言っていたと思いますが、
実際のセットは薄汚いものなんでしょうね(苦笑)。
2008/01/09(水) 07:10:40 | URL | ごいんきょ
ぎりぎり桂小金時アフタヌーンショーを憶えていますが
内容の方の記憶はもう途切れ途切れで(笑)。
ただ「朝まで生テレビ」で4時前後に必ず大島監督が一方的に大声で罵倒を始めたり、「TVタックル」でハマコー先生が民主・社民党議員(思えば彼らの中には学生運動や長髪世代の方も多いわけで(笑))を一方的に罵倒する姿に小金時アフタヌーンショーからのNET→テレビ朝日の伝統を感じてしまう者です(笑)。

「怒り」だけがクローズアップされてしまいましたが、私的には非常に喜怒哀楽を前面に出した司会振りだと思っていました・・・・
とは言っても私が幼稚園に入る前だったもので(笑)。ただ私は幼稚園に入る前に既に仮名と小学校低学年クラスの漢字が読めていましたので割に記憶が鮮明なんですな(とプチ自慢(笑))。

私が読んだ話では初め小金時さんは話が来たときに「芸人にニュースショーの司会なんか出来る訳無いだろ!」と思ったそうなんですが「面白いと思うからやりなよ」と後押しされたのが石原裕次郎さんだったそうです。その際に「司会をやるからには小金時にしか出来ないニュースショーにしろよ」とも言われたそうです。裕次郎さんが亡くなられた時に「今の私があるのは裕次郎さんのお陰です」と雑誌の追悼特集号にそうコメントを残していらしゃいました。
2008/01/13(日) 00:28:59 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
川崎さんのアフタヌーンショーですと
私はばばこういちさんの「なっとくいかないコーナー」を挙げたいです。公害等の問題を徹底的に糾弾する趣旨のコーナーだったんですが........、合成洗剤の有リン問題とかを取り上げたり、食品添加物の成分を徹底的に分析した上で「皆さんはこんなのを口に入れて居るんですよ!」とやり玉に挙げたりと.......今の腑抜けなテレビでは到底出来ない.........ただ本来テレビジャーナリズムはこうあるべきだと今でも思います。

2008/01/13(日) 01:14:49 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
実は・・・・・
皆さん、すみません。川崎敬三氏司会の頃しか覚えてません。田村魚彩さんの料理コーナーが小金治時代にあったというのは聞いたことがありますが。
 ちなみに、桂小金治の後、山田吾一が司会をやった時期があったそうですが、ノミ行為かなにかをやってパクられて降板になり、数日後、同じNETの「料理ジョッキー」の司会で評判の良かった「川崎敬三」氏がアフタヌーンショーの新司会者として抜擢されたそうです。
川崎時代は、曜日ごとにセットが
変わり、出演者も代わっていました。もちろん「事件」のコーナーも人気がありましたが、「ばばこういちのなっとくいかないコーナー」も社会派で人気がありましたね。
 実は・・・番組末期、(まだ「ヤラセ事件」発覚前)川崎氏が司会の降板を表明し、テレ朝の佐々木正洋アナウンサーが後任として決定していたそうです。しかし、「ヤラセ事件」発覚で「佐々木正洋アフタヌーンショー」は幻のものになりました。(涙)今、佐々木氏は同枠の「ワイド!スクランブル」で「夕刊キャッチアップ」のコーナーを担当してますが。
 あ、そうそう、後年「新アフタヌーンショー」ってのが川崎敬三氏&古手川伸子(←古手川祐子の実妹)氏の司会で始まりましたが、一年もしないうちに終わってしまいました。以上、長文失礼致しました。
2008/01/13(日) 01:16:50 | URL | 三船主任+α 改め プラスα
● TXの無いテレビなんて・・さん
報道・情報番組は、個別の細かい話は覚えてないですよね。
だからこそ、モデラートさんのような、わずかに残る記憶語りが貴重なのですが。

ハハア。なるほどねえ。
大島監督とハマコーと小金治さんですか。
その系譜は気づかなかったなあ(笑)。
思想的には大島さんがやや左、小金治さんが右、
ハマコーが滅茶苦茶って感じですかね(笑)。

