私的 昭和テレビ大全集
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人に歴史あり (1968)

へいへい。予告しながら、きっとこの予告実現しないと、
本人も懸念しながら書いてました(苦笑)。
夜ヒットは放送期間も長く、個人的に前田武彦で少し文を割きたい事もあり、
かなりのボリュームとなってしまいそうです。
それだけ思い入れて書かなければいけないので、
精神的にも余裕が必要ですので、
時間が取れるに書き上げさせて戴く事とし、
いったん延期という事でお願い致します。

じゃあNHK総合の番組からどれかだろうと普通はなるのですが、
あまり普通ではない作者なので(笑)、気分次第のまた12チャンネルものです。
東京12チャンネルっつくらいでローカル局ですから、
観てなかった人が多くなるのはわかってるんですけど、
なんつーかこのブログは、むしろ今まで語る人がいなかったものほど
ここの真骨頂というヒネたブログですので(苦笑)、
適当に取捨選択スルーしながらお付き合い下さいませ。

人の世の潮騒の中に生まれ
去りゆく時の流れも消し得ぬ一筋の足跡がある

ウーウー ウー ウーウウウウーウー
という厳かなスキャットの流れる中、
司会・八木治郎によりこの名文句が毎回語られ、
そのすぐ後に、その週のゲストの来歴が語られ、
今日は~さんの歴史を振り返ってみたいと思います
という感じのOPだったと思います。
塩野義製薬提供、人に歴史あり。
エログロの12チャンネルと規定しつつ、ワタクシにとっての12チャンは、
実はハレンチ学園でもなければ男の時間でもなく、
プレイガールや金曜スペシャルにはちょっとぐらつきつつも(笑)、
やはり、この『人に歴史あり』と『なつかしの歌声』となります。
そのココロは、親子全員で安心して観ていたから。
人に歴史ありなんて、親が観なければ絶対に観てないです。
でも、この時間には子供が観たくなるような番組も少なく、
親が観る番組をなんの抵抗もなく受け入れていました。
おかげで、記憶は断片でしかありませんけれども、
今は亡き昭和の伝説的巨人の語りや仕草を、
毎週毎週、脳みそに叩き込んでおく事ができました。
懐メロ番組もそうです。まず、子供だけでは観ていないでしょう。
それでも親が観ているのに引きずられてみていたおかげで、
戦前戦後の有名歌謡曲は大概そらんじる事が出来ますし、
その歌手達の全盛期から年を経ての姿も観ておく事ができました。
なんでもかんでも自由にやりたいようにやらせれば、
それが当人にとって一番幸せかというと、ちょっと違うでしょうね。
その辺の判断は非常に難しいんでしょうけど、
家族と言えども小さな社会であるわけですから、
それぞれが好き勝手やるのではなく、協調とか融合とか、
そういう部分がどこかに無いと、社会そのものも荒廃していく道理でしょう。
昭和よもう一度とはもちろん思わないし、それは不可能であるけれども、
「日本よいつまでも」という気持ちで、このブログは基本的に存在してます。
昨今、右からも左からも侵食工作の結実が著しくなりつつある日本なので、
時々こうして脱線するんですけど(笑)、このブログの根底思想は
「日本よいつまでも」ですので、実は完全に脱線というわけでもないのですが。
それと、字数稼ぎという単純な意味も、勿論あります。
そこまで暴露しなくてもいいんですけど(笑)。

さて、この『人に歴史あり』は、各界の巨人たちの歴史を振り返る、
今ある番組で言えば、いつみても波瀾万丈に近い番組でした。
再現ドラマはありませんが、本人から拝借した写真とか、
当時の世相写真などを盛り込んで、八木治郎が半生を語り、
或る程度振り返ったらスタジオに戻って、テーブルを囲んで
八木と出演者、そのゆかりの人たちで語り合うというスタイルでした。
出てきた人物は本当に各界の巨星たちで、松下幸之助とかの財界人、
芸術家だの建築家だの音楽家だの、そして勿論スポーツ・芸能からと、
本当に多士済々でした。
その人にゆかりある人がご対面ゲストとして登場するのも見所で、
驚きあり、時には涙ありで、ご対面ものの元祖はもしかするとこの番組でしょうか?