ふーん。
まさか裕次郎さんが後押ししていたとはまったく想像もしなかったです(笑)。
慎太郎さんならなんとなくわかる感じもしますが。

ばばさんは、たしかWebでも似たようなのをやっていたように思いますが…
そうか。
ばばさんをテレビで見た気がしていたのは、アフタヌーンショーだったんだ。
ばばさんはジャーナリズムに対する拘りは有るんでしょうからね。
テレビはコングロメディアで、ジャーナリスティックな部分も有って良いんですよね。
今はどのチャンネル回しても(死語)バラエティ仕立てで、金太郎飴のようです。
なんでどの番組にも笑い担当のコメンテーター(?)がいるんだと。


● プラスαさん
ああ、有った有った、魚彩先生のコーナー。
こりゃ懐かしい(笑)。
川崎さんは料理ジョッキーやってたんだっけ。
1回くらいは見た事あるかもしれません。
なんか川崎さんと料理シーンに違和感ないんですよね。

幻のアフタヌーンショーは勿論、新アフタヌーンショーも
まったく知らなかったなあ (^_^;
2008/01/13(日) 12:47:07 | URL | ごいんきょ
小金冶アフタヌーンショーについて補足
小金冶さんは当時日活の専属俳優でもありましたので、その関係で日頃から裕次郎さんとお付き合いがあったそうです。そんな中で「裕ちゃん、俺みたいな芸人にニュースショーの司会なんて出来ると思う?」と言ったところ裕次郎さんが返してきた回答が先日書いた答えだそうです。
2008/01/14(月) 15:49:05 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
小金治さんは日活俳優だったんですかあ。
そりゃ知らなかったですね。
テレビ畑の人だとばかり。
2008/01/15(火) 06:32:38 | URL | ごいんきょ
桂小金治
最近、落語家として復帰してCDなんぞも出してるみたいですね。
聞いたことはないんですが。
CSで、フランキー堺主演の「羽織の大将」という映画にも出てました。
検索したら、1960年の東宝作品でした。
これは落語家役でした。
どっちかというと、フランキー堺の落語家ぶりが、圧巻でして…「タイガー&ドラゴン」なんて目じゃないくらいに。
2008/01/21(月) 22:32:18 | URL | 桃
へえ。
鶴瓶さんなんかもそうだけど、年がいくと
芸に真摯になろうという意識が強まるのかな。
2008/01/22(火) 04:00:18 | URL | ごいんきょ
ということは
明石家さんまの落語もいつか聞けるんだろうか?
桂小枝の落語も聞いたことないなぁ…。
2008/01/23(水) 22:23:30 | URL | 桃
彼に真摯という姿勢が芽生える事は無いでしょうね(笑)。
2008/01/24(木) 01:52:57 | URL | ごいんきょ
山下清
アフタヌーンショーのレギュラーで一番記憶にあるのは、浪越先生でも、田村先生でもありません。山下清画伯です。そうあの「裸の大将」、放浪の画家です。もちろん、コメンテーターではありません。それではなにをしていたかというと黙々と絵を描いていました。素通しの大きなガラスに絵の具で、花火や風景を描くのをガラス越しにテレビカメラで写していました。生CMの切り替わりのときに絵が完成していくのがうつされ、番組が終わる頃にはほぼ完成しているというものでした。いつも、あのガラスに描いた絵は番組終了後どうなるのだろう、消されてしまうのかなあ、もったいないなあと見ながら思っていました。
2008/03/26(水) 01:03:45 | URL | 漫中老
小金治さんというと、私の世代だと、「ルックルックこんにちは」金曜日の「涙のご対面」コーナー、のイメージがかなり強いです。
でも、これって元々は「それは秘密です」の人気コーナーで、この番組が終わったために、ルック・・・に移行しただけ、ということのようですね。

子供の頃の私の目に映る小金治さんはまさに「好々爺」という言葉がピタリと填るような柔和な風貌でしたけど、後から「アフタヌーンショーでは「怒りの小金治」で鳴らした」という事実を「テレビ40年」というTVガイド特別編集の書籍で知った時は驚きましたね。

それで、そのことを母親に聞くと、とにかく小金治さんの司会について「あんなに怒鳴りつけて何が楽しかったんだろうね。あんだけ起ってたらそりゃテレビに出ることも減るわな」(汗)見たいな事を言っていて、本当だったんだな・・・と実感が湧いたんですよね。。。

創世記のワイドショーは、本当に"よろずや"そのものでしたね、色んな書籍での情報を見ている限りでは。どれだけ司会者の人徳によって、大物の異色ゲストを呼べるかで、各局のワイドショー担当者が血道を上げていたという話もよく聞く一方で、他方では、今のワイドショー以上に重大な社会的事件に対する掘り下げ方は丁寧であったようですし、そしてまたその一方では、アフタヌーンショーでいえば「指圧」、3時のあなたでいえば「扇千景の美容体操」みたいな、当初の製作所の意図から完全に離れて、コアな番組ファンを獲得するに至った異色の人気コーナーもあり。
これだけの幅広い企画・事柄を取り扱うからこその「ワイド」ショーだったんでしょうね。話題が「広い=ワイド」ちゅーことで(そういう意味でワイドショーというジャンル名が生まれたわけではないでしょうけど・・・汗)。よく考えてみると「11PM」と初期は「ワイドショー」として放送されていたんですよね。確かにあれも当然昼間の番組よりも取り扱う事柄はエログロ(笑)でしたけど、その幅は広かったですからね・・・。

しかしながら、これらも1970年代後半以降は、芸能ニュース報道の過激化によってほとんど駆逐されてしまいましたけど・・・。この時点で、ワイドショーというジャンル名は完全に形骸化されてしまったともいえなくもないですけどね。
2008/03/26(水) 03:37:31 | URL | Blue
山下画伯
● 満中老さん
えー。山下清画伯が、しかもレギュラーで出てましたか。
そんな話は初耳ですねえ。
なんか、裸の大将とテレビスタジオ、あまり合わない感じ。

● Blueさん
ルックルックのは、音楽すら『それは秘密です』から持ってきてましたけど、
それでいて狭いスタジオで小金冶さんが一人で請け負っていたので、
もんの凄くチープに感じたものでした。

伊達に「怒りの小金冶」との異名は取っておらず、
悪事を斬るコーナーでは問答無用で斬りつけてましたね。
今のみのもんたを見てると、間違いなく小金冶路線を踏襲しているのだろうと思いますが、
当ブログでも警告した通り、不二家問題その他で、勢い余った鞭が自身を叩く事にもなりました。
正義感もいいですが、それを見世物に使うと…ね。
小金冶さんは純粋にやっていたんでしょうが。

3時のあなた、扇さんの美容体操も、浪越先生同様に一部で激賞されましたが(笑)。
その後の議員先生仲間には、若き日にお世話になった人もいたりして(笑)。
2008/03/27(木) 06:03:43 | URL | ごいんきょ
美容体操
出没!!おもしろMAPのコメント欄にあった体操の話題を読んでいて、突然思い出しました。
小金治さんのアフタヌーンショーに加山雄三さんのお母様の小桜葉子さんが美容体操をするコーナーがありました。
うちの母は、十歳以上年上の小桜葉子さんの若さと美しさに驚嘆の声を上げていました。
私は何故かちょっと目を逸らしていたと思います。
2008/04/10(木) 19:26:29 | URL | モデラート
それは浪越先生出演当時でしょうか?
3時のあなたで扇さんの体操が持て囃されてからパクッたんでしょうね、きっと。
生真面目なモデラートさんが目を逸らすというのは頷ける話で、
実際、あの手のコーナーをあのような目で見る大人は多かったし、
作っている方も計算しているわけですからね。
2008/04/11(金) 07:19:03 | URL | ごいんきょ
川崎さんも司会だけやってたからね。俳優といても良い演技でしたし味がありましたけど、どっかで司会者やめよう、俳優に戻ろうと考えてなかったのかな。