冒頭で触れたOPは、大企業の社長室にあるような超デラックス椅子に座った
その週のゲストを、カメラが上方から回り込む感じで映していき、
先のナレーションが読み上げられる形でした。
それだけ出演する人たちもVIPクラスだったという事です。
だから番組そのものに格式があったし、これも今の民放…
いや、NHKですらもはや作れない作品の形だと思います。
それを提供していた塩野義製薬にも、自然と格を感じました。
今や一社提供も難しく、一社だけが格式を追求できるほど
番組に介入するのも容易な状況ではないでしょうが。

塩野義は既にフジでミュージックフェアをやっており、
こちらも格式ある音楽番組でした。過去形になりつつありますが。
この番組の当時のミュージックフェアには厳然と格があり、
この二番組によって塩野義のイメージは、ワタクシの中では高いです。
日曜8時に製薬戦争をやっていた武田、ロート、大塚は、
みな娯楽番組を好んで制作していました。
関西系の小野薬品とか笹岡薬品は主にトーク番組と、
製薬会社というのも昭和のテレビを大きく支えてきました。
薬って、広告費を上乗せしやすいのかな?
とまれ、この『人に歴史あり』で毎週昭和の巨人たちを観ていた事は、
本人も意識せぬうちに、実はワタクシの大きな血となり、
肉となっていたと、あらためて確認しながら今回の記事を書きました。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
ひばりさん
八木治郎さんの名文句やOPの映像は覚えているのですが、番組をちゃんと観た記憶はありません。

昨日、美空ひばりさんの特別番組で、この「人に歴史あり」に出演していらっしゃる映像が流れ、ひばりさんのお隣の田中角栄さんがひばりに都都逸を聴かせたお話を笑いながらされていました。

ごいんきょさんの記事にあるように、すごいメンバーのご出演だったのだなぁと改めて思いました。

ザ・テレビ欄で見てみると、1970年越路吹雪さんの回にはゲストの中に岩谷時子さんのお名前があり、この回、今なら絶対に観たいです。
2011/06/17(金) 07:51:41 | URL | モデラート
ひばりさん
上のコメントでひばりさんと書きたかったのにひばりと書いてしまったところがありました。
ひばりさん、ごめんなさい。
田中角栄さんはひばりさんのことを美空くんと呼んでいらっしゃいましたね。
2011/06/17(金) 18:26:49 | URL | モデラート
何故か、かの「金曜スペシャル」の後ろに控えていた格式高い番組
この番組も既に取り上げていたんですね!(驚)。
この番組こそ東京12チャンネルが経団連の肝煎りで誕生した科学テレビを出自に持った格式高い放送局であり、決して東京スポーツ辺りが親会社(私の父親・談(笑))の胡散臭いエログロテレビ局では無い事を世に知らしめる番組だったと思います!

この番組がかの「金曜スペシャル」の後ろに控えていたという編成が如何にも東京12ですが(笑)。
そんな金曜夜9時〜10時の時間帯こそ、ある意味「何を仕出かすか分からない」東京12チャンネルを象徴する時間帯であり編成だった様にも思いますね。
2013/04/19(金) 20:56:32 | URL | TXが無いテレビなんて・・・
ひばりさんの回も越路さんの回も、ウチなら絶対に見ているはずなんですけど、
やはり対談番組というのは記憶に残りづらいです。
日経をケツ持ちにしてる財界御用達局ですからね。
政財界の出演者は、本当に凄い顔触れでした。
美空くんかあ。
往時は政治家って偉そうに振る舞うべき存在でしたからね。
社会常識から言えば、美空さん、ひばりさんが正しいでしょう。
それだけ親しかったのかな?