やらせ事件は、自殺者逮捕者も出してたような気がしますが。
 
2008/07/09(水) 13:37:08 | URL | 梅吉
司会で名前や芸風が売れちゃうと、俳優の仕事が来づらくなるかもしれないです。
あの事件で自殺者までいましたか。
逮捕というのはなんでだろう。
2008/07/15(火) 06:57:43 | URL | ごいんきょ
つまりは
恐らくリンチ被害者から警察へ被害届が出ていたんじゃないですかねぇ?
そして放送されたシーンから犯行現場を警察側が特定した上で「リンチ事件」として不良グループを一斉検挙したんですな。
そして不良グループの供述から番組ディレクターが暴走族への指示の上で行われた事が分かり、指示したディレクターが暴行教唆が逮捕された、と。
その辺について私見を述べるのは差し控えますが、只の「やらせ」といった類では無かった、という事は言えそうですな・・・・・。
2008/07/26(土) 14:05:55 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
つまりは Part2
今徐々に記憶を辿っていっているんですが、確かリンチ被害者が自殺された様な話を聞いております。
確か「リンチ事件」の発覚(当初は番組ディレクターからの指示の件は表に出て来て居らず、単に「リンチ事件」という扱いだった。その為、その頃は寧ろ「アフタヌーンショー」の報道を評価する声の方が大きかったんですな・・・。)直後だったと思います。
その後、所謂やらせが発覚したし、完全に「アフタヌーンショー」に対して逆風となった・・・・・、という経過を辿った様記憶しております。
ちなみにそれが放送された時期、ABCは高校野球選手権大会中継で放送が無く(13時台の
「シャボン玉プレゼント」と「徹子の部屋」は時間帯を変更の上(夕方若しくは深夜。当日は準決勝だったので夕方17時からの放送だったと思われる)で放送されますが。)、その辺も安直な制作姿勢に繋がった様にも思いますね。
関西の場合だと全国ネットの重しが外れると徹底的な政府批判とか政界や芸能界の大物を片っ端からやり玉に挙げる、とかいう方向になりがちなんですが(笑)、関東の局の場合どうもこの「リンチ事件」に代表される様な安直な演出に走ったり、というのが目立つ様に思いますね。
関東の方々は自由とか足枷がない、という事に対して重大な勘違いをしているとしか思えませんな・・・・・・・・・・・・・・・。

2008/07/26(土) 14:34:27 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
なんかわかりづらい話ですが。
麻薬密売人に、実際に密売してそれを撮影させてくれよと頼んだ感じなのかな。
関西ローカルの番組と、全国放送で年間毎日制作の番組ではプレッシャーもまるで違いましょうから、
その両者を比較してもそこはどうかなと思いますけどね。
ただ、関東制作の番組でその手の面白さを持った番組は皆無に近いです。
初期の朝まで生テレビは、ややいい雰囲気ありましたけどね。
2008/07/29(火) 05:44:20 | URL | ごいんきょ
大凡その理解で合っています
そうなんですよ!ごいんきょさん!の題にしたかったのですが、さすがにね。
つまり完全な演出なら大きな問題とはならなかったでしょう。嘗て日テレの「お昼のワイドショー」が得意としていた「再現フィルム」とかの類に過ぎない訳ですからね。
あれがテレビ界を揺るがし、テレビ朝日が停波寸前の事態まで至ったのは「テレビディレクターの指示で"実際に"リンチをさせた上で、それを映像として収めた」とされた事から来ている訳です。
「絵面欲しさに犯罪行為まで指示する様な連中」という意味合いで非難されたという事です。
その辺は今後のためにもキッチリとしておかないと行けないと思いますね。


2008/08/09(土) 19:37:41 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
ふーん。
それが事実だとすれば、テレビで言う「ヤラセ」ではないですね。
単純な犯罪行為です。
しかも結果は重大。
停波はともかく、相応のお灸は当然でしたね。
毎日毎日の番組制作プレッシャーで、感覚が完璧に麻痺してしまったんでしょうね。
2008/10/14(火) 00:24:04 | URL | ごいんきょ
大澤嘉子アナ
始めまして。懐かしいサイトですね。
「大澤嘉子アナ」で検索して来ました。
そう、棟方宏一アナ、お二人とも温厚な方ですね。
大澤孝征弁護士さんと、もう1人弁護士さん?と、
水曜日頃かに、家庭の悩み相談がありましたね。
大澤嘉子アナはラジオの歌番組をしておられたので、
録音したテープを残しています。
大澤孝征弁護士さんは、今日もテレビに出ておられました。
ところで、トップ面は分かったのですが、
そこからこの頁への道順が分かりません。
2011/01/04(火) 22:10:22 | URL | ぽぽ
はじめましてのご挨拶が遅くなって申し訳ありません。
ひょっとしたら大澤アナのお知り合いでしょうか。
水曜に悩み相談ですか。
当時、テレビでもけっこう人生相談やってましたね。
磨りガラスで全身を隠して。

個々の番組にアクセスするには、上部検索窓で番組名や出演者名を検索して戴くか、
左上部にありますカテゴリ分けから見当を付けて戴く方法が有ります。
2011/02/10(木) 01:37:14 | URL | ごいんきょ
完全に封印状態にあるというのはテレビ朝日にとっても不幸ですね
2012/03/03(土) 16:12:36 | URL | キャンディキャンディアフタヌーンショーとかつての人気番組の二つが今や
キャンディに関しては、時間が解決する問題なんでしょうけど。
アフタヌーンショーは封印というより、元々再放送とかソフト化は無理ですしね。
そもそも、ビデオもあまり残ってないでしょうね。
2012/03/14(水) 23:38:39 | URL | ごいんきょ
不思議な病気
「アフタヌーンショー」は富山県
では、月曜日~金曜日まで午後3時
から放送していたのをおぼえて
います。
司会は桂小金治氏のあと川崎敬三氏
がやっていたと思います。
小学3年生頃、誰もいなくなった
教室で「アフタヌーンショー」を
テレビで観ていました。
司会は誰だか忘れましたが、人間の
指から糸が生える不思議な病気の
特集をやっていました。
糸が出た部分を切除すると、本当に
綿の塊みたいな物が出てきて
何となく気持ちが悪いなあと思い
ました。
2012/10/25(木) 19:38:10 | URL | くも
指から糸がはえる?
なんかトリックっぽいけどなー(苦笑)。
そうした病気が本当に有るならごめんなさい。
2012/10/28(日) 09:28:41 | URL | ごいんきょ
確かに不思議な話ですよね。
この話以外にも、1976・77年
頃に「ケセラン・パサラン」とか
言う不思議な生物の特集を番組内
で特集していたのを覚えています。桐の箱の様な物に入れられていて、
おしろいを栄養分としていました。
全国的に類似した生物が発見されて
植物の種か、鳥の羽かもしれない
とか専門家を巻き込んだ、ちょっと
したブームに当時なっていました。
もしかしたら「モーニングショー」
だったのかもしれませんが、観た
時間帯が夕方頃の雰囲気だったので
北日本放送で午後3時から放送され
ていた「アフタヌーンショウ」に
間違いないと思います。
発見した人には幸運が舞い込んだ
らしいですね。






2012/10/28(日) 17:34:21 | URL | くも
ケセラン・パサランって、この番組が流行らせたんですか?
あれって生物なんですか?(笑)
と言うか、姿を放送していたというのが凄い。
ビデオ残してないであろう事が、ここでも惜しまれます。
2012/10/30(火) 22:27:42 | URL | ごいんきょ
ケサラン・パサラン
 私も見た記憶があります。透明なプラスチック容器の
中で、フルフル動いていたような、あるいはアナウンサーが「動いています」と言うのを聞いてそんな気がしただけかもしれません。少し後に「スタートレック」で同じような生物(宇宙船内のペットとして大流行)を見て、ケサランはここから来たのかな、と思いました。
 アフタヌーンショーだったかどうかハッキリ
しませんが、朝か午後の奥様番組だったと思います。というか、何度か見たので、いくつかの番組で紹介したんじゃないでしょうか。ほどなくウーパールーパーだったか他のものが出てきて下火になったようあ気がします。ヒランヤというのはもっと後だったでしょうか。
2012/11/02(金) 15:06:06 | URL | あぶもんもん
同じ番組だったかもしれないですね。
2012/11/06(火) 23:18:57 | URL | ごいんきょ
人魚のミイラ
夏休みになると毎週怪談や妖怪の特集がありました。
水木しげるさんも出演されていましたね。
お岩さんの落語なんかも結構怖かったです。
人魚のミイラは定番だったように思います。
どこそこの寺に代々伝わるお宝。
それにまつわる祟りなどの話。
CMの直前に、小出しに見せるガラスのショーケースの中。
冒頭から散々期待感を高めておいて、いよいよご対面。最後に学者先生が出てきて鑑定する。
「上半身は猿の赤ちゃん、下半身は鯉か何かで、それらをつなげた物」の一言で夢がはかなく消える・・・何か見て損したような気分。
そんなパターンでしたが。
2014/02/17(月) 15:28:16 | URL | 昭和レトロ
司会者に関して記憶してること等を・・・
この番組の末期のスポンサーで思い出すのは”全糧連”でしょうか。