● TXさん
そりゃ、12チャンの代表番組ですし(笑)。
うち、他にもTXの番組いっぱいやってますよ(笑)。
2013/04/21(日) 05:47:14 | URL | ごいんきょ
ここに鐘は鳴る
恐らく、「人に歴史あり」の先行的番組といえるのが、昭和33年3月23日から36年3月22日まで、不定期的に(つまり、数か月に1回)計27回にわたってNHKで放送された、司会も同じ八木治郎の「ここに鐘は鳴る」でしょう。曜日も不定で、時間帯はほとんど夜7時30分から8時までの30分枠。内容はもちろん、各界で功成り名遂げた名士を招き、その人生を、ゆかりの人々とのご対面も交えて紹介するものですが、後年の「人に…」が小さなスタジオで八木アナがゲストと対座し、インタビュー形式でじっくり話を聞く形だったのに対し、こちらは何ともド派手で、NHKホールに観客を入れての公開生放送。ただ、記録を見ると、昭和34年6月25日のみは「再放送」となっていて、この回だけは当時としては珍しくフィルム撮りで残したと思われます。ゲストの顔ぶれを見ると、これが畏れ多くて目がつぶれるような絢爛豪華さ。判明している回だけとっても、第一回の澤田美喜を皮切りに双葉山、金田一京助、鈴木大拙、谷崎潤一郎、山田耕筰、吉川英治…と歴史上の人物がずらり。36年12月25日放送分からは
カラー化されています。

何分、こちらはまだ終わった時点で幼稚園にも行っていない身でしたので、とても実見談など語れる訳もないのですが、ずっと後年のNHKの回顧番組「青春TV・タイムトラベル」(1992)で再放送された第六回「双葉山定次」(34年1月3日)は見ています。これはキネコで残したものですから、恐らく34年6月の再放送はこれで、現在はこの一本しか残っていないのでしょう。その回から推察するに、いや、こちらの顔が赤くなるような臭い演出のヨイショ番組。最初に、画面にトレードマークの大きな鐘がキンコンカンコンと鳴り響き、八木と双葉山が登場。その後はやたらと関係者をとっかえひっかえ、ステージに引き出してはたった二言三言語らせてはお次と交代。双葉山の場合は特に、取組のフィルムも織り交ぜ、彼の生涯の節目ごとにジャラーンと派手なファンファーレ。もちろん、当時理事長に就任したばかりの御威光で、協会幹部総出演は元より、最後はマワシ姿で現役の横綱大関三役が総登場。すでに引退していた同時代の横綱まで引っ張り出して、引き立て役の晒し者。ほかの回もすべてこんな感じだったのかと頭をひねることしきりでしたが、元より確かめる術はありません。
2017/04/06(木) 09:10:19 | URL | 権兵衛
訂正
上記番組の終了年月日は、×36年3月22日→○38年3月22日でした。謹んで訂正します。
2017/04/08(土) 06:21:38 | URL | 権兵衛
『ここに鐘は鳴る』も、いつかはここで扱わねばならない作品です。
NHKで沢田美喜さんの回が少し見られますね。
「ここに鐘は鳴る 澤田美喜」で検索すると最上位に有ります。
第一回という事は、かなりの本数が残っているのかも。

ワタクシもBSタイムトラベルは録画しましたが、いまだに見てません(笑)。
招待出演者を扱き下ろして良いはずが無いですし、
そこは当たり前の作りだと思います。
お笑い番組ではありませんしね。
2017/04/23(日) 20:57:22 | URL | ごいんきょ
「人に歴史あり」の映像
初期のものも含めて、ほぼ完全に残っている(残っていた?)のではないかとさえ思います。というのは、1993年に同局で放送した回顧特集番組「昭和を駆け抜けた101人」は、玉置宏の司会で4回にわたり、重複を加えてのべ400人余の各回の物故有名人の在りし日の映像を次から次へと息つく暇もないほど並べて見せるものでしたが、これがほとんど「人に歴史あり」のダイジェストのそのまたダイジェストというべき映像をつなぎ合わせたものだったので。全回をVHS録画しておきながら、今の今までほとんどそれを意識しなかったのは不覚の至りでしたが、これは比較的放送年月日が新しいので、見た方、記憶に留めている向きも広い年齢層にわたって結構多いのではと思います。番組の最後はあの藤山一郎大先生の国民栄誉賞授与式の場面でした。それにしても、これほどの数のフィルムを貯めこんでいるなら、ケチらずにフル・ヴァージョンを一部でも再放送乃至DVD化してほしいものなのですが。

その玉置宏も、今ではもうとうに「102人目」となってしまいました。
2017/05/04(木) 08:12:27 | URL | 権兵衛
テレ東は、この番組もけっこう保存しているみたいですね。
田中絹代さんと越路吹雪さんの回は昭和60年代に再放送され、録画しました。
2017/06/06(火) 23:56:31 | URL | ごいんきょ
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