おそらくは「キッチンパトロール」の提供をやってた食糧協会とかと同じ食糧庁・農水省の外郭組織って感じで、多分生CMもその辺の政府広報とあんまり大差の無いようなものだったと思いますが、とにかくスポンサー名のゴツサだけがやたら印象に残ってるんですよね(笑)。

高田敏江さんの後の女性アシスタントは確か小林千登勢さんでしたよね。
でも、てっきり小金治さん降板と同時に千登勢さんも大野しげひささんも降板したのかな・・・・と勝手に思ってたんですが、どうも色々ネットや資料に当たってみると、お二人とも小金治さんよりもほんの少し前(1973年春)に番組を降りられてるみたいですね。
そのあとは中村紀子さんというNETの新人女性アナウンサーの方が小林さんの後釜に入った後、川崎さん登板と同時に小鳩くるみさんと交代したようです。
男性のアシスタントは大野さんの後は高井正憲アナ、そのあとももう一人名前は忘れましたが同じくNETのアナウンサーが続いた後、確か、今井優理子さんがオーディションで新しい女性アシスタントとして加入したときには既にポジション自体が廃止になってたはずです。
2014/02/19(水) 03:29:14 | URL | (ハンドル未記入)
● 昭和レトロさん
そうですね。
日テレのお昼のワイドショーともども、夏休みの怪奇特集は大体見てました。
河童や人魚、天狗のミイラなどを出すのは定番で、
時にはレントゲンを用いて科学的な解析をした事もあります。
何か動物の死骸を繋ぎ合わせて作った物だという結論が出てました。
人魚の場合も、そういうものでしたね。
ただ、よく見ると外部からでも繋ぎ合わせたのがわかるもので、
ワタクシは、何故そういう物を作ったのかの考察の方が興味あります。


● 未記入さん
全糧連、なんか有った気もしますが。

ああ、いましたねえ、高田敏江さん。
ケンちゃんシリーズでよくお母さんやってたっけ。
高田さんと千登勢さんはよく覚えてますが、小鳩くるみさんがやってたのは今ひとつ思い出せないなあ。
2014/02/23(日) 13:18:49 | URL | ごいんきょ
そういえば、山田吾一さんの緊急降板〜川崎さんの登板までの短期リリーフとして、当時のNETの看板アナだった馬場雅夫さんが若手局アナと司会をやっていた時期もありましたよね。

しかしながら、なぜ小金治さんの後に吾一さんが司会になったのか・・・その辺の経緯がよく分からないんですよね。
何となく短気で人情厚い親父の役がはまり役の方だったから、そのイメージで小金治さんと同じような役回りを期待して起用した感もしなくはないんですが。

2014/06/02(月) 14:01:55 | URL | (ハンドル未記入)
魚菜センセイも
昭和のテレビっ子としては、このブログ、面白すぎます。

アフタヌーンショーといえば、川崎さんよりは小金治さんですね。
何で怒りの…になったかはこれまでも語られていますが、小金治さんは、自分のようなことが二度と起きないようにと、安全グッズを開発したと(たぶんこの番組で)紹介したことがありました。
横断歩道の標識をかたどった警告ランプをリヤバンパーに取り付け、歩行者が横断する際に点灯させるものでした。
たぶん自費で開発したのだと思います。

それと、田村魚菜先生の料理も人気でしたが、あるとき、女性アシスタントが指輪をしたまま料理をしようとして、センセイの逆鱗に触れてしまいました。
指輪をしたままできちんとした料理などできない、ということでした。
あのアシスタントは誰だったのか…小林千登勢さん? いやいや、なんとなく時期的には合いませんが。

みんな怒りまくっていたワイドショーともいえます。
2014/06/03(火) 00:12:28 | URL | 元朗
● 未記入さん
小金治さんと川崎さん以外の司会は覚えてないんですよね。
馬場雅夫さんの名前だけはなんとなく見た気がしますが。

山田吾一さんは、『事件記者』でのガンさん役が視聴者の記憶に残っていたでしょうから、
そこら辺でしょうか。


● 元朗さん
いや、ほんと。
ワタクシも読み返しているとついつい…
もう、このやり取りもマンネリの域ですが(笑)。

へー。そんな装置は初耳です。
まったく採用されなかったのですね(苦笑)。
でも、自動車もあなり進歩してきていますから、
小金治さんが巻き込まれたような事故が無くなる日も来るでしょう。

魚菜先生も名物でしたけど、そら指輪して料理は、少し無神経ですね。
特にテレビで映るというのに。
あと、爪が長いのは勿論、マニキュアしてる人なんかも感心できませんでした。
千登勢さんって、この番組に出てたんですね。
夫婦で出てたって事かな。

浪越先生はいつも笑ってましたよね(笑)。
2014/06/03(火) 00:41:24 | URL | ごいんきょ
駆け落ち
この番組で、確か次のような話題を取り上げたことがあったと思います。

工務店の従業員が、事業主の妻と駆け落ち。番組スタッフが二人の行方を突き止め、事業主とその母親が二人を、恐ろしいまでに叱責。妻は、従業員の子供を妊娠していました。

従業員は、司会者の川崎やコメンテーターから説得を受け、過去を清算することを決意。「彼を雇ってもいいという事業所があったら、名乗って欲しい」という呼びかけもされました。

その後、どうなったかは、分かりません。
2014/09/21(日) 21:32:52 | URL | ワン太郎
えー。なんというドロドロした話(苦笑)。
みんな顔出しだったんでしょうか。
2014/09/25(木) 07:05:38 | URL | ごいんきょ
川崎敬三さん死去のニュースにはちとビックリでした。
ってか生きてるのか他界されているのか詳細わかんなかったし。
夏に亡くなってたのをなんで今頃??みたいな。よく故人の意志で公表を引き伸ばしたときくけどあれって何なんですかね?
あんまり記事とは関係なくてすいませんが。
川崎さんといえばこの番組とサランラップのコマーシャル、この2トップでした。
2015/12/20(日) 22:20:17 | URL | はなはな
最近のワイドニュース情報番組を視るにつけ、
一応、昼間は仕事で在宅していないので、普段は朝・昼のワイド情報番組を視る機会は少ないのですが、テレビ欄によれば時間枠が大幅に拡大していて、朝番が終わってニュース・天気予報を挟んで、すぐに昼番が始まり、終わったかと思ったら午後番。その後直ぐに夕方のニュースワイドという流れという感じに思えます。
小金治師の頃は、現在のようなレポーターを多用したスタイルではなく、スタジオで料理・英会話・指圧や教育談義、人生相談などを中継する臨場感があったけれど、最近のは制作費の関係があるためか安直な内容に感じられるのは私だけでしょうか…??
2015/12/23(水) 13:07:35 | URL | (ハンドル未記入)
● はなはなさん
そうですねえ。
ワタクシも、生きている間は視聴者にだってお世話になっていたわけなのに、
志望を公表するなと言える感覚は、まったく理解できません。
それぞれ事情は違うのでしょうが。


● 未記入さん
おっしゃる通りだと思いますよ。
しかも内容はどんどん品格が無くなってますしね。
2016/02/28(日) 23:37:42 | URL | ごいんきょ
13時ショーのこと
アフタヌーンショーは小金治時代の記憶が強く,以前もコメントしていますが,最近気になるのは『13時ショー』です。かつての投稿を拝見すると,お父様がプロデューサーをされていた方のコメントもありますね。
『徹子の部屋』の前番組で,その後徹子の部屋で本格化するトークと,関根勤をアシスタントにしてのクイズがハイブリッドされていました。そのテーマ曲は現在の徹子の部屋に流用されているものの,当時は『13時』を謳う歌詞がきちんと入っていました。
こんなことを持ち出したのも,徹子さんが主人公の『トットてれび』の昨夜の最終回で,あのテーマ曲に別の歌詞(勝手な解釈? それとも本当に一時期流されていたのか不明?)がつけられていたため,真実を記録したいという気持ちがあります。
2016/06/19(日) 10:43:28 | URL | 元朗
そうなんですよね。
それ以来、13時ショーはここの課題なのですが(苦笑)。

ああ、テーマ曲は同じだったのですか。
しかも歌詞付きで!
どなたか覚えている人はいないですかね。
2016/07/17(日) 19:47:29 | URL | (ハンドル未記入)
